第五十八話・『旅立ち』
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「ふー………………」
重い脚を動かし続け、ようやく到着したのは半壊しかけている探索者ギルド本部。
不安定なバランスと周囲の者が向ける奇異の視線というハンデを背負い名がrあ、よく一人でたどり着けたものだと自分を褒めたい。
そんな馬鹿な考えを笑い飛ばし、ズキンと右肩の傷から来る痛みに耐えながら止まっていた足を再度動かす。一歩一歩踏み出す度に足が重くなる。
疲労、それも有るだろう。
しかし何より、責任だ。
自分が、ここに戻ってきていいのだろうか。ファールを殺して……いや、助けられなかった自分が。
非難されるかも知れない。屑だと蔑まれるかも知れない。
そうだとしても、それから逃げてはいけない。
それが受けるべき責任だ。罪だ。
歯を食いしばり、頬を伝う汗を拭うこともできないわが身を恨みながら――――ギルドの中に入った。
「…………?」
しかし、中は暗かった。
瓦解してできた隙間は天幕でまとめて塞がれてはいるが、流石に光源系は破壊されていないはずだ。
不思議に思いながら、また一歩踏み出す。
途端に、強い光が網膜を焼く。そのあまりの眩しさに目を瞑り、慣れてきた頃に少しだけ目を開ける。
すると――――
パーン! パパーン!
「へ?」
気の抜けるような、火薬が弾ける音がする。
よく聞く音でもないが、聞いたことも無いような音でもなかった。そう、パーティーなどでよく使われるクラッカーという物の音だった。
そう考えていると、頭に紙屑が降りかかる。
まだ確かでなかった視界が正常になると、リーシャなどの俺の知り合いを始めとした探索者ギルドのメンバーが、笑顔で俺を出迎えていた。
なんでそんなことをしているのか皆目見当がつかず、目を白黒させていた俺の肩にいつの間にか接近していた綾斗が抱き付いてくる。
「よ、一週間ぶり!」
「……おいこれ、まさかお前が?」
「ああ! 一度やってみたかったんだよな~ドッキリパーティー」
予想できていたと言うか、やはり元凶はこいつだった。
と言うか、そういう事ではない。
何故非難されるべき俺が、こんな扱いを受けているのだ。普通なら、物を投げられるなり、刃物でkり位つけられるなどが正常だろう。
「は? お前何言ってんだ?」
「だって、俺は……」
街を破壊した。メンバーを一人見殺しにした。
これで非難されない道理はないだろう。
これを褒めるやつがいるだろうか。
「……あのね結……リース。何か勘違いしていないかしら」
「は?」
呆れたように紗雪が俺の前に来て、一連の事情を語る。
「今のあなたはテロ組織の最大戦力を潰した英雄よ? 確かに色々破壊したせいであまり公言はされていないけども、貴方が居なかったら確実に全員、死んでいたわ」
「そうそう。破壊した建物だって、騎士団長の自腹で払ってくれたから税金も上がらない。むしろ援助金が出るぐらい。みんな不満には思っていないよ」
「お前が街を壊したつっても、それで出た犠牲者は奇跡的にゼロ。誰も殺していないのに、どうやって言えってんだアホが」
……え?
心からそんな疑問の言葉が出た。
街を壊して、その修理代はエヴァンの自腹? いや……犠牲者、ゼロ?
そのあまりにも馬鹿馬鹿しいほど、あり得ない数字を聞いて顔が可笑しいほど引き攣る。
嘘だ。絶対に嘘だ。
「………悪い冗談は好かないんだがな」
「お前な、あのクレーターで戦っていれば被害もそんなに広がる筈ないだろ。せいぜい俺たちが酷くボ来られたぐらいだし、それを言えばお前は一か月動けない……いや、普通なら数年入院しても絶対に完治しない傷を負っている。金貨一枚出して五枚帰ってくるようなものだ」
「確かに、街を壊されたり反抗的な態度をあれだけ見せつけたせいで貴方の存在をあまり快く思わない連中もいるにはいるんだけどね。でもいい加減認めなさい――――今日のあなたは、ヒーローよ」
「そうだよリース。ほら、こっちに来て!」
リーシャが、手を伸ばしてきた。その手をすぐにはつかめなかった。
本当に、良いのだろうか。
あんなことをした俺が、許されて良い訳がない。
どうすればいい。俺は……彼らの助けを、拒否すべきなのだろうか。
『行け』
(!)
声がして、背中を誰かに押されたような気がした。
別に、綾戸に押されたわけでは無い。そもそも物理的には全く押されていない。だが、背中に誰かが居たのを微かに感じ取った。隣の綾斗に視線を向けても「?」といった顔しかしない。
幻覚、幻聴だったのだろうか。
『そこが、お前の帰るべき場所だ。なら、それを拒否するな』
(……ファール?)
『私とお前は違う――――お前には生きている。だろう? 生きているなら、私に何かを託されたのなら、その責任を果たせ。それまでは、こっちにくるなよ』
(でも…………いいのか? 本当に?)
