第五十五話・『意思の継承』
夏休みが、終わる……だと。
幻覚か? 幻覚だろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!! いやだぁぁぁあ!!俺は……学校に行きたくないぃぃぃいいいいい!!(ヘル○イザーボイズ)
一体どういうことだ。
先程城内にやっと侵入することができたエドヴァルドは、何度もその言葉を思い浮かべる。
『ドアブレイカー』を使い、城壁に穴を開け入ることができた。それはいい。そして自分たちを排除しにきた衛兵、騎士、守護騎士、全て殺害し殲滅した。それもいい。
だが、敵を殲滅完了した直後、『雷』が降り自分以外の味方を全てひき肉にした。
今はそれから約数秒。
エドヴァルドは虚ろな目で目の間に現れた『新たな脅威』を見る。
筋肉質で三十代ほどと思わしきゴツイ顔。武器は持ってない上に上半身裸。その表面は電流がぱちぱちと走り、鳴っていた。
それだけで自分と同じ『固有魔法』所持者だと理解する。
しかも、同一同系統の魔法だ。
寄りにもよって。
「……間に合わなかったか」
筋肉質の男は前かがみだった体を起こし、その二メートル近い巨体を見せつけるように直立する。
彼は周りの兵士や騎士の死体を見て、一瞬だけ顔を歪めた。
直ぐにエドヴァルドの方へと視線を向け、確かなる殺気を出してくる。
「お前の仕業か」
「そうだと言ったら」
「どうしてこんな事をした」
「それを言ったら見逃すのか? ……言う義理は無い」
「先代国王か」
「…………ハッ」
彼の体にはエドヴァルドと同じ痣――――老化抑制剤を摂取した際に発言する赤黒い斑点は無かった。
それを見て、エドヴァルドは自分の胸の中からどす黒いっ先が満ち溢れてくるのを感じる。
「ハーッハッハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ふざけるなよデカブツ。何知ったような口をきいてやがる? 戦乱の時代に生まれてもいないお前如きが!!」
「……反論はできないな」
「なら退け。俺がこの国を壊す」
「それはできない」
大男はそう、静かに、はっきりと告げた。
壁のように立ちはだかりながら、エドヴァルドの殺気に対し答えるように威圧を放ってくる。
「お前は、この国を壊した後のことは考えているのか?」
「はっ……そりゃ、国際的な貿易拠点にもなっているこのヴァルハラが崩壊すれば、物価上昇、社会混乱、難民の増大、領地関係での戦争、貧困、他大陸への飛び火、上げたらきりがない」
「わかっていてやっているなら、尚更たちが悪い」
「知っているよ。この行動に意味なんてない。もう無いんだ………! だがな、故郷を失った人の思いは何処に行くんだ。両親を失い、妻を失い、我が子を失った人は一体どうすればいい。……こうするしかないだろッ!! あの糞野郎が死んで俺たちの怒りは何処にも向けられなくなった! あとはもう『ヴァルハラ』しかないんだよ!!」
「じゃあ、この国が崩壊し家族を失う人が出てきたら、お前らはどうするつもりだ」
「咎は受けるさ。必ずな……だがこの国だけは後世に残してはいけない」
「この国は変わった」
「それで罪が消えるのか!? 違うだろッ!!」
「それでも償えるはずだ! 償っているはずだ!! 何故をそれを見ようとしない!?」
「時間がいくら経っても『罪』は消えないんだよ……! そうだ、償えるわけがない…………俺の父と母を殺しただけでなく、妻と娘を殺した罪は、決して消えやしない……ッ!」
憎悪の眼差しのまま、エドヴァルドは片刃剣を抜いた。
苦い顔をし、大男――――ジョン・アーバレストもまた拳を構える。
「俺はどういわれようとも改心するつもりはない。語るなら、得物で語れ」
「……お前の気持ちはよくわかる。妻を失った気持ちは、痛いほどよくわかる」
「……………」
「だがお前のやり方だけは絶対に認めない。暴力で、何もかも解決すると思うなよ……!!」
「上等だ筋肉ダルマ……!!」
親指を噛み千切り、エドヴァルドは刀身に滲み出す血を塗る。
同時にジョンもまた、全身から放電を開始する。
雷神と雷霆神が相対する。
二人間に強烈な雷撃が飛び散る。周囲は問答無用で危険地帯へと変質し、近づくものを大電流を流し込み焼殺する残虐の領域と化す。
