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番外編6・『追放されし者達』

お待たせしました。ようやく投稿が再開できそうです。

とはいっても、かなり不安定になるかもしれませんが。どうにか頑張っていきたいと思います。

追記・タイトル番号ミスってました。

 しびれるような痛さに、俺はタクシーの中にいるにもかかわらず左腕を抑えて小さく呻く。

 バレットM82、六十年以上前の旧式とはいえ腐っても対物ライフルだ。片手で、しかも背面内などすれば腕の一本や日本行かれても仕方ないというか必然だ。アレも上手く衝撃を受け流しながら脳のリミッターを引き金を引く瞬間だけ解放しなければ骨折していてもおかしくなかった。骨折をむりやりさけるためちからわざで衝撃を捻じ伏せたのだから、逆に痺れたぐらいで済んで幸いだった。

 現在、函館市市内。適当なタクシーを呼び出し、札幌まで高速を突っ切っているところだった。つまり今俺たちがいるのは国道五号。

 ようやく一安心付けると言った所にこの激痛だ。恐らく二日は筋肉痛に悩まされるだろう下手にマッサージなどすれば折れる可能性があるから、放置以上何もできない。

 車内での配置は、俺と紗雪、代理人アジェントが後部座席。配置は俺が二人に挟まれる形だ。綾とは前座席に行ってもらっている。理由は特にないが、綾斗が「俺にはロリコンの趣味は無いのさ……」となんだか悲しげな表情をしていた。


「……っ」

「ね、ねぇ、大丈夫?」

「……ああ、お前に心配かけられるほど深刻じゃないさ」


 紗雪が心配しているようだが無問題だ。折れてもいざとなったら無理やり直すだけだ。後遺症が残るかもしれないが、命には代えられない。

 にしても代理人アジェント、先程から全く口を開いていないが大丈夫だろうか。寝ているのか口を開く必要がないと思っているのか。

 とにかく、国道に乗ってから約一時間。休みさしで行けば後三時間ほどで到着するだろう。

 その間、こんな狭い場所で何をやればいいのだろうか。正直車を買って走らせた方が早い気もしたが、腕がこの様では運転もまともに出来ないだろう。

 大人しく休んでおこう。


(……結城)


 紗雪が小声で何かを言ってくる。前座席にいる綾斗は何かを察したのは、適当な世間話で運転手の注意を引きつけてくれた。運転手もずぶ濡れ恰好の三人組と一緒に居て気まずかったのか、会話で場をごまかそうとして話には乗ってくれる。


(私達、大丈夫かしら)

(…………)


 何とも言えない。青函大橋まで破壊したにもかかわらず、ラジオで放送されたニュースで『原因不明の爆発事故。運搬中の薬品ガスが漏れて集団幻覚による巨大兵器の幻覚』と報道されており、真実が放送されていなかった。そうなると裏で誰かが糸を引いているのは間違いないだろう。しかもかなりの地位にいる者だ。

 俺たちを見失ってくれれば話は早いだろうが、そんな楽観的な観測が今許される状況ではない。

 一刻でも早くこの国を脱出せねば俺たちは殺される。


(生まれ故郷に追い出されるとはな……)

(え?)

(……後数時間は大丈夫だろうな。情報隠匿で黒幕さんは今は多忙になっているはずだ。俺たちの散策を再開するには最低でも後二、三時間はかかる。ある意味、あんな大事を起こしてくれて助かったともいえる)

(本当に、大丈夫なの、それ)

(確かに黒幕が複数いる場合は厄介だが、それでも連続して大事を起こすことはできない。青函大橋の次が国道五号の崩壊。流石に怪しまれる。俺たちを見つけてもしばらくは傍観だろうな。ま、流石にかなりヤバい事態になったら無理やりにでも潰してくるだろうが…………今は、まだ大丈夫だ)


 そう信じざるを得ない。

 相手が賢い奴なら俺の予測通り連続して大事故は起こさない。逆に馬鹿な奴だと起こる可能性はあるが、複数いるならば誰かが止めにかかる筈。所詮俺たちは子供三人。それほど警戒されている筈はない。むしろ警戒すべきだと判断したのは義母さん――――ユスティーナ・エーデルガルド・ブリュンヒルデだ。

 あの巨大ロボ程度なら、彼女一人でどうにかなる。むしろ単独で沈めた可能性さえある。つまりどうあがいても戦力的にあちらの方に注目が集まるのだ。

 ならばその機会を使い、俺達は可能な限り進む。これが、最良の方法だろう。


(……あの人の事、心配してるの?)

