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第六十二話・『死線の冥土』

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 諸君等、女性のどの部位が好きか? と問われて、何処を応える。

 ああ、わかっている。大体の『童貞』共は『胸』という哀れで何とも情けない童貞丸出しの答えをするだろう。そんな男が存在するとは実に実に嘆かわしい。

 では『脚』はどうか? そうだ。確かにそいつも素晴らしい。一見高度な趣向にも見えるだろう。だが我ら超越者にとってはまだまだだ。

 足、踵、脹、脛、腿、脚部全体、腰、そのくびれ、脇、胸、ティクビ、肩、二の腕、腕全部、手の甲、掌、指、爪、顎、口、鼻、耳、目、眉毛、毛根、髪――――ああ、わかっているさ。女性には素晴らしい個所が星の数ほどあるという事を。つまり、だ。お前らは――――本当に女性の一部分しか愛せないのか?



 否ッッッ!!!!



 我々は女性のありとあらゆる所を愛せるはずだ。 

 女性の心を、体を、存在をッッ!! 尿道を愛する者もいるだろう。ア○ルを愛する者もいれば大腸を愛する者もいる! 喉も鼻の孔も――――だがしかし!! 俺たちはまだ足りない! 足りないんだ!

 そう――――女性のすべての体を愛してこそ、本物の『漢』だとっ……私は、この草薙綾斗は理解したのだ!!

 フェチ? 知らんな『全てを愛せ』!! そう、俺達はまだ入り口にいたんだ。

 一つしか愛せない? そんなプライド捨てやがれ! ハーレム!! 男ならハーレムだろう!? たとえ二股かけちまっても両方幸せにできるならオールOK。そう、たとえ十股だろうが百股だろうが女性を満足させられるのなら天も我に味方せりってやつなんだYOわかったかアホ共!! いいか……楽園は、自分の手で作るものは。そこに続く『門』もまた俺たちが作り、自分で抜けるんだ! みっともなく女のおっぱいしゃぶってないで尻の穴も舐めやがれってんだ!! たとえ世界中のアホが俺の意思を踏みにじろうとも、俺は諦めん。絶対に諦めないぞ!! いいか――――変態は欲望に従うやつらのことを言っているんじゃない!! 『自分で切り開いた道を恰好よく堂々と突き進んだ者』のことを言うんだぁぁああああああああああああああああああああ!!!!





「と、まぁ、煩悩の塊みたいなやつが戯言を広場で叫んでいたので気絶させて連れてきましたが、問題はあるでしょうか」

「……ふむ、女性の全てを愛する、ですか」

「ああ。忘れてください。つか忘れろ殺すぞ」

「すいません。そうですね、忘れることにしましょう」


 前日交わした約束通りの時刻に街はずれの小さなカフェに来た紗雪は、殺意たっぷりの笑顔でテラスで紅茶を啜っていたエウロスを睨みつけたあと顔面痣だらけになっている綾斗を床に放り椅子に座る。

 紗雪らがエウロスと接触した一日後、色々あって話をしやすい場所にくるようにとエウロスが配慮した結果交渉が長引いてしまった。それに関しては紗雪は別にいいのだが、ストレスで綾斗が奇行に走ってしまったがために紗雪は今さっさと終わらせて宿で休みたい一心だった。

