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第五十四話・『半端者は立ち上がる』

 転がる瓦礫。視界を埋め尽くす土煙。

 それらを通りすぎながら、俺――――サルヴィタールが乗っ取っている俺の身体は倒れている人影に近付く。

 倒れているのは、先程極大の一撃を正面から受け止めたにもかかわらずまだ原形を留めているテロリスト、エウレル・ヴォルガー。

 先程覗いたステータスからしてそんなに耐久は無いはずだが、しかし伊達に高レベルやっていないらしく全身の骨をバキバキに折られる程度で済んだようだ。

 内出血であと数時間持たんだろうけど。


「う、ぐ…………ぐ、っ」

「無理しないでよ。早死にしたいの?」

「貴様……一体……」

「『土の守護者ガーディアン』、サルヴィタール・ヴュルギャリテ……と名乗るのは変かな。体はすでに死んだ身だけど、今はとりあえずそう名乗って置こうかな」

「サルヴィタール…………? いや、まさか、そんなはずは」

「? ……んー、君に会ったことは無いんだけど。えっと……エウレル・ヴォルガー……ねぇ。いやいや、まさかもう死んだ人の名前が出てくるとは」

「貴様、まさか貴族達の狂犬――――」


 言わせんとサルヴィタールはエウレルの顔面を強めに蹴った。

 パァン! と気持ちいいぐらいの音が鳴り響き、エウレルの身体が何回か転がって瓦礫にぶつかる。

 今の状態でそんなことになったら、体の痛みはどれぐらいなのだろうか。

 知りたくはないな。


「いやー、それはそれは無名誉な蔑称でね。死にたいなら言ってくれても構わないけど」

「が、ぁ………っ」

(ああ、今のは忘れてねお兄さん。もう終わったことだから)

 ――――お前……いや、そうだな。


 言われた通り忘れることにした。

 きっとそれはサルヴィタールにとって触れられたくない出来事なのだろう。

 誰だって、そういう物は一つや二つはある。


「さて尋問たぁいむ。なんでヴァルハラを襲ったの? どんな理由があろうが、大国の首都を落とそうだなんて正気の沙汰とは思えないけど」

「……だ、れが……」

「おーいい心構え。でも――――今はだーめ♪」


 サルヴィタールが嫌な笑いをしたと思った瞬間には、すでにエウレルの右腕は切り飛ばされていた。

 右手が変形した極太の大刀により。


「――――――――!?!?!?」


 悲痛の叫びは聞こえなかった。

 口を無理やり押えているのだから出るはずもない。叫びたいのに叫べないエウレルは居た身で気が遠のきそうになる。それを許さず直ぐにサルヴィタールは彼の右足を潰し痛覚で目を覚まさせてやる。


「ひ、ぃ……っ、はぁっ……!?」

「はーいはいはいはい。二度は喋らないよ?」


 にっこりと、社交性のありそうな笑顔のままサルヴィタールは告げる。

 折れたのはエウレルは涙目になりながら口を少しずつ開き始めた。


「復讐、だ……ッ」

「ほう。ではどうして復讐を?」

「祖国を、滅ぼされたからだ……この国に!」

「それはまぁ、随分と典型的な」


 馬鹿にするようにサルヴィタールはアメリカンスタイルの様に『HAHAHA』と笑う。

 俺はそれを見て、改めてこいつの頭のおかしさを理解した。

 こいつは本当に、心の底から思えるぐらいに敵にも味方にもしたくない性格だ。


「ま、どーせあの先代国王が原因だろーけど」

 ――――先代国王がどうかしたのか?

(知らないの?)

