第五話・『休息は簡単に訪れてくれない』
地の文と台詞を一部修正しました。
最近改めて自分の不運っぷりを自覚し直すことができた。
何せ夜な夜な出歩いていると数分しないうちに不審者に絡まれるという様だ。しかも比較的平和な街で。
どうやったら逆にそうなるんだとつくづく頭が痛くなる。むしろ褒めるべきか、この自分で望まずに厄介事を引き付ける才能。いや絶対褒めないけどな。
愚痴を言いたい気分を押し殺しながら、携帯可能な小さなコンロについている青い宝石らしき部分に触れ、一定量の魔力を流し込む。すると送られた魔力に比例して相応の小さな火がともる。
今更だが魔力操作もだいぶ慣れてきた。初めてやってみた時は全然できなかったが、案外繰り返すと簡単に出来てしまった。日用品にその機構が搭載されているならばそこまで難しいことではないのだろうが。
問題はこの技術は魔法を使うときに真髄を発揮するという点だ。何せこれの調整次第で最下級魔法の《ファイア》でも人一人を焼き殺す程度は楽に行えるレベルに増幅できるし、逆に指先から蝋燭が出せる程度の火に調節することもできるのだから。
ちなみに俺はもう全身の魔力を仮想流体として認識することで指向性制御には成功している。要するに体の中に流れる血液を自在に操れると言えばわかりやすいか。
書籍では『指先に魔力を集中できる程度の奴は三流。全身の魔力を手足の様に操れて一流』らしい。しかし言ってることが回りくどくて基準がよくわからない。
「成程」
「何が」
「お兄ちゃん――――ツ ン デ レ ってやつだね」
……こいつの頭蓋骨を割って脳髄引き摺り出して解析した方がよいのだろうか。
「お前、天然って呼ばれることはないか」
「え? なんで?」
「……いや、もういい」
しかも地雷を踏んだ自覚がないと来た。
まるでアホかボケ老人だ。どちらにせよ、深く考えないタイプなら奈良市を上手く誘導できそうな気がするが。逆に相手にペースを握られると死にたくなる話が始まる可能性大だが。
殴りたい衝動を我慢しながら茶葉を詰め込んだティーポットを用意しながら、水を入れた薬缶をコンロに乗せる。
茶菓子は時間の都合上用意できなかったが、そこまで持て成す必要も無いか。
横目でアウローラを睨みながら、ギシギシと軋むベッドに腰掛ける。
「それで、話はなんだ。はっきり言ってさっさと寝たいから本題を切り出せ」
「冷たいな。女の子には優しくするものだよ?」
「すまんな俺にはデリカシーとかそういうもんは無いんだだからさっさと話を進めるか窓から放り投げられるかどっちかにしてくれないか?」
無言で威圧するとアウローラも流石に気圧されたのか笑顔が引きつってくる。
本当に眠いんだ。話をするなら早くしてくれ。
「えーと、ちょっと聞きたいことがあって」
「何だ、聞きたいことって」
「今日何処に行ったのか教えてくれないかな。どこの建物に行ったか、とか。そんなので」
「は? あー、えーと…………今日、か」
質問の糸が掴めなかったが、それぐらいならば問題ないので素直に話すことにしよう。無条件で情報を渡すのもアレだったが、残念ながらこの情報を渡したところでこちらが不都合になる要素が見当たらない。
精々ルート解析をして何らかの邪魔をしてくる程度だろう。邪魔をする理由に心当たりはないのだが。
「雑貨屋と宿屋、後は鍛冶屋だな。それと…………『塔』か」
「『塔』……『焔火の塔』の事?」
「ああ。そうだ」
それを聞いてアウローラの表情が変わった。笑顔から、突然真顔へとシフトチェンジ。
突然の空気の変わりように少々警戒心を高めてしまう。
「なるほど、『塔』。確かに、あり得るかも」
「何の話だ?」
「あ、気にしないで。こっちの話」
露骨すぎて逆に気になるのだが。
まぁ良いだろう。こちらとしても試したかったことがあったのだ。