だが二人はそれぞれの領域に入っても何も変わらない。
同じ属性を持つ者同士だからだろうか。
ならば相性という概念は潰れた。
後は――――個人の実力差が勝負を分かつ。
「法の雷撃」
「芯禅鏡砕・雷迦万華鏡」
雷の数倍もの斬撃と、雷を砕く一撃が放たれる。
光る斬撃はまっすぐジョンへと向かう。対してジョンの放った技もまた――――雷撃の乗った大型衝撃波として、荷電粒子砲の様に輝きながら飛ぶ。
衝突した瞬間、極大エネルギーが互いに真正面からぶつかり合ったことで強力な衝撃波がまき散らされる。周囲に生き物が居たら、まず吹き飛ばされていたであろう衝撃の中を二人は無理やり踏ん張り地面をあぐりながら後退するだけで抑え込む。
一瞬で相手の力量を把握したジョンは地面に深く自分の足を埋めると――――大爆発を起こしながら超速で飛翔した。目標は当然エドヴァルド。
その圧倒的な速度と迫力により身震いと怯みが同時に襲い掛かり、エドヴァルドはその場で硬直してしまう。その後に訪れた彼への攻撃は、そのせいで強烈な物へと変わった。
「真髄爆掌・招雷弾!!」
「ご――――がぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
鳩尾に極大の一撃を入れられたエドヴァルドは吐血しながら、衝突してきたジョンと共に後ろへと飛ぶ。
そのまますっぽりと城壁に空いた小さな穴を通り、エドヴァルドはその瞬間ジョンが何をしようとしているのかを理解した。
最速の反応で手を横に広げ、穴の側面を抑える。摩擦熱で皮膚が焼けこげ痛覚が脳を刺すが、それでも速度を殺すことができた。今度はエドヴァルドが反撃へ移る番だった。
「『雷属性・付与』――――!!」
「ぐぉおおおおっ…………!」
閉鎖的空間での乱舞攻撃。避けられるスペースなどありはしない。それに比例し、剣を振れる余裕もありはしないはずだ。だがエドヴァルドは天性の感覚と空間認識能力、止めに培った経験を使い腰をひねり、足運びを正確に繊細にとぎあげることでそれを可能にした。
片刃剣が掠るごとに、ジョンの身体へと電流が流れ動きを鈍くしていく。普通なら一瞬で市域が消し飛ぶ代物に対して、動きが鈍くなっているだけで済んだのは幸運と言えるだろう。彼が当たりそうな箇所に予め相殺ようの高電圧を流しているのも原因の一つであるが。
ジョンは技術を、エドヴァルドは経験を使い互いの実力の差を埋め続けている。
戦いの中で技を磨き、相手の動きを読み経験を積み上げ、もはや一進一退の繰り返し。一瞬だけで技術を磨き室を上げても、相手は経験によりそれを読み受け流し反撃に対しまた技で受け――――そんな循環に陥ってしまう。
これではどちらかが倒れるまで延々とその繰り返しだ。
当然連戦中のエドヴァルドの方が分が悪かった。HPやMPも、今はまだジョンの方が上を行っているだろう。それを不味いと感じたエドヴァルドは賭けに出た。
「フッ!!」
気合を入れてハイキック。しかし彼のけりはあまりいいものとはいえるものではなく、素人が力任せに繰り出した荒削りな技としか評価できなかった。だが彼の目的は蹴りを当てることではない。
格闘技の達人でもあるジョンはそのハイキックを軽く受け止め、逃がすものかとその足を掴んだ。
「狙い通り!」
「何!?」
エドヴァルドはそのまま足を地面から両方とも離す。ジョンが片足を掴んでいるせいで、落下したりはしない。反射的に手を離してしまうジョンだったが、それが裏目に出てしまった。
靴裏のゴムの踵部分の間から小さなダガーが飛び出す。いざというときの仕込み武器だ。エドヴァルドはそれに強烈な電流を流すと、空中でアクロバティックに回転するとジョンの手首にそれを突き刺す。
「がぁぁぁぁぁああああああああっ!!!」
高電圧が体内に直接流されたことにより、ジョンは動きが完全に止まる。
この機を逃すまいとエドヴァルドはジョンの手首を蹴り回転――――その勢いを切らさず顔面に回し蹴りをぶちかまし、狭い穴から放り出す。
「よ――――しっ!?!」
だが一つ誤算があった。
吹き飛ばされるとき、ジョンはエドヴァルドの足首を密かに掴んでいた。硬直が比較的早期に解けてしまったのだろう。そう、誤算はエドヴァルドが『普通の人間と同じ効力』の時間で判断してしまったこと。
