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第四十七話・『事の収束』

申し訳ありません。個人的な事情が重なり予定通りに投稿ができませんでした。

 終わった。

 その事実が俺の心を冷やしてくれる。もう終わったのだ、一時の波乱が。

 それは実に朗報であり、久しぶりに心の底から嬉しく思えるような出来事だった。自身の日常を自分の手で、いや仲間の手も少々借りたが取り戻せたことに少なからずの歓喜の念を外に滲み出せていた。

 俺たちは、勝った。確かに勝利をこの手で掴み取ったのだ。

 そのゆるぎない事実が、俺たちに祝杯を挙げる機会を与えてくれた。



『乾杯!』



 ガラスのビールジョッキが何度もぶつかり合う音がする。

 その音はまるで福音とおも思える音色。バターのように柔らかくなった心にいとも簡単に響き、『楽しむ』という考えが膨れ上がってくる。

 初めてだ。こんなことは。

 これが――――勝利の祝杯というものなのか。


「いやぁ~、今回は本当にどうなることかと冷や冷やしたぜ」

「今回ばかりはリベルテに同感ね。一瞬でも選択を間違えていたらどうなったかと思うと、鳥肌が立つわ」

「まー過ぎたことは忘れて飲め飲め! うわっはははははははっ!」

「おい、宴会は始まったばかりだってのにもう酒回ってないかファール」

「仕方ないですよジョンさん。ファールさんの酒豪っぷりは今に始まったことじゃないですし。僕たちは僕たちでこのうまい料理でも――――って無い!?」

「あはは~、おいしいね~」

「セリア! それ僕の料理!」

「結局俺らが行った意味ってあったのかね……おかげで無駄足こいた上に上がったのは弾代だけだぞ畜生っ」

「えーと、ほ、報酬は山分けだからそこから……ダメかな?」

「相っ変わらず騒がしい連中ねぇ……あ、アウローラ落としてる落としてる」

「……ん~、拭いてー」

「わ、私がッ? えーと、どうすれば……とりあえず拭くものを」

「ダーリンダーリン! このジュース凄いですよねぇ! 何と媚薬の効果があって精液の増産量が二倍――――あばっ!?」

「子供の前でんな話する奴がいるかこのド淫乱女!」

「あーん、ダーリン、ルージュちゃんがいぢめるぅ~」

「……………………あ、あはは」


 五月蠅い。事一言に尽きる酒場の惨状。

 一応貸し切り状態にしては置いたが、煩い。実に煩すぎる。

 ……ここは『大地の塔』周辺の街にある、目立たない場所にある酒場。料理も酒もそこそこといった感じで、決して不味くは無い料理がそろう料理店でもある。勿論ここを選んだ理由は貸し切り料金が低く、人もあまり来ないから。

 いや、今来られると非常に面倒だと言う理由もあるが。


 ――――結局、俺たちが『大地の塔』を攻略したと言う情報は瞬く間に広がった。

 守護者ガーディアン、サルヴィタール・ヴュルギャリテを倒した直後この街を構成している土の色素が薄れ、さらには魔力濃度もかなり薄まったことでその事実は直ぐに明らかにされた。

 そして極め付けに俺の右腕にある刻印――――専門家が言うには、古代資料で《神法刻印デウス・エングレイブ》と示されているらしいが、とにかくそれを確かめられたことにより『大地の塔』攻略の知らせは確かなものとなり、周囲にいた探索者たちおよび情報屋たちが騒ぎ出しながらも丁重にことを運んでくれた。

 更なるビッグニュースとして攻略した張本人が現在指名手配されている人物、リースフェルトこと俺となればかなりの混乱が生まれる。その予想は的中し、現在ヴァルハラ首都の警吏隊および騎士団内部はかなり不味い空気が満ちており、俺の罪に関しての議論が飛び交っているそうだ。そのせいか、内部情勢は対混乱。関係ない覇権争い、過去履歴を調べる際に出た警吏隊の不正の発覚による爆弾点火、更には全く関係のない権力者同士の縄張り争いが勃発し、ヴァルハラの防衛機構は実に『混沌』という言葉が似合うほどごちゃごちゃしているそうな。

