第六話・『イリュジオン』
細部修正・設定の齟齬を修正。
「――――――さあさあさあ! 見て驚け聞いて驚け! 天も地をも駆け抜けて、お呼びとあらば即☆参☆上!! 森羅万象我らを止めることは不可能、東西南北行き渡り、武器防具薬草丸薬鉱石岩石魔石、探索者のための探索者に必要なすべてをそろえた『ミュオエール商会』! どうぞ、ご覧あれ!!」
「……はあ」
胸を広げておおらかに叫ぶ二十代後半ほどの男性を冷えた目で見つめながら、生返事を返す。
あるチラシに探索者におすすめの武器商店があると書かれていて、それを見てきてみたらこの有様だった。
かなり大きめの馬車の周りに、食品以外の全ての種類の物が木製棚に置かれ、まさに『ないものはない』と言った感じで相手を威圧している。この量を集めるのはさぞ苦労しただろう、というのが率直な感想だ。
あと、声でけぇよオッサン。
「あ、失礼。申し遅れました。私はロウ・パトリエージェと申します。以後、お見知りおきを」
「ど、どうも。リースフェルト、と申します。……宜しく」
相手が手を差し出してきて、若干引き気味だったが手を握り返す。
するとロウと名乗る中年男性は俺の後ろに素早く回り込み、背中を押して商品の前に連れていく。
一瞬だけアウローラに助けを乞おうとしたが、残念ながら彼女は他の商品に興味津々でこっちに見向きもしない。
「ところで、どのような商品をご要望で?」
「えっと……武器が壊れて、新調しに来たんですよ。だから丁度いいものがあったら――――」
「そういうことなら話は早いです! さ、こちらです」
「え、いや……はい」
たてつづけに放たれる剣幕に押されながら、ロウはおすすめの武器をどこからかドラ○もんの四次元ポケットのごとく次々と出してくる。それは金銀の装飾がされた亡国の貴族の宝剣やら伝説の傭兵が使っていた愛剣など胡散臭い物から、東洋から伝わった技術をもとにして作られた曲刀、某大国で作られた汎用性に優れたロングソードなどなかなかの一品もそろっていた。
しかし、どれを見てもあまりグッとくるものはない。なんというか、地味というかパッとしないというか。
「……あのー」
「なんです? 何がご注文でも?」
「この店で、一番良い武器ってあります? ああ、使い心地最悪でも結構です」
「……ふむ、そうですね。ならばこちらへ」
ロウは少しだけ考え込んだ後、俺を店の奥へと案内する。
そこはおそらく在庫などが置かれている場所だろう。――――って、あれ? ちょっと待て、ここ馬車の中じゃなかったか? と、そんな俺の疑問は解消されることなく、荷物に掛けられていた毛布が取り払われる。
覆いかぶさっていた物が取り外されたことにより、それらは姿を見せる。
緑色の水晶で作ったような剣から、まるで生き物がくっついたような戦斧。それだけではなく、もはや無差別にかき集めまくったという熱意が伝わるほど、その種類は多彩であり形状も実にユニークと言うしかなかった。
何よりその周りに漂うただならぬオーラ。明らかに普通の武器ではないことを周囲に伝えている。
「我々商会が回収した魔剣達です。本来ならば会員証が無い方には見せないのですが……商人は客を満足させるのも仕事ですからね。流石に将来有望なお得意様に逃げられる方が、こちらにとって損だと考えまして」
「成程……しかし、すごいな」
試しに謎の刻印が刻まれた青い剣の刃に触れてみる。
ズキッ、と指先に痛みが走る。見ると、指先が切れていた。切れ味は一級品か。
「お勧めとしては風の斧槍『ウェザーブレイン』か緑の賢刀『ウィリディス』を――――」
「……?」
部屋の隅に何かが光ったところを目が捉える。
無言でロウの話をスルーしながら、俺は壁に立てかけられた『黒い剣』を手に取ろうとする。
「後は海槍『ヴァーダントフロウ』を…………って、ちょ、それは!?」
「え?」
ロウが慌てて俺の手を止める。しかもかなりの剛力でだ。
まるで劇物に触れようとする馬鹿を止めようとしているような様子であった。
「えっと、それは少し曰く付きでして」
「でも……なんか、気になって」
なんでだろうか、この剣に心惹かれる。
