第六十話・『第二の刺客』
フキュオールスド樹海の中央にそびえたつ古城。
かなり古びているようで、城の所々は崩落しておりあまり居住性が良いとは言えない。そもそも三百年以上前に建てられたこの脆い古城に対して居住性を求めるのがそもそもの間違いだが、それでもある程度環境を整えれば数十人ほど人が住めるようなスペースは整っていた。
人類共通語でもマイナーな弱性ルーン語で『Fuckyorsd』、意味としては『騒然とした』の意が込められている言葉。その通りこの樹海は元々人々が住む一種の城下町であった。具体的に言えば二つの極寒の山の間にある唯一の通過点にそびえたつ『関門』としての役割を、首都ヴァルハラから直々に与えられていたのだ。それが変わったのは定かではないが、恐らく百五十年ほど前だろうと思われる。
突然街中にモンスターが現れた。いや、モンスターというより、植物と言った方がいいだろう。とにかく大量の木が一斉に地面から生えだし始めた。さらに妙な霧が街を包んだかと思いきや、何もない空間から突如モンスターが現れ市民を虐殺し始めた。衛兵を送るもすでに遅く、増えすぎたモンスターによって門街『フキュオールスド』は一瞬にして『樹海』へと変わってしまった。原因は地脈の突発的な活性化により地中に眠っていた魔樹の種が大量のエネルギーを取り込んだことで一斉に成長してしまったこと。そして何よりその際に地下に閉じ込めていた魔の霧が漏れ出してしまったこと。
事態はヴァルハラが派遣した上級魔術師によりどうにか収集したが、街にいた者は文字通り全滅。木々の方も焼き払っても焼き払っても立て続けに生え続けるどころか一種の耐性を得てしまい、霧が魔術体制を帯び始めてしまった所で樹海撤去計画はとん挫。結果的に南へ行く手段が大幅に制限されてしまった。
その影響は実に、近年飛行船が開発されるまで南へ行くものは殆どいなかったほどである。地下にトンネルを作る計画もあったそうだが、地盤が崩れやすい、さらに土が柔らかすぎて崩落しやすいなどの要素があったことから、南の方での貿易はかなり苦労したそうだ。
それから約三百年後、ある国を追い出された盗賊団が誰も近づかないのに目をつけそこに住み始めた。その盗賊団は名が知れているわけでもない、しかし弱いわけでは無かった。そもそも裏の仕事を専門にやっている以蔵、名前が広がりにくいのも仕方のないことだ。規模も小さい故に、彼らを知っている者は殆どいない。いたとしても口止めのため始末している。
彼らは所謂『似非暗殺者集団』だ。偶に近くの町に出向き、依頼を受け、それをこなして金をここに持ってくる。出入りにはかなりリスクが高いが、その分防衛性は抜群。元が暗殺者を真似ているからかモンスターたちに気付かれることも少ないし、見つかったとしても彼らは戦術により制圧する。
ある意味、拠点とするならば絶好の場所と言えよう。
それにこの古城に誰かが住んでいるとは思うまい――――などと住んでいる盗賊団のリーダーは思った。
実は違った。
かなり前、およそ十年ほど前だが、古い情報屋が彼らの存在を突き止めていた。しかし売っても利益にならない、通るものがほとんどいないことからこの情報の価値は無いに等しき、結城達が必要とするまで情報や自身も忘れていたであろう。
故に、油断していた。
襲撃者など絶対に現れないと自負していた彼らは、拠点内で警戒することをとっくの昔からやめていたのだ。しても意味は無い、そう決めつけて。
それが彼らの敗因であった。
「……で、今月の収穫は……あまりよくは無いな」
「そりゃそうすっよ。最近は暗殺者教会が妙に活発になっているっていうし、こういう裏仕事のほとんどがあっちに回されていますからねぇ」
「まぁ、プロとアマチュアの違いというやつだな。おかげで仕事が見つからない」
「いや、一応盗みとかそういう小さい仕事もあるんですが」
「数熟しても全体的な報酬が一回暗殺した報酬の半分程度。はっきり言ってデカい仕事でもこなさなきゃ来月は一日二食になるなこれは」
盗賊団のリーダー、顔に大きな斬り傷がある青年、スカーフェイス。通称スカーは数字に埋め尽くされた一枚の羊皮紙を見て唸る。
