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第四十九話・『凱旋の号砲は真夜中に鳴る』

テスト終わりのはずなのに何でもっと忙しくなってんの? という疑問が今も渦巻いています。本当に忙しい。文化祭の準備だとか委員会の仕事だとか小テストとか宿題とか。ふざけてんのかってぐらい重なってくる。

 ……と、言い訳を述べさせていただきました。

 本当に忙しくて今週は溜め書きを一個分しか作れなかったほど。いつもなら二つは必ず作っているんですが、残念ながらこの後も小テストが大量に控えているわけでして。

 緊急ながら投稿ペースは夏休みまで一週間に一個、とさせていただきます。学生の身は辛いね、うん。すいません。

 可能な時は二連投下しますので、どうかご了承をお願いします。

 大方、午後七時頃だろうか。

 日が隠れ代わりに月が出てきた頃、俺は病院のベットの上で目覚めた。

 貧血により酷い偏頭痛が突然襲ってくるが、まだ許容範囲内だ。この程度の痛みなど過去に何度も味わっている。大きなあくびをしながら、ゆっくりと固まった体を解し始める。


「ふわぁぁぁぁ~……ふ~」

「おやおや、随分と大きな欠伸だね」

「キース医院長」


 起床直後、出迎えてくれたのはキースと呼ばれるこの白の様に馬鹿でかいヴァルハラ中央病院の医院長だ。どうやって調べたのか、急に俺の前に現れるや否や「検査です」などといってほとんど無理やり俺をこの病院に連れて来た張本人。

