第四十六話・『前兆』
カッ、カッ、カッ。
静かにただ歩く音が聞こえる。それは何度も重なり合い、静けさのある大ホールをより不気味に装飾していくのが、何とも気味が悪い。
腰の黒剣を無言で抜刀す、構える。
何だ此処は。
ありえないだろう。
「ルージュ、どういうことだ。ここ、最上層のはずじゃ」
「知らないわよ……! 私に聞かないで」
「ん~、ダーリンには申し訳ありませんけどぉ、これはさすがに私もよくわかりませんね」
半径約五百メートルの異空間が広がっていた。
壁に囲まれている、最上層。
普通は天井が吹き抜けており、ただ床が広がるだけの空間のはずだ。少なくともルージュにはそう聞いている。なのになぜだ。なぜこんな場所がある。
「本当に分からないのか?」
「だからそう言ってるでしょ。いいから警戒を緩めないで。きっとここに居るはず」
「そうですねぇ……魔力痕跡は残っていますけどぉ、気配は全然しませんね。もしかして逃げ――――」
『それは無いよ』
背後から声がする。
振り返り様に一閃――――後ろにいた誰かの首を切断する。
首を切り離されたことで俺たちの背後に立っていた誰かの体は崩れる。だがその体は、とても生物と思えない様に干からびていた。
まるで、土でできた土人形の様に。
その体はすぐに塵となって消えるが、俺たちの中に危機感を植え付けるだけなら十分すぎる効果を与えてくれた。
直感的に全員が背中合わせになる。
『いい判断だ』
直後、周囲から帯びた他しい数の人型の人形が、地面から生えてくる。
全部がどこかで見た様な姿。
紛れもなくサルヴィタール・ヴュルギャリテという守護者の姿を模っていた。
『いやぁ、意外と早く着いたね。一日ぐらいはかかると思ったけど、ずっと早い』
「サルヴィタール……これは何の真似だ」
『何、ちょっとそちらの戦力がこちらにとって不味いことになっているのでね。それ相応の対応をしたまでだよ』
こちらの戦力は、現身の力を持った者が二人。守護者一体。
確かに客観的に見ればとんでもない戦力だ。下手すれば国さえ落とせる。
正面から戦うのは分が悪いと判断した。という事は――――
「本体はいないってわけか」
『ご名答』
「しかし自分の人形を作るなんて、気色悪い趣味ね」
『ハハハッ。いくらでも罵ってもらって結構。僕だって負け戦は御免だ。勝てそうと判断した場合、そちらに出向くとするよ。――――じゃあ、凱旋と行こうかぁぁぁぁぁっ!!!』
「ダーリン――――」
「わかってる――――!」
炎の現身――――解放。
全身から炎を顕現させ、左手に今作れる中でも最大級の焔剣。刀身約五十メートルの長剣を出現させ、振るう。それだけで土人形は数百体焼き払われる。
だがそれでも次々と出てくる。際限なしに出てくる様はまるで蟻の軍隊だ。
「それじゃぁ、私も行きまぁす」
微笑するリザ。パンパンと手を叩くと、足元から魔法陣が展開される。
しかも、無詠唱とは思えないほど巨大な魔方陣。目測で半径二百メートルhがあろうかというその巨大な魔方陣は一瞬光ったと思いきや、底から『水の槍』を大量に出現させ人形どもを貫いた。一瞬で千体ほどが戦闘不能になる。
それでも――――まだ足りない。
「あれれ~? これでも駄目ですかぁ」
「……野暮なこと聞くが、あと何体出てくるんだ?」
『……キヒヒッ』
不気味な笑いの後、無慈悲な宣告をされる。
『九十二万体。せいぜい足掻いてくれよ』
それを聞いてはもう笑いさえ出てこない。
質ではなく数で攻めてくるか――――一番苦手な戦況だ。
軽く舌打ちすると、ルージュと軽くアイコンタクトを取る。
「滅却し火葬する――――――無垢な双子の焔剣ッ!!」
「愚なる業焔の緋色の罪焔刃――――双剣形態!!」
ルージュと俺は両手に巨大な焔剣を出現させ、ほぼ同時に薙ぎ払う。
その一動作で数百体がなぎ倒されるが、その動きは止まらない。俺たちはすれ違うように位置を交換し、再度追撃。それをとめどなく行うことで、互いにカバーしながらの高速殲滅を開始する。
『なら――――』
小さくフィンガースナップされる音が響く。
すると黒いゴーレムが天井から降り、地面に小さなクレーターを作りながら二人の近くへと落下する。
間髪入れずに黒いゴーレムは目を光らせ何かを放とうとするが――――三人はそれを許さない。
「「させるかぁぁぁぁっ!!!」」
「ダーリンを傷つけていいのは――――私だけですよぉ?」
三人はまるで一心同体の様に同時に動く。
偶然と根性により出来上がった炎と水の合わせ技が、無意識に放たれる。
「第一魔女水禍――――洗礼されし荘厳なる霞!!」
三次元魔法陣が球体状に広域展開。辺りに水分が大量拡散し、ここ一帯が湿度百パーセント状態へと移行する。下準備は整えた。
「さぁ、頑張ってくださいよ二人とも――――付与・水の万能護符!」
瞬間、俺とルージュの体に薄く冷たい皮膜ができる。感触からして水でできている。さらには魔力による強化――――これならばマグナム弾程度なら楽にはじき返せるほどの強度を持つだろうと直感。
そして俺たち二人は同時にリザの野郎としていることを理解し、一瞬でアイコンタクトをとり意思疎通。すれ違う際に互いの両手を合わせ魔力を循環。俺の足りない分の魔力を補充してもらい神法発動。
二人分の意志力で構築された魔法剣を土壇場で創りだす。
「「おおおおおおおおオオオオオオオオオオオッッ!!!!」」
繰り出された四振りの大剣は周囲を理不尽にも焼き払う。その際にはるか遠くまで飛んでいく斬撃の残滓は約数千度という熱の暴力により直線状の物体全てを溶かす。
それに加え周囲には水分が充満している。するとどうなるだろう。空気中の水分が超高温の焔剣に反応し一気に爆発にまで追い込まれる。当然辺り一帯に充満しているので、一振りで触れた空気だけでなく超高温の飛ぶ斬撃にまで反応。
実質振るだけで爆薬を斬撃状に飛ばすという離れ業が今出来上がった。しかも爆発による衝撃は水で形成された極薄被膜により遮断されるというおまけ付き。
たった一振りで直線状どころか扇状しかも広範囲に爆発によって敵全てが消滅するという事実が、この技の反則さを物語っている。
「この調子でいくぞッ!!」
