番外編5・『始めの一歩は地獄の針山』
なんか番外編だけで小説一本作れるような気がしてならない。これでもまだ二割進んでないって・・・・どーしよ。
親に捨てられると言う気持ちは、どんなものなのだろう。
知らないわけじゃない。
かといって、全て知っているわけでもなかった。
俺の良心は碌でもない奴らだった。
だから少なからず、気持ちも違うだろう。正常に育った子供が、急に親と言う守り盾を失う気持ちは。
わからない。
自分の生まれた意味が。
捨てるなら産むなと言いたくなる。
意味を探せば、きっとこの気持ちも落ち着くのだろうか。幼少の頃の俺はそんなふざけたことを真剣に考えていた。
探しても見つかるわけがないのに、気になって仕方がない。
こんな夢の中でも、そんな生産的でもないことをを起きるまで延々と考えている自分が馬鹿だとは思った。しかし誰もが答え知りたいはずであろうこの問い。
『何のために自分は生まれて来たのか』
それは永遠に分かるわけがない。
人間は、ただ生まれる。
卵細胞が受精し、それが成長して、人間になる。
それに意味など有るだろうか。
両親の愛の結晶、生殖細胞同士で受精した結果生まれた生物。
違うだろう。
意味なんてない。
俺たちが今地上の支配者になっているのも、きっと意味は無い。
感情が存在する理由もまたない。
それら全部『何故生まれた』と聞かれて直ぐに答えられる奴など居るのだろうか。
いない。
そいつもまた人間だから。
――――――
体が一度大きく揺れる。その後小刻みに小さな振動が身体を揺すぶる。
頭痛を伴いながら意識を少しずつ鮮明にさせてゆく。
そう、俺は……北海道に行く途中で寝たのだった。運転しているのは確か、ユスティーナ・エーデルガルド・ブリュンヒルデ。俺の義母にして育て親。
同時にドイツ軍元帥と言う化け物だ。
そういえば、何故ユスティーナが自分たちと行動を共にしているのだろうか。成り行きか? いくら昔の馴染みと言え、こんな面倒事に自分から飛び込むメリットは限りなく少ない。
まさか、親心と言うやつなのだろうか。
よくわからない。
頭の中の靄がなかなか取れずにいると、すっとハンドルを握っていたユスティーナが何かを差し出してきた。
「……何だよ」
「気付け薬」
素直に受け取る。
渡されたのは白いカプセルだった。
「ほい」
ユスティーナは運転しながら渡した気付け薬をつまむと、そのまま潰した。
瞬時にカプセル内に凝縮されていた高濃度アンモニアが車内全体に広がり――――とてつもない刺激臭を車内にいる全員に嗅がせた。
アンモニアの刺激臭は、学校に通っている奴らならばよくわかるだろう。いや、普段から黄色い小便をしている奴らもよくわかる筈だ。あの臭い、トイレに充満する嫌な臭い。
それが十二倍ほど凝縮されているのだから、臭いによる刺激は想像を絶するものだった。
「ッ―――――――――~~~~~~~~~~!!!!!!」
「はっはっはっはっは!」
急いでフロントガラスを四か所全て全開にし、換気する。
元凶のユスティーナの愉快そうな笑い声を後ろに、後部座席にいた三人――――柊紗雪、草薙綾斗、それから本名不明の猫耳フード『代理人』。全員は鼻をつまんで嫌そうな顔で睡眠状態から起き上がる。
「絶望君、何、この小便の臭い。誰か漏らしたの?」
「なんか洗ってないトイレの便器に顔を放り込まれた気分なんだが」
「………………最悪」
「……とりあえず鼻でもつまんで黙ってろ。元凶は俺の隣で笑ってるアホだから」
「ふはははははは! お目覚めは刺激的だろう子供たち」
熱くなってくる頭を冷やして、まずここが何処か窓の外を見やる。
相変わらずの透明な強化アクリル製の防壁。それがずっと向こうまで続いており、高速道路を走っている車体を隔てている海にこぼさないと言っているような――――海?
