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番外編4・『Everyday Break』

誤字修正。

 液晶が貫かれたスマートフォンを握りしめ、教科書を何冊も収納している鞄を背負いながら全力で走る。疲労からか何度も意気は上がりそうになり、過呼吸気味になりながらも足を止めることは無かった。

 後ろからは『死』が迫り来ている。

 黒服を着込み、その手に銃器を持った三人組がその屈強な足でこちらを追いかけてきているのだ。

 足を止めなら問答無用でハチの巣にされること間違いなしだろうという事は理性本能どちらも理解している。だからこそ足は止まらない。恐らく私自身の心臓が止まるまで止まることは無いだろう。


「はっ、はっ、はっ…………!!」

「止まれ! 止まれッ!!」


 後方で連続する銃声。必死の抵抗として背負った鞄を 盾代わりとしてそれを防ぐ。普段から鍛えて発達している超人的な速度の反応、アドレナリン分泌による感度増加、そして運。それらが合致し弾丸は全て鞄により防がれる。中身はぐちゃぐちゃになっているだろうが死ななければ代償としては安い。

 振り返ることなく全力疾走を再開。

 壊れたスマートフォンの電源ボタンを何度も押してみるが、やはり電源は入れられない。

 ある意味不運だが、幸運ともいえる。

 なぜならば――――これが、私に向かってきた頭部への凶弾を防いだからである。

 あそこで電話を受け取らなければ確実に脳漿は炸裂してミンチ肉と化していただろうと思うと背中に寒いものが感じられる。あの時電話をかけてくれた結城には心から感謝を述べねばならないだろう。

 しかし生きて帰れればの話だが。


「っ……!! 行き止まり!?」


 ここは住宅街でも人が過疎になっている旧新興住宅地。悪く言ってしまえばあと数年で更地にされ豪華なビルディングが何個も建つ予定の場所である。所々の家が取り壊されているのはそのためだろう。

 何故そんな所に来たのかと言えば、私の自宅はここにある。ただそれだけのことだ。取り壊し予定なので賠償金はすでに会社からもらっており、あとは移住するだけだが実を言うと移住する予定はまだない。どちらかと言えば人気の少ない場所を好む身としてはここは絶好の在住地だったのだ。

 直ぐに住宅を移動しなかった自分を恨む。

 ここには、人はほとんどいない。いる人と言えば移住準備をしている市民ぐらい。しかしそのもの等もいない。実に運が無いと言える。

 しかも旧新興住宅地の名は伊達ではなく、行き当たりばったりが多い。無計画に住宅ばかり建てているから通路が制限され苦し紛れの策としてほぼ迷路のような道が出来上がってしまっているのだ。

 このように路地裏から向こうに抜けようとしたのに、壁にぶち当たると言う話はよくある。

 今来てほしくない話第一位だが。


「はぁっ……ハァッ……! 追い詰めたぞ、緋乃柊あけのひいらぎの娘」


 黒服を着た大男の一人が、銃口を向け息を荒げながらそう告げる。

 その声一句一句がまるで死神の唄の様に感じて、顔を青白く変化させてしまう。

 男が一歩踏み込んできて反射的に下がろうとするが、後ろには壁しかない。


「全く手間取らせてくれやがって……。大人しくすれば一撃で仕留めてやったものを」

「誰が、好き好んで殺されるもんですか」


 精いっぱいの強がりとして行ってみるが、男の表情は変わらない。

 それを見て私は唇を噛む。


「……目を瞑れ。せめてもの情けだ」

「情け、ですって…………? ふざけんじゃないわよ、権力者の犬がァッ……!! 何付け上がって偉っそうに!」

「成程。聞いた通り無粋な娘だ」

「ハァ、少なくとも偉い人の靴をなめるしか能のない奴よりは余程利口だと思うわよ」


 銃声が鳴り、左肩に強い衝撃がかかる。

 視線を移動させると、左からに穴が開き何か温かい者が服の上から滲んでいた。

 意識した途端に痛覚が働き、激痛が脳を襲う。


「いっ……、ぃっ……!」


 初めて味わう激痛に脳が麻痺し、それでも血を止めようと右手で肩を抑える。意地で膝だけは付かなかったものの、恐怖心は少しずつ成長してきている。


「どうやら痛い目に合いたい様だな。……いや、少女をいたぶると言うのは中々に心が躍る」

「下種、が!!」


 強く睨んでも、男の薄気味悪い笑顔は消えない。

 もはやどうしようもない状況。

 手元に武器は無く、相手は銃を持っている。しかも三人組で、身体能力もこちらより高い。

 勝ち目は無い。

 成す術もなく、ここで無様に花を散らすのが最期だと言うのか。


「ふざけ、ないでよ……」


 なら今までの人生は何だったのだ。

 自分の七年間の努力は、一体どんな形で報われると言うのだ。

 ふざけるな。

 そう強く思う。


(――――助けて)