(馬鹿が。心配するだけ野暮だよ。あの人はコンクリートに埋められようが声帯兵器に襲われようが凶悪ウィルスに対して深呼吸しようが戦略兵器を真正面から受け止めようが生きて生還した正真正銘の『化物イレギュラー』だ。巨大ロボ程度じゃ止めるどころか返り討ちにあってるだろうよ。今俺が心配しているのは妹の方だ)

(……そういえば、妹がいるって言ってたわね)

(そうだ)

(話、聞かせてもらってもいい?)

(…………いい話じゃないがな)


 不思議と、今の俺は口が軽かった。

 重傷だからこそ、変に付きまとわれるのが面倒になったのか。それとも俺が彼女に対して少しだけ心を開いたのか。どちらでも、今はいい。

 少しでも心的な負担を軽くせねばならない。


(……俺より一つ下、今は十五歳の妹がいる。顔は俺とよく似ていて……まぁ、ありていに言えば綺麗だと思うよ。男子からもまぁモテていたからな。近づくやつらは問答無用で蹴散らしたがな)

(大切にしているのね)

(当り前だ。唯一の家族で、俺の味方だからな。……まぁ、中学時代に俺のせいで酷い虐めを受けていてな、その時色々あって、東京から離れてアメリカに留学した)

(色々って、……アレ?)

(ああ。俺が一人の女子中学生を殺してしまったことが原因でな。それ以来、優理……あ、俺の妹の名前な。優理に近付くやつらは誰も居なくなった。アイツにとっても結構つらいことでな、その時期はかなりやつれていたよ)


 その後収集がかなり苦労したものだ。

 学校で優理の誹謗中傷を書き込んでいた学校裏サイトを管理人のサーバーを意図的暴走させて物理的に吹き飛ばしたり、その際に管理人と思しき生徒が重傷になって別のサイトでさらに書き込まれて俺がさらに物理的に――――を十回くらい繰り返していたら東京で裏サイトと呼べる者が消えてしまったのはいい思い出だ。

 後、優里をまた叩きのめして英雄気取りしようとした生徒から優理を護る事二十三回。もちろん全員病院送り。最低でも十年は出れないようにしてやった。勿論証拠はきっちり隠滅して。襲われた奴らも記憶をいくつか吹き飛ばしていたので証拠は一切ない。脳に改造スタンガン当てれば脳細胞の破壊ぐらい簡単なものだ。

 後は、まぁ、優理の個人情報をハッキングしてネットに晒そうとしたハッカーを潰すのが二百三十三回。そのうち一番ひどかったのはハッキングAIを使用しての一対四十一の戦いだ。間一髪でダミープログラム生成とウォール構築を同時にしながら一つのAIのプログラミングをギッタギタにしてそれを他AIに丸々コピーし続けるという離れ業を使わなければ失敗していただろう。因みにこのハッカーの情報を逆ハックしてネットにばら撒いたら、そいつは後日警察に捕まった。

 最後に言えるのは本物の暗殺者と正面から戦ったことだろうか。危うく優理と俺が殺されそうになったが、暗殺者の予備の銃を使ってカウンタースナイプしてやった。通報してこいつも警察に捕まり、今頃は独房で寝ていることだろう。

 勿論これだけやったからには相応の罰は来た。どこの高校も優理を受け入れないと言う結果で。

 だから仕方なく、事情も知らないアメリカ合衆国の学校に行ってもらった。俺が教えてもいいが、それでもここに就職先などないに等しいから外国で学んで、外国で仕事を見つけた方が早いだろうと言う判断だ。不本意だが。


(だから外国に行かせた。俺がついて行ってもよかったが……二の舞になるのは避けたくて名。俺に原因があるから、今は離れて暮らしているってわけだ)

(それって、寂しくないの?)

