第五十七話・『悔いは残る。それでも俺は歩き出す』
あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
『俺はちょっとだけゲームをやっていたと思ったら、いつの間にか数日を無駄にしていた』
な、何を言っているのかわからねーと思うが
おれも何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…
催眠術だとか超スピードだとか
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
以上、私の身に起こった災難を具体的に述べました。
助けられなかった。
また助けられなかった。
どうしてだ。努力している。全力で取り組んでいる。
なのに何故そうなる。
努力は報われる? 諦めなければ願いは叶う? ふざけるな。なんだそれは。
それが真実ならなぜ俺は、アイツを護れなかった? なぜ死なせてしまった? 相手が悪かったから? 状況が悪化したから? ――――全部だ。
全部が不思議とがっちり噛み合って――――ファール・エゼトリエドの死亡と言う結果を引き寄せてしまった。
どうしてそうなった。
俺が『全員生き残ろう』などと思ったからか? この身の不幸がそんなふざけた結果を生み出したのか。
それこそ、ふざけるんじゃない。何だそれは。意味が解らない。
そんなくだらない理由でファールが死んだなど、俺が認めない。
認めてなるものか。
この結果は誰のせいだ? 事態を解決できたはずなのにそれを放り出して外国に行ったエヴァンか? 国の命令で警護目的や探索者ギルド帝国支部の処理をどうするか会談に向かったオルドヌングか? 下らない復讐で攻め込んできたエドヴァルドか? 圧倒的な力でまともな抵抗も許さずファールを殺したヘルムートか? 俺を足止めしやがったエウレルか? 違う。違う。全部違う。
俺だ。
護れる力を持たずにここまで来てしまった俺が悪かった。
もっと力があれば。
この身を蝕む力を制御できていれば。
結果はもっと良くなっただろう。
テロリスト共を返り討ちにすることができただろう。
皆を戦わせずに事態を収束できただろう。
俺が悪いんだ。
全部。全部全部全部…………!!
『リース』
「……………」
どこかから、もういなくなったはずのファールの声が聞こえた。
幻覚か。妄想か。
それとも怨霊の怨嗟か。
『どうして私を助けてくれなかったんだ』
「…………俺、は」
『何で私を見殺しにしたんだ』
「……違う」
『生きたかった。もっと生きて、妹にまた会いたかった』
「俺のせい、なのか」
『そうだ』
「それは、どうすればいい……」
『…………』
ファールの幻影が、不気味に笑う。
まるでこちらに来いと言わんばかりに。「お前も死ねばいい」と優しく告げるように。
「ダメ、だ」
だけど、俺は手を伸ばせなかった。
まだやるべきことがある。あいつ等を、せめてもの贖罪として守り切らねばならない。放り出す脇にはいかない。自分の役目から。
でも――――
『じゃあ、私は何だ?』
「それは」
『自分の役目も果たせず、見殺しにされた私は何なんだ。自分がしたいこともできず、望みも叶えられず、何もできずに死んだ私は何なんだよ』
「…………俺に、聞かないでくれ……!」
『答えろ。それが償いだろう。答えろよ――――仲間殺し』
「っ……」
そう言われて俺は、直ぐに否定することができなかった。
今まで俺は、何度仲間を、想い人を犠牲にしてきた。
四人。全員、俺の知人で、親しい者だった。そして……全員、もうここにはいない。
これでは否定し続けた、反対の立場にあろうとした『仲間殺し』の異名が最も合う。皮肉なことに、守ろうとしてきたのに、何度も殺しているではないか。
『お前も嫌だろう。苦しむのは。苦悩するのは』
「違う……ッ!」
『楽になりたいんだろ!? なら来いよ! さぁ早く!! お前もこの気持ちを味わえよぉ!!』
「違うんだ……違うんだよッ!! 俺は、ただお前を護りたくて――――」
『その結果がアレだろう!? お前には誰も守れない!! 誰も! 自分の家族も! 何もかも!!』
「…………なんで、だ」
