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第四十八話・『切り札の紛失』

 頬がヒリヒリする。数時間経ってもまだ痛みが残留する良いパンチを食らった証拠だろう。

 冷えた身体に気付き跳ね起きる。素朝の空気がまるで氷の様に感じ、試しに自分の肌を触ると異様に冷たい。深夜外に放って置かれ放置された結果、そうなるのは必然と言える。


「さっぶ……!」


 畜生、と心の中で吐きながら部屋の中に戻る。

 しかし、鍵が掛けられていた。


「……は?」


 何時誰が閉めたのだ、と困惑したがすぐに犯人がわかる。

 リーシャだ。アイツには万が一のため予備の鍵を渡しておいたんだった。リーシャは俺たちのパーティの中でルージュなどの守護者ガーディアンを除けば二番目にレベルとステータスが高い(俺現在76・リーシャ現在72)。恐らく俺にもしもの時があれば彼女が全員を護ってくれると予想し鍵を渡したのだが、まさか裏目に出るとは。

 仕方ないので扉を蹴破る。木の扉などレベル七十代からしてみれば紙同然。発泡スチロールでも壊すが古徳木の扉は大きな音を立てながら真っ二つに割れて吹っ飛んだ。

 直ぐに部屋の中に入り、地面に放りすてられているボロボロの外套を気休め程度に羽織る。ズボンももちろんはき直した。


「ああクソッ……さみぃぃぃ……へくしゅっ!」


 軽く風邪を引いたようで、鼻から鼻水が垂れる。

 それでも一時的なものだ。『炎の現身』の力により風など一瞬で回復。――――しかし肝心の体の冷えは直してくれない。役に立つのか断たないのかわからないなこのポンコツは。いや、戦闘では大活躍するが。

 リィとの戦闘では、氷点下どころか絶対零度下でも普段通りに闘えたと言うのに。まさか、氷点下じゃないと効果が発揮されないのか。つくづく肝心な所で役に立たない力だ。

 まぁ、イリュジオンの件でもう慣れてはいるが。

 さすがに俺もインチキに何度も頼るような馬鹿らしい男ではない。


「……運動でもするか」


 体を温めるついでに、服も買い直しておこうともう一度外へと出る。先程よりは暖かいがやはりまだ寒い。かといって今は大体秋ほどの季節だ。そんなに厚い服を買うわけにもいかないだろう。とりあえずアイテム欄に仕舞っている貨幣袋を異空間から取り出し、現在の所持金を確かめる。

 機能は魔石を売却して少し稼いだから、現在は金貨十二枚と銀貨四百枚ほどだ。これならば上等な服も買えるだろう。

 そうと決まればすぐに行動に移す。

 冷えた身体を手でこすりながら、早朝故にまだ人気の少ない商店街に身を出す。

 売っているのはポーションなどの回復用品から爆薬と戦術的な武器まで。武器も短剣から大剣とかなりいい品揃えであり、流石にヴァルハラほどではないがここでなら数週間はダンジョン籠りはできそうである。する気はないが。

 服や、居な、防具やと思しき建物に入ると、ツルツルのスキンヘッドのオッサンが満面の笑顔で出迎えてくれた。これに対し言葉を無くしそうだったのは内緒だ。


「らっしゃい! この冷える朝に随分と薄着だな兄ちゃん」

「いやぁ、持っている服がこれしかなくて……」


 ファッションなど糞喰らえと思っている俺。私用の服など同じ物を何度も着ればいい。などと思っていたのはつい最近まで。流石にこうも何度もボロボロになると、いくつかスペアを用意しないとと思ってくる。

 なので、とりあえず茶色の強靭な防刃防弾性ロングコートを五着ほど買った。当然今身に着けるのは一着だけで、残り四着は全てアイテム欄に仕舞う。

 それを見たスキンヘッドオッサンは、目を丸くした。


「兄ちゃん、それうわさに聞く『封物の法』かい?」

「……なんです、それ?」


 初めて聞いた単語に、少しだけ動きが止まってしまう。

 フウブツの法? なんだそれは。


「いや、これは巷のうわさで聞いただけだが、何でも世の中には自由自在に別空間に『物』を出し入れできる能力を持った奴が何人かいるって聞いてな。もしかして、兄ちゃんもそうなんじゃないか?」

「すいません。私も実はよくわからなくて。物心ついた時から自然とできたことなので、特別な事とは」

「そうかい。まぁ、このことは公言しないでおくよ」

「ありがとうございます」


 どうやら善良な商売人のようだ。

 下手したら、ここで始末していた・・・・・・・・・かもしれなかった・・・・・・・・。その事実に、少しだけ肝を冷やす。

 その後白いTシャツにそこそこ暖かいジーンズを買った。

 それから武器屋にてレッグホルスターに刃渡り二十センチのナイフ。手榴弾もとい、術式の組み込まれた魔性液体の試験管型手榴弾を四つ買い、コート裏にあるソケットに装着。同時に魔導銃を腰のホルスターに入れ、適当に発注した鞘に長剣ロングソード状態にしたイリュジオンを収納。義手はいつでも起動できるようスリープ状態にし、黒い右手はグローブを装着し隠蔽工作。仕上げに右目を隠している眼帯の電源をONにして準備完了――――


「…………ん?」


 此処まで来て自分が何をやっているか自覚した。

 なぜ自分は、戦闘準備をしている。しかも無自覚に。

 別に隠れ戦闘狂になったわけでもない。嫌な予感を感じたわけでもない。逆にここまでやってようやく嫌な予感を感じ始めたところだ。戦いは終わったはずだ。なのになぜ自分は、こんなことをしている? 我ながら意味不明な行動過ぎて苛立ってくる。



『――――   キ   ヲ   ツ   ケ   ロ   ――――』



 脳裏から、脳伊豆だらけの女性の声が聞こえる。

 間違いなく、ルキナだ。

 まさかアイツがやったのか? こんな決戦にでも出向くような装備を? 一体何故。

 何を知っているのだ、アイツは。


「気を付けろ、だって……? 一体何に対してだよ・・・・・・・・・・?」


 戦いは、終わったはずだろ。

 また何か、起こるのかよ。


「……何だってんだ……!!」


 静かに店を出て、穏やかに、しかし怒りの籠った声でそう俺は唸った。


――――気を付けろよ小童。あの馬鹿・・・・は強い――――一人で勝とうとするな


 あの時のルキナの言葉を思い出す。

 もしかしたら、ルキナが言っていた『あの馬鹿』とは、サルヴィタールのことではなかったのかもしれない。

 それこそもっと強力な、それこそ常識を逸脱した『化物』との戦いを、予言していたのかもしれない。

 そんなことを考えると、脳が氷塊を入れられたように冷たくなった。

 サルヴィタールあのアホ以上の怪物など、考えるだけで悍ましい。




――――ふぁぁ~……誰がアホだって?