「はぁーい♪」
「言われなくてもわかってるっっての!!」
その一騎当千ぶりを見て、サルヴィタールは狼狽えることはなった。
逆に笑った。
まるで生体実験でもしている科学者の様に。
『いつまで耐えられるかなァ……せめて三時間は耐えてくれよ?』
不気味な笑い声が三人の耳に残る。
――――――
その頃下層では、十人もの探索者が疾走して『塔』を踏破しようとしていた。
進行ペースは普通では考えられないほどの速度であり、一般の探索者が見たら信じないようなハイペースで攻略は進められている。
それも当然と言えば当然か。
現在そのパーティの平均レベルは30、つまりB~A級探索者並になっている。それが十人も居て連携もしっかりとれているなら詰まる方が可笑しいともいえよう。さらには第六感と強力な嗅覚を持っている獣人が居るならば、この進行速度は当然なのかもしれない。
「おいファール、リースの臭いが見つかったってのは本当なのか」
「あぁ? 私の鼻を舐めんなよ。少なくとも犬よりは鼻は効く方だ。間違えるはずはねぇよ。底のブランさんにもサンプルはしっかりと貰って確認したしな」
金髪のウルフカット――――綾斗は頭を抱える。
今この状況でまさか救出対象に先回りされていたとは、とても信じられなかった。彼――――リースもとい結城の行動力は知っているから納得はできたが、信じがたい。ここまで早く動いてくるとは。
「考えていることは同じ……か」
「しかもなんか香水の臭いも混ざってんな……三つ? しかもなんか……ん~?」
「何唸っているんだファール。引っかかっていることがあるなら教えろ」
「急かすなジョン。ちょっと考えさせろ」
何か可笑しなことにでも気づいたのか、ファールは鼻をつまんで唸る。
しかし分岐点を見かけると素早く「右!」と指示を出し、自分の役割はしっかりと熟しているので文句は言わない。
「いや、なんか香水の匂いが三つに、嗅ぎ慣れない臭いが二つ混ざってんだよ。どういうことだこりゃ?」
「もう一方はルージュだとして……え?」
「もう一人は、誰だ?」
「香水三つってことは……リースさんも香水使ってるんですか? おしゃれですねぇ」
「今言うことそれじゃないでしょ」
彼らが知る限り、結城とその協力者は両方含んで二人だけのはずだ。
なのにファールは三人と言う。これはつまり、途中で誰かが加入したという事である。
しかし問題なのは、その者が味方かどうかはっきりしないという事であった。
「利害が一致しているだけの者だったら、あとがかなり面倒なのよね……」
「かといってあいつに他の知り合いなんざ居るか? 少なくともその可能性は低い」
「俺とリルが知る限り、居ないぞ。飛行船で協力したもう一人は前に死んじまったし」
「私は前の町ではずっと一緒にいたし……たぶん、前者かも」
「「面倒なことになりそうだ」」
綾斗は紗雪と声をハモらせ、紗雪にに睨まれる。不可抗力だ、と弁解しようとしたがその前にファールからの指令が渡ったのでその懸念は塗りつぶされる。
「皮肉ながら、あいつの臭いをたどることで攻略が早く進んでいるのが憎いぜクソ」
「しかも、臭いが途切れ途切れになっていないのならそれはまだ『塔』の仕組みが切り替わっていないって事よね。……此処、七層よね。アイツまさか数時間でここまでたどり着いたって事?」
「勘だけは鋭いってのはわかっていたが……マジかよ」
その時、『塔』全体がガコンと鈍い音を大きく響かせる。
大半の者は「なんだ?」と少々狼狽え――――ファールやジョンなどの熟練者は目を光らせて全員の襟首をつかみ一点に力づくで固める。
「ぶごっ!!」
「うげ!?」
何人かが頭を衝突し合ったが無視してファールとジョンは全員を両方から押さえつけ、ファールが懐からワイヤーアンカー射出機を取り出し四方へ射出。射出した後装置をジョンへ投げ私、ジョンは余ったワイヤーで全員を縛る。
さらに自分たちも射出装置を使い体を固定。
その作業がちょうど終わった頃――――この区画が大きく動き出した。
地面壁天井すべてに切れ込みが入り高速で移動を開始。全員が体を大きく引っ張られるが、ワイヤーによって固定されているおかげで振り落とされるものはいない。
それから上下左右に急ブレーキ・アクセルを繰り返し、約三十秒後ようやく停止。
まとめて体を固定された者全員が度肝を抜いたように、ワイヤーを外された後そこでへたり込む。
「な、な、な……なぁっ?」
「いやはや……これが噂の『塔の機構』か。こりゃ地図ができないわけだ」
「……なんなの、これ」
顔を引き攣らせる者。ほうほうと感心する者。放心して無言になっている者もいたが、それらすべてを無視してファールは苦い顔をする。
「……これで、もう臭いは辿れない。ペースが落ちちまうな、これは」
「第六感の方は? 流石に使えないという事は無いだろう」
「第六感つっても突き詰めればただの『勘』だアホ。今まで当たった確率は七割。……三割の確率でミスるから一層ごとに十数分はロスタイムができる。いや、最悪一時間だ。この前は上手くいったが今回も同じになるかは保証できない」
「おい、あいつがもう戦闘開始しているかもしれないんだぞ。何とかできないのか!?」
「出来たらここでグチグチ言ってねーよ! それに現在地点がわからない以上また何分かかるか……」
一瞬で火が付きそうな緊迫した空気。
それを霧散させるような甲高い床を踏み鳴らす音が生み出される。
音を鳴らした犯人は、リーシャ。無言で音を鳴らし終えた姿勢で、瞼を瞑りながら、しかし確かに全員を睨んでいる。
まるで心でも見透かすような、王の瞳に全ての者は硬直した。
「……ここで、争っていて何か意味がある?」
「…………あ、ああ。すまん、ちょっと熱くなった」
その威圧に綾斗は軽く怖気づき、無意識に一歩下がりそうになる。
リーシャはすぐに素線をジョンへ移す。
「ジョンさん。――――私を天井まで飛ばせて余裕はできます?」
「……なっ、は!?」
「…………」
二度目は言わなかった。その決意の固さに若干恐怖しながらジョンは呆れ半分に頷いた。
「お前ならできるが……何をするつもりだ?」