『……さぁ、こい』
手が強く引っ張られる。
抵抗は、できなかった。そんな気力は、今の俺にはなかった。
「なんでだよ」
ただ吐く様に、言葉を紡ぐ。
自分を呪うように。
小さく。一途に。
「なんで俺は誰一人護れないんだよぉぉぉおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
あと一歩で、俺は――――
「がふっ!!!」
首根っこを強く掴まれ、そのまま絞められながら宙に吊らされる。
人間の握力とはとても思えないほど固く、抵抗しようと足掻いても全く緩まないその様子は鋼鉄の印象を叩き込んでくれた。
俺の首を絞めていた人物はそのまま俺の身体を引っ張り、後ろに投げ飛ばす。寝起きの状態でまともに受け身などとれるはずもなく、背中から硬い床にぶつかり何度も転がって壁にぶつかりようやく回転を止めた。力の抜けた身体は丸まった状態から、少しずつ硬直が緩みやがて白い石床に大の字で寝転がる。
「ったく…………これで何回目だ馬鹿が」
「………………ぐ、ぅ」
俺の顔を覗き込んできたのは、四十代の厳ついオヤジ。顎に無精髭が生えたオッサンだった。それからまともに洗っていないのか、ボサボサした黒髪。普段からまともなライフワークを送っていない無職の中年男性が、まさかこの国の武力の大黒柱とは誰が思うだろうか。
「……アンタか」
「アンタかじゃねぇよ。またいつもの夢遊病を発症しやがって…………もうこれで五回目だぞ」
「……余計なお世話だ」
まだ治りきっていない身体を持ち上げ、寝ていたであろう布団やらシーツやらがぐしゃぐしゃのベットへと戻る。抜けていた点滴も元あった場所に差し込んで、ため息とともに横になる。
……先程エヴァンと言った通り、今の俺は軽い夢遊病を発症している。
原因は、当然ファールの死への責任による極大のストレス。そして身体的に、医学では説明できないほどの疲弊が見られ、脳が非常に混乱し脳内麻薬の分泌量を著しく誤っているなど、以上の二点からくる信じがたい規模のストレスらしい。
おかげで、この一か月。担当医やナースには、軽く二十回ほど助けてもらった。
更に言えば面会人にも何回か。
そのせいで、面会に来てくれる者たちは俺と立ち会うときはいつも冷や冷やしているらしい。
全く傍迷惑な体だ。
相変わらず、寝ても覚めても自分の手から離さない銀色の指輪を見つめる。
ファールの死体は、結果的に言えば今回で死亡した探索者の亡骸と共に埋蔵された。遺族の死体をどうするか、彼女の父親である『獣王』と連絡を取ってみたようだが、結果は完全拒否。いわく「好きにしろ」の一言だけだったそうだ。しかも、彼女の遺品さえ受け付けないと言う始末。
彼女の遺品も彼女の死体と同じく埋葬されてしまったので、現存しているファールの遺品は、恐らくこれしか残っていない。血縁者でもない俺が持っているのはどうかと思ったが……俺の友人らが必死に説得し、押収をやめたそうだ。
それを思い出すたびに、歯を食いしばる。
勝手に産ませた挙句、最後の面倒も見ないのかよ。下種野郎が。
「それで、体の傷はどうだ」
「どうもこうも…………この様だよ」
両腕欠損。
主要内臓の五割が破裂。
右眼球及び頭部右部分欠損。
胴体右腕欠損。
異常が、今回俺が負った傷だ。常人ならすでに何回か死んで当然の重傷。
脳に傷が無かったという奇跡が起こったから今こうして無事、ではないが生きているものの、流石にここまでの損傷は現身の力でも修復に時間がかかるようだった。
俺自身の衰弱により、回復効果も比例して薄れたともルージュやサルヴィタールも言っていたが。
今は、どうにか歩けるまで回復している。破裂した内臓もほとんどが修復され、吹っ飛んだ顔の右半分は徐々にだが感覚が戻って言っている。この調子ならば、後一週間も経てば日常生活に戻れるだろう、と担当医は言っていた。
なお、普通なら数十年入院しても完治は不可能――――と言うより死んだ方が楽な傷だったらしいが。
ただし、右腕は別に戦いで失ったものではなかったが。
俺の右腕、完全にイリュジオンやルキナと言う憑き物に侵食されたせいで完全に俺の支配下を離れていた。例えるならば、右腕が完全に自分の自我を持ってしまい、別の生き物として独立してしまったのだ。