「……起きるのおっせぇよ」




 嫌な予感と同時に、今後金輪際聞きたくない声が脳の中から聞こえるのであった。



――――――



 サルヴィタール・ヴュルギャリテ。現在在ってきた守護者ガーディアンの中でも最凶に位置する化物。味方陣営トップファイブの一斉攻撃をたった一人でせき止め、それをあろうことかあと一歩で相殺しようとして正真正銘のチートだ。

 と本人に言えば失礼極まりないだろう。

 その本人にはこちらの思考など筒抜けなのだが。


――――ちゃんと努力で培ってきたものを『ズルチート』呼ばわりされるのは、あまりいい気分じゃないね。

「…………(ピクッ)」


 まるでこちらに対して精神攻撃でも仕掛けてくるような嫌味たっぷりの声に、俺の額の血管が反応する。実に煩い。前々からお喋りが多い奴だとは思っていたが、俺にしか声が聞こえないことをいいことに先程から絶えず嫌味を投げてくるこいつに対して、俺は爆発寸前だった。

 久々に誰かを呪い殺したいと思った。


――――いや、しかしまぁ、チートというならお兄さんの方が正しいと思うよ? その反応速度と思考速度、素質、現身の力……ぶっちゃけずるいよねぇ。でもここまでして『不幸』なんて非科学的、不確定要素に振り回されていると。いや、これは笑うべきかなそれとも慰めるべきかな? かな?

「お前もう黙れよ……」


 軽い朝食を取るために来た酒場のカウンターに座っていた俺は、思わず手に収めていた果実ジュースの入ったワイングラスを素手で握りつぶしてしまう。それに周りの客は目を丸くしてこちらに奇異の視線を投げかけるが、それを黙殺して俺は肘をつきながら頭を抑える。

 これ程力を手にして後悔したことはあっただろうか。いや無い。

 こんなことが何回もあってたまるか。有ったら俺の胃はとっくの昔に穴凹になっている。


「お客様、いかがされましたか」

「……グラスを好感してくれ。ストレスで思わず割ってしまった。弁償代はこれでいいか」

「はい。かしこまりました」


 銀貨一枚を手渡し、新しいジュースとついでにフレンチトーストを注文する。

 この調子ではまともな食事を取るのにも一苦労だ。速めにどうにか対策しなければ。


――――それで勇者は『塔』の怪物を倒して見事正義のヒーローになりましたとさ。それでいいの?

(あ?)


 そのどす黒いほどの密度の皮肉のこもった言葉に、目を血走らせる。こいつは人をイラつかせる天才か。


――――いんや? 僕を倒した人にしては随分とアッサリしてるなって。これじゃ、全然つまらない。僕が死んだ甲斐も無くなっちゃうじゃないか。

(無くなればいいんじゃないかなそんな甲斐)

――――そんなこと言わずに。どうせなら世界征服とかしてみない? きっと面白いよ?

(お前は世界を知らなさすぎる……)


 世界征服などというふざけた目的を掲げるならばエヴァンという最大の問題を取り除かなくてはならないが、当然俺なんかが敵うわけがない。サルヴィタールもエヴァンの存在は知っているはずだが、まさかわかっていて本気で『世界征服』などというわけのわからないことを抜かしたわけではあるまい。


――――ちぇ、まぁいいけど? お兄さんの『不幸』ならいつか面白そうな事でもこんがらがってきそうだし。

(俺、お前嫌いだわ)

――――僕は大好きだけど?

(はっきり言って知る限りの拷問手段を網羅してお前を苦しめながら嬲り殺したい。うん、つかやっぱお前いつか殺すわ。ぶっ殺す)

――――あっはは、僕もう死んでるよぉ~ん。

(殺す)


 実体かしたら絶対に一回はボコボコにすると誓い、しばらくして出されたフレンチトーストとジュースを受け取る。ほどよく甘く、外はカリカリで中はふっくらなフレンチトーストを食べ終え、口直しにジュースを一気飲みして代金をカウンターに叩き付けて酒場を出る。

 何時の間に滲み出て来た額の汗を拭い、清々しいほどまでに輝く太陽を一瞥。

 軽い舌打ちをしながら止まっていた宿屋(空き巣)に戻る。

 案の定綾斗と紗雪が前に立っていた。


「あ、結城」

「本名で呼ぶなアホ」

「アホじゃないわよ。せめて三人の時は本名で呼び合いなさい。頭が痛くなる」

「あの中二病たっぷりのセンス悪い名前を呼ばれちゃな」

「因みに名付け親は俺だ。どや?」

「最悪なセンスなのは理解できたよ」


 普段通りのやり取りをしながら、一緒に昨日借りた酒場へと入る。

 予想通りというか、ちゃんと全員が集まっていた。――――若干一名、不機嫌そうであったが。


「おっ、主役の登場だな」

「お世辞か?」

「いやいや。まっさかぁ~あっはははは」

「ったく……」


 ファールのアホな発言に頭を悩ませながらそこらへんにあった椅子を引きずって、皆のいるテーブルに近づけてそこに腰を下ろす。


「なんかリーシャが昨日から不機嫌そうだが、心当たりあるか?」


 膝に白い布を置いて銃器の整備をしていたヴィルヘルムにそう問われる。

 心当たりというか原因なんですがね。


「いや、昨日少し事故があってね」

「事故? 何だ、スカート捲りでもしたのか?」

「殴るぞ」

「そうそう。まさか一緒に転んでパンツに顔を埋めながら右手をブラシャーの間に滑り込ませるなんてこと、するわけないですよね。ダーリン?」

『――――』


 嫌な静寂がメガトン爆弾投下により発生した。

 確実に非難の念が込められた視線を、何人かは向けてくる。因みにリーシャ本院は顔を赤らめながらこちらを呪う勢いで鋭い視線を投げかけていた。体を両腕で守る体制を取りながら。