「天井をいくつか貫いて、最上階まで一気に行きます。全員がここで滞るよりはよほどいい作戦だと私は思います」
「……正気とは思えないな」
「やれ」
「ッ!!?!?」
その一言に込められた狂気を肌で感じ、ジョンは固唾を飲む。
ジョンは頭を押さえながらすぐに「来い」とだけ命じた。
リーシャもそれに応えて跳躍。個人の跳躍力だけで天井に足を付けると再度跳躍し地面に、ジョンに向かって飛ぶ。慎重にタイミングを合わせてジョンは拳を構え、体をその姿勢で固定。リーシャは空中で半回転するとジョンの拳に両足を付け、折り曲げながら衝撃を極力逃がす。
リーシャは腰の予備の細剣を抜刀する。
「――――全力でお願いします」
その一言で十分だった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
獅子の如き雄叫びを吠えながら、全身の膂力をすべて使い渾身の拳を突き出す。
プロボクサーの数倍以上の速度と威力が込められたその拳と連動し、リーシャ自身もステータスをフルに使った脚力で拳が降りぬかれるのと同時に跳躍。
音をも超す速さ――――時速二千百キロという常識外れの速度でリーシャは細剣を突き出しながら跳ぶ。
「『廻れ廻れ廻れ風の輪廻は永久不変、我が身を護れ風達よ。我が名は風精霊。今此処に応えよ!!』」
長い詠唱を高速で終えると、リーシャの体に緑色の粒子が纏わりつく。
その粒子はリーシャに風の加護を与え、跳ぶ速度を飛躍させ身体能力を向上させる。
今のリーシャの姿はまるで妖精。
風を操り敵に突貫する、風使いの王。
自身の向かう先に速攻展開された魔法陣を通過すると、リーシャは一層輝き疾くなる。
「奥義――――『輝け、絶えず廻る強き風よ』ァァァァ――――――ッッ!!!!」
一筋の緑色流星が、風を纏い空に昇る。
――――――
床が焼ける音が生々しく耳元で反響し続ける。
意識がまるで今切れようとする糸の様に不安定な状態の中、俺は辛うじて周囲に結界を展開して外敵から身を護っていた。しかしそれも傍から見れば往生際の悪い者の悪あがき。
事実、後頭部に強打をもらった俺は後一分か二分で意識が飛ぶ。
仲間はいる物の、全員が囲まれておりこちらからも放されている。助けを呼ぶことはほぼ不可能と言えよう。
「が……あ、っは」
『おやおや。まだ二時間しか経ってないよ~? 意外に短かったね』
「る、せ……ぇ。クソ、が……っ!」
血を垂らす頭部の傷を抑えながら、どうにか声に応える。
まさか真後ろから出現するとは、完全に油断していた。やはり、前の世界の常識は簡単には拭えないようだ。
イリュジオンを双頭剣形態に戻し、それを杖代わりにして体を支える。
結界を超えようとしてくる人形を魔導銃で撃ちぬきながら抵抗。
抗う。死ぬまでそれをやめるつもりはない。
「リース! 今行く――――あぐっ!!」
「ダーリン、待っ……っつ!?」
数が多すぎる。数万から十数万にまで膨れ上がったその数は、俺たちの手にしても対応しきれない。
さらには真後ろからの奇襲も始まったことにより、切羽詰まる緊張感を強いられ鋭い集中も削られる。
ここまで徹底的に嫌がらせをしてくる敵は初めてだった。
自分の無力さと相手の巧妙さを思い知り、唇を噛み千切る。これは単なる怒りの現しだけでなく意識を痛みで覚醒させようとしたつもりだが、効果はあまりないようだった。
「…………ぅぅぅぅううううううううううウウウウウウウウウッッッ!!!」
獣のように唸り声を上げると、イリュジオンを一層強く握り今できる限りの意識を研磨する。
――――『疑似重力』起動。
周囲に半円状の力場が発生。反重力という名の斥力を発生させ、来るものすべてを拒絶する絶対領域が出来上がる。ただし――――大量のMPとHPを引き換えに、だ。
「ごばァッ!!?」
突然全身を細く長い針で幾度も刺され続けるような激痛が襲いかかる。
意地で体を支え続けるが、今まで保ち続けた意識の糸が一瞬だけ切れる。今は底意地という糊でどうにか繋ぎ止めている状態。これがもう一回襲うのであれば余裕で意識を手放せる。
「が……ァ、ゴボッ」
血反吐を吐いても尚、立ち続ける。
倒れるわけにはいかない。
希望を、逃がしてなるものか。
絶対に勝利する。
必ず。必ず、必ず――――死んでたまるか。
「ごん、な――――ところでぇぇえええええええええええええええええええええええええええっっ!!」
完全なる意志の力のみで、自分でも信じられないほどの重い殺気を練り上げる。
ここ一体全てが紫色の光と粒子に包まれる。それは重力。星の暴力となりて敵味方構わず地べたを這い蹲らせるため――――激しい閃光の直後通常の五百倍の重力という暴虐を無慈悲に叩き付ける。
『がぁっ!!』
「ぎっ……!?」
「あっ、ぁ……!」
土人形は全て重力により爆砕。立っている者は俺のみで、他の全ては床に叩き付けられてめり込んだ。
初めてサルヴィタールの悲鳴も聞こえる。
「死んでっ……堪るかァァァァアアアアアアアあああああああああああああああああああああ!!!」
右腕を振り上げる。
紫色の光と粒子がそこに収束した。乱重力というブラックホールという災厄のみ持つ最悪の暴力を問答無用で握りつぶす。
発生したのは圧縮重力の破砕によって生み出されたエネルギー。特異点により平衡世界から引き摺り出した大量の粒子を圧縮した球体が壊れるとき、起こったのは超新星爆発。超質量の恒星が死ぬ際に発する物ゆえ、その小ささでは本来の一万分の一の威力も発揮できない。
だがその威力は人智の外にある。
少なくともただの石でできた空間なら吹き飛ばしてまだ有り余る威力を持つだろう。
ただの石でできた空間なら。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
サルヴィタールの渾身の絶叫と共に部屋中に大量の魔法陣が張り巡らされる。
直後、石でできたはずの空間は真っ白の物体へと変化していた。
その物体の正体は世界最硬の抗魔物質『オリハルコン』。童話ではよく勇者の使う武器などに使われている金属であるが、その真価はその圧倒的硬度と魔力耐性。例え国一つを一振りで屠ると伝えられる聖剣の一撃を正面から受けても少々の傷で済むと言う破格の防御力に大陸一面を焦土へと化す大魔法でさえ防ぎきると言う魔力耐性。