俺が気絶している間にも勝手に暴れ回り、結果俺から無理に切り離して特殊合成された素材で作られた透明ケースに保管されているらしい。俺から離れた場所に置いてあるせいで、今は大分おとなしくなったようだが。
「…………体はいずれ治るとして、お前は、これからどうするんだ」
「……何が?」
「病院を出たら、どうするんだって聞いてるんだよ」
「は、はっ……知らねぇよ。もう、どうでもいい」
失意に塗れた俺の返答を聞いて、エヴァンの顔が曇る。
「もういいんだよ。戦争すんなら、勝手にやってろ。俺には関係ない。もう……」
「…………見損なったぞ。たった一度の挫折で、完全に折れるとはな」
「――――お前に俺の何がわかる!!!!」
気づいた時には、俺はエヴァンの胸倉を掴み上げていた。
ただ感情に任せて、まだ治りきっていない身体で。手の包帯から血が滲み出し、痛覚が脳を刺激する。
「たった一回……? ちげぇよ、もう四度だよ……!! もう二度と味わいたくないって何度願ったと思ってる!? もう嫌なんだよ戦うのは! こんな気持ちになるのは……!!」
「ふざけるなよ。それだけの力がありながら責任を取らないつもりか? この臆病者が」
「臆病で何が悪い!! お前にはわからないだろうな、弱い者の気持ちなんて! 護りたいものも護れない奴の気持ちなんて!!」
心の底から練り上げた言葉を、エヴァンにぶつける。
すると、エヴァンの眉が少しだけ動いた。――――そう思った頃には、俺の身体はもう首を掴まれて壁に叩き付けられていた。喉の傷口が開いて、口から血が流れ出てくる。
「……わかるさ。俺も昔は弱者だったからな」
「ふ…………っざっけんなぁぁあああああああああああああああッッ!!! 何知った顔してんだ! 気持ちがわかるならどうしてあの時国を離れた!! あの下らない同盟会談のせいか!? その結果はなんだよ! 同盟どころか不可侵条約すらまともに結べずにのこのこ帰ってきやがって!! あの戦いで何人が犠牲になったかと思ってんだッ! 民間人で十六万四千二百三十三人と兵士で十八万七千二百三人!! あんたが居たら救えたこの三十四万人はどうして犠牲になったんだよ!? このまま帝国との戦争も止められないんじゃ『無駄死に』そのものじゃねぇかっ!! ふざけんじゃねぇぞ何のためにファールや皆が犠牲になった! 何のために生き残った奴が身を削ってこの国守り抜いたと思ってんだッ!!! ふざけるなっ、何が英雄だ!! 何が守護神だ!! 民間人一人救えないくせに何大層な名前掲げて涼しい顔してんだよこの屑がぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! 反論したいなら、犠牲になった奴らに土下座して生き返らせろッ!!! あァ!? やってみろよクッソがぁぁあああああああッ!!!」
視界が反転する。
ふわり、と突然浮遊感がみをっ積んだかと思いきや、背中を大きな衝撃が襲う。
自分が背負い投げのようにして地面に叩き付けられたと気づいたのは、エヴァンの怒りのこもった顔を見てからだった。何怒ってるんだよ。怒りたいのはこっちなんだよ。
「生き返らせろ……だと? そんなことができるなら、とっくの昔にやっている……!!」
「黙れよ…………何様のつもりだよ……? 大量の一般市民を犠牲にして、アンタは何一つ持って帰ってこれなかった。同盟を結べていたら償いにもなったんだろうがこれじゃ犠牲になった全員が報われないだろっ!! これじゃ戦争したほうがまだマシだろ!! 無意味に犠牲になった奴の気持ちを考えたことがあるのかよッ!!?」
「あるに決まっているだろうがッ!! 俺だってこんな場所で能天気に雑談やっているほど愚かな人間じゃない!! 街の皆と協力して都市の再建をしている! まだ見つからない、犠牲になったはずの人間を亡骸を探している! できることを必死に、俺も含めてみな探しているんだ! 誰も諦めようとしていない!! めげずに何かできることは無いかと模索している姿こそ償いの一つだろ!!」
「それが償いになるわけないだろうがッ!!! 何が街だ、何が国だ!! クソッ!!」