 いや、元から頭がおかしいのか。


「その男性はいつもそんなことを?」

「ええそうね。大体いつもこんな感じよ」


 断言した痕、紗雪は耳が尖った――――金髪エルフのウェイトレスに紅茶を一杯注文する。

 どうやらここは珍しくも異種族が営んでいる喫茶店であるらしい。恐らくエウロスがこの店を指定したのもその理由の一つだろう。


「人が嫌いなのね」

「そうですね。好きか嫌いかと言われれば、嫌いと答えます。何せ、汚れていますから」

「何処がかしら?」

「心が、ですよ」

「それは全種共通じゃないかしら」

「……何が言いたいのですか?」

「内紛状態の種族に言われたくないつってるのよキザエルフ」


 敵意全開で紗雪がそう言い捨てると、エウレルの手が一瞬だけ震える。

 そして、凍えるような殺気。それに対抗するように紗雪もまた同質の殺気を漏らす。

 緊迫感が満ちた世界。他に来ていた客は顔を真っ青にして速やかに料金を払い立ち去り、通る人は影も当らなくなる。

 まるで氷の中に閉じ込められたようだ、と従業員は思った。


「口だけは達者ですね。流石、皮肉だけはよく思いつく種族と言えます」

「そうね。貴方も、時代遅れの差別主義を掲げる猿みたいに喚かなければまぁ他よりはマシでしょうね。そうそう、エルフの血を飲むと寿命が延びるって噂があるけど、本当かしら」

「さぁ、試したことは無いですね」

「じゃあ試してみようかしら?」

「馬鹿な人族の臓器はとてもいい栄養食になるそうですが、貴女もそうでしょうか」

「――――」

「――――」


 いつの間にか小動物さえよらなくなった空間。建物に使われている木材が徐々にきしみ始める。

 圧倒的な不可視の魔力の奔流。例え完治能力が低い人間だろうと無意識にそれを理解し、一目散に逃げ出すであろう。ウェイトレスたちも何かと文句をつけて逃げ出す用意をしている。

 完全に営業妨害そのものだが、二人は気にせず笑い合う。

 発破。

 紗雪が異空間から弓を取り出し構えるのと、エウロスが腰から細剣を取り出し構えたのはほぼ同時だった。そして互いの打てる最速の一撃を放つのもまた――――


浄化の光(Lumen expi)よ、汝の(ationis in)敵を(imicos)殺せ( tuos)――――」

風よ、(Matar a mi)私の敵( enemigo, )を刺し(fuerte )殺せ(viento)――――」


 呪文を速攻詠唱スキルで唱える二人。――――の間に鉄拳が落とされた。

 割って入ってきた拳はテーブルを粉々にし、その下にある床を破壊してさらにその奥にある地面まで届く。勿論そんな威力で叩かれた床は綺麗に吹き飛び、大穴が開いた。


「……お前さんたち」


 犯人は、この店を仕切るであろう、ドワーフの女将さんだった。見た目は四十代過ぎているが、ドワーフの寿命は平均500から700。つまり最低でも老化が始まるであろう300歳は年を食っているという事だった。

 つまり年季の入ったベテラン。素手で半径三十メートルの床に罅を入れている時点で紛れもなく実力者であることが伺える。そして何よりその眼光。歴戦の戦士の様な鋭い視線に、紗雪とエウロスは顔に汗を浮かばせながら大人しく辛うじて残っていた椅子に座った。


「後でたっぷり、客が逃げた分の請求をさせてもらうよ?」

「ここってそんなに繁盛して」

「何か言ったかい?」

「そんなには」

「何 か 言 っ た か い ?」

「……何でもありません」


 ほぼ脅しのような形で紗雪は黙らせられ、ついでに女将さんは床でぶっ潰れている綾斗の側頭部にスタンプをかまして強制起動し店の厨房へと戻っていった。

 紗雪は軽い舌打ちをエウレルに送るが、それをエウレルは涼しい顔で受け流して茶色の封筒を懐から出す。一瞬警戒した紗雪だが、いつまでもこんなことをしていたら日が暮れると思い渋々と受け取る。


「いってて…………ん? なんだその封筒」

「…………これは」


 その封筒の中身を見て、紗雪は苦い顔になる。

 それは契約書だった。それもただの契約書ではなく、魔法を組み込まれた誓約ギアスに近い代物。

 性質の悪いことに、これは自分の名前と血判をすれば強制的に契約が成立し解除は解呪専門家に頼まねば二度と解除できない強力なタイプ。さらにその解呪専門家も世界に一握りしかいない。