 話を聞くとエヴァンの馬鹿の伝言に従っただけらしいが。

 とにかく俺はその検査とやらを終えて、休憩ついでの睡眠もたっぷり七時間することができた。

 こちらとしてもこのふかふかベットの上で休めるのは文句は無い。むしろお礼を言いたくなる。少し血を抜かれたが、些細な問題だ。


「とりあえず、エヴァンさんの伝言通り君の血液を調べさせてもらいました」

「検査で血液を一リットル持っていくのは、聊か可笑しくはありませんかねキース医院長」

「……すいません、何分検査に時間がかかるので、並行作業のために多量の血液が必要になったのですよ。先に言うことができず、申し訳ございません」

「いいですよ。先に寝た私にも非はありますし」


 相手が友好的に接してくるなら、俺もそれ相応の態度を取る。つまりキース医院長は、少なくとも表面上は友好的だ。その内側に何を秘めているのかはあまりよくわからないが。

 読心術を使っても構わないが――――あれは、できれば多用は控えたい。

 他人の言葉の真偽がわかると言うのは、俺自身かなり引っかかるものがあるのだ。必要となれば容赦なく使うが。今はまだその時ではない。


「それで、何かわかったことはありますか?」

「そうですね。血圧、血液生産量、心拍、脳波、尿素の量や塩分、肝臓の機能などは全て問題はありません。これだけ見れば健康体と言えますね」

「というと、何か問題が」

「はい。正直に申しますと……かなり、不味い状態ですね」


 キース医院長は表情を少しだけ暗くして静かに告げてくる。

 彼自身も、患者に身の危険を教えるのははやり心が痛むのだろう。


「血液の質が、問題です」

「……具体的には」

「これが……君の血液の入った遠沈管です」


 そう言ってキース医院長は赤いキャップで密閉された遠沈管を渡してくる。

 普通、その中に入っているのは赤い血のはずだ。

 ―――だが今は、赤くなどなかった。


「……真っ黒、ですね」


 そう、黒かったのだ。

 まるで闇夜の様に底知れないほどの黒。

 とても血液とは呼べないような液体が、自分の血液だと言われると自然と顔を渋めてしまう。


「ええ。赤血球、白血球、血小板、血漿などは普通に確認されました。しかしもう一つ、別の物質が発見されたのです」

「それは」

「イブリース・ラーナ」

「……?」


 イブリース、ラーナ。

 聞いたこともないような物質の名前を告げられて、少しだけ頭が混乱した。

 待てよ、イブリース……イブリース(iblis)? アラビア語か。


「悪魔の、呪い?」

「ええ。よくわかりましたね。この古語はまだほとんど解析されていないものなのですが」

「考古学には詳しいので」

「そうですか。とにかく、我々医学者が『悪魔の呪いイブリース・ラーナ』と呼んでいる物質が、貴方の血液から検出されました」

「何か不味い問題でも」

「……この物質には、重度の精神浸食の性質があります。しかも即効性ではなく、遅速性の」

「つまり、時間が経てば経つほど私の精神は蝕まれていく、と?」

「……はい」


 息を飲む。

 いつの間に、俺の血液にそんなものが入っていたのだ。

 心当たりは、あるにはあるが。


「この現象は基本的に、中位以上の悪魔族による憑依で引き起こされます。つまり、貴方は悪魔に取りつかれているのです。しかもかなり深いところまで」

「はぁ……なるほど」

「心当たりは?」

「あり過ぎて困りますね。ていうか元凶と何度か話してます。体も何度か乗っ取られたことも」

「ふむ……。憑依対象に気付かれても、追い出されない悪魔、か」


 カルテのようなものに複雑な文字を書き込んでいくキース医院長。

 溜めていた息を吐くと、キース医院長はメモのようなものを取り出して何かを書いていく。


「今確認された『悪魔の呪いイブリース・ラーナ』の濃度であれば、まだ何か月か猶予はあります。しかし、気づかれてなお体から弾き出されない悪魔となると上位存在である可能性が高いです。恐らく上級悪魔である説が一番かと」

「……私はどうすればいいんでしょうか」

「残念ながら、今のヴァルハラに上位魔族を祓えるほどの祓魔師エクソシストは居ません。数百年前、魔族のほとんどが魔界へと帰ってしまった後その存在にもはや意味はあまりありませんでしたから。今から探しても、この中央大陸には存在しないかと」

「では、一体」

「ええ。ですから、この中央大陸には居ません。しかし、外大陸には居ます」

「どこですか? そこは」

「極東大陸ですよ」


 キース医院長は大きな地図を取り出して、東に位置する大陸を指さす。


「此処には数々の物の怪が住んでおり、ああ、つまりは悪魔と同位存在ですね。つまり未だに悪魔がはびこっている大陸なら」

祓魔師エクソシストが居る可能性があると」

「ええ。そういう事です。――――一応こちらでダウナー……あ、抑制剤を出しておきます。特効薬でも治療薬でもないので、あくまで浸食を食い止めたり症状を抑えたりするものですから、勘違いしない様に。後、一応緊急時のために抑制剤のレシピと材料も少量ですが渡しておきます。いざというときのために」

「……すいません。お世話になりっぱなしで」

「いえいえ。こちらとしても興味深い研究ができたのですから。ウィンウィンというものですね」

「? はぁ」


 あまり言っていることはよくわからなかった。

 少なくとも悪意がないのは理解できたので、腕に刺された点滴を引きちぎってベッドから立ち上がる。

 その間にキース医院長は薬を三ダースほどを三つのケースに分けて渡してくれた。そして一つの紙切れと茶色い紙袋も。最後に銀色の筒のようなものも。


「これらは、一応一週間に一度このカートリッジ交換式の自動注射器で打ってください。打った後は定期的に消毒剤で拭いたりして、出来るだけ菌がつかないよう保管してください。因みに急に症状が出てきた場合は症状が薄れるまで薬を患部に打ち続けることをお勧めします」

「何から何までありがとうございます。医院長」

「いえいえ。私は医者ですから。こんなことは当然ですよ」


 キース医院長はそう薄く笑うと、俺を安心させるように肩を小さく叩く。

 その行為に、少しだけ安堵を覚えると同時に――――少々違和感を覚えた。

 医者という者は、こんなにも素手で患者に触れるのだろうか。


「とにかく、今日は眠っている内に抑制剤を投与しておきました。なので今日は安心して眠っていいですよ。後、できれば飛び散った血液は他人に触れさせないようにしてください。感染拡大の恐れがありますから」


 そう最後に締めくくると、キース医院長は愛想笑いを浮かべたまま部屋を立ち去る。

 彼の背中に何か黒い物が見えたのは、気のせいだろうか。



――――――



「……………………ふー」

「んだよ、ノリ悪いぞ~リースゥ」


 馴れ馴れしく肩を組まされながら、ファールの口から洩れる酒気を大量の含んだ吐息を掛けられる。

 酒臭い。

 思い浮かぶ言葉はそれだけだった。

 現在、俺は探索者ギルド本部に戻っていた。いくらか冷たい視線を浴びながらも、一応『塔攻略祝いの宴』という形で本部はどんちゃん騒ぎになっている。当然金はかなり飛んでいくが、恐ろしいことに全てギルドが肩代わりしてくれると言うのだから恐ろしい。