今出せる全力でエヴァンの顔を殴る。だが病人のパンチで傷がつくほどエヴァンが柔くは無かった。
殴った体勢のまま、数十秒が経過する。懲りたのか、エヴァンは俺の首を放し、解放する。
「ごほっ、げぼっ…………死ね糞野郎が!」
「……さっさと体を治せ。アホが」
吐き捨てるようにエヴァンは言い、病室を立ち去った。
喉から吐き出された血を病院着でふき取り、身をベッドに投げ出す。
「…………これじゃ、皆頑張った意味が無いだろ……!」
呪詛の様に、俺は下らないと思う言葉を絞り出した。
――――――
病院の検査室。一週間間隔で行われる検査の最終検査を終えた俺は、丸椅子に一人座っていた。
天井に向いて何も考えずにボーっとしていると、誰かが室内に入ってくる音が聞こえる。
俺の担当医。……そしてこのヴァルハラ中央病院の院長をしているキースだった。苗字は相変わらず知らない。興味もないが。
「どうかしました?」
「……いえ、何でもないです」
おかしいぐらいに気が抜けている俺を心配したのかキースは声をかけてくれた。
その優しさにありがたみを覚えるが、気分が一瞬で平坦になってしまう。
気力が湧かない。何もしたくない。
そんな虚無感を取り払うように、キースはカルテを広げて俺の状態を真剣そうに言う。
「今のあなたの身体的な傷は、もうほとんど完治しています。残るは微細な傷や、内臓の機能回復のための休養。あとは……顔の右半分の傷程度ですね」
「……はい」
「問題は精神的な傷ですね。今のあなたは精神疾患を複数患っています。まず、総合失調病。強烈な幻覚や妄想、そして病識の障害ですね。今までの行動であなたが酷い幻覚を見ているのはわかっていますし、栄養失調の自覚がなかった時期があるので、結果的にそう判断されました」
「そう、ですか」
「二つ目は、心的外傷後ストレス障害。精神的衝撃を味わい、著しい苦痛や生活機能の低下…………は、言うまでもないですね」
「……はい」
「後は軽度のうつ病、不眠症、拒食症なども確認されています。はっきり言えば、後数年は精神科病院に入院してほしいのが本音です。今のあなたは、爆弾みたいなものですから」
「…………はぁ」
「……本当に、大丈夫ですか?」
そっけない返事しか返さないことに違和感を感じたキースを、そう俺に問いかけてきた。
若干の申し訳なさを胸に、少しだけ本音を漏らす。
「いや……その、もうどうでもいいっていうか。別に……もう何もやりたくないって気持ちが、強まるばかりで」
「……うつ病は軽度から中度へと変更ですね」
「もう、勝手にやってろって感じで。…………何度も、何度も、死にたいって心が訴えてきて。それがもう、嫌で、辛くて……もう、死んで楽になりたいな、って」
「…………」
「なんで俺が、こんな目にあうのかな……そう、ホントに、おもうんですよ。寝ている間も、起きている間も。ずっと。……理不尽なんて何度も味わっているはずなのに、こんな気持ちになったのは、初めてで」
もう、限界だった。
死んでしまいたい。そうすれば楽になれるんだろう。疲れたんだよ。もう休みたいんだよ。
昔から自分を蝕む呪いから、解放されたいんだよ。
「リースさん。貴方が何をどう思ってりうのかは、私にはわかりません」
「…………」
「それでも、貴方を待っている人は居るでしょう。一人じゃない、何人も。その期待を裏切るんですか? それでも構わないと言うなら、安楽死ができる薬を出しておきますが」
「……………俺、はっ」
「考え直してくださいリースさん。貴方が死んでも、悲しむ人が増えるだけだ。確かに生きることは辛いです。生きていれば辛いこともある。傷つくこともあるし、死にたくもなります。でも、それが普通なんです。諦めたいと思っているのは、貴方だけじゃないんですよ」
「じゃあ、俺はどうすればいんですか。このまま、こんな無様を晒しながら生きろと」
「それはあなたが決めることですよ。私はあなたの主ではない」
キースの言葉に、心が動く。
それはほんの少しの変化だったが、それも動いた事には間違いなかった。
そうだ。俺は、一人じゃないんだ。
こんな所で、無意味にくたばってたまるか。
ファールの意思を、無駄にして溜まるか……!!