 ――――情報収集はまだ途中なんでな。近代の歴史はまだ覚えきっていない。

(ふーん。ま、説明はこのアホに聞いてね)


 随分と適当だなおい。ある意味徹底していると言っていいか。


「先代国王、アレクサンドル・フェオダール・ブルガトリオは…………文字通り『戦争狂』だった。十万年の歴史もある大国ならさほど珍しくも無かっただろうが、アレクサンドルはその中でもずば抜けて異常だった……。周囲の国に戦争を申込み、圧倒的な戦力を以て小国だろうが大国だろうが叩き潰す! ふざけたことに国内には誰も止めるやつはいなかった。何故かわかるか? 逆らった者は全員処刑された・・・・・んだ! たとえ臣下であろうが自国の民であろうが! やがて止める者が居なくなったところでアレクサンドルの暴走は加速し、国を併合するどころかあの糞野郎は敵国の人間全員を皆殺しにした・・・・・・・・・!! それも、ただの『遊戯』としてなッ!!」


 これが真実だとすると、これほどひどい話があるだろうか。

 それはもはや王ですらない。『暴君』でもなければ『愚王』でもない。

 ただの狂った奴だ。


「一族郎党全員殺された気持ちはわかるか!? 目の前で妹を強姦される気持ちはわかるかッ!!!??? その挙句にこの身にこれ以上ないほど最悪の呪いをかけられる気持ちはッ!! 自分の意思でもないのに小さな子どもを嬉々として襲う気持ちはァッ!! お前にわかるのか!? わかるのかって聞いてるんだよっ……なぁ、答えろ『守護者ガーディアン』!! お前に、この私の気持ちがッ………わかるのか………………!?」


 それは祈りの様に見えた。

 ただただ乞う様な、自分の絶望に共感してもらいたい人間の様な。

 切実な言葉に、俺とサルヴィタールは何も言わなかった。

 こいつが正しいのか間違っているのかすらわからない。

 しかし一つだけわかる。

 彼はただ、他人の欲により人生を大きく狂わされた奴だということが。


 ――――寄りにもよってこんな方法で復讐か…………いや、元凶は無くなっているから、もう『八つ当たり』なのかもな。


 もう死んだ者に復讐などできようがない。

 ならば、その者が大切にしていた何かを壊さないと気が済まないだろう。

 民さえ処刑していた王が国を大切にするとはとても思えないが。


「うっ……ぐぅぅぅっ………………!!」


 エウレルは声を押し殺しながらも嗚咽する。

 憎悪だけが彼にあった。

 それしか残されていなかった。

 もう何も聞くまいとサルヴィタールは踵を返した。彼を治療してやる情も無ければ義理も無い。同情はする。だが敵であることは変わりないのだ。

 仲間を傷つける可能性があるならば、俺は助けない。

 たとえ同じ人生を狂わされた者であろうと。




「っぐ………うぅぅぅッ……!」


 唸りながらエウレルは、唇を噛み千切りその血で錬成陣を描いていく。

 もういい。

 もう疲れた。

 その空虚感を胸に、彼は必死にそこされた左手で少しずつ陣を描いていった。

 自分が過去に創り上げた最大最悪の方陣を



「――――無様なものですね。かつて帝国最高の錬金術師と呼ばれた賢者が這い蹲るとは」



 声が聞こえた。

 自分の中に眠る、それこそ絶対に掘り起こしてはいけない憎しみを一瞬で掘り返すような声が。

 視点が定まらない目を動かし、音源を探す。

 いや、直ぐ近くにあった。

 遥か上で、積みあがった瓦礫に爪先を乗せて神々しく佇んでいる緑髪の女性が。

 一人の少年、先程闘ったロートスと者の襟首を掴んで、そこにいた。


「……………………………」

「お久しぶりですね。大体七十、いえ八十年ぶりでしょうか」


 忘れるわけがない。

 自分の妹を、周囲にいた人間に催眠をかけて強姦させた張本人を。

 自分の身に、最悪の呪いをかけた憎しみ元凶を。




「セシル・ヴァハフントォォオオ゛オオ゛オ゛オオオオ゛オオオオオオ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!!!」




 もはや言葉では言い表せないほどの濃密な負の感情が爆発するように混ざる。

 殺す。

 こいつだけは何としても殺す。

 絶対に――――


「アッハッハッハッハハハハハハハハハッ!!! おっかっしいですねぇ~? あの呪いをかけてやったはずなのにまだ自殺していないなんて。一体何人の少年をその手で犯したのでしょうか。数えてます?」