 つまりこれは、大まかに言えば絶対契約。永劫、解けないような誓約をさせるための物だった。


「国王陛下……妖精王が直々に直筆したものです。内容は」

「リーシャ・ティータニア・イストワールの返還と恒久的な不干渉。……これ、国家間での協定に使われる者じゃなかったかしら」

「学だけはいい」

「黙りなさい。これ、どういうつもり」

「どういうつもりも何も、もしお嬢様が不埒な輩につかまっていた場合を想定して作成した誓約文書です。報酬は金貨一千万枚。勿論一人頭です。それだけあれば、金目的の輩は説得できるおつもりでしょう」

「仮にも第一皇女よ。一億払っても身代金には足りないと思うけど」

だからこそ・・・・・私を寄越したのですよ。一々蛮族共に金を払っている余裕は、流石にないんですよ。……言いたいことはわかりますね」

「結局実力行使ね。どっちが野蛮なんだか」

「私としてはさっさとお嬢様を連れて帰りたいものですが」

「無理でしょうね」


 紗雪はきっぱりと言い切る。懸念そうな顔をしているエウロス。

 それに苛立ちを覚えながら、紗雪は続ける。


「たとえ私たちが彼女を手放しても、彼女は戻らないわ。私たちの手を離れてまたどこかに逃げるだけ」

「それを説得して欲しいのですよ。今日、わざわざこんなちんけな――――っと、人気の少ない喫茶店にまで顔出してあなたたちに会いに来たのはその依頼をするためです」

「それが無理って言ってるのよ。そもそも、私たちが彼女の身柄を拘束したわけじゃないわ。そもそも強制でもなんでもない、あの子の自身の意思で私たちについてきてるのよ」

「では」

「確かに彼女を説得できそうな奴はいるけど、そいつは今この街にはいないし……そもそも手放そうとしないでしょうね」

「そりゃな……あいつが、そんなことをするとは思えん」


 黙っていた綾斗が口を出す。

 するとエウロスは指先を微かに震わせた。恐怖ではない。怒りと、拒絶だ。


「……交渉に応じるつもりはない、と?」

「話が噛み合わないようね。確かに説得はしない、でも『そもそも』が間違っているのよ。『説得できるという前提』は話をする前から完璧に崩されている」

「…………」

「今の今まで彼女を拘束していたツケが回ってきたようね。お馬鹿さん達」

「アレだな。散々監禁プレイやってたら相手が警察に通報して捕まったって感じか。いや、違うな。無理やり犬のリード――――」

「アンタちょっと黙りなさい。でもよかったわね、私達ちょうどこれからアルフヘイムに――――って」


 そんなコントやっている間に、エウロスはいつの間にか席から立ち上がりどこかに去ろうとしていた。

 呼び止めようとするが、その必要はない。二人はすでに彼の目的に気付いている。

 リーシャに直接説得しに行ったのだろう。止める必要はない。前提がまず成り立たないのだから。


 だが。


「嫌な予感がする」

「すまん。俺もだ」


 胸に嫌なものがよぎった気がした二人が、嫌々と消えたエウロスの居るであろうリーシャの場所まで走り出した。


「広場で堂々と変態発言したことは?」

「いや、綺麗なお姉さんを見かけて欲望が爆発」

「あっそ」



――――――



 結局、食料も何もかも落としてしまった俺たちは現地で色々と調達しなければならなかった。

 一旦地図を見直し、あと何日ぐらいで港まで行けるか計算し直して最低限の食料を購入する。落とした食料も元は一人二人用だったので、あのままでは二日三日が限度だった。どうせ購入する予定だったのだから、ちょうどいいだろう。

 全員に指示を出して、俺は雑貨屋で購入した新聞を広げる。新聞と言ってもかなり特殊で、オリジナルの文章が開いた際に書き込まれていく構造だった。つまりは通信でメールをコピーするようなものだ。印刷技術がまだ普及していないせいだろう。文字も手書きのようで少々読みにくかった。