 随分儲かってんだな、と真っ黒な事を思いながら苦いエールを一口。

 やはり酒は口に合わない。


「酒臭い息を近づけるのはやめろ」

「あぁ~……冷たいなぁ、君はぁ。お姉さん寂しいよぉ~」

「……ウゼェ」


 何でこうも酔っぱらいはうざく絡まってくるんだ。

 助け船を求めに仲間の面々に視線を送るが、全員が「相手してやれ」という眼差しを向けてくる。

 その安直な対応に対し無意識に舌打ちを噛ますと、まず寄りかかってくるファールの体を剥がすところから始めた。


「うあぁああん! いいじゃぁぁ~~~ん少しぐらいはさぁ~~~」

「うっざいっ! やめろ気持ち悪い!?」

「うえっぷ……おねぃさんのお胸をもんでもいいんですよグヘヘヘヘヘヘ」

「思考が完全にオッサンになってんじゃねぇか……ていうかどこに揉むところがあるんだよお前のまた板チェスト――――」

「あっひゃっひゃっひゃ! メロンの様な巨大胸とはそう褒めなさんなよ~」

「言ってねぇよ!?」


 完全に酔っているのか幻聴が聞こえ始めたファールはそのまま俺の首をかじってくる。

 どれぐらいの強さかというと、普通に血が出るぐらい。


「ぎぃゃぁああああぁぁぁあああああ!?」

「ういっ、あぇへへへ……美味しいな~……うぇっぷ」

「もう酒飲むのやめろ!? さりげなく頭も噛んでくるんじゃねぇ!!」

「おいしそぉうな肉だぁ~~~~……いっただっきま――――オロロロロロロロロロロロ」

「俺の頭に吐くなぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」


 もはや完全に制御不能な域に達しており、何やら色々な物が混じった嘔吐物が頭上に掛けられる。

 当然かなりの臭いをぷんぷんの発しており、まず鼻をつまんでその悪臭を防ぐ。

 ファールは変な笑い声を発しながらそのまま大の字にぶっ倒れ眠りこけてしまう。

 頭に嘔吐物を乗せたまま半眼で周りを見つめるが、殆どが無視か気づいていない様子だった。俺にどうしろというのだ糞が。仕方ないので倒れているファールを担ぎ、ジョンの方へと赴く。

 ジョンは現在商売仲間と談笑しながらわっはっはと何が面白いのか盛り上がっていた。数秒してから悪臭に気付いたようで、こちらを振り向く。


「なんだこの臭い――――うおわっ」

「すまんジョン。ファールが暴走して、この様だ」

「あ、いや……すまん」

「お前が誤ることはねぇよ」

「ん~、とりあえず受付で医務室を貸してもらえ。今ならたぶん開いているだろ」

「そうか、ありがとう」


 ありがたい助言をもらい、言われるがままに受付へと行く。

 あちらもなんだか忙しそうだったが、こちらの存在に気付くとすぐに対応に来てくれた。


「はい、どういった御用でしょう……か……」

「はい、医務室を借り……あ」


 受付嬢。まぁ、それ自体は無問題だ。有る方が可笑しいが。

 問題は――――それが少しだけ見知った顔という事だった。

 端的に言えば、俺が入団試験のとき眠らせてしまったあの受付嬢だった。

 あの時はあまり気にしていなかったが、ベージュ色のふわりとしたショートボブに小さくも少しだけ尖った耳、目測百五十四センチという小柄な体型にして細い手足というスレンダー体系。何というか特定の層を狙っているとしか思えないその姿に、若干だがあざとさを覚える。


「あ、の……医務室なら、あそこ、です」

「……もしかして、記憶戻ったり、してませんよね」

「え? 記、憶?」

「いえ、なんでもありません。……それと、すいませんでした」

「?」


 きっと、心当たりがないのに謝られて彼女は体操混乱しているだろう。

 勿論俺が誤っているのは催眠魔法と若干の記憶操作をかけたことだ。それに対し今も少しだけ罪悪感は生まれている。もう少しいい手法があったのではないか、と。


「いえ……その、別に気にしていません。格好悪い姿を見られたからって、そんな」

「へ?」

「どっ、努力すれば、きっと強くなれますからっ!」

「え、えぇ?」


 何やら勘違いが織り交ざって、かなり混沌とした関係が構築されていってる感じがする。

 出来るだけ気にしないようにして受付嬢が指さしていた部屋に入る。

 底は木製の簡素な部屋だったが、何やら薬品の類はしっかりとそろっており、確かに医務室としては機能していそうな部屋だった。ご丁寧にベッドも二つ用意されている。

 その一つにファールを乗せ、俺も頭に乗っている嘔吐物を近くに置いてあった、使い捨て用品を捨てる紙袋と思しき物に払い落とす。まだ臭いは残っているが、そこは宿に帰った時に洗うとしよう。