「……おい、まさか」
現在地点、青函大橋。青森と函館をつなぐ青函トンネルに変わる新たな交通手段でありライフライン。海の上に長く巨大な橋を架けると言う発想から生まれた、約二十年前の技術の産物である。
まだまだ現役で、流石技術大国日本と言うかパーツメンテナンスは定期的に行っているようであと百五十年は持つと言う高精度な大橋。
飛行機や船や新幹線を使わずに海峡を渡れる交通手段の一つでもある。
つまり――――北海道まではもう目と鼻の先という事だった。
「アンタ寝ずにフルスピードで走ってきたのか?」
「一週間ぐらいは寝なくても大丈夫なんでね」
ユスティーナは肩をすくめてそう茶化すように言った。
少々申し訳ない気持ちになったが、直ぐにその芽を摘み取った。こういう人間はすぐにその弱みに付け込んでくる。たとえば「お詫びにほっぺにチュー」などとふざけたこと抜かした暁にはグーパンをプレゼントしてやりたい。
「さて、私は北海道に着いたらすぐに帰らせてもらう」
「理由は?」
「まだ東京にやり残したことがあるんでね」
「そうか」
俺の面倒を見ることをやめてでもやらなければならない重要な事なのだろう。
それを理解し、俺は特に口答えはしなかった。
元も予定に入っていない異端要因だ。外すに越したことはない。戦力としてはこれ以上ないほど頼れるのだが、流石にそれは期待しすぎというものだ。
「ところで――――後ろからついてきているアレ、お仲間さん?」
「は?」
言われて窓から首を出し方向を見る。
――――言葉を失った。
先程から何かおかしいとは思った。
自分たち以外の車体が一切見られなかったのだ。早朝とはいえ、流石におかしいとは思った。
原因が今わかった。
はるか向こうでモクモクと上がっている黒い煙。微かなサイレン音。
そして――――静かに響くイオンプラズマジェットの音。
白い巨体が、飛行機が迫ってきていた。
時速四百キロと言う速度で。
よく見ると、自動車のメーターは同じく四百キロをオーバーしていた。動力源の大容量プラズマバッテリーが残り20%になっているという事はおそらく、青函大橋に入ってからずっとカーチェイスを繰り広げていたという事だろう。
こちらを起こさずに行ったと言う神がかったテクニックを褒めるべきかと思ったが、とにかく後方座席にいるやつらにこの危険事態を早く伝えるべきだと判断した。
「おい代理人! トランクから対物ライフル取り出せ!!」
「ん? なんで?」
「早くしろ!!」
向かってきていたのは、白をメインカラーとした無人戦闘機。しかもただの無人機ではない。
そんなチャッチな物だったら、俺もこんなにあせっていない。
「寄りにもよってRQE-24――――プレデターファルコンかよ!!」
RQE-24 プレデターファルコン。
一般人ならまずお目にかかれない、超最新鋭無人戦闘機。
アメリカ・ロシア・オセアニア三国の共同開発によって生まれた最新最高傑作であり、現行最強の無人戦闘機。
小型化に成功したイオンプラズマジェットエンジンを四つも積み、武装は巨岩に軽く大穴を開ける威力のプラズマブラスター。そして三十六もの照準線ビームライディング誘導方式空対地ミサイルと最新技術の塊であるホーミングプラズマレーザー。おまけに30mmガトリング砲GAN-U13 アヴェンジャーⅢ。
現在アメリカ主力のF-41 T-Rexぐらいしか対抗できないであろうその化物は、しっかりと全ての火器の照準をこちらに向けていた。
「俺たち相手に最強の機体を引っ張ってくるかよッ!?」
代理人から対物ライフルをひったぐる様に受け取り、窓から銃口を突き出す。
当然こんな脆弱な武装であんな分厚い鉄板装甲に向けるような大火力と渡り合えるとは思っていない。
要するに、潰せばいいのだ。
照準機器を。
窓から腕だけを出し、左腕を曲げて無理矢理後ろへと向ける。
握っている対物ライフルを限界まで振り絞った握力で握りしめながらトリガーを何度も引いた。
獣と言うより大砲に近い轟音が何度も木霊するが、背後のプレデターファルコンはそれに反応し上昇。大きく旋回するとトップスピード、マッハ2にまで加速しアヴェンジャーⅡの七つもの砲身を回転。背筋から嫌な汗が洪水の様に出て来たときはすでにユスティーナはハンドルを切っていた。