防具としては最高級のそれをこの一瞬で生み出したサルヴィタール。確かにその判断は間違ってはいなかっただろう。今起こった超新星爆発にオリハルコンを破壊できるほどの威力は持ち合わせていない。
その後に怒る純粋な破壊の嵐の存在を知っていたら、もう少しいい判断ができただろうが。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
掌を開く。
そこに在ったのは、歪んだ空間。黒い球体。
俗に、ブラックホールと言われる自然界最強の超常現象の塊な天体である。
「――――『崩壊恒星』ァァァァァァァアアアアアアア!!!!!!」
悲痛な叫びが響き渡る。
直後――――全てが崩壊する。
オリハルコンの床壁天井全てが崩壊し、掌に存在する小さな黒点に吸い込まれた。
理不尽なる暴虐。そうとしかいう事ができない現象が始まった。
だが、すぐに終焉を告げられる。
「……お、ぶっ」
顔の穴と言う穴から血を噴出した。
視界を赤く染め、掌に存在した黒点は信じられないほどあっさりと消滅する。
術者である俺の意識が完全に断絶寸前からだろう。
視界が二重になり重なって見える。
無言で、白目を剥いて意識を手放す。
俺という人間は――――また敗北した。
全員が何もできなかった。
何が起こったのかさえ理解できない。誰に聞こうとも、自分と同じ答えが返ってくるだろうという事は誰もが無意識に理解していた。それほどにまで唐突過ぎる嵐。まるで酷い猫だましでも喰らったような様子で、ルージュとリザはその場でへこたれていた。
そしてこの空間の創造主でもあろうサルヴィタールは何も言わない。同じく狼狽しているのかそれとも何が起こるか警戒しているのか、どちらにしろ彼が何もしなかったのは愚かな選択だったと言えよう。
「……ッ、リース!!」
ルージュは我を取り戻すや否や、結城の傍に駆け寄り脈を確認する。
幸い脈はある――――だが微弱。すぐにでも病院に運ばならねばならないだろうが、仮にも現身。自動的に回復してそのうち目を覚ますだろうが、それを相手方が許すとも思えない。
とにかく気づかれないように魔法による最低限の応急処置を施し、リザを眼前発火により気づかせる。
「っ――――あ、へ、え?」
「素っ頓狂な声出してんじゃないわよ。いいから警戒しなさい」
「は、ぇ?」
未だに状況を飲み込めていないのか、リザはその場でおろおろし始める。しかし危機感は肌で伝わったのか、黙って周囲の警戒を始めた。
(……壁の材質はオリハルコン。なんてこと……こいつ、閉じ込めようと思えば私たちを永久に出られないようにすることもできた。完全に舐められてるわね)
ルージュが床に落ちている白い破片を調査し始めると、どこかからかサルヴィタールの声がする。
『……全く、凄い番狂わせだな、彼は』
「それで……続けるの、この戦い」
『はは、じゃあ、なんだい? やめるのか?』
「……逃がしてくれそうにもないわね」
アヴァールを構え直し、最高質の殺気を漏らす。
白い破片はやがて土色に戻り、あたりの壁や床に吸収されると今度は天井からスライム上の何かが地面に落ちてくる。
それは人型に変形すると、すぐに乾き土色の人形を作り上げた。
紛れもないサルヴィタール・ヴュルギャリテ本人を模った人形であるが――――
「……本物?」
「心外だね。ちゃんと本物さ。ここまで頑張った君たちに敬意を表し、この僕直々に出てきたと言うわけさ」
「チッ……糞野郎が」
「おやおや、随分と怒ってるようだね。でも言ったろう。負け戦をやるつもりはない、と。君たちを正面から相手するには少々面倒だったのでね。少しばかり削ったと言うわけさ」
「性根が腐ってるにもほどがあるわよこの合理主義者」
「合理主義者とは失礼な。せめて平等主義者と言ってくれよ」
「ここまで一方的にリンチをする平等主義者は初めて見たわよ」
否、サルヴィタールは確かに性根は腐っている糞野郎だが、それでも一方的に相手をなじる快楽主義者ではない。何故なら――――彼は本当に一方的に殺そうとすれば、すでに全員今頃あの世で仲良く暮らしている。あの大量の土人形を最初から大量納入すれば全滅とまではいかなくとも壊滅にまでは追い込めたし、オリハルコンの壁を展開し出入り口をふさげば簡単に閉じ込めることだってできたはずだ。
そこだけを評価するなら、彼はある意味律儀な少年と言えなくもないだろう。
ただし性格が最悪レベルにまで腐りつくしているが。
「さて、っと。底の彼、苦しんでいるだろう。――――どいてくれないか? 今楽にするからさ」
「…………やっぱり糞野郎じゃないの」
苦笑いでルージュは呟く。
そしてアヴァールに魔力を最大限にまで注ぎ込み、彼の前後左右上下すべてに焔剣を大量展開した。
アヴァールの固有能力『夢幻の焔剣』。これでもう逃げ場はない。
「逃げ場がないなら――――正面から叩き折ればいい、という言葉を知ってるかい?」
ルージュの中にできた心の余裕を、サルヴィタールは一瞬で粉みじんにする。
具体的には――――見えない速度で繰り出された槌により即撃により周囲に展開された焔剣は全部粉砕され、いつの間にか眼前に現れたかと思いきや小腸、大腸、肝臓を破裂させる一撃を入れられ大きく吹き飛ばされた上に壁に強く叩きつけられ肋骨が数本折られた。
「ルージュちゃん!!」
「おっと。君も大人しく――――」
パァン!! と心地よい破裂音が響き渡る。
水が強烈な衝撃を加えられ爆散したのだ。その水というのは当然液状化したリザである。
リザは寸での所で液状化し、物理攻撃を無効化した。もし一秒でも遅かったら上半身が破裂していただろうが、賭けに勝った彼女は結城とルージュを素早く回収。周囲に散らばった水を集めて体を再構築すると、膨らませスライム状にした自分の下半身に放り込み高速の再生を促す。現身の再生能力で傷はすぐに回復するだろうが、五秒あればサルヴィタールはリザとの距離を詰め、三人共々葬れる。
それを理解したリザは、目つきを鋭くする。
「やれやれ。同じ守護者同士、仲良くやっていけると思ったが」