「……退院って、今できますか?」
「ええ。言ってくれれば、何時でも。でも、精神障害を持っている者を出すには――――」
右足でキースからカルテを弾き飛ばし、何処からともなく出てきた炎で燃やし尽くす。最後にそれを地面に放り、焼け焦げた灰を足で踏みつぶした。
「そんなものは『無い』でず。OK?」
「…………」
「退院、できます?」
「ええ。問題無しです」
俺はこんなくだらないことで立ち止まるわけにはいかない。
それに、ファールから託された物もある。
自分のやるべきことを無視して死ぬなど、俺にはできない。それを気づかせてくれたキース医院長に感謝の念を送りながら、俺は一度深呼吸をした。
(…………ファール、俺はまだそっちには行けない)
だが、責任を負うつもりだ。
この咎を一生背負い、生きていく。苦しみながら、茨の道を自らの死で突き進もう。
(……いつか必ず、報いは受ける)
たとえ彼女の肉親に殺されようと、俺はそれを快く受け入れる覚悟はできていた。
悪いのは俺だ。
だからすべての罪を、この身で引き受けよう。
誰かの意思ではなく、俺の意思で。
――――――
即日退院した俺は、病院の近くにあった洋服店で適当な服を選び、最後に大きめの革コートで身を包み、無くなった両腕を隠しながら、記憶の中で差し渡された資料の中に書いてあったある施設へと向かう。
街の中央区画に行き、裏路地に入ると深く入っていけばいくほど人気の少ない場所になっていった。その終着点にあったのは、二人の警備員らしきものが両辺に立っている地下への階段。俺の顔をしっているのか、警備員は無言で道を開けた。
灰色のレンガで作られた、明りがほとんどない地下室へと赴くために階段を下りていく。
魔力光球がそれこそ最低限しか置いていないのか、しかもかなり年代物なのか明りが点滅を繰り返し、視界は良い物とは言えない。さらに暖房は一台も置いていないのか冷たい風が身体を包む。
そりゃ、地上から百三十メートルも地下に造れば、寒くもなる。
そう。ここは地下特別罪人収容施設。厳重な警備を敷くことを強いられた、一か月前のテロ活動の中で数少ない被害が無かった施設でもある。あったら凶悪犯罪者が脱獄すると言う最悪の事態を引き起こすのであってほしいとは思わないが。
検問で警備員からの重度なるボディーチェックを受けて、奥へ行く。
かなり手間がかかるが、ある目的のためならば我慢することは比較的楽だった。
再生したばかりの両腕を解しながら、独房区画の一番奥へとたどり着く。
数十人の警備員が最新鋭の装備を身に着けて、ひと時も目を離さずに監視している凶悪犯罪者。
通常は五十ミリの鉄板で覆われるはずの独房だが、これは超の突くほど特別待遇なのか特殊人工オリハルコン十メートルで覆われた完全装甲。重量は魔法で操作しているのか、約六千トンと言う化け物みたいな重さで持ち上げることは不可能。地盤もそのため強化を強いられ、床も製錬鋼鉄製の板二十ミリを五枚重ねた者を約五十平方センチメートルもの地盤を置いている。
ここまで来るともう警備もいらないような気がしてくるが、気にしない方が身のためと言う物だろう。
俺が近づくと、すでに連絡を受けていた警備員が一部分の重量操作魔法を限定解除。それでも五十トン近い扉を、十人がかりで開いて行く。人一人がギリギリ通れそうな隙間ができると、手招きしてくる。
なるほど、と思いながら俺はその隙間を擦れ擦れで通る。きっと、最低限だけ開くことで、非常事態に迅速に対応できるようしているのだろう。優秀な奴らだ。
入ると、オリハルコン特有の白い空間が広がっていた。部屋の隅にはトイレと洗面台らしきもの。その反対側の隅には簡易的なベッド。必要なものが最低限の最低限まで削られたような部屋だった。
しかし一つだけ浮いたものがあった。
部屋の中央に、金属でできた椅子が存在していた。座っていたのは、二メートル以上はあるであろう、赤毛が特徴の大男。ヘルムート・ケッツァ=アインゲーブング。
テロ組織『帝国残滓』の最強戦力にして、今回の街の被害の四割を一人で作り上げた、ある意味一番の加害者と言える。
同じぐらいの三割を作り上げた俺が言えることでもないんですがね。
「……誰だ?」
気力がなさそうな声で、ヘルムートは目線だけを動かして俺を捉える。
一か月前とは大違いだった。
ごつごつとした『狂戦士』だった彼は、今はすっかり牙を抜かれた『老兵』になっていた。
頭髪は白くなり、体はやつれ、肌から生気があまり感じられない。