無言でアウローラの頭部を掴み、顔をこちらに向ける。本人は「?」という顔をしていたが、こちらとしては関係ない。構わず実行する。
【――――『記憶透見』スキルを習得しました。知力が0.30上昇しました】
久々のスキル習得。薄く笑みを浮かべながら――――自身の手を通じてこの少女の脳に刻まれている『記憶』を言葉のままに透視する。
手の血管が浮かび上がり、充血して視界が赤く染まる。
手の甲の毛細血管が弾け飛び、血が少しだけ流れ出る。だが止まらない。
頬の筋肉が痙攣する。目元からは干からびるようにパキパキと乾いた音がする。息は自然と荒くなり、心拍数も急激な上昇を見せる。
【ステータス】
状態 極限10.00
網膜に自然とそんな数値が出される。本能による危機回避のためなのか。
しかし無視。今は自分に構っている場合ではない。死の危険を回避するために、自分を極限状態に入れ込まなくてはならない。熊を捕まえるためには熊を攻撃しなければいけないように。襲ってくるものが居るなら武器を取らないといけないように。立ち向かわなければまず話が成立しない。自分から進まなければ話は進まない。
『……ジュ……は、何をして……退屈……』
脳内がスパークする。
映し出された映像は砂嵐が混じっており、完全に視認できない状態だ。脳が情報を処理しきれていないのか、それとも相手側からの妨害が入っているのか。
一つ、思い当たる節があった。『情報隠蔽』。彼女が、アウローラが持っていたスキル。名前からして外部に漏れる情報を遮断する能力だと言えよう。だとすると、外部に流れ出す記憶さえ、流れ出る情報をシャットアウトしているのかもしれない。現状では非常に厄介な能力だった。
これ以上情報を引きずり出すとならば、相応の覚悟が必要になると分かる。俺はこれ以上踏み込めば、間違いなく感づかれると確信し、アウローラの頭から手を離した。自然と視界も回復し、体を蝕んでいた謎の拒否反応も消えてゆく。ただし、傷自体は消えることなく体に残っていた。
アウローラに対しては、こちらから情報を引き出すことはほぼ不可能とわかった。即席とはいえ記憶を読み取るスキルさえ効かなかった。これではもう本人の口から情報を吐き出させるしかない。だが子供に対して拷問など俺にはできない。善悪どちらかと言ったら悪寄りだが、これでも一応善人の範疇に収まっている人間だ。いきなり極悪人に堕ちろと言われてできるわけがない。工業の仕事をしていた人間に突然情報処理をさせるようなものだ。
普通の成人だったら問答無用で拷問するが。
「え? えと、血が」
「気にするな。擦り傷だから」
「……嘘をつくならバレない嘘をついた方がいいよ」
「善処する。あと俺はもう寝るからな」
得たい情報は得られなかったし、これ以上やっても体力の無駄。
ならもう寝るしかあるまい。
やけ気味に床に四肢を放り出して、腕を枕代わりにして瞼を閉じる。
体中が痛み出してくるレベルの疲労だったためか、意外とすぐに寝付くことができた。
耳事で「おやすみ」となぜか色の籠った声が聞こえたような気がしたが、無視が一番だろう。
――――――
「ぐぅぅ……う……んん……?」
鳥の鳴き声が聞こえ、窓から朝日が差し込む。
天然の目覚まし時計に起こされ、むくっと起き上がる。すると俺の胸からシーツがずり落ちていた。
昨日は何も被らなかったはずだ。ということは。と自分にシーツを被せてくれた者を探そうと徐に辺りを見回す。
だが、もぬけの殻同然だった。自分以外誰も居ないことが分かる。
迷惑だと思い、あの夜のうちに出て行ってしまったのか。色々聞きたいことがあったのだが……残念がりながら、同時に安心する。これ以上面倒なことにかかわるのはごめんなのだ。たださえリーシャという対応に困る女性が居るんだ。もう荷物を増やしても一文の得にもなりはしない。
