第七話・『面倒は必ずやってくる』
変な個所を修正。
八つの塔の内、『焔火の塔』は西方面の最果てに位置している。
その付近には比較的大型の国家『エルフェン共和国』の領地内にある貿易街があり、探索者にとって一番行きやすい『塔』としても有名だった。
何より、その幻想的な見た目から写真家や観光スポットとしても名は高く、探索者以外にも人が訪れやすい場所だ。
だが、見た目より中身、であるのを忘れてはいけない。
確かに『焔火の塔』は行くことは簡単だ。だが、その中に入って生きて帰ることは他の『塔』と比べれば引けは取らない。その内部に住み着くモンスターのレベルアベレージは二十を優に超え――――しかも運が悪ければレベル100オーバーの僕モンスターとばったり出会う――――、最低でもレベル15以上推奨という初心者にはほぼ向かない難易度もさながら、その最上層に言うボスの強さが鬼の如しとささやかれている。数十年前、近くの大国が兵士を大量に送り込み、帰ってきた者が一人もいなかったという話はもはや伝説として語り継がれており、『塔』がいかに危険な場所なのかを物語っていた。
それでも、それに比べても――――『焔火の塔』の内部にある財宝は命を投げ出しても、喉から手が出るほどの高級品ばかりであった。金銀などは当たり前。稀有なものでは古代に存在し、今では名を失っているであろう魔剣、聖剣(はさすがに数が少ないし見つかる確率も低いが)、宝剣なども。勿論外れもあるが、それでもトレジャーハンターや一攫千金を狙う探索者にとってはもはや天国と地獄の融合体ともいえる。
最西部『塔』、『焔火の塔』。年間の死者は四桁はザラ。最悪な場合五桁は超えるという、一般人にとっては下手な自殺スポットよりも危険な場所である。
ただ、一つだけ不明な点があった。
誰も、最上層にいるであろう『炎の現身』であり炎を統べるもの――――魔人の姿を見たこともないのである。
当然と言えば当然だ。
見たものは総て、誰だろうが殺されているのだから。
一部を除いて。
――――――
借りた馬で草原を駆け抜ける。
踏んだ地は芝生が捲れ、茶色く色づいた土を外へと書き出させながら大体時速三十四十キロで西方向に進んでいた。
手綱を握る手に力がこもり、緊張のあまり体が硬直しそうになるのを我慢しながら後方をちらっと見る。
「…………」
アウローラが無言でコートを握り、ひしっとくっ付いてきている。
その更に後ろでは、視線が冷やかに痛ましいものになっているリーシャが。その口からは「ロリコンロリコン」と呪詛のようにそんな言葉が聞こえる。
気まずい。かなり気まずい。
時間短縮のため、何故かリーシャが予め馬を二頭借りていた。歩いて一時間かかる場所を十数分で移動するためだとか言っていたが、そんなに時間が惜しいのだろうか。かくして、今俺は馬に乗っているわけだが、どうして馬になど今まで一度も乗ったことのない俺が平然と疾走しているのかというと、即席で『乗馬』スキルを習得したのである。かなりギリギリのタイミングだった。
だがアウローラは馬の乗り方が分からないようで、リーシャもスキルが低いせいで(馬にはあまり乗ったことがないらしい)二人乗りは難しいらしく、結果的に俺の後ろにアウローラを乗せることになった。
不可抗力にもかかわらず、リーシャの視線は一秒ごとに温度が下がり続けている。現在はほぼ絶対零度だ。俺はロリコンではない、なのにロリコン扱いされるのは酷だろう。
というより昨日転移魔法設置したはず尚に何故使わない? 何か事情があるのだろうが。
「おい、リーシャ」
「ロリコンロリコンロリコンロリコン」
「……いい加減機嫌直してくれないか? そんなに嫌ならお前が乗せろよ」
「私が乗せたら落っこちるかもよ?」
「わかってるんならその呟き辞めて!? 地味に心削ってるから!」
わかっててやっているのがまた性質が悪い。
引き攣らせた笑顔を隠して、改めて前方を見る。『焔火の塔』まであと五分程度だろうか。離れてみるのはこれで三度目だが、何度見てもこの迫力には言葉が見当たらない。
唯一の心の癒しが無機物ってどういう事だよ。
「…………――――――?」
首の、項辺りがヒリヒリと痺れてくる。
この感覚、どこかで味わったことがあるような…………まさか!?