同系統の『固有魔法』持ちと戦うのが初めてとはいえ、盲点であったことをエドヴァルドは「くそっ」と小さく呟いた。
「おおおおおおおおおおらぁぁああああああ!!!」
棒でも振るかのようにジョンはエドヴァルドの足を振り――――彼を地面に叩き付けた。
その際に起きた反作用を利用しジョンは空中で華麗に回転し着地。それでも油断せずエドヴァルドに殴りかかろうとする。
そこでエドヴァルドは速攻の速度で飛び上がり、右手で銃の形を作りその人差し指をジョンに向けた。
「雷撃!!」
「黄華弁!!」
一筋の雷撃と拡散して面を強打する一撃がぶつかる。
雷撃は衝撃波を裂いてジョンの左肩を貫き、拡散されて殺し切れなかった衝撃波はエドヴァルドの全身を叩く。ジョンは怯みはしたが、それでも足を動かした。
エドヴァルドは、全身に一度にダメージを受けたことから動きたくとも動けない状態に陥った。
ここが勝負の分かれ目だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
ジョンはもう一度地面を蹴って再加速。さらに最後の駄目を師として片足を埋め込んでの、大爆発が起こるほどの脚力で再々加速。音速の弾丸となったジョンは、エドヴァルドへ接近すると同時に重い拳を突き出した。超ヘヴィー級の一撃が、エドヴァルドの鳩尾へとまたもや突き刺さる。
「緋黄・轟雷錬撃ぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!!」
「ぐ、ごぼぁ………ぁ、ああぁああああああああああああああ!!!!」
あばら骨が砕ける音が何回もする。
もう一度、あの穴へと入り、今度こそ二人は障壁の外へと放り出された。
油断はしない。
ジョンは、すでに奥義を叩き込む準備ができていた。
何をするか、ほぼ勘で全てを理解してしまったエドヴァルドは大量の血を吐きながら顔を真っ青にする。
「『固有魔法・解放奥義』――――」
「ぐぅぅぅぁぁああああああああッッ!! 『固有魔法・解放奥義』ゥゥゥッ!!」
鍵言の発声と同時に、二人の身体は黄色の光に包まれた。
言葉通り、最後の一撃を放つ兆候だ。
躱されれば終わり――――だがこの至近距離、しかも空中で回避不可能の環境ではその危険性は皆無。
遠慮なく全力を放てる。
元々『電気』系統の『固有魔法』は、かなり有り触れたものである。と言うのも『比較的多い』だけであり、その数は百名無いのだが。それでもジョンの『雷神』とエドヴァルドの『雷霆』は似通っているだけでなく出力もほぼ同等と言える。さらに言えば、同系統の『固有魔法』の中でも最上位の破壊力と出力を有することも。
つまりこの二人は実力差はレベルを除けば総合的にほぼ同じと言える。
相性と言う物が取り払われた以上、結果を決めるのは互いの忍耐力のみだ。
大切な者を失い復讐のために闘い続ける者。
大切な者を失い折れてもなおもう一度立ち上がった者。
どちらが勝つのかは、その要素がある限り確定的であった。
人は誰かを護るときに、強くなれるのだから。
「失い、一度は逃げた俺が言えることではない。だがな――――」
人はそこまで強くは無い。家族を失い、すぐに立ち直れるようには造られていない。
だがそれでも、
「それでも、復讐で誰かが報われるなんてこと――――あり得るはずがないだろッ!!!!」
「ッッッッ!!」
エドヴァルドの動きが、揺れた。
…………彼が躊躇した時点で、もはや勝負は確定的なものになってしまった。
「これでも受けてッ…………頭を冷やしやがれええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
放たれる一撃。
空が啼いた。
雷光が雲を割る。
「『穿つは荘厳なる神槌・放て蒼穹割りし一撃』ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「『法の雷撃・反逆せよ我が理』ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
九つの神槌が一つの集まったものが、反逆の意思が具現化したどこまでも伸び続ける憎悪の一閃が同時に放たれた。