 これだけは胸を張って言える。

 ザマァ見ろ馬鹿どもめ。

 今なら『w』が一億個ぐらいついても構わないぐらいの心情になっていた。

 端的に言えば、爆笑ものである。

 もし本人たちを前にしたら「ふっははははははは」と高らかに笑い罵詈雑言と最大級の皮肉をぶつけられる自信がある。いやはやまったく史上の幸福感というのはこういう物を言うのか。

 おかげで酒が進むわ進む。ただしアルコール度0.5のジュースだが。それでも『勝利の美酒』が仰いでくる香りで、少し脳内が混乱しているが。


「そういや、報奨金はいつ出されるんだ?」

「確か、依頼主の騎士団に報告したら予め用意されている物をもらえるらしい。でも今はもう遅いし、盗賊やごろつきどもに襲われたら面倒だから、人気の多い朝にするべきだな」

「賛成。もう面倒事は懲り懲りよ」

「……そうだな。今酔いが冷めるのは気分が悪いよ。せめて、今夜はこの気分のままゆっくりしたい」


 それにまだ内部でのごたごたが収まっていないからに、力ずくで収めようとする過激派などに見つかってみれば最悪襲われる可能性もある。

 それらの点から、今夜はこの酒場で過ごした方が身のためで、そっちの方が得もある。

 何よりもう体はクタクタだ。出来れば飯を腹一杯食ってすぐにでも寝たい。

 微笑を浮かべながらさらに乗っているビーフジャーキーを齧る。腹一杯食いたいはずなのになぜか胃が拒否する。――――まぁ、アレだけボコられて精神肉体共に疲弊し切っていればそりゃ拒否もするだろう。

 今は少しずつ胃を慣らして、あとから胃にくるような料理でも食べるつもりだ。


「しかし……どうも引っかかることがある」

「ん? なんだ」

「……エヴァン、あいつはどうして俺を捕まえようとしたってところだよ。ふざけたことに、現場で事情も熟知していたはずなのにそれらすべて棚に上げてこんな真似をした。その意図が理解できない。俺のみを調べたいのならわざわざこんな大事にまで発展させなくてもできたはず……目的もさながら、俺を捕まえるメリットがほぼ存在しない」

「現身の力を、神法を調べたかっただけなんじゃ?」

「それならとっくの昔に自分で行って守護者ガーディアン倒してきてるだろ。あいつの目的は現身の力じゃない……それがわからないんだ。俺自身はただの一般人だ。元騎士でも帝国出身でもなければ混血でも吸血鬼の子孫でも改造人間でもない。文字通り俺を捕まえて何かを得るなんて――――」


 その時、不意に脳裏にある事実が通り過ぎる。

 まさか・・・。あの事実に気付いていると言うのか? ふざけるな、証拠などどこにも落としてはいないしそもそもあいつに会ったことさえないのに。

 俺が異世界からやってきた、『異邦人』という事に、気づいているのか? 嘘だろう。

 それなら俺だけでなく紗雪や綾斗も狙っているはず。いや、あいつ等がまだバレていないだけかもしれない――――だが二人が俺と何らかの関わりを持つことは簡単に調べられた。だが今回、二人は何の被害も受けなかった。