「愛する者と同種――――守るならどっちでしょう」
「……叶わぬ恋に憧れる乙女。なんとロマンチックな事か。だが、叶わぬ恋に価値はあるのだろうか?」
「私にとってはあります。それに――――」
リザは自身の背面に魔法陣を展開。
そこから巨大な水の槍を生み出すとそれを両手で掴み、投げる姿勢を取る。
「折角した恋です。願うならば、死ぬまで見たいと望みます。例えそれが実らなくても、夢を見続けいていたい。それはきっと、虚言や妄想などではないのだから。――――それが『女の恋』というものですよ」
それだけを告げたリザは、水の槍を高速で投擲。
同時にサルヴィタールも地を蹴り突貫。水の槍と正面からぶつかる。
そして握りつぶした。
呆気なく防がれた自分の技を見届け、リザは目を瞑る。
(せめて……愛する人ぐらい、守りたかったです)
憎しげにそう心の中で呟き、力を手放した。
奇跡が起こったことで、それは取り戻されたが。
「――――――ゴッ、ギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!?!?」
床から、緑色の彗星が飛び出してきた。
銀色の美しい毛髪を狂わせ白銀の弾丸と化したその何者かは、容赦なく手に持った細剣でサルヴィタールの腹筋を抉り貫く。
しかし伊達に守護者ではない。鍛え抜かれた腹筋はそれ以上刃を通すことは許さずに苦杯は衝撃をもろに吸収し、上に大きく弾かれる。速度も尋常ではなくそのまま天井に叩き付けられ、地面へと戻ってくる気配はない。
サルヴィタール自身も反動か体が幾分と麻痺しており、もがこうとする素振りすら見えなかった。
地面から湧いて出た白銀の弾丸はその身を器用に空中でうねらせ綺麗に着地。その銀色の美麗な髪をなびかせて、幻想的な光景を作り出した。
「……あれ? なんかぶつかったみたいだけど……まぁ、いいか」
しかし何とも間抜けな態度でその光景は一気にぶち壊される。
それからリザの方に振り返り、目を丸くする。
「リース! ルージュちゃん!」
リザはすぐに二人の知り合いだと判断し、下半身から二人を放り出す。
まだ傷は癒えていないが、今は知人と再開させてあげるのが最良の選択だろう。
「あなたは?」
「えーと、リザです。今はこの二人と協力していて……」
「あ、わかりました」
「早っ!?」
どちらかというと理解はしていないようだが、とにかく緊急事態だという事は呑み込めたようで銀髪の少女――――リーシャは両手を突き出して直ぐに回復魔法を行使する。
「『癒しの理は我が手の中に、傷を癒し、心を癒し、かの者に立ち上がる力を今ここで灯らせる』『ハイヒーリング』」
ゴギッガギャッと痛々しい音が響くが、二人の傷は一瞬の内に修復される。
高度な回復魔法、しかもかなりの魔力適正がある。
リザの目から見てもリーシャは『天才』という種に見えた。事実、彼女は才がある。それも異常なほどに。
しかし『英雄』までとは、行かないが。
「――――っ、あっ」
「いっ、た……」
二人の意識が戻る。
まだ曖昧なのか少しふらついていたが、直ぐに目の前にいる人物を認識し目を白黒させた。
「リ――――!?」
「リーシャなんてあなた此処に!?」
「あれ? ルージュちゃんなんか口調が……」
「あ、いや、その……ご、ごめんなさい。ちょっと焦っちゃって」
「うんうん。失敗は誰にでもあるよ」
まるで気の利くお姉さんみたいな態度を取るリーシャだが、残念ながらルージュの猫かぶりは見抜けていない。ただ気づいて乗っているだけか、それともただ本当に気付いていないだけか。
「おいお前……なんでここに」
「皆リースを助けに来たんだよ」
「……皆?」
「うん。今七層にいるけど、皆来てる。ブラン、リベルテ、アウローラ、ファール、ジョン、セリア、ニコラス、ヴィルヘルム、リル――――皆、恩を返しに」
「…………」
それを聞いて口をパクパクさせながら青ざめる結城。
その顔はまるで世紀にも稀に見る大馬鹿を見るような顔だ。
「……馬鹿だろお前たち……ッ!!」
「いやでも、リースが何と言おうと私たちは動いていたと思うよ? ――――なんせ、馬鹿だし」
「こんにゃろう……」
呆れ半分嬉しさ交じりの笑顔を、結城は浮かべた。
その様子は、まるで幼馴染同士にも見えた。
「――――――リィィィィィィィイイイイイイイスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウッッッ!!!!」
怨嗟がリーシャの背後から忍び寄る。
サルヴィタールが麻痺から復帰し、こちらに向かってきていたのだ。
全員が油断していたせいで、誰もそれに気が付かず瞳孔が開いた。
ただ一人以外。
「邪魔」
「――――ガッギャゥ!?」
ただ一人平然としていたリーシャの裏拳を喰らい、サルヴィタールは奇声を上げてよろめく。
顔面から煙を上げながら後ずさるが、すぐに余裕そうな声で笑い始めた。
長くは続かないが。
「き、ヒヒヒヒヒッ。そんな攻撃が、僕に通じると思……っ……て……………ぇ、え?」
顔の煙が晴れると――――そこには無残にもボロ屑となった人間の顔が広がっていた。
誰がどう見ても、激痛ものである。
「う、ぇ、あ……え、?」
「古代魔法、赤の属性――――まぁ、聞いたことないよね」
「古代、魔法……まさか崩壊魔術の使い手――――!!!!」
「戯言を聞く気はないよ、
『破壊する感情』――――――ッ!!!」
無詠唱での一撃。
威力はだいぶ減衰したが、確かに赤の属性、原子結合を問答無用で崩壊させる禁忌の魔力はリーシャの振り返りざまのボディーブローに込められ、サルヴィタールの体内に流し込まれた。
拳が当たった鳩尾の分子が崩れ、土とも呼べないようなボロ屑と化す。
「が、あぁ、あ、ぁ……!?」
「はぁぁぁぁぁっ!!」
続け様にマシンガンのような素手による連撃。すべて微弱だが赤の属性が付与され、じわりじわりと少しずつサルヴィタールの肉体は崩壊をし始める。
「ぎぃ、ぎっ……い、ぃ」
「ふっ――――!」
最後に細剣による両腕切断により、サルヴィタールはほぼ無力化された。