 もう、他人に縋り付くほかない。

 プライドを捨て祈る。

 奇跡が起きてくれることを。最後の最後に神頼みとは、自分でも頭がどうかしたのかと思う。

 だがもうこれしか道がない。

 祈った。

 一途に、一心不乱に。




「おえぇぇぇええええぇぇぇえええええええええええええっっぐ……」




 祈りの果てに聞こえたのは、そんな誰かの嘔吐音だった。

 初めて信じた神を初めて心底恨んだ。


「あんの禿っ、ひっぐ……安酒たらふく飲ませといて法外な値段請求しやがってグソッ……今度行ったらマジ潰すあの店。……おぶぇ」


 路地裏の出入り口でゴミ箱に向かって黄色い嘔吐物をまき散らしていたのは、金髪の女性であった。

 毛髪はしっかりと手入れはされているのか太ももまで伸びている髪は根元から毛先全て艶やかであり、肌も白くまるで陽光も碌に浴びたことのなさそうな箱入り娘の肌を思わせる。ただ目じりにある薄いクマと口元についている胃液。そしてジーンズを切り詰めた短パンにでかでかと『塩辛フィーバー』と書かれた灰色Tシャツで全てが台無しであったが。


「……あァ?」


 そして女性が、こちらに気付く。

 彼女の目にはこれがどうやって映ったのだろうか。

 銃を持って女子高生を囲んでいる大男三人組――――現代日本ならば即刻通報ものであるのは間違いない。


「あ~……はぁぁぁ……面倒な」


 しかしそれをまるでただの『面倒くさいこと』として彼女は捕らえた。

 まさか演劇かドラマの撮影か何かだと勘違いしているのか。

 とにかく彼女は戦力にならないことは一目瞭然であった。腕や足にそこそこ筋肉はあるが、それでもこの大男たちと比べるのは烏滸がましいぐらいだ。


「あ、なた早く逃げて!!」

「えーいや、別に逃げていいんだけど……これ絶対、私も標的に加わった、とかそういうパターンだよね? 確実に後から寝込み襲われるんじゃネ、と適当な憶測立ててみたけど……そこのいいお兄さん、当たってる?」

「一般人にしては感がいいな。その問いには率直にYESと答えさせてもらう」

「OKOK……我ながらよく面倒事に巻き込まれるもんだ」


 はっはっはと愉快そうに笑う女性の前に、慈悲なき銃口が向けられる。

 そして躊躇の欠片もなく放たれた弾丸。女性の顔面に吸い込まれるように直進し――――女性は大きく顔を後ろに弾かされた。


「全く、運が悪かったな。次生まれてくるときは――――」

「――――勝手に他人を殺すなとママ(Mutter)に教わらなかったのか童貞(Grünsc)野郎(hnabel)

「!?」


 顔を引き攣らせながら黒服の男はまた引き金を引いた。今度は三発。常人なら間違いなく体に穴をあけられているが――――どうやら彼らは運が悪かったらしい。

 金髪の女性は体をひねり初段を回避。二発目を素手で・・・掴み止め、三発目を指で挟んで止める。

 そして手に収めた二発の弾丸を男の隣にいた二人の黒服の眉間にシュート。来た時の約三倍・・の速度で返された弾丸は容易に頭蓋骨を砕き貫通しながら脳味噌を破壊した。


「………ひっ!?」

「アッハハハハハハッ!! 何だ、御大層な図体してこの程度か。あーもう、詰まらんなぁ」

「な、なん……何だお前はっ!」

「ん? 私か? ただの人探しだよ。ま、外に情報漏らすのも面倒だし、お仲間と仲良くくたばるのが正解だと思ってほしいねぇ」

「ふ、ふざけ――――」

「るっさい」


 反論を許さない回し蹴りが男の側頭部に炸裂する。

 いったいどんな威力を秘めていたのか、男の頭部上半分が消し飛んだ。中身と思われる何かをまき散らした男の体は重要器官を牛なかったことで、力を失いそのままぐったりと倒れる。