(……寂しい、か。まぁ、そうとも言える。だが、アイツに迷惑かける方が、余程辛いよ)

(良い兄ね)

(そう言われるのは嫌いじゃない)

(ブラコン)


 急に口を開いた代理人アジェントから発せられたのはそんな言葉だった。

 本能的になんだかイラついたが、今暴れても仕方がない。ここは我慢だ。


(いやはや、仲間と会話していたら急に絶望君の昔話を聞いてね。興味があったからついつい盗み聞きしてしまったよ)

(耳だけは鋭い奴め。あと、その『絶望君』ってのやめろ。気色悪い)

(ニシシ、じゃあ結城でいいや。で、妹さんのことでどうして心配を? さすがに個人のためにアメリカにまで干渉するような馬鹿ではないでしょうに、新設ソ連は)

(それより教えろ。どうやって仲間と通信を取っているんだ)

(企業秘密、だよ)


 商売魂は一人前だな、と心の中で吐き捨てながら理由を喋る。聞かれて困るようなことでもないから、抵抗感は無かった。


(難しい話じゃないさ。自分の意思関係なく優理はこの事態に巻き込まれている、流れに押し流されるか、それとも自分から激流に逆らうか、どちらでも事態に深く関わってしまうかもしれない。いくらドイツ軍の協力が得られているとしても、そいつらが裏でつながっていない可能性なんてないからな。……あいつだけは、この面倒事からは遠ざけたかった)

(心配性だね~。それほど心配なら、自分の傍に置けばよかったのに)

(馬鹿が。面倒ごとを否応なしに引き付ける核爆弾の隣に世界一価値のある代物を置けと?)

(酷い自虐ね)


 この不幸体質がある限り、俺の隣に置く方がよっぽど危険だ。

 そう、この異常を取り除かない限り、俺がアイツの隣に入れる資格は無い。

 アイツだけは、傷つけたくないから。


「お客さん」

「え、はい?」


 綾斗が会話をしていた運転手が唐突に声をかけてくる。

 内心鍔吐きながら返事をすると、運転手が遠くにある休憩所への看板を指さした。


「もうすぐ休憩所ですが、寄っていきます?」


 普通なら、直ぐにでもスルーして札幌に直行したい。

 だがこの恰好では現地でかなり怪しまれる可能性がある。幸い休憩所には小さいがしま○らの支店もあるし、そこで軽く着替えた方がいいだろう。全員かなり疲弊しているし、ここらで一旦休憩するのも悪くない。

 三十分程度ならまだ大丈夫か、と俺はOKサインを出した。

 後、腹も減った。



――――――



 血が滴る。

 左腕の感覚が薄い。

 気泡が一度だけ身を包み、重力に従って彼女の体は外に弾き出された。

 べちゃっと、どろどろした液体と一緒に地面に叩き付け垂れ、彼女はついにはっきりと目を覚ました。


「適合者のダメージレベル判定――――Bレベル、軽度の身体障害と判定」

「迅速にメディカルルームへと運搬」

「期待の損壊レベル――――D-と判定。即座に工場へ運搬することを推奨」

「可決」「可決」「可決」

「過半数以上の可決。ルート変更。新設ソビエト連邦地下機器製造工場へ進行」

「可決」「可決」「可決」

「異議なし」


 研究員たちは勝手に話を進めながら、無抵抗の彼女の傍に近寄ると手を後ろに回して手錠で拘束する。

 それから無理やりと言っていいほど強引に立ち上がらせると、引きずるような形で移動を開始していった。その間に彼女の意識は殆どないに等しく、敗北によるプライド消失による虚無感が大半を支配していた。