「リーシャ伏せろ!!」
「!」
後ろのアウローラの体を掴んで前に運び、体の中にすっぽり収まるようにして伏せる。
直後に風切り音。
「全くなんだっていう――――ッ!?」
顔を上げると――――首を失い、鮮血を撒き散らしている馬の首の切断面が目の前に現れる。
すぐに馬の体は力を失って崩れ、俺達は前方に投げ出された。
アウローラを最優先にして回転するように受け身を取り、勢いを殺しながら『危機感知』スキルを全開。追加であまり使っていない『空間索敵』スキルも開放する。
瞬時に背中大剣『ブルー・サファイア』を抜刀。低く構えながらリーシャに目線を送る。
あちらは馬の脚を切られて俺たちと同じく投げ出されている。このことから考えて――――
「狙いはこっちかよ……!」
見えない。敵が、文字通り消えている。
厄介なことに姿を見せない暗殺者タイプだった。一対一ならともかく誰かを守りながら戦うっていうのなら話は違ってくる。
「リース、後ろ!」
「――――ハァァアアアッ!!」
リーシャの言葉で手に持った青い大剣を全力で振る。
花火が散り、腕が弾かれた。一瞬だが姿が見えた。だが霞んでいてまともに見えず、判別する前にまた姿を消してしまう。
「アウローラ、背中を頼めるか!」
「な、なに……? なんなの……?」
「知らんが敵だ。いいから後方は任せた。リーシャ、狼狽えていないで早く固まれ! 急げ!」
「ッ……了解!」
三人とも互いに背中を合わせるような形になり、これで一応背中から斬られるという事態は回避できた。だが空中から奇襲というのも考えられる。というかそもそも馬に追いつける速度で移動できるとか、どっかの黒い稲妻じゃねぇんだよクソッ! いきなり何なんだホント……。
《――――詠唱・束縛術式展開。詠唱開始【我を避けるな、今終わる。】》
聞いたこともない、そもそも生物の物かも怪しい声が聞こえる。
三人の真下に大型の魔方陣が展開。避ける暇もなく魔法陣の中から紫色の鎖が出現して、中央にいる俺達に絡みつく。その鎖を切ろうとしたが、切った直後に別に鎖が腕に絡みつき、それを切ろうとしたらまた別の鎖が絡まってくる。抵抗らしい抵抗もできずに戦闘不能にされた。それは他の二人も同様だった。
「マズイ……!!」
このままでは三人共々仲良く殺されてしまう。それに危惧し、鎖を解こうとするが無理だ。出来ない。
完全に絡み付いたそれは、もはや体の一部のように動かない。力を込めても、うんともすんとも言わない。最悪だ。相手が魔法を使ってくると視野に入れておかなかったのが原因か。いや、たとえ入れていても一人ひとりジワリと殺されていくのがオチだ。
詰んだ。
よりにもよって、事態を理解できないまま死ぬ。これ以上未練が残る死に方があるだろうか。
「……すまん、皆」
謝罪の言葉など、もはやこの場では意味をなさない。
それを理解していても、俺が出せる言葉はこれしかなかった。
《――――宣言・計二術式平行詠唱……第一詠唱・第二詠唱展開準備。展開予測術式・方陣破壊術式&停滞強制術式並列展開。第一詠唱開始【それは無意味だ。それは無意味だから。】第二詠唱開始【お前は止まれ。それが法則。】》
「アウローラ!?」
無機物めいた声を出すアウローラ。
驚くよりまず現象が起きた。
足元の魔方陣が――――ガラスを割ったように破壊された。
次に、周囲に黒くよどんだ色のドーム状の膜が広がる。次の瞬間には、正面から何かがその幕を破り、中に入ってきた。
だがそれっきりだった。何も起きない。
《詠唱・空間湾曲破壊術式展開》