空と雲を割る一撃同士が至近距離で、ただ真っ直ぐに衝突した。
普通ならあり得ないほどの光と音、衝撃が広がり地面が、空が、空間が歪み、震える。
その光景を見た者は、この現象をどうとらえただろうか。
暗い空の中強く光る何かか。
それとも悲劇の中に咲く一輪の花か。
自身の負けを確信したエドヴァルドは、何も言わずに目を伏せた。自分は、失敗したのだ。
間違ったのだ、と。
「……ハハハッ、全部、間違えたのか。俺は」
「…………いや、違う」
閃光の中、ジョンは言う。
「確かにお前は間違った。だが、お前は俺達に『事実』を伝えてくれた」
「…………」
「それだけは間違っちゃいない。お前は確かに残してくれたんだ。『真実』を。この国の『闇』を」
「………………………」
ぶつかり合っていた雷撃の一方が、弱まり始める。
エドヴァルドの身体が、精神が、限界を迎えようとしている。
無理に薬物を摂取し、全盛期の体を維持し続けた彼ももう限界だった。彼はあまりにも重い物を背負い、長く生き過ぎたのだ。自分を何年も、何十年も戒めながら生き続けた彼の精神はとうに寿命を迎えていた。
「俺は、残せたのか。間違いを、伝えられたのか……………………そうか、そうだったのか」
徐々に、エドヴァルドの皮膚が干からび始める。
少しずつ、年を取るように彼の身体はやつれ始めた。
それでも彼は、絶望はしなかった。
固まった顔を少しだけ解し――――笑顔を作った。
「そうか………………なら、よかった」
「……ああ。後は、任せろ」
「ふ、はははは…………っ。本当に…………最後に、合えた……のが、お前で……本当に、よかった」
声も、枯れていく。
目から光が消え始めた。
彼を護っていた電撃が消え――――ジョンの拳がエドヴァルドの胸を貫いた。
血は出なかった。
「任せ、た…………ぞ…………………………」
「……………………ああ、任された」
勢いが少しずつなくなり始め、やがてジョンは干からびた死体を抱えたまま地面を滑り着地。
頭髪が白くなり、生気が全く感じられなくなったエドヴァルドの亡骸を哀しげな表情で見つめ、胸に刺さった拳を優しく抜き、地面に置いた。
「……こんな事は、もう繰り返してはいけない」
ジョンは静かに拳を握りしめた。
後ろの城壁を睨む。だがそこにはもう『元凶』はいない。
目を伏せ、反対側を向いた。
まだこの騒ぎは終わっていない。
終わらせねばならない。彼の意思を無駄にしないためにも。
――――――
機銃斧を振るい、相手の急所を的確に当てるような繊細な足運びや重心移動を限界まで酷使し、ファールは目の前の強大な敵を倒すため約十分も延々と『空振り』をしていた。
何故当たらない、動きが読まれているのか。
そんなことを思いつつ、文句も言わずに呼吸を整えながら武器を振る。
魔法も碌に使えない身、今自分ができることはこうして時間を稼ぐくらいだ。
「最低限の技術はあるようだ。だがしかし――――」
ヘルムートが戦斧を腰のホルダーにしまう。
戦う気がなくなったのか、とファールは激昂しかけたが――――
「――――まるで能力と才気が足りん」
強烈な回し蹴りにより思考ごとファールは吹き飛ばされた。
めくれた石床に激突死、蜘蛛の巣状のひびを入れながら壁にめり込む。
「ごっは…………!」
「本当に貴様獣人か? まるでそこらの餓鬼だ。何か制約をつけている様子もない」
「ぐ、が……あ、っ」
「まさか双子でも…………そうか、片割れに力を吸われたか。それなら追放された理由もわかるな」
「る、せぇ………ッ!!」
剥がれ落ち、地面に伸びたファールは全身に鞭打ち細かな傷から出血が続こうとも立ち上がろうとした。
筋肉が軋む。骨が折れそうなほど悲鳴を上げる。血はもう気絶寸前にまで流れ出ている。
「お前が……私を語るなっ…………何も知らないお前如きが……!」
「威勢はいい。だが、実力が足りない」
「知るか。そんなもの、技術で埋めれば――――」
「番狂わせができると?」
「……………」
ファールは正直に言って、勝利など端から目指していなかった。
力、技、経験。全てにおいて『桁が違う』この化物に一瞬でも勝とうと思った自分が、実に愚かに思えた。
こいつは人間じゃない。
人間が、いや生物がたどり着ける限界点を突破した上にある限界点に達している正真正銘の『怪物』だ。