「軽度うつ病の兆候あり。抗鬱剤の投与を――――」

「必要ない」


 研究員の手を振りほどき、少女は自力で体を支えると引っ手繰るような形で、突っ立っているアシスタントが用意したタオルを取り液剤に濡れた身体を拭く。

 口元に溜まった唾液交じりの血を吐き捨て、少女は指紋認証用の機器に手を当て自動ドアを開け管制室に入る。驚いているオペレーターを無視しその手から通信機器を奪い取ると、苛立ちのこもった声で通信機の向こうにいるであろう『依頼人』に怒号をまき散らす。


「どういうこと。あんなものがいるなんて私は聞いていない!! 説明してもらおうか――――衣渉我堂!!」


 通信の向こうにいる者は、しばらく口を開かない。

 しばらくすると、非嗤う様な下卑な笑い声が微かに聞こえる。


『…………、ハッ』

「何が可笑しい!?」

『新設ソ連の精鋭部隊と聞いていたが、想定外の状況にも対応できぬとは……やはり青い小娘には荷が重かったか? 新設ソ連特殊作戦用特設機構兵器試験部隊『リェーズヴィエ』、唯一レベルⅤの人体改造実験に成功した改造人間、アレフティナ・セーヴェル。お前の役目を忘れているわけではあるまい』

「……ジェーヴォチカの試験運用。試験最終プロセス、『追跡者の排除』」

『そうだ。そして貴様はそれに失敗した――――しかし、特例により貴様の処分は回避された。何故だかわかるか?』


 笑いをこらえるように、通信の相手、衣渉我堂は言う。

 完全にこちらを馬鹿にしている、と憤慨しそうになったアレフティナだが、この場合でも一応相手は上の立場にいる人間。真正面から逆らったらどうなるかわかったものではない。はっきり言って先程の発言自体、それを証拠にかなり不味いことがされる可能性もあった。

 ある意味相手が衣渉我堂で正解だったという事だろう。


『それほどの相手だという事だ。ユスティーナ・エーデルガルド・ブリュンヒルデという『化け物』は。誰も戦略兵器相手に刃物一本で返り討ちできる相手に、そんなちゃちなおもちゃで勝利をもぎ取ってこいだなどと期待していない。むしろ、良く戦闘データを回収して生き延びられたと賞賛するぞ。あの女も甘くなったという事だろうがな』

「……冗談ならもう少しまともなものを用意する方がよろしいと思うが」

『ハハハッ、冗談なものか。二十三年前の米国とドイツの全面戦争を忘れたわけではあるまいな。アレは、放って置いたら確実に米国が敗北していた。理由は言うまでもないな?』

「……あの女か?」

『そうだ。全くアホみたいな伝説を作り上げてくれる。何せ、『神の杖ロッズ・フロム・ゴッド』を直撃させて素手で・・・はじき返すような人外。その後も本人は無傷だ。正直言って今敵に回して一番厄介な女だろうな。……いや、本当に『敵』になったら、私たちの首はもう無い物と言っていい。今あの女が私たちを相手にしていないのは、別の用件があるからだ。恐らくそれまでにことを終わらせなければ、終わりだろうな』


 自虐を含んだ声で衣渉我堂は笑った。

 アレフティナは絶句した。話のスケールもそうだが、現在携帯情報端末でそれが真実であると言う情報を見ているからか。衣渉我堂が言う通り、自分はよくこの化け物相手に生還できたモノだと感心すら覚える。


『流石にここであの女が介入してきたことは想定外だが…………そうだな、ブリュンヒルデの傍に十五、十六ほどの男児はいたか?』

「………………いた」


 戦闘光景を録画した映像を見て、アレフティナはそう告げる。すると衣渉我堂が更なる笑いをその口から出した。それを聞いていると、無意識にアレフティナは苛立ちを覚え、傍にあった液晶ディスプレイを一個ほど叩き潰してしまう。