「……いや、ここで洗うか」


 胃酸が混じっている嘔吐物を頭から被ったんだ、毛根が痛んだら恰好がつかない。

 仕方なく備え付きの洗面台で蛇口を捻り、その水で髪にまだ付いている異物を落とす。シャンプーが欲しいがあまり贅沢は言えない。今度汚れだけ落とす魔術でも開発しよう。

 髪を洗い終えて、横に置いてあるタオルで軽く髪を拭きファールの様子を横目で見る。なにやら蠢いて唸っており、今にも目覚めそうだった。


「う~ん……ん~……あぅぅ」

「そろそろ起きろ」


 私怨を込めて踵落としを寝ているファールの鳩尾に見舞う。

 するとファールは「ふぎゃっ!?」と可笑しな悲鳴を上げて咳き込みながら起きた。


「あ、ありゃぃ? さっきまで広場で酒飲んで……」

「酔っぱらった挙句気絶したから俺がここまで連れて来たんだよアホ」

「リース? そうなの? まーいいや……あー、頭痛い」

「ほら、水」


 軽く酔いは覚めたのか、もう一歩駄目押しに冷たい水を差し渡す。

 ただし『水弾ウォーターボール』を顔面にぶつけるという酔いの覚まし方だったが。


「……ケンカ売ってる?」

「ゲロ掛けられたお返しだ」


 先程頭を拭いたタオルをファールの頭に放り、同じベッドに腰を下ろす。

 それからは……特段何もしなかった。

 疲れていたのか、それとも頭が冷え切っていたのか。

 とにかく、何もする気は起きなかった。


――――何だい? 話し相手が欲しいのお兄さん。

(妙に大人しいと思ったら、なんだよ。話し相手が欲しいのはおまえだろ)

――――まぁ否定はしないよ。この状態だと実に暇なんだ。話し相手になりそうなのが変な真っ黒生命体と真っ白双子しかいないのに、両方ともだんまりだ。これって無視されてるのかな。

(知らんそんなこと)

――――辛辣だなぁお兄さんは。

(少なくともこちらを本気で嬲り殺しにしようとしていた奴に対して愛想を振りまう趣味は無いぞ俺は)


 久々に口を開いたと思ったら、相変わらずどうでもいいことをよく喋る奴だ。

 少しぐらいは俺の為を思って黙ることはできないのか。できれば一生。


――――無理無理~。僕だって生きているんだから。

(もう黙ってろ)

「……リース、聞いてるか?」

「あ? ああ、すまん。考え事していた」


 気が付けば、いつの間にかファールが俺に話しかけてきていた。

 また何かを言おうとしているサルヴィタールを無視して、後ろを振り向く。


「そのさ……なんでずーっと、私に何も聞かないんだ?」

「話すことがないからだろ」

「いや、そーじゃなくて……どうして私が『完全獣化』をしないんだ……って聞かないのか?」

「……えと、確か獣人族の固有能力、だっけ」


 獣人達は、失礼を承知で言ってしまえば人間より少々身体能力が高いだけで、知能面ではほとんどの種族に劣っている。彼らが現在住処としている極南大陸は砂漠地帯であるのだが、それを差し引いても彼ら獣人族は『都市』という物を一つとして作ったことがないのだ。

 理由は二つ。

 まず彼らに鉱物を加工する技術が無いのだ。例え加工技術が大陸に入っても『理解ができない』なぜならば彼らは理性ではなく本能で生きる種族。集落や部族は作っていても『国』は作らない。いや作れないのだ。何分獣の血が強すぎて、文明を築くことが不可能に近い。