そんな奴を倒せるのは同格の阿呆かどんな防御をも貫通する聖剣か魔剣しかありえない。
当然聖剣や魔剣など大層なものなど持っていないし、実力差は絶望を通り越している。
それでもファールは、なぜ立ち上がろうとしているのだろうか。
それは彼女自身にもわからなかった。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「聞いてどうする」
「単なる俺の興味だ」
「……ファール・エゼトリエド」
「そうか。ならば俺も名乗ろう。ヘルムート・ケッツァ=アインゲーブング。呼び捨てで構わん」
「呼ばねぇよダボが」
震える両足で立ち上がり、精いっぱいの強がりとして血混じりの痰を吐き出すファール。
その生意気さにヘルムートは何を思ったのか、愉快愉快と笑顔になる。
「俺を前にしてそんな態度でいられたのはお前で三人目だ」
「……三人?」
「一人目はエヴァンのクソジジイ。二人目は『獣王』レオニード・レックス・クロスフォード」
「…………チッ」
「そして三人目はお前だ。『外れた者』」
「私の名前を皮肉と呼ぶか、糞野郎が」
禁句を重ね重ね言われたことで、頭に血が上る。
しかしもう血も少ないので、意識も朦朧とするばかり。彼女ははっきり言えば意識を保っているのが可笑しい領域の中にある。戦闘継続は、常識的に考えて不可能以外にあり得ない。
しかしファールはそれを踏み倒して戦い続けていた。
ヘルムートはそれを感じ取って『愉快』と思っているのだろうか。
「先程の一撃を喰らい、意識が残っていたのは見事だったとしか言いようがないな。どうやってその出血で意識を保っていられる」
「はっ…………正直、今にも切れそうだよ。でも、なんでかね……眠れないんだわ。このままじゃ」
機銃斧を杖代わりにして、ファールは姿勢を正した。
地に濡れた赤い瞳を、ゆっくりとヘルムートへと向ける。
「このまま逝っちまったら、成仏もできやしねぇよ。ああ、ホントに。……まだ、私は何も成し遂げちゃいないんだ」
「何をだ」
「アンタの言った『獣王』をぶち殺すまでは、死んでも死にきれねぇよ」
「…………父親か?」
「それが何か問題か? ああそうだよ。強姦した挙句勝手に産ませて勝手に叩き出した奴外道鬼畜糞親父の娘だよ私は。はははは、おっかしーな。マジで死にそうなのに死ねない。……これが心の力ってやつか?」
「『獣王』の血を継いでなお、その様か」
「悪かったな筋肉化物。私が弱くて。けどしょうがないだろ、そう生まれちまったんだから。文句を言っても、何も変わりゃしねぇよ」
「確かにな。貴様の言う通りだ」
悲壮を秘めた顔のまま、ファールは小さく呟き続ける。
戦闘はもうできない。ならば、言葉で時間を稼ぐほかない。援軍が到着するまで。
「けど……それでも、この身で強くなれないか私は必死に努力した」
燃え上がる。
彼女の中で何かが、動き出す。
圧倒的な敵を前にして、何かが蠢き出した。
それはまだ自覚できない。
「技を磨いた。技術を取り入れた。武器も工夫した。戦術を独自に練り上げた。地形を利用する戦い方もしたことはある。どんな手だってつくした。毒も、薬物も、すべて使った」
目から、赤い物が流れ出てくる。
血の涙だ。
体が限界を迎え、細胞が一部崩壊し始めているのだろう。
「けど駄目だった。どうやっても、あの野郎は倒せなかった。決定的に何か差があったからだ」
「血の濃さか?」
「違う。あいつに有って私に無い物……残虐性だった。私は同胞を殺せなかった。だけどあの野郎は平気で処刑をする。自分の手で。いつもいつも躊躇してしまう私と違って。殺さず無力化することだけを考えていた私は、負けて当然だった」
歯を強く食いしばる。
少しずつ、ファールは顔を上げて空を見る。
赤い。
とても赤い。
心臓が高鳴る。
「そうだ……私は、それを可能にするためにここに来た」
「…………」
「ずっと忘れていた。何もかも、全部。そうだよ、なんぜ忘れてたんだ。こんな単純な事を…………」
体に違和感ができていくのを自覚したファールは、己の左手を見た。
いつもとは違う、獣の腕だった。人間の腕に狼の体毛が生え、爪が太く強靭になったその姿は、不思議と可笑しさは感じられなかった。
そうだ。