この黒い剣二本が柄頭で繋がっているようなヘンテコな武器。中々使い甲斐がありそうだ。
直感的に何かが「これだ」と言ったのだ。手に取る分には、そこまで疑う理由などない。
なのにどうしてロウは止めたのだろうか。
まさか表面に強酸でも塗ってあるのだろうか。
「……これが欲しいですか?」
「いや、絶対、ってほどでもないですが」
「ならば、あまりお勧めはしませんが――――そうですね」
不意に、ロウの口元が歪む。
まるで面白いおもちゃを見つけた様な子供の様に。
「これは双頭剣……北の地方で有数の部族が使っている、武将だけに使うことを許された武器でございます。これは危険地帯に落ちていたものを我々が回収し、破損した部分を修繕したのがこの双頭剣です。名は、そうですね。まだ決めてませんでしたが――――イリュジオン、とでも名付けましょうか」
「……それって拾ったものですよね」
「利益になるなら、私たちは何でもやります。……あ、さすがに外道に外れたことは致しませんが。これも盗んだわけじゃありませんよ。言うなれば、洞窟で落ちていた金鉱石を拾っただけのことです」
つまり所持者探しはしていないと言うわけか。いや、死んだのかもしれないな。
どうでもいい考えは打ち切り、改めて黒色の双頭剣、イリュジオンを見つめる。
他の武器や魔剣には全く無いと言っていいほどの、圧倒的な威圧感を放っていた。
使っている鉱石が特殊なものなのか、見つめていると一瞬だが空間が歪んでいるような違和感を覚える。『幻想』の名に恥じぬ存在感。本当に幻想を見ているようだ。
「試し振りをしても?」
「どうぞどうぞ」
危険が無いか試しにロウが持ち上げ、早速それを受け取る。
――――瞬間、すさまじい重さが圧し掛かる。足が折れそうになるが腰を入れて踏ん張る。
手が無意識に力み、血管が浮き出て汗が少しずつだが焦りの象徴として出てくる。
「魔剣は、持ち主を選びます」
「ッ――――?」
「質の高い業物となれば、なおさらです。剣に認めてもらわない限り、永遠にその剣は使い熟す事はできない。例外はありませんよ?」
その言葉を耳に入れた瞬間、さらに重圧が増す。
――――こいつまさか、俺を圧殺する気で……!?
魔剣には意思がある。確かにファンタジーや創作ではよくありそうな設定だ。
だが、ここまで厄介な物だったとは、想像さえできなかった。
「舐、めんなよ? ……ッ!!」
常圧を振り払うように、足腰に力を籠め、全身を使い持ち上げた。
そして――――落とした。
「が……っ!?」
いや、落としたというより、腕を見えない何かにより叩き落とされた。
どうやらこの剣は意地でも俺を受け入れる気はないらしい。
「ざっけんなよ……このクソ剣!」
自分も意地を張っているとは気づかず、無理やり持ち上げようとする。
次は背中に何かが圧し掛かった。相撲選手が背中に乗ったような気分だ。
「この、野郎……いい加減――――」
奥歯に力を入れて、全力で抗う。
同時に全身が地面に叩き伏せられた。肺から強制的に空気が吐き出させされ、意識が一瞬だけ暗転する。
対して剣は何事もないように地面に置かれており、まるで俺だけが詰まらない一人芝居をやっているような光景だ。直後に額に青筋が浮かぶ。
「そこまでです」
ロウはそんなことが言った途端に、俺の手からイリュジオンを取り上げた。
同期していたのか全身をつぶそうとしていた圧力は消え去り、俺は咳き込みながら無力に立ち上がる。
「ごほっ、がはっ! けほけほっ!」
「ふむ。どうやら、予想以上に頑固者らしいですね。しかしそれは強い力を秘めているという証拠でもある」
「な、なんで、あんた……持って……」
「お気になさらず、別に何か細工をしているわけではありませんので」
イリュジオンを持ったままロウはお辞儀をする。
よく見ると、ロウの足元は凹んでいた。その光景が意味することは、至極簡単なことだった。
あの重圧に、生身で耐えているのだ。涼しい顔を保ったまま。
「しかし、困りましたね。これでは売り物になりません」
困った顔をしたロウはイリュジオンを布に包みながらそう言う。