右に大きく車体を動かすとすぐにアヴェンジャーから放たれた三十ミリ口径弾が雨あられの様に放たれ強化アスファルトの地面を一直前に薙ぐ。砲撃と言うよりもはやその連射速度はレーザーだ。当たったらいくら強化されたこの車と言えど、真っ二つどころか粉々になるのは容易に想像がつく。
しかも相手は無色の炭素繊維強化プラスチックのレンズと炭素配合人工強化チタン合金メインの複合装甲。こんなライフルでは傷をつけるのがせい一杯だ。
現在この車体に積まれている武双は、この対物ライフルとマシンガン一丁。後はハンドガン何丁かと少量の旧式C4爆薬程度だ。あの走行を貫ける武器は無い。そもそも戦闘を想定していないせいで十分な武装を用意できなかった。
こんな公道で戦闘機で襲ってくるなど完全に計算外なのだ。
愚痴を言っていても始まらない。
対物ライフルを後部座席に投げ渡して助手席の前についているグローブボックスを漁る。
「おい何やってんだ! ミサイルが飛んでくるぞ!?」
「黙ってろ! おい師匠、回避しろ!!」
「りょーかい」
車体を大きく揺らしながら、ユスティーナの神がかった運転テクにより飛んできたホーミングプラズマレーザーを全弾回避。その間にグローブボックスから大量の油性ペンを見つけた俺は手ごろな容器、ドリンクホルダーにあった空き缶をくりぬき、油性ペンを割って中にインクを流していく。
「結城お前何を――――」
「C4爆薬よこせ! 早く!」
全てのペンからインクを流し終えると、後ろにいた綾斗から爆薬を受け取り粘土状のそれを棒状にして信管を刺していく。それからくり抜いたふたの周りに爆薬を縫って無理にくっつけた。
それだけを見て俺が何をするかわかったユスティーナは薄ら笑いを浮かべ、走行している車両を向かってくるプレデターファルコンの正面に合わせる。
俺はすぐに爆破用のリモコンを取りハンドガンを口にくわえるとシートベルトを外し、フロントドアを開けた。後ろにいた二人、紗雪と綾斗はそれを見て驚愕の声を挙げた。
当然無視する。
自動車の屋根に上ると、片膝を付きながらゆっくりと片腕を振りかぶる。その間に俺はリモコンをしまい口にくわえたハンドガンプレデターファルコンに向け弾が切れるまで打ち続ける。小さいためかそれに対して反応はしてこない。
プレデターファルコンが向かってくる。株にあるアヴェンジャーⅡの砲身が回転を始め、翼部にあるミサイルの接続部が微かに動き始める。
それでも俺はまだ動かない。
全員が息をのむ。
タイミングを逃がせば、俺達は全滅。
だが成功すれば――――こちらの勝ちだ。
「――――フッ!!」
インクの詰まった缶を投擲。
目標はプレデターファルコンのカメラアイ。
しかし当然、相手は投擲した空き缶に反応し、それを撃ち落そうとする。
「遅い」
すでに爆弾のスイッチを押していた。
空中で缶が爆散し、インクがまき散らされる。
まだプレデターファルコンの手前で爆発したせいで、距離が足りないように思えた。
だが違う。
相対速度により、こちらは四百キロ、相手はマッハ2つまり約時速2400キロで向かってきているのだ。十数メートル程度の距離など直ぐに詰められてしまうのが道理。
それにこちらは感を投擲した直後回避行動に移っている。
放たれたアヴェンジャーⅡの弾丸はすでに回避済み。若干のタイムラグの跡に放たれようとしたミサイルとホーミングプラズマレーザーは、頼みの綱のカメラアイと赤外線式識別レーザーにインクが盛大に掛かったことにより封じられた。
目を失った無人機の結末を想像するのはそう難しくなかった。
地形情報を収集できないことにより、AIは混乱。いくらGPSや衛星からのデータがあろうとも、こちらの位置を正確につかむことは困難を極める。
それに、もうアレは飛べやしない。
後ろから何かが爆発する音がする。少しだけ振り返ってみると、後ろにあるエンジンが爆発しているのがよく分かった。
エアインテークに異物を何個も入れられれば、壊れもするだろう。
「ったく、糞みたいな目覚めだよ……」
デカい舌打ちをしながら、俺は愚痴とため息を吐いた。
向かい風が刃物の様に全身を撫でる。
まるで嫌な予感を加速させるような風だ。
その嫌な予感とやらに少しだけ心を動かされ、気まぐれに空を見る。
航空機が飛んでいた。
いつもの光景だ。
神経質になり過ぎた自分を嗤いながら、助手席に戻ろうとする。
「…………待て」
あれは、本当に航空機だったか?
