第六十一話・『間一髪で拾った命』
いやぁ、テスト期間はホント地獄だぜ!
……ごめんなさい、しばらく投稿できません。たぶん来月まで。
本当に申し訳ございません。私の進路に関わっているため、これに対してはどうあがいても趣味に時間を削げることはできず、渋々作成を中断することになってしまいました。
続きを楽しみにしている方には、謝罪を述べさせていただきます。
個人的な事情で中断してしまい、申し訳ございません。
「『地の意思と星の意思交わりき。素は大地。媒とするは大気。響け星の咆哮。大地の激怒を知れ』――――『追加・術名宣言破棄――――再度追加・二重詠唱を宣言』――――『これより汝ら我が配下。自然は荒れ狂い、泣き叫び、汝ら汚す不届きものに罰を与えるべし。怒り、怨嗟を響かせろ』!!」
詠唱を終えると、地鳴りが少しずつ耳に届いてくる。
木々や大地が唸り、歪み、まるで動物の様にゆっくりと動き出した。その姿はまるで石炭でしか動かないエンジンに高濃度のガソリンを叩き込んで無理やり動かしているような悲惨な物。今にも『存在』が破城しそうなほど無茶苦茶な術式を実行に移せていたのは、ある意味で俺がそんな人間だからか。
試作にしては不出来いかがだ、今はとりあえず使える魔法はこれぐらいしかない。メインとしていた火力重視の炎魔法は全て潰された。移動中では土魔法もまともに使えない。待機中の水分を集めるにもそんなことをさせる暇など相手が与えるわけもない。
条件は今ある物を最大限に生かし、かつ時間稼ぎを確実にできる魔法。
かなり厳しい条件だが、重病でその魔法を創り上げ、なおかつそれを実行まで移せて見せたのはもうけものだ。
ちなみに、ここまでの好意の無理やりぶりを表現するならば、作りたいゲームの基本プログラミングソフトが何処にも存在しなかったので仕方なくそれを自分で十秒で作り上げてゲームを作り、些細なバグを無視して本来ならば軌道もできないようなプログラムを力技で強制起動するようなものだ。当然、不可能に近い。しかもそのバグは致命的なまでに厄介。燃費はクソみたいに悪いし細かい制御もできやしない。それに高等技術である詠唱の短縮技術『術名宣言破棄』に術を二つ同時に発動するよう調整する『二重詠唱』まで土壇場で実現したのだ。要するに制御プログラム無しのアプリケーションを両手両足の指を使って人力情報処理だ。はっきりって脳細胞が焼き切れてもおかしくは無い。
追撃に、少しでも集中力が乱れると魔力が逆流して体中をズタズタにする鬼畜仕様。既存の者を使うにも魔術書などほとんど読まない、読んで覚えたやつはこの場では使い物にもならない中級以下の役立たない魔法だ。
「行け!」
最後の強制起動材料として指をスナップ。軽やかな音と共に地面が隆起し木々の小枝やそれに絡みついているツタが動き、俺達を襲撃する『何か』にへばりつこうとする。
だが無理だった。間に合わせの術式程度では『アレ』はどうも止められそうになかった。木々はミキごと両断され、隆起する大地は逆に足場として利用されるばかりか、爆発的な勢いでこちらに迫りくる。
回避するスペースがない以上、完全回避は不可能。後ろに馬もいる。こいつがやられたらそれこそ手も足も出ない。移動しているからこそアイツの長所である『隠蔽技術』を殺せているのだ。激しく移動している間ならば隠蔽もクソもあるまい。だからこそ――――止まれば死ぬ。
「糞っ……マジで殺しに来てやがる……!」
一定間隔で指をスナップさせながら、左腕を突き出す。
「硬化。素材は鋼。――――実行!」
詠唱によるブーストと補助を使い、左腕を硬化。詠唱通り素材は鋼。相手が一定以上の硬度を持つ武器があるか判断しやすい材料だ。これを切られれば遠距離から対応。防げたならば、近接戦も視野に入れる。
左腕一本にしては耐火が安すぎるが――――死ななきゃ安い!