確かに、誰にも扱えないなら誰にも売れない、ということだ。商人からしてみれば、そこらの石ころよりよっぽど邪魔な荷物にしか他ならない。
冷静さを失った俺は、完全に我を失ってムキになっていた。そのせいで、普段の自分とは思えないような発言をしてしまう。
「――――そいつ、いくらだ?」
「……おや? いいんですか? 使えない物を持っていても、荷物にしかなりませんよ?」
「いいよ別に。いいから売ってくれ。いくらだ?」
俺の言葉に、ロウは笑顔を浮かべて手を顎に当てる。
そして、俺の目の前に三本の指を立てた。
「金貨三枚、どうです?」
「…………」
残念ながら、そこまで持ち合わせてはいなかった。
なのでアイテム欄から幾つか宝石を取り出して、ロウに見せる。足りるとは思う。
「本気ですか?」
「ああ、いや……ただ、な。そいつを使いたくなった。なんとなくだけど」
「……ふふっ……初めて見ましたよ、貴方みたいなお客さん。普通はもっと使い勝手のあるものを選ぶというのに」
肩をすくめると、ロウは金貨五枚とイリュジオンを渡してきた。
「差し引いたんですか?」
「いえいえ。サービスですよ。この頑固者は私たちにとっても漬石同然だったのです。岩に値段をつけて売るなど、商人の風上にも置けない行動ですよ!」
「あとで請求とか、しないですよね?」
「詐欺は商人にとっても禁忌中の禁忌です。安心してください。『ミュオエール商会』のモットーは『一にお客、二に代金、三に信用』ですから」
「地味に嫌なモットーだな……」
ここであることに気づく。
今俺はイリュジオンを持っている。なのに、今俺は平然と立っている。
まるで先ほどの重圧が嘘のようにないのだ。
「ああ、ちなみにその布は『封呪』の属性を付与されていましてね、重力を操る程度の魔法では外界に干渉できないようにしてあります。ので、それに包んでいる限り、潰される心配はありません」
「……本当に何でもそろっているんですね」
「あと、双頭剣は中から二つに折れます。携帯性もあって、あまり戦闘の邪魔にはならないかと。イリュジオン自体は通常なら十キロ程度とあまり重くはありませんし」
「いや十分重いんですけど」
試しに布越しに力を入れると、かなりの力を入れたら柄の中点部分から二つに分かれた。ちゃんと戻せるんだろうなと心配して戻すと、元通りに戻る。
確かに、あまり邪魔にはならないだろう。少し重いが自分を鍛えるための重りとすればあまり問題ではない。
「それでは、代わりの武器を用意しましょう!」
「ま、そうなりますよね」
武器一つ選ぶだけでも大変だなおい。
そう、つくづく思った。
――――――
「あ、やっと戻ってきた」
「戻ってきた、じゃねぇよ。ったく、変な商品に目移りしやがって……」
漆黒のコートを翻しながら、苦しい顔でアウローラを見つめる。
「似合うねー」
「うるせぇ、おかげでこんな中二臭……いや、ふざけたコート着せられたんだ。それ相応の結果は出してもらうぞ」
そのコートは『エンペラー・オブ・ザ・ロードナイト』という不死系モンスターのマントを利用し作り上げられた『騎士帝王の漆黒外套』という防具だった。
耐火耐水耐氷耐風耐土以下省略というかなりのスペックを誇り、防弾性と防刃性も備えた『これ一つあれば大体防げる』という親切設計。勿論お値段はかなりの物で、かなり苦い顔をしながら買う羽目になった(それでも特別に八十パーセントオフという破格だったが)。これぐらいしないと生存率がかなり下がるというね、ホント『塔』ありえないわ。
籠手とブーツも新調し、胸には小型のチェストアーマーも完備。背中には『加工魔石』という物を使った両手剣『ブルー・サファイア』を。文字通り水晶のような透明度の刃と優美な青色を兼ね備えた二メートル近い大剣だ。腰には未だに扱えない魔剣イリュジオン。完全装備、どこから誰がかかってきても問題なし、といった感じだった。
「やる気満々って空気出してるよ」
「ああ、そうだよ。どっちかって言えば早くやって帰りたいという気持ちだがな」
深い溜息を吐きながら首を横に力無く振る。
それから、少しだけアウローラを一瞥し、すぐに約束の場所に歩き出す。