 つまり、目的は俺だけ。

 よくよく考えれば、他にも心当たりがある。

 俺の中に潜んでいる何か、ルキナと名乗る何者かの存在。

 どちらにしろ、面倒だという事は変わりないだろうが。

 一体自分の身に何が起きているのか、ほとんど理解できない。せめて誰かが教えてくれるならまだ理解できただろうが、八割がた推測の塊に過ぎない故に確証も持てない。

 自分の無知さが恥ずかしい。

 あいつは、一体何を知っているんだ。


「今気にしても、何もわからないわよ」

「そうだよ。推測じゃあ真実は取れない――――今できることhあゆっくり休養して、明日生きるために備えることだ。違うか?」

「……ふー……それも、そうだな」


 真実につながる意図が無ければ、今何を考えたって無駄だ。

 ならせめて意味のある行動をしよう。

 こうして仲間たちと祝杯を飲み交わし、今を楽しく生きることは、恐らく今一番意味のある行動なのだろう。

 そう信じて、俺はジュースのそそがれたグラスを手に取った。



――――――



 その頃、ヴァルハラ都心区画。

 街でも屈指の高級レストランで、黒いイブニングドレスに身を包んだ赤い髪の女性――――レヴィ・オーラリア・ヘンシュヴァルドは頬杖をつきながら静かにワインの入ったグラスを傾ける。今にもこぼれそうな角度ながらも、全くこぼれない。彼女の手腕が繊細だからだろうか。

 しかしこの行動自体に意味は無い。ただ、時間を少しでも忘れたいせいでこんな奇行をしているのだろうか。


「……はぁ」


 自然とため息が出る。

 これでは、最高級のワインさえも真水同然と感じてしまうではないか。

 そう落胆したとき、レヴィは不意に肩をつつかれた。


「?」

「待たせたか?」

「ッ――――!?」


 ガタガタッと椅子を揺らして反射的に起き上りそうな腰を無理やり抑える。

 目の前に、かなり近くに出現した顔はエヴァンのもの。申し訳なさそうな顔、つまり苦笑を浮かべながらスーツ姿で此処に現れた。

 これにはかなり驚いた。休養が入ったので来れないと思ったが、まさかこんなにも早く駆けつけてくれるとは。


「あ、あの、団長……急に仕事が入ったんじゃ……」

「ああ。セシルに全部押し付けておいた。人を数百人は軽く殺しそうな目で見られたが、まぁ無理言っておいた。後が怖いが」

「べっ、別にそんな無理してこられなくとも、私は」


 否、もし来なかったのならレヴィは確実に絶望ど真ん中に落ちていただろう。

 ある意味ここで彼が来なかったのなら、後になって聖杯騎士団の運営に支障が出ていたかもしれない。

 そう考えると、エヴァンが来たのは正しい判断とも言えよう。


「仮にも副団長という座についているからな。調子を悪くすればそれこそドミノ倒しだ。ある意味、俺個人だけじゃなくて騎士団運営委員会の意思であるかもしれないな」

「……す、すいま――――」

「あ、いや。別に嫌味じゃねぇぞ。俺としてもたまにはゆっくりしたいからな」


 毎日毎日何か起こらない限りベットの上でグータラしている癖に何言ってやがるこのオッサン。そんな声がエヴァンの耳に届いたような気がした。声の持ち主はセシル・ヴァハフントだが……きっと気のせいだろうとエヴァンは黙殺した。

 そんなこんなしているうちに料理が届く。エヴァンが入店するときに予め注文していたのだ。

 注文した彼も「さすが仕事が早い」と感心し、白いテーブルクロスの上に置いてあったナプキンを首に付けてナイフとフォークを取る。

 差し出された料理はヴィヴェールナ・クオーレ・ビステッカ。食用の雑種竜の心臓をステーキにした高級料理である。一部の竜族では批判の声が上がっているが、彼らも共食いをしている文化があるにはあるので強く出れないのが現状だ。