 それを目の当たりにした私は、絶句した。

 一体何なんだ、この女性は。

 人間とは、とても思えなかった。


「たっくまだ酔いが残ってるっつーのに……ほら嬢さん、一人で帰れる?」

「え、あ……はっ、はい」


 呼ばれたことで自我を取り戻し、崩れそうな足に叱咤して力を取り戻す。

 肩の傷も太い血管は傷つけていないようで、出血はもうかなり少なくなっていた。この程度なら病院に行けば治るだろうが、事情を聞かれるといろいろ厄介なのでいけない。自宅で手当てするにも知識がない故に、弾丸摘出は無理と言える。

 いやそもそも家に帰れるかどうかすら怪しい。

 こちらの位置が割れているのなら自宅は必ずと言っていいほど抑えられている。おそらく――――私の母もいずれは位置を特定される。

 その前に、動かなければ。


「――――紗雪!!」


 甲高いタイヤのスリップする音と共に、黒いカラーリングが施された高級そうなスーパーカーが路地裏入口に現われる。車種はうろ覚えだが、所々の特徴的な外観からしてマセラティ・グラントゥーリズモType/Ω078。四人乗りの最高速度時速440キロに排気量439cc、エンジンは高燃費V型12気筒DOHCの最新型ハイスペックカーである。

 当然値段は一般人が購入するにはほど遠い三千二百万円。正直こんなものを乗ってやってくる馬鹿な知り合いは思い当たらなかった。

 事実、開いたフロントガラスから見えている搭乗者は知り合いにはない髪形の少年。

 ……少年?


「よし生きていた……速く乗れ、追手が来るぞ!」

「……その声、まさか結城!?」


 声でようやくあの少年が何者か判断できた。

 数少ない協力者で切り札の一つでもある少年、椎奈結城もとい志乃七結城である。

 先程命を助けてくれた恩人でもあるが、いったいどうしてそんな御大層に派手な車で出向いてきたと言うのだ。


「お~、少年。いい車に乗ってるじゃないか。お姉さん惚れちゃいソ」

「あぁ? ざっけんな酒臭いんだよア、マ……………………ブッッッッ!?!?!?」


 先程の金髪の女性がフロントガラスのふちに手をかけて、結城はそれを振り払おうとするが途中で盛大に噴く。一体何をしているのだと思いきや――――結城は突然ドアを開けて出てくると、金髪の女性の肩を乱暴に掴む。


「おいアンタなんでここに居るんだ!? 祖国に帰ったんじゃなかったのかよ!!」

「いやいやー、出来の悪い弟子がどうしてんのか身に加担だよ。全く暇を見てくるもの、なかなか大変だったんだぞこの馬鹿弟子」

「弟、弟子? 結城、彼女は…………」


 質問しようとしたところで向こう側から銃声が何度も聞こえてくる。

 それだけで私の質問する気は失せた。


「いいから早く乗れ! アンタもだ、聞きたいことは山ほどあるぞ……!」


 結城は金髪の女性を後部座席に淹れ、私の襟首を掴むと無造作に放って後部座席に投げ込む。

 それから操縦席に戻ると、全力でアクセルを踏む。


「よ、元気してたか」

「……草薙、なんで貴方まで」


 へらへらと笑いながら前部座席の左側からひょこっと顔を出してきたのは草薙綾斗。

 こんな緊急事態だと言うのに、何か吹っ切れたように彼は笑みを絶やさなかった。

 ある意味狂気さえ感じる。


「まぁ、一緒に居たらなぜか巻き込まれただけだよはっはっは。いやホントスリルのある体験をさせてもらったよチクショー」

「同情はしないわよ」

「へいへい、相変わらず気だけは強い女」

「喋るな口噛むぞ!」


 結城は叫ぶ。

 前方には黒いロールスロイス。フロントガラスを開けた窓から軽機関銃をこちらに向けて乱射しているが、こちらのガラスは機関銃の弾が命中していると言うのにほとんど傷がついていないしフレームも塗装が少しはがれる程度。誰がどう見ても強力な防弾処理をしている車体だと言うのがわかる。