 それでも情報伝達は俺の世界以上だった。何せ、最新の情報が次々と更新されていくのだから。文字を消すには専用の液剤が必要だが。


『フキュオールスド樹海、謎の大爆発が原因で一夜にして消滅。目撃者多数、何れも魔法による幻覚症状は見られず、実際に消滅が確認されたことで事実と思われる』


 今夜、いや、深夜の出来事がもう記されている。成程、この世界の新聞記者は仕事熱心なようだ。

 更に適当に読み進めていく。


『中央大陸最重要貿易拠点・王都『グラズヘイム』携える王国『アースガルズ』の貿易首都ヴァルハラ、帝国残党によるテロ事件より一か月。普及が進み現在は機能の五割が回復。来月には機能を完全回復し、飛行船による貿易を再開する予定。副都からも約二十万人もの一般市民や技術者、役人が移住し、更に発展をしていく計画を進められている』


 成程、もう一か月か。そう思うと、あの時の死闘が思い出される。

 苦い顔をしながらふと思った。

 たった一か月で機能の半分を回復――――簡単に例えるならば壊滅状態の東京をたった一ヶ月で約半割再建するようなものだ。尋常じゃないほどの復興速度だ。確かに魔法や以上発達した科学があるからある程度早めに進められるだろうが、にしても早すぎる。

 それほど重要な拠点だった、という話か。日本も東京が潰れかけたら速攻で再建計画進めるだろうし。恐らく周りから人手をありったけ集めているのだろう。この世界の魔法に『あり得ない』という言葉を投げかけるのはナンセンスか。


『極北大陸、未だ通信途絶のまま。移民がどうなったのか詳細掴めず。捜索隊を派遣する予定は未だに無し。原因は吸血鬼ヴァンパイア集団の活発化か。近年新設された対吸血鬼殲滅隊へと注目が集まる』


 極北大陸、か。いつか行ってみようかな、と思っているけど当分は行かない。

 真祖なり立てとはいえ俺は吸血鬼に目をつけられているのだ。たださえ関わり合いたくはないのに、わざわざ自分から足を運ぶつもりはない。大人しく他人が無事解決してくれることを祈ろう。

 あとエヴァンの策略でそっちに送られない様にも。


『焔火の塔に続き大地の塔も攻略。攻略者は依然として正体不明。ヴァルハラに足を運んだと言う情報があるが正確な情報は依然無し。国が情報規制をかけている?』


 ……次、次だ。


『期待の新人。探索者協会から新たにSランカーになった者が数名発表される。

 以下六人が期待の新星

 《レベッカ・アインズグリーヴィ》

 極南大陸で単独で雑種竜を三体同時に倒すと言う偉業を成し遂げ昇格。今後の活躍に期待。

 《ラインズフィード・エメラスティス》

 危険度S級指定賞金首を五人捕縛し(または殺害)したことで正式な昇格。今後の活躍に期待。

 《アレイス・ディード・マリーリンス》

 魔法教会からの正式推薦により昇格。彼女の魔法の開発にぜひとも期待したい。

 《ディアニスリーネ・レストワンド》

 危険度SS級大型魔獣の封印の功績によって昇格。後々結界術の開発に手を付けるらしい。今後に期待。

 《紅霊こうれい 妖姫ようき

 極東大陸からの派遣者にして極東探索者ギルド支部のエース。東海の主である狂獣アロマティクスを討伐したことにより正式昇格。今後、彼女の存在が極東との融和に役立つことに期待。