一番目立つのは、縦に切り裂かれた胸の傷だろう。傷周りは黒く変色し、何かを吸うように気持ち悪くうねり続ける。まるで意思を持っているかのように。
「俺だ」
「……お前か」
「そういえば、名前を言ってなかったな。……リースとでも呼んでくれ」
「……リース、か。私の名前は――――」
「いい。もう資料を読んで知っている」
今回のテロを起こした首謀や協力者は、目覚めた際にレヴィが資料を持ってきてくれたので全部知っている。彼らの目的や、資金源、主な拠点のあった場所、そして残党メンバーの一覧も。
今こうして、ヘルムートと正面から向き合えているのはそういう理由もある。
事情を知り、一方的に何かを言うことが難しくなったからだ。決して自分だけが、不幸ではないのだ。それを理解しているからこそ、ファールを殺した張本人とこうして会話ができている。
「……では、なぜ私に会いに来た。私はテロリストだぞ」
「いや……言いたいことがあってな」
額に汗をにじませながら彼に目線を合わせる。
落ち着け。逃げるな。
冷静になるんだ。ここで暴れても、ファールは帰ってこない。
「悪かったな。……そんなもの、植え付けてしまって」
胸で蠢いている黒い物体を見ながら、低く鳴った声で謝罪まがいの言葉を投げかけた。
それを情けだと思ったのか、ヘルムートは無表情から少し怒りを含んだ表情になる。
「これは、自業自得だ。俺が手を出し、その結果帰ってきた物。情けをかけられる筋合いはない」
「あー……そう」
「しかし、おかげで大分衰弱してしまった。これでは、寿命ももう少しだろう」
「なんだ、痛いのか? それとも怖いのか?」
「どちらでもない。ただ、そうだな……戦士としての自分が死んでいくのをただ何もできずに見るのは、感慨深いものがある。ようやくその時が来たのか、とな」
「……………」
言っていることに含まれたメッセージがいまいちわからなかった。
ようやく、とは何だ。一か月前の彼は、恐らくだがよくて四十代、悪くて五十代ほどだった。
とても自分の死期を考えるような年齢ではないだろう。
「なんだ、解らないのか? エドヴァルドは老死したと聞いたが」
「……老死?」
資料には、そんなことは書いていなかった。
胸部を貫かれ、心臓を潰されて死亡。そう書いていた。俺の記憶が正しければ。
「真実を隠したのか……。説明してやろう。高レベルの者は、そのレベルに比例し寿命が長くなると言う特性がある」
「……何!?」
「やはり知らなかったか。まぁ、あまり知られていないのだから無理もないか。とにかく、どういった原理かは知らんが、そういった現象が起こることがある」
「……それで、それがどうしたんだ。まさかアンタら百歳以上歳を取っているとかじゃないよな」
「一か月前の俺が何歳に見えた」
「……四十歳ぐらいか」
「今の事実を聞いて、本来の年齢はどれ程と推測する」
レベルに比例して、寿命が延びる。
初耳だった。いや、話を聞く限り秘匿されていたか、情報規制をされているのか。それとも市民全員が洗脳でも受けて、それを違和感に感じないようになっているのか。
何にしても、今はヘルムートの質問に答えるだけだ。
「……百五十歳?」
「大外れだ」
「情報も少ないのに特定できるかよ」
「答えは……………………確か、三百二十八歳。記憶が確かならば、そのはずだ」
「さんびゃ…………?」
人間としてあり得ない数が口に出る。
あり得ない。人間の細胞寿命はざっと百二十年。一番長く持つ心臓でも百五十年が限界だ。その二倍、彼は生きていると言うのか。
まるで魔法だ、と思ったが魔法の存在する世界では特に不思議ではないのだろうか。
もっとも、ヘルムートが言っていることが真実とは限らないのだが。
「……エドヴァルドは百十二。エウレルは九十八。餓鬼の頃から偶に世話を見ていた糞餓鬼どもも、もう逝ってしまったか。あまり実感がわかんな」
「アンタら……本当に、滅ぼされた帝国の生き残りなのか?」
「そうでなければ、今回行った行動に何の意味がある? 私は、無意味な殺戮はあまり好きではない」
「……復讐、なのか? アンタの闘う理由も」
「強いて言えばそうだ。慕っていた国王と王妃は殺され、戦友も皆殺された。唯一の戦いとは無縁な親友と呼べる者は、公開処刑で生き恥をさらされた。私もまた、十数年は動けない大怪我を負わされた。その恨みもあるがな……何より、帰る場所を奪われた怒りだった」
昔を思い出したのか、ヘルムートはわずかにほほ笑んだ。