 そしと最後。そのプライドの高さで人間含めほとんどの種族を毛嫌いしている所にある。

 自分たちの種だけを尊重し、理解し、尊敬する――――だが他の種族に対しては軽蔑の念しか抱かない。

 最近になってそれは多少和らいできたが、それでもこれは現在も社会的問題になっていることの一つでもある。この多多種多様な種族が集まり中央大陸で獣人がほとんど見られないものそれが原因であると言えよう。しかも見つけても大半は混血種だ。

 ファールの様に。


「お前が混血なのは普通に分かってる。んで、『完全獣化』ができないこともな」

「い、いつから?」

「何時からって……最初からだよ。言ってなかったが、俺のスキルには他人のステータスを見るスキルがある。プライバシー侵害だが最初会った時それを使ってお前のステータスを覗いた。それで後から『完全獣化』の存在を知ったが、お前が自分の命の危険にあった時でも発動しないのを見てきっとまだ『覚醒』していないんだろうな、って推測できた」

「ま、マジですか……う~ん、できれば隠したかったんだけどな」


 ファールは薄ら笑いを浮かべて、少し重々しく口を動かす。

 自分でも言いたくない事を、無理に言ってるような。

 だけど、それは俺に止めることはできない。彼女自身が喋ろうと決意したことなのだから。


「急に過去語りするんだけど、聞いてもらっていいか?」

「ああ。どうせ暇だしな」

「そうか――――」





 私は極南大陸にある獣人族の部族で生まれた。

 しかし私を生んだ母親は――――拉致された人間の奴隷の一人だった。しかも、父の方は『獣王』。えーと、そうだな。簡単に言えばデカい部族の中で一番強い獣人のことだ。で、その『獣王』が寄りにもよって私の父だったわけだ。

 それで私の方なんだが……私は双子の中で先に生まれた、姉の方だった。

 妹は私より獣人の血が強くて、どんな力比べをやっても私より強かった。逆に、私は普通の人間と同じぐらい脆弱だった。ただの推測だけど、私が持つべき力が、妹に流れたんだろうな。

 私たちが生まれてから五年。ついに『獣王』が私達の存在に気付いた。まず何も言わなかった母親を真っ先に私の目の前で殴り倒した。妹は寝ていたからよかったよ。じゃなきゃ確実にトラウマ抱えてた。

 ああ、それで……『獣王』は母親にこう言ったんだ。「どちらか好きな方を連れて行け」ってね。

 当然、血が薄かった私の方を選んだよ。母親も母親でさ、獣人の血が強かった妹を真っ先に見捨てやがった。それで『獣王』は何も言わず、妹を連れて行った。そして私たちは追い出された。砂漠のど真ん中にね。

 砂漠に位置していた集落を転々とするうちに、母と私はどんどん痩せこけていった。水なんてモンスターの血液をのむか、運良く見つけた捨て井戸の残りを飲むしかなかった。オアシスなんてとんでもない。殆ど獣人どもが独占していて近づけもしなかったよ。

 そして一年ぐらい経った頃……母親は私を見捨てた。砂漠の主、ジャイアントスコルピオに遭遇してな。私を囮に逃げようとして、直後腹を貫かれて死んだ。私はその隙に逃げた。その時私は全てを信じられなくなった。一番信じていた母親に見捨てられてな。

 それから……持ち前の技術を駆使して色々盗みながら集落を転々とした。勿論私の人間の顔は目立つから、暑っ苦しいマスクをかぶりながらな。そんな生活を、私は七年も続けた。十三歳になって、ついに捕まった。

 運命か、私が連れられてきたのは生まれた集落だった。私としたことが、大陸から出て行くつもりか、もと来た道を少しずつ戻っていっていたんだ。アホかって自分でも呆れたよ。