「……結構な数が昇格しているもんだな」


 つぶやき、最後の者の名前を見る。


 《リースフェルト・アンデルセン》

 首都ヴァルハラで起こったテロの最強戦力(危険度SSS級指定脅威種)を単独で無力化したことにより、元老院からの推薦という異例の昇格。ただし素行不良、建築物大量破壊、反国家的思想保持の容疑あり、反抗的な態度のため、功績だけならばSS級昇格予定だったが市民からの反感や不満を考慮した結果昇格はS級に留まる。他国はこの存在に対し今後入国するとき最低限監視が必要だ、という旨の言葉を述べていた。

 今後、彼の素行が改善されていくことに期待。


「余計なお世話だよ糞が」


 案の定そういう系の事が書いていた。しかも余計なことに監視が付くかもしれないと言う悪い情報まで。

 もう名前と顔変えようかな。


「他人からの印象なんて気にしないと思ったのに」

「そりゃ気にしない場合もある。しかしこんな特異な状況じゃ、周りの目も気にせざるを得ないんだよ」

「『工房』絡み?」

「違う。今後どう行動すればいいのかの自由度が狭まってくる。俺が危険人物になればなるほど、俺達は行動しにくくなるわけだ。だから目立ちたくなかったんだってのにあんのエヴァンの糞ジジィめ……」

「過ぎたことを考えてもしょうがないわよ」

「それはいいとして、ルージュ、お前ちゃんと買い出しは行ってきたのか?」


 先程から何かとコメントしてくるルージュの方に振り向いて、俺はため息交じりにそう言い放った。

 ルージュは軽く肩をすくめると、新しく買った高価そうな赤いドレスを見せびらかしながら得意げな顔で修理完了した馬車の近くに積み上げられている木箱をトントンと手で叩く。


「ええ。ご注文通り、四、五日分の食料と水。後は消耗品や医薬品ね」

「回復薬とマナ回復薬の質は」

「質は上級、原液濃度は60%。まぁ、ちっぽけな街にしては上出来な品ぞろえね」

「武器の方はどうだった」

「全部合金魔鉄以上純製加工魔鋼以下。貴方の腕に耐えられそうな武器は一つも」

「そうか。ありがとう、休んでてくれ」

「お言葉に甘えてそうするわ」


 笑ってそう告げると、ルージュは欠伸をしながら馬車の奥に入り、壁に背中を預けて眠り始める。

 何だがここ最近、こいつの睡眠時間が長くなっていく気がする。確かによるたたき起こされて結界構築を最速で行って、昼に大量の荷物を運べば疲れもするだろう。しかし彼女のレベルは600以上。この程度は屁でもないはずだ。

 何か別の要因があるのか、と思い始めた頃、残りの三人が返ってきた。

 アウローラは新しい黒のドレスに身を包み、リザはおっとりとした町娘風の衣装で、スカーフェイスは旅人の様にポーションなどの薬品類を大量に吊り下げられるオプションが大量についた服を着てこちらに向かってきていた。はやり新しい服に着替えてくれと指示を出したのは正解だったらしい。爆風のせいで汚れだらけになってしまったから、あのままで歩くと目立ってしょうがない。実際、俺達が街中を歩いているまるで乞食でも見るような目で俺たちを見ていた奴らが何人かいた。勿論『お話』してあげたが。

 勿論俺も別の格好に着替えている。白のTシャツ、紺色の長ズボン、茶色のロングコートという簡素な格好で。

 怪しまれないような恰好が一番いいのだ。適当とか言うなよ。


「あはっ、ダーリンからのプレゼント~」

「金を出しただけだけどな」

「本当に良いのか? 買ってもらって、一応そこそこお金は持ってきたが……」

「いいよ。必要経費だと思えば安いもんだ。アウローラ、気に入った服は選べたか?」

「うん、ありがとう!」


 その笑顔があれば銀貨百枚程度の出費は安いよハハハ。

 と、我が黒歴史になりつつあるロリコン思考はさて置き街の様子をざっと見る。特に行商人、特にとくに南系の格好をしている奴らに。目的は一つ、南極大陸との貿易状態がどうなっているか。