「アウローラ、か……」
何語かは忘れたが、聞いたことのある言葉だった。
確か『暁』……そんな意味だったはずだ。暁とは明け方、夜明けが来る前の、星がまだ見える暗がりのことを言う。アウローラは名前の通り、暗くも、しかしかすかに明かりを含んだ藍色の髪を持っていた。
自分がふとそんなことを考えていると自覚した途端、笑いがこみ上げてくる。
これでも、何かがもったいないと思っている自分がいる。仲間にできたらさぞよかっただろうと思っている馬鹿が居る。確かに戦力的には良いだろう。だがリスクがデカすぎるし―――――何より、その中にもっとそれとは別の感情が混じっているような気がしてならなかった。
これが、笑わずにいられるか。
「あー、クソッ……とうとう頭ぶっ壊れたか俺。まぁ、仕方ない、よな……」
この世界に来てから早三日、自分は異常なまでにここに順応している。
人々と話し、武器を振るい、明らかに異常な進化をしている怪物を倒している。
ありえない。普通の人ならば人間不信に陥り、真っ先に逃亡を考える。だが自分は違った。
信じ、頼った。そして――――今、生きている。
信用できるものが居ないのに、誰かを信じてしまった。この時点で、人間としては可笑しすぎる。考えてみよう、いきなり目の前に現れた赤の他人を丸々信じて後を付いて行ったりするか普通。
しかしあの時の、ここに来たばかりの時の俺は軽度の極限状態。まともな判断ができるはずもなく、ただ生にしがみついていた。初心者は熟練者の助けを借りねば成長しにくい。そんな感じ――――なのだが、もうも自分自身納得できないことが多かった。何せ、呑み込みが早すぎる。
俺自身、自分の中にある何かを、忘れているような――――
「むみゃぁ…………お兄ちゃん……」
「……ワッツ?」
聞き覚えのあるような声に思考を一回切られ、恐る恐るシーツをはがしてみる。
そこには、昨日見た少女の、綺麗な藍色の髪と、白く透き通ったような肌が――――あ?
「…………」
「むにゅ……あれぇ? お兄ちゃん、早いね~……」
「だぁあああアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア糞がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
なぜか、真っ裸のアウローラが、俺の胴体に絡みついていた。
そして俺は、原因不明の悲鳴を空高く吠えていた。
無言でサンドイッチにかじりつく。
クソッ、クソッ、と心の中は荒れていた。
何で裸なんだよ。しかも無駄に触り心地の良い。いや触り心地はどうでもいいが裸? 威勢の傍で? 頭のネジが吹っ飛んでいるのかと心底毒づく。
あの後、店員にこっぴどく怒られながら、アウローラを外に連れ出し(勿論服の代わりにローブを着させて)た。朝からこんなに行動するとは思わなく、頭痛が痛い――――何言ってんだ俺は――――が今は近くにあった喫茶店で軽い朝食をとっている。
「も~、そんなに怒らないでよ。軽いスキンシップでしょ?」
「あれが軽いんなら重いのはなんだろうなっ?」
「勿論、交」
「それ以上言ったら口を縫い合わすぞ」
こめかみに青い血管を浮かべて、最大限の気迫を込めてそういうとアウローラは縮こまった。
こいつ実は中身ババアとか、そんなオチじゃないよな。
「……それで、この後お前はどうするんだ?」
「お兄ちゃんはどうするの?」
「外でお兄ちゃんはやめろ、変な誤解招くから。いや中でもやるなよ。……約束があって、人と待ち合わせをしている。それまでに用事を済ませに市場に行くつもりだ」
「用事って?」
「お前も物好きだなぁ……武器だよ。『塔』に行くために、少しな。ああ、『塔』ってのは昨日言った『焔火の塔』のことを――――」