その後、去年の収入を書き記した羊皮紙と今のそれを見比べると、差は明らかだった。月々収入が減っている。業務上何度も経験することとはいえ、今回の場合はかなり酷いことになっている。具体的に言えば五か月前と比べて収入が二十パーセント以上低下、出費は五パーセント程度だが、増加している。
ギリギリ黒字とはいえ、この調子では確実に盗賊団の存続は絶望的だろう。
仮にも四十人もの奴らの面倒を見ているのだ。団長になってからまだ四か月ちょっととはいえ、いやそもそも入団してから七か月程度とはいえ、スカーはこの盗賊団に愛着がないわけでは無い。本音を言ってしまえば少々の嫌悪感を抱いているにはしろ、彼の性格上どうしても放って置けなかった。
しかしこのままでは確実にこの盗賊団は潰れる、という真実を突きつけられては頭痛もする。
いくら旅をしていて食料が切れて樹海の中でぶっ倒れていた所を助けてもらい、その場の流れで団員になっていつの間にか団長になっていた身とはいえ、責任は感じる。
しかし明確な解決法がない以上、ため息しか出てこない。
「せめて決定打があればなあ……」
「団長、もうお休みになられては? 最近殆ど寝ていないでしょう」
「そりゃまぁ……そうだが」
言われてスカーは妙な眠気に襲われる。
最近はいろいろ大変だったのだ。古城の一部が崩落し、各rて栄太モンスター共に攻め込まれその対処をしたり、崩れた壁を治したり。
そろそろ此処に隠れるのも潮時だろう。
それに盗賊団と名乗って置きながら、旅人からみぐるみをはがせない状態じゃ安定した収入も望めない。
名残惜しいが、もう拠点を変えるしかない。
明日皆に指示を出すか、とスカーは椅子から立ち上がり、この部屋の隣に有る自分の寝室へ入る。
一応裏切りの可能性があるので鍵をかけるのも忘れず、やることが一通り終わったと感じたころには硬い別途に体を横にしていた。
「ふー……ようやく休め――――」
欠伸をしたと当時に、何処からか小さな悲鳴が聞こえる。
本当に小さく、そして短い悲鳴だったが、確かに聞こえた。ギリギリ耳が音を捉えてくれた。
舌打ちをしながら体を起こし、壁に立てかけてある中型の突撃銃を手に取り寝室の扉を開ける。
そして、首を何者かに絞められた。
「が、っふゅ……!?」
呼吸が困難になり、急いでスカーは自分の首を絞める何かを振りほどこうとするが、それは不可能に近かった。
スカーの首を絞めていたのは、液体だった。スライム状の何かが強く首を絞めていたのだ。掴もうとしても表面が非常に滑りやすくなっているせいで、掴むことさえ許さない。
そのまま三十秒ほど膠着状態に陥り、スカーはようやく解放される。何が目的だったのはよくわからないが、空く危害を加える目的阿野は確かだろうと推測する。そうでもなければ人の首を絞めるやつなど居るわけがない。
モンスターが忍び込んだのか、と一瞬推測するが、最上階部分には宝物『バビロニアの宝玉』が置かれているので、基本的にA級以下のモンスターは近づかない。範囲がいくらたった五十メートルとはいえ、最低限ここには入れないようになっているのである。高くてもB~C級のスライム程度が侵入できるわけもない。
とにかく真実を確かめるべく、スカーは扉を開ける。
「……なん、だと……?」
部下二人が首から血を流し、倒れていた。いや死んでいた。
頸動脈を切断されて、噴水のように血を噴出して血だまりを作り倒れている。口周りには何か液体の様な物がついており、ただの憶測だが口をふさがれて悲鳴を出す暇も無く殺されたとみる。
こんなことができるのは、十中八九知的生命体ぐらいしかいない。スライムなどという脳も無ければ理性も無い本能のまま動く雑魚ではこんな真似はできない。高位のモンスターはある程度知能を得ていると言う情報もあるが、こんな場所にわざわざ足を運ぶわけもないし、出現する確率は限りなく低い。
「くそっ、一体何だってんた!」
扉を勢いよく開け、エントランスホールに飛び出す。
先程までがやがやと騒いでいたはずの場所は全くと言っていいほど騒音が聞こえない。
全員死んでいるのだから、当然だろう。