「――――!!」
「ぐっ!」
防いだ。
そうできた要因は二つある。
相手が突きの攻撃を放ったことで、ギリギリで硬度を集中する箇所を選べたこと。
そしてバランスを崩していたがゆえに剣への力の入り方が中途半端だったこと。
最後に――――相手が特殊な長剣、ウルミと呼ばれる薄っぺらい剣を使っていたことだ。
普通の剣だったら間違いなく貫かれていた。幸運なのか不幸なのか。
「――――ッ! グッ!!」
ウルミは俺の腕に刺さったままピクリとも動かない。
当然だ。俺が即座にウルミを挟んだ筋肉を硬化状態のまま極限まで膨らませて固定させたのだ。恐らく二度と抜けないようになっている。
俺たちを襲った襲撃者は、ローブを深く被っていた。顔どころか体型さえうまく判別できない。ただし背は非常に小さく、まだ子供のようだった。それに油断する俺ではない。異空間から劣化ウーツ鋼の長剣を取り出し振りかぶる。
「ちっ」
そう小さく舌打ちが聞こえる――――すると俺の左腕が唐突に感覚を失う。
「んなっ!!」
左腕がいつの間にか切断されていた。
まだ何かを隠していたのか、襲撃者は硬化が解けた俺の腕からウルミを抜いて馬車から跳ぶ。またどこかに隠れたのだろうが、今度は縦横無尽に動き回っている。世良威を定めさせる気は全くないと見た。
出血を開始する前に俺は切断された左腕を拾い、切断面同士で無理にくっつける。すると異様な熱を放って左腕は接続。完治する。
「お、お前……本当に人間か!?」
当然ながらその人間とはとても思えないような光景を見たスカーフェイスにそう言われてしまう。
「ああ。……まだ、人間だ」
「…………す、済まない」
俺の言葉から何かを感じ取ったのか、スカーフェイスは謝罪をする。
しかし俺はそれに構わずリザの肩を叩く。申し訳ないが今はそれに一々構っている暇はない。
「リザ、おい起きろ!」
「うぅん……チューしてくれないと、い・や――――!?」
面倒なのでさっさと口づけを済ます。
要望は答えた、さあさっさと働け。と言おうとするが――――なんでだろうか、リザが凄く怖い笑みを作り始めた。たぶん、今までで一番不気味な種類だと思えるほどの。
「う、うふっ。うふふふふふ…………!」
「リザ……とりあえず、襲撃者殺せ」
「ええ、ええ、……仰せのままに、リース様ぁ…………――――アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
光悦に浸った――――いやもはや絶頂さえとうに超越したかのような妖艶な顔を浮かべると、リザは……《覚醒》した。
正直言うとただのキス一つがここまでとんでもないことになるとは思わなかった。
具体的に言えば――――弾丸の様な豪雨が降り出した。
雨一個一個がライフル弾顔負けの威力で降り注ぐ。それらは地面だろうが樹木だろうが意思だろうが何だろうが破砕した。想像してみよう。頭上からゲリラ豪雨の様にM14の弾丸が降ってくる様を。鳥肌ものだ。しかもそれが精密に、俺達の通るルートの身を避けて振っているわけだから。しかもそれをこいつをきしょぷから立った三秒で実行したのだから、いかに格が違うか見せつけられている。
正直言うと、今ほどこの女を敵に回さなくてよかったと思うときは無かった。もし本当に敵に回したら、厄介どころかただの災害だ。これは。
「さぁ、さあ、さぁさぁああああああああああああ!! 避けてみなさいなッ!! 避けて避けて避けて避けて、絶望しなさい! あぁ、幸せっ、あ、ぁっ……気が狂いそうですわっ……ぁあ、はっ」