「……リース、それは本当に事故なんだろうな?」

「狙ってできるとでも? そもそも吹き飛ばした原因を作ったのは先程爆弾を投下した張本人なんですけど」

「いや。偶然でもさすがに駄目だろう。確か未婚のエルフには婚約を結んだ異性以外には体に触れてはいけないと言う掟があったはず」



「…………エルフ?」



 突然意味の解らないことを言い出したファール。当然殆どの者が首を傾げる。

 ただし、リーシャはこれ以上ないほど顔を赤から青白へと変えていた。

 待てよ――――確かリィが、リーシャのことを、


「――――『半妖精王族ハーフロードエルフ』、だったか」


 そう、確か、そう言っていた。

 確かにエルフと、耳など全然とがっていない彼女に、そう言ったのだ。


「おいちょっと待て。『妖精王族ロードエルフ』だと? 聞き間違いじゃないのか?」

「俺の記憶力を舐めているのか? 本一冊持ってこい。五分で覚えて一語一句間違えず言ってやるよ」

「別に疑っているわけではないが……いやしかし、『妖精王族ロードエルフ』だと……? そう言えば確か数ヶ月ほど前、エルフの王都で第三王位継承者の姫君が一人、行方不明になったと――――まさか」


 全員がリーシャの方を向く。

 本人はとても残念そうな顔で、「あーあ」とつぶやいていた。


「……ファール。何時から私がエルフだと?」

「そりゃ、『臭い』だろ。お前は最初合った時から人間の臭いが薄かった。代わりに別の臭いがしていて、それが何なのかその時は忘れていたが、つい最近思い出したよ。こいつはエルフの臭いだ、ってな」

「さすがだね。私も少し、獣人の嗅覚を舐めていたみたい。……これは、単純に私のミスかな」

「どういうことだ、リーシャ?」


 俺がそう短く問い詰めた。

 数秒ほど黙りこくると、リーシャは小さく口を開いた。


「えーと……まず言って置きたいことがあるけど、私の名前、偽名なんだ」


 それに対し、皆は返さない。

 そんなことは些細な問題に過ぎないのだから。


「本名は、リーシャ・ティターニア・イストワール。えーっと、まぁはっきり言うと、妖精王の直径かな」

「……そんな、まさか。ではなぜお前――――いや、あなたの様な人がこんなところに」

「敬語、やめて。嫌いだから。……単に家出だよ。ずーっと、閉じ込められては『王族の恥』って家臣や兄弟から言われて、楽しいことも何もないからもう嫌になって、家出したんだ。あっはは、でも家を出た後にみんながギャーギャー混乱しているのはとっても面白かったね」


 とてつもなく破天荒なエピソードである。

 箱入り娘だとは前々から思ってはいたが――――まさか本当にずっと閉じ込められ、しかもそれが一国の胃目という立場だったとは。全く予想がつかなかった。

 いや、予想できる奴は頭が腐ってどうかしている。


「それで好きに旅して、大きな魔物倒して数ヶ月ぶらぶらして……それで、今度は『塔』に挑もうとしたら死にかけのリースに出会って、楽しかったなぁ」

「リーシャ、お前は――――……いや、聞くまでもないか」

「うん。戻るつもりはない。けど、戻らなきゃならない立場だから――――皆が通報しても、私は文句は言わない。それが『必然』だし、そもそも匿う時点で犯罪だからね。皆も犯罪者にはなりたくないでしょ?」


 その問いに対して、かなり空気が重くなる。

 次期王女候補が出家している時点で大問題だが、それをかくまったとなれば大問題どころでは済まされない。よくて終身刑。普通に行けば打ち首である。

 つまりこのままリーシャと同行するという事は、俺たちは今にも爆発しそうな核爆弾を自ら背負って果てしない路地を延々と歩くと言うこと。

 誰もそんなことするわけがない。

 ただし、そんなことを気にしない馬鹿が六人ほどいたが。


「? 俺は別に良いぞ」

「……リベルテ?」


 最初に口を開いたのは、綾斗。

 まるでこの衝撃の事実が『なんてことない』と言う風に顔をにやけさせている。

 包み隠さず言えば、この状況を楽しんでいるのだ。このアホは。


「私も、特に気にしないわよ」

「ブラン」


 続いては紗雪。

 彼女としても、せっかく友人になれた者を自分から手放すなど、しかも厄介者扱いするなどあり得ない。彼女は律儀だ。自分が信頼に値すると認めたものは、どういった事情があれ裏切らない。


「……私は、なんでもいい」

「私も同意見かな」

「私はダーリンと一緒にいられるなら何でもいいですよぉ~」

「アウちゃん、ルーちゃん、リザさん……」


 アウローラ、ルージュ、リザも声を挙げる。

 彼女らとしては、追跡者など関係ない。

 もうすでに・・・・・追われている・・・・・・のかもしれないアウローラとルージュ。

 追っ手など自分で蹴散らせるだろうリザ。確かに彼女にとってはこれ以上敵が増えようがお構いなしだ。

 ……さて、最後は俺か。


「……………………」

「……リースが、嫌なら」

「馬鹿が」

「へ?」


 見捨てるなど、絶対にあり得ない・・・・・・・・

 互いに信頼している物を切り捨てるなど、絶対に認めない・・・・・・・

 俺はかつて誓った。

 リーシャこいつの剣と盾になると。

 どんなことがあっても守り通すと。

 これだけは命を賭しても守る、約束だ。

 俺が人生で絶対に破らない誓いの一つだ。


「――――俺は、例え何があろうが、どんな奴を敵に回そうが、世紀の大悪人になろうとも、お前を護る。……それは誓約・・であり契約・・であり制定・・であり、呪い・・だ」