精神も文字通り崩壊寸前で、恐らくはまともに判断する余裕さえ、彼には残っていないだろう。
「お、あああがあアアアアアアァァアアアア!!」
もはや必死にしがみ付く様に、サルヴィタールは眼を血走らせながら地面を踏む。
全員を中に収められるほどの大きさの魔法陣が展開される。おそらくは最後の一撃。この攻撃にすべてをかけているとしたら、実行させてしまえば全員の命は確実にない。
そんなもの、リーシャの魔法の前では無意味も同然だったが。
残念そうな顔をしながらリーシャは地面を強く踏む。そこから魔力を流し――――魔法陣ごとこの部屋を包んでいる結界をぶち壊した。
この部屋が、壁が、天井が崩れ去り無機質な砂と化す。
久しい陽光が、結城の肌を撫でた。
「物理攻撃なら、まだ勝ち目はあったかもね」
最後の希望をことごとくひねりつぶされたサルヴィタールは、一体何を思っただろうか。
彼の体を大きく揺れ、目から光が消える。
「リース、止め!」
「――――つ、ァラぁぁぁああああああああああああああああ!!」
そう叫んだリーシャが引き、結城へ道を作る。
リーシャの呼びかけに答え、結城は病み上がりの体を無理に動かし筋繊維をいくつか吹き飛ばしながら、最大の膂力でイリュジオンを槍に変形させ心臓を穿つ。
最後に体内でイリュジオンが変形。
体内から大量の棘が飛び出し、脳、心臓を含むほぼ全ての急所を貫いた。
「………………ア、ハ」
それでもまだ生きているのか、サルヴィタールは楽しそうに笑った。
「こんナ、ノで……守護者が、死ヌと、思うのかイ?」
サルヴィタールは冷たく濁った言葉を言い切ると、俺の掴んでいるイリュジオンの柄を掴む。
瞬間、土でできたその腕は一瞬で侵食されるが――――彼もまた侵食した。
侵食を侵食でねじ伏せる。
そのふざけた芸当は恐らくこの状況に置いてとても、厄介であるだろう。
「あッ、ハッハっはっはッハッはッハハハハハハハハハハ!!!」
不味い――――そうスキルで直感し、イリュジオンを変形。
細い糸状にしてサルヴィタールの拘束を抜け、リーシャと共に後ずさる。
彼の笑いは止まらない。
拭き皆笑みを見えながら、地面が盛り上がって変形した槌をサルヴィタールは掴んだ。
「魔槌『コンフィアンス』――――666式ヘルシュタイン流武闘術奥義……!!」
背筋に大氷塊を入れられた。
そう錯覚するほどの悪寒が背筋に走り出す。その悪寒は止まらない。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい――――本能が止めずそう警告してくる。
だが逃げ場などありはしない。
いや逃げようとしても無駄だ。
ならば、凌ぐ方法は一つしかない。
イリュジオンを双頭剣に戻し、地面を全力で踏み、腰に力を入れる。自分も自身の中で最強の技を出す準備をする。
「リース……付き合うよ」
「仲間はずれにしないでよね――――!」
「じゃあ私も協力します~」
後ろから頼もしい仲間の声がした。
ああ、確かに目の前にいる敵は危険だ。恐らく今まで敵対した中でも一、二を争う危険度だろう。
だけど――――俺は一人で戦っているわけじゃない。
たとえ手をつなぐ資格は無くても。
例え同じ場所にいる資格が無くても。
「俺は、俺の信念を貫かせてもらう」
「その意気だ――――」
黒い光が、本来ならば光学的にありえないはずの色が輝き出す。
まるで羽衣の様に体に纏わりつき、狂気と暴虐をミキサーで混ぜた様な気迫を感じさせる。
リーシャは、何度か見た緑色の光と風を纏い始める。まるで妖精のような美しさに洗礼された技の優雅さは、俺と対極に位置するかのようだった。
ルージュは身体から灼熱を溢れさせた。優に数千度は越える劫火は彼女の両手に集まってゆき、やがて巨大な剣を二振り生成する。この世の現象とは思えないその灼熱の剣は、地獄からの使者を思わせる。
リザは、魔法陣を展開し足元から大量の水を生成する。大量の水は徐々に形を取り始めると、八つ首の大蛇へと生まれ変わる。その体は只の水ではなく、大量の魔力が渦巻いている水の暴力。質量だけならただの水の数千倍は越えるだろう。
「『敗北を味を知ってこそ、最も甘美な勝利が味わえる。』」
「『最初から最後まで、喜んで学べ』」
「『微風は弱き現象なり。されど吹けば嵐。それは強き現象なり。嵐は一つの風刃となりて、私の敵を打ち倒すであろう――――風は星を支える柱なり』」
「『地獄は地獄を呼ぶ。正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも!』」
「『水は生命の原初の地。故に、全ての生命は水の中に還るべきである。還元せよ命。恐れるな受け入れろ。抗うことは愚かなのだから』」
爆発的な力の奔流。
まるで乱気流の中に放り込まれたように、五人分の闘気は交わる。
全てが今決まる。
「『アースデモリッション・オーバークエイク』」
「『断罪事象・観測不能の終焉境界』」
「『撫でよ、嘆きの風』」
「『滅却し火葬する無垢な双子の焔剣/終息の剣』」
「『八岐大蛇は水蛇の如く』」
粒子加速器の実験にでも起きそうな事象が起こる。
最凶の乱重力の斬撃、極限まで圧縮され放たれた刃の大嵐、二つの焔剣から放たれた全てを焼却し蒸発させる一撃、八つ首の大蛇を模った八つの水の大砲。それら全てが交わり、どんなものだろうとその無慈悲なまでの忘却のもとに破壊しつくす一撃と化し――――――――地震を模した一撃、しかもマグニチュード10という地殻の暴力と正面から衝突した。
本来起きてはいけない超巨大エネルギー同士の正面衝突。
それらが生み出すのは衝撃波などという生易しい物ではない。濃密なまでのエネルギーの塊はこの場にいた全員に襲い掛かり、この『塔』最上階から放り出そうと慈悲無き現象となって皆の体を外へと押し出そうとする。
しかし結城はそれを許さない。
『疑似重力』による体の固定。此処で放り出されればそれは死を意味する。
全員が体の底から力を絞り出した。
開いても、サルヴィタールもまた同じだ。彼は全力を以て彼ら五人を相手に拮抗している。
守護者の名は伊達ではない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