 ぶっちゃけこれの愛好家である竜種もいる現実なのだが。

 因みにお値段きっかり金貨三十枚――――銀貨に直すと三万枚、銅貨に直すと三千万枚という破格である。

 庶民なら一度食えるか食えないか暮らしのお値段だ。

 なのでレストランに来るやつらはどいつもこいつも腹底を肥やした金持ちクソヤロウ共なのだが。


「どうした、食欲がないのか?」

「あ、いえ、その……」


 エヴァンはナイフで肉を綺麗に切りながら、食器にさえ手を出さないレヴィを見て疑問の声を上げる。

 対してレヴィは何か言いずらそう様子で、口の中で言葉を濁らせていた。


「一つ、聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか」

「ん……ああ、もんふぁいない」


 行儀悪いことにエヴァンは口に元を含みながら喋る。それを見てレヴィは薬と小さくわかっらが、コンマ一秒後にはすでに真剣な表情へと切り替わっていた。



「――――リースフェルトという者について、自分なりに調べました」



 その声で、エヴァンの手が硬直する。

 眼球だけがレヴィの方を向き、少々の威圧が込められた視線がぶつけられる。だがそれでもレヴィは口を動かした。


「レベルは五十、六十前後。指輪を付けている痕跡は無し。過去の履歴から何か多大な功績を上げたものや要注意人物一覧ブラックリストを粗方調べましたが、そこに『リースフェルト』などという名前はありませんでした。……苗字は科の有名な著作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンと一致しましたが彼は結婚もしておらず子を残した痕跡も証拠もなし。別の人物、彼の祖父であるアレクサンドル・クリストファー・アンデルセンもまたハンス意外に子を残した記録は無し。妾を取った記録もまた無し。……そもそも彼らは二百年前その血を絶やしている。すると自然と上がってくる説は、そのリースフェルトなる人物が偽名を名乗っているか、それとも彼らの隠し子か、あるいはただの偶然か。……いえ、そこはあまり問題ではありませんが――――問題は、彼がどうしてここ数年目撃情報も存在痕跡も何もかもないと言う事実です。まるで、途中から参加してきた大会選手のようですね」

「…………ふむ、続けろ」

「はい。……そして何よりも彼の異常な点は、常識無視の素質を持っているにもかかわらず、どうして私が出会った当初はあんなにレベルが低かったのか、という点です。人造天眼でHPMPとレベルだけ覗きましたが、どれも並の探索者の域を出なかった。しかしそんな素質を持つものなら十五歳ほどで三桁は突破するはず。指輪の可能性も出ましたが、封印の指輪はここ数年で開発された技術でそれの支給も一定レベル化ランク以上の探索者または騎士です。リースフェルトが探索者になった時期はほぼ一週間前。指輪は漬けていないことになる。――――ならどうして、あんなにレベルが低かったか。その問題に戻ります。私自身の推測としては、一度レベルを戻されたか、誰かに経験にを譲渡したか。この二つですが、はっきり言ってどちらもNoです。彼はあまりに戦い方が素人すぎた。前者後者にせよ渡されるのは『経験値』という数値だけで『記憶』は渡されない。肉体に染みついた経験までもが消えるわけじゃない。だからこそ、彼が謎だ。とにかく、これらすべてを束ねた情報からたどり着く真実は三つ。一、どこかからさらわれて魔術による人為的改造を受けた者。二、魔石や神薬、または魔物の種か卵から錬金術で生み出されたキメラ。最後は――――誰かの手により呼び出された異邦人。俗に言う『平行世界の英雄』。……これについては只の意推測ですが、過去に似た例がいくつかあります。その人物の不可解な点も、半分ほど一致しましたのでこちらの線は高いかと」


 それらの、真面目に聞いていると飯が冷えそうな長話を聞き終えた頃エヴァンは食事を終えてグラスに注がれた百二十年物のワインを口に入れていた。

 半眼でレヴィを一瞥するとワインを一気に飲み干し、ニカッと笑う。


「推理力、行動力ともに申し分なし。ああ、これならお前に問題なく任せられそうだ」

「……?」

「で、さっき言ったお前の推理だが――――それに自分が確証を持てているのか? という問いに俺の納得する答えを返してくれたら、お前の知りたいことを教えてやろう。さあ、答えを聞かせてもらおうか」


 突然の問題に、レヴィは一瞬固まる。

 だが同時にチャンスだと思う。

 彼が知っていることを知ることができる――――それは紛れもなく彼女にとって幸福なのだから。

 何が何でも、彼の納得する答えを返さなくては、と思う。


「……確証は、まだありません」

「理由は?」

「決定的な証拠。つまり本人の証言がない限り、私の推測は推測の域を出ません。勝手に断定すればそれこそ愚の骨頂。箱の中身がわからないのに中身はきっと値打ち物に違いないとほざいているような馬鹿と同じです」