「? どこ行くの?」
「二回も言ったんだが……約束があるっつったろ? 場所は……そう、中央広場だ」
記憶を検索しながらも足を止めず、アウローラを置いて行く形でどんどん進んでいく。
正直これで離れてくれると助かるんだが、そんなことで離れるアウローラではなくすぐに追いついて俺の横にピッタリくっついてくる。歩幅は全く違う関係でアウローラの足が少し早くなっているが。
「その約束って確か……人と待ち合わせをしているんだっけ」
「ああ、俺の仲間……って言っていいのか」
「どんな人?」
「そうだな――――とりあえず、美少女。その一言に尽きる」
あの容姿に対して、俺は評価できない。
整ったルックス、人外レベルの美貌、可愛いとも美しいとも言える整った顔立ち、そして極め付けにあまりにも優雅な神速の戦闘スタイル。更に肌はまるで初雪のような白さ、髪に至っては純銀とさえ思えるほど綺麗だ。とても自分に合うような人物ではなく、もし普通の町娘として育っていれば今頃金持ちのボンボンが絶えずにアプローチしてくるだろう。
改めて考えたら、今自分がなんという人物に関わっているのかが自覚できる。
もし欠点があるとしたら――――
「あー、あとちょっと頭が変だ」
そう、リーシャは少し頭が変だ。
自分の危険を考慮していない、他人に至っては自分の遊戯のための道具としか思っていないような口ぶり。正直に言って『箱入り娘』という感じが絶えずに伝わっていた。
他人とコミュニケーションをあまりとらず、人に価値を見いだせず、さらに一番大事な自分自身の命が大事と思えずただ娯楽を求めて翻弄する困ったお嬢様。
ああ、これだわ。
「……あとは会ってから確かめろ。その方が早い」
「頭が変な美少女……嫌な予感しかしないね」
軽く諦めたようにそういうと、アウローラはかなり不安そうな顔をする。
まさかとは思うが、こいつ他人と接したことがほとんどないんじゃ……などという世迷言を思ってしまう。ただ初対面なので少し緊張しているだけだろう。学校の自己紹介で焦っているようなもんだ。たぶん。
市場区画を抜け、街の地図がある看板を見ながら中央広場へと歩を進める。
中央広場自体はそんなに遠くにはなく、歩いて数分で着くぐらいだった。
この街の中央広場は広く、半径約五百メートルという広さを持ち、その広さから露店さえ出すことのできるスペースが確保され比較的賑やかだった。流石に市場ほどではないが、その熱気は十分すぎるほどある。
ただ、人が一か所に集中していることさえ除けばそんなに気にする所はなかった。
中心付近に野次馬が出来ているのが、遠目で見てもわかる。
「なんだろ?」
「知らん、手品でも公開してんじゃねーの?」
少し気になるので、野次馬にまぎれてみる。
耳をすませば、その声は聞こえてくる。
「おい嬢ちゃん、この俺がぶつかったって言ってんだ。なら、詫びの一言ぐらいは言うべきじゃないのか?」
「知りませんよそんな事。私が断ってたらあなたが勝手にぶつかっただけでしょう?」
「はん、頭に向かってそんな口を叩くとは大した度胸だな小娘」
「代償は、そうだな……体で支払ってもらおうか。げひひ」
「キモイですね。最低の人間です。塵は塵らしくゴミ箱に居ればいいと思いますよ」
「んだとコラァッ!?」
……すごく、聞き覚えのある声だ。
まるで不純物が一切ない水のような、透き通っていて妖艶ともいえるその声。
姿は見えないが、十中八九アイツだろう。いやアイツ以外に考えられない。
「いきなりからんできて体を要求するなんて、最低の人間じゃないですか? 塵を塵と言って何が悪いんです?」
「こんの、ガキ!」
「煽り耐性ゼロとか、ぷぷっ。幼稚ですね~」
「ご、の……、絶対後悔させてやる!!」
姿が確認できる。
予想的中というか、輝く銀髪を持った少女――――リーシャが三人のいいガタイをしている男組と向き合っており、今現在その男の内一人がリーシャに向かって手を伸ばしていた。
俺はとりあえずリーシャの方を止めようと手を伸ばすが、時既に遅し。伸ばされた手を片手で絡め取り、リーシャは自分の身長以上ある大男に背負い投げを繰り出す。完璧すぎるその動作に一瞬見とれていたら、もう事は終わっていた。