「――――――――――」
場が急に静まる。
その不気味とも評せる雰囲気に押され、言葉に詰まる。
数秒して、俺は震える喉を押えてアウローラに話しかける。
「……どうか、したのか?」
「いや? なんでもないよ? あっ、そうだ。お兄ちゃん、私も『塔』に連れてってくれないかな?」
「なんでまた」
「ちょっと、用事があるんだ」
面倒だ。そう冷たく思う。
かなり極論の域に入ると思うが、俺はアウローラに何もしてやれないしアウローラは俺に何もしてやれない。端的にいうならば『互いの願いを叶えることができない』のだ。助けることはできるだろうが、無理だ。ローリスクローリターンなど愚の骨頂。ハイリスクローリターンなど最低の部類に食い込む。
つまり、相手の目的や素性さえ分からないのにそれを手伝うなどするわけがない。手伝ったらそいつはただのアホなお人よしだ。残念ながら俺はお人よしであるかもしれないがアホではない。自分の利得を重視する部類の人間――――とは言えないが、少なくとも自分や仲間の危険を考慮して行動する人間とは言える。
俺は恩は返すが、それ以上のことはしてやれない。
俺はこいつに恩はない。アイツも俺には恩はない。
だから、俺はこいつとは、一緒に行動できないし頼みだって脅迫でもないと聞き入れることはできない。
そいつに利用価値が十分あるなら話は別だが、残念ながらブラックボックスの塊を手足にするつもりは毛頭ない。
「一人で行けよ」
故に答えは率直なものだ。
こいつの強さは知らないが、最低でも二十台には乗っている。単独でも一層二層は簡単に突破可能だろう。逆に俺の方が弱い。一緒に行動したとしても足手まといになるだけだ。
そもそも一緒に行動を起こすつもりはないのだが。
「そんなこと言わずに。ただ連れて行ってくれるだけでいいよ。あとは私が勝手にやるから」
「ダメだ。自分に何が返ってくるのかもわからないのに、みすみす自分を危険にさらせるかっつの。それに俺には約束があるって言ったろ。一緒に行く奴は足りてるし、お前の助けを借りる必要もない。さらに言えば正体も何もわからないやつをこれ以上そばに置いておける理由なんてない。――――それはお前が一番分かっているだろ?」
「……そう、意外に冷たいんだ」
「目的と素性を明かしてくれるなら考えてやらんこともない。でも、お前にはそのつもりはない。言わなくてもわかる」
【『読心術』スキルを習得しました。知力が0.30上昇しました】
「…………」
「あと、凶器、じゃなかった。お前の武器も見せてくれないと困る。長さから安全圏を特定できるしな」
【『武器鑑定』スキルを習得しました。知力が0.15上昇しました】
「……俺が言うのはこれで最後だ。今から俺が最低限の譲歩を以ってお前を信用するための要素を三つほど用意してやる。その三つの条件を満たしたら、お前に協力するし、添い寝だって許可する。いいか、一度しか言わないからな」
【『眼力』スキルを習得しました。精神力が0.05上昇しました】
「一つ目。素性は別にいい、だが目的を伝えろ。最低限でいい。辿り着く結果を言ってくれ」
【『読心術』スキルが『精神鑑定』スキルへと派生しました。精神力が1.00上昇しました】
「二つ目。武器を見せろ。昨日俺の手首を素っ飛ばそうとした黒い『何か』をな」
【『武器鑑定』のスキルが『武器解析』に派生しました。精神力が0.70上昇しました】
「三つ目。……お前のステータスを開示しろ。これが俺の提示する条件だ」
【『眼力』スキルが『炯眼』スキルへと派生しました。精神力が2.00上昇しました】
公平ではない、あえて不公平な条件を提示した。
こちらだけ得をするような、はっきり言ってしまえばこちらにしか得がないような条件を。