《詠唱・緊急転移脱出術式展開》
《詠唱開始。【早く潰れろ。それがお前の仕事。】》
《詠唱開始。【私はこの場にいないから。だって私は遠くにいるから。】》
見えない何かは、また何かを呟く。
並んでアウローラも何かを呟く。
ほとんど同時だった。
両社とも何かを言い終わった瞬間、ある一か所だけ景色が大きく歪む。だがその直前、青い光が一瞬だけフラッシュし、何かをどこかに飛ばした。
歪んだ空間はすぐに元通りに戻った。しかし、地面が少しだけ巻き込まれており、巻き込まれた場所は、なんとスパゲッティ状の何かが転がっていた。
「……アウローラ、お前、一体」
「ごめん。急いだ方が、いいかも」
いきなりの敵襲。それが事態の深刻さを物語っていた。
ひょっとしたら、俺はかなり厄介な事態に片足を丸ごと突っ込んだのかもしれない。
――――――
「しっかしよォレヴィ、なんつーか、たった一人の人間のために『騎士団』の副団長が動くものなのか? いくら上様の命令と言ってもよォ、可笑しくねェか?」
「まずはその口に入れている食い物を食べきってから喋りなさい」
とある広場、ベンチに腰掛けているロートスは首を後ろに傾けて行儀の悪いことに口に食べ物を含みながらそう言い放つ。この者らに行儀などを説教するとなればかなりの根性と肝っ玉を持たなければまず不可能だが。
レヴィは今、かなりの苦行を強いられていた。
街ひとつを超え、この街から周囲五キロに及ぶ超広範囲索敵魔法を展開し、一秒ごとに神経をすり減らしているのだ。
傍から見ればテーブルの腕肘を付き考え事をしているようにしか見えないだろうが、実際には一歩引きどころを間違えたら即座にその脳が焼き切れてしまうという危険を背負っている。
つまり、ロートスが彼女に話しかけているということは彼女の疲弊速度を速めているということ。それをわかっていながらも、ロートスは構わず話しかける。
「これ、団長の命令じゃないんだろ? 珍しいどころかありえねェだろアンタがあの人以外の命令に従うなんてよォ?」
「…………」
「しかも、二人。少数ってレベルじゃねェ。隠密作戦と言っても普通は数班に分かれて行動するもんだ。だが今回の任務は本当に俺ら二人だけだ。情報収集係も、隠蔽係もねェ。こんなもん単独行動と大差ねェぞおい? ……つかなんか喋れよ」
「……黙ってて、気が散る」
「アンタはどう思ってるんだ。正直に、不快だろ? なァ? ああ、返事しないんなら言いたいこと言わせてもらう。――――俺達の回収する『アレ』、一体何なんだ? 副団長のお前なら何か聞かされてんだろ?」
「……機密事項よ。あなたには関係ない」
「はァ~ん、そうかよォ。ま、別にいいぜ? アンタが言わないなら『アレ』に聞いて直接問いただすまでだからな。……んで、肝心の目標Bは見つかったのか?」
レヴィは目を静かに閉じる。
これから聞こえる騒音を一切合切除外。彼女の持つ人外並の空間認識能力を最高レベルまで昇華。軽く息を吐き、三次元的に散策を開始する。
今彼女にとって、この街の全ての人間が何をするのかはもう筒抜けだ。どこで誰が何をしようと丸見え。彼女の先天的な才能を限界まで極めた結果の産物――――『天眼』。どのようにに隠しても、彼女にとっては透明な紙で隠しているようなものだ。勿論それ相応のデメリットはあるが、索敵で彼女の右に出るものは人間の内ではまず存在しない。
(…………街に、居ない。馬鹿な、馬車や飛行便はもうすべて調べた。午前の内に街を出たとでもいうというの?)