こんな姿になるべきだったんだ。
ファールは笑った。今までしたことも無いような笑顔が自然と出来上がっていくのを感じる。
「獣人にとって、残虐性は『本能』」
パギ、パギ、と骨格が変形していくのがわかる。
それはやがて左腕だけでなく、全身に広がる。
全身くまなく変わる。
より凶悪で、凶暴な姿へと。
「『理性』は足枷。ならば――――いらナぃよナァ…………足かセ、なんて…………!」
感情を解放しろ。
抑えるな。
暴力を振るうには理性など必要ない。
本能のままに暴虐の限りを尽くせ。
それが『獣王』が言う集落の掟だった。その意味を、ファールはようやく理解した。
「理性アる化物はイラナい。狩りに必要ナのは…………『力』、だケ…………っハ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
グシャっという、音が最後に、ファールは完全に理性を失った。
巨大な爪に丸太の様に太い手足。発達した強靭で柔軟な筋肉は彼女の戦闘力を二倍にも三倍にも、あるいはそれ以上に引き上げ『獣』としての本来の力を出す造りへと変貌してしまった。
何よりも変わったのは、頭部。
人間としての特徴はもう消失し――――それはもう、ただの狼の頭だった。
今彼女は、ファール・エゼトリエドは覚醒した。
本物の獣へと。
「グルゥウウウルルルルルルルル……………」
「土壇場で覚醒とは……いやはやこれだから世界は」
「アォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「面白い」
斧となった機銃斧が振り下ろされた。
――――――
「クソッ、クソッ、クソッ!!」
裸足で死体を踏みつぶしながら、そんな罵倒がルージュの口から飛び出す。
彼女は誰がどう見ても興奮状態だとわかるまで怒り心頭であり、その証拠は死体を無我夢中で踏み続けていることからも容易に想像がつくだろう。
ルージュが激怒している理由。
それは至極簡単な事だった。
テロリスト連中が無差別に、爆破物を避難所の中に投げ込んだのだ。ルージュ、およびアウローラは避難所のかなり奥の部分に避難していたため、辛うじて反応しバリアで防ぐことができた。
だが、他の民間人は、守れなかった。
上手くやれば助けられたかもしれない者たちも、見殺しにしてしまった。
アウローラの身の安全を優先すべきだ、と判断した自分の傲慢と身勝手さにより。
「なんなのよ……っ、クソがッ!!」
内臓等全て踏みつぶし、最後に頭蓋骨を割り脳をぐしゃぐしゃにし、ようやくルージュの暴走は止まった。周囲に転がるのは焼死体と体の大部分が切断された無残な死骸。藻はyあバラバラになり過ぎて転がっている手足が誰の物だったのかもわからない。
アヴァールと『炎の現身』としての力を使えば、こうもなるだろう。
そもそも元とはいえ『守護者』のルージュが、このような雑魚に後れを取る筈がない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………フンッ!!」
踏ん切りをつけるため、死体を思いっきり蹴った後ルージュは部屋の一番奥で縮こまっているアウローラへと歩み寄る。予め固く目隠しをして幻影魔法をかけていたので、恐らくこの惨状は見ていないだろう。というか、見られたら非常に不味い。
「ふ、ぇ……ルージュ、終わ、った…………?」
「終わった。終わったから。安心して、早く出ましょう」
「みんな、は?」
「もう、いっちゃった」
「……置いてかれた?」
「うん。だから早く追いかけましょう」
子供をあやすようにルージュは宥めながらそうはぐらかし、筋力に物を言わせて、アウローラの華奢な体を優しく持ち上げる。もはやここに留まるわけにはいかない。血のにおいに気付いて何時誰が襲ってくるかもわからない状況から、一刻も早く脱出せねばならない。
もう安全な場所は何処にもないのだ。
いや、『工房』に狙われている時点で安全な場所など消失したに等しい。
「あの装備…………本当に、『工房』が?」
不安げに呟くルージュに反応し、アウローラは自分を抱いているルージュの手を握る。
それによってすぐに気を整えたルージュは焼け焦げたバリケードの残りを蹴破り、外へ出る。熱で熱されているのか、非常に暑苦しくむせるような空気。二度と吸いたくない空気であった。