『ああ。私は、帰りたかった場所に拒否された。だけどお前は違う。受け入れてくれる奴らが居る……行けよ意地っ張り。立ち止まらないなら、踏み出せ』
小さな灯火が消えるように、後ろにあった気配が消える。
何だったのだろうか。俺が生み出した、小汚い幻想か。――――いや、違う。
きっと……昔の俺に言ったら非科学的と笑うかもしれない。
でもアレは確かに、アイツだった。
なかなか進まない俺の背中を、押しに来てくれた。
我ながら変な事を考えるものだ、と少しだけ笑った。そして、リーシャに体を預ける。
足から力が抜けたせいで、上手く立てなかった。
それに、腕がないから、手も取れやしない。不便になったものだ、この身体も。
リーシャは少しだけ驚いていたが、やがて優しい笑みを浮かべて俺の背中に手を回す。
「お帰り、リース」
「ただいま、皆」
その時だけは、俺は本心から笑顔になれた。
――――――
もう日が落ちる頃になるだろうか。黄昏色に光る夕日は西の方角の地平線に少しずつその身を隠し始め、暖かかった日差しも、今や温い風と共に拭われていく。
修復完了したばかりの教会の屋上で、エヴァンは葉巻を咥えて沈む夕日を見る。
その時胸の中にある言葉は、一体何度思ったか本人にもよくわからなかった。
「……この光景を見るのも、一体何回目だろうな」
「それさえ覚えていないのかい?」
エヴァンの後ろから、そんな声が飛んでくる。
よく聞く声だったので、エヴァンは敢えて振り向かなかった。一見そっけないような態度にも見えたが、彼にとって後ろにいた人物への対応はこの程度でちょうどいいと言う認識になっていた。
後ろにいたのはキース。ヴァルハラ中央病院医院長であり、夕方に教会の屋上に上るような人物ではないのは誰でも分かった。そもそも科学的な医学を嗜む彼が宗教と言う者に興味を持つとは、とても想像もできないだろう。実際キースは宗教と言う代物に全く興味がなかった。
エヴァンはそんな彼がどうしてわざわざ興味もない教会の屋上にまで、自分を探しに来たのかよくわからなかった。
「……何か用か?」
「その葉巻、見たことありませんね。産地は何処ですか?」
「……フィビルバー共和国のミストフォレスト奥地に育つリンカー樹の最高部に生える葉を使ったやつだ。高級品だからあまり諏訪中田氏、ただの観賞用にするつもりだったが……少し気分が変わってな」
「一本、貰えます?」
「お前葉巻きなんて吸ってたか?」
「偶には吸いますよ。職業柄、ストレスも溜まりますしね」
半眼でキースを見つめ、煙と一緒にため息を吐くと、エヴァンは葉巻ケースから一本だけ葉巻を取り出しキースに渡す。それを咥え、護身用のナイフで吸い口を作ると静かにライターで反対側の先端を炙る。
二人で共に数分だけ葉巻を吸い、景色を眺める。
しびれを切らしたエヴァンは吸い切った葉巻を携帯灰皿に押し付け、不愉快そうな目でキースを睨んだ。
「で、結局何の用だ。効率を優先するお前がわざわざ俺のとこに来たっているなら、何か理由はあるんだろうな」
「……ふふふ、当然ですよ。流石に用も無くあなたを訪ねるほど私は暇人じゃありません」
「それってつまり俺が暇人だと?」
「否定できますか?」
「……用件は何だ」
反論できない正論を正面から言われて若干イラついたエヴァンは、さっさと事を終わらせるために話を早める。キースはその様子を面白がりながら話を始めた。
「ええ、まぁ……あの異邦人、じゃなくて……リースフェルトの件です」
「そいつが、どうかしたのか? まさかトラブルでも起こしたんじゃないだろうな」
「いえ。もう精神も回復しましたので、今日退院させてその同僚たちにも連絡を入れたところです。しかしまぁ、かなり面倒な人でしたよ。そのためにわざわざ専門でもないカウンセリングをやる羽目になってしまいましたし」
「それで。そいつがどうした」
「一時間ほど前に彼から分離した右腕の活動が停止しました」
「…………」
嫌な予感がしていたとはいえ、流石にこの回答はエヴァンの頭を悩ませるものだった。
まだ解析途中の危険因子が勝手に消滅。簡単にまとめればそういうことになる。つまり――――まだこの国の危険が去っていないかもしれない。そんな事実を突きつけられたのだ。
「まぁ、リースフェルト本人の精神が安定してきたので暴走する確率は以前より低めと思われますが…………また暴走したら、殺処分のほかありませんよ?」
「……活動停止っつったな。なら右腕の中にある液体でも調べられないか?」
「もちろん試しました。しかし活動停止と同時に毒性も消滅。アレではただの黒い絵の具同然ですよ」
「つまりなんだ。行き詰まり?」
「端的に言えばそうですね」
「糞が」
苦しい顔になりながら、エヴァンは頭痛のする頭を抑える。
対策も立てられていないのに、また暴走する危険のある大型爆弾がまだここにある。
苦渋の選択を迫られそうになり、一粒の汗が頬を伝う。
「一応、可能な限りデータは収集し終えました。実用的なほどではありませんが、仮説を立てながらならばある程度の抑制剤は開発可能かと」
「……ああ、頼む」
「私としては、故意に再度暴走させてサンプルを――――」
「できるか馬鹿が。その時発生する被害を誰が責任取るつもりだ」
「そうですね。すいません、つい口が滑りました」
キースは不気味な笑いを崩さず、肩をすくめてエヴァンの怒りの視線を受け流す。
そのただならぬ怖気に、微かながらエヴァンは気圧される。
ここで始末しておくべきだろうか。そんあ考えが脳裏を過るほど。
「……妙なことはするなよ」
「ええ、わかってますよ。僕だって下手にあなたの怒りを買いたくない。殺されるのは、御免ですから」
薄ら笑いを見せ、キースは階段を下りて行った。
新しい頭痛の種が出来上がったな、とエヴァンは酷い溜息を吐いて夕日に向き直る。
大失敗だった。
国の防衛は失敗とも呼べる結果に終わり、会談は罠で乗務員が何名か犠牲になった。実に最悪の結末と言える。罠と気付けなかった自分に非がある。気づけていればこんな結果は生まれなかった。
エヴァンはそう深く悩み、悔やんだ。
リース――――結城が朝言ったことを思い出す。
『ふざけるなっ、何が英雄だ!! 何が守護神だ!!』
確かに、過去の功績をたたえられてそう持ち上げられてはいる。