索敵注視範囲を一キロに増やす。だが見つからない。
自滅覚悟で注視範囲を最大距離まで増やす。
ここまで来るともう野生のモンスターが出現する場所だ。
まさかと思い、西方向最奥にある『塔』――――毎年死者平均四桁という地獄ダンジョンを注視してみる。
結果は、案の定だった。
「ロートス、急いで準備して。馬もついでに確保しておいて」
「見つかったのか? ……その様子じゃあ国でも越えようとしてんのか?」
「いや、近くにいたわ。その場所が最悪だったけれども!」
彼女は無意識に歯噛みする。
予定を大きく狂わされ、さらには裏まで取られた。
一杯喰わされたのだ。このような気持ちは、彼女にとっては最悪に近い。
「手間取らされるわね、クソッ! よりにもよってモンスターの巣窟? しかも『塔』? 厄介なことになってきたじゃない!」
「ギャハハッ、久方ぶりに戦闘らしい戦闘が出来んのか?」
「黙ってなさい戦闘中毒者。いいから追うわよ!」
「へ~いへい」
後頭部を蹴られながら、ロートスはそっけなく返事を返す。
(さてっと……帰ってから少し働いた方がいいか)
などと、そんな呑気な事を考えながら。
――――――
高所恐怖症の者にとっては地獄とも思える炎の階段を登り終え、赤い芝生に足を乗せた。
リーシャはすぐにどこかの草むらに駆け寄り、何かをごそごそ探すと「あー」とうめき声を上げた。
どうしたんだと近づくと、手のひらに乗せた結晶の残骸を見せてくる。
「……なんだそれ?」
「転移魔法展開装置だよ。あーあ、結構高かったのにな、これ」
もったいなさそうにリーシャは残念そうな声を上げる。
彼女が言うには一つ当たり銀貨数枚掛かるらしい。遠距離を一瞬で移動できるのだからそりゃ高いはずだ。
にしても、ようやく合点が行った。
壊されていたから転移できなかったのか。
「ま、予備はあるけどさ。リースにも、一応渡しておく?」
「じゃあお言葉に甘えて、遠慮なくもらっておくよ」
正八面体の結晶体を二つほど貰い、それをアイテム欄に転送しておく。
にしても、何故壊れていたのだろうか。外にはモンスターは出現しないはずなのだが。
「一攫千金狙いのフリーか、利益を重視する探索者の仕業だよ」
「え? なんでわかるんだ?」
「他人を潰して自分が得をする。人間にとっては、もう当たり前だと思うけど」
確かに、と納得する。
他人の移動手段をつぶしておいて、その隙に『塔』内部の財宝をかっさらう。明らかにマナー違反だが、金さえ手に入ればこっちの物という思考回路ができている奴はお構いなしにガンガンぶっ壊すらしい。仮にも高級品なのにね。
「にしても、さっきのは何だったんだよ。おい、ア………?」
「――――やっぱり、この魔力は」
アウローラが空を見ている。それだけならば特に疑問に思う事は無かっただろう。
だがその目は、明らかに異常であった。
まるで宿敵にでも、親の仇にでも再開したような煮えたぎる感情。それがその瞳からにじみ出ていたのだ。明らかにただの女児が出せる雰囲気ではない。
先程襲ってきた何者かといい、アウローラが完全に面倒事の塊なのはわかり切っている。
だがわからない。
自分がそれを理解しているはずなのに、無意識に手を差し伸べようとしていた理由が。
「アウローラ、お前何を」
「ごめん。リース、巻き込んじゃって。流石にここまで手が広がっているとは想像していなかったんだ。……いや、私が引き寄せた、か。……何にせよ、予定通りにはいかないみたい」
「何を考えている。いや――――お前は何者だ……?」
「…………短い出会いだったけど、悪くはなかったよ。それなりに弄っていて楽しかったしね」
「おいっ!!」
手を伸ばした。だがその指先はアウローラの衣服を掠めることもできず、空しくも空を切る。
アウローラは跳躍していた。それもただの跳躍ではない、たった一瞬で目測二十メートル以上は上昇してた。女児の脚力、いや人間を超えた脚力で彼女はこの『塔』を外壁から昇って行こうというのだ。