「ふむ、成程。一理ある――――が、駄目だな」

「……え?」


 自分なりには、正直に答えたつもりだろう。

 がエヴァンは『駄目』と告げる。まるで正解だと思っていた吊り橋を向こうから切断された気分だった。


「模範解答過ぎるってのが、理由の一つだな」

「それで何か問題でも」

「ああ。独創的な判断力がない。それはかなり問題になる。そうだな、例問題を出すとすれば……ある別荘で男が一人殺された。現場にいた容疑者は三人。その男の友人と、妻と、愛人だ。友人は殺された男と酒を飲み交わしに。だが妻と愛人はご想像通りドロドロした喧嘩をおっ始めに。で、男が殺されたのは彼の書斎。鍵はかかっておらず、近くには血がベットリついた斧。――――さて、この最低限の材料から推測して、犯人は誰だと思う? 出来れば今度こそ俺の望む答えを言ってほしいね」

「それは……」


 レヴィは持ち前の推理力をもとに、現場状況や人間関係を整理して犯人を推測する。

 だがこの答えでいいのか、と一瞬迷う。求められるのは独創的な判断力と推理力。こんな解答用紙にでもびっしり書いてそうな推理でいいのか。


「残り時間、五秒」

「っ」

「四、三、二、一、――――」


 答えようとして、しかし喉で言葉が詰まる。

 結局、問題には答えられなかった。


「はい、零。さて、過程は省いていいから班員は誰と聞いていいかな?」

「……犯人は、友人ですね」

「ほうほう。さて理由はどうなのかね」

「書斎。つまり趣味の合わなさそうな妻や愛人はよほどの理由がないかぎり入れない場所。しかし友人は入れる可能性がある。それから書斎に斧なんて有る筈がない。つまり友人が外から斧を持ってきて――――」

「『凶器』が斧だなんて、俺は一言も言っちゃいないがね」

「――――!?」

「ああ、血はベットリついていると言った。行ったとも。だがそれが殺しに使われたなんて言っていない。深読みしすぎだ。まぁ、これについては死因を言わなかった俺にも非はあるだろうが……今回は話をもうちょい上手く聞き取らなかったお前にも責任はある。因みに俺の望んだ答えは『完全な部外者』な。重婚するほどの女好きならほぼ確実に散財好きの阿呆だ。そして金目の物を盗むために主人を殺して罪を全て友人に擦り付けようと別荘にはない斧にわざと血をつけて逃走。ま、これに答えなんてないけどな。しかし俺が答えろと言ったのは『俺の望む回答』だ。理解できたか?」

「いやしかし、犯人は三人の中では――――」

「三人の中に犯人が居るなんて言ったか、俺?」

「あっ……」

「お前は話を絞り過ぎなんだよ。『自分で勝手に判断材料を作るな』『勝手に渡された判断材料を放棄するな』『話は切り詰めず頭に叩き込め』『時には独特な判断力が状況を助ける場合もある』。了解?」

「は、はい……」


 ならいい、と短く告げて微笑するエヴァンを、レヴィは顔を赤らめて見つめる。

 相変わらず破天荒な人だ、と正面から本人に言うには口が裂けても言えないようなことを密かに思いながら。軽く呆れながら、自分も食事を開始する。


「ま、今回は特別サービスだ。知りたいことを教えてやるよ。確か……俺がどうしてあの少年に対して執拗に動いているのか、って話だったな」

「え、い……いいんですか?」

「ああ。このまま変な蟠り作って距離を作ってもしかないからな」


 エヴァンはそう小さく告げると、テーブルの上にあるワインを手に取って自分のグラスに注ぐ。

 彼の顔は少し赤くなっており、どうやら酒が少し回って酔っているようだった。

 とはいっても、そんなひどく酔っているわけではないが。この状態ならば少し口を滑らすぐらいだろう。


「『勘』だよ」

「……へ?」

「といっても特に考えて動いてないと言えば嘘になる。ただ、な――――『第六感シックスセンス』つーもんが、なんというか疼くんだよ。アイツはヤバい・・・・・・・、ってな。その勘に従って、少々調べてみたが案の定。特大の隕石だったよ」