『あの野郎の息子が出張ってくるか。これが運命か偶然か……いや、私が妨害したのが原因か』

「何を言っている。説明しろ」

『簡単な事だ。過去の因縁に決着をつけに、その餓鬼は来るのだよ』

「説明になっていない!!」

『――――気を付けろ。その餓鬼は一筋縄ではいかんぞ?』


 アレフティナの問いに答えらしき答えを殆ど返さず、衣渉我堂は遊戯を楽しむように告げた。

 恐らく、結城が聞いたら卒倒するほどの最悪の事実を。



『さて、どこまで私を楽しませる。呪われた七死ななしの血を受け継ぐ末裔。――――七死秦夜ななししんや遺産むすこ七死悠姫ななしゆうきよ』



――――――



「……ホント、勘弁してくれないかなおい」


 ソ連製スチェッキン・マシンピストル片手に、俺はうんざりとした声音で呟く。

 背中には倒した白い強化プラスチック製のテーブル。隣には防弾アーマーを着込んでいる死体。はるか向こうには体を抱えてうずくまって怯えている紗雪と、俺の猿まねか一応銃を握って臨時態勢になっている綾斗。そして麻酔銃片手にめんどくさそうに頭をポリポリと掻く代理人アジェント

 なぜこんなことになったのだろうか、と頭を抱える。

 俺たちは濡れた服をしま○らで着替え、私服の様な姿になりちょうど小腹が減ったので休憩所の食道コーナーに来ていた。と言っても殆どが冷凍食品なのだが、今更贅沢は言えないだろうという事で入ってみた。 はいいものを、この様だ。

 入って十分で敵組織に攻め込まれた。民間人は何十人か生きてはいるが、状況を理解できずに隠れて頭を抱えているだけ。因みに相手も無差別攻撃をするつもりは無いらしく、民間人には手を出さないでいる。

 狙いは確実に俺達だろう。

 一応一人仕留めて武器を鹵獲したが、流石に防弾アーマー着込んでいる連中に9mmパラベラム弾を叩き込む気分にはなれない。しかもレベルⅣのアーマー。これを貫くならライフル弾を持ち込むべきだろう。

 しかも相手の武装はすでに旧式化したPP-19。使用弾丸はおそらく7.62x25mmトカレフ弾。しかも全員装弾数64発のスパイラルマガジン仕様。今出たら確実に蜂の巣になる。

 唯一救いなのは相手がこのテーブルの素材である強化プラスチックを貫通できない弾丸を使っていることだろうか。さすが安全大国ニッポン。日用品でも防弾仕様とはさすがである。

 さすがに一斉掃射されたらたまったものではないが。


「……大人しく出てこい。そうすれば、痛みは無い」

「……チッ」


 少々訛りのある日本語だった。十中八九外国人だろう。

 しかもここまで徹底しているロシア製武器。ロシア人……新設ソ連人か、この場合は。

 とにかく殺したら殺したで面倒になるのは間違いないだろう。

 地下街では日本人だから多少荒く扱っても問題は無かったが、外国人だとそうもいかない。日本の立間が非常に悪くなる。その場合は調査という名目でロシアから戦力が送られかねない。

 こいつらが正式な登録をしている兵士ならば話は違うだろうが、公共の場で堂々と武器を所持し民間人を巻き込みかねないリスクを負ってでも標的を抹殺する部隊。確実に特殊部隊の連中だ。非公式登録部隊と言えばわかりやすいか。

 恐らく後ろには処理部隊が潜んでいる。例えこいつらが失敗しても殺された民間人に偽装すればことはそれで終わる。目撃している民間人は口封じ――――後処理をすればいい話だ。

 つまり……状況は不利か。

 今できることは生き残るために相手を無力化、ないしは殺害すること。そして情報をできるだけ引き出す事か。相手が自決薬でも持っていたらすべて水の泡だが。


「目的は何だ」

「我らを嗅ぎまわる愚かな者どもへの粛清」

「つまりは殺すって事だろうが……わざわざ殺される奴がいるかってんだ、クソッ!!」


 拒否の意思を見せた途端に発砲してきた。

 ただの威嚇だろうが、それでも銃だ。撃たれた衝撃によりテーブルで頭を軽く叩かれる。

 最悪だ。

 戦力はこちらが三人、だが実質一人。相手は七人。しかも完全武装状態。

 絶望的という言葉が甘いレベルだ。これでは蠅相手に火炎放射器を使う様なものだ。


「糞が……!!」


 せめてもの反撃として腕だけ出して反撃。

 マシンピストルで相手を見ずに弾丸をばら撒く。流石に民間人に当てるわけにもいかないので、細心の注意を払いながら発砲。装弾数二十発全てばら撒く。発砲に応じて民間人共の悲鳴が聞こえるが、虫だ。構っていられる状況ではない。そうすれば死ぬ。