そうすれば、離れる。こんな条件を出されて素直に従うやつはまずいない。それこそよほど達成したい目的でなければ。
「――――ステータス、開示したよ」
「……はぁっ?」
【ステータス】
名前 アウローラ・デーフェクトゥス HP240000/240000 MP390000/390000
レベル159
クラス 無形者
筋力188.62 敏捷162.04 技量153.98 生命力120.55 知力103.82 魔力154.93 運5.03 素質13.00
状態 炎縛呪99.99
経験値 59033/2000000
装備 【読み取ることができません】
習得済魔法 不明
スキル 剣術98.01 魔剣疑似適正69.00 未来眼32.72 気配遮断24.00 肉体改造??.?? 情報隠蔽??.?? 【ERROR】
「ぶっ」
――――嘘だろ。
絶句するほどの衝撃が襲い掛かる。ステータスをこうもたやすく開示したのも原因の一つではあるが、その圧倒的なスペックにはただただ言葉が見当たらない。
筋力、レベルはふざけんなと叫びたいほどのとんでもさ。109? 冗談としか思えないそのステータスにはただ目を丸くするしかできなかった。
総合的に、リーシャさえ優に超越している。総てが今の時点で敵う道理の存在しない相手だった。リーシャでさえ赤子同然の存在に引き摺り下ろされている。
まさかとは思うが、あいつが『塔』に一人で挑まなかった理由って、これなのか? あいつは、まだ弱い方だっていうのか? それこそ嘘だろう。
「――――そして、武器はこれ」
アウローラはローブの中から、黒いナイフを取り出す。
「……なんだこれ」
「魔術式を組み込んだ抗魔黒曜石の板を数枚重ねてプレスして、強度を劇的に上昇させた初期の人工魔剣。名前は『ミゼリコルド』」
「おい、ちょっと待て。アレはもっと長かったはずだぞ」
「うん。それはこの『ミゼリコルド』が自由自在に長さを変えられるから」
「……なるほどな」
「自由自在と言っても、一キロぐらいしか伸びないけど」
「十分すぎるだろ」
ああ、つまり、なんだ。
こいつからしてみれば、一キロ内にあるものすべてが切れるというわけか。
先ほど習得した『武器解析』のスキルを使い、一応だが嘘をついていないか見てみる。
【アイテム:カテゴリ『不定』】
銘 不定剣『ミゼリコルド』
作成者 不明
固有能力 長さを一キロまで伸ばし縮みさせることができる。
付与能力 永久不滅:絶対に傷つくことがなくなる 現象切断:実態がないものでも斬れるようになる
長さ 不定(最小で5cm・最大で1km)
重さ 不定(最小で10μg・最大で500t)
嘘は、無いようだ。
「それで、最後だね。私の目的は――――」
「……それは、どうしても叶えたいものなのか?」
わざと言葉を途中で切らせる。
聞くに堪えない。というか見るに堪えかねない。
完全にこっちが悪いような気がしてきたのだ。見ず知らずとはいえ見方も居ない少女のプライベートの中核に手を突っ込んでいるのだ。意識すると頭痛を通り越して全身から汗が出てくる。
最悪だよ。本当に、厄介ごとに関わっちまった。
逃げればよかったと今更過ぎる後悔をする。
「……うん」
「なら、言わなくていい。わかったよ、熱意は十分伝わった。……すまん」
「い、いいよ。よく考えてみれば、こっちもいきなりで悪かったし……」
互いに無言になりつつ、俺は情報を整理していく。
結果、一つの結論にたどり着いた。
「……つまり『塔』に連れていくだけ、ってことだよな」
「そうだよ。それだけでいい」
「じゃあなんで俺なんだ? 『塔』に行く奴なんてほとんどいないのはわかるが……どうして俺なんだ?」
「それは、リー……お兄ちゃんに『臭い』が付いていたっていうか……」
「なんで言い直した……臭い?」