記憶とは少し差異がみられた。
形状が少々違う。航空機は、後部に四角いコンテナなど積んでいない。
じゃあなんだ。
もう一度空を向く。
「………………おいおい」
顔が無意識に引き攣る。
そこにはあり得ないものが、こちらに向かって降ってきていた。
「嘘だろ」
この時代には、あまりにも合わない最高に頭のいかれた作品が。
巨大ロボットが降ってきた。
――――――
『プレデターファルコンの墜落を確認。原因は……カメラを潰された模様』
『至急代替策を準備』
『現在輸送中の試作型の導入を提案』
私はそんな文字を気が抜けたように、ただぼうっと見つめる。
操縦桿を握った手は離れない。離したくても離せない。実に窮屈な操縦席だ。
身体は固定されており、好きに動くこともできないのに肺には効率的に常温液体酸素を注入されるし、さらには血管には様々なドーピング剤を送り込まれる始末。ここまで来ると軽い人体実験をされているように思える。
いや、事実人体実験と言う綴りは間違っていないだろう。
それでもこの行為はこの『機体』に乗るに当たっては必須と言える。
瞬間的に25Gと言う凄まじい負担が襲ってくるこのじゃじゃ馬を乗りこなすには人間を越えなければならないのだ。
それに『コレ』には自分から志願して乗っている身。
文句は言えないだろう。
『Я задаю Вам вопрос.』
『Что Вы думаете об этом предложении?』
『Я нуждаюсь в Вашем разрешении.』
「…………Я не возражаю против него на японском языке.Вы не можете говорить на русском языке очень так или иначе.」
相手らが自分の母国語――――ロシア語で問いかけてくるのが実に不愉快で『日本語でいい』と話す。
日本のサルの分際で我々の国の言葉を真似するとは……とそんなことを思っている間に指令が画面に表示される。
『我々はその機体の導入を提案します』
『作戦実行の許可を得るには、貴女の上層部の許可が要ります』
『選択はあなたの自由です』
実に笑えてくる。
自分たちの追跡者の抹殺を失敗した挙句『機密にするべき兵器の導入を』と言う頭の悪そうな提案をする様は非常に笑えてくるものだった。
あまり期待せずに、操縦桿についている小型キーボードを操作し、文字を打ち込んでいく。
数秒後、直ぐに返事は返ってきた。
『許可する』
どうやら上層部の頭は空っぽのようだった。
いや、隠蔽できると判断して追跡者を確実に始末する方向にしたのか。
どちらにせよ自分に面倒事が降りかかるのは確実のようだった。
ため息は吐かない。
上層部、自分を造った者たちが『しろ』と言っているのだ。ならば素直に従うのみ。
外部との通信を音声に制限し、登場している『機体』の調子を一つずつ確認していく。
『動力部――――異常無し』
『動力貯蔵バッテリー残量――――100%』
『機体フレーム――――異常無し』
『バックアップ演算装置――――異常無し』
『格関節駆動部――――異常無し』
『メインカメラ及びサブカメラ――――異常無し』
『全武装――――異常無し』
『Нет полностью никакой ненормальности.――――Я могу пойти.』
キーを叩き、機体のロックボルトを全解除。
ガコンと言う大きな音と共に後部の輸送機コンテナ開閉ハッチが開く。
操縦桿を強く握り、全力で引く。
エンジンがそれに反応し起動。
――――四脚の先端に付いている全地形対応型ローラーが花火を上げて高速回転を始め、弾かれたように後部に飛び出す。
その先は空、全重量六十トンのこの『機体』が何の対策も無しに行くにはあまりにも無謀な環境だった。
対策はある。
とにかく問題がないので、私は薄く笑った。
初の実戦。
あまりいいミッションとはいかないが、とにかく少しだけわくわくした。
「少しは楽しませてよね…………お猿さん?」
――――――
冗談じゃない。
非現実的すぎるそれを目の当たりにして出てくる言葉は、そんなくだらない物だった。
全長四十メートル、幅八十メートルもの巨大ロボを見たことは生涯一度としてなかった。またそれが存在するとも思わなかった。
いや思う方が可笑しいだろう。
昔は確かに自分もガン○ムやゾ○ドやトラン○フォー○ー、少々マイナーなものを上げればガン×○ード、蒼穹の○ァフナー、鉄のライン○レルなどを気まぐれに見て来た身だ。
見た感想は全て――――こんなもの存在するはずがない。
その考えをこの一瞬で粉々にされた。
そもそもそんな人型をしたロボット以前に巨大ロボットを作る行為自体が非効率的なのだ。そんなもんを造るならば核兵器を一つ二つ作った方がまだ安上がりだ。この時代ならば確かに最新技術を使えばロボットを作ることぐらい造作もないことだとは思うが――――それでも普通は『非効率的』と切って捨てられるのだ。
なのに何故ここにある?