「敵意を見せたな。いいだろう。その心意義に応じてやろう。愚か者」

「難しい日本語知ってますねぇ!!」


 半ばやけくそになり、俺はテーブルに両手を押し付ける。

 そして――――全力で押した。

 すると移動する防弾性の壁が出来上がる。相手がかなり予想外の行動だったのか、相手にも同様の声が聞こえる。はっきり言ってかなりの賭けだった。相手が怯まずに全力掃射して来たらこちらは押し返される。

 しかし掛けに勝った。

 同時に脳の制限解除を開始。流石に全力を出せない、右腕が使い物にならない状態で左腕も機能停止にするわけにもいかない。ここは最低限の譲歩で――――三十パーセントだけ解放した。

 テーブルを蹴り、向こうにいた兵士達を吹き飛ばす。三人ほどが巻き込まれ、武器を落としながら相手は食堂コーナーのガラス張りの壁を突き破り外に放り出された。流石に強く蹴り過ぎたのか、強化プラスチックのテーブルは真っ二つに割れてしまう。


「な……ぁ!?」

「後四人!」


 まず一人目、こちらに向けてきた銃を掴みマガジンを外す。直後銃を持った手を蹴りあげて、手に持った銃を吹き飛ばした。吹っ飛んだ銃は天井に突き刺さり、銃身が曲がって回収しても使い物にならないようにしておく。

 そして腕をひねり、肘関節を外す。相手は激痛で何かを叫ぶが構わずその腕を後ろに回させ肉盾にする。

 直ぐに敵が発砲。その発砲を敵が身に着けているボディーアーマーで防ぎ、拘束した敵の背中を蹴り飛ばした。

 プレゼントにショルダーアーマーに付けていたF1手榴弾のピンを抜いて。



「「ウワァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」



 二人爆殺。

 後二人。しかし――――


 ゴキッ。


「あ」


 右足首の骨が外れた。

 蹴り出した勢いを制御しきれずバランスを崩し、顔面から加工石の床に顔面からぶつかる。

 即座に立ち上がろうとするが、今度は右手首の骨が悲鳴を上げて軋む。


「ぐぁぁあああっ!!」


 連続で負担をかけ過ぎたのか、体がいつの間にか最終警告をしてきていた。

 体が震え、筋肉は委縮し、脳からは激しい頭痛が発せられる。


「押さえろ!」


 リーダーらしき男は残った一人にそう命じて、部下もそれに応じて倒れた俺の腕を背中に回して押さえつける。抵抗しようにもこれ以上力を出したら間違いなく後々行動不能になる。