「うん。知ってる、臭い」
自分の服の匂いを嗅いでみるも、汗臭いとしか感じられない。
もしかしたら、特定の人物にしか嗅げない臭いなのかもしれない。
「はぁぁぁ~……なんで俺の周りには変なやつばっかり集まってくるんだろうな」
「何の話?」
「いや、なんで俺の周りには素性不明の女ばっかり集まってくるんだよって話」
謎の女から始まり獣人から竜人まで。はっはっは、と乾いた笑い声しか出てこない。さすが幸運一以下。呪いという言葉がふさわしい。
「食事は済んだか?」
「そういえば、ご馳走させてもらってたね」
「金を払うとは一言も言ってないぞ?」
「……えっと、私、手持ちが」
「冗談だよ。マジに受け取るな」
意地悪な笑顔で懐から銅貨数十枚を取り出して店のカウンターに置く。店員がそれを受け取ったのを確認すると、アウローラの手を掴んで店から引っ張り出した。
「さて、今後の相棒を選ぶとするか」
――――――
市場。とは何ぞや。
誰だってこう答える。人が集まり、自分たちで集めたものを必要な者に売る社会機構。
そこには野菜果物衣服その他諸々が一気に集まる。下手な雑貨屋よりはよほど物がある。
この世界では、売り物カテゴリーの中に『武具』や『用具』、あとは『薬品』や『宝石』なども売っていた。種類だけなら文句なしで俺の住んでいた世界の市場を超えているだろう。なんせ法律が緩々なのだから。動物の死骸を売ろうが不法入手した品物を売ろうがここではバレなければ万事OKなのだ。流石に麻薬の類は禁止されているようだが。……裏市場で売れという事なんだろう。
というわけで、市場という所には珍しいものがたくさん集まる。たとえば南寄りの地方でしか取れない穀物や東の地域の特産物然り。北でしか取れない鉱石を利用した装飾品や武器防具然り。珍品でいえばモンスターの肉や目玉などが平気で売られている。
人というものは珍しいものに食いつくものだ。限定品も同様。ここでは取れないものなのだから今のうちに手に入れておかねば! と思い、人々は今日も市場に足を運んでいた。だが――――この街の約三分の一ほどの人口が一か所に集中するとどうなるか、お分かりだろうか。
「親父、二百出す! こっちに売ってくれ!」
「あいよ! ほかに誰かいないのか? よし、銅貨二百枚、毎度!」
「婆さんや、黒白菜おくれ」
「あぁん? んだって?」
「おい誰だよ足踏んだの!」
「あ、すまねぇ」
人間ブレス器、と言ったら的確過ぎるだろうか。四方八方から肉が押し寄せてくる、抗うこともできずに、それに押されていく。
汗臭い、息苦しい。これほど嫌な場所があるだろうか。偶にオッサンの尻にぶつかるわ、女性にぶつかったと思えば痴漢扱いされかけるわ、碌なところじゃない。
「おい、アウローラ。生きてるか~?」
「く、苦しい……」
「あ、そ……じゃあ、休憩するか」
肉壁の間から手をつかんで引っ張り出し、近くにあった休憩スペースにたどり着く。
其処はただベンチや昼食用の木製テーブルを置いただけと簡素なものだったが、誰もが公共的に利用しており何より数が圧倒的だった。どこもかしこも何かを口に運んでおり、これが一層活気出している。
俺達の行く場所は武器を専門的に扱っている区域だ。そこならば珍しいものや強そうな武器が手に入るだろうという魂胆だ。
しかし現実は非情なのか、上手くいかない。武器を扱っている区画がかなり奥の場所にあるのだ。図的にいえば、円形の中点近く。人ごみをかき分けていくには少し難があった。
こうして少しずつ休憩しながら行っているわけだが、生物の体温のせいでここら一帯は天然のサウナと化しており、暑さによって体力を徐々に奪われている。
アウローラの方も少しだけだが疲弊しており、のども乾いているようだった。
一度手持ちの方を確認して立ち上がる。