「なんだよ……何が起こってんだ!?」
あまりの理不尽にスカーは叫ぶ。
どんな化け物が忍び込めばこんな光景を作れるのだろうか。そう思っている内に、犯人がわざわざ前に出てきてくれる。ただし、――――液体が寄り集まり人型を作ると言う形でだが。
そのふざけているような現象に、スカーは目を剥きそうになる。
柔らかそうな青の髪、目は少々垂れてはいるがいたって普通の範囲だ。服も町娘が来そうな、シンプルな代物である。故に、異常だった。日常と非日常が同居しているその歪な存在。スカーはおぼわず全身を震わせる。
当然その正体はリザ・ネブラ・シレンツィオアックア。『魔女』と呼ばれ忌み嫌われる人にとっての災厄の一つである。
「こんばんはぁ~。良い夜ですねぇ」
「お、お前が、こいつらを、こんな目に合わせたのか……!?」
「いえいえ~、そうですねぇ。していないと言えば嘘になりますねぇ。でも盗賊団程度、死んでも特に変化があるわけじゃないですしぃ…………はっきり言って、『道標の方位磁針』さえ渡してくれればそれでよかったのですけど……なんだか血気盛んな人が多くて、ついつい」
「……」
襲い掛かられたから、殺した。
ある意味正当防衛だろうが――――これでは過剰防衛という言葉が生易しすぎる。
「ふ、ふざけるなっ! そんな物のために、こんなことをして……」
「盗賊が正義を問うと言うのは、随分と滑稽ですねぇ」
「こ、このっ!!」
スカーは頭に血が上り、突撃銃の銃口を襲撃者に向ける。
だがそんな銃が効くわけも無く、それ以前に発砲さえ許されず、床から舞い上がった血液が鋭い刃となり突撃銃の機関部を貫く。一瞬で使い物にならなくなった頼みの綱。それをスカーはどう思ったのか。
色がなくなった顔を見れば一目瞭然か。
「ひ、ひっ」
「あらあら~、可哀想なお人」
リザが一歩踏み出す。
それに合わせてスカーも一歩ずつ下がるが、もうリザは飽きてしまったのか残念そうな顔をして指を鳴らす。すると死体の血液が宙に浮き、巨大な槍を形成していく。
貫かれれば死ぬのはほぼ確定と言っていい。
あまりの恐怖に言葉を失ったスカーは、口の肉を噛んで痛みで恐怖を紛らわそうとするが効果は薄い。
そして、リザがもう一度指を鳴らそうとし――――
「やめろ」
そんな声がすると、リザは笑って指を鳴らし血の槍を崩す。
声のした方から現れたのは、一人の中性的な少年と、子供が二人。この場ではかなり異色の組み合わせなのだが、そこにリザが加わることでかなり可笑しな絵面になってしまう。
「無益な殺生をやめろとは言ってないが、いささかやり過ぎじゃないかリザ。おかげで面倒事がまた増えたぞ」
「でもぉ、皆さんが私に襲い掛かるから悪いんですよぉ。全員が全員『犯してやる』とか『孕ませてやる』とか言いだしてくるから、ついつい殺してしまったじゃないですか~」
「お前なら忍び込んで目的の物だけ持ってくることもできただろうに……どうでもいいが、死体を片付けろ。血生臭い」
「うーん、どうせ出て行くんですし、別にいいでしょう面倒くさい」
「……とにかく、目的の代物の場所は?」
「あの人に聞いてみればいいんじゃないでしょうか」
少年、結城はスカーのへと視線を向ける。
「お前は」
「……え、は?」
「お前は何だと聞いている」
上から見下すように、しかしながら侮蔑の念は込められていない言葉で結城は言い放つ。
とりあえず敵意が『今は』ないことに築いたスカーは、淡々と自分の正体を明かす。
「俺は、スカーフェイス。……えっと、本名は、俺も知らない。とりあえずこの名前は、他人に付けられたものだ」
「そうか。じゃあスカーフェイス、ここでのお前の立場は」
「……一応、仮の団長を務めて、いた」
「なら好都合だ。『道標の方位磁針』を渡してくれないか。この樹海から出たい」
ほとんど脅しの様な状況だが、それでも結城は『頼み』の形でスカーに言った。
その姿勢をスカーはどう捉えたのか、少しだけ顔を強張らせると沈みかけていた腰に鞭を打って、姿勢を保ちながら歩き始める。
無言で結城達はそれについて行く。
「……わ、罠かもしれないぞ」