「っ……!?」

「キザな台詞を言うけどな…………俺はお前が裏切らない限り永劫裏切るつもりはない。お前が俺を頼るなら俺もお前を頼るし、お前が俺を助けるなら俺もお前を助ける。だから俺は、お前が俺を信頼してくれる限りお前を何回も助けてやるつもりだ」


 一拍間を置く。

 流石にカッコつけたセリフというのは、どうも言うとき緊張する。

 偶には、綾斗の能天気さが欲しくなるな。



「お前が信頼している『相棒バディ』はそんなに頼りないかよ、お姫様?」



 恐らく昔の俺なら血混じりの痰を吐き捨てても可笑しくないほどの歯の浮くようなセリフだった。

 実を言うと少し後悔している。

 なんか後ろで綾斗が腹抱えて笑ってるし。ぶん殴りたい。


「リース……っ」

「ま、冗談半分だと受け取っても構わないが、お前が俺にとって大切な者の一人であることは、真実だ。だから遠慮なく甘えてくれても構わない」

「一緒に居て、いいの?」

「逆になんで俺が見捨てると思った?」

「迷惑かけちゃうかもしれないんだよ?」

「そりゃ俺の台詞だ。俺の運の悪さを知っているんだろ」

「でも――――」

「もう、素直に言えよ」


 彼女は爆弾だ。

 それは変わりない事実だ。

 だけど――――それを害と感じるかどうかは、人それぞれだ。

 誰しも同じ共通認識を持っているわけではない。

 俺という存在が、その証拠だ――――!


「……一緒に、冒険したい」

「それでこそ俺の知っている『リーシャ』だ。お前が箱入り娘で、非常識で、馬鹿で、猪突猛進で、破天荒な冒険者願望の少女でいい。お前が姫だとかなんとか――――心底どうでもいい・・・・・・・・

「!」

「俺がお前に求めるのは、お前という人間だ。地位じゃなければ権力でも、金でも、そんな世にはびこる黒いシミなんて端っから求めていないんだよ」

「私は、私……」

「これは師匠からの譲り言葉だがな、あの馬鹿師匠は俺が小難しい事を考え込んだときはいつもいつもこう言った。――――馬鹿になれ・・・・・、ってな」


 あのクソスパルタ師匠には、色々学んだ。

 それこそ、自分の境遇に悩むアホを説得する術も。

 窮地に追い込まれた時の対処法も。

 かつて自分の身近に存在していた、紛れもない平行世界の『最強』から。


「ここに居るお前はリーシャル・オヴェロニアだ。リーシャ・ティターニア・イストワールというどっかの異国の姫様じゃない。胸を張れよ相棒。お前は俺達の仲間だろ。んな小さな迷惑事、気にするかよ」


 今作れるとびっきりの笑顔で、そう言ってやった。

 ああ、言っちまった。

 くっそ恥ずかしい台詞を長々と続けて言ってしまった。

 恐らく今夜は布団の中で悶え苦しむ羽目になるだろうな、と心の涙を洪水のように垂れ流す。


「――――よしっ!!」


 表情を先程とは一変させたリーシャは、自分の量頬を強く叩くと椅子から起き上がる。


「私は、お姫様なんかじゃない」


 そう。今は・・ただの探索者のリーシャだ。


「だけど皆、私がここに居ていいの?」


 今度は、間などなかった。

 俺の言葉で、皆決心がついたらしい。

 全員は無言で笑顔になり頷く。


「……ありがとう」


 美麗な笑顔だった。

 住人とすれ違えば十人とも振り返るその美貌なら、そこら辺の男などコロッといく笑顔を作るのは難しくないだろう。

 しかし今回の場合は――――彼女の心からの笑みだった。

 グッドスマイル。――――でいいのだろうか。

 とにかく今の彼女に贈る言葉なら、これが一番似合うだろう。


「さて、さっさと街に行くぞ」

『おうっ!』


 皆が一つにまとまったところで、俺達はようやく足を動かし始めた。



――――――



 表彰式。

 普通に言えば、皆も一度はやったことはあるだろう。卒業式然り、体育大会での優勝または準優勝然り、――――まぁ、普通に暮らしてれば何回かはやる式の一つだ。

 しかし、こんな規模の。

 首都の住民の十分の一が一点に集まって行われる表彰式など、そうそうできるだろうか。

 あまりの気まずさと計画の頓挫に、俺は全身から脂汗を噴出し続ける。

 現在、『ヴァルハラ』首都の、王宮付近。というか城門手前。

 現在時刻十一時半。

 実に五十万人というアホみたいな数の人混みが、高級木材で作られた高さ五メートルの台座から見渡せた。人はギチギチに詰まっており、建物の屋根に上る者や誰かに肩車してもらう者も居るほど窮屈だ。

 どうしてこんなに人を集めたのか、主催者に文句を数時間ほど言い続けたい。


「あー、テステス――――それでは、正式な発表を行いたいと思う」


 そこら中に設置された魔導式のアンプから、台座に置いてある少し大きめの玉座に座っている人物の声が響く。そこにいたのは、いかにも涼しい顔でマイクを握っている聖杯騎士団総団長。エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン。

 まるで『計算通り』と高らかに宣言しそうな顔で、俺を見て笑っている。

 頭の裏で一回だけぶちっ、という音が聞こえる。


「それでは、裏宿泊施設集中区を、約半径一キロほど焦土へと化した犯人、リースフェルト・アンデルセンについての処遇ですが――――」

(前半居るのかよ……絶対嫌味だな)

「今回の『塔』攻略の功績により、彼の罪は清算されました。言ってしまえば――――指名手配の帳消しを、元老院は言い渡しました」


 瞬間、民衆から(特に裏宿泊施設を利用していた人たちから)ブーイングの声が上がる。

 当然だ。自分たちの住処を破壊され、今もなお途方に暮れていると言うのにその破壊した当人が『無罪放免』という結果なのだから。そりゃ文句の一つや二つ言っても仕方がない。