「まさか――――本当にあの少年が、『英雄の器』……?」

「いんやまぁ~……確かに『体』はそう言うに相応しいもんだが……『精神』はとんだ欠陥品だったよ。『英雄』と呼ぶにはあまりにもお粗末すぎるやつだ。はっきり言っちまえば、あいつは『小物』だ。自分の感情すらまともにコントロールできず、例外はあるが他人を道具としか見ちゃいない。問題なのは、そいつが核爆弾のスイッチを持っているってことだ。今すぐにでも保護しないと後々大変なことになる――――っていうのが上に対する言い訳だ」

「言い訳になっていないような気がするのですが」

「まぁまぁ」


 笑いながらエヴァンはワインを一杯。

 酒気を帯びた息を吐いて、今度こそ『本音』を漏らした。


「本当にただの興味だよ」

「興味? 一体どこにそんなものを」

「んー……必死さ、かねぇ。なんつーか……あそこまで必死になってるやつを、俺は自分以外にはほとんど見たことがねぇ。心の底から他人のために死んでいいなんて思うやつはな」

「私も――――」

「――――しかし想い人でもない奴を助けるために何も言わずに命を投げ捨てるやつは、特にな」


 何かを言おうとしたレヴィの口が固まった。

 まるでエヴァンのいう事が信じられなかったと言うように。


「……そうする理由は全然わからないがな。それにあくまで俺が直接見たわけでもない」


 そう付け足して、エヴァンは言葉を止めた。


「そう残念がるな。俺はちゃんと、お前のことは理解している」

「団長……」

「――――ただし、仕事にまで私情を持ち込むな。おかげで毎日対応に困っている」

「す……すいません」

「別に、好かれてるっていう点では俺も悪い気はしないが……子供の時から世話してきた女子に恋愛感情を抱けと言うのは、少し無理があるんじゃないか?」

「そっ――――それはあくまで常識の囚われた考え方でしてっ!」

「お前もいい加減、良い相手を見つけろよ。俺みたいな爺なんかに、恋心使ってないでよ」


 それは、嘘ではない。

 酒が完全に回っている――――ああ、口を滑らせたのだろう。

 恐らく彼が昔から思っていることが、今するりと抜け落ちた。人の『本音』というのは、そのメッセージを向けられた開いてを最も傷つけやすい。

 今回の場合も、効果は覿面だった。


「っ…………」


 涙が、生まれた。

 微かで近くで見ないと認識しずらいほど小さな涙だったが、確かに涙は溜まっていた。

 エヴァンはそれにまだ気づいていない様子で、何も言わずに目を伏せる。


「――――急用を、思い出しました」

「……明日の昼、出発する。しかし、別に、来なくていい」

「……失礼します」


 涙を隠すように目元を抑えながら、レヴィはレストランを足早に立ち去る。

 その際に洩れる嗚咽を、エヴァンはしっかり耳に入れていた。


「団長の……馬鹿……ッ」


 叶わぬ恋。

 それほど乙女に取って残酷な事実は、あるのだろうか。


「……たっく、よ。嫌われ者になるのは慣れているが」


 エヴァンは気づいていた。あの小さな涙に。

 気づかないわけがない。

 『最強』の名は女の涙にも気づけない奴に与えられるほど陳腐な称号ではないのだから。


「さすがに今回ばかりは、キツイな。――――なぁ、見てるかティナ」


 苦笑しながら、その顔は徐々に歪んでいく。

 彼の顔は、まるで取り返しのつかないことを思い出した、臆病な人間のようだった。


「お前が慕っていた男は、こんなにも腑抜けてしまったよ」


 笑う。

 自分をただ嗤う。

 失望の念が混じったその形相は、とても『英雄』とは呼べない憐れなものだった。




「…………………………もう疲れたよ、■■(■■■)