なんだろう、床に何か水の様な物が垂れてるけど、飛び散った雫がこっちに来たのだろうか。
「はぁぁあん……(はぁと)」
いや、雫程度で、水溜りができるのだろうか。
というか何だ、なんか粘液っぽいんだけど。つか声気持ち悪いんだけど。
「ラブ☆poweeeeeeeeeeeeeeeer!!」
…………とりあえず、こいつのことは、一生好きになれそうにない。
「『降れ、降れ、降れ――――』」「『奏で、奏で、奏で――――』」「『その道は血の塗りつぶられて――――』」「『邪道。故に正道――――』」「『表裏反転。善は悪に、悪は善に――――』」『曲げれ、曲げれ、曲げれ――――』」「『いざ清めよ。汚れた聖水よ――――』」『降れ、触れ、汚れ――――』」「『さぁ行かん、罪滅ぼしの泥海へど――――』」「『堕ちたり。昇り、埋め尽くす――――』」「『其れは原罪――――』」「『全てを清め、堕とせ――――』」
「『水奏・女神の福音』」
「『涙雨、堕天の災厄なり』」
「『慈悲なり其水、嫉妬故』」
それはまるで謳うように。
斉唱するような詠唱。
美しくも艶美で、それでも醜く邪悪な歌声。
三つ物大魔法を並列発動――――超の付く高等技術、並列発動。流石『魔女』というべきか、魔法に関しては俺が影も踏めないほどの技量を誇っている。魔法だけで戦うなら、こいつに勝てるのはおそらくルージュ程度しかいない。
「ック!」
「嗚呼、そこに居ましたのね」
弾丸雨により身動きは殆ど取れなくなっていた襲撃者は弾かれるように俺たちの進行ルート上に現れる。
その判断は正しいともいえるし間違っているともいえる。
なぜか。
当然だ。
大魔法がすでに展開し終えている。襲撃者は何が何でも、リザを止めなければならなかった。
「『さぁ、さぁ、さぁ。現れ出なさい、奇跡の賜物』」
最後の下仕上げが完了した。
リザの言葉に応えて、極大サイズの魔法陣がはるか上空に展開される。三つかなさったそれは俺自身でも買い得困難なほど複雑な術式であり、規模からして恐らくこの樹海全てを包んでいると思える。
何より凶悪なのは、敵味方識別が可能という事。
遥か空から発せられた何物をも汚染する真っ黒い雨、全てを震わせ畏怖させ、その上で敵の精神を狂わせる女神の福音、慈悲の元に敵の口の中に生成されたその喉を焼き尽くす救いの水。全てが凶悪極まりない狂った魔法だった。
襲撃者は悲鳴とも言えないような絶叫を上げて転がり、馬に踏まれ、馬車に踏まれ、遥か後ろへと景色と共に吸い込まれていく。
「終わった、か?」
「そうみた――――いや、まだ」
スカーフェイスの疑問に応じながら、俺は異空間から剣を取り出し開いた左手で握る。
そして背後から飛んできた蛇の様な斬撃を勘だけで左の剣で防ぎ、再度襲ってきた斬撃を今度は右の剣で受け流して、薄い刃を剣でからめとり使えなくする。
「終わってないなっ!!」
鋭い殺気を紙一重で感知したことでどうにか対応できた。
見逃していたら恐らく俺の首はあっさり撥ねられていたともうと、襲撃者の手腕が如何なるものかと実感する。
からめとったウルミを剣で引っ張り、襲撃者をこちらに引き寄せる。まだ背後を向いたままなので、振り返りながら左手で握った剣を捨ててその手で襲撃者の首根っこを掴む。からめとっていないウルミは地面に垂れていた個所を強く踏むことで無力化。
ようやく戦闘が終わる。
「動物にローブを被せて放ったか。姑息な手だが、及第点だ。さて、さっさと情報を吐いてもら、お……………う?」
「ぐ、ぅっ、ぎ……」
精神の天秤が一瞬揺れる。