しかし今、そう呼ばれるほどの事をやっているのだろうか。過去のことをいつまでも引っ張り出して、英雄気取りをしているのだろうか。
(…………わからねぇ)
今のエヴァンは、もう英雄と呼ばれるような心は残っていなかった。
(何をすればいいのか、さっぱりわからねぇよ)
彼の理想は、現実とはなりえなかった。
――――――
ルージュとサルヴィタールの手が、裸になった俺の背中に触れる。
別に気を可笑しくして裸になったわけでは無い。今は、俺の復活祝い兼気晴らしパーティーをこっそり抜け出して医療室に来て、ルージュの力を借りて右腕の再生を試みているのだ。当然、サルヴィタールも。
まだ精神は衰弱しているのか、再生が上手くいかない故に、ルージュとサルヴィタール両者に再生機能の助長を求め、こんな形になってしまった。こんなところ見られたら恐らく俺はペドフィリアと勘違いされるかも知れない。が、そのリスクに見合った結果が叩き出せるなら問題ない。
全然見合っていない気もするが。
「ん…………」
唸るルージュ。それが合図に、二人の腕から異質な何かが流れ込んでくる。
それはおそらく『現身の力』。他者の再生を促すこともできると言う応用法を元に、俺の『現身の力』を活性化、同時に高速再生も行うのだろう。
体中に違和感が広がる。右腕と左腕、それから顔の右半分の傷跡から燃えるような痛覚と何かがくっ付いて行くような違和感が同時に起こる。自然と息が荒くなり、体が震える。
「我慢しなさいよ……」
「っ、わかってる」
「ここで僕らを弾くと、力が暴走してお兄さん死にかねないからね」
今更とんでもないリスクを話してくれたものだ。しかし関係ない。直感的にそれはもう理解している。
だから一刻も早く、今はこの傷を治すのが最優先だ。
全身から脂汗が流れ出てくる。体が拒否反応を起こし始めた。
流れ込んでくるこの力は彼らの物だ。俺の物ではないゆえ、拒否反応を起こしやすい。『現身の力』を持っていないただの人ならともかく、同質の力を持つ俺では定着している力が拒否反応を越してしまうのだ。しかしこれは当然策略の内。無理に拒否反応を起こすことで力を活性化させると言う、多少強引な方法。
目覚めろ。そうだ、動け、動け動け!
「っが!!」
何かの栓が抜けた。
同時に体中の細かな傷が燃え出す。治りきっていない内臓類も、また。
体内から焼かれるような痛みに絶叫しそうになるが、奥歯を食いしばり声を押し込む。
我慢できる。この程度。
しかし我慢にも限界はある。だから、一刻も早く終わらせねば。
「大丈夫、大丈夫……次は、両腕の再生!」
「ちょおぉぉっと痛いけど、我慢してよっ!!」
「くっっ、が、あッ!!?」
ボコボコと両腕と顔の傷から肉が盛り上がる。急速な細胞分裂が開始され、DNAに刻まれた情報を元に紛失前の俺の欠損した器官を再現しようとしている。それに伴う痛みは尋常ではない。神経が何度も千切れ、尾根が伸びるごとに肉は引っ張られ、何本もの毛細血管が損傷と修復を繰り返す。
体中の汗がまた一段と増える。
興奮のあまり鼻から血が出るが、そんなものいちいち気にすることができないほど激痛は続いていた。
早く終わってくれ。そう心の中で叫んだ。
そして――――
「……でき、た?」
「うん。完璧」
「うっ、ぐ……?」
大量の情報の波に呑まれかけた思考が、少しずつ鮮明になってゆく。
細胞が活性化してる影響か、高熱を発し表面の汗を水蒸気へと変えているせいで蒸気が発せられているように見える両腕。自身の目の前に持ってきて、ゆっくり開いたり閉じたりしてみる。
「……………おお」
「やれやれ。流石に腕一本分は、しんどかったよ。これ後で報酬はあるのかな」
「諦めなさい。肉体を根に居れただけでも十分でしょうに」
「ん~、そうだね」
二人の会話をよそに、俺は両腕の再生が信じられなく呆然とする。
しばらく無言になった後、一瞬だけ笑いが漏れた。
「……ぁっは」
「気に入った?」
「当然だ」
しかも、黒くなっていない。まだ侵食される前の新品である。
顔の右半分を隠していた包帯をはぎ取ると、しっかりと視界も戻っていた。右目は、ちゃんとそこにあった。改めて体の不自由が全て無くなったことを自覚し、今まで溜めていた何かが安堵の息とともに吐き出される。
二人はそれを見て小さく笑い、俺もそれに対し笑いで返した。
買って置いた上着を着直し、コートの襟首を整えて、かなり伸びてしまった髪を髪留めで束ね医療室を出る。
変わらずパーティーで賑わっていたそこは、先程までとは違って見えた。
そばを通るウェイトレスが持っていたトレイからジュースを取り、乾いたのどを潤すためにそれを一口だけ飲んだ。
その際に《神法刻印》が視界にチラつく。
毎度毎度思うのだが、何なんだろうかこれは。
「ルージュ、これって何なんだ?」
「その刻印? ああ、『現身の力』所持者の象徴。いわば目印よ」
「……目印?」
「殺し合わせるためのね」
「ぷっ」
突然とんでもないことを言葉にされて飲んでいたジュースを噴き出す。
いや、俺の幻聴かも知れない。そう思ってもう一度質問した。
「何だって?」
「殺し合わせるための目印だっつってるでしょ。『守護者』を倒した者はその属性に対応する『現身の力』を得る。そして――――『現身の力』を得た者は他の『現身の力』所持者を殺すことでその力を奪うことができる。……ま、奪えるのは同じ『現身の力』所持者だけなんだけど」
「……なんでそんなことを知ってるんだ?」
「『観測者』に教えられたのよ。『守護者』になった時に」
「オブ……は?」
「今はそんな事気にしてもしょうがないでしょ。さっさと挨拶でもしてきなさい」
無理やり背中を押されて、俺は人混みの中に押し込まれる。
この状態で引き返すのもなんだか気が引けるので、仕方なく俺は皆のいる場所に行った。
皆完全回復した、五体満足の俺を見て驚いた顔をする。
「おいおい……嘘だろ俺はこの手治すのに三週間かかったんだぞ結……リース」
「偶に思うけど、便利な力ねそれ」
「とにかく、おめでとう」
大量の酒瓶をそこら中にまき散らしていたジョンが、きゅきを帯びた息を吐いて酔ったような笑顔で手を差し出してきた。きっと握手なのだろうが、これは少し、飲み過ぎではないだろうか。
と言うか、完全に酔ってないかこれ。
無言で手を握り返すと、ジョンは俺を引っ張って肩を無理やり組んでくる。
酒臭い。つかホント臭い臭い!!