「黙れえぇぇええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」


 全身の骨が折れているはずなのに、不思議とエウレルの手は動いた。

 完全に人智を超えたその現象はセシルの頬をわずかに固まらせた。

 それもそうだろう。

 ただの人間の『感情』で、彼はこの世界の『理』に背いているのだから。


「おかしいですね。貴方、この数十年で一体何を」

「お前を殺すためだけに――――全身全霊の錬金術を練り上げただけだアァァアアアアアアアアアアア!!!」


 錬成陣が完成する。

 同時にエウレルの右目が弾け、右腕の出血が激しくなった。

 そんな事、どうでもいい。

 彼はただあの糞尼を殺すと言う衝動だけで、本来ならば気絶するはずの出血量の中で意識をはっきりと保っていた。ここまで来ると、彼は一種の『悟り』の領域に達していると言っても過言ではなかった。

 かつて自分に泥を啜らせた女を前にして、エウレルは初めて笑った。

 それが狂気なのかは彼自身でも分からないだろう。

 いやもう、わからなくてもいい。

 もうどうでもいいのだ。


「あら、あら…………これは、不味――――」




「『第一質料還元万物融和アルカエスト・プリママテリア』ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」




 エウレル・ヴォルガーと言う人間の、最後の咆哮が夜空に打ち上げられた。



――――――



 ようやく、三人の向かったと言う時計塔のある場所――――否、会ったはずの場所に到着した。

 地盤は陥没し、土煙は舞い上がり、そこら中瓦礫だらけの場所。

 とても人が居られるような場所ではないのはよくわかった。

 

「…………随分と派手にぶっ壊したみたいだな」


 服をマスク代わりにしながら歩みを進めていく。

 視界が悪いせいで見つかる物も見つからない。煙を晴らすにしても今使える魔法は殆どない。風魔法は小規模の者しか使えないし爆発魔法など使えばあいつらが巻き添えを喰らうかもしれない。