「そんなもの効くと思うか? 正直、この古城ごとお前らを圧殺してもよかったんだ。お前らを殺す目的だったらそうしていたが、肝心の物が見つからない可能性があるからな。……言いたいことはわかるな?」
「『いつでもお前を殺せる』……と?」
「理解が早い奴は嫌いじゃない」
ゴツン、と結城はスカーの後頭部に魔導銃を突きつける。
命が縮まるような気がして、スカーは早足に宝物庫を目指す。
倉庫に入り、隠し階段を見つけ下へ下へと潜り、何十もの鋼鉄の扉を開いて行くと言うプロセスを行った後ようやく全員宝物庫へたどり着く。
「こんなこと一々やっていたのか?」
「盗まれちゃ元も子もないだろ」
「正論だな」
結城は軽口叩きながら、いくつもの宝箱が置いてある宝物庫に足を踏み入れる。
片っ端から宝箱を開けていくが、目的のものは見つからない様子であった。周りに黄金で出来た食器や剣、指輪などがあると言うのに一切手を付けないさまは盗賊のスカーからしてみれば随分と滑稽に見える。
それは結城だけではなかった。全員が全員金品に手を付けていない。
「盗まないのか? 売れば金になるぞ?」
「いらねぇよ。人様から金品盗んで売り払って、それで生活するほど堕ちてはいないつもりだ」
「……そう、か」
その言葉を受け、自分が酷く憐れに思える。
足を洗う機械など数えきれないほどあったにもかかわらず、他人をしいたげ金品財宝を勝手に盗み、それを金に換えて優雅に過ごす。そんな子悪党の生活に最後に嫌気がさしたのは、何時だろうか。
いつの間にか堕落していた自分の身を、改めて憐れむスカーをよそに、結城らはついに目的の代物を見つけた。
「これだよな……おいスカーフェイス、これであってるのか?」
「あ、ああ。そうだ」
秘宝『道標の方位磁針』。方向感覚や磁力の流れを狂わせる不可思議な区域でも問題なく機能する魔法具。簡易的な使い捨てタイプは盗賊団全員が持っていたが、その使い捨てタイプは必要なとき以外は作らないようにしている物だ。それに結城らは往復することになる故に、使い捨てタイプでは不安がある。
だからこそオリジナルを選んだのだが――――結城自身、こんな虐殺が起こるとは思ってもみなかった。
リザのいい加減な性格ゆえに、予め伝えておいた『騒ぎを起こさない』を曲解してあんなことになってしまったのだろうと思えられる。
スカーには残念なことをしてしまったとは、結城は微かに思えた。
それを口に出すことは無いが。
「さて……スカーフェイス、これからどうするんだ」
「え?」
「部下は皆殺しされ、盗賊団はもちろん崩壊確定。それでアンタはどうするんだ。このまま表に出てまた裏の仕事でもするのか?」
「そ、それは……その」
スカーフェイスは、善意が消滅しているわけでは無かった。むしろ盗賊としては人間味が残されていると言っていい。これは彼の仕事の経験回数が少なかったことにも由来しているだろうし、あってもほとんど補助の役回りをしていたからだろう。そう、団長のくせしてスカーフェイスの殺人回数は盗賊団の団長としては異例過ぎる『0』。まだてを汚していない彼は普通に戻れた。殺した者が他者から金を吸い続けていた外道貴族の分、まだ戻れたのだ。
盗賊団は消えた。自分はもう責任から解放された。
この仕事に愛着がなかったわけでもない。団員に対して小さな友情を抱かなかったわけでもない。
しかし何より――――スカーフェイスはよかったとも思っていた。
それを外道と思うかは人それぞれだが、それでも『悪事から足を洗えるかもしれない』という状況は、彼にとっては黄金で作られた牛をより価値のある代物だった。
「――――よかったら、一緒にくるか? 樹海を出るまでは同行してもいいが」
「…………」
その時、スカーフェイスに何かが芽生えた。
恋ではない。
「……よろしく」
「どうも」
二人は静かに握手をした。
――――――
というわけでまぁ、なぜか成り行きで同伴することになってしまった『元』盗賊団団長さん。スカーフェイス。本名ではないらしいが、偽名を使っているこちらも文句は言えまい。