「リース~、お前になら……ひっぐ……あー、ミナを預け……」
「何言ってんだこのオッサンんん!?!? ちょ、強い! 強いよこの人!」
そういえばこいつのレベル600オーバーだった。そりゃ抵抗しても離れないわけだふざけんな。
救助としてリーシャと紗雪、後綾斗が介入してくるが、俺を掴んだ腕は全然緩む気配がなかった。
「ちょっとジョン~!? リースは私が――――あ、いや、とにかく~~~!」
「強ッ……! 人間ゴリラとはまさにこの事ね!」
「わぁい電気使いのゴリラとかすごいなぁ。つっかマジでこの人人間かよ!! 骨鉄筋で出来てんじゃねぇだろうな!?」
「ちょっ、首、首……苦し……!!」
病み上がりの身体だっているのに開幕こんな扱いですよホント。死んだ方がよかったんじゃないかな。
そこでふと気づく。
ニコラスと、セリアの姿が見当たらなかった。
あのおなじみの二人が、どうしてここに居ない。俺が懸念そうな顔をすると、リーシャが一瞬だけ止めに入る。
「リース、ちょっと待――――」
「なぁジョン。どうしてニコラスとセリアが居ないんだ」
瞬間、高速が一気にほどける。
支えを失って床に転げ落ちるが、直ぐに姿勢を正して起き上がり――――唖然とした表情のジョンを見て一歩後ずさった。
なんだ。どういうことだ。
「……あ、ああ。すまん、えと…………ああ、くそっ!」
「え? え、いや……へ?」
「私から説明するわ」
紗雪が悲しそうな顔をして、一連の事情を洗いざらい話してくれた。
それはおそらく俺が入院していた際の出来事だという事が予想できた。それをみんなが離さなかったのは、俺の精神を気遣ったためか。
それでも、その分衝撃は大きい物になっていた。
一瞬だけ、心が空っぽになりそうなほど。
「ニコラスだけど……脊髄損傷による下半身不随で、二度と探索者活動ができなくなったわ」
「…………何?」
「本格的な活動が不可能になったこと、そしてさらに彼がまだCランクだったこと、そして何より持病の悪化――――限定的認識障害のせいで、ギルド本部から退団を命じられて、故郷に帰ったわ。今から二週間前の話」
「下半身……付随だと?」
確かに、ニコラスは俺との面会には来なかった。しかしそれは彼が持つ人見知りな性格のせいで病院に来れないのだと思っていた。しかし、まさか……そんなことになっていたとは。
嘘だと信じたかった。近くで酷い泣き顔になっているジョンの気持ちもわかるような気がする。
「そしてセリアは、連れていかれたわ」
「……連れていかれた? 誰に」
「彼女の保護者代理を名乗る竜人に。彼女は最初は抵抗していたそうだけど、途中何らかの薬物を投与されて無理やり連れていかれた」
「なんで誰も止めなかった!?」
心臓が酷く大きく動く。
なんでだ。何事もないと思ったら……またこれか!! クソッ!!
「……セリアは、皇女――――極南大陸の竜達の国、『アリア』の第一皇女だった」
「――――――は?」
今日一番の、可笑しな顔をしたのかもしれない。
待て、いやちょっと待てよ可笑しいだろ。
アイツが……姫? は、え?