 結局地道に探すしかないのだ。

 意外とすぐに見つかったが。

 まだ『街道』とわかる場所を沿って歩いて数分。人影が三つほどこちらに近づいてきているのがわかる。

 その顔触れはよくわかった。

 紗雪、綾斗、リーシャの三人組だ。

 喜ぶ前にまず悲痛な叫びが出そうになった。

 全員ボロボロだった。包帯を巻いた箇所には微かに血がにじんでおり、かなり深手を負ったことがわかる。歯を食いしばりながら急いで三人の場所に駆けていく。


「あ……結城……」

「おい、大丈夫……じゃなさそうだな」


 俺の姿を見たことで安堵したのか、紗雪とリーシャに肩を貸していた綾とはその場で崩れ落ちてしまう。

 直ぐに三人全員を支え、まだ無事らしき建物の中へ引きずっていく。

 三人を横に寝かせ、その容態を正確に観察。その怪我に対し適切な処理ができる薬品類を取り出していく。


「すまん、また……手を焼かせてしまって」

「いい。もう喋るな。傷が開くぞ――――って、その両手……!?」

「ああ、これか。まぁ、大丈夫だよ」


 綾とは笑いながらそう強気になって言うが、額に脂汗がにじんでいる時点でやせ我慢だという事がすぐにわかる。いや、たとえそうでなくともわかっただろう。

 俺がもう少し早く来ていれば――――などと言う考えは、どうやら相手にも筒抜けらしかった。


「馬鹿、テメーが来たら、意味ねーだろうが」

「……俺に全部任せろって……言ってるだろっ」

「――――できないわよ、そんな事」


 目を覚ました紗雪が、右足を抑えて震えた声でそう言った。

 起きようとした体を無理に押さえつけて、治療薬を包帯の上から垂らす。


「ッ…………いつまでもあなたに頼っているほど、私たちも子供じゃないわ」

「そうそう。たまには俺たちに任せろって」

「できるわけないだろ!!」

「強情な所は相っ変わらずだなテメー」


 出血がひどくなっていく。

 ここまでの傷を治せるほどの高等魔法は今の俺には使えない。

 出し惜しみは無しだ。『炎の現身』としての回復効果を使い、三人を一度に癒す方法を選択する。

 確かルージュが前に『時間はかかるが可能』と言っていたはずだ。

 傷が塞がるイメージを頭に浮かべながら、手をかざす。

 すると半円形の赤い膜が生成され、三人を囲む。

 ―――そして、傷が燃え始めた。


「がぁぁぁっ…………!!」

「い、ぅっ……あっ……………!?」

「ッ、っあ」

「んな……っ!?」


 三人が居た身で蠢いているのを見て急いで止めようとする。

 だが二人が鋭い視線を向けたことで手が止まってしまう。


「いい、続けろ!!」

「でもお前ら……!」

「このぐらい何よ…………あの時と比べてば、屁でもないわよ!」


 二人は知っている。これ以上の痛みを。

 だからこそ耐えられる。

 その意思を裏切るつもりはない。自分もまた耐えながら、治療を続行する。

 リーシャは幸い気絶している影響と傷が比較的少ないことから、あまり苦しそうではなかった。今の俺にとっては、少しだけ有り難かった。

 治療が終わったころには、是認が息を荒げていた。

 その光景を見て口が苦くなってくる。


「お前らももう避難しろ。後は俺に任せればいい」

「できるかよ、手前に任せていたら絶対碌な結果になりゃしねぇ」

「否定は、しないが……」


 不幸体質のことを言及しているのだろう。

 それについて言い訳することはできない。綾斗の言う通り俺が関わらない方が、ある意味結果は小規模になるだろう。

 俺が『全員無事であってほしい』と言う意思である限り。


「その状態のお前らに何ができるんだよ」


 だがそうだと言っても負傷したこの三人に何かができるとも限らなかった。

 傷は癒した。だがそれでも痛みはまだ残っているし、傷が広がる可能性も否定できない。

 どちらにせよ簡単に動けないのはここに居る全員に当てはまることだ。


「…………結城、もういいんだ。お前は逃げろ。俺たちのことなんてもういい。帰る方法を探すんだ」

「………………」

「元はと言えば、私たちが勝手に迷い込んだだけよ。貴方の世話になるわけには――――」

「――――ざっけんなぁッ!!!!」


 床を素手で割りながら、俺は感情に促されるままに怒鳴る。

 ふざけるな。

 それだけは絶対に駄目なんだ。

 置いて逃げることは、大切な者を見殺しにすることだけは。

 もう繰り返したくない。


「俺は同情なんてふざけた理由でお前らを助けていると思ったか? 違うだろ!? 何誤解してんだよ、これは俺の『自己満足』じゃないッ! やらなきゃいけないんだ……もう四回も繰り返したくないんだよこんな『不幸』!! もう御免なんだよ! 何回も何回も祈って願って頑張って努力してその結果が最悪で、その原因が『不幸』だっつージョークにもならない理由で『見捨てろ』と!? お前らはそう言ってるのか!?」

「………私達だって同じよ。何度も何度も努力して結果的に『誰かに守られる』なんてもう御免なのよ!! 私たちはもう守られるような立場じゃないのよ!! なのになんてあなたはずっと私たちを狭い揺り籠に閉じ込めようとするの!?」

「結城。これだけは言わせてもらうぞ。俺たちはお前を頼っている、頼ろうとしている!! だがな、お前はなんで俺たちに頼ろうとしないんだよ!? その結果いつもいつも大怪我して帰ってきて、たまには誰かに頼ろうとしないのかよ!! 俺たちはそんなに頼りない存在なのかよ!! ふざけんじゃねぇぞ、何時までも俺たちを自分の身一つ守れないような子ども扱いしてんじゃねぇッ!!!」