 良好ならこんな小さな町でも特産品や民芸品などが出回っているだろう。しかしそんなものは、


「ない、か」


 予想した以上に貿易状態は悪いらしい。

 誰にも聞こえないような音量の舌打ちをして、三人を馬車の中に押し入れながら近くの行商人に話を伺う。


「あの、すいません」

「はい? なんでしょう」


 少し痩せ細った中年男性は素直に俺の呼びかけに答えて足を止める。

 格好はこの町に住んでいる者が身に付けないものばかり。それなりの高確率で遠くからの商人とみていいだろう。


「私達、事情があって南極大陸を目指しているのですが、今そちらの交通状態はどのようになっていますか?」

「あの馬鹿みたいに熱い大陸に? こりゃまた随分と物好きだねぇ兄ちゃん。ま、いいけど……こういう時何を出すか、わかっているかい?」


 一瞬顔を不快に染めかけたが堪えて、大人しく貨幣袋から銀貨を一枚取り出して差し出す。

 行商人はそれを受け取ると本物だと判断したのか笑顔で話してくれる。


「回りくどいことは省いて行っちまうと、今は交通状態が最悪に近い」

「何故?」

「海賊、しかも獣人達で構成された海賊さ。デカい船を持っているわけじゃないが、まるでハイエナの様に数で群がってきやがるって話だ」

「……戦艦はどうしたんですか?」

「あの海は荒れているうえに凶暴なモンスターが出没しやすい。海賊討伐に行くにも、道中そいつら相手にして疲弊した所に襲撃されて終いだ。実際そのせいで戦艦が三席ほど沈んじまった。悪いことに海賊共に戦力を与えてな。で、交通管理役員共は大人しく海での貿易路を封鎖。結果的には、船での行き来が不可能になっちまって通行が滞っているのさ。商人にとっては悪い夢だ」


 確かに、南でとれる海中鉱物や質の良い砂で作られるガラス製品、高級鉱石は商人たちにとっては喉から手が出るほど欲しい代物だ。今貿易路が断絶されているせいで、価値も爆上がりしているだろう。

 ある意味商人たちにとってはチャンスともいえるが、同時に危ない綱渡りでもあった。


「他の交通手段は」

「飛行船が妥当だろうな。獣人達は飛行船を持っていてもそれを操縦する技術がねぇ。飛べたとしても一時間足らずで墜落して大炎上間違いなしだろうさ。つまり空族に襲われる可能性は限りなく低いってことだ」

「じゃあ飛行船で行けば解決するんじゃ……」

「ところがどっこいそうもいかねえ。飛行船は高級品。普及が三十年も前に行われているにもかかわらず、普及しているのはデカい国や航空管理団体、後は金貨で湯船を創れる裕福な金持ち共だけさ。確かに何通か飛行船は通っているが、いずれも個人用の飛行船。公式な交通用は金持ち共の経済力で無理やり潰されてしまったらしくてよ、今じゃ完全に停滞状態。価値のある民芸品や特産品は金の亡者どもが独占して売りさばいているせいで最悪のなんの。ほんと、いい迷惑だぜ」