「待て、待て待て待て! おかしいだろちょっと待て!」
「私も効いた時は目が飛び出そうになったわ。でも事実よ。受け入れなさい」
「つまり、セリアが皇女で、今までほっぽり出していたくせに急に連れ戻しに来た、と?」
「ええ。本国で王妃の竜が危篤状態になってね、予定を幾分か省くために至急第一皇女であるセリアを連れ戻しに来たのよ。……事情は知らないけど、何らかの事情があって放置状態になっていたらしいけどね」
「――――っざっけんなよっ……!!」
ここで物に当たり気分を晴らすこともできた。だができなかった――――今やっているパーティーは俺一人だけの物ではないのだから、俺が騒ぎを起こして雰囲気をぶち壊すなどできるものだろうか。
皆立ち直ろうとしているのだ。この状況から。
仲間を失い、それでも笑顔になろうとしているのだ。俺個人の事情でそれを妨げることなど有ってはならない。
だがある意味幸運でもあった。
ニコラスの問題については俺が如何こうできるほどの小さい規模の問題ではないが――――セリアが極南大陸に向かったのなら、まだ何とかできる可能性がある。
どうせ向かう場所だ。今は完全回復している、少し無茶を実行しても問題ない。
「ねぇ、まさかまた無茶するつもりじゃ……」
「違う。違う、だから、安心しろ。今は……今は、安静にしている」
「……なら、いいけど」
今は嘘をつこう。
確かにこいつらの意思も尊重しないといけないだろう。
だけど、それ以上に取り返しのつかないことになる事態だけは避けたい。
確実にセリアの精神状態は不安定だ。
本当にアイツが皇女だとしたら、その精神状態を利用されて――――なんてこともあり得なくはない。
それだけは本当に防がなければ。
お前がそれをすべきなのか。と言われればそこまでだが、それでもやらなければならない。他人任せにするわけにはいかない。こればかりは絶対に。
セリアはファールの奴が残していったものでもある。ならば、せめて取り戻すぐらいは自分でする。
「随分と暗い顔をしておる」
「?」
何時からそこに立っていたのか、ギルドマスター、オルドヌングが俺の傍で杖をついて睨んでいた。
何故気配を消していたのかは知らないが、疲れた様な顔をして彼は近くの椅子に腰かけた。
資料を見た限り、確か彼も会談に同席する予定だった。それがあんな結果に終わったとすれば疲れもするし、何より彼は今はかなり多忙だろう。何せ重要な時に席を外し、ギルドメンバーが三十名ほど死亡、さらに数百名が負傷と言う結果に終わり、その詫びとして謝礼金を支払ったり探索者ギルドの立場改善のために自分からも依頼をこなしているのだから。
要するに、ギルド管理と同時に高難易度の依頼も同時にこなしているのだ。休む暇があるのだろうか。
「まぁ、仕方ないのだろうな。仲間を失い、他の中もそれぞれ別の形でバラバラになった。落ち込まない方が可笑しいか」
「……何の用ですか、ギルドマスター」
「今回はお前に用があるわけでは無いジョン・アーバレスト。最近になってSSランクに戻ったのはこちらとしても喜ばしいことだったのだが……今回はその話ではない。用があるのはこの小童だ。――――リースフェルト・アンデルセン」
「……チッ」
予想通りと言うか、案の定俺に用があったようだ。
今は面倒を避けたいのだが、ここで彼の用と言うのを断ればもっと面倒なことになるのだろう。
諦めて大人しく耳を傾けることにした。
「今回、貴様の活躍により元老院からランク上昇要請が届いた」
「……何のことですか? 俺は、あの時しっかり皆と避難しましたよ。何もしていない」
「阿呆が。儂が使い魔の一つや二つ残さずここを去ると思ったか」
「食えないジジィが」
はっきりと悪心をあらわにし、そう悪態をつくもオルドヌングはそれを無視する。
こちらの支持は全く視野に入れていないと言うわけか。
「今から貴様をCランクからS+ランクに昇進するものとする」
「お断りします」
「拒否権は無い。貴様、この前も表彰式で勲章を返上したことで元老院どもから反感を買っているのでな。強制的、というわけだ。それから、受付に精神操作をしたことはどう言い訳するつもりだ。ティラシスからもしっかりと事実は聞いているのだが」
「……少しは年相応に足を遅くしたらどうだクソジジイ。いくらなんでも手も足も早過ぎだろ」
「貴様の意思はこの際どうでもいい。それで、どうするのだ? 拒否すれば元老院命令で貴様を捕縛し拘留せざるを得ないのだが」
「…………高難易度依頼を優先的に受けるハイランクライアビリティはどうなる」
「基本的にSランク以上の依頼を優先的に回され、一か月に一度A++級以上の依頼をこなさなければ、しかるべき罰則を受けることになる」
「今すぐ、ってわけじゃないよな」
「そうだ」
「……わかったよ」
さすがに違反行動を取り過ぎたツケと言うもが回ったようだ。
できればあと一年は自由に動きたかったのだが、そう予定はうまくいかないのだろう。何もかも望み通りになったら、人間こんなに苦労していない。
これほどハ○ヒの様になりたいなと思ったのは何度目か。
ヤバいな。どんどん思考が綾斗のヤローに毒されてきている。
「Sランク以上の者には、基本的に二つ名がつくことになる。何か要望はあるか?」
「『無銘』」
「…………まぁいい、無難だな。そんな名前地味だ地味だと言って誰も付けたがらないものだが」
「ハッ、名前とかどうでもいいんだよ。で、他に用は」
「早速依頼だ」
先ほども言った通り随分と手が早く回ることだこのクソジジイは。
その仕事はさっさとすまして、有休でもなんなり使って極南大陸に行くか。