「しかし、あくまで帳消しになったのは『懲役』です。彼が壊した建物の『修理代』は含みません」

「……ん?」

「確か、報酬は山分けで、守護者ガーディアン討伐報酬金貨一万枚と発見報酬金貨一千枚と合わせて合計一万千枚。しかし、報酬は十一人で分けるからお前の取り分は一千枚。んで、建物の損害が金貨千二百枚――――つまり、金貨二百枚、普通の衛兵が十六年ほど働かなければ稼げない額を、一体彼はどうやって払うんでしょうかね」

「…………やっぱりそういうことか」


 何というか、呆れる。

 先程ブーイングを上げていた奴らはみんな悪い笑顔でファッ○サインを向けてきている。

 こいつは何としても、俺を戦力として取り込むつもりだ。

 面倒なことにどう転んでも自分たちの方に得が来るように。人材というのは金でも中々買えない。自分で言うのもなんだが、俺には最低でも金貨一千枚分衣装の、それだけの価値があると踏んでこんな茶番劇を造ったのだろう。

 しかしエヴァンは気乗りしない顔だった。

 そんな彼は静かに玉座から立ち、小さく耳打ちしてくる。


(言って置くが、これは俺が仕組んだことじゃないぞ)

(はぁ? お前、結構ノリノリで俺を追い詰めてなかったか? あの馬鹿ロートスを差し向けたのもお前だろうが)

(ありゃアイツの独断先行だ。俺の計画では『守護者ガーディアンを倒した勇者』って祀り上げるつもりだったが、残念ながらお前の暴走による建築物破壊のせいで計画は丸つぶれだ。そのせいで元老院どもが立ち上げた胸糞悪いこんな茶番をすることになったんだよ。俺の方で少々修正は加えたが)

(どちらにしろ、俺はお前の掌の上で踊らされていたって事だろうが)


 彼が不本意だろうが、俺の行動を誘導したことには変わりない。

 やはり人間という物は黒い。人のことは言えない立場だが、この男は何とも人間らしい。

 だからこそ白くも黒い。

 これ程の策士でなければ、騎士団長などという立場はとても保てないだろうが。


「報酬通り、彼に黄金十字架名誉勲章に鉄十字白馬勲章を授与します。皆さん、どうか温かい拍手を――――」

「あ、返上しますね」

「…………………………は?」

「いらねぇよ。んな欲望の塊みたいな金属」


 そう、明確に、拒否した。

 名誉をもらうことを、放棄したのである。

 そんな意味不明な行動をした俺に、国民たちは茫然。名誉を授かると言うのは、この町で名声を博するという事。それを放棄すると言うことは最高級の宝石を泥の中に投げすてるも同然の行為である。

 この場が静まり返るには十分すぎる行動だった。


「――――ブッ、ブッハハハハハハハハハハハハハッ!! アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャヒャ!!」


 笑い出したのは、同じく台座に立っていたロートス。

 先程まで妙に大人しかったが、何か枷が外れたらしく狂ったように笑い出す。


「ロートス、口を慎みなさい」


 そして次に口を開いたのはレヴィ。

 不愉快と言わんばかりの眼差しを俺に向けてくる。


「んー……どういうことだ?」

「だから、要らねぇよって言ってんだろ。そんなくっだらねぇ物貰うために命投げ出したんじゃないんだよ。俺は仲間と再開するためだけに命使っただけだ」

「ほう。では、どうするんだ? 流石に勲章返上は認められないが」

「じゃあ売る。それ宝石ちりばめられてるし、結構高いんだろ? ほら、売った分の金出せ」

「返品は――――」

「クーリングオフ」


 やがてエヴァンは、諦めたようにアイテム欄、『封物の法』を使い金貨袋を三つ渡してくる。

 見ると、一つにつき金貨百枚入っていた。

 ニヤッと笑いながら、無造作に金貨袋を二つエヴァンに投げる。

 流石にこれには苦笑いで、エヴァンは無言で受け取る。


「返済完了。これでいいか?」

「ああ、文句は無い」

「団長――――!!」


 レヴィが咄嗟に大鎌、『四騎士の大鎌』を展開し俺の首に切っ先を突きつける。

 民衆からどよめきと悲鳴が小さく湧き上がる。


「ふざけないでちょうだい、遊びてやっているわけじゃないのよ」

「何時から騎士団は他人の自由さえ弄ぶようになったんだ?」

「あなたは、危険すぎる。徹底した管理が求められる。これは国の意思よ」

「あ、そ。じゃあお前の側頭部に突き付けられている銃も国の意思か?」

「!」


 ようやく気付いたレヴィが視線だけを横へと向ける。

 そこには、銃を二丁の銃口を両方とも赤い髪の輝くレヴィの頭部に向けているロートスが居た。


「おいおいババァ、忘れたのか? 騎士団の信条その一ィ」

「…………『民間人は傷付けない』」

「リースフェルト、悔しいがなァ、テメェに逮捕状が無い限り俺はお前を討つことができねェ。最低限、法律は守らねェと団長にブッ殺されるんでな」

「おいおい、俺はそんな事しないぞ」

「前民間人を巻き込んだ時、一か月間瀕死の状態で砂漠に放り出したのはどこの誰だったかなァ」


 引き攣った笑いでエヴァンに視線を向ける。

 表情は変わらず笑顔だ。

 ――――やはりこいつも、そういう人種か。


「それにババァ。俺はこれでもテメェを護っているんだぜ?」

「何をふざけたことを――――」

「後ろ見ろよ」


 レヴィが振り返る。

 そこには、赤い炎が燃え滾っていた。

 人型の炎が、赤色の魔剣をレヴィの項に突き付けていた。

 何時でも殺せると表明するように。


「…………守護者ガーディアン

『元、よ』


 エコーが付与された声で、魔人は返答した。


「で、どうするんだ? そいつのレベルは694。今のアンタは……封印の指輪は二十個か。しかも封印レベル30で×20……でも全部解放して661。さて、どうなるだろうな」