どうしてわざわざジェットを逆噴射してここに降りてくる?
ミサイルを撃ちこめば済む話だろう――――!!
そんな文句は相手に届くはずもなく、巨大ロボットはこの高速道路に着地した。
地面を粉々にしながら、大橋を一部沈没させながら。
時速四百キロで走っているはずのこの車についてくる速度で。
「な……な……………あ」
「おいおいおいおいおいおい!!! ふざけんな何だありゃ!? あんなもん見たのはパシ○ィック・リム以来だぞ!? いや、エヴァン○リオンか?」
「……嘘でしょう」
「開発者はいい趣味してるねー。気持ち悪」
「いやー、新設ソ連も愉快な国になったもんだ」
各核がそんな感想を残す中、巨大ロボは背中についていた巨大なライフルを取り出し――――こちらに向けた。どう見ても三十ミリなどと言う口径で済む大きさではない。
あれではもう、『大砲』と言う言葉すら生易しい。
猛獣の雄叫びがひな鳥の鳴き声に聞こえるほどの轟音が発せられる。次の瞬間にはこの車のすぐ隣に有った道路が衝撃波で吹き飛び、破片が空中を燃えながら舞っていた。
輻射熱で衣服が焦げ、肌が焼ける音がする。
自動車の金属フレームも高熱になり靴底のゴムが少しずつ溶けていく感覚も嫌々味わった。
唯一の救いは、相手の照準がずれたことと武装がセミオートだったことだろう。
あんなものを百歩引いてもアサルトライフルの様に連発して来たら、もう死んでいる。
下手したら先程の砲撃の輻射熱で死んでいたかもしれないのだ。衝撃波が照準が大きくずれていたせいであまり届かなかったのも幸運と言える。
しかしそんな幸運も二度は続かないだろう。
「どうすんだよ……これ……!?」
打つ手がなかった。
相手の装甲強度はおそらく先程のプレデターファルコンの比ではない。
対物ライフルでは傷もつかないだろうという事は予測できた。
カメラもメインとサブに分かれているだろうし、それにもうインクがない。
完全に行き止まりだった。
「やぁれやれ」
ユスティーナが、不意にそう呟く。
彼女は天井をどんな手段を使ったのかは知らないが切断し車をオープンカーに早変わりさせた。
直ぐに天井に乗っていた俺を回収すると、首根っこを掴んでその腕を振りかぶった。
「アンタ、何するつもりだ!?」
「この先は気を付けろ。もう私のサポートもできないだろうからな。お前と一緒にいた時間は、結構楽しかった」
「はぁ!?」
「アレは、こちらで食い止めておく。お前はさっさと先に進め」
「何を言って――――」
「深く考えるな。今は馬鹿になれ」
結局答えを得られないまま、俺は投げられた。
高さ二十メートルの防護壁を越え、向こうの海に着水。お余りの出鱈目さに何が起きたのか一瞬わからなかった。
それから次々と皆が投げ込まれていく。
全員が無事着水したころには、すでにユスティーナと巨大ロボの姿は見えなくなっていた。
部外者全員を海に投げ終えたユスティーナは嘲笑いながらどこから出したのかわからない軍刀の柄でアクセルを固定。常時全速力で走らせるように細工すると席から立ち上がり、ゆっくりと巨大な人型兵器――――
「確か、ジェーヴォチカだっかたね。ふざけた名前だ」
笑ったまま、しかし内心は冷え切った怒りを秘めながらユスティーナは舌打ち交じりに剣を軽く素振りする。相手は再攻撃の準備完了。銃口を向け、精密射撃をしたいのか今度は両手で構える。
それでもユスティーナは何もしなかった。
逃げもしない。
隠れもしない。
「我堂……随分とまぁ、アホみたいなことやってるな、オイ。ま、いい。過ぎたことを考えても仕方ない。――――おいパイロット、聞こえているのかは知らんがさっさと降りろ。死んでも知らないぞ」
『……………』
返事は無言。
いや、返事はあった。引き金に掛けられた金属製の指が一瞬だけピクリと動いたのだ。
それを見てユスティーナはくっと一瞬だけ笑った。
引き金が引かれる。