恐らく大男は何をされたかわからずに意識を刈り取られたであろう。大男の頭は見事に石床に突き刺さり、その後はただ脱力して痙攣するだけであった。死んでないといいんだが。
「こ、このッ!!」
二人目の男が拳を前に出す。するとリーシャはその攻撃を赤子をあしらうように手で軽く弾き、残像を残す速度で男の懐に飛び込み軽く牽制。……のはずだが、その拳はおかしいほどに男の腹に潜り込み、リーシャの拳は肉で埋まる。これがまだ牽制だというのが恐ろしい。そう、本番はこの後なのだ。もう男の意識は首の皮一枚でつながっている。顎に一発入れればいいものを、リーシャは一番凶悪な形でとどめを刺す。
まるで死神の鎌のような機動で襲い掛かるアッパーカット。回転を加えたそれは男の鳩尾にこれでもかというほど深く潜り込み、男の意識を音もなく消し去る。衝撃波全て体を通して流れ、吹き飛びはしなかった。それを不幸中の幸いというのか、男は白目をむき口から泡を出しながら倒れる。
最後のリーダー格と思われる二メートル強の大男は、完全に焦りを見せて怒りのままにリーシャに襲い掛かった。その小さな体を引き裂こうと、ただ我武者羅に突っ込んだ。これは俺でもわかる。この状況では悪手中の悪手だ。
リーシャは突っ込んでくる大男に対し、欠伸をしながら軽く裏拳。瞬間パァァァァンという気持ちいい音とともに大男の鼻が折れ、大男は大量の鼻血を出しながらよろける。
そんな絶好の隙をみすみす譲るリーシャではなく、即座に追撃。足を払って態勢を崩れさせ、側頭部を踵落としで石床に叩きつける。それでもう意識を失ったはずだが、リーシャは勝利の余韻として男の頭に足を乗せ、人々にドヤ顔でピースサインを送る。
野次馬はそれに応じて「おおおお」という驚きの歓声とともに少女の勝利を称えた。話を聞けばあの男ら、最近巷を騒がせている『傭兵団』の一員であるらしく、大きな顔をして待ち人からカツアゲをしていたらしい。因果応報というか相手が悪かったというか。
「何やってんだかあいつ……おい」
野次馬から抜け出して、リーシャの肩に触れる。
すると即座にストレートが飛んでくる――――が、当たる寸前で停止した。
「リース、遅いよ?」
「切り替えの早いことで何よりだ。おい、アウローラ」
野次馬の中から藍色の頭を引っ張り出す。
アウローラはいきなり頭を掴まれたことが気に食わなかったようで不機嫌そうだ。それを直すのは後にして、二人には早く自己紹介をしてもらおう。
「ほら、挨拶しろ」
「……アウローラ・デーフェクトゥスです」
覚束ないそんな自己紹介が妙に頼りない。いつもの威厳はどうしたんだ。
「この子誰?」
「お前がいない間に色々あってな……ま、『塔』まで同行することになった」
「こんな子がねぇ……」
「安心しろ、実力は折り紙付き――――」
「いや、それはわかってる。でも、ちょ~っと面倒くさそうな香りが漂っていてね」
「漂ってんのはお前もだろうに……」
「何か言った?」
「いや? 別に。ほら、皆さんも戻って戻って」
はぐらかしながら野次馬を追い払う。皆も自分のやるべきことを思い出したのか、蜘蛛の子を散らすように消えていった。ちなみに男どもの死体……じゃなかった、まあ邪魔だから人に頼んで路地裏にでも掘ってもらうように言っておいた。
これでもう、準備は完了だ。
「それじゃ、行くぞ」
「ああ、私の自己紹介がまだだったね。私はリーシャル・オヴェロニア。宜しくね、アウローラちゃん」
「ちゃ、ちゃん?」
「自己紹介は済んだか? さっさと出発しないと昼を食べてから出発することになるぞ」
「別にいいんじゃないかな」
「はいはい、どうせお前のことだから親睦を深めたいなんてこと言うんだろ? 必要ないからさっさと出発。決定事項だ!」
「え~?」
「……今日は最上層まで突っ走るつもりだが」
「行く! すぐに行く!」
ハハッ、チョロイチョロイ。
餌をねだる犬のように目を輝かせながら、リーシャは俺の後ろをぴったりついてくる。アウローラは俺の隣に来て、なぜか服の裾を掴んできた。どうかしたのだろうか。
