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第五十六話・『夜明け』

ぎゃぁぁああああああああああああああ予約設定ミスってリアルタイム投稿してしもうたぁぁああああああああああああ!!!!

「グロァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! ゴルゥアアアアアア!! ガァッ!! アアガガァアアアアアアアアア!!!」


 ガンガンガンと立て続けに鈍いとが鳴り続ける。

 巨大な人狼が持っていたものは、すでに原形を留めず鈍器と化していた。それを叩き付けている地面はそこら中がクレーターだらけ奴、いかにその人狼――――変貌してしまったファール・エゼトリエドが凶暴になったかを垣間見ることができる。

 先程から反撃も何もせず、ただ避けてばかりのヘルムートはじっくりとファールの様子を観察していた。

 まるで何か違和感を感じ取ったように、目を細くし、静かにゆったりと。


「おかしい。何故だ。何故、力を制御できていない」

「グルルルルララァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 帰ってくる返事は医師と言う概念がかけらも見当たらない原始的な咆哮。

 ヘルムートはそれが実に不愉快で、顔を歪める。


「これではまるで人形だ……。いや、まさか――――」


 そこまで言った瞬間、ヘルムートの頭が巨大な手により鷲掴みにされる。ミシミシとなる頭蓋骨。割れる気配は無く、掴まれている当人も涼しい顔で相変わらずファールを睨んでいる。


「……器に見合っていない力を覚醒させたのか」

「ォォォォォオオオオアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「狂犬め。過ぎた代物を手に入れるという事は、自らの破滅を――――」

「ガァァァァラガガアアアアアァァアアラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 理性を無くしたファールは言葉を最後まで聞かず、ヘルムートの頭を地面に叩き込んだ。

 しばらくしてまた掴み上げ、かすり傷程度しかついていないことを見てファールは苛立ったように吠える。


「アァアアアララララララララアアアアアアァァァッ!!! ウォォォオアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「は、これでは本当に『獣』そのものだな。あの脳筋も厄介なものを作ってくれたものだ」

「ガァアッ!! ァアラァッ!! グゥァアァッ!! キィィィイィィィイイイギャガガガッガアアガガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 何度もヘルムートの頭は地面にめり込んだ。一、二、三、四、五六七八九十――――途中から残像が残る速度で振り下ろされ引き上げられまた叩き付ける作業が始まる。不思議とヘルムートは抵抗をしない。

 これではもう生きているのかすら確認不能なのだが。

 三桁を軽く超えた時点で、ファールも少々疲れたのか息を荒げながらヘルムートの頭を掴み上げた。

 ――――傷は皆無。有るとすれば、若干のかすり傷程度。血もほとんど出ていない。

 その事実に、理性を消したはずのファールの行動が一瞬止まる。

 さすがに我慢しきれなくなったのか、ヘルムートは『少々強めに』蹴りをファールの脇腹に入れた。



 ファールの巨体は砲弾にでも当たったかのように、大きく吹き飛んだ。



 偶然か必然か、金色の鱗を纏っている竜に衝突し、そのまま竜と一緒に吹き飛んで行ってしまう。

 それを見てヘルムートは「やれやれ」と困ったように言った。


「少し調整を間違えたか。しかしたったの十五パーセントで、これか」


 炎を超えると、そこには国防壁に大きな穴を開けて枯れ木に埋もれていたファールと竜、セリアの姿があった。セリアはもともと重傷だが、ファールは先程の一撃で肉が大きく凹んでいた。恐らく内出血によるダメージは無視できないものになっているだろう。


「ガ、ガァ、ァ、あ……っ、ぐっ」

「痛みで少しは気を取り戻したか? それより聞きたいことがある。貴様本当に狼種ワーウルフか?」

「な、にを……言って……」


 体が変形し、縮んで元の姿に近い物になったファールは居た身で蠢きながら返事をした。

 四肢はまだ体毛や爪などが残っているが、体だけならもうすっかり元通りになっていた。このように中途半端な変態をみて、ヘルムートは懸念そうに顎を撫でた。


「いや、可笑しいだろう。お前の父親、レオニードは『白虎因子』と『焔獅子因子』を持つ複合獣人、獅子人虎ウェアレオタイガーだ。なのになぜ……貴様は狼因子なんだ? 全く関連性がない」

「……知るか、んな、もん…………」


 ファールの身体が今一度大きく揺れる。


「ガ、ァア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 背中が大きく盛り上がり、体を変形させ、何かを形作っていく。

 それは狼ではなかった。

 体に白い皮膚が纏わりつき、その上に黒い横縞模様が浮かび上がっていく。

 白虎だ。狼とはとても言えない。虎の特徴を持ち合わせている以上、白虎としか言いようがない。


「存在していたのか……?」

「う、ぅぁぐ、ぉおおあああっ、アアアアアアアアァァッァアグゥウゥゥウウアアアアアア!!!!」


 今度は体の半分が異様にねじ曲がっていく。

 体の奥からにじみ出るように、青い炎が浮かんでいく。そのあまりにも非生物学的な光景を、一体どう説明すればいいのか、ヘルムートは一瞬わからなかった。


「…………混合獣人ウェアキメラティクス


 見ただけでも狼、白虎、焔獅子の三つの因子が混ざり合っている。

 もしかしたらそれ以上かもしれない。いや、間違いない。ヘルムートはそう確信した。

 ファール・エゼトリエドは、伝承にも書かれていない空想上の生物『混合獣人ウェアキメラティクス』だった。親の因子だけでなく、先祖の因子さえ継いでいる理論上の生物。所謂、『先祖返り』と言う現象の発展形の果てに存在する超常現象が生み出した『幻獣』だった。


「アアゴァ、アグルアアアアァッ、ギィギッガキアガイガッガガアアアファアッガアアアアアアアア!!! アagsi、xヴァgbsiafekwjvxalkigikhvkljvgjjjjjjeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee」


 ファールの体中が肉塊へと変化し、別の生物へと何度も何度も創りかえられていく。

 狼、白虎、焔獅子、麒麟、一角獣、黒豹、雷光馬――――さらには、普通なら存在しえない合成された獣の物と思わしきものもあった。

 しかし、そんな大量の情報をファールの体に抑えられるのだろうか。

 身体が強靭な獣人であろうとも、因子――――DNAを保有できる限界数は三つまでだ。ファールはその現界すらとうに突破し、暴走を開始している。

 覚醒したせいなのだ。

 今まで閉じ込めていたであろう大量の情報が一度に解放されてしまい、制御不能になっている。

 当り前だ。

 これは一種の『完全獣態』の様なものだ。一種一種を使い分けていくならともかく、すべてを同時に操るなど不可能以前の問題だ。それにファールは覚醒したばかり。一つの力の制御の仕方もまともに学んでいない身で、複数の因子の操作などできようか。


「……あの脳筋が、お前を追放した理由がようやくわかったぞ」

「bbbbbbbbbaaaaaaaaAASjsgijkkkkajd3wikjw9929tgsvjsagwgijw928uf2e98tugswnfhakj」

「お前は才能が『有り過ぎた』。故に、集落を危険にさらしてしまう危険性があったから、お前を追放した」

「giiiixiiiiahaonnnasgqqqqjheuwioijjnanqnqnqnnnqqnannnde?????????")"??#」

「お前の才能を開花させなかったのも、そのせいだ」

「wwwwwwaaatatasiiiiiisisisigagggagagagagaggaaaaaaaaaaaa」

「砂漠で野垂れ死んでいればどれだけよかったものか。お前の親父はきっとそう考えただろう」

「ttiggagagaiuuxhagagagggggaauuuuuuuuuuuuuuuaaaaa」

「…………予定変更だ。お前を抹殺する・・・・・・・

「A.a、え?」


 返答を言うことはできなかった。

 気づいた時には、ファールは正気を取り戻していた。体も縮み、若干の異変はある物の元通りのサイズへと戻っていた。服は弾け破れたので、裸の状態である。

 ――――ただ、一つ違和感があった。


「が、ぼっ…………」


 喉の奥から大量の血液が出てくる。口から、鼻から、無残に赤黒い血液が噴き出していた。

 胸が苦しくなって、咄嗟に抑えた時にもファールは自分の手が濡れる違和感があった。

 自分の体を、見下ろす。


「え、っあ…………え?」


 心臓のある場所まで、胸が切り裂かれていた。

 ポンプの役割を持つ心臓が止まったおかげか、出血はそう勢いのあるものではなかった。ただゆっくりと、大量の血が傷口から流れ出てくる。


「すまんな。……実に、惜しいことをした」

「ぐ、ぁ、ああ…………ぁっ」


 全身から力が抜け、膝を付いて倒れる。

 視界が暗い。

 音が徐々に消えてゆく。


(……死ぬ、のか)


 ふと、倒れ伏していたセリアとファールは互いに一瞬だけ目が合った。

 理性を取り戻しているのか、セリアは涙を流す。鳴こうにも、ダメージが酷過ぎて、まともに声を出すこともできない。それでもセリアは一生懸命に何かを言おうとしている。

 それを見て、ファールは笑う。

 少しだけ手を伸ばす。届かないとわかっていても。



「――――――――!!」



 何かが聞こえた。体があおむけになったと思いきや――――ファールのよく知っている人物が、目の前に現れた。

 何を言おう、椎奈結城が、遅すぎた到着をしていた。



――――――



 ふざけるな。ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな――――――!!!!

 声にならない声で悲痛な絶叫を上げそうになる。

 なんでだよ。なんでこいつが、こんなことになっている。

 なんで、こいつがこんな治療不可能なほどの傷を負っているんだよ!!!!


「おいファールしっかりしろ! 気をしっかり持て!!」

「……………ぁあ、りぃ……す………か、ぁ」

「そうだ。俺だ! 今すぐに病院に運ぶからな!!」


 必死にそう言い伝えようとした。

 だが次に、絶望の宣告がなされた。


「……も、う……音が、聞こえない」

「な、……ぁ…………」

「病院、なら……もう、間に合……わ、ねぇ、よ」

「ふざけんな。勝手に諦めんなッ!!! 生きることを諦めるな馬鹿がぁぁぁああああああああああ!!!」


 もういやなんだ。

 だから頼むから。

 俺を置いて行かないでくれ。

 体が震え、今にも冷たくなっていくファールの手を強く握る。

 やめろ。止まれ。止まれよ。


「頼むから……生きてくれ……………!!!」

「……あ、はは……お前と、のパーティー…………結構、楽しかった、よ」

「なんで今言うんだよふざけんな!! そういうのは傷を治してから言えよぉっ…………!!」


 大粒の涙が、頬を伝いファールの顔に落ちる。

 どうしてだ。何がいけなかったんだ。何がどうして……どうしてお前が、死ななきゃならないんだ。


「……もう、ちょ、っと……生きた、かった……………なぁ」

「死ぬなって言ってんだろぉぉぉぉぉっ!!!! 諦めんなぁぁぁぁああああ!!!!」

「な、ぁ……リース」

「やめてくれっ、頼むやめてくれぇっ…………!! もう、やめ、て……っ」


 絶望の淵で悲鳴を無様にも上げ続ける俺の手を、ファールは微かな力で握り返す。

 その手には、銀色の指輪が嵌めてあった。それを俺の指に引っ掛けると、ファールの手は地面に落ちて指輪だけが俺の手の中に残った。

 それを見て、息が止まる。


「最期の、頼み…………妹に、これ…………南大陸、居るか、ら…………届……、て…………」

「最期じゃないだろ!! お前がやるべきだろこれはッ!! やめろ、おいやめろよ!!」

「ごめん、って…………大好、き……って、つ、……た…………ぇ……」

「…………………………………………――――――――――――――――――――――」

「……お前、も……ご、め…………勝手な、頼…………み…………任せ、て」

「ぁ、」


 直視したくなかった。

 だけど目が離せなかった。

 離してはならなかった。

 自分の魂に刻み付けるように、俺は瞬きひとつせずに、見た。




「……楽し、かった。本当、に……あり、が……とう」




 ファール・エゼトリエドの最期を。








           「


                       『何で』

                ア                        ァア

                        ア           ァ

                   ア        ァ              ア

            ァ 

                      ■

                            『ドウシテ』       ■


                 ■        

                         『助ケラ■ナ■ッ■■?』                 ■

                        

                                               」


                  魔王(Diabolu)憑依(s manif)顕現(estatio)――――――第一段(Primum e)階覚醒(xcitatio)



                        Deicida eu excitare.



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






 遠くから離れて見ていた紗雪と綾斗、リーシャは絶句した。

 何を見たのか急にリーシャを放り出し走り出しタカと思いきや、突然ファールの死と言う信じがたい事実を押し付けられ、今度は――――結城しんゆうの右腕が爆裂し黒い液体をまき散らしたかと思えば傷口からその黒い液体が絶え間なく流れてく。

 そんな理解できない現象が立て続けに起き、完全に三人は言葉を失い固まっていた。

 近くで傍観していた赤毛の巨人もまた、何も言わずにその光景を見ていた。


「なん、なんだ…………アレ」


 ようやく我を取り戻した綾斗が、黒い液体が結城の右肩に集まり何をか形作ろうとしていることに気付いた。右腕、と言った方がいいのだろうか。人間『腕』とは言い難い右腕が作られていた。

 太く巨大な、立っていたとしても地面まで簡単に付てまだ余裕のあるほどの、黒色の巨腕。手は何もかもを拒否し傷付けるように、鋭く、研ぎ澄まされた爪が五本、指の先にあった。周りには黒い瘴気が纏わりついており、この場にいた全員は「近づきたくない」と一瞬思っただろう。

 偶然、跳んでいた蠅の様な虫がその瘴気に触れた。

 一瞬で溶ける・・・

 綾斗の顔が嫌な形に引き攣る。本能でアレの危険さに感づいたのだろう。順に周りにいる者の顔も嫌に歪んでいく。


「『魔の瘴気』か」


 赤毛の巨人、ヘルムートが忌々しい物を見つめるような目でそうつぶやいた。

 何か知っているのか、と三人は問い詰めそうになったが――――一瞬で発せられた濃密な殺気に身動きが取れなくなる。


「まだこの時代に残っていたとは、しぶとい物だ『悪魔憑きベゼッセンハイト』めが」


 ヘルムートは無言で腰の戦斧を抜き、魔力を流し込み青白い何かを自身の得物に包んでいく。

 ついに一歩踏み出した。

 同時に、体の約三割が黒色になっていた結城もまた、ヘルムートへと振り向いた。

 顔まで侵食され、顔の半分ほどの肌は黒くなり、巻き込まれた眼球の白目も黒く染まり色彩も濃い赤へと変色している。どう見ても人間の物ではなく、また彼がもう人間から少しずつ遠ざかって行っている事実を紗雪と綾斗は理解した。


「ハ、ァッ…………グ、ァ、アア、ギ、ィ…………」


 結城は右腕を抑えて何かに抵抗しているような身振りだった。

 まだ瘴気が微かながらに残っているのか、虚空から銀色のケースのようなものを出して、その中にあった透明な液体を自動注射器で自身の肩に打ち込んだ。


「ア、ひっ、……ぇ、ぎ、が」


 乱暴に注射器に取り付けられた試験官を歯で取り外すと、また新しい試験官を取り付け同じ個所に打ち込む。それを三回も行う。

 だが明確な変化は、訪れなかった。

 腕が少し小さくなったという変化のみ起こったが、それ以上のことは訪れなかった。

 侵食が徐々に進んでいく。


「あっ、ガっ、ああああああああああああアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 結城は強烈な頭痛に頭を押さえて周りに有る物を、その巨大な右腕で薙ぎ払った。

 振った直後に起こる台風の様な風。おまけだとばかりに怒る衝撃の爆発。三人はたまらずその場から吹き飛ばされたが、直立不動のヘルムートは両手を振りかぶった。


「ぎ、ギ、ギッ、ギギガ、アガ、ァぐ、……や、め…………っ…………」

「相も変わらず可哀想な連中だ。貴様らは」

「お、ワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 二つの戦斧を振り下ろすヘルムートに反応し、黒い腕はまるで自我を持ったように抑える結城を無視してヘルムートの攻撃を防いだ。

 衝突。起こる大爆発に似た現象。周りにあった瓦礫を残らず消し飛ばし、地面が大きく沈んでクレーターへと変化する。


「――――殺、す」


 苦しみの嗚咽を止めた結城。

 代わりにその口から発せられたのは、殺意のこもった一言だった。


「殺す……殺す、殺す!!! お前だけは……殺してやるぅぅううううううううううううううううう!!!!」

「―――――――――!!」


 殺戮衝動を受け入れた結果か、結城は右腕に身を任せイリュジオンを握らせた。

 瞬間イリュジオンは五メートル以上はある大剣へと変形。質量保存の法則を完全に無視して作られた大剣は、凶悪な見た目以上に禍々しいしょうきを身にまとい、『魔剣』と呼ぶにふさわしい存在へとなり替わった。

 振りかぶられる黒い大剣。

 防御は無理だ・・・・・・と、初めてこの街に来て判断したヘルムートは跳躍。



「アァァアアアアアああああああああアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 黒い軌道を残して大剣は振られた。

 風で付いていた炎が全て消し飛び、まだ無事だった建物は残らず瓦解し吹き飛んだ。



 そして意図せず飛ばした斬撃によりヴァルハラの四割の建物が両断され、崩壊した。



 数キロ先にも届き、なおその切れ味は半端なものではない。

 そんな常識破りにもほどがある攻撃を見て、ヘルムートは頬をビクつかせた。

 彼は今生で二度目の言葉を口に出した。


「……冗談だろう」


 数十メートル上空まで人力で跳んだ彼は綺麗に着地すると、そんな馬鹿な事を言った。

 それに対し結城は殺意の塊で作ったかのような表情を崩さない。

 口からはただ「殺す」という単語が出てくるだけであった。


「化け物め」

「殺すぅぅぅゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!! ガァアアアァァアアアア!!!!」


 背中から途方もないほどの殺気を纏い、結城は吠えた。

 戦争はまだ続く。

 悪夢もまた。

 その権化となった結城は大剣を縦に振りおろした。

 ヘルムートは反応すらできずに体を縦に切り裂かれた。致命傷ではないものの、彼は久しぶりに重傷を負う。

 立たれる大地。割れる地殻。溶岩のある場所まで地面を切り裂いた結城は、その明りで姿を見せる。

 割れた地面の傍で膝を付いたヘルムートは見る。

 頭部の右から生えた山羊の角。

 黒い皮膚。

 紅い眼。

 肥大化し、邪悪その者になった右腕。

 悪魔と言うには、十分すぎる姿だった。


「がっ…………!」


 傷が予想外に激しく屑くのを感じると、ヘルムートは視線を下ろす。

 胸の傷周りに、黒い物が広がっていた。血管の様な物が浮き出ると、徐々に体を侵食していく。

 それには激しい苦痛を伴った。味わったことも無いほどの激痛と違和感を同時に脳へと流し込まれたことにより、ヘルムートの表情がこれでもかと言うほど歪む。


「化物めが……ッ!」


 苦痛に耐えながら、膝を付いていた体に鞭打って起こし、転がっていた戦斧を握り直す。

 自由に動けるかはわからない。しかし本来のポテンシャルは、このままでは確実に発揮できないだろう。

 予想外な事に、ヘルムートにはこの戦いに『勝ち』を見出すことができなかった。

 実力が拮抗している。そう思ったのではない。


「これは、俺の手には負えん」


 冷や汗交じりに、ヘルムートはそう吐き捨てた。

 生涯で二度目の言葉。

 もう一度二分の口から出るとは、想像もできなかった。それほどに、アレは不味い存在であった。

 自分に代わってヴァルハラを潰すだけでなく、下手すればこの大陸さえ焦土に変えかねない。

 それだけは、許さない。

 関係のない者は極力巻き込まない。それがヘルムートの正義であり、方針である。

 テロですでに罪もない一般市民が大量に死んでいたにも関わらず、皮肉にもヘルムートは昔を思い出してしまった。復讐に限っては、正義など捨てると決めていたはずだ。

 彼はそう自分に問いかけた。

 だが、見過ごすわけにはいかない。

 本能がそう言っているのだ。これを、野に放ってはいけないと。


「行くぞォッ!!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 たった一歩でヘルムートは結城の一歩手前まで肉薄。

 ボコン、と大きく膨れ上がった丸太の様な右腕により戦斧は振りおろされた。結城はそれに反応し、黒い腕を掲げて防御。グチャッ、とめり込み黒い液体が飛び散るが、致命打と言うほどでもなかった。

 結城の反撃。

 黒い腕からもう一本腕が生え・・・・・・・・、鋭い大刀へと変形すると即座にヘルムートの右腕を切り落とそうとする。だが、ヘルムートはそれを直感で見切り、左腕で予め構えていたもう一つの戦斧を振り――――生えた黒い腕を切断した。今度は比較的細く脆かったためかアッサリ切断され、切断された腕は宙を舞い、傷口からは黒い液体が噴き出した。


「ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「手は、抜かんぞォおおおッ!!」


 怯んで隙ができたのをヘルムートは見逃さず、体をひねり戦斧を一旦黒い腕から離して遠心力を加えながらもう一度攻撃。今度は二つ同時攻撃。喰らえば防御をとしてもただでは済まない。

 その凶刃が結城の頭部へと迫る。

 いくらこんな姿になっていたとしても、脳は弱点であることに変わりはないはずだ。つまり脳を潰せば、勝てる。

 しかしヘルムートの戦斧は両方共空振る。


「何!?」


 視界から一瞬で消えた結城がどこにいるか、一秒のみだがヘルムートは認識できなかった。

 彼が居た地面を見下ろし、異様に凹んでいたその場所を見てすぐさま空を見上げる。

 結城は、黒い腕からもう一本腕を生やしていた。ヘルムートに見えないよう作り上げたそれを地面に叩き付け――――高速の跳躍をしていたのだ。

 一手先を読まれていたことに気付き、ヘルムートは唇を噛む。そして同時に左の戦斧を全力投擲。音速を軽く凌駕し、銃弾の初速顔負けで投げられたそれは空中でアクロバティックに回転をしていた結城へと迫る。


「ギィギギャガガアアアアアア!!!」


 奇声を上げながら、結城はその戦斧を躱した。

 空中で空気を叩き真横に加速することで。その化物のような神業を実現しながら、その方法を利用して結城は地面にいるヘルムートへと加速。今度は数十もの腕を生やし、全てを鋭利な刃物の様にしてそれを職種の様にして伸ばし、攻撃。

 面を制圧するような攻撃に回避はできない。しかも先程得物の片方を投擲してしまったがために、ヘルムートはおそらく劣勢を強いられる。



「――――と思ったか?」



 ヘルムートは左腕を引く動作をした。すると蜘蛛の糸ほど細い糸が薄く色を出し始めた。

 空高く伸びているそれが、何処に繋がっているかは明白だった。

 投げられた速度とほぼ同じ速度で、戦斧は落下。

 結城の脇腹を抉りながら空気を裂いて、掴んだ際に爆音を鳴らしてヘルムートの手へと戻ってくる。


「ッ――――ハァッ!!」


 動きが止まった結城に向かって、ヘルムートは全力の跳躍。足裏で空気を爆発させながら、結城に迫り――――その太い脚を鳩尾へと入れる。

 身体をくの字に負った結城は黒い液体を血の代わりに吐き、吹き飛ばされる。

 しかしヘルムートはそれを許さなかった。吹っ飛ぶ結城の足首を掴み、勢いを殺す。

 そのまま自分の方へと引っ張ると、ヘルムートは結城より上に出る。

 空気を蹴り体を回転。


 ――――空中回転踵落としを、結城の背中に叩き込んだ。


「グァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 空気の輪を生じさせながら、結城は頭から地面へと激突。

 巨大な土煙を巻き上げ、周りに罅を入らせた。

 それでもヘルムートは追撃の手を止めない。回避不可能状態の結城に――――戦斧を二つ共々全力投擲。

 当然真っ直ぐ、結城の居るであろう場所に衝突。強烈な爆音が二回響き、更なる土煙を巻き上げて地面に入っていた罅が大きく広がった。

 無難に着地を成功させたヘルムートは、地震の作ったクレーターに近付き軽く腕を振る。

 すると風が巻き起こり、土煙を掃う。

 その奥には、左腕の義手を戦斧により切断され、もう一つの戦斧が背中に深々と刺さっていた結城の姿があった。気を失っているのか、ピクリとも動かない。


「……やったか?」


 一秒の間もなく、結城の右腕が膨張と増殖を開始。

 触手のように伸びた腕が何十本も束になりヘルムートへと突撃した。


「ぐっ!!」


 武器を失った状態でまともに迎撃できるはずもなく、ヘルムートは回避を決行。

 横に転がりこちらに向かってきた腕の群を避け、先読みして襲ってきた数本の腕を拳や蹴りではじく。

 その度に胸の傷が疼き、さらに触れた個所もじわじわと侵されていくのが感じ取れた。


「セィアァッ!!」


 不利な状況を打開すべく、ヘルムートは拳で空気た叩き拳圧を撃ちこんだ。

 空気の壁が高速で放たれて迫りくる黒い腕は透明な壁に阻まれたように弾かれ、さらに空気の壁に押されてどこかへと吹き飛んだ。

 ぞくっ、とヘルムートの背筋が冷たくなる。

 同時に両足が異様な痛覚を放っていた。


「まさかッ!」


 予想通り、地面を掘り進んできたであろう黒い腕が両足首を鷲掴みにしていた。

 捕まれた肌から痣がじわっと広がるのが見える。

 このままでは食われると体が訴えてくる。その要望に応えてヘルムートは震脚をし、地面ごとその腕を破壊した。


(厄介な奴だ――――がっ!!)


 ドスッ、と胸から何か黒い物体が生える。

 何をされたのかは直ぐに理解した。ヘルムートは現実を受け入れない奴の様な馬鹿ではなかった。

 故に、戦慄し恐怖した。

 自分に気付かれず、真後ろにまで迫るなど――――


「……つくづく、化物だな」


 ゆっくりとヘルムートは振り向いた。

 右目、いや顔右半分が消滅している結城の姿がそこにあった。巨大な大刀に変形した右腕はヘルムートの胸へと続いており、その表面は黒い血管が脈を打って走っていた。

 無音で胸から腕が抜かれる。

 黒い絵の具が混じったような、赤黒い血液た噴き出す。

 心臓は辛うじて外れている。ならばヘルムート自前の高速自己再生で修復されるだろうが、その前にとどめをさされるのが落ちだろう。

 血を一気に失ってしまった彼は片膝を付いた。

 顔からは脂汗が滲み出ており、子供でも彼が危機に陥っていることがわかると言うほど青ざめていた。


「いやはや…………なんだ、貴様は。――――何故、ここに居る」

「……ァアアァァア」

「……………く、はっ……この、災害め、が」


 結城の右腕が振り上げられた。

 このまま振り下ろされれば、ヘルムートは間違いなく死ぬだろう。

 そうすれば、結城は元に戻る――――だろうか。

 理性を失ったのならば、死んだと言う事実に……いや、復讐の対象の見分けすらつかないのではないか。

 万が一そうであったとしたら、殺人鬼が甘く見えるほどの虐殺者が生まれる。間違いなく。

 それをヘルムートは止められない。

 彼は強者だった。

 同時に――――ただの、人間であった。

 ただ武術を極めただけの。人間。

 故に、結城を止められる道理は――――存在しなかった。




 腕が、振り下ろされる。




「ギャぁぃっ!!!」


 結城の頭部に、何かが高速で飛来し命中した。

 かなり強烈な一撃だったのか、結城は大きくよろめいた。

 八つ当たりとしてか、右腕が降られてその風圧でヘルムートははるか遠くへと吹き飛ばされてしまう。


「くはっ!」

「アアアアアッ!! ガァァァアアア!!!!」


 右腕から生えた別の腕が、地面に転がっている自分の頭部に衝突した物体を掴み上げる。

 それは、拉げた弾丸だった。大きさからみて対物用とみていいだろう。

 ヘルムートはその射線から犯人の居るであろう方角へと視線を向けた。

 クレーターの上で巨大なライフルを掲げてこちらを見下ろしていたのは、紺色の髪の少年。体中に包帯を巻いたヴィルヘルムだった。

 撃った反動で体が痛むのか、泣き顔で彼は姿を見せた。


「いってぇぇぇぇっ…………! マジでいてェッ!!」

「だから無視しないでって言ったのに……」

「だっ、大丈夫だ。……親友がこんなことになっているのに、寝ていられるかっつーの」


 空から降った黄色い閃光。それが結城に正面からぶつかり、結城を大きく吹き飛ばした。

 その閃光は再度結城に迫ると、またもや『拳』で彼を空へと飛ばす。

 立っていたのは、ジョン・アーバレスト。雷を纏い、高速で駆け付けた結城の仲間であった。


「――――そうだな。状況はあまり呑み込めていないが、これはまずそうだ」


 空へと放り出された結城は態勢を整えようとした。

 瞬間空から現れた炎の大蛇が彼を飲み込み、雨の如く降る水の槍が刺さり、爆発。

 そして止めとばかりに入れられた背中から炎の翼を生やしたルージュによる跳び蹴りにより、結城は音速で地面と激突した。

 太陽に代わって空を照らすルージュ。呆れたように地面にめり込んでいる結城を見下ろす。

 また、後から大量の水玉に乗っているリザもまた、残念そうな顔でどこからか現れた。


「全く……元凶を苦労して封印したっていうのに、自分から力を持ってくるって。あなた馬鹿? ……まぁ、無理はないかも知れないけど」

「まさかダーリンの中にあんな、なんな――――どこの馬の骨とも知らない奴がっ! ダーリンの中に入るのは私が先だったはずなのにぃぃぃっ!!」

「少しは空気読んでくれるこのクソビッチ!?」


 重くなっていた空気を問答無用にブレイクしたリザをよそに、結城の背中から突如生えてきた・・・・・少年が、拳を結城に叩き込み飛び上がる。

 空中で裸だった自分の体を豪華そうなローブで包み、地表の一部が剥がして空中に足場を作ると、少年――――サルヴィタールはいつの間にか作っていた眼鏡をグイッと押し上げてダルそうな顔でため息をついた。


「あー……超しんどかった」

「苦労したようね。土ヤロー」

「だまれババァ。まったく、いきなり黒い泥に閉じ込められるとは思わなかったよ。全力で脱出して、肉体ができたのは何よりだけど…………面倒なことに人間の頃の肉体を再現しやがって」


 忌々し気にサルヴィタールは剥がした地面から槌を作る。

 空中にいた三人を迎撃せんと結城は右手を空に向ける。だがそれは行われなかった。

 飛んできたナイフが方に刺さり、爆発。さらに千本近い光の矢が結城を襲い、次々に爆発して地面を穴凹だらけにする。

 最後に圧縮された空気が地面ごと結城を吹き飛ばし、結城は何回転もしながらクレーターにできていた垂直に近い部分に叩き付けられた。

 駄目押しとばかりに金色のドラゴンブレスも叩き付けられる。


「ったく、さらに面倒な奴になりやがってこの野郎…………止める俺たちの身にもなりやがれ」

「ホントそれよね。ま、変わっていないってことの表明だから、安心したけど」

「えーと……リース、ごめん」

「グルルルロロロロロ…………」


 裸足になり、足の指でナイフを挟んだ綾斗。

 MPエリクサーの入っていたであろう瓶を口にくわえた紗雪。

 細剣の切っ先を向けたリーシャ。

 応急手当は受けた者の、まだ重傷を負った身であるセリア。

 三人と一匹は暴走している結城を止めるため、無理に戦おうとした。この身などどうでもいい。そう思っているかのように。ただ感情に揺らされて。

 仲間全員に囲まれ、それぞれから選別をもらってもなお結城は正気を取り戻さなかった。

 取り戻したくなかった。


「あ、ぉあっ、アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 右腕が膨れ上がる。

 グジュグジュとグロテスクな音を立てて、黒い液体が滲み出ていく。

 痛みを伴うのか結城は苦しみ出し、それに反比例する我の如く黒い液体はどんどん溢れ出ていく。

 結城の右腕に巨大な槍が突き刺さる。騎馬槍ランスと呼ばれるそれは、結城の右腕を地面へと深く固定した。飛んできた方角には、体をボロボロにしている十代前半の少年が。


「今ですレヴィ! ティラシスさん!」

「わかっているわよ!!」

「……了承、した」


 合図とともに現れるレヴィとティラシス。

 それぞれがボロ雑巾同然の得物を掲げて、結城の右腕を断たんと奥義を以て襲い掛かる。


「『冥界神の嘆き声ハデス・オブ・グリーフヴォイズ』!!」

「『水神殺し・八首断ちの断頭剣』」


 死神の如く振るわれる大鎌の一撃と、ただ『断つ』ことだけに特化した八連撃が結城の右腕に叩き込まれる。だがその攻撃らは右腕を断つことにかなわず、ただ無駄に黒い液体を飛び散らせただけだった。

 攻撃が効かなかったことにレヴィは歯噛みし、ティラシスと共に後退。槍もこのままでは奪われると感じたハインも自身の手に槍を呼び戻し、固定を解除した。


「くそっ……後ろにいるあの筋肉が武器をボロボロにさえしなければ……」

「過ぎたことを、いつまでも……引きず、るな」

「わかってるわよ!!」

「これは、不味いです?」

「見ればわかるでしょう!?」


 遠くで大の字に倒れているヘルムートを一瞥しながら、レヴィは苛立ったように喚く。

 ティラシスは冷静を装いながらも、殆どの刃が欠けてしまった自分の大剣を一層強く握りしめ、槍の一部が溶けているのを見たハインは悔しそうに顔を顰める。


「……ティラシス?」

「…………『雷神トール』、か。引退、した……と、聞いた、が」

「現役に戻ったんだよ。ついさっき。それより協力してくれるのか? ……にしては随分ボロボロだが」

「気にす、るな。目の前の、あの小童……に、集中、しろ」

「……国の安全のために一時的にだけど、騎士団も協力するわ」

「本当なら後ろで無様に重傷を負っている男を倒すべきでしょうけど」


 ジョンは少しだけ違和感を覚えたが、特に気にせず倒れている結城の方を向いた。

 黒い右腕。アレが暴走の原因を作っている。

 それが飛び散らせている黒い液体もまた、触れたらただで済むものではないだろう。と言うy祖奥は全員感じ取っている。それほどに不味い圧気を放っていた。

 それでも、皆逃げはしなかった。

 ある者は友を救うため。

 ある者は仲間を取り戻すため。

 ある者は祖国を守るため。

 色々な理由があるにせよ、彼らが結城を助けようとしている事実には変わりなかった。

 少しだが、暴走していた結城の動きが鈍くなった。

 頭部の右半分が欠け、義手と言えど左腕を失い、全身を穴凹だらけにすれば弱体化もする。

 それでも彼から放たれる怖気は揺るがなかった。


「ア、ぁ…………く、ソ……が……………」


 震える口で結城はそう呟き、左目だけが閉じられた。

 代わりに右目は大きく見開かれ、口角が気持ち悪いほど上に持っていかれる。


「ア、アハハハハハハハハッ!! アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!!」


 悪魔のような笑い声が響く。

 誰も動かない。

 気持ち悪い笑みを止めずに、結城は――――いや、憑き物は大剣を振った。

 それが鐘となり、皆は動き出した。

 今宵最後の戦いは始まり――――――――日が昇る頃にようやく音は止まるのであった。



 その日、ヴァルハラは首都の五割の内四割が半壊、残り一割は全壊。

 死亡者及び行方不明者は、民間人で約十六万人。騎士及び兵士の類は十八万人にも達していた。

 この事件は『亡国の爪痕』という名称で、過去最大規模のテロ事件として語り継がれることとなった。

 また、この事件後首都の機能は大半が麻痺。

 エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンの行ったであろう同盟会談も、結果罠として高速飛行船が襲撃に会い、撃退に成功したものの会談自体は失敗に終わる。

 神歴3689年、六月二十七日・および二十八日。

 この日はヴァルハラにとって最悪の二日と、不本意ながらも記されることになってしまった。





……真っ白に、燃え尽きたぜ……(やる気が)

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