「最新技術を集約して作られた新型超硬性防弾ガラス! そして改良に改良を何度個重ねて作られた世界最高峰の硬度を持つ超高(HyperOver)硬度(Hardness)最新世代多層カーボ(New-GENERA)ンナノチューブ(TION/MWNT)で作られたフレーム!! 超電磁砲レールガンの直撃も耐えるこの車体を、そんな豆鉄砲で防げるわけェェェェだろォォォオオがアアアアアアアアアッッ!!!!!!」


 狂乱したとも錯覚できるほど豹変した結城はそのままアクセルを全開。最高速に達するとハンドルについている赤いボタンを押し――――車体に内蔵されたニトロメタンを添加して速度を爆発的に上昇させた。

 その速度、メーターを振り切るほどの高速。

 電子メーターが正確ならば、このスーパーカーは現在時速六百キロという頭がどうかしているのではないかという速度に達している。もはや言葉さえ碌に出てこない。

 ロールスロイスに乗っていた男たちは直ぐに後退しようとした。脱出用としている者もいるがもう遅い。重量約八百キロの合金の塊が時速六百二十九キロというアホみたいな速度を持って全てを貫く弾丸と化す。

 信じられないほどの振動。

 気が付いた時にはロールスロイスは空を高く舞い、車内から出た人間は容赦なく惹かれて上半身と下半身を切り離された。

 車内には草薙の狂喜を含んだ奇声。


「アーッハッハハハハハハハハハハハハハッ!!! アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャヒャハハハハハハハハハハハハッ!!!」

「きひひひはははははははははははっ!! あっは、ひひははははははははは!! あは、あはっ! ザマミロ糞どもが!! キケキャカカカカカカカカカカッ!!」


 終いにはつられて結城も可笑しなほど笑い出す。

 もはや私の目には二人は別の生き物に見えた。対して隣で足を汲んでくつろいでいる金髪の女性は先程から凶悪な笑みを崩さない。

 何なんだ、こいつらは。

 そう思っている間に結城は巧みにハンドルを操作し住宅街を抜ける。

 しかも何のつもりか途中で高速道路に入り、ETCを使い無線で料金を払った途端に加速。標識を無視し時速三百キロで爆走し始める。


「っ、あなた一体どこ行くつもり?」

「北海道に決まってんだろ」

「――――――ハァッ!?」

「今からちょっくらソビエトに喧嘩売りに行くんだよ」

「ふ、ふふふ、ふざっ……!?」


 彼が一体何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 国に、しかも軍事国家に喧嘩を売る? 冗談にしては実に笑えない。


「そりゃそうだろうさ! テメェのせいで国のごたごたに巻き込まれてんだざっけんな畜生ッ!! 何が『人を探すだけの簡単なお仕事』だ、完全に世界の闇の最深部に片足突っ込んでいるような事件じゃねぇかクソがッ!! わざと巻き込んだってんならマジでぶっ殺すぞアマァッ!!!!」

「は、はっ? ちょっと待って、いったい何のこと!?」

「つまりな、テメェに言われた通り衣渉我堂のことを調べていたらわかったんだよ! あいつ裏でソビエトとつるんでやがったんだ! その情報を掴んだおかげでこの様だっ! 俺たちは今裏の世界の住人に全力で存在をもみ消されようとしているんだよ状況理解できたか? あぁっ!!」


 未だ理解できない紗雪にまくしたてるように剣幕をぶつける結城。その姿は完全にキレている。そりゃ当然だ。こちらの肉親も――――唯一の肉親であり最愛の妹がターゲットに加えられるかもしれないのだ。

 彼にとっては自分の命を狙われるより不味いことなのだろう。


「――――まぁまぁ絶望君。急にたくさん言われてもわかんないよ思うよー」


 座席の一番後ろ――――改造して内側からもトランクの荷物を出し入れできるようになったスペースから黒い猫耳付きフードをかぶった少女がひょこっと出てきた。

 少女が私を庇うようにそう申すと、結城は血走った目で振り返る。


「黙れ代理人アジェント! クソッ、どれもこれもテメェのせいだっ……おいわかってんのかよ柊紗雪ぃっ!! お前が、俺たちを、こんな事態に招き入れてくれたんだよ!! 盛大なサービスだよ! 究極の有難迷惑だぜクソォォォォォオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 最新式の防弾ガラスに素手で罅を入れた結城は吠える。