襲撃者は、子供だった。裸で、髪が長くて、まだ小柄で――――女の子だった。
何より、異常だったのは、
「……アウローラ、と、同じ?」
顔が似ていた、という次元ではない。
完全に同一。文字通り、そのものだった。
それを見て、俺はすぐにその理由を理解した。
「クローン、なのか」
絶句する。
確かに、アウローラは元も『工房』で生み出された存在だ。追われていたという事は何か重要な要因だったのだろう。過去にDNAプールが多数保存されていてもおかしくは無かった。
だが、しかし――――違和感が蠢く。
何故こんな世界に、そんな技術がある。
魔法、と言えば楽だろう。確かにそんな魔法があるとは文献でも知っている。だがそれでも遺伝子情報に差異は出る。こんな完璧なまでに肉体を再現できないし――――そもそもその魔法は土で他人の肉体を『外見』を再現する代物。
こんな生々しいほどの人を再現できる魔法など、まだこの世には存在していない。
ホムンクルスを作る技術あれど、それは虚弱で短命。今俺たちを襲ったこの者が虚弱など、口が裂けても言えない。
ならば、なんだ。
この世界に、中世中期の様な価値観の世界に。
そんな未来的なものがあると? 俺の居た世界でも、一人のクローン作るのに百何万以上かかる代物を? こんな時代で? ――――嘘だろ。
確かにおかしいと思うところはあった。こんな時代に自動拳銃などオーパーツもいいところだ。ましてや突撃銃に狙撃銃、明らかに『異質』だ。
魔法という技術があるのにもかかわらず、それに平行して科学も発達している。しかし人々はまともな数学さえできない。中学生でも習う様な方程式をみても「なんだこれは」という顔しかしないのだ。
何なんだこの世界は。
一体、何なんだ、『工房』という存在は。
「……どこのとあるの学園都市だっつーの……てめーら」
得体のしれない物を前にしたのは、これで何度目だろうか。
巨大ロボ、巨大生物、宇宙設置型戦略兵器、核融合利用エネルギー砲、イデ○ンソードもどき、人間核兵器(師匠)、俺の世界でもふざけているようにぶっ飛んだものは見てきたが、これほどまでに異質な存在を、白いキャンパスに塗られた黒点は見たことも無かった。
「……たす、け」
「何?」
クローンがそんな声を出す。助けを乞う声が俺の耳に届くと、一瞬だけ力が抜けてしまう。
「しま――――!!」
アウローラに似ていたせいか完全に油断していた。
クローンは目から光を消すと、俺の顔を殴り拘束を解いた。さらに俺の腹を蹴って空中に出ると、自由になったウルミを俺の方に向かって大きく振った。
ヒュン、と空気が裂ける音。
次の瞬間には、俺の両腕は切断され、床は地面に下がり斜面となって、ガリガリと音を立てて摩擦を起こしていた。
「リースフェルト!!」
スカーフェイスが叫び、銃を空に向けて引き金を引く。
だがクローンの超人的な反応速度により弾丸はあっさり切られ、その後に放った第二射も軽々と叩き落される。その後は弾切れで成す術も無かった。リロードするには一分以上かかる。
「あらあら、――――少しおいたが過ぎますわ」
殺気全開でリザは魔法を放とうとする。
だが相手が一瞬だけ早かった。魔法を発動するための末端器官である両手を問答無用で両断。追撃に両肩も落とされてしまう。
「あら」
一時的にだが無力刈らせてしまったリザはそんな声しか出さなかった。
いや、出す前に顎から上を切断されてしまった。やはりこいつに白兵戦を求めるのは間違っていたようだ。どう見ても魔法専門のようだからな。