「ッッ…………ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
地面が捲れる。
衝撃波が雲まで退け、まるで漫画に出てくるような可笑しな現象が起きる。
しかしそんなこと気にしない。もう常識などかなぐり捨てた。
「俺は……もう、負けられないんだよぉぉぉおおおおオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ぐぅぅぅっ……!!」
サルヴィタールが押され始める。
幾ら彼が強いとはいえ、たったの一人。結城側が五人だ。
こんな言葉がある。
一本の矢ではすぐ折れてしまう。だが――――
「俺達は、お前なんかに負けない――――」
両者の足場が崩れる。だが結城側は『疑似重力』により、もう足場など意味を為さない。反面、サルヴィタールは急に起きた崩落に対応できず、さらに大技を出している最中であったため、重心を仰け反らせてしまう。
結果起こったのは、空振り。
天変地異さえ起こす一撃が空へと解放される。雲は吹き飛び、空は啼き、ただの空気の振動ですら大地を揺るがせる。
それを好機と確信した結城は、残る全ての魔力をつぎ込む。
サルヴィタールは、それに対し反撃できない。
王手。
「――――負けて、堪るかぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「――――ハ、ハハハハッ!!」
――――複数の矢なら、簡単には折れはしない。毛利元就が三人の子供たちに話した空想話である。
……魔力が尽きたサルヴィタールは、もう抵抗しなかった。
槌による一撃が終わる。
自然と、五人による合わせ技は、サルヴィタールを飲み込まんとした。
「呆気なく、終わっちゃった……けど……中々、楽しかったよ」
「……それは、どうも」
「あはは。じゃあね」
結城は彼と短く言葉を交わした。
それが終了の合図だった。
空間を抉りながら、五人の一撃はサルヴィタールを飲み込んだ。それでもまだ何かを食べたいのか、黒ずんだその一撃は何十キロ先にも伸び続ける。やがて先が見えなくなると、黒い粒子が宙に散らばり始めた。
あとに残ったのは、土色に光る大きな宝石と消し損ねた右腕だけであった。
結城は、彼の右腕の消滅を最後まで見届けた。紫色の煙が、結城の頬を撫でる。
彼の右腕の甲が光り――――翼の生えた剣を囲むように護る二つの盾が出現したのは、サルヴィタールの体が完全に消えた後だった。
・おまけ『技解説』
椎奈結城(志乃七結城)
『断罪事象・観測不能の終焉境界』
イリュジオンの固有能力『疑似重力』により高密度の乱重力を発生させ、それを斬撃として相手に飛ばすと言う、文章にすると至極単純な技。なのだが、乱回転する重力を発生させなおかつ高密度に圧縮するには脳への負担が凄まじく、MPなどの関係からも実質数発しか打てない奥の手。
ただし威力は守護者以外で味方サイドで右に出る者はおらず、その一撃に巻き込まれた者は絶えず発生する複雑難解な乱重力に巻き込まれ、スパゲッティ状になり素粒子レベルにまで分解されて異空間へと転送、処理される。当然生物が巻き込まれれば命は無い。ただし体の一部分だけ巻き込まれたり、命のストックなどを持つ種族ならば耐えられる。ただし『肉体全てが巻き込まれたら』確実に消滅する。
さらに、その斬撃自体は物体を引き寄せる『重力』は存在しない。使用者への安全装置としてあえて吸収力は存在せず、斬撃『内部』にのみ重力を発生させている。なので回避は普通に可能である。ただし掠ったら最後確実にその部位は消滅する。
因みに本人は被害の拡大や仲間を巻き込みかねないことから使用を渋っている。
小型にして脳への負担と消費MPを軽減させることで連続使用が可能。ただし攻撃可能な範囲は幾分減衰するが、それでも威力は『変動しない』。
リーシャル・オヴェロニア
『不幸なる一撃』
風を纏い、足元で圧縮空気を多段破裂させることにより爆発的な加速と技のキレを以て相手の急所を突くアーベルンシュタイン流功の型奥義の一つ。実力差が明確に広がっている敵を確実に仕留めるために開発された技であり、効果的な場所が急所限定という扱いにくい技。ただし入ればその効果は兄弟であり、たとえレベル差が数十であろうと当たり所によっては即死、少々逸れても致命傷を入れることのできる一撃必殺の奥義。ただし得物や使い手の腕の筋肉にかかる負担が通常の数十倍であり、当然連発はお勧めできないし当たり所が悪ければ最悪武器の破損もありうるハイリスクハイリターンな玄人向けな技。
『輝け、絶えず廻る強き風よ』
使用する時、魔法との併用が必要な高等剣術。鍵言は『廻れ廻れ廻れ風の輪廻は永久不変、我が身を護れ風達よ。我が名は風精霊。今此処に応えよ』。
アーベルンシュタイン流功の型でも最高峰の威力を持つ奥義で、その威力は使い手にもよるが習得できる最低レベルの者が発動した場合は分厚い城壁さえ貫通する。ただし使用条件が厳しく、足場を全力で蹴り垂直に跳ばなくてはいけないことから壁などを蹴らなくてはならなく、それができなければ対空技としかあまり役に立たない。しかし発動成功した場合の威力は絶大。体全体を回転させ、最高速まで加速したその姿は『風の弾丸』と比喩され、どんな硬い装甲を持つものだろうと容赦なく貫き殺す。
訓練を積まないとまっすぐ飛べず、威力が減衰してしまう場合もあるためやはりこれも玄人向けの技。
『撫でよ、嘆きの風』
剣術よりも魔法の素質やセンスを問われる少し特異な技。特異ゆえに『奥義』とは分類されておらず、この技自体も正規の系統としては組み込まれていない。
そんな特異な技の実体は、大嵐という災害現象を『一つの風の刃』として収め、それを放つという物。端的に言えば触れたものは内包されている『中身』で暴れている無数の風刃によりズタズタにされ、それは対象が文字通り『砂になるまで』終わらない。これだけ聞けばかなり凶悪な業だが、使用者の技量と魔力、そして何より気流などの自然現象により命中率が左右されることから使い勝手はあまりというか最悪に近い。万が一味方に辺りでもしたらそれこそ大惨事になってしまう恐れがある。さらに言えばこの技は途中で中断できない。なので必ず当たると踏んだ場面でしか使えない。ただし不死者や異様に硬い相手なのにはこれ以上ないほど有効という面もある。