 感情が乏しいと思った。だがそれは私の一方的な勘違いだった。

 彼は今怒っている。

 私に対して、確かな怒りを向けている。


「……それを言うなら、私のお母さんだってっ……!!」

「お前の母ならすでに保護してもらったよ! ああ、少なくとも現状世界一安全な場所に隔離させてもらった……お前がそう言うとわかっていてな!」

「………………え?」

「でも俺の妹は無理だったよ……っ。流石に数万キロ以上離れた場所にまで手が届くほど、俺の手は長くないからなぁァッ…………!!」


 予想外な結果だった。

 彼が、自分の母を保護してくれた。

 それだけで、自分の中の不安が一つ取り除かれた。

 自分の中に残ったのは、もはや謝罪の念しかない。

 それでも、今償いきることは不可能だろう。


「……ごめん、なさ――――」

「謝罪する暇があったら衣渉我堂あいつをぶっ殺す作戦でも練ってろクソアマ!! お前の謝罪なんて聞きたくもねぇんだよ! 耳障りだッ!!」


 謝罪さえ拒否されてしまった。

 複雑なこの感情を何処にぶつければいいのかわからなくなり、口が自然と閉じてしまう。


「はぁっ……はぁっ……つぅっ……!」


 絶叫気味に罵った反動が来たのか、結城は息を荒げる。

 全身から汗をたっぷり流しながらハンドルを切り、休憩所に入った。何があったのかはよくわからないが、こちらの想像もできないほどの困難と遭遇したのはよくわかる。


「……休む」


 短く告げると、結城はすぐに就寝。

 目を閉じて静かに寝息を立て始める。


「一体何があったの?」

「あー……地下街で大男共十数人と銃撃戦を繰り広げて、お前が狙われてることに気付いて携帯端末で電波特定のためにサーバーハッキング。さらにお前の母保護のために知人と直ぐに連絡をして取引して、近くのスーパーカーショップでこれ購入してかっ飛ばしてきた。あ、ちなみに免許は偽造らしい」

「……それは、大変だったわね」


 予想通り予想の斜め上だった。

 まさか銃撃戦まで繰り広げたとは。


「しかも僕を庇いながらここまで来たものだから、追っ手を振り切るのも苦労したよ。いや、彼の運転センスには目を光らせる物がある。下手したらF1に出てるかもしれないね」

「……さっきから気になっていたのだけれど、あなた誰?」

「何、ただの代理人だよ。気にしないでほしい」

「?」


 フードをかぶったまま少女は答えをはぐらかし、すぐにトランクへと引っ込んでいってしまう。体が小さいから、狭い収納ペースにも楽々入れるのか。息が詰まらないか若干心配である。


「……フッ、私の弟子は本当に出来が悪かったらしい。只の女相手にこんなに激怒するとは。未熟未熟」

「先程からおっしゃいましたが、弟子、とは?」

「ん? おお、そういえば自己紹介が遅れたね。私の名前はユスティーナ・エーデルガルド・ブリュンヒルデ。よろしく、お嬢さん」

「エーデルガルド……? ドイツ名って、あなたはまさか」

「ご想像通り、ドイツ人だ。純血のね」


 金髪の女性――――ユスティーナは面白がるように肩をすくめると左手を差し出してきた。

 無言でそれを数秒見つめ、硬直する右腕を動かして握手を返す。


「……柊、紗雪です」

「まぁ面倒事に巻き込まれた身同士、仲良くしよう。後、私のことはユスティと呼んでくれ。呼びにくいだろう」

「ではユスティさん。弟子とは一体どういう事です?」

「そうだね。全部話すと長くなるが――――私があいつの後見人で、あいつをあそこまで鍛えた張本人って事かね」

「……結城の話では、『自分は妹と二人だけで暮らしてきた』と言っていましたが」

「ああ。そりゃね。私は預かってから二年しか面倒見ていないから、さぞかし嫌われているだろうさ。『家族』に含まれないのがその証拠だ。ま、別にかまわないけどね。……不満や愛着がないと言えば嘘になるがね。ははっ、あの時の私は実に馬鹿だったよ」