というかこんなこと思っている場合ではない。クローンは空中滞空からすでに落下を始めている。
このままでは三秒後には俺の首は『サラダバー』してしまう。
まぁ、両腕がない、魔法行使は不可能、武器も使えない。
詰んだ。
「――――セァッ!!」
鋭い掛け声。
一秒経過。
ウルミの斬撃が俺の首にまで迫りくる。反応はできるが、対処は不可能。
二秒経過。
刃が少しだけ首の皮に触れる。走馬灯らしき何かがスクリーンショットの様に流れる。
三秒経過。
「はぁっ!!」
キィン、と金属同士がぶつかり合う音。
ウルミの刃は明後日の方向に飛んでいった。クローンは急いでもう片方の斬撃を放とうとするが、馬車から投げられた長剣に対応したせいでバランスが滅茶苦茶になりそれどころではなくなってしまった。
それをしたのは、俺の命を救ったのは――――戦力外だったはずのアウローラであった。
「アウローラ……!?」
「私も、守る」
「お前」
「私だけ何もしないなんて、そんな卑怯な真似は、できない!!」
アウローラが纏っていた空気が一変した。
明らかに今までとは違う。
何かを、外した。
《詠唱・限定的束縛術式展開。詠唱開始【あなたは止まれ。】》
アウローラの指先から強力な電撃が放たれる。
ぞくっ、と何かが震えた。
本来ならば出るはずのない言葉が、アウローラの口から出た。
アレは、まさか――――
《詠唱・対抗術式展――――「がぁっ!?」
相手が対策を唱え終える前にアウローラの放った電撃がクローンの身動きを止める。
空中で失速したクローンはそのまま流されるように後方に転がっていく。
「……今度こそ、終わったか」
追手はもういない。相手ももう追いかける気はないようで、耳や感覚を澄ませても、気配はない。
ようやく落ち着けるか、と溜めていた深い溜息を吐く。
ここで水を一杯もらいたい気分だが――――ここでアウローラの顔が酷くゆがんでいたのがわかる。
「……アウローラ、どうした」
「……終わってない」
「何を――――」
待て。
こういう場合、失敗した場合に備えて捨て駒の体の中には何が仕込まれている? 爆弾……いや、何かを埋め込んでいる様子は無い。だが『工房』がその対策をしないわけでもないだろう。
嫌な予感がした。
体に変化を与えず、かつ失敗しても証拠を残さずに捨て駒の体を処分できるような方法。
不意に、樹海の奥深くから一瞬だけ閃光が走る。
「自爆魔法!?!!?」
失敗を前提にしたわけでもあるまい。俺を執拗に狙ってきたという事はアウローラの肉体にまだ何かが残されているという事。ならばそんなに爆発範囲は広くないはず――――という予想を完全に裏切ってくれた。
爆発が始まる。
一秒で半径百メートル。二秒で半径四百メートル。三秒で一キロ――――完全に失敗前提でくみ子んdあ証拠隠滅用の自爆魔法だった。
まさかサンプルを得られないなら跡形も残さず塵にするつもりか。
考えられるのは内部でのゴタゴタか。今回の襲撃の実行に対しての賛成派と反対派が居たとしよう。そして賛成派があの襲撃者を内密に寄越したとして、失敗したら反対派に主導権を握られることになる。ならば原因不明の大爆発として処理しようではないかということか。糞、ふざけやがって。まるで現代でのゴミ役員共を見ている気分だ。
悪いがそんな理由で死ぬつもりは毛頭ない。
ここで唯一対抗できる切り札になりえるのは――――ルージュ・オビュレ・バレンタイン。彼女しかいない。
だが樹海を抜けるまで彼女は無力だ。
樹海を抜けるまで目測で――――後五秒。
耐えられるか――――無理だ、追いつかれる!!