『破壊する感情』
リーシャの持つ古代属性の一つである『赤』の魔力を相手に流し込むことで成立する凶悪技。
大量の分子結合強度を減衰させ、さらにはその物体の寿命さえも縮めると言うこれ以上ないほどの外道の技法だが、当たればそれこそ格上の相手でも倒せる可能性を持つほど強力。
ただし使用者にもその効果は返ってくるため、使用するにはそこそこの覚悟が必要である。
『再生させる慈悲』
リーシャの持つ古代属性の一つであり、『赤』の属性と対をなす『青』の属性を使う魔法。
その実態は『時間逆行』という不条理の塊。ただし唯一『赤』の属性に正面から対抗せキル術である。それでもその危険性は類を見ないものであり、もし加減を大きく間違えてしまった場合体の一部が奇形と化し、一定以上戻し過ぎてしまうと世界からも『修正力』が働いて最悪その部位が消滅する恐れもある。攻撃に転用すればこれ以上ないほど凶悪で強力だが、本人曰く「面白くない」ので使わない。
ルージュ・オビュレ・バレンタイン
『滅却し火葬する無垢な双子の焔剣/終息の剣』
ルージュの持つ最終奥義にして最強の奥義。両手に生成した焔剣を『共振同調』という手法により『事象増幅』という現象を起こすことで焔剣の温度と魔力密度を累乗させ問答無用で相手を火葬する技。当然超が三つ付く高等技術を応用した業であり、その分威力も常識に収まらないものとなっている。具体的には小さな島程度なら一瞬で溶岩へと状態変化させられる。何より凶悪なのは『炎』属性を転用し生み出した『業焔』属性による副次的攻撃。『業焔』属性により、少しでも当たった相手は全身を強制的に火に包まれ術者の魔力が尽きるまでそれは終わらない。文字通り相手を『終息』させる絶技。しかし大体の場合前座の焔剣による一撃で決まるので影が薄い。
この技自体は守護者時代以前から使えたのだが、守護者になってから長らく半狂乱状態に陥り、さらに使い時であった守護者時代の決戦(VS結城)では天使の力を使用できたことから使われることがなかった。
ちなみに技の最後についている『エクスティンクション』とは終息、死滅、絶滅を意味する言葉。ある意味この技の要点を一言でまとめていると言えよう。
ルージュ自身、この技は無詠唱でも問題なく行える。詠唱は只の威力底上げ。
リザ・ネブラ・シレンツィオアックア
『八岐大蛇は水蛇の如く』
リザの大技の一つ。奥義でもなんでもなく、ただの大技。彼女自身こんな戦いに本気を出す気は無かったので、あえてこの技を選んだ。しかしその威力は申し分なく、攻城兵器八つ分の攻撃が一点に叩き込まれるどころか自由自在に操り好きな場所を攻撃できる。さらに形成された八つ首の蛇たちにも自我はあり、それぞれが迎撃行動を行え術者が気付いていない敵を自動的に見つけ排除する。どちらかというと汎用性重視の技。
蛇の体内はそれぞれがあり得ないほどの過激な水流でミキサー状態と化しており、触れた時点でその部位は消滅する。それだけでもはや凶悪性百点の神業であると言える。
モデルは当然日本神話に出てくる伝説の生物、水神『ヤマタノオロチ』。この世界では東方から伝わる伝説の神獣であり、かなりマイナーな生物。
こちらも無詠唱で問題なく発動できるが、彼女にとって詠唱はただの気分。
『洗礼されし荘厳なる霞』
第一魔女水禍という物に分類される技であり、その系統の中での『最弱技』。理由はこの魔法自体に攻撃性は一切なく、効果も単純に霧を造る出すと言っただけの技。
なのだが、その霧は自他共に水魔法の威力を数倍以上にまで膨れ上がらせると言う反則技。この霧の中でなら水属性最弱の攻撃技『水弾』であろうと大砲顔負けの威力を発揮する。しかも範囲も尋常ではなく(一応限定はできる)、最大で半径五十キロという頭可笑しいレベルの広範囲展開が可能である。
ただし弱点は敵にもその効果が適用されると言うところ。
それでも相手が炎属性使いの場合は文字通り無敵状態へと移行できる。
彼女の『最強技』と併用すれば、冗談でもなんでもなく大国の首都が数個ほど海の底に沈む。
サルヴィタール・ヴュルギャリテ
『アースデモリッション・オーバークエイク』
666式ヘルシュタイン流武闘術の奥義に分類される禁忌の技術。
正式名称は『第666式星核破砕術=神よ穿て、守護星殺しの人造鉄槌を』。
かつて存在した古代武術であり、その中でも格段に危険な流派の最終奥義とも会ってその危険性と威力は折り紙付き。あと一歩二歩で本当に『星を割る』ことが可能で、もし本気で星を壊そうとして地面にでも撃とうとすれば、まず天変地異が起きる。計算上三発撃てば周囲の生物は死滅し、止めに二発撃てば地球の半分が粉々になる。しかしサルヴィタール自身「まだまだ見たいものがある」せいか、星殺しは行われていない。そもそも行おうとした時点で抑止力や世界中のEXランカーが襲い掛かってくる。
ちなみに今回はエネルギーの八割が空気中に分散してしまったためにその真価は発揮されていない。されていたら全員死んでいる。本来は相手に直撃させる技のため、中距離撃つとどうしても威力が減衰してしまう。
ただし直撃すれば当然命は無い。
締めを飾る守護者戦としては珍しく一話で終わっています。
私としても数話ほど延ばしたかったのですが、一応『前座』なので流石に敷き詰めなければかなりグダグダになってしまうので、このようにしてしまいました。
ええ、『前座』です。
まだ三章、続いています。一章二章と比べて二倍以上です。自分でもこんなに長くなるとは想像もつかなかった(泣)。
言ってしまうと三章の締めは『帝国残滓』戦です。
それまで一体何話かかるやら……気が遠くなりそうです。
ていうかまだ『塔』二つしか攻略してないよ。後六個もあるのにどうすんだこれ……。
追記、主人公の技が若干チート気味だったので軽く修正加えました。掠っただけで死ぬとか、ワールドデスト○イヤーじゃないんだから。