「極南大陸で異様に繁殖を始めた雑種竜を撃退しろとのことだ。依頼者名はライムパール。極南大陸では最北の港『ミニアス』の酒場で今から一週間後待つのことだ。依頼難易度はS++級。規定以上の難易度だが、まぁ緊急でな。本来この依頼を受けるべきSSランクのジョンも数日後SS+級の依頼があって一か月はここを開けなければならん。かと言って儂自身が出向くことなど論外。残った者もほとんどがBランク。Sランクの者は殆ど遠出しておる。――――受ける者が貴様しかないのでな。不本意ながら、貴様にこの依頼を渡した」
「……………………」
「返事は」
顔が引きつりそうになるのを何とか抑える。
え、なんだこのミラクル。冗談だろちょっと待て幻聴か何か。
オルドヌングから依頼書を奪い取り、端から端までじっくり読む。一句一句頭に叩き込む。
――――間違いなかった。
奇跡が起こった。
「……快く引き受けましょうギルドマスター。今すぐ出発します」
「まぁまて。今から高級馬車を借りるのに明日の朝までかかる。それまでは仲間との親睦を深めていろ、口の汚い小童め。……明日の朝、南方国防壁正面通行通りに行け。馬を引き攣れたものが居るはずだ。それでは、失礼する」
参った。こちらの心境を読んでの行動だったとは全く本当に食えない爺さんだ。
とにかく、だ。予定が潤滑に進むならさっさと明日まで準備を済ませないといけない。ヴァルハラは一部機能がマヒしているため飛行船は使えないため、馬車で港まで行くしかない。港、中央大陸の最南の地、大陸間貿易の架け橋の一つとしての役割を持つ港町フィルゲポリオスまでは普通の馬車を休まず走らせても一週間以上はかかる。なので恐らく魔法で改良を加えた物を出してくるだろう。
ならば時間の問題は解決と言って差し違えない。一か月もあれば、どうにかなるかもしれない。
いや、たったの一か月、と言った方が正しいか。
「……リース」
「この馬鹿……やっぱり無茶しに行くつもりね」
「面倒が見きれないってゆーか」
「仕事なんでね」
ほとんどの奴らが呆れた様な顔で俺を見ていた。当然と言えば当然か。紗雪に至っては馬鹿を見るような顔をしている。無茶しないって言った傍から無茶をしに行くのだからそりゃ馬鹿とも思うか。
しかしそれ以上に、納得していた。
ここで動かなければお前じゃないだろう。彼らのそんな考えが読み取れた。
「リース、気を付けろ。あそこは魔境だ」
「何故だ?」
「……俺たちにとっての危険度、たとえばA級ダンジョンなどは、あそこに住んでいる奴らにとっては初心者用同然だ。つまり、レベル帯が一気に跳ね上がる」
「つまり、今までのような感覚で挑めば死ぬってことか」
「ああ。俺もSランカーになったばかりの時に行って、三度ほど死にかけた。今じゃ楽だがな」
「つか、アンタでSSクラスなの?」
確かジョンのレベルは600以上。それでようやくSSランカーになれると言うなら、今の俺は雑魚同然。と言うか三桁にすら達していない。
Sランクが三桁ほどだとして、今の俺が極南大陸に行ったら一体何回死にかける羽目になるのやら。
しかし今更引き返すわけにもいかないのだろう。
「まぁ、実を言うと今ならSSSランクになっても大丈夫なんだが、なんせSSSからは義務的にギルド支部のマスターにならなきゃならないんだよ。それが面倒でな」
「なるほどな。安心したよ」
極南大陸が予想していた事態ほどひどい魔境でなくて。
「今俺は、少しやることがあって同行できない。だけど……セリアの問題を解決してきてくれ」
「わかっている。全身全霊でやるつもりだ」
「その言葉を待っていた。……今は飲もう。お前も明日から忙しくなる」
「ああ」
不思議と今だけは、食欲がないはずなのに酒が進むような気がしてきた。
と言っても飲んだのはアルコール度最低のジュースだが、それでも勝利を祈っての一杯は別の味であった。
明日に向けて覚悟を決める。
どんな災厄を振りかかろうとも振り払おう。そんなに最悪な事態でも決して諦めず道を切り開こう。
それまでは決してお前の死は忘れない。
たとえこの身が朽ちようとも――――剣を振り続ける。
それが贖罪なのならば。
軽く二日酔いしているのか、目覚めると若干だが頭痛がする。
アイテム欄から水の入った瓶を取り出し一気に飲み干して、軽く口を拭うと肘が何かにぶつかる。
「……うわ」
寝巻もといネグリジェ姿の紗雪が、俺の隣で小さく息を立ててぐっすり寝ていた。
そういえば昨日、わざわざ宿を借りる――――いや、そもそも宿と呼べる建物は殆どまだ上を再建築させてもらっていない奴らの根城になっているせいで、借りることができなかったのだ。なので紗雪と同居させてもらうことにしたことを今思い出した。リーシャやアウローラが異様に抵抗していたのは記憶に新しい。
別に変なことはしないつもりなのにいつも間にかするかもと言うポジションに収まっているらしい。勃起しないのにやれるものもやれるか。
そんなことはさておき、乱れた頭を掻きながらベッドから降りる。何時までも入っているんじゃ、しょうもない人間と同じだ。もうすぐ出発の時間でもある。
「ん…………」
振り向くと、紗雪が寒そうに身を抱いている。俺が起きた際に布団がめくれてしまったのだろう。
仕方ないと思いながら、布団をかけ直す。すると自然と顔が紗雪の顔に近付いてしまう。このタイミングで起きられたら絶対に勘違いされるな。
下らない妄想をしながら、顔を離そうとした。
「…………」
しかし起きない。ぐっすり寝ている。
好奇心で顔を少しだけつつくが、反応がない。屍ではないが。
「起こしても悪いか」
まだ市民が起きるような時間帯ではない。
熟睡を邪魔するのも申し訳ないので、薄く笑いながら――――せめてもの悪戯として紗雪の頬に唇をつけた。