「させませんよ」
ようやく復帰したリザが急ピッチで水の結界を展開。
先程の三つの魔法に集中していた魔力を断ち、今度は結界に全ての魔力をつぎ込む。
それでも『時間稼ぎ』程度にしかなりえない。
アレはいわば恒久的に爆発を放ち続ける自爆魔法。水は炎に触れれば蒸発する。いくら魔力で強化していたとしても、その法則からは免れられない。
炎が結界に触れる。ガタンと衝撃の跡、水が蒸発していくような音。
「これは、不味いですね――――後、二秒」
彼女が口にしたのは、結界が破られるまでの時間だった。
爆発で霧が吹き飛ばなかったらもう少し耐えられていただろうが、無い物ねだりをしてももう意味が無い。ならば、今できることを全力でするまでだ。
アウローラに両腕をくっつけてもらい、術式構築。――――シルバーホースに向かって強化の付与魔法を行使する。
「ブルル――――!!」
体の筋肉を膨張させたシルバーホースは駆ける。先程とは比べ物にならないほどの速度で走り出す。
真者の車輪が軋む。規格外である時速二百キロオーバーを叩き出しているのだから当然か。だがこれは賭けだ。堪えられれば、助かる可能性は五パーセントから十パーセントほどに上がる。
頼む、耐えろ――――!!
「結界、消えますわ!」
「後一秒!!」
爆発が馬車の最後尾に触れる。木が焼ける音がして、馬車はいよいよ崩壊の前兆を見せる。
後コンマ五秒。
ここまで来るともう術式展開などできない。俺が無詠唱で実行できる術はこの状況では雀の涙以下だ。
もう、祈るしかない。
後コンマ一秒。
一番後ろにいた俺の左腕が飲み込まれる。頬が熱気に触れる。この状況でも辛うじて発動している現身の力で腕も肌も表皮が炭化する程度で留まる。
それはこのままだと俺だけが助かるという事だった。
それだけは絶対に許さない。
俺が俺を許さない。
――――後、コンマゼロ一秒――――
ついに、樹海を抜けた。
天然魔法が消える。左腕がダメージを受けずに再生を開始したのが何よりの証拠だった。
「ルージュゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!」
全力で切り札を呼び起こす。
無意識にルージュと繋がっている経路を使い、今までの記憶を叩き込む。
状況をコンマ一秒以下で理解したルージュは開眼と同時に術式展開。シルバーホースも限界まで力を酷使した反動でその場で転がり――――馬車が横転、全員投げ出されれ大惨事になるが、誰ひとりとして結界の外に飛ばされる者はいなかった。
炎が結界を包み込む。だが熱も衝撃も音も入ってこない。
炎のスペシャリストであるルージュが作った結界だ。入ってくるはずない。
「ぐぁっ!!!」
焼け焦げた草に落下する。
ルージュの移動に合わせて結界も動いているのか、炎で焼かれた草がそこにあった。
もし座標固定型であったならば、俺たちは時速二百キロで結界と衝突して体が潰れていただろう。ならば軽度の火傷程度安い物だ。
しかしはやり熱いようで、草の上に投げ出されたルージュと俺以外の奴らは残骸と成り果てた馬車の上に上る。呑気なことだ。
炎が薄れる。
もう自爆魔法が消えたと判断し、ルージュは結界を解除する。
すると凄まじい熱気が俺たちの肌を撫でる。
「うわっ……」
――――視線の先は、爆心地だった。
樹海は完全に消滅していた。天然魔法の規格に収まらない火力を発動されたのだ。消えもする。
霧も消えた。何もかも。
俺たちはそこから遥か遠くに吹き飛ばされたのか、幸い生成されたクレーターに落ちてはいなかった。素人でもあのクレーターの表面が途轍もない温度になっているのは想像がつく。
今のが今日で一番の幸運か。襲撃にあった時点でハイパーアンラッキーだが。
「……随分と滑稽な真似をしてくれるじゃない、『工房』」
「……ああ」
俺はルージュの言葉に、頷くことしかできなかった。
――――――