巨大な砲弾が大量の熱と衝撃波を引き攣れてユスティーナを裂こうと迫りくる。
だがその弾丸は本懐を果たす時は永遠に訪れなかった。
真っ二つに切られれば、弾丸は弾丸ではなくなるだろう。
ユスティーナは一瞬だけ動いた。ハイスピードカメラでも追いつかないほどの速度で、音速を優に超える砲弾を豆腐の様に切り裂いた。熱も衝撃波も、全て。
「忠告はしたぞ」
それが今日、ユスティーナが最後に行った警告の台詞だった。
直後、ジェーヴォチカと呼ばれる人型起動兵器はその体の四割を粉々にされた。
ただの斬撃一回で。
――――――
心身共にズタズタになりながらも、どうにか三人を引っ張って砂浜の上に打ち上げる。
まさか着水の衝撃で気絶するとは完全に予想外だった。いや投げられたときか? どっちでもいいが少なくとも俺の苦労を増やしたことは間違いないだろう。
「つか代理人テメェ……起きてるくせになに自分だけ楽しようとしてんだ」
「アレ? バレちゃった? あっははーごめんごめん。でも全身痛いしさ」
「クソッ……さすがに疲れたぞ」
まさか三キロも三人抱えたまま泳ぐとは思わなかった。これでも比較的近い方だったのだろうが、それでも人を引っ張りながら泳ぐという物は難解を極める。それに服を着たままだ。負担は何倍にも膨れ上がっただろう。無理して脳の制限も解除したことにより、体は文字通りボロ雑巾に様になっていた。
「ごほっ……ごへっ!」
「けほっけほっ……いっつ……」
気絶していた二人も飲んでいた海水を吐き出しながら覚醒する。
俺はそれを見て一応落ち着いたことを確認して砂浜に大の字に寝転がった。
朝っぱらから刺激的すぎる体験を味わえたぜ神様よファッキュー。
「あれ、ここ何処だ」
「……砂浜だよ、たぶん海水浴場近く。無事……じゃないがとりあえず北海道には到着だ」
「あなたまさか……私たちを引っ張ってここまで?」
「それ以外に何あるんだ? 都合よく海峡のど真ん中にモーターボードがあると?」
「……ごめんなさい。世話をかけて」
「知るか馬鹿が。お前らを水死させると後で面倒が増えるんだよ」
どうして死亡したか、と言う資料を偽造することがかなり面倒になる。
もしかしたら相手方がやってくれるかもしれないが、どちらにせよ意味は猫の手でも借りたいときだ。使える駒は一つでも多いに越したことはない。
それに、自分が原因で死んだとなると後味が悪い。
「とりあえずタクシー捕まえて今日中に札幌まで行く。そこで『運び屋』に連絡を入れる」
「『運び屋』、って……」
「正規の手続きを踏んで航空機でロシアに行こうとしてみろ。一時間足らずで撃墜されるぞ。それでもいいなら止めないがな」
ここまで大がかりな手段で追い立てられるとなると、航空機やフェリーは完璧に塞がれている。
運良く乗り込めたとしても事故に見せかけてハイジャックか兵器による撃墜。最悪またあの可笑しなロボットを導入されて終わりだろう。
とにかく無関係の民間人を平気で巻き込むような奴らに正面から立ち向かうなど自殺行為だ。
こういう時こそ『裏』の手口がよく役に立つ。
とはいっても、これは『運び屋』が抑えられていなければの話だが。
(流石にまだここまでは手は回っていないはず。速く『運び屋』と連絡を取らねぇと、不味いことになりかねない。最悪逃げ場を潰される。そうなればどんなに喚こうと『詰み』だ)
いざとなればドイツに亡命すれば安全だろう。
そこまで行けるかは別問題だが。
事態は一刻を争う。
逃げるか、戦うか。
……残念ながら、ここは戦う方が手っ取り早そうだった。
そっちの方がまだ生存率が高いと言うのは、笑い話にもならない。逃げる方が大変とはまた、糞みたいな世の中だ。
「世知辛いっていうのかね、ったく……本当に度し難い」
今日やった中で最高の舌打ちをしながら、俺はポケットにある防水性のスマートフォンを手に掛けた。
全く持って犬の糞みたいな世界だよ。