どうせばれないだろうし、そんなに意味のある行動とは言えないがせめてもの選別だ。以前本で、こんなことをすれば女性は嬉しがると書いていたが、意識がないのでは意味が無い。
自分の迂闊さに笑いながら、壁に立てかけておいた長ズボンとコートを着て静かに部屋を出る。
「行ってらっしゃい」
「っと」
出る直前、そんな声が聞こえた。
ベッドの方を見ると、紗雪がこちらを見て微笑んでいるのがわかる。
何時の間に起きていたのか。
「起こしたか?」
「王子様の口づけで目覚めたのよ」
「お前姫って柄でもないだろ」
「そうね。……帰ってきてよね。待ってるから」
「……わかってる」
「あと……あーゆーのは、好きな女性でもない限りしない方がいいわよ」
あまり言ってる言葉の意味が解らなかった。
どういうことだ。あの本は詐欺だったのか? ……いや、ある意味親しい女性だから変わりないか。
「俺はお前のこと好きだぞ?」
「っ!? さ、さっさと行きなさいこの馬鹿!!」
「ちょっ!?」
急に矢を投げられた。当然当たったら流血沙汰になるので直ぐに扉を閉める。
向こう側から微かな振動音がしたが、あえて無視して宿を立ち去ることにした。
なんだったんだ今の。
それはいずれ機会がある時に考えるとして、今一番問題なのは今の俺は丸腰だ。いつぞやの、この世界に来たばかりの時やこの街に来た時を事を思い出し、またかよと呆れる。よく武器を失うな俺は。
国を守るための衛兵が使う武器は、テロでほとんど破損してしまった。ここ一か月間、鋳潰してツk類治す作業がかなり続いたらしく、首都のはずのヴァルハラは他の都市から兵力を一時的に集めなければならなく現在はそう言った鍛冶屋がフル稼働しているらしい。ならば、付け焼刃程度の武器は売っているはずだ。
イリュジオンを地下の重要物保管庫に保管されている身としては、どうしてもそのぐらい頑丈な武器が欲しくなるものだが、残念ながら魔剣クラスの武器など置いてあるわけがない。
そんな落胆と共に鍛冶屋兼武器屋に入る。
「いらっしゃい……って、貴方は」
「どうも。武器、できれば長めの剣を数十本ほど」
「あっ、はい!」
いかにも鍛冶屋見習いの様な金髪ショートヘアの少女は、店の裏に急いで入り在庫の保管箱と思われる木箱を取り出してくる。中身はいたってシンプルな長い直剣。
一本取り出して刀身を軽く指でなぞる。名品とまではいかないが……上出来だ。
「材質は」
「劣化ウーツ鋼、です。普通のウーツ鋼では少し値が高いので、数が確保できず」
「数を指定されたから、量産品を持ってきたか。まぁ、妥当な判断だ」
こちらとしても贅沢は言えない。この状況では逆に豪華な代物を何本も出せる方があり得ないのだ。
それでもやはり自分の身を任せる武器。質が駄目なら量を、と考えたが……ジョンの言葉通りなら、これも通用するかどうかは怪しいところだろう。せめてミスリルの武器があれば話は違ったのだが。
サルヴィタールの奴を呼んで材質変化させるにも、弱みに付け込まれそうなので無理。俺の炎の力で加熱しても、原子構造を把握しきれていない代物では壊れるのが落ち。
……これで我慢するしかないのだろう。
せめて一本だけ、奥の手として高級品を調達したいが。
「今出せる、一番いい武器は何だ?」
「確か……短剣ですね。少ない希少金属で造った者なので、どうしてもサイズが小さくなってしまい」
「材質は何だ。できればミスリル以上がいいが」
「ディ、ディザイアライトクォーツです。ミスリルほどではありませんが、質は保証します」
「ならそれを。後この剣を三十本ほど」
「りょ、了解しました!」
短剣であっても、それなりの質があるのなら大歓迎だ。この劣化ウーツ鋼で切れない物を斬れれば、それで文句は言わない。金貨を二枚差し出し、見習いの子が持ってきた紫色の短剣と剣が三十本ほど縄で束ねられたものを受け取る。
「お釣りはいい」
「えっ、あ、はい」
それらを全てアイテム欄に仕舞い、立ち去ろうと出入り口の扉を開ける。
すると「あの!」と妙に響く声で呼び止められる。まだ時間はあるが、あまり面倒事には付き合いたくないものなのだが。
「……なんだよ」
「あなた、リースフェルトさん。……ですよね? あのテロを止めたっていう」
「ああ……そう、だな」
協力してしまったと言う方が正しいのだが、情報規制でそんなことは表に出ていないらしい。
おかげで張本人の精神には結構来るものがあるのだが。
「ありがとうございます。あの時、誰も止められなかったらって思うと、本当に夜も眠れなくて」
「……いいよ、別に。感謝しなくていい」
感謝される身でもない。元凶の一人でもあるのだから。
「や、やっぱりみんなを助ける人って、謙虚なんですね!」
「……あー、ごめん。先を急いでるんだ。大事な用事があってさ、街から旅立たないといけない」
「あ、すっ、すいません! こ、今後ともごひいきに!」
逃げるように去る。もう、聞くに堪えない。
俺は誰一人助けていないと言うのに。なぜ感謝されるんだ。
……胸糞悪い。
不意にドン、と衝撃を感じる。
気づくとフードを深く被った者とぶつかり、フードの者は体勢を崩して尻餅をついていた。
敵意が無いことを理解し、謝罪の言葉を述べながら手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
「……ええ」
ぞくっ、と背筋に氷柱をぶち込まれたような感覚。
反射的にフードの者の肩を掴もうとするが、空振った。
「え?」
残されたのは、地面にひっそりと置かれた――――なくしたはずの魔導銃、だった。
「…………なくした……銃か?」