超人の能力の存在があるからこそできる発想だろう。
「……そんなに頼りないかよ、俺は」
伸ばしていた手を下ろし、忌々しげにつぶやく。
結局俺は弱者か。そんなに信用できないか。
――――いや、仕方ないだろう。恐らく、アウローラは見た目以上に歳をとっている。修羅場など俺以上に潜り抜けているのはほぼ間違いないだろう。
だからこそ俺を足手まといと判断した。
それは正しい。
だが、「お前は無力だ」という事実を突きつけられた俺はいったいどうすればいいのだろうか。
「リース、なんだろアレ」
「何がだよ」
若干苛立ちの含んだ声で返しながらリーシャの指さす方向を凝視する。
そこにあったのは、『塔』の門前で呑気なことに夕餉を取っている者達が見える。ご丁寧にテントを張り、緊張感もなく団欒していた。
普通なら無視してアウローラの後を追う所だった。しかし、そこに見知った顔があったことで俺の気持ちは大きく変わった。
「ファールと……えーと、セリア? なんだっけ?」
「二人とも、久しぶり~」
昨日会った獣人と竜人が見えたので、ついつい近くに寄ってしまう。
その二人も俺達に反応したのか、ファールは皿に盛られた簡易料理式のミートソーススパゲッティらしきものを仲間の一人に押し付けて、俺の肩をパンパンと叩いてきた。セリアは同じく肩を叩こうとしたが背が届かずぴょんぴょんと跳ねているだけ。代わりにリーシャが高い高いをしてあげた。
「おお、昨日ぶりだなリース! 元気してたか?」
「ああこの通り、おかげさまでな」
「久しぶり? って言うのかな、とにかく久しぶり~リーシャお姉ちゃん!」
「あはは、一万歳にお姉ちゃんって言われるのって、斬新すぎてどういうリアクションすればいいんだろ……」
その後から、二人の男が近づいてきた。
一人はがっちりとした体躯で、某シュワルツェネッガーのように髪は茶、身長は百九十センチ、筋肉ムキムキ、マッチョマンのへ……拳には鋼鉄製らしきガントレットが装着してある。どこからどう見てもパワー型のグラップラーだ。一言で表すなら、歩く重戦車、というべきだろうか。
もう一人は金髪でどこか弱弱しい雰囲気を放っている小柄な少年だ。愛想笑いなのか、不安そうな笑みが完全にイメージを固めさせており、腰にぶら下げているのも力が弱くても十分効果が発揮できる金属製のクロスボウだった。とても戦闘向きとは思えない。いや、そもそも成人しているのかさえ疑わしい。見た目からして完全に十代前半なのは一目瞭然だが。
「二人とも、この二人が昨日私が話した」
「リースフェルトと、リーシャか。へぇ、いい面構えをしている」
「ど、どうも」
背の差が二十センチ以上あるせいか、大男はしゃがんで俺の方をのぞき込むようにして観察し顎に手を当てる。こちらを測っているのかと思った所でにがっと笑ってきた。どうにか苦笑いで返す。
金髪の少年の方は礼儀正しくお辞儀をしてきた。アホよりは好感が比較的持てるタイプだ。特に警戒しなくても大丈夫だろうと、とりあえず少年に対しては警戒心を解く。
「ジョンだ、ジョン・アーバレスト。顔はこんなんだが、根は優しいぜ?」
「自分で自分を優しいなんて言う人初めて見たよ……」
「じゃあ、俺が最初ってわけだな。それじゃ記念に握手だ」
「……ポジティブでなによりです」
一応軽くディスったつもりだが、逆にポジティブ思考に持ち込まれた。
口でも肉体でも勝てる気がせず無意識に恐縮した。まあこんなムキムキになろうとは思わんが、よほどのことがない限り。
「……ニコラス、です。ニコラス=クローゼ。……よろしくお願い、します」
「あ、ああ……」
かなり怯えた様子の少年は、それを言うとすぐにジョンの後ろに隠れてしまう。この差は何なんだ……ッ! あのマッチョはよくて俺はだめなのか。
「はっはっは、こいつは人見知りでな。まっ、ここらへんで勘弁してやってくれ」
