第四十五話・『短くも良き出会い』
テストの結果が微妙過ぎて死にたくなったこの頃。
反動か、小説も執筆がほとんど進んでいないです・・・・。ストックがあるので、何とかしないとまずいナー。
「ハルスさん……。胃薬とか、持ってませんか……?」
「へ? まぁ、薬品類は基本的に持ってますが」
「少し分けてください……っ!」
「? はい」
必死の形相でそう頼み込むと、ハルスはポーチから小さな紙包みをいくつか渡してくれる。あと水の入った小瓶もついでにもらった。そんな常識人の良心に涙を流すほど感謝しながら胃薬を一気に喉の奥へと入れた。少しだけ鎮痛効果もあるのか胃の痛みは少々解消されたが、やはり根本的なものは消えていない。
原因は十割先程から過激なスキンシップを繰り返してきているリザのせいなのだが。
ちなみに俺だけでなくハルスの仲間にまでその被害は及んでいる。
「えぇ~? なんで私を避けるんですかぁラーナちゃーん!」
「……さっきから、お尻擦ってくる。リザ、嫌い」
「いいじゃないですかぁ女の子同士ですのにぃ~~~」
普通は女同士でも尻は触りませんから。
「それにアーヴェちゃんも私を避けるしぃ」
「な、なら近づくたびに、わ、私の足をすりすりしないでください! あと家名はやめてください!」
「ん~、じゃあ、あーちゃん」
「もっとやめて!?」
なんでこうも変なあだ名をつけようとするんだこいつは。
「だぁりぃ~ん、居んなが私のことをいじめます~」
「甘い声で抱き付くなぁぁぁぁっ!! あと俺――――私に話を振るなッ! ダーリンって呼ぶのもやめろ!」
「じゃぁ、ハニィ?」
「もっとやめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!???」
胃痛がまた再発してくる。なんだこいつは、俺の意に大穴を開けていたぶり殺す作戦でも練り始めたのか。
ハルスからまた胃薬を頂戴しながら、正面を見る。奥に広がるのは真っ暗な空間。微かに松明の光が揺らいでいる物のそれがもっと不気味だ。たまに光る雑魚モンスターの赤い目もなにかと恐怖を何度も擽る。あまり長居はしたくないのだが、何せ第六感なるナビゲーションシステム役ファールがいないため現在十数分をここで消費している。壁を壊していってもよかったのだが、流石にまた守護者に降りてこられたら不味い。守りながらあいつと戦うのは不可能に近いのだ。
というわけで律儀にも規則に従って真面目にダンジョン攻略しているのだが、如何せん広いため前に進んでいる感じがしない。地図も無いため、当てもなく延々とさまようしかないのだ。最初から上の階層に転移したかったのだが、なぜか【できません】という表示が現れたため不可能だった。不正行為での攻略だったので、恐らくあちら側からペナルティを受けたのだろう。そのせいで計画がいくつか頓挫してしまったのだが。
「攻略する前に俺が死にそうだよ……仲間の手で」
リザを仲間と呼ぶのは少々怪しいが、協力しているなら呼ぶ価値はあるだろう。
しかしはっきり言ってリザは爆弾のほかない。主に俺にとって。ストレス精算機という名の爆弾。
口から血を吐きそうになるも花根の精神で持ちこたえ、スキルによる索敵を続ける。
「……向こうにゴブリン四匹か」
【レッドゴブリン 推定レベル9】
雑魚が何匹か出現する。別に脅威ではないが、数があるため後ろにいる彼らが相手するとなるとかなりて手こずるだろう。此処は俺が先にやっておくか、とホルスターの魔導銃を取り出すと、後ろのハルスがゴブリンの存在に気づいてしまう。
「! ここは俺たちが――――」
推測にすぎないが、せめてもの恩返しのつもりなのだろう。
だが今、彼の助けは邪魔にしかならない。冷たいようだが、ハルスの肩を掴み後ろに引っ込ませて魔導銃による連射を行う。微かにチャージが行われた魔導銃は野球ボール大の弾丸を三つ弾き飛ばせ、ゴブリンの頭、左胸などの急所を的確に消し飛ばした。アウトレンジからのステルスキル。その鮮やかな手際に、後方の占い師の少女と魔法使いの少女による拍手が送られる。