 誰にも聞こえない声で、彼はそう呟いた。



――――――



 少し色褪せた土で作られた建物――――睡眠用具を適当に叩き込んだアケノ簡易的宿屋に俺は足を踏み入れた。直ぐにドアを閉めて錠をし、ボロボロの上着とズボンを脱いで、Tシャツとパンツだけの姿になった直後ベットに四肢を投げ出す。

 かなり固いベットだったが、もうこの際四の五の言っていられない。

 疲れた。

 まともに休む暇などほとんどなかった。

 機能は寝る場所を洞窟に選んだせいで石枕を使わなければならなかったし、今日も『塔』攻略後すぐに色々ゴタゴタしていたので本格的に休む暇など与えられなかった。さらに連日での戦闘による心身の疲弊。……正直自分がこれ程タフだったとは、自分が一番驚いている。


「……ねむ」


 発した言葉通り酷い睡魔が津波のように押し寄せてくる。

 このまま目を閉じたら直ぐにでも寝てしまいそうだ。――――しかし、油断は許されない。

 備え付けの蝋燭をけし、瞼を閉じる。と思わせておいて、うっすらと目を開けた。本当に少しなので松家などが少し見えているが、そうでもしないと相手方に気付かれる。

 あの、俺の貞操を狙っている魔女が。

 噂をすればシュルシュルと蛇の様に部屋の窓の隙間からこの部屋に入ってくる液体が見られる。しかもご丁寧に数か所から同時に侵入することで時間短縮までする始末。

 ある意味わかっていた結果だが、これは果たして必然かそれとも偶然か。来て欲しくなかったと願った故に己の不幸が逆に働くとは、ある意味感謝すべきか。

 とりあえず感謝する前に掌に付けられた熱線照射装置(某リパルサー○イよろしく)を起動し照射。

 今招集し人型になろうとした水をヤク二割ほど蒸発させる。


「ひゃぃっ!?」


 そんなかわいらしい悲鳴と共に、水の集合体は転んでベット横の床にぶちまけられる。


「おいリザぁ……予想通りとはいえやっぱり夜這いをかけてきたが、どういうつもりだ? あ?」

「い、え、えっと……少しぐらいなら、いいかなぁ~って」

「少しって、何が」

「搾s――――きゃぁぁっ! やめてっ! 熱はやめてっ!?」

「おいコラ『現身の力』使ってもよかったんだぞ? これでも一万歩譲歩してんだぞ? んんんん??」


 際限なく熱線で床に穴をあけながらリザを威嚇する。

 このタイプはこんな徹底的な制裁を受けなければまた繰り返す。その前に適切な処置を取らねば――――いずれ俺の身が危うくなる。冗談抜きで。

 俺としてもこんな奴に俺の童貞捧げるつもりは毛頭ないどころかそもそも育つ基盤さえないので、せっかくだからもう焼却処分でもしたい気分だ。いや、しかしまだ・・利用価値はある。

 徹底的に使い込まなければ、勿体ない。

 軽い溜息を吐いて、義手のスイッチを切る。ぴくぴくとスライム状になりながらもまだ生きているリザに敬意を払いながらテーブルに置いている水をぶっかけて再生を補助した。


「ああ……リース様の慈悲のこもったお水……まるで子種のようですごくおいし――――ごめんなさいごめんなさい冗談ですから火はやめてください死んでしまいます蒸発してしまいます」