「……あぁ、はい」
実に倦怠感溢れる返事。自分でも直感的に哀愁感を強く感じてしまう。
まるで何もかもを投げ捨てた様な声に、この場の全員の口が固まる。しまったな、何か明るい話題を提示しなければ。
「なにか、あったのか?」
「……ええ、まぁ」
やる気のない生返事を返しながら、力のない視線で『焔火の塔』を見つめる。
「皆さんは…………そうですね、自分が頼りにならない人間と思われたら、どう感じますか?」
そして率直な質問をぶつける。
珍しく他人だよりな思考に寄りながら、数秒だけ答えを待ってみる。だが口を開く人間はいない。
こんなくだらない質問をした自分を嗤いながら、踵を返そうとする。
もういいだろう。こんな茶番は。
帰って、本格的に状況の改善策を考えなければ――――
「そうだね、やっぱり悔しいかな」
「リーシャ?」
突然リーシャがそんなことを言う。
きっと俺の質問に対する答えなのだろう。もっとも典型的で、予想できる答えだ。
成程確かにそうだろう。俺も典型的だからと言って「ありきたりだ」と理不尽な糾弾はしない。きっとこれも一つの答えだ。
だが俺の求めている答えではない。
「……確かに悔しいな。つまりそれって、自分の腕が信用されていないって事だろう?」
「そうだな。そういう見方もできる」
次はファールが、意見を述べる。
「でもよ、人によってはそれ『愛情』の裏返しって事もあり得るんだよな」
「……愛情?」
「頼りにならないから荒事から遠ざける、とかな。……ま、結局は本人の傲慢から来る物なんだろうけど」
「――――だが、『頼りにされない』ことと『実力が無い』ことは無関係だ」
ジョンが得意げにそう言い放つ。
その顔は、まるで同じような場面を味わってきたのかというほど理解深い顔であった。
一体彼は何処で何を体験したのだろうか。きっとそれは、途方もないほど辛い物なのだろうか。
「誰だって最初から頼りにされる奴はいない。理由は簡単。周りに実力を見せつけないからだよ。判断材料が無ければ頼れる人物かどうかもわからないだろう?」
「確かに、それは」
俺はこの世界に来てから自分の実力を相手に見せつけることはしなかった。
面倒ごとを避けるため。厄介事に巻き込まれないため。
頼りにされないため。
……結局は、全部自業自得だったというわけだ。
「僕も、悔しいです。それって、下に見られていることでしょうし。だから、その……いつか、見返してやればいいかなー…………なんて」
「……見返す、か」
それもいいかもしれない。
あの人を舐め切った顔をあっと言わせれば、楽しいだろう。きっと。
だがそれは必要な事ではないだろう。
――――しかしたまには感傷的になるのも、悪くはない。
「皆さん、探索者が探索者を雇う事って出来ます?」
「は? ……まぁ、傭兵的な事なら、現場で取引して可能と言っては可能だけど」
「じゃあ皆さんを雇えますかね」
そう言うと、ファールは一瞬驚いた顔をして――――直後面白そうな玩具を見つけた様な無邪気な顔を作る。
周りを見ると、皆それぞれ別の顔を作っていたが、それでも反対の心を持っていそうなものはいなかった。どれだけお人よし集団なのだ、このパーティは。
「いいぜ。報酬は」
「……『塔』内で手に入れた宝石の八割の譲渡。そして全員の生還。足りませんか?」
「――――上等だ」
かくして即席の六人パーティが誕生する。
確かに一人一人の力は弱いが、馬鹿にはできない。
初対面で俺が見込んだ奴らだ。
生半可な野郎共であってたまるか。
《『焔火の塔』第二階層に転移できます。転移しますか?》
網膜に表示されたその表記を見て、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「転移、第二階層」
――――――
「……火、って……何だと思う?」
「…………」