「凄い、序盤の壁と言われるあのレッドゴブリンを!」
「おー」
あのゴブリンたちが序盤の壁と言われる所以は、集団行動の習性故にだろう。小人族というのは基本的に個々のスペックが低いため、集団行動が基本になりやすい。しかしレッドゴブリンは雑魚、ではなく序盤でよく出会う敵にしては妙にステータスが高く、初心者にとっては脅威他ならない。パーティを組んでもレベル平均があのゴブリンのレベル以下の場合、死者が出る確率は八割にまで上る。俺も正攻法で行けばいつかはぶち当たる壁だったのだろうが……色々あって、今は高跳びしているので、あまり凄さがわからない。
因みに発生場所は此処だけでなく草原が主なので、前述のとおりよく遭遇するらしい。凶暴なので人もよく襲い、特に食料を持っている商人の馬車などはよく襲われるとか。
とにかくそれを瞬殺したのがすごいらしい。レベル五十代の身としては全然嬉しくもないのだが。逆に無駄なMP消費してしまったのを悔やんでいる。
「……す、凄いですね」
「はぁ、ありがとうございます」
「どうやったら、そう強くなれるんですか?」
「唐突ですね」
強くなりたい。――――ああ、今も尚俺が胸の中に秘めている感情だ。
様々な理不尽に見舞われ、それを覆すために血反吐を吐きながら今追い続けている物。
気持ちはわかる。共感もできる。
しかし、助言はできない。
彼が思う強さは確かに俺と同じものなのだろう。
だけどそれをどうやって手に入れる? という質問には、他人は答えられないのだ。強さを得る方法など人それぞれなのだから。俺は才能と土壇場での逆転によりここまで来れた。しかし茨の道。他人には決して薦められないものだ。
それに、自身より圧倒的に強い者を倒すなどと、普通はあり得ないことなのだから。
これに関しては、やってしまった身としては言いにくい物なのだが。
……強くなりたい、か。
「……残念ながら、それについては私もよくわかりませんよ。目の前の火の粉を振り払っているうちに、こんなところまで来てしまったのですから」
「そう、ですか」
「そう残念がらないでください。強さなんて、自分の天秤で測るものであって、他人の天秤で測る物ではありませんから」
「え?」
「定義は人それぞれ、ってことですよ。何も、腕っ節の強さだけが『力』ではないのですから」
言葉の意味が解らないと言う風に、ハルスは首をかしげる。
出来れば、早くわかっていただきたいものだ。
それにしても先程からルージュが一言もしゃべらない。道中急に「一番後ろに行く」と言ったそれっきりだ。言った通り、奇襲を警戒しているのか最後尾でだんまりしているが、かなり周りの空気が重くなっている。
これでは士気が下がる恐れもあるので「ちょっと失礼」と言ってルージュの様子を見に行く。
雰囲気自体はいつも通りであったが、何かが違う。
まるで敵を前にした野生動物の眼光。肌の表面から漏れ出ている緊迫感。
明らかに『戦闘態勢』そのものであった。
「ルージュ、どうしたんだ」
「……ここに入った時から、嫌な予感と不快感が立て続けに来ているのよ」
「どういうことだ」
「やっぱり守護者だった身だからかしら……わかる? この、人の胃袋の中に突っ込まれた気分」
消化器官の中に放り込まれた気分だ。
彼女は現状をそう表していた。原因は不明だが、ここに入ってきてからずっとそんな気分になっているらしい。共感してあげられない分、少しだけ罪悪感を感じる。
「そもそも『塔』っていう物自体、守護者の体の一部みたいなものなのよ。厳密にいうならば、内臓かしら。どちらにしろ、このどこかから見られて誘導されている気分――――良い物じゃないわ。はっきり言って此処の空気さえ私は吸いたくないのよ」
「……リザは、どんな感じなんだ」
「さぁね。でも最低限、相手の領域に足を踏み入れているっていうのはわかっているはずよ。あいつもあいつなりに、戦闘態勢に移っているしね」
「あののほほんとした様子が?」