「銅貨が数十枚、銀貨が十五枚……あとは、宝石が十数個か。売ればどうにかなりそうだけど……」
銀貨の方は、前回の装備調達や物資調達の時に数枚消費している。武器は意外と高いのだ。しかも豪華な鋼鉄製を選んだのだから、これぐらいの出費は当たり前だ。
宝石は勿論『塔』内部でモンスターを倒したときに手に入れたものだ。リーシャと別れるときに山分けしておいたのだ。これを売れば少なくとも金貨数枚の価値は出る――――とリーシャは言っていたが、正直うまくいく気がしない。
俺はここらの相場を全く知らないのだ。騙されて安価で豪華な宝石を取られてもおかしくはない。細心の注意を払っているつもりなのだが、やはり無知はつらいものだ。
無知は罪、とはよく言ったものである。
「アウローラ。何か飲み物買ってこようか?」
「え、いいの?」
「俺も丁度、喉が乾いたしな」
幸いここは料理専門店が多く並ぶ区画だ。飲み物の一つや二つ、売っていても何ら不思議ではない。いや無い方が不思議と言ってもいい。
アウローラにはここで待機するように言い、俺は適当な店に目をつけて人ごみをかき分けながら進む。帰る時が大変そうだ。
やがて進むうちに目的地へと到着し、店のメニューが書き記された看板を見ながらふと思うことがある。
「……ホント、なんで字が読めてんのか」
謎は深まっていくばかりで解決の目途も立っていない。
我ながら細かいことを気にするというか、いや全然細かくないんだが。
「――――っと」
「あ」
案山子のように棒立ちしていると、背中に誰かがぶつかってくる。
この状況だ、誰かに押されたとか足が引っ掛かったとか、不慮の事故である可能性が高い。
とにかくあちら側が悪くないということを伝えに振り返ると。
「あー、やべ」
黄色いジュースを顔にぶっかけられた。
熱湯でなかったことを感謝すべきなのか、それともこの状況に対し怒るべきなのか。
「ん? あァー…………チッ、すんません。大丈夫ですか?」
「あー、いいよいいよ。大丈夫」
アイテム欄から安物のハンカチを取り出し顔を吹き冷静になりつつ、ぶつかってきた少年を見る。
白髪――――いや、灰色の髪。しかも先端が黒く染まっていた。なんて派手なファッションだ。
二色髪なんてこっちでは珍しくもないだろうけど、地毛じゃないよな。染めてんだよな。非行少年か何かか? この少年は。
あと、なんか舌打ち聞こえたような気がするけど、気のせいか。
「それより飲み物のことなんだが、弁償しようか?」
「いえ、大丈夫ッすよ。どうせそこら辺の店で買ったもんだし……ったく、あのクソアマビッ○人使いが大雑把すぎるっつーか……」
「へっ?」
「あ、いや。何でもないッすわ」
今一瞬凄い言葉が聞こえたような気がしたが、気のせいだ。ああ、こんなに人がいるんだから空耳の一つや二つぐらいは聞こえるだろう。
「そっすねェ……銅貨三枚ほど弾んでくれるとありがたいですわ……」
「ああ、じゃあ。はい」
貨幣袋から銅貨を三枚取り出して、差し出された少年の手に置く。
少年はそれを注意深く見つめると、その後こちらを爽やかな笑顔で見た。
「いやァ、すみませんねー……俺の知り合い、必要分のお金しかくれないもんですから、困ってたんすよォ。カカカッ」
「そ、そうか。じゃあ俺はこれで」
「あァ……ちょい待ってくださいッすわ。よかったら俺のおすすめの飲み物、教えましょうか? その様子じゃァ、外から来た人ですよねェ?」
「いや、ええっと……じゃあ、頼む。二つほど」
返す言葉に困り、仕方なくといった感じで少年にそう返す。
すると少年は微笑を浮かべながら、近くの店で店長に注文を突き付ける。
「親父ー、カペラ種とレモン絞り水割りと……あー、最近旬なのはァ……そーそ、ミドスの果実と白林檎のブレンド。できるか?」