「あはっ、くだらないことを聞くんじゃないって顔をしているよアウローラ。しょうがないなぁ、代わりに私が言おうか。……火は、何かに助けられないと、何かを取り込まないと、何かに憑りつかないと自分を維持できない、弱者」
――――『焔火の塔』・最上層。
そこには、二人の人影があった。
いや、一人はもう人と呼べるものなのかすら怪しい。
両手両足が炎に包まれている。だが、実際は違う。炎が両手両足の形を取っているのだ。
その少女は燃えたぎる両手を操り、可愛く見えるようなしぐさを取っていく。
少女は――――いや、『焔火の塔』の『守護者』、別称『炎の現身』と呼ばれる少女を模ったナニカは、まるで旧友と数十年ぶりに再会した顔で、アウローラを見つめた。
「どう? まるで、あの時の私たちのようでしょう? アウローラ。……いえ――――成功例被験体・製造ナンバーZBY―789901/コードネーム《Sandalphon》。二百年ぶりね、本当に、久しぶり」
「ええ、本当に。貴女が脱走して、もう二百年ね。……おかげで、随分と苦労したわよ。具体的には、右足と右目の機能が潰れかけた程度だけど。……なんて呼べばいいのかな、失敗例被験体・製造ナンバーZAW―902344/コードネーム《Chamael》。ルージュ・オビュレ・バレンタイン」
アウローラはローブの中から『ミゼリコルド』を出す。そして自身の魔力を糧にし、右腕に侵食させていく。バギバギッ、という異音とともに彼女の右腕は黒く染まっていく。それは彼女の右目まで侵食終えると、彼女の目の色彩を白と黒を反転させ腕から毒々しくもゆったりとしたオーラを生み出す。
それを見たルージュは、どんどん目線を冷たい物へと変貌させていった。
「『ミゼリコルド』……失敗作のはずだったんじゃなかったっけ? まぁ、別にいいわ。あなたが何を使おうが、私の知ったことではないし。それより、どうやって私の居場所を感づいたの?」
「世界中を回っていたの。それでたまたま西に行ってみたら、貴方の魔力残痕が発見できただけ」
「ああ、あの子か。しまったわね、流石に間接干渉とはいえ、声を届かせるのはリスクが高すぎたわ。にしても、あの子が先に来ると思っていたのだけれど、これは意外な客が釣れてしまったわね」
「与太話はこれぐらいにしましょうルージュ。決着よ。あの時私がしなければいけなかったことを、今してあげる。ついでに、この全身を掻き毟るような、可笑しな呪いもついでに解呪してもらう」
「へぇぇ、炎縛呪……私の炎を使った呪系術式は成功していたのか。ハハハハハハッ、失敗したのかと思ったけど、成功だったみたいね」
ルージュは腕を振り、舞い散った焔で魔法陣を空中に描いていく。
魔法陣と種類は異空間位相系統。要するに異空間の武器庫に三次元以下の位相空間を繋ぎ、開かせた。
その魔法陣の中に右手を入れ、ルージュはある剣を取り出す。
――――『アヴァール』。
真紅の鉱石から削り出し、その内部に無限に成長し続ける自律成長型魔術式を描き込んだ世界に二つ無い魔剣。
常に紅蓮の炎を纏い、触れたものを問答無用で燃やし、溶かす。これを持てるのは世界広しと言えども、適合者であるルージュだけだ。
そして、この剣には更なる特殊能力がある。
「さあ踊ってよ、アウローラ。せっかくの二百年ぶりの再会――――」
空いた左手を天にかざす。
すると彼女の後方すべての空間に魔法陣が出現。
その中から――――『アヴァール』の分身が出現する。数は文字通り際限なく、無限に等しい。
『夢幻の焔剣』。本人曰く「歩く武器庫」と称される、無限の幻であった。
「――――私をぉッ…………!! 楽しませろよォォォォォオオオオおおおおおおおおおおおおおおおアアアアアァアッ!!!!」
「――――愚かになったものね。まったく……なんで、あの時、一思いに殺してあげられなかったのかな…………今も、後悔しているよ……ルージュ!!!!」
二つの『作り物』が、激突した。