その姿はいたって普通の青年だ。年齢は推測するに二十代後半。レベルも低いので見た目の差異も些細なものだろうと思える。一番の特徴は名前通りの顔の傷だが、それを言えば俺も顔に傷跡がある。完治したとはいえ薄く傷跡が残っている。いや、今俺の話はどうでもいいな。
彼は自分の本名を知らない――――記憶喪失か何かだろうが、信憑性は薄い。本人からの言葉の分尚酷い。
医者に診てもらえば真偽は明らかだろうが、俺は医学をかじっているとはいえあくまで外科的なものだ。精神的なものは基礎程度しか知らない。嘘と本当の見極めもできる魔法もあるらしいが、まぁお察しの通り禁止指定物だ。
一応習得済のスキルの一つである『読心術』で軽く心を覗いては見たが……あくまで素人の物。今はまだ『嘘』ではないことしかわかっていない。
本当のことも知らされていないわけだが。
一見万能に見える『読心術』。確かに言葉通りなら便利その物だろうが、素人が使う分には非常に使いにくい。なんせこのスキル『心が読める』ではなく『きっとこんなことを考えているのだろう』と相手の表情、顔の筋肉の動き、発汗状態、全体的な様子、癖から判断する物だ。本当に心が読めるのは覚妖怪の類だけだ。
故にスカーフェイスという人間を観察する必要がある。
味方なのか、敵なのか、それとも中立か。場合によっては殺害さえ厭わない。
だができれば消したくは無かった。
折角できた縁だ。誰しも会ってすぐに『死ね』と言って切り捨てるやつはいない。
使えるならば、利用するだけ利用する。囮に使わざるを得ない場合は、即座に使う。――――親しくなりすぎた場合、どう使えばいいのかは迷うところだが。
しかし子分を皆殺しにさせられたにもかかわらず、スカーフェイスは怒りの様子さえ見せない。むしろ落ち着いてリラックスしている。
思入れが少なかったのか、交友がほとんどなかったのか。
いずれにせよ好都合だ。変に復讐心でも抱いて寝込みを襲われたり仲間を盾にされたりしてもらっては非常に困る。
そう、勝手に一人で深く考えながら手綱で叩いて馬を走らせる。
古城を出たのが十分ほど前。わざわざ死体を槌の下に埋めるのは面倒だったが、変にモンスターに集まられても困る。現身の力を使えばそこら辺楽過ぎたので問題は無いが、慣れない力はかなり精神を削られる。今まで炎の現身の力しか使ってこなかったので、いきなり土の現身の力を使った影響で、少々頭痛がする。
いや、単にほとんど寝ていないだけか。
昨日は深夜二時ぐらいに寝たので、起きたのは五時ほど。三時間程度しか寝ていないのでは、仮眠とそう変わらない。それに加えて現在は……目が確かならば、月の位置からして午前二時ほど。
実質一日を寝ずに過ごしているのだ。頭痛がしないわけない。
何時か寝なくてもコンディションを維持できる方法でも探すか、と思いながら後ろに置いてあった水筒の水を飲む。
現在時刻から考えられるとおり、殆どの者は寝ていた。今起きているのはスカーフェイス、アウローラ、そして俺。ルージュとリザは眠ってしまった。リザは死体の処理で精神を削った影響として、ルージュはなぜ寝ているのかわからない。
いや、霧の影響か。
炎の現身であるルージュは、この樹海に入ってから口数が減ってしまった。
炎が使えない=炎が起きない=炎そのものが消される。そんな勝手な推論だが、恐らくそういう事だ。今の彼女は魔力障壁で魔法を防ぐのが精いっぱいなのだ。
ある意味寝ていて当然だが、このパーティーの主力が無効化されてしまったのはかなり痛手だ。
せめて樹海を出て行くまで何もなければいいんだが。
あ、ヤバい。
「……リースフェルト、でいいよな」
「ん? ああ」
フラグという物を断ててしまったような気がしたが、気のせいだ。
気のせいだと信じたい。
「別に裏切るつもりはない。裏切ったとしても、俺には拠り所がない」
「そ、そうか……そういえば、なんで記憶喪失なんかに?」
「ああ、知っていたのか」
案だけヒントを出しておきながら察しない奴はアホか馬鹿だ。
「実を言うと、記憶を失った前後の記憶がない。気づいたら、そこら中を放浪していて。持っていた食料が尽きた時この近くでぶっ倒れていた、そこを盗賊団に拾われた」
「へぇ……じゃあ、盗賊団に恩義はあったと」