先程のフードの者が置いて行ったのだろうか。
何者かは知らないが、とりあえず届けに来てくれたらしい。……いらないサービス精神での改造を含め。
カラーリングが青から黒になっており、煌びやかな装飾は一切合財削ぎ落されて、完全に無骨なただの拳銃になっている。残ったのはグリップ部分とそこに刻まれた作者名ぐらい。これでどうにかもともと自分のだったと判断できたわけだ。
実用性は抜群だろうが、販売主のヴィルヘルムが見たらなんというだろうか。
まあいいや。使えるなら。
大体の準備が完了し、オルドヌングに言われた通り南方の国防壁に赴く。
今は早朝。時刻に例えるなら午前五時だ。
やはりと言うか、人一人いない。見えるのは修理された建物か、修理途中の建物ぐらいだった。流石に商人や大工は起きているだろうが、一般市民の起きる時間帯ではないのは確かだ。
寂しいと言う感覚は無い。ただ、自分一人が取り残されたような変な感覚がした。
あまり気にせず、速足で歩いて国防壁にまでたどり着く。
言った通り馬車の隣にローブの人物がひっそりと立っていた。こちらを見て直ぐに察したのか、馬車をひくであろう馬の手綱をこちらに向けてきた。急いで駆け付けて手綱を受け取ると、ローブの人物はどこかに消えてしまう。
「……俺が運転しろと?」
まさか業者も用意してくれないとは。いや、その余裕がないだけだろう。
今や此処の交通機関は馬車ぐらいだ。飛行船が利用できない以上、馬車を頻繁に利用するしかない。馬はあれど人はいない。故に、本来手綱を握るべき人は用意できなかったのか。
まぁ、この程度なら操れるので問題は無いが。
馬車を引く馬は、銀色の皮膚と毛を持っていた。恐らく人為的に改良をされた馬なのだろう、気性は荒くなく、まるで機械の様にジッとしている。尻を叩いても何も反応がなさそうなほど。
馬車に乗り込み、座席に座ると傍に地図と方位磁針が置いてるのがわかる。これをツ会って目的地まで行けという事だろうか。まるで投げやりだが、何時かは自分でやることだ。早いか遅いだけの違いなら、今やっても大して変わらない。
「さてっと、挨拶の一つや二つしてくりゃ良かったか」
別に今別れるわけでは無い。会おうと思えばいつでも会える。
今死ぬ気はない。
ならば、別れを言う必要もないだろう。もし言う時は、本当に別れる時だけだ。
「…………行くか」
未練はある。しかしそれを晴らすのは今ではない。
やることは山積みなのだ。何時までもくよくよしていたら、どんどん溜まってしまう。
手綱で馬を叩いた。銀色の馬が走り出し、馬車が引かれて動き始める。
それを合図に、大切な者たちがどんどん離れていくような感覚が心を絞める。
「帰ってくるさ」
自分に言い聞かせるように、呟く。
そう。帰ってくる。絶対に。
たとえ腕や脚がもがれようとも、どんな手を使ってでもここに帰ってくる。
俺の居場所へと。
もう一回だけ、手綱で馬を叩いた。
耳には彼らの声は無く、ただ馬車の車輪が擦り合う音だけが聞こえた。
「んしょっと」
「ぷはっ。あー、息苦しかった」
「もぉ~、遅いですよダーリン」
……あ?
変な声が複数、後ろから聞こえる。
恐る恐る振り向くと――――なぜだろう。ルージュ、アウローラ、リザが木箱の中に入っていた。
わけがわからないよ。
「え?」
「しっかしサルヴィタールのやつ、上手くやってるのかしら。土人形で上手くごまかせられればいいけど」
「まぁ、おかげで連れてくることができませんでしたけどねぇ」
「元からついてくる気皆無だからそんなに変化があるわけでもないでしょ」
「……おい」
「ん……あったかぁい」
先程から俺を無視して話をしている奴らに声をかける。
しかしその声さえ無視し、アウローラに至っては子供の様にそっと甘えるように俺に抱き付いてきた。
それについちゃ問題ない。むしろ嬉しいのだが――――
「なんでお前らここに居る?」
「は? 忍び込んできたに決まってんじゃない。馬鹿なの?」
「いやー、どうせ行っても連れてってくれないだろうってルージュちゃんが言ってくるから、無理にでも着いて行こうかと思って――――付いてきちゃいました♪」
「付いてきちゃいました♪――――じゃねぇだろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」
俺の異世界旅はまだまだ続く。
勝ったッ! 第三章完!
というわけでようやく終わりましたこのクソ長い章。ぶっちゃけ参照四章で湧けられたような気がしますが。いや、前編後編か。
まー、一年近くやっている身としてはまさかマジでここまでやれるとは思わなかったです。一年近くやってまだ二つしか『塔』を攻略できていないのはどういう事だ。というか最近まで『塔』の存在を一瞬だけ忘れそうになった。
とにかく、どうにかここまで持ってこれたのは喜ばしい限りです。
その代わり問題が一つ。
――――この先の展開、ほぼ頭の中にしか存在していません。
いやそもそも私自身「ぷろっと? 知らねぇよそんなもん。そんなものは私の管轄外だ」という感じで、うん、かなりアバウトなんですよ。自分の作品見直してみると荒削りどころか適当な塊くっつけているだけですし。死にたい。
なのでここで一度方針を改めて、プロットを作ってみようと思います。初めてなので何日かかるかは知らんがな!
まー、予定としては二週間後です。ぶっちゃけ私も最高学年になっているので、受験も考えなければいけないですしね。
最期に、この作品を最後まで見てくれた皆様、こんな素人が自分の欲望オ詰め込んだような作品を見てくださってありがとうございました。(まだまた続くよ……たぶん)