ルージュにとっては、あの時を思い出してしまう環境だ。
故に、最悪だ。
「あのアバズレ、消火活動やらないで何やってるのかしら……」
「失礼ですねぇ。ちゃんとやってますよ」
「うわ」
嫌な来客により、つい本音が出てしまうルージュ。その来客とはもちろんリザのことだった。
「うわってなんですか。全く」
「るっさい。それよりどういう事よ、『ちゃんとやってます』って。全然消えていないわよ」
「そりゃ、もうここには生きている人はいませんし、燃え広がる可能性も少ないですので水の無駄ですから。居るのはあなたとアウローラちゃんだけだったので」
ルージュはかつて炎を司りし者。確かにこんな火事程度から人一人程度は簡単に守れるだろう。
ある意味信頼しての行動なのか。いい加減に扱われているのかルージュはいまいちよくわからなかった。
「それより結……リース達はどうなったの。消火活動やっていたなら少しぐらいは見ているでしょう」
「ええ、まぁ。敵の大将らしき者を四人中三人削り切りましたね。えーと、暗殺者らしき人物はヴィルヘルムくんが、なんか鎖を一杯出して攻撃している奴はダーリンが、あと敵の指揮官みたいな人はジョンさんが倒しましたね」
「……事態は大体収束中、か。あいつにしちゃ上出来ね」
「それがそうでもないんですよ」
「は?」
困ったことに、リザは本当に――――これ以上ないほど深刻そうな顔を作り、最悪の事実を告げてきた。
「最後の敵ですけど、私の水分身で得られた情報を統合すると…………SSS+級脅威種ですね。あれは」
「…………笑えない冗談ね」
「冗談を言ってる顔に見えますかぁ?」
「……冗談と言ってほしかったわよそこは」
SSS――――端的に言おう。
生物が最高の才能と最高の努力を積み重ねることで達することができる極致中の極致。
EXランカーとは決定的な差があるが、それでも国一つを単独で丸ごと潰せる、誰がどう言おうとも『化物』であることが確定する最悪一歩手前の等級である。
それが、自分たちの近くにいる。
軍隊と渡り合える『守護者』でも、最高評価がSS。
ある意味、自分たち以上に人間をやめた人間が来ていると言う事実を、簡単に受け入れることができなかった。
さらにそこに『+』、爆発力で約その二倍もの力を出せると言う圧倒的脅威。
本音を言えば全力で逃げたかった。
「SSSクラスのヤローに何度殺されたか……思い出すだけでも忌々しいわね」
遥か過去、同等程度の相手と戦ったことがある。
感想は『もう二度と戦いたくない』だ。
しかも殺害ではなく致命傷を与えたことによる撃退。しかも相手は盲目隻腕と言う強大なハンデを背負って、かつこちらのフィールドに引き込んであたり一帯を業火に変えた環境で、だ。しかもそれが数回繰り返された。冗談ではない。
危うく本当に一方的に殺されかけたことを思い出し、ルージュは軽く身震いした。
「私も闘ったことありますよぉ~。体を水にしなきゃ、マジで死んでましたねアレは」
「私帰っていいかしら」
「う~ん。そうしたいのは山々なんですけど、ダーリンたちその人に突っ込んでいってますよ? あと、ファールさんも交戦中で、近くにはセリアちゃんも倒れてますし」
「……あんの馬鹿っ」
リザは知らないが、ルージュの身体は結城から作られており、若干ながらも魔力回線のバイパスも通っている。それを使えば結城が何処にいるのかは勘で察知できる。つまりリザの言葉に偽りがないのはすぐに分かった。
さらに言えば、今此処で結城が死んだら自分の魂や肉体がどうなるかわかったものではなかった。
魂は、ただの推測であるが自分が倒れた時結城に定着した刻印に封じ込まれているようなもの。肉体も厳密に言えば魔力原子、つまり魔力で作られた疑似的な原子物質で出来ている物に過ぎず、創造者である結城が死ねば確実にルージュの身体も崩壊を開始するだろう。
そうなれば当然ルージュは大いに困る。
『工房』へ復讐できないし、何よりアウローラを護ることもできない。
自然とルージュは、結城を護るしかないのだ。
(肉体が作り物なら、スペアを作り出せる保証もある。魂も魔剣でも持ってこなきゃダメージは与えられないし、ある意味今の私、不死身の兵士ね)