 軽く血管が切れそうになって右腕を豪華に包むとリザはすぐに委縮してしまう。


「あーくそっ……少しは休ませろっつの」

「では私が気持ちよくなマッサージを――――」

「殺すぞ」

「はいごめんなさい」


 殺意たっぷりの笑顔でそう告げるとリザはひるんで直ぐに部屋を出ていこうとする。

 これでやめればいいのだが。


「ふっ」

「ん?」

「私がこんなことで引き下がると思ったかー!」

「あぁん!?」


 先程とは全く違うほどの高速でリザは襲い掛かる。さすが守護者ガーディアン。しつこい。

 それに対し炎で迎撃しようとするが器用に空中で軌道を変えると、まるで職種の様に俺の体に絡みついてくる。それから俺の状態をベットに叩き付けると人型に変形。

 馬乗りになる形で俺を拘束完了した。 


「おいてめぇ……覚悟はできてるんだろうな」

「ふふん。要するに既成事実ですよ。――――デキてしまえばあなたも逃げられないでしょう!?」

「ふざけんなやめろ! てか勃起しないって前言ったよね!?」

「そこは、直接体をいじれば……」

「何するつもり!? やめろマジふざけんな殺すぞコラァッ!?」


 必死にもがく。

 ふざけんな。テメェに貞操渡すぐらいならそこら辺のビッチにあげた方がまだマシだ。ていうかデキるて何がだ。何がだクソッ。俺はまだ息子の顔なんて見たくないんだよふざけんな。


「さぁ、大人しく快楽に身をゆだね――――」



「リース! さっきから何やってるのさ! 隣にまで響くから全然眠れないよ!」



 救いの手が現れた。その名はリーシャ。

 ただし、ド級の誤解を与えてしまったが。


「て……くだ……さい?」

「…………リース?」

「はい」

「……お邪魔、だったかな」

「いや、助けて」

「お邪魔しました」

「助けろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!?」


 そのまま扉を閉めて立ち去ろうとしたリーシャに全力で乞う。お願いです助けてください。何でもするからいや本当に。


「いやだって……リースって結構女たらしだし……」

「どこがだよ! 全然違うだろ誰が女たらしだッ!?」

「しかも天然だし……」

「はぁっ!?」

「ん~、もうここはリーシャさんも一緒に3Pを……」

「お前いい加減にしろよ!? ふんぐぐぐぐががががあああああああああああっ!!」


 火事場の馬鹿力で拘束を力づくで解く。いくら守護者ガーディアンとはいえ、Aクラスのステータスにブースト付の探索者の筋力。わざと手加減して施された拘束など直ぐにほどけた。

 しかし以外にも緩々な拘束だったのか――――勢い余って盛大に前に飛び出してしまった。


「うぉぁっ!?」

「え?」


 ベットから弾かれ、個室入口に突っ込む。

 派手な土煙を上げながらそこにいたリーシャにぶつかり二人共々仲良く地面と接触。


「い……ってぇ……大丈夫か、リ……?」


 ふと、右手に何か柔らかい物があった。さらに、視界が妙に暗い。

 夜とはいえ照明ぐらいは置いてあるのでそんなには暗くないと思うが、しかもなんか柔らかい物が顔にある。右手の感触も、妙に暖かい気がする。

 いやいやまさかーそんなー。漫画みたいなことが起きるわけないだろと自分が一番嫌いな楽観的思考をしながら、恐る恐る顔を上げた。

 純白の生地で作られたシルクの下着。

 服がめくれて露わになっている白のブラジャーに――――その隙間に手を深々とツ混んでいる自分の右手が見えた。


「なん……だと……」

「#&#$%*??!#&~~~~~~~~~!!!!????」


 声にならない声を出しながら、リーシャは顔を真っ赤にする。

 うん、いや、その……、


「……胸、柔らかかったんだな」

「ばかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!!」


 全力の右ストレートを頬に喰らい、吹き飛ばされる。

 何だろう。嬉しく思えばいいのか哀しくなればいいのか、そんな複雑な感情で涙を流しながら空中でトリプルアクセル。体を前から壁に叩き付け、ビターンと気持ちいい音を立てながら俺の意識はそのまま吹き飛んだ。

 ラッキースケベって、こんな理不尽なものだったっけ。

 当たり前だろ、という誰かの声が聞こえたような気がした。





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