「……気を付けて」
「何に」
「誰か見てる」
「……はぁ?」
意味不明なやり取りに、頭を悩ます。
とりあえず気は抜かないつもりだ。しかし、アウローラの様子が、かなり変だというのは見て取れた。
何らかのスキルが何かを察知しているのか、それとも――――
ここで被害妄想を打ち切る。こんなことを考えていたらきりがない。
とにかく、今は『塔』に到着することが先決だ。
街の外に向けて、今は何も考えずただ足を動かす。誰かに付けられているのにも気づかずに。
――――――
爆発音が倉庫の中に反響する。
それは数十回ほど続き、硝煙を撒き散らしながら鉛の塊と音を排出する。
そして――――足元には血の池が広がり、生臭い血肉の匂いと臭い糞尿が鼻を刺すような間隔に襲われる。
大惨事という言葉が生易しく思えるような惨事の中心には、二人の男女が立っている。
ロートス・エリヤヒーリッヒ。
レヴィ・オーラリア・ヘンシュヴァルト。
灰色と黒色を同時に持った髪と、紅蓮に燃える炎のような髪を持つ二人の男女は、たった一人の男に対し冷たすぎるほどの眼差しを送っていた。その芽はもはや塵として見ても居なく、ただただ『どうでもいいもの』を見ているような目だ。対して男はその芽と彼らの態度に完全に失禁し、腰を抜かしており、体が誰かの物かもわからない血で汚れるもの構わず這いつくばり、二人から逃げていた。
当然だろう。
この男はヘンリー・バンズスという男で。一つの傭兵団の団長ともいえる存在だった。その傭兵団は決して儲かってはいないが、楽して金を得たいと思うような連中ばかりでそれはもう金が一番と迷いなく宣言できる屑の集まりである。その汚い性格のせいで、一つの町に滞在し害虫のように少しずつ金を巻き上げていった。
だから二人は思う。こいつは害虫以下の存在であると。人の形をした塵以下だと。
「なァ、さっきから言ってんだろうが? ちょっと話をしたいってよォ?」
「た、すっ……たすけっ……ゆる、し……」
「ハン。いきなり襲って来て、最後には『許して』『助けて』だとよ。どう思うよババァ」
「名前で呼びなさい名前で。……全く、少しやり過ぎたかしら」
元々、この倉庫の中には三十人以上の人間が居た。
その人間は、もうそこら中に散らばってしまっているが。いや、厳密にいえばまだ人の形を保ったままの者もいるが、大半は頭と胸にぽっかり穴が開いている者や四肢が切断されたもの。一番ひどいものは文字通り細切れになり四方八方に肉片と血として四散している。
これを全て、たった二人の人間がやったというのだから、にわかに信じがたい話である。
「これ、後処理どうすんだ?」
「知らないわよ。街の人間が勝手に見つけて勝手に処理してくれるんじゃない? いずれにせよ私たちには関係ないことよ」
「ひッ、ギャハハハハハハッ!! これを見た人間な何を思うのやら、気になるなァおい」
「元々騎士団が処理する運命よ。最後には全員処分されてるから、死ぬのが早いか遅いだけの話。いいからさっさとこの男から情報を引き出すわよ」
「厳しいことだなァ、やっぱり惚れた男以外は死んでも構わんと思ってんのかレヴィさんよォ?」
ロートスは懐から一枚の写真を取り出すと、逃げようとしているヘンリーの脚を掴んで引き戻し、至近距離でその写真を見せつける。
「よッし、おい塵。今から言う質問には問答無用で答えろ。じゃなきゃ殺すぞ?」
「ひ、ぃぃぃぃ!!」
「この写真の奴を見たことがあるか? または、似たやつの話を子分から聞いたことはあるか?」
「み、見てない! 見てないぃぃぃ!!」
ニコッと笑ったロートスは――――その手に持つ巨大な黒色をメインとした青いラインがむき出しな『銃剣』をヘンリーの脚に付きつけ、引き金を引いた。
瞬時に足は粉みじんになり、片足が空中を舞う。勿論、傷口からは大量の血が噴き出す。
ヘンリーはそれをぼうっと見て、絶叫した。
「あッ、ギャァァアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
「黙れよるッせェな。はいもう一度聞くよォォオオオオ? 見たこと、または聞いたことは?」