「くっ…………!!」


 予め情報を仕入れていたおかげでこうして対策が打てた。

 情報を快く提供してくれたロートスにはささやかな感謝の念を後で送るとしよう。何時だとは俺も知らないが、恐らく永劫来ないだろう。


「はぁ……なんでこうも俺の部下は面倒事ばっかり起こそうとするのか」

「さぁ? お前の教育が悪いんじゃないのか?」

「俺相手にそんな口叩けるのはロートスとお前ぐらいだろうな。とりあえず全員、武器を降ろせ」

「しかし団長!」







      「          降ろせ          」






 小さく、とても小さくエヴァンはそう呟いた。

 しかしはっきりと聞こえた。とても小さい音量のはずなのに、マイクを使わずとも耳元で大音量のスピーカーを当てられたようにはっきりと。それは下にいる民衆も同じようで、先程のどよめきと動揺の様子が一切合財消えていた。

 それから感じられるのは、微かな殺気。

 微か――――とは言ったが、その濃度は尋常ではない。

 恐らく大型の猛獣も小鹿の様に変貌するであろうその濃密な殺気は、台座の上にいた俺達を震え上がらせた。守護者ガーディアンではるルージュまでも。

 瞬間、エヴァンの目が真下から来る何かを捉えた。


「ふん」


 しかし彼はそれをあたかも赤子でも相手するかのように、手は出さなかった。

 何百もの光の矢・・・・・・・が、自分だけに飛来してきていると言うのに。


「ハイン、出番だぞ」

「――――了解しました」


 空から一つの影が降ってくる。

 台座を壊しながらその影は綺麗に着地し、光の矢と対峙する。

 影――――まだ十代前半ほどであろうと推測できるほど小柄な少年は、手を下方にかざした。

 それだけで光の矢は霧散した。

 まるで何か巨大な壁にでも阻まれたかのように。


「で、なんだ。ここで反乱でも起こす気かお前は」

「アンタが変なことするから待機させていた仲間が狙撃したんだよ。余計な殺気出すな」

「それは失礼。しかしいきなり矢を撃つこたぁねぇだろ」


 形勢逆転。

 彼らの援軍により一気にこちらが不利になる。

 いや、この男がいる限り俺たちの不利は変わりない。


「それで、もうおしまいか? 随分と期待外れだな」

「まさか」


 直後台座が何かに囲まれる。

 遠目にはそれが何なのか判別はできないが――――鋼鉄製のワイヤーが何本もこの台座を囲んでいるのがわかった。

 認識した瞬間、ワイヤーが引き締まり台座を輪切りにする。

 綾斗の、罠設置・奇襲専門のあいつの仕業だ。

 誰にも気づかれずにこんな初歩的なトラップを仕掛けるなど朝飯前だろう。


「ぐっ!?」

「ほう」


 何人かが呻き声を上げて落下する。

 しかしエヴァンだけは以前変わりない様子で、逆に関心でもしている表情で俺を見つめる。

 後方から民衆の悲鳴が上がる中、二個目のトラップが作動した。

 地面に埋められていた指向性対人クレイモア地雷が爆発。落下中の全員に毒が塗られている小粒の鉄球が襲い掛かる。


金色の(Aurum i)不動城(mmobile )(arcem)!!」


 詠唱を省略し自分の下方に防壁を展開。ルージュも自分用の防壁を展開しクレイモアの鉄球を防ぐ。

 対してエヴァン等は、一発も受けていない。

 先程のハインと呼ばれる者が、何らかのサポートをしたのだ。

 予定通りだ・・・・・


「!!」


 気づいた時にはもう遅い。

 上空から大量の燃え盛る剣が――――実体非実体含めて大量に降ってきていた。

 リーシャの『炎属・百剣雨フレイム・ソードレイン』とルージュのアヴァールによる『夢幻の焔剣ファントム・フラムアルム』による一斉掃射。下方の防御に回っていたハインという者は真っ先に餌食となる。


「がぁぁぁっ!!」


 予想できていた俺はもうとっくに『賢者(Lapidis Ph)の石(ilosophici)』を防御形態シールドモードにして盾を作っていた。おかげで焔剣は俺の背中ギリギリで食い止められる。

 残りはレヴィとロートス、そしてエヴァン。

 この三人は反応できていたのか降ってきた焔剣を自身の武器で防ぎ、逃れてしまっていた。

 できれば二人ほど倒れてくれると助かったのだが、この際過ぎたことを考えても仕方がないだろう。

 綾斗の仕掛けた最後の罠、三つめの罠が作動する。



――――地面が陥没した。



 典型的な落とし穴。まずこの実力者揃いでそんなアホなトラップに引っかかる奴もいないだろう。

 実際、三人とも瓦礫を蹴り落とし穴の範囲からすでに逃れていた。

 しかしそれは落とし穴ではなかった・・・・・・・・・・・


「――――――ハッ!」


 ロートスは気づいた。

 落とし穴の向こうから、大量の重火器が出ていたことを。

 それらが自動的に――――絡繰り的な工作により上空にいた者全員を狙っていることを。

 一斉射撃が開始される。

 分間数万発という金属の嵐が放たれる中、俺はロートスの襟首を義手の仕込み剣により捉えていた。


「なにを――――」


 何か意図を理解したロートスだが、直ぐに俺の意図を理解して黙る。


「テメェッ!」

「生きてるといいな」


 義手を振り――――轟音の鳴る銃火器の方にロートスを投げた。

 反動により俺の体はその外側に押され、射程外へと放り出される。

 しかしロートスは当然銃火器の掃射に巻き込まれる。


「グあああァァァァァああああああああッ!!??」


 全身のいたるところに銃弾を食い込ませ、ロートスは反動で吹き飛ぶ。

 彼にとって幸いだったのは、初撃で体を大きく弾き飛ばされていたところだろう。そうでなければ彼の体は今頃蜂の巣より悲惨なことになっている。


「リースフェルトっ!!!」


 激怒の表情のレヴィが地面に着地するや否や、まだ空中にいた俺へと跳躍。

 その手の中にある大鎌を振り、俺の首を飛ばそうとする。

 俺は素早くイリュジオンを抜刀。同じく大鎌形態へと変形させ、レヴィの大鎌に引っ掛けた・・・・・


「!?」


 すると自然と俺は向こうへと抛り飛ばされようとするが、大鎌同士が引っかかっていることもありレヴィとの距離は広がらない。逆にレヴィの方が若干、俺の方に引っ張られた。体重が俺より軽い証拠だ。