 その声質からかなり深い事情があるのが伺える。

 これ以上詮索するのも気が引けてしまい、ため息を吐いて口を閉じる。


「……全く、師匠に似たのか、馬鹿な弟子が出来上がってしまった」


 そう小さく、ユスティーナの口からそんな言葉が呟かれた。

 ただしTシャツの柄で全てが台無しになっていたが。



――――――



 体が小刻みに震えている。

 耳を澄ますとエンジンの振動、誰かの呼吸音、それらが敏感に聞こえてくる。

 眠気を取り払って目を開くと、発光ダイオードで作られた照明が何十キロも先まで伸びているのが車のフロントガラス越しに確認できた。現代、殆どが電気化されているせいかすっかり未来都市のような気風を帯びてしまっている。たとえばこの車についている液晶タブレット。これ一つでほとんどの車の機能操作ができる上にインターネットまでできる。さらには通信、挙句の果てにはホログラムまでできる。実に無駄な機能だと思う。

 この高速道路の防壁もなぜか透明だ。ガラスではなく破損しにくいアクリル樹脂を使った防壁版。戦車の榴弾が直撃しようとも壊れないこの強度はある意味外へ被害は漏れにくいが、中で被害が悪化する可能性を秘めている。それに万が一ここで犯罪などが起きた場合、外からの狙撃も不可能だ。中からも不可能だが。これが一長一短という物だろう。

 こんな無駄な事を考えている自分があほらしくなり、軽く頭痛がする頭をさすりながら意識を叩き起こす。


「……おいちょっと待て、何で休憩所で寝たはずなのに高速に乗ってんだ」

「起きたか馬鹿弟子」

「あ?」


 音源方向――――右方に首を向けると、黒皮のジャケットを羽織っている金髪の女性、ユスティーナがハンドルを片手で握りクールなポーズを決めていた。Tシャツの柄で全て台無しだが、そんなどうでもいいことは気にしない。


「何であんたが運転してんだ……つか運転できたのかよ」

「その言葉、そっくりそのまま返す。よくその顔で免許偽造してバレないと思ったな」

「記録改竄は得意分野なんでね」

「はっ、図々しいのは変わらず、か。成長が見られないなユーキ。六年前はまだ可愛げがあったのに」

「こう育てたのは誰のせいだろうな」

「私は二年しか育てた覚えは無いぞ?」

「――――アンタが二年しか面倒見てくれなかったからこうなったって言ってるんだよ……!」


 ありったけの恨みを込めて呪詛を吐く。

 ああ、確かに一度は育ててくれた恩人だ。だがふざけたことに二年だけ面倒見たかと思いきや、ユスティーナは「仕事の都合」などと言って俺たちを見捨てた。

 その後は、一度の連絡も入れずに。


「それについてはなにも文句は言えないな。でもね、私はあなたたちのことを忘れていないっていうのは、わかってくれたら幸いだ」

「なら何で優理を連れて行かなかった! あの時俺は言った、『俺はいいから優理だけは連れて行ってくれ。アイツには母親が必要なんだ』ってな。でもアンタはそれを引き受けなかった。何故だ? 俺たちをそんなに想ってくれたんなら……なんで」

「………………」


 ユスティーナは答えない。答えられない、と言った方がいいか。

 言えないだろう。彼女は俺たちとは、交われない人種なのだから――――


「軍人……だからかッ」

「……答えを知っていて問い詰めるとは、悪趣味だね」

「アンタが――――新設ドイツ国軍最高指揮官なのはとっくに調べがついている。だがそれでも優理を、子供一人育てるぐらいわけなかったはずだ。違うか!?」

「余計な事ばかり知って、それでよく身を滅ぼさずにいたもんだ」

「っ……答えろ」


 ――――新設ドイツ国軍最高指揮官、ユスティーナ・エーデルガルド・ブリュンヒルデ元帥。

 たった一人でドイツという国を再編し、母国を護るため一度は敗れ去った国をもう一度立たせた女性。その活躍はアメリカと交渉しドイツに『軍事力保有』の許可を出させ、なおかつ暴走しない様に徹底的な政策を取って今やアメリカと同等の立場を取れるようにしたという、個人で持つにはあり得ない英雄弾を持つ現代の英雄。

 そのカリスマはかのアドルフ・ヒトラーの再来とも呼ばれるほど。しかし国を想い、民を想い、他人をも想うのそ姿は聖母。決して力による圧政などせず、他国と会話による交渉で『新欧州連合《NEU》』を創り上げたその姿は、もはや人とは映りまい。