 話をまとめると、たださえ通りにくくなっているのに金目的の富豪が交通閉鎖して運航が完全停止状態。

 現代だったら間違いなく苦情が殺到するレベルだろうが、金が多い奴ほどえらいこの世界では迂闊に苦情も申し上げられない状況だ。

 つまり今向かっても、対して状況は変わらないと言うわけだ。

 かといってその富豪をぶっ殺してもまた次の奴が現れる。切がない。

 解決策が見つからない。だがそれでも進まねばならない。

 一度港町に着いてから解決方法を考える方が良さそうだった。


「ありがとうございます。お礼にこれを」

「え? あ、おい!」


 後から何か文句を言われない様にチップを上乗せし馬車に入る。

 全員が一斉にこちらに振り向くが、事情は後で説明するほうがいいだろう。今此処で何を言おうともあまり意味は無い。

 前座席に座り、手綱を取る。

 シルバーホースは元気そうだった。あんなに派手に転んだと言うのに傷一つ見当たらない。


「これから世話になるぞ」

「……フシュー」

「オーケーオーケー。行くか、シルバーホース」


 手綱でシルバーホースを叩き、俺達は町から去った。



――――――



 暗くじめじめした路地裏。まるで湿地帯にでも連れてこられたような蒸し暑さに、紗雪は上着を一枚脱いでしまう。真夏の様な気温と湿度に疑問を持ちながらも、彼女は逸れてしまった相方を探し続ける。


(まさか路地裏程度で逸れるとはね……)


 右目を使う手立てもあるのだが、こんなことに一々『王の目レクス・オルクス』を使っていたら依存してしまうかもしれないし、そもそも彼女の目事態使えば使うほど負担を強いられるもの。脳に通常処理しきれない情報量を最小限にまで圧縮し強制的に叩き込んでいるのだから脳細胞の一つや二つは軽く焼き切れもする。


(しかし、何なのこの蒸し暑さ)


 この時期はもう夏は終わり秋のはずである。

 なのにこの高気温に高湿度。まるで人為的に起されたような環境だ。

 念のため警戒しながら、脱いだコートを肩に掛けながら奥へと進んでいく。


「おかしいわね……確かにここに来たはずだけど」


 エウロスを最後に見たのは、ここに続く路地裏への入り口だった。

 何の意図があってここに進んだのはかわからないが、とにかく紗雪と綾斗は進んだ。そしてなぜか逸れた。きっと綾斗が方向音痴だけなのだろうと推測したが――――どうやら違っているようだ。


「……殺気を隠しきれていないわよ」


 うんざりとした声音で紗雪が告げる。

 同時に背後からナイフが三つ、高速で飛来する。それを軽く指で挟んで受け止め、紗雪は振り向いた。

 こんなことになるなら出し惜しみせず『王の目レクス・オルクス』を使っておけばよかった、という後悔と共に。


「アハハ、どーも。こんにちわ~」

「……はぁ」


 ため息をついて、紗雪は自分の背後に立っていた人物を見る。

 メイド服。まずはこの一言に尽きた。そして金髪、鋭くとがった耳、整った顔立ちすなわち美人顔、スタイルは家からボンキュッボン。胸は自分とは大違いだなという被害妄想を紗雪は密かに、


(黙れ)


 と、彼女は自分の妄想を打ち切り改めて襲撃者を見る。

 メイドだ。営業スマイル、体の肉付き、筋肉の動かし方、何処をどう見てもメイドだ。しかもかなりの年月で鍛え上げられたスペシャリスト。

 舌打ちしたい衝動を我慢し、紗雪は素直に弓を構えた。


「あれ、挨拶も無しですか?」

「…………ブランとでも呼びなさい。偽名だけど」

「へぇ、偽名にしてはいい名前ですね。私はレミリィ・スフィルペーテ。以後よろし――――」


 紗雪は引いた弦を放す。

 引き絞られた弓矢は真っ直ぐとレミリィに向かい、その脳天を貫く――――寸前で彼女の指が弓矢を挟む。


「ひどいですね~。まだ話している途中なのに」

「いきなり後ろからナイフ投げてきた奴に言われたくないわよ」


 紗雪は再度弓を引いた。

 それをミリとレミリィはクスクスと微笑み、服の袖から大量のナイフを取り出す。


「元暗殺者アサシン教会第二級暗殺者アサシン・『死線の狂乱従者デッドライン・サーヴァント』レミリィ・スフィルペーテ、参ります♪」

「探索者ギルドA級探索者、ブランネージュ・フォンデュ・ブリュイヤール。偽りの名語る事、恥と自覚するが、貴様に真の名語る価値なし。……参る!!」


 紗雪は地を駆けた。

 レミリィも同じく疾走を開始した。




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