 それがわかると、俺の顔色は変わった。


「『超過思考加速オーバーアクセル』」


 自己強化スキルを起動。

 筋力を二倍ほどにまで膨れ上がらせた俺は大鎌を引っ張りレヴィを引き寄せる。


「っ!?」


 ある程度距離が縮まるとイリュジオンを変形。

 大槌状態へと変形させ引っ掛けを外し、空中で重心を移動させて一回転。レヴィの最後の抵抗である大鎌攻撃を避けて彼女の背中側に回る。

 全力で彼女の背中に大槌を振り下ろした。


「が――――」


 悲鳴を挙げさせる暇なく、音速で彼女は地面と激突する。

 粉塵と衝撃波が巻き上がり民衆の悲鳴を増大させた。

 俺は空中で何回転もしてレヴィが着地した場所とは少し離れた場所に足を付ける。


「……ったく、後始末を面倒にさせてくれやがって」

「知るか。俺には関係ないことだろう」

「また犯罪者になるつもりか?」

「探索者になれば、多少の荒事は許可されると聞いたが」

「これが『多少』ねぇ……。ま、いい。子供の遊びに付き合うのが大人ってもんだしな」

「ほざいてろ。とにかくテメェは――――一発殴らねぇと気が済まねぇんだよ!!」


 脚部に魔力を集中。

 知識をかき集めて即席の強化魔法を付与し、地面を蹴る。足元の地面が豆腐を思いっきり踏んずけた様に爆発すると俺の身体は火薬の爆発に押される弾丸のように飛ぶ。

 体感速度、およそマッハ3。

 常人ならまず目を開くことさえ困難な状態でも、俺はしっかりと両目を開き目の前にいる糞野郎を捉えていた。本当に、こいつは一発殴らないと腹の虫が治まらない。


「よくもっ――――」


 再度地面を蹴って加速。

 更なる加速を加えたことで、尋常ではないほどのスピードの世界に突入しながら拳を構える。


「――――俺の仲間を危機に陥れてくれやがったなぁぁぁあああああああッ!!!!」


 俺自身がこんな事態になったのは、別にどうでもよかった。

 今更この世界の人間全員に恨まれようが心底どうでもいい。

 だが――――俺の仲間を危険の中に放り込んだことだけは、絶対に許さない。許してはならない。

 理性と本能、どちらも同じ答えを出したうえで俺hあこいつを殴るという選択をしていた。


「そんな簡単に殴られてやるつもりは――――ん?」


 もう遅い。

 エヴァンの四肢には地面に繋がる水の枷が絡まっていた。

 それもとびっきり柔らかい・・・・枷が。

 何故寄りにもよってそんな壊れやすそうなものにしたのか? 答えは単純。いや言わなくても普通解るだろう。

 柔らかいという事は、どんな硬い物よりも壊れない。

 たとえ最高硬度のダイアモンドでも、高硬度タングステン合金だろうとも壊れるときは壊れる。

 だけど、水はどうだろうか。

 いくら叩こうが、潰そうが、壊れることは決してない。

 そりゃ当然だ。

 水という物ははっきり言ってしまえば液体――――液体という物は『形がない』のだ。不定形、つまり形がない物に対しどうやって形を崩すことができるのだろうか。

 どれだけ力があろうが、液体は壊せない。

 状態変化でしかその形を崩すことは不可能なのだ。

 時間稼ぎにしては、この状況でこれ以上役に立つものは他に無い。


「歯ぁ、食いしばれぇぇぇぇええええええええええええええッッッッ!!!!!!」


 音速を超えて、こちらのいう事は聞こえるはずがない。それでも俺は叫んだ。

 エヴァンは笑った。まるで我が子の成長を見た父親の様に。

 それが君が悪くて、とにかく遠慮なく腕を限界まで引き――――頬を殴りつけた。


 ――――パァァァァァァァァンッッ!!!!