「私の勘では今あいつに敵対心を持っている奴が半径五十メートル以内に入った時点で殺されるわね。凄い感じにくいけど、柔らかい殺気が『塔』に入った瞬間からダダ漏れ状態よ、彼女。貴方が居なかったら、速攻でここぶっ壊して最上階で頂上決戦繰り広げてるわ」
随分と好戦的になっている。よくわからないが彼女らもいろいろ大変なのだろう。
にしても妙だ。……先程からエンカウントするモンスターが減ってきている。まさか誘導されているのか? 可能性はあるが、ならなぜモンスターの数が減ってきている。
ルージュの言っている嫌な予感とやらがわかってきたような気がする。
最前面へと戻り、魔導銃だけでなく長剣化しているイリュジオンも抜刀する。
「気を付けて。誘い込まれている可能性がある」
「誘い込まれているって……誰に」
(守護者……といっても信じないだろうな。それが普通なんだろうけど)
そこら辺は適当にはぐらかして答えを曖昧にさせながら探索を再開する。
何が何でも今日は五階層に到達するつもりだ。道中邪魔してくるなら人間だろうがモンスターだろうが構わず切り捨てる。
時間はもうあまり残されていないのだから。
いつあいつらが俺との関係を疑われて捕まってもおかしくない。
早く何とかしなければ。
『……………………』
全員が無言になる。
話すことなど何もないのだし、此処は戦闘区域、悠長にお喋りしていたらいつどこでモンスターや金品目当ての盗賊が襲ってきてもおかしくは無いし文句も言えない場所だ。
逆にこんな状況で世間話をする奴の方がどうかしていると言っても過言ではないのだろうか。
「い、いやーしかし。ルクスさん、どうして俺たちなんかを助けたんですか?」
いたよここに。どうかしている奴が。
否、この陰湿な空気に耐えられなかっただけか。確かにそう考えれば、気まずいこの空気を少しはほぐさねばならないだろう。それこそ反応が遅れて途中加入組全滅――――そんな未来もあり得なくはない、のか?
なんで疑問形なんだと言う質問は受け付けない。
「たまたま通りかかって、たまたま気が向いたので、たまたまできた魔法を試して助けただけですが」
「……す、すごい偶然ですね!」
「そうですねー」
自分なりに最善のリアクションを取ったつもりなのだが、どんどんハルスは表情をしおれさせていく。
これだから他人は度し難いのだ全く。
逆切れじゃんというつぶやきが一番どこからか聞こえた気がした。
ついでに言えばあの魔法、本当にたまたま思いついて使っただけである。ラテン語ではなくてたまには英語も使ってみようかなという気まぐれを起こし、近くに襲われていた人たちが居たので適当にぶっ放したら予想外にデカい物が出てきてあら大変。幸い人には当たらなかったものの、もし当たっていたと思うと今でもかなりひやひやする思いだ。
(いや悪気はないんだよ。ただ他人と接するのがすごく面倒というか苦手というかとにかくやれないというかまぁ……そこは悪いとは思っているけどもそもそも予定に居なかった奴らがいきなり横入りしてきて計画が総倒れになってしまったのでね、俺にも少し考える時間が欲しいわけよ。ていうか女装もうやだなんで俺ばっかり。もうこの世界に来てから二回目だぞ二回目。打ち上げの一発芸じゃねーんだぞ。人生で女装する男はほとんどいないだろうがわかるかこの無理やり女装やらされる気持ち。男としての尊厳を根からぶち折りに来てんだぞ。つまりは去勢と同じなんだそう同じなんだ言い訳無用。今すぐ自由になりたい裸で駆け回りたい。嗚呼神よ、どうかご慈悲をどうかぁぁぁぁぁ……いや、ホントふざけんな畜生)
この理不尽な状況を口には出さず心の中でグチグチと言い続ける。その影響かなんだか黒い正気のようなものが外に洩れ出し、重い空気を液体金属の水浴場のレベルにまで変貌させる。文句ならリザに言え。俺は悪くねぇ。
「あああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
「!?」
「うおっ!?」
もう我慢の限界とばかりに叫び出した俺に、周