 頭蓋を地面に叩き付けられ鼻血が噴き出るが、相手はそれすらお構いなしに銃口を突きつける。


「ぐ、うっ……」

「惜しいな。貴様が味方だったら、世界が変わる日にちはもう少し早まったかもしれない」

「…………くたばれ露助が」


 引き金が動く音がする。

 しかしそれよりも早く――――別の方向から銃声がした。


「ぐあ!?」


 頭部に命中したのか、俺を押さえつけていた兵士はよろめく。

 その隙に俺は拘束を振りほどき、左足で兵士のヘルメットを蹴り飛ばして脱がせた。

 直後サイレンサーで拳銃を撃ったような音が聞こえ、兵士の頭部に麻酔銃の弾が刺さる。即効性の麻酔が兵士の脳にすぐさま広がり、兵士はそのまま眠りに入ってしまった。

 ナイスフォローととりあえず心の中だけで感謝しながら、兵士の持っていたPP-19を奪い、リーダーらしき男に向ける。


「……形勢逆転だな」

「それはどうかな?」


 ヘルメット越しでも分かるほど、リーダーらしき男は笑う。

 嫌な予感がして俺はありったけの力を込めて後方にスライディング。一秒後俺の居た場所に大量の弾丸が突き刺さる。

 弾丸だ飛んできた場所は食堂コーナーの外。十中八九俺が吹き飛ばした兵士三人からの物だろう。

 手榴弾の一つや二つ投げ込まなかった俺のミスだった。


「クソッ!!」


 牽制目的で掃射。勿論まともに当たるわけも無く、逆に手首のダメージをさらに悪化させてしまう。

 必死で床を這い、近くにあったテーブルを倒して防壁を創りその裏に隠れる。

 内ポケットに差し込んでいた痛み止めモルヒネと治療用ナノマシンの入った注射器を首に刺し、投与。最低限の応急処置にすぎないが、無いよりはあった方がいい。

 右足首の脱臼。それを無理やり弄りつなげる。激痛がしたが、痛み止めを投与したおかげか大分緩和している。だが肉体的ダメージはもはや無視できないほどひどい有り様だ。

 速攻で決着をつけねばこちらがやられる。

 あまりいい策とは呼べないが、懐からスマートフォンを取り出し紗雪に繋ぐ。紗雪も辛うじて応じてくれたのか、通話はすることができた。

 可能な限り小声で会話を開始する。


「おい紗雪、今からお前の方に銃を投げるから受け取れ」

『な、なんで……?』

「お前ならアーマーの隙間を縫って狙撃することぐらいはできるだろ。仮にも弓道部部長だ、出ないとは言わせないぞ」

『ふ、ふざけないで……! 私が人を殺せるわけないでしょ……!?』


 案の定定番の答えが返ってきた。

 同時に一番イラつく答えが。


「ふざけてんのはお前だ」

『え……?』

「復讐するんだろうが……! こいつらを差し向けてきている――――俺たちを始末しようととしている衣渉に! お前の覚悟はその程度だったのかよ。殺す覚悟もしないで『復讐』なんて言葉吐いてんじゃねぇぞ! 今すぐ決めろ!! 何もかも忘れて日常に戻って惨めに過ごすか! それともここでこいつ等殺して復讐するか!! 殺したくないなんて生半可な覚悟で世界の闇に足突っ込んでんじゃねぇぞ!!」


 ここまで来て「人は殺したくない」なんて綺麗事を抜かすようでは俺は今すぐ紗雪の脳天を弾丸でぶちぬくつもりだった。そうしなければあいつは確実に死ぬし俺たちの足を引っ張ることになる。

 ある意味人に向けて引き金を引けた綾斗の方が現状、優れた才能を持つ紗雪より有能だった。ここはそういう世界だ。才能ではなく『どこまで人を捨てられるか』。

 紗雪は一時間前なら『まだ』戻れた。しかしもう遅い。ここで腹をくくらねば――――全滅。



「今まで散々足引っ張ってきたんだ――――お前の復讐遂げさせてやるから覚悟決めろ柊紗雪!!!」



 力任せに紗雪のいる方向に銃を投げる。

 敵はそれをさせて堪るかと銃で迎撃しようとしてくるがそんな事させるわけがない。痛む足を無視して俺はテーブルから飛び出し、外から発砲してくる兵士は無視してリーダーらしき男だけに狙いを定める。

 相手は銃。こちら素手。

 普通なら勝ち目はない。だが、今は普通じゃない。

 出し惜しみ無し――――全力で立ち向かった。脳の力を全解除し、人間の物ではない脚力で地を駆ける。


「――――!?」


 声を出す暇も与えず、俺は相手に肉薄。

 両足が折れる。バランスが崩れ出す。

 だがその前に俺は、握った右手を全身全霊で相手の頭部にぶつけた。

 時速300キロという人間の限界を超えたストレートがリーダーらしき男のヘルメットを薄い木の板でも殴りつけるように軽く砕け、その奥にあった頭部は豆腐をプロボクサーの最高速パンチで叩き潰すようにあっさりと潰れ、吹き飛んだ。