「違う! 俺はお前たちを束縛しているつもりなんて――――」

「お前にとってそのつもりが無くても、俺達はそう感じているんだよ! たまには他人の気持ちにも耳を傾けやがれ鈍感野郎!!」

「私達を護っているつもりでしょうけど、その行動は私達への『枷』なのよ。貴方がいつか死んでしまったら、私たちが一体どう思うと――――」



「も~、うるさいなぁ。あー頭痛い」



「「「ッ!?」」」」


 前触れもなく横槍が入れられたことで、俺達の激化しようとしていた言い争いは終了した。

 出ようとしていた言葉を無理に呑み込み、ストレスによる偏頭痛に頭を悩まされながら、いつもの調子を取り戻そうと軽い深呼吸をする。


「…………リーシャ、起きたのか」

「あ、うん。アレ? リース?」

「助けに来た」

「うん、ありがとう。……まだ頭痛いなぁ。あの人結構いい一撃入れてきたから、かなり強めに頭打ったのかな?」

「頭痛薬は居るか?」

「大丈夫。これぐらいならすぐに治りそう――――おっとっと」


 起き上がろうとしたリーシャがバランスを崩して転びそうになる。

 それを少しだけ支え、軽く肩を貸してあげた。


「……ん? 二人とも、どうしたの? もう怪我は大丈夫?」

「え、あ、ああ」

「そう、ね。もう、血は止まったわ」


 まだ緊張が解けていないのか、座っている二人は固いまま返事をした。

 それを見ても特に気にしなかったリーシャは、あははーと呑気そうに笑いだす。


「いやー、強すぎてやられちゃったよ。最近調子悪いのかな」

「いいさ。お前は、俺の後ろに居ればいい」

「そういうわけにはいかないよ」

「……どうして」


 どうしてもわからない。

 何故、安全な場所を避けようとする。

 何故なんだ。


「そりゃ、守られていたいっていう気持ちもあるけどさ。同時に『誰かを護りたい』っている気持も、芽生えてくるんだよ」

「え…………?」

「そうだね。『尊敬する人の様になりたい』っていう気持ちと同じかな?」

「……………まさかお前らも、か?」


 凄く複雑な心境のまま、そう問う。

 すると二人はわざとらしく視線を逸らした。

 これはどう捉えればいいのだろうか。


「いや、だって…………そのまま言ったらどーせお前、納得しないだろ」

「以下同文」

「……はぁ………」


 ため息しか出てこない。

 憧れ、と。実に馬鹿馬鹿しい理由だ。

 …………それでも、何を言ってももう無駄だと言うのはよくわかった。

 それに、そう思うようにしてしまった自分にも責任はあるのかもしれない。

 今回だけは、こいつ等の意向を汲んであげるとしよう。

 この際、もう全部背負ってやる。

 それならいいのだろうか。


「ふー………………わかったよ、付いてこい」

「いいのか?」

「あなたの望んでいない結果になるかもしれないけど」

「その時はその時だ。お前らにも、もう窮屈な思いはさせたくないからな」

「言うようになりましたねリースフェルトくぅん」

「殴るぞ」


 何時かは通る道だ。

 ならば今この場で壁をぶち壊してやる。

 誰も死なせない。

 もう死なせて堪るか。

 強い意志を胸の内にしまいながら、俺は肩を貸したリーシャと共に歩き出した。



――――――



 暗闇に沈んでいた意識が、少しずつだが浮かび始める。

 激しい頭痛だけが当初感じられたが、だんだん意識が鮮明になっていくにつれて全身が痛み出す。まるでデカいプライパンに良い音で叩かれたようだ、と私は思った。

 自慢の聴覚で周囲に何か不審な者が近づいてきていないかを注意深く調べ、粉々になった建材に埋もれた頭を上げる。ガラガラと破片が落ちる音が微かにする。


「私は、どうしてここに……てゆーかここ何処だ?」


 私、ファール・エゼトリエドは背中に括り付けてある機銃斧ハルバートライフルを抜きながら体を起こし、しっかりと両足を地面につけて周りを軽く見渡す。

 炎上する住宅と商店に崩れた国防壁。あの何十メートルもの厚さ(空洞はあるが)を誇る壁が、こんなにも徹底的に破壊されたのは見たことも無い。推測するに大型の攻城兵器があると見る。