 ニトロでも爆発したような音が、空に響く。

 同時に酷い手ごたえがあった。骨が折れた音が、確かにした。

 ただし、俺の骨だが。


「っ……あ、が…………ぉっ!?」


 対して、エヴァンはノーダメージ。

 ふざけんな。

 まるで人間の皮を模した鋼鉄の扉をぶん殴ったような気分だった。

 右手から血を垂らしながらエヴァンをキッと睨む。


「どうだ、満足したか?」

「ふざけんなっ……マッハ4の拳だぞ? 普通顎が吹っ飛んでもおかしくないんだぞ!?」

「そういわれてもねぇ。俺、この前マッハ20でお前さんと戦ったはずだが」

「んな……」


 くそっ、と毒づきまだ現身の力で修復しきれていない拳で地面を殴る。

 せめて傷の一つぐらい、作らなければ気が済まないと言うのに。


「よくやったよ」

「……なんだと?」

「ひよっこどころか卵の身で、複数とはいえよく俺に一発入れた。ああ、アイディアとコンビネーションは及第点一歩手前ってところか。ますます欲しい人材だ」

「褒められても何も出ないぞ」

「そうかい。それじゃ、これを渡しておく」

「は?」


 そう言ってエヴァンは懐から白い封筒を取り出しこちらに投げてきた。

 一瞬無視しようとしたが、流石に中身が気になるので素直に受け取る。


「これは」

「騎士団への入団許可証だ」

「……千切り捨てていいか?」

「困った時に使えばいい。別に強制入団ってわけじゃないから、いいだろそのぐらい」

「チッ……わかったよ」


 厚意には一応甘えて、封筒をアイテム欄の中に仕舞う。

 さて、後ろからの猛ブーイングに対してはどうやって示しをつければいのやら。

 これで俺はこの街では完全に嫌われ者になってしまった。

 別に構わないが。


「騎士団長を殴ったと言う不敬罪は一応チャラにしておくよ。それとこれを」

「ん?」


 再度エヴァンは何かを投げつける。

 それを一瞥して受け取り、まじまじと見つめた。

 だが黒いカードという他は、何もわからなかった。


「自由交通許可証だ。それがあればどんな地域だろうが渡ることができる」

「……いいのか?」

「どうせお前はもうここにはいられないだろ」

「そりゃそうだ」


 ここまでやっておいてこの街に滞在することなどできない。

 する気自体、最初からありはしないのだが。


「こほん――――それでは、これで表彰式……って言っていいのかね。とりあえず式はこれにて終了です!! 皆さんは各自で解散。失礼ながら途中事故・・はありましたが、概ね問題無しなので大丈夫です!!」

『問題あるわ!!!!』

「……まぁ、とりあえず終了という事で」


 民衆から大きな駄目出しを食らったことで少しずり下がってしまうが、エヴァンはとにかく終了の宣言をした。瞬間、隠れて待機していた仲間たちがぞろぞろと出てくる。

 それと地面で全身を埋めていたレヴィも怒りの表情で背中の瓦礫を除けて立ち上がり、ロートスも血だらけになりながらもゾンビの様に立ち上がる。


「不死身かよアイツら……」

「そりゃお前もだろう」


 エヴァンはそう言ってポーチから薬品を取り出し二人に掛ける。

 するとたちまち二人の傷は塞がり、先程の元気そうな様子を取り戻していた。

 きっとエリクシル剤か何かを使ったのだろう。


「くっそ……よくもやってくれやがったなリーステメェ……」

「貴方、いつか殺すわ」

「そんなことより、あのハインってやつはどうした?」

「ああ。無事だろ、たぶん」

「――――無事ですよ」


 視界の隅から、背中に大量の剣が刺さった少年が姿を現す。

 その様は実に言葉では表現しにくく、まるで痛みを感じないサイボーグなのかと錯覚する。


「はぁ……これ、抜いてくれませんか? 凄く痛いのですが」

「ああ、痛覚は普通にあるんだな」

「痛いのは慣れてますから」


 エヴァンはもう一つエリクシル剤を取り出し、ハイン少年に掛ける。

 すると再生と共に肉に押し出されて背中から剣が何個も落ちる。地面に落ちた剣は自動的に魔力へと変換され、空気中のエーテルと同化して消えていった。


「どうも初めまして、リースフェルトさん。私はハイン・フォン・アーダルベルトと申します。此度はこちらの茶番劇に付き合わせてしまい、大変申し訳ございませんでした」

「え? あ、ああ」


 以外にも、凄く常識人だった。

 常識人過ぎて曲者ぞろいだと思った聖杯騎士団のイメージが少しずつ崩れていく。

 頼むからそのまま崩れて行ってくれ。


「こちらも悪かった、初対面なのに背中に何本も剣を突き刺して」

「いえ。元はと言えばこんな状況を作り出したこちらに非があるのですから」

「……なぁ、ホントにこいつお前らの仲間か? この無垢な少年が?」

「糞真面目と言って構わねェぞ」

「黙っていてくださいロートス。貴方が口を出すと碌なことにならない」


 その発言に全身全霊で同意した。

 あとちょっと泣いた。


「とにかく団長。そろそろ来ますよ」

「ん、そうだな。じゃあ俺はそろそろ行くわ」

「は? 行くって、どこに?」


 その問いに、エヴァンは答えなかった。

 代わりの答えとして――――上空に、巨大な銀色の近未来的デザインな飛行船が現れた。

 先程まで存在していた無かったはずの、五十メートルはする巨大飛行船が何の前触れもなく。

 まるで、瞬間移動でもしたかのように。


「いや……光学迷彩か!?」


 まさかそんなハイテクノロジーがこの世界にあろうとは。

 一体どうなっているんなこの世界は。中世ファンタジーと考えていた昔の俺にこの真実を突きつけてもきっと鼻で笑われるだろう衝撃。

 この場に集まっていた民衆たちも、殆ど全員が口をあんぐりと開けていた。

 どうやら『当り前』の技術ではないらしい。


「くそっ、アダムの奴。こんな派手なもん用意しやがって」

「ッ! アダムですって!?」

「おっと。そういや工房出身の奴が一人居たんだっけな。いや二人か」

「この国、工房とそんなに深く繋がって――――」

「残念ながらその質問に対する回答は拒否する。済まないな」

「おいエヴァン。お前は一体」

「……それ相応の実力を身に付けたら、教えてやるよ。いつかな」


 納得のしようがない答えを返された。

 きっと彼にとって、今の入れは雑魚同然だ。そんな奴に機密を教えるわけにもいかないだろう。

 実に正しい判断だ。

 ならば、正攻法で突破するしかないだろう。


「……ああ、身に付けてやるよ」

「期待はしないでやるよ。それから三人とも」

「はい」

「アァ」

「なんでしょう」

「この国、命に代えても守れよ」

「「「了解」」」


 その後彼は、地面に垂れた縄を掴むと自動的に引き上げられていく。

 残された騎士団員はそれを最後まで見届ける。

 数分後、飛行船の後部に取り付けられていた二つの巨大なブースターが青い光を発すると――――瞬く間に飛行船は出発し、飛んで行ってしまう。恐らく超音速で航行しているのだろう。そうでなければあの巨大さであの俊敏さは説明ができない。


「……さて、俺もさっさとこの国を出る準備でもするか」


 後ろにいる仲間に目をやりながら、疲れたように俺はそう呟いた。




さらっと破壊活動してますけど、たぶん騎士団長権限でチャラになったんじゃないかな。細かいことはいぃんだよ、と私の神(私)が言ってました。たぶん。

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