その姿は、もう『兵士』ではない。ただの老人だった。昔を思い出し、それを楽しむ一人の男だった。
「くくくっ…………下らん理由で復讐をしてしまったと思っているよ。もうあの王はいないと言うのに。目的を自ら無理やり作り上げる、馬鹿みたいな復讐……昔なら、自分が一番忌み嫌っていたことのはずなのにな」
「……もう、復讐はいいのか?」
「ああ。もう、いい。何もかも、昔に終わっていたんだ。……謝罪しよう、リースと言う者よ」
「え?」
突然、意外な言葉を投げかけられたことで、疑問の声が漏れる。
何を誤ると言うのだ。
今更。謝っても変わらないと言うのに。
「お前の親友を、勝手な判断で殺してしまったことを」
「あ…………いや、その」
その事情も、また資料で呼んだ。
ファールが獣人の中でも幻の存在として扱われていた混合獣人だという事を。
あのままだと、ファールは苦しみながら自我を少しずつ削られ、罪なき人々を快楽目的で殺し続け、暴走したであろうという事を。
直ぐには受け入れられなかった。
それは、今もだった。
何か戻す手段があったはずだ。殺さなくても何かいい方法があったはずだ。
そんな未練を、今もなお引きずっている。諦めの悪い、馬鹿の様に。
「……わかっているよ。アンタが、関係ない人々を助けるためだってことは。テロをやっておいて、今更な感じもするが。それはアンタなりの正義を貫いたってことだ。それについては、俺は何も言えない」
「器の広い奴だ。この前は、見境なく暴走をしていたと言うのに」
「殴るぞ」
「すまんすまん。……優しいな、貴様は」
「……お世辞はやめろ」
「そうか。……面会時間も、もうそろそろだろう。最後に、老人からの忠告だ」
「何?」
ヘルムートはよどみなき笑顔で、愉快そうにこう告げる。
先人様からの有難いご忠告、耳糞ほじってしっかり聞けという前置きを挟んで。
「レナード…………あの阿呆に気を付けろ。アイツは、帝国出身ではない」
「な、何だと!?」
「あの者は、我々の組織を利用し、スポンサーを丸め込んで自分の軍団を強化しようとした策士だ。エドヴァルドは気づいてもわざと見逃していたが、あの阿呆を縛るものがなくなった以上、何を仕出かすかわからん。……その反応からして、知り合いのようだな」
「……飛行船で襲われて、そいつの協力者と正面からぶつかり合ったよ」
「『真祖殺し』は、貴様だったか…………ああ、それを知れただけで、満足だ」
「え?」
「気を付けろ。あやつは、場を遠慮なくかき回しに来る。恐らく、貴様は狙われる。力をつけておけ。……極南大陸に行け。ライムパールと言う者に私の名を言えば、手を貸してくれるだろう」
「……なんで、俺に協力する?」
こいつは、つい前まで敵だったはずだ。協力する義理は無い。
かといって昔からの知人でもない。彼が俺に協力してくれる意図がわからず、軽く混乱した。
それでも、ヘルムートは邪険そうな顔をしなかった。
逆に安らいだような顔で、俺の瞳をのぞき込むように見つめてくる。
まるで、我が子を見送る父親のような存在に思えた。
「なぁに、ただの老人のおせっかいだ」
肩をすくめて、やつれた声でヘルムートは言った。
そう言われて深く考えるのが馬鹿馬鹿しく思えた。
「……それと、貴様の使っていた魔剣」
「あれが、どうかしたか?」
「二度と使うな。アレは魔剣でもなければ聖剣でもない。ただの『捕食者』だ。武器と思うな。……可能なら、地下にでも埋めておけ。二度と誰にも使えない様に」
「……どういうことだ。アンタ、何を知っている」
「貴様は勘違いしているようだが、アレはそもそも『武器』と言うカテゴリに収まるような軟なものではない。例えるならば、普通の聖剣や魔剣が『1』だとすれば、アレは『1』ではなく、そもそも数字でもない。わからんか?」
「……すまん、全然わからない」
「そうか……とにかく、アレは人が触れていいものではない。しかし、代わりに強大な力を与えてくれる。もし貴様が、本当に力を必要とし、自我を強く保てるのならば…………握ってみるのも、また一興だろうな」
それを最後に、ヘルムートは押し黙ってしまう。もう喋ることは無いと言うのか。
そして彼はそのまま瞼を閉じた。音から聞け折るのは、静かで小さな呼吸音のみであった。
寝たのかどうか確かめようとして、声をかけようとしたがためらう。
俺が彼に聞くことは、もうない。俺の知らないことを知ってりうようだが、それは今の俺にとっては関係のない物ばかりだ。彼がどんな闇を抱えていようが、俺が知っても無意味なのだ。