その場凌ぎにどうにか修理した馬車はもう原形を留めておらず、詰まれていた食料の入った木箱も中身は殆ど入っていなかった。地面にぶちまけられたもので無事な物を選別して拾い集めたつもりだが、殆どはあの自爆に巻き込まれて消えてしまった。この量だと一日二日超えるのが精いっぱいだろう。
修理した馬車、いやもう牛車に近いそれはゆっくりとした速度で近くの町に向かっていた。これでもかなりギリギリな速度だ。時速にして四十キロほどだが、やはり先程と比べると遅い。
それでもしっかりと進んでおり、地図で確認した町が目に見えるところまで近づいてきた。これでようやくしっかりと休養できる。
ルージュに事情を説明し終えた頃には、街のおおまかな全体図もしっかりと見えてきていた。
「そう……そんなことが、ね」
「流石に記憶だけじゃわからないだろうからな。ちゃんと説明したつもりだが、理解できたか?」
「ええ、十分。要するに、首都から離れた上に私を無効化されて弱体化した私達を狙って、『工房』が仕掛けてきたのでしょう。寄りにもよってアウローラのクローンで」
「……悪趣味ってやつだな」
「全面的に同意ね」
俺だってさすがにクローンとはいえ、アウローラと同じ姿形をしたものを切り刻むのは本意ではない。
アウローラ本人も、自分と同じ顔をした者と戦い混乱している。今もなお、誰とも口をきこうとせず、俺の身体に寄りかかるだけだ。
更にあの謎の術式詠唱。色々、会ったのだろう。
「……まさか『機凱術式』を使えるようになっていたなんて……どういうこと。記憶がメモリー事抜き取られたんじゃなかったの?」
「そのはずだ。だが、アウローラの事だ。何か細工をしたんだ。そうでもないと、説明できない」
その可能性しかない。そう信じたかった。
きっとアウローラが自分の体に何かを施して言ったのだと。きっとこうなることを想定して、術式を発動できるように何か細工をしたのだと。
そうでもなければ、いやそうでなくてはならない。
「……こいつが、『工房』と繋がっていると?」
「そんなわけ、無いでしょう。…………その、断言は……」
言葉が濁っていく。
アウローラは子供だ。だからこそ、騙されやすい。
もし知らず知らずに『工房』からの干渉を受けていたとしたら冗談にならないほどの悲劇が生み出される可能性がある。それを見逃すわけにもいかない。
だがそれはアウローラを信用しないという事だ。
それは、だめだ。
それだけは。
「……俺は、信じる。ルージュ、お前は」
ルージュはしばらく俯き、少し経って決意した表情で言い放った。
「私も、信じるわ。何が起こっても、後悔しない」
「……ああ。俺もだよ」
話をしていると、街の出入り口に到着する。
門番に自分の身分証を掲示し、通過。あまり警備が厳しくは無いようで、積んでいる荷物の検査はされなかった。
いや、牛車に積まれた荷物なんて高が知れているだろと言う考えかもしれない。実際食料しかないが。
街の名前は、確かオールストラ。行商人にとって補給ができる街であり、探索者たちにとっても一種の休憩所の様な物だ。そのため宿泊施設は多く、出回っている商品も中々珍しい物が多い。
だがもう午前四時だ。まともに寝ていない俺達にとって、買い物をする気力などない。
馬車(牛車)を馬ごと馬小屋に預け、俺達は適当な宿屋で部屋を人数分借りて、それぞれ別れ――――俺はベッドに行く気力さえ使い果たし部屋のど真ん中でぶっ倒れた。
「……疲、れた」
無理な再生による疲弊か、体中が痛い。
全身筋肉痛と同じぐらいの痛みだ。指一本動かしただけで全身に痛みが走る。
もう動けない。
たださえ病み上がりな体だっていうのに、無理に酷使しすぎてかなり不味い。
腹も減った。
眠い。
疲れた。
「糞……が」
己の未熟な精神を恨みながら、そのまま深い眠りの中に沈んでいってしまった。
最終的に俺が起きたのは、夕方の六時頃であった。