「おう毎度。じゃあ、銅貨十枚だよ」
素早く間に入って銅貨十枚を支払う。
店長はそれを受け取ると店の奥へと入っていった。
「すまないな、ここまでしてもらって」
「いやいや、顔にジュースぶっかけちまったんですから、謝るのはこっちの方ッすよ?」
けだるそうに少年は薄笑いを浮かべる。
なんというか「ついでにやってあげた」という気持ちが表れている。そこに本当の善意はない。初対面で失礼だが、なんというか、複雑な人間だな。
……ていうか、この殺気、本当に少年か? 完全に、一般人じゃない。
まるで戦場を何度も生き残ってきたような奴だ。
「あ、自己紹介って必要ですか?」
「そう言われればそうだな。……リースフェルトだ、宜しく」
「そッすか、リースフェルトさんですか。ちなみに、今何歳?」
「十六だけど、どうかしたのか?」
「あ、同い年ですね。奇遇ていうんですか? ああ、俺ロートスって言います。宜しく」
軽く握手をして、戻ってきた店長からの飲み物を受け取る。
すると少年は、ズボンのポケットから薄く小さな長方形の板を取り出した。
「――――ああ、すんません。少し急用が出来ましたわ。機会があったらまた今度ってことで」
「え? そ、そうか」
まるで嵐のようなやつだったな、とその消えていく背中を見送り、俺は待たせているアウローラの方へと進む。
何か、引っかかるなという感情を置き去りにしながら。
「――――でよォ、んの用だよババァ? こっちはコミュニケーション取ってたッつーのに、んでテメェは空気を読まずに連絡するんだ? どっかで見てんのか?」
「上司に向かってババァ呼ばわりとは、中々肝が据わってるじゃないロートス。一度死んだらその汚い口は浄化されるのかしら」
「ハッ、なわけねーだろォーが」
「でしょうね。この糞餓鬼が」
ロートスは両手に持った飲み物をテーブルに叩きつけて、どしんと豪快に立てかけのベンチに座る。追撃に足をバンッ!!! とわざと強めに叩き付けて乗せる。
その口や態度はその年とは思えないほど凶悪で汚れており、まるで礼儀という言葉など昔に捨てていると言っているかのようだ。
その向かいには紅蓮の長髪を持った、かったるそうな女性が座っており、その身には銀色に光る軽装の鎧が装着されていたが生憎と言わんばかりに真っ黒いロングコートによって輝きは失われている。隠密作戦のために拵えたものなので仕方ないと言えるが、もったいないと誰もが口をそろえて言うだろう。
「そもそもあなたがコミュニケーションって、相手がとてもかわいそうだわ。あなたの口に汚さは、私ぐらいしか我慢できないんだもの」
「あァ? ざっけんなよ糞ババァ。相手はとても礼儀正しかったぜェ? ま、俺も比較的我慢して接したからだけどなァ。じゃなきゃ挨拶代わりにパニッシャーとプルート撃ち込んでた所だよ」
「最低の屑ね、貴方」
「俺が最低の屑ならアンタは地獄の底で塵のように落ちている犬の糞以下だぜェ?」
場の空気が異様に冷たくなる。人々は無意識に二人の周りを避けて通り、視線は無条件に避けられる。
「……んで、何だ急に。お使いの時間に遅れた覚えはないンだが」
「ターゲットが動き出したわ。しかも無関係な人間と接触して利用してる。……ま、上手く利用できそうだから作戦を練るって話よ。お分かり?」
「はッはー、あのガキまさか便器の才能があったとは。いや、相手によっちゃァレズかァ? それとも落とされたか」
「言葉を慎みなさい。全く、団長はどうしてこんな青臭いガキと組ませたのかしら」
「そりゃこっちのセリフだ。あの糞野郎はどうしてこうも犬と猫を近づけたがるのか……理解に苦しむなァ
オイ?」
完全に空気が絶対零度にまで下がり、二人は互いをドロドロとした笑顔で見つめ合う。
犬猿の仲、いや、この二人の関係はもっとひどいのかもしれない。