 更には、二十年前ロシアが攻め込んだとき、たった一人・・で十万八千もの敵を退けた。

 実に馬鹿馬鹿しく空想話のようだが――――事実だ。

 彼女は自身の手で、十万超の軍人を七日で屠ったのだ。タングステンを現代技術全てを使い創り上げた、たった八本の軍刀・・で。一人残らず。

 これが人間だとは、俺にはとても思えないし周囲国も「実は宇宙人では」という疑惑を浮上させている。しかししっかりと誕生記録が残っているせいでその節は否定される。嫌しかし宇宙人に体を改造されたと言うならまだ信じられる。

 真面目に開設すると彼女の体重は百二十一キロ。身長は百七十八程度だと言うのに、あまりにも反比例している。

 その秘密は筋肉の成長を抑制するミオスタチンが異常に分泌されない現象、ミオスタチン関連筋肉肥大――――なのだが、彼女の場合はそれは尋常でなく、その筋肉量は常人の十二倍・・・。ふざけたことに脂肪など一切存在せずただ筋肉が圧縮されてできたその鋼の肉体はライフル弾さえ通さない。

 筋肉を抑制する稼がないと言うのに彼女のトレーニングは常識を逸脱しており、筋肉の量はそれも原因の一つと言われている。

 要するに、彼女は《超人》と分類される人種だ。

 ……実は俺の妹もその病気にかかっていたりするが。流石に時速千キロで迫るテロリストの乗った四百五十トンものジャンボジェットを素手・・で吹き飛ばしたり『神の杖ロッズ・フロム・ゴッド』の超重量ウラン配合タングステン弾を素手・・で叩き壊すほどの化物ではない。

 ここまで来るともはや病気だけでなく他の何かも含まれているのではないかと疑いたくなる。


「とある事件に巻き込まれていたんだよ。それにお前たちを巻き込みたくなかった……それじゃダメか?」

「……その事件ってのは」

「それを聞いたらお前も、ユーリも、殺される覚悟はしておけよ」

「なんでアンタはいつもいつも勝手なんだよ……!!」


 胸倉を掴みかける右腕を左手で抑えながら、必死の形相で問う。

 もし納得できない答えならば、自分の感情を抑えられる気がしなかった。


「安心しろ、当分は日本ここから離れない。いや、離れられないと言った方が正しいか」

「…………アンタ、何に巻き込まれてんだ」

「世界の命運を決める頂上決戦――――っていう冗談はいかがかな?」

「ふざけんなよ、馬鹿が!」


 真面目な答えさえもらえなかった。

 否――――教えられる勝ちさえ、俺にはまだないという事だ。

 こいつの力になれるほど俺はまだ強くないと言う事実。

 悔しさと羞恥心が混ざりに混ざって、自分でも説明できないような複雑な心情の喰いつかれる。


「やれやれ、その短気な性格もそろそろ直せ。何時か取り返しのつかないことになるぞ」

「……言われなくてもわかってる」

「さて、もう寝ろ。後ろの奴らもぐっすり寝ている。明日までには青森まで到着しているはずだ。……子守唄でも歌おうか?」

「結構だ!」


 ふんぞり返って反対方向を剥き、自分の腕を枕代わりにして再度就寝態勢を取る。

 耳から届く情報をできるだけカットし、脳を休眠状態へと徐々に移行し始めた。


「別にお前が頼りないと言うわけじゃない」

「…………」

「自分の子供を厄介事に巻き込みたいと言う親が、何処にいる? それと安心しろ。ユーリはもう私の部下に頼んで保護してもらっている。全員特殊部隊出身で私直属の部隊だ。恐らく世界でも有数な安全地帯にいるだろうさ」

「……んだよっ」


 いつもいつも、余計なお世話ばかりかけてくれる。

 本心から恨むにも、恨めない。

 自分に『母』というものを、わずかながらも教えてくれた人。――――どうやれば身を焦がすほどの憎悪を抱くことができるのだろうか。

 奥歯を食いしばり、片目から一粒の涙を垂らして夜空を眺める。


「……礼は言わねぇぞ――――母さん」

「――――相変わらず、捻くれた馬鹿息子だよお前は」


 その後、車の中で二度と彼女と会話が交わされることは無かった。




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