 そして私がその時盗んだのは『獣王』の供物。火竜の心石。つまりは超高級宝石だ。

 当然私に下されたのは断頭だ。磔にされて、でっかい斧持った処刑人が来たときはもう私は全てを諦めたよ。こんなkすおったれな人生を送ってくれた母と糞親父を恨んでな。

 で、処刑は止まった。

 妹が、止めてくれた。

 私を姉と覚えてくれていたのかどうかは、よく知らない。だけど、止めてくれたんだ。

 ……それから、なんだったかな。『獣王』にしこたまぶん殴られてどうにか許してもらえて、妹が私を匿ってくれた。いや、一緒に暮らそうって言ってくれた。

 有り難かったよ。とても。

 ほんと、よくできた妹だった。

 妹もどうにか『獣王』を説得して、私は集落に暮らせるようになった。勿論周りの皆からは冷たい目で見られたけど、気にしなかった。私は妹だけ見ていたからな。

 一緒に食べて、遊んで、笑って、話して、鍛錬して。

 だけど私は、才能がなかった。

 絶望的にな。

 何度修練しても、伸びなかった。

 反面、妹はどんどん上に行った。

 悔しかったよ。

 結局私は、妹も信じられなくなった。ただの嫉妬で、希望の光を自分から握りつぶした。

 私は二十歳になった時は、すでに出ていく準備をしていた。

 妹は私を説得したけど、無理だった。一緒にいるのが、惨めだった。

 姉なのに妹も守れない……そんな絶望で一杯で、どんな言葉も入らなかったよ。

 でも――――出て行くとき、妹は私に二つ贈り物をしてくれた。

 この金の指輪と、銀の指輪だ。

 二つとも手作りでさ、やったこともない癖に必死で作って、手を怪我して…………少し泣いたよ。

 ああ、泣いた。

 悪いか? 私は突き放そうとしたのに、妹は笑顔でそれを受け止めた。

 自分がもっと惨めに感じたよ。

 でも、嬉しかった。

 最後に「お姉ちゃん」って言ってくれたからな。それが最初で最後だけど……だからこそ嬉しかった。

 ……私はさ、いつか妹よりも強くなりたい。

 そういう、嫉妬とかじゃなくてさ。

 アイツの姉を名乗っても、恥ずかしくないぐらいに。胸張って、あの糞親父を殴れるぐらいに。

 姉として頑張らないと、格好悪いだろ?



――――――



 もうこんな下らないパーティーが一時間ほど行われた頃か。

 私、柊紗雪は少々吐き気がしてギルド本部を一度出た。やぱり人の群がっている場所は慣れない。

 昔から群衆を嫌というほど警戒し続けた後遺症か、もう必要ないと言うのに無意識的に体が拒否反応を起こしてしまうのだ。まだ過去という加瀬に囚われている証拠、なのだろうか。

 そんな自分でも馬鹿馬鹿しいと思う事実に失笑しながら、跳躍してギルドの二階のベランダへと場所を移す。現実なら普通あり得ないと思う事だろうが、あちらでも十分人間やめている知り合いがいるので特に驚くことは無い。そもそも一週間も居ればもう慣れたというもの。

 否、最大で約二十キロ向こうを視認できる時点で、自分ももう人間をやめていると言っていいか。


「誰かいるんですか?」

「え?」


 振り返ると、短い金髪の少年がそこに佇んでいた。

 月の明かりが当たってその少年は少々だが神秘的な雰囲気を纏い、彼が纏っている貴族的な服もより煌びやかに輝く。とても、探索者とは思えない身なりだと、私は再認識した。


「ニコラス……でしたっけ」

「はい、ブランネージュさん。そう言えばあまり話したことありませんでしたね」

「……他人には興味ないのよ」


 記憶が確かならば、彼と会話を交わしたことは数えるぐらいしかない。

 原因はただ自分があまり他人の会話するのを好まない性質だからだろう。あの二人は例外だ。共に視線を潜り抜けた戦友だからこそ、私は彼らに敬意を表し興味を示している。相手もまた、そうだ。

 今この少年と会話を交わすメリットは無に等しい。軽い気分転換にはなるだろうが、あまりうまく喋れそうではなかった。少なくともこちらから降る話は無い。

 ……いや、一つだけあった。

 かなり重要な情報と成り得そうなものが。


「……そういえばあなたは、何歳でしたっけ」

「? 十四、ですが」

「その年で、探索者なんてやってる訳は、教えられるかしら」

「え、あ……ええと」


 ニコラスは少々考え込んでから、やがて首を小さく頷かせる。

 それを見届け、私はベランダの縁に手をかけて背を預ける。ニコラスは私の隣に来て、地面で足を抱えて座り込んだ。何故私の隣に来たのはか知らない。


「僕の家は、代々騎士の家系だったんですよ。と言っても、そんなに高い地位にいたわけでもなくて、貴族名もないしがない貴族だったんですけどね」

「…………? じゃあ、なんで探索者なんて。普通は騎士になるんじゃ」

「ええ、なろうとしましたよ。十二歳の頃、三回ほど試験を受けました。そして全部落ちました」

「何が悪かったの」

「体力ですね。筆記試験はほとんど問題なく突破できました。けど僕、生まれつき体が貧弱なんですよ。いえ、僕だけじゃなくて弟もそうなんですけど、弟の方は僕よりも酷くて……それで、僕に期待が回ってきたんですが、当然僕は期待を裏切りました。母の方は特に怒ったりもしなかったのですが、父はそうれはもう頭が真っ赤になるほど激怒して、殴られましたよ。それはもう、すごく」