「無い無い無い無い無い無い無い無い無い無いィィィィィィイイイイイイイ!!!!」
「はいもう一本」
火薬の炸裂音とともにもう片方の足が吹き飛ぶ。
「ギィイイヤアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「うッし、最後だ。もう一度聞くぞ――――」
「ほ、ほっほほ、本当にない!! 本当だァッ! 見たことなんてない! ないものをどうやって喋れって言うんだよぉオオオオオオオ!!」
「へェ……じゃあこれ」
ロートスは悪魔のような笑みを維持し、ある紙をヘンリーに付きつけた。
それは彼の傭兵団が管理していた街を出入している人物を記した記録紙だった。そして、赤い丸が一人の人物を囲んでいるのが見える。
「さて、これはどういうことなんだァ? てめェらが管理していたんならその内容を把握していても何ら可笑しくはないだろォ?」
「ち、違う、何かの間違いだ! そいつは代替的に誰かが管理していたものだッ! 俺はそんなものなんて目を通したことなんて一度もない!」
「はァ? 誰が管理していたんだよ?」
「お前らが肉片にした奴らの内の誰かだよ!!」
笑みを崩して、ロートス完全に不機嫌そうな顔になる。当てが外れたせいで、完全に無駄足だったことにいら立っているのだ。――――いや、二人がリーダー以外残らず殺し尽したことが原因なのだが。
彼は軽く溜息を吐くと、ヘンリーから離れていく。彼はそれに一瞬だが安堵した。
だがよくよく見ると、彼が肩に担いでいる銃の銃口がこちらを見ていたのが分かった。嘘だろうと思った矢先に――――銃口からオレンジ色の閃光が何回も放たれる。
「アアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
「でよ、レヴィ。どうすんだ、もう手がかりはつかめねぇぞ?」
「ギャッ、ギャギャガギャギャギギャアァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「……ふむ、そうねー。無いわけではないけど……」
「がぼっ、ぶごぼっ、ぇがっ、お、ごっ――――だず、ぇ」
「策でもあんのか?」
「ギャッ」
後ろから何かが破裂した音があったにもかかわらず、ロートス普段通りの話し方を維持している。
シリアスキラーでもこうはいかない。完全に頭のネジが数百本外れた人間だけが行える真のポーカーフェイス。
レヴィという女性も同様、表情を一切変えなかった。彼女は至極まともそうな人間に見える――――だが、人間という者は、外見に比べて中身が醜悪なやつという者が多い。勿論、レヴィもその例に尽きない。
「前に、標的が無関係な人間に接触しているといったでしょ?」
「あ~、そういや言ったな。アレを利用すんのか? 無関係な市民を? ヒヒャハヒャヒャヒャ!! やっぱ中身が暗黒物質でできてんなお前は!」
「黙りなさい、貴方と一緒にしないでロートス。これでも私は至極まともな部類に入るのだけど?」
「狂人の中では、なァ?」
人を完全に馬鹿にしたような目を見ても、レヴィは特に何も思わない。興味がないのだ。興味のないもの、たとえば道端の小石を見て人は何かを思うだろうか。レヴィにとって、人間とはそういう物だ。石のように転がっている物質に過ぎない。ただ一人を除いて。
「ここでは任務が最優先よ。明日までは絶対に見つけるわ」
「俺顔知らねェんですけどォ?」
「……チッ、使い物にならん糞袋め」
「イヒッ、じゃあ俺にできることは何もないっていうことでェ。俺はしばらく休んでるわ」
「任務を放棄するつもり?」
「なんとでも言ってくださ~い。かかっ、働けるのはあんたしかいねぇんだからさっさと働けババァ」
「……クソッ」
後に、血だらけの地獄絵図となっていた倉庫は裏路地に住んでいる浮浪人に発見され、街の自警団により発見された。しかし、あまりの惨状と弾痕だけという証拠のなさに操作は即座に打ち切られ、永久に解決されないだろう迷宮入りになった。
更にその悲惨さのおかげか、その事件は表沙汰になることはなかったという。