諦めたように、俺は踵を返した。
恐らくもう俺がここに来ることは無いだろう。
もう一度来たとき、自分を抑えられる自信がない。
別れの言葉は言わなかった。
(英雄の卵とはいえ、やはりまだまだ子供か)
沈みゆく意識の中、ヘルムートはふと思った。
リースと言う小僧が、一体どこまで行けるのか。どんな道を進むのか。
そしていったい何者なのか。
死んでゆく身体を思いながら、そんな意味のないことを深々と考える。
(……俺も老いたものだ。いつだったか、俺が狂戦士と呼ばれて、慕われたのは。……思い出せん)
記憶が、虫にでも食われていくかのように消えていく。
自身と言う存在が、少しずつ消えていくのを自覚しながらヘルムートは虚ろに思い出す。
かつて自分を下した王の威厳を。一時期ナンパしようとした王妃の優しさを。ともに戦場を駆け抜けた戦友たちと交わした約束と、友情を。
子供のころからケツを蹴って、面倒を見た二人の馬鹿の笑顔を。
(……俺は、長く行き過ぎたのか)
三百年も生きた。
人間としては、十二分すぎる時間を送った。
その間に味わった感情は、刺激的で、悲劇的で……とても、愉快なものだった。
一時も、それを忘れたいと思ったことは無かった。
だがそれももう限界だ。
思い出が、食いつぶされていく。
……きっと、もういいと、皆が言っているのだろう。
(……最後に、良い奴と出会えた。それだけで俺は……満足だ)
きっと、あの者ならば何かを起こすだろう。
世界を揺るがすような、何かを。
その確信を抱けただけで、ヘルムートにはもう未練と言う言葉は無かった。
(…………ああ、やっと、俺は……………………お前らの、所に――――)
ヘルムートの意識は、黒い沼へと完全に沈み込んだ。
捕縛・投獄から一か月後、ヘルムート・ケッツァ=アインゲーブングは衰弱死を遂げた。
原因は胸の傷から広がる呪術に近い、仮称『黒呪液』によるものだと判断。
死体発見時刻は死亡から三日後。
発見当初の死体はひどく干からびていたが、脳が腐敗ではなく溶解していたことから痛みは無く死亡したと判定。
その後、死体はエヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンの要望により、他の組織員の死体と共に彼らの故郷である帝国の元領地へと埋蔵された。
此度に起こったテロ事件は、歴史書と人々のに深く刻まれ先代国王の蛮行を『二度と繰り返してはいけないこと』だと、改めて記されることとなった。
【ステータス】
名前 ヘルムート・ケッツァ=アインゲーブング HP99999999/99999999 MP5680000/5680000
レベル999
クラス 狂戦士
筋力999.99 敏捷999.99 技量999.99 生命力999.99 知力999.99 精神力999.99 魔力500.00 運3.80 素質10.50
状態 異常無し
経験値0/0(カウンターストップ)
装備 隕石鋼の双戦斧 狂戦士の戦闘服
習得済魔法 抗魔付与
スキル 総合戦闘術999.99 超人999.99 行動予測999.99 戦闘続行999.99 武の極地99.99 威圧99.99 魔力放出48.01
チート。
それしか言葉が見つからない。
ニヒトさんも大概でしたけど、これはひどい。しかもそのポテンシャルを作中フルに発揮できていないっていうね。したらマジで全員死んでるし。
私の技術が足りずに、上手く生かせなかったキャラだと思います。もうちょい粘ればもう少しいいボスキャラになったと思うんですけど……勝つ方法がないっていうか。うん。コレ完全にね、ゲームマスターに喧嘩を挑むプレイヤーの立場に主人公たちなりかねなかったんですよ。
なので彼にはチートにはチートをという事で結城の主人候補生と言う名の暴走で沈ませてもらいました。
……ぶっちゃけ後悔している。
でもこれ以上被害が広がったら、洒落になんないのよ。街が四割瓦解しているのにそれ以上やったらマジでヴァルハラ吹き飛ぶんだ。
物語の進行都合という残酷な事情で消えてしまうキャラって、ホント作りたくないな。
今後は『弱体化させてようやく勝てる』キャラは、当分作らないようにします。扱いがほんとに難しいわこれ。
何気に固有魔法無いですけど、こんな奴さらに強化できるか。
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