 きっと自分がこうなっているのも、その兵器が原因で吹き飛ばされたのだろう。

 そうでなければ説明がつかない。


「くそ、記憶が……」


 頭を強く打ったのか、記憶が非常に曖昧な状態になっている。

 無理に思い出そうとしても靄がかかったような感覚に陥り、どう頑張っても思い出せない。

 毒づきながら歩き出す。積みあがった瓦礫を銃弾で吹き飛ばし、歪んで開かなくなった扉を蹴破ったりしていると、やがて広い場所に出る。

 相変わらず小さく燃えて周りを照らしている建材が散らばり、照明の代わりを果たしている場所。

 嫌になる。


「そうだ、確か……セリアとニコラスも一緒に」


 同行人が居たのを思い出し、直ぐに散策を始める。

 近くにいるかもしれない。そう仮定し聴覚と嗅覚を最大限利用しながら、瓦礫を退けて探していく。

 しかし見つかるのは倒れた騎士や兵士ばかり。腐敗臭が強いせいで嗅覚がまともに働きもしない。さらに言えば聴覚もそこら中で金属の鳴る音が響いており、捜索を邪魔している。

 この悪環境で個人を見つけるのはとても骨が折れるだろう。

 歯を食いしばりながら、とりあえず回復薬でもくすねようと近くにあった、瓦礫から飛び出ている誰かの手を掴み引っ張り出す。


「ぅあ」

「……ってニコラス!?」


 予想外にも仲間が早く見つかったことに驚きながら、素早く近くにいた兵士の死体から小さい包帯やら回復薬を取ってくる。

 直ぐに怪我がないか確認しようとすると、ニコラスは素早く私の手を押しのけた。


「えっ? ど、どうして」

「今、こんなことやってる場合じゃ……ない、です」

「いいから早く治療しないと――――」

「掠り傷です! だから早く、セリアのところに向かってください! あの子が殺される・・・・・・・・!!」

「な……」


 その言葉に反応し、記憶が少しずつ修復されていく。

 そうだ。私たちは敵の脅威度を測るためにここに来た。

 結果判明したのは――――この大破壊による惨状を作っているのはたったの一人・・・・・・という事。そして迎撃に向かったはずの騎士団の九割が、そのたった一人相手に『全滅』していること。