 苦笑いを浮かべたニコラスは軽く首筋辺りを見せる。

 そこには痣があった青く変色した肌は、見ていると実に痛々しい気分になる。


「おかげで、母と父は離婚。父は故郷を去り、母は僕と弟二人とも引き取り故郷で静かに暮らしました。だけど、一つ問題があったんです」

「……まさかだけど、母のほうも虚弱体質ってことは無いわよね」

「その通りです。僕たち家族三人とも、酷く体が不安定でした。唯一外をまともに出歩けるのは僕だけで、本当につらい生活でした。しかも、収入減がほとんどないせいで家計も圧迫し、僕も流石にじっとしているだけじゃ許されない状況に追い込まれました」

「それで探索者に……」

「最初の一か月はそれ以外の道を探そうと四苦八苦しましたよ。山で猛獣を狩り、皮や角を売りさばく。最初は上手くいっていたんですけど、やはり虚弱体質が足を引っ張って一か月後には酷い熱で生死の境を彷徨いましたよ」


 見た目にそぐわず、かなり波乱万丈な人生を送っている少年だった。

 少しだけ共感する気持ちが生まれる。辛い人生を送ったという点では、わつぃも少年も一緒だと思えたから。だからと言って、彼と私では確たる違いが存在してしまっているのだが。


「体を鍛えてお金も稼ぐつもりで、僕はどうにか母を説得して探索者になりました。当然試験は厳しい物でしたが、死に物狂いでDランクに合格して……それから、ファールさんたちと出会って、ジョンさんに助けられて……本当に、辛くも楽しい生活でした」

「……母親の方は、大丈夫なの?」

「ええ。ジョンさんの知り合いが、身の回りの世話をしてくれています。僕が定期的に給料を支給すると言う条件ですが、そんなもので二人が助かるのなら僕としても感謝ですよ。最初の頃なんて一々馬車で実家と街を行き来しなきゃなりませんでしたし、遠出も不可能でしたから」

「そう……よかった」


 母を助ける。その気持ちが彼を動かす原動力になっているのだとしたら、私はとても感慨深いもんをお感じる。私もまた、同じなのだから。今はここに居ないが、私もかつては母親という存在を救うためだけに奔走していた。彼の気持ちは痛いほどよくわかる。

 かつて妹という存在が居た身としても。


「……それで、ブランネージュさんは、どんな理由なんですか?」

「私は……そうね、強いて言えば、貴方と似たようなものよ」

「母を助けるため……ですか?」

「それもあるけど、私は母と再会するため。私自身のミスで、こんな遠くまで来てしまったのだから」

「……応援、しますよ」

「私もね」


 軽く見つめ合い、私たちは微笑した。

 少しだけだが、心が通じ合った気がしたのだ。

 異世界に来て異世界の住人と会話し、親しみ合う。それはとても可笑しなことのはずなのに、こうも楽しく思えるのはなぜだろうか。

 私も、人間に戻りつつあるのか。



――――背後から、轟音が鳴り響いた。



「!?」

「えっ?」


 しかもただの轟音ではない。遠くから鳴り響いてかつこちらの耳で至近距離から手榴弾を爆破させたような強烈な音。推測するに高性能の液体爆弾。それもかなりの量だ。

 振り返ると、繁華街がキノコ雲を上げていた。大量の熱風をまき散らしながら、強力な衝撃波が私の頬を撫でる。さらに風に乗って、血の臭いも鼻に流れ込んでくる。

 異常事態が発生したのは確実過ぎた。

 急いでベランダからニコラスを抱えて飛び降り、ギルド本部の正面扉を蹴破る。

 当然の如く皆は硬直していた。しんと静まる会場の中、流れていた音楽が何者かの手により切られる。


「異常事態発生! 繁華街で爆発!!」

「んな……嘘だろおい!」


 本部内が一気に混乱の渦と化した。

 背後から聞こえる一般市民たちの悲鳴。さらに聞こえる第二の爆音。

 最悪の夜が始まった。




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