「もう払ったよ。前任が死んで、それを次いで維持させた。それで充分だろ」
「確かにな」
まともな指揮官が居なかったのならば、彼の存在が大きかったはずだ。
前任者が死んで一時の混乱が起こり、それを収めて皆を率いた。それだけで拾われて命を救われたと言う恩義は、返せたのだろう。
彼が居なかったのならば、内輪もめになって人の一人や二人死んでもおかしくないはずだ。美女を見て即座に強姦しようとしている奴らだ。その程度なら想像に難くない。
「……辛いか?」
「理不尽に苛まれたことを?」
「それも有るが……死体を見ても、意外と堪えないなってな」
「…………」
スカーフェイスは黙り込んでしまう。
地雷を踏んだか? と内面少し焦るが、次の瞬間それは消えた。
唐突にスカーフェイスがこちらに向かって回転式三連装拳銃――――マイナーな種類であるが回転式拳銃に分類されるペッパーボックスピストルの銃口をこちらに向ける。
煌びやかな装飾が施されているが、少々欠けた部分や錆びている個所があるそれは、姿形含めてかなり年代物だと推測できる。確かあれはパーカッションキャップ式だったはず。少なくともこの時代でそんなものを使うとは、余程のもの好きと言える。リロードも銃口から一々火薬と弾頭を詰めなければならないため、お世辞でも現代での実戦で導入できる代物ではないと言えよう。
「――――伏せろッ!!」
その言葉で俺はスカーフェイスの言動を全て理解した。
言われた通り状態を屈ませて伏せる。即座にスカーフェイスは引き金を引いて銃弾を打ち出し、俺に刃物を突き刺そうとした『何か』に命中させた。
「――――!!」
撃たれた『何か』は驚いた様子で、夜の闇に身をまぎれされる。
「くそっ、やっぱりか!」
しっかりとフラグを回収してしまったがまあいい。あの姿から見て確実に何かの追手だ。
今のところ恨みを買っていそうなのはヴァルハラの諸君程度だが、あちらが追っ手を差し向けるならばもうちょっとマシな方法でやってくる。たとえば『街を壊した犯人を捕らえるため』という大義名分を掲げて白昼堂々大量の騎士で捕縛にかかったり――――いや、こっちの方が性質悪いな。
とにかく、あちらがこんなケツ穴の小さい奴のするような方法で俺を追いこむ道理はない。高射砲を問答無用で撃ちこんでくるような奴らなのだ。本当に殺すつもりなら魔法で樹海ごとぶっ潰すだろう。
目立たず穏便に事を済ませたい。なおかつこれだけの実力者を使える。そして過去の判断材料から見て――――
「『工房』かッ!!!」
忌々しくも、この世界に来たばかりにアウローラと共に『焔火の塔』を目指していた際に似たようなことがあった。格好は些細な違いがあれど、手段が似ている。存在隠蔽からの完璧な不意打ち。大衆から孤立した瞬間を狙う狡猾さ。
これだけ判断材料がそろえばそう考えるのも難しくは無かった。
他の勢力という場合もあるが、可能性は低い。今の俺を殺す理由ならば非公式な懸賞金か私怨程度。
どちらにせよ暗殺が失敗した時点で賢明な暗殺者は一度引くだろう。しかしそれでもひかないのならばそいつは捨て駒という事になり――――
「全員屈め!!」
俺が素早く指示を出す。
三秒後には馬車の天井がするりと後ろの景色へと飲みこまれていく。
成程、成程。
冗談ではない。
「寄りにもよってこのタイミングか……!}
『工房』の刺客で間違いなかった。
また襲ってきた些細な理由はわからないが、アウローラの記憶だけでは物足りなかったと言うのか。
は、はっ。実に――――つくづく厚顔な奴らだ。
主戦力は無効化されている。
リザを起こすにも、数センチ動けば、声を出せば標的にされる。
中々不利な状況を作ってくれたものだ。
イリュジオンも、無い。
――――面白い。
「やってやるよ……」
どのみち退ける状況ではない。
ならば――――正面から潰させてもらう。
「来い、犬」
……全体的に見直すと物語の進行ペースがくっそ悪いなと思う。(六十話時点で攻略てきた『塔』たったの二つ。そのうち守護者近くにいるのにもかかわらず交友的という理由で交戦せず)。やべーよ、マジでこのペースだと百話余裕で越えちゃうよ……orz。