 さらには、私たちがその『余波』で数キロほど吹き飛ばされたことだ。

 一番思い出したくない記憶がよみがえったことで、全身から冷汗が絶えずに溢れてくる。

 熱のせいなのか恐怖のせいなのかわからなくなり、認識が混乱する。


「セリアは……セリアはどうなったんだ」

「空中で竜になって、僕たちを安全な場所まで運んで行ってしまいました」


 瓦礫はおそらくその後から降り積もったものなのだろう。


「じゃあ、アイツ一人で戦っているのか? 今も?」

「………ファールさん。早く、向かってください。僕は自分で治療ができます。だから」

「……っ、わかった」


 ここにニコラスを置いて行くのは心苦しいが、今彼が言っていることは真実だとしたら一大事だ。

 記憶を一時とはいえ失っていた自分を情けなく思いながら跳躍。比較的無事な建物の屋根に降りると、目を細めてセリアが今どこにいるのかを探す。

 ――――視界の端で、一瞬だけだが黄金色の炎が見えた。


「そこか!」


 直ぐに足を稼働させ、建物の屋根と屋根を渡って道中ショートカット。

 若干崩れそうな場所もあったが、その個所を見極めどうにか落下することなく炎を見た場所までたどり着く。

 ここだけ異様に熱かった。

 原因は、建物だけでなく地面も燃えているせいだろうか。

 口を服で押さえながら飛び降りる。

 ジューと靴裏が焼ける音がした。


「あっつっ!?」


 直ぐに飛んで、屋根のでっぱりを掴み片手で体を浮かす。

 これでは直接地面を歩くことはできない。不便だが、こうやってロッククライミングまがいのことをやりながら移動するしかないのだろう。


「…………あれは」


 大きな炎の向こうに、大きな影があった。

 金色の鱗がちらつきながら、自分の中の嫌な予感を次第に大きくさせていく。


「クソッ!」


 やってられるかと手を離してもう一度地面に降り、今度はすぐに走り出す。

 これならばすぐに靴が溶けることも無い。

 炎の中に飛び込み、向こうに出る。

 予想通り、黄金色の鱗を纏う巨竜の姿があった。その姿には当然見覚えがある。見間違えるはずがない。

 竜化したセリア。

 この世で最強の種族と呼ばれる『竜』へと肉体を変化させた親友の姿が、そこにあった。

 体中を傷だらけにし血を流しながら。


「セリアッ! おい、死んでないよな!? 返事しろ!」


 自分の足が火傷するのも構わず、私はセリアに駆け寄り頭部をさする。

 これではどこからどう見ても瀕死の状態だった。

 治療が間に合うかどうかすらわからない。涙を流しながらただ私は無力感に戒められながら、彼女の頭を小さな体を抱くことしかできなかった。


「畜生ッ……誰が、どうやって……!」


 不完全――――セリアがいくら混血の竜人ドラゴニュートであっても、その鱗の固さは一級品だ。A級クラスの魔法でもないと傷すらつけられない上に攻城兵器を数個用意しないとまともなダメージも与えられない鱗。複雑に構成され、鱗が無かろうと星銀や白色玉鋼の剣でも浅い傷を作ることしかできない筋繊維でできた肉体。それをどうやってこんなにもやすやすとその二つを貫き、深手を負わせたのか。

 それが全くわからなかった。

 更には小さな建築物程度なら粉々に出来るドラゴンブレスを躱しながら接近したと言う事実。

 人間が相手ならまず負けないはずだ。

 しかし襲ってきた相手の姿は明らかに人間だった。

 その矛盾がどうしても許容できなく、私の頭は焼き切れそうな錯覚を味わう。


「……グァ、ガガガガ」

「ッ! 気が付いたかセリア! 待ってろ、今すぐ治療班を――――」


 そこまで言った瞬間、急激な恐怖が身を襲う。

 逃げろ。今すぐに。

 直感と本能が同時にそう悲鳴を上げたが、私は動か成った。動けなかった・・・・・・

 肉体が固まり、動くことを許さない。

 しかしその恐怖が『足を動かせ』と命令している。その圧倒的矛盾をどう表現すればわからない。

 歯を食いしばって、首だけでも動かし後ろを見た。



「ほう、動くか」



 赤毛の、約四十代ほどの男性がそこに立っていた。葉の掛けた戦斧を二つ左右の手で携えながらこちらを見てにやりと笑っている。

 夜空を焦がす炎のような赤毛は、網膜を焼くような刺激を与えてくれる。

 呼吸をするたびに失禁寸前の精神状態に追い込まれる。

 周囲の景色がまともに脳に入ってこなかった。

 彼の後ろに巨大な悪鬼の幻覚を見るほど、精神は大きく削り取られていく。はっきり言って立っていることすら奇跡に近い。

 相対すると死ぬ。

 敵に回したら死亡宣告。

 いや――――たとえ味方になっても死ぬ。

 コレはもう『災厄』だった。人間の形をした『暴力』そのもの。

 悲鳴すら出ない。


獣人ワービースト…………なるほど、狼系ワーウルフか。しかしおかしい。臭いが薄いぞ」

「っぅ………ぐっ……」

始祖獣人セリアンスロープでもあるまい。……混血ミキシードブラッドか」


 足へと全力で命令を送る。

 動け。

 前に・・、動け――――――ッ!!!!

 こいつをぶっ倒すために!!!!


「半端者故に故郷を追われたか。成程、理解する。して、逃げないのか?」

「な、め……んな……………ッ!!」


 絞り出すように声を出す。

 歯を欠けるほど食いしばり、一歩を踏み出した。

 手に持った機銃斧ハルバートライフルをパーツが軋むほど握りしめ、また一歩踏み出す。


「……………………」

「お前に……私の、何がわかる……!」


 怒りで、足がほぐれてゆく。

 私は居場所を追われてなどいない。

 そう、私の居場所は――――


「私は、帰るんだ」

「…………」

「誰よりも強くなって……あの糞親父の鼻をぶち折ってやるまでは――――」

「……くくっ」

「――――絶対に生きてやる」


 妹に再会して、今度こそ言うんだ。

 ごめんって。

 大好きだって。

 もう離れたくないって――――


「必ずっ……!!」


 地を蹴り、私は『災厄』に向かっていった。

 生きるため。

 強くなるため。




宿題終わらねぇぇぇええええええええええええええええええええええ!?!?

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