 簡単に言えば、爆発した。

 頭蓋骨の中にあった脳は弾け跳び、まるで手榴弾でも爆発させたかのように気持ちよく飛び散った。次に顎から下。衝撃波で粉々に吹き飛ぶ。全ての頸動脈が露わになり、そこから噴水の様に血が噴き出す。

 代償としてこちらの右手は骨が粉々になった。

 しっかりと手当てをしなければ二度と使い物にならないと思えるほどの重傷だった。


「今だッ!!」


 しかしこの凄惨な光景を見た兵士たちは硬直した。自分たちの役目を忘れ、茫然としていた。

 そこに銃声が三つ。

 自分たちの身に何が起こったか理解できないまま、喉に大穴を開けられた兵士たちは仲良く死亡した。


「ぐっ、ぁ、はぁっ………………!」


 相手と自分の血だらけになった右腕を抑えながら、待機していた仲間たちに視線を向ける。

 代理人アジェントだけが俺の考えていることを理解したのか、他の二人を引っ張って、肩を貸してもらいながら共に外へ出る。民間人の中に警察に通報しようとしている者がいたが、止めない。

 私服姿の子供四人が武装した者たち七人を素手や奪った武器で殺した、などと言ってみろ。即座に精神病院送り確定だ。邪魔してもあまり意味は無いだろう。

 それに監視カメラはとっくの前に潰れている。武装した奴らが自分たちがロシア兵と知られる証拠を徹底的に削るため、処理班によって潰されているか電子工作で使い物にならなくなっているだろう。

 ただすべて他人任せにすると言うのは流石に気が引けるので、残った左手でスマートフォンを操作し休憩所の管理室の機器をハッキング。今から約一時間の映像記録を全て削除し、削除したデータも暗号化して廃棄データの海に沈める。サルベージするにもデータファイルの種類を完全に別物にしているので、見つけるには一流ハッカーでも一か月はかかるだろう。それと暗号も一分ごとに変更される二十四桁の代物なので、解かれる心配はない。マスターキーも非対応にしているし、解凍されてもその瞬間内部使ったデバイスに強力なウィルスをばら撒いて自爆するように仕組んだので、永劫、解除は不可能だろう。

 スマートフォンをポケットにしまい、左手で駐車場で一番早そうな自動車のサイドガラスに触れる。指紋認証の画面が出てきたが、面倒なのでもう一回スマートフォンを取り出し無線ハッキングで強制的に認証指紋を変更。もう一度左手を当ててロックを解除する。

 俺は後部座席に乗り、代理人アジェントも手当てのために俺の隣に乗る。

 この中で一番運転できそうな綾斗が操縦席に乗り、紗雪は暗い顔でその隣に座った。


「え、マジでいいの? 俺が運転して?」

「早く出せ。捕まりたいのか」

「よっし、見てろよ……グラン○リーモで鍛えた俺のドラテクを見せてやるよ!」

「いいからさっさと出せこのアホ!!」


 俺がせかすと綾とはアクセルを踏み出発する。

 意外とよくできたもので、運転はかなり静かな物だった。初心者に開幕高速道路走らせるのもアレな気がするが、今運転できるのはこいつしかいない。紗雪は今の状態で安全運転できるのかも怪しい。


「無理するね~君も」

「しなかったら死んでるよ」

「それもそうだね。じゃ、右腕出して。手当てするから」


 代理人アジェントに右腕へ止血剤と細胞活性化剤を注射器で撃ちこまれながら、紗雪を横目で見やる。


「…………紗雪」

「……うん」

「初めて人を殺す気分はどうだ」


 自分が一番必要だと思う質問を投げつける。紗雪は――――俺の予想した通りの答えを返した。


「怖かった」

「…………そうか」

「……怒鳴らないの? 怖がるな、って」

「お前を殺人鬼にするつもりはない」


 意識が徐々に薄れていく。

 さすがに、無理をし過ぎた。


「その感情を、忘れるなよ。――――お前の恐怖を感じる感情が、越えてはいけない一線だ」


 目を閉じて、言う。


「俺みたいにはなるな。家族を大切に思うなら」




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