当然、痛覚はあるし魔力の出力限界もある。
全盛期の力は出せないし、自分の領域を作り出すにも膨大な時間が必要になる。『侵食現界結界』を使うにも、代償が大きすぎるし持って五分無い。
一人で向かえば確実に結城共々死ぬし、生き残ったとしても取り返しのつかないことになる可能性が高い。
導き出される答えは一つ。
「リザ、貴女も向かうの?」
「えぇ? とうぜんですよぉ~。ダーリンを意殺しになんかできるわけないじゃないですかぁ」
「じゃあ、一緒に向かいましょう」
「ん~? 心変わりですかぁ?」
「どうせ私は嫌でもあいつを護らなきゃならないのよ。それに、『工房』一緒に潰す約束もまた果たしてもらってないし、ね」
「ツンデレ?」
「違うわよッ!!?」
二人、いや、サルヴィタールも含めれば『守護者』は三人。戦力としては国の軍隊三個分の戦力だ。十分すぎる、いや過剰な戦力を導入すれば、倒せるとルージュは踏んだ。
何としても、倒さねばならない。
自分が相手にしてきた中でも一番化け物な奴を。
ルージュは静かに、震えるアウローラの頭を撫でながら舌打ちを飛ばした。
【ステータス】
名前 エドヴァルド・ティミッド・ヘルシャフト HP1240000/1240000 MP1034000/1034000
レベル453
クラス 反逆者
筋力382.31 敏捷501.29 技量618.86 生命力286.10 知力294.27 精神力782.97 魔力458.04 運1.35 素質5.70
状態 老化抑制1.00
経験値38701/126700000
装備 雷鉱石のサーベル サンダーバッファローの革ジャケット 絹のTシャツ 絹のトランクス ライトニングタイガーの革ズボン 耐雷ゴムブーツ
習得済魔法 固有魔法・雷霆神の秘技『法の雷撃』解放奥義『法の雷撃・反逆せよ我が理』
スキル 剣術99.99 戦術制作40.95 属性付与78.91 指揮統制39.98 見切り76.34 熟練の戦闘術眼99.99 雷霆神99.99 老化98.99 薬物耐性71.13 固有魔法・雷霆神の秘技99.99
おいおい指揮官先に沈んじゃったよどーすんの。
と言う感想と共に、華麗に沈んだ(加齢だけに)エドヴァルドさんでした。思い付きで能力を書いてみましたが、まぁ中々頑張ったんじゃないでしょうか。ジョンに決定打は与えられませんでしたが。連続戦闘で疲弊してるし、普通は戦闘継続無理だよね。……実はハイン戦で決着付けさせようとしたのは内緒ね。
しかしエウレル止めた時の電気は、実はただの『魔術』のつもりでしたがまさか『固有魔法』にまで発展するとは思わなんだ。自分でも「え?」って思いました。
電気と言ったら某レールガンのお姉さまを思い出しますが、アレとはちょっと違うね。別にコインでレールガンぶっぱしたりしないよ。部下がレールガン飛ばしてましたけど。
正直自分の能力をフルに発揮できなかった不憫な人でもあります。もう歳なのか投稿者の想像力不足なのか奥義が『ただの強化版』っていうね。うん。だってそれぐらいしか思いつかなかった。ギガスラッシュとギガストラッシュの違いみたいなものですよキット。
一応設定上では『13キロや』みたいに伸びて一掃できるようにしましたけど、至近距離じゃそのポテンシャルを発揮できませんしね。超近距離戦に持ち込んだジョンがうまかったという事で。
……あいつもあいつで本来遠距離でぶっ放す技を至近距離でぶちかますのもどうかと思うんだが。
まぁ、彼については『薬物で無理に全盛期の身体を保っていた』と言う設定です。つーかぶっちゃけこれまで出てきたチート野郎たちの中では断トツで弱い方です。副作用で全盛期どころか衰弱した体でここまで戦えれば十分すぎるけどね。
まぁ、尺がもうギリッギリなのでリーダーらしく大往生(?)してもらいました。満足して逝ったんじゃないかな。
ある意味エウレルに続く先代国王による被害者ナンバーツーです。有り触れた設定ですけど真面目に考えたら胃が痛くなるわ。
……イデオンソードもどき、やりたかったなぁ。いやライザーソード? 星薙ぎの太刀? うーん。もうちょっと活躍してほしい能力だったな、今更だけど。
固有魔法のルビが思いっきりインドしてるのに技名がドイツ語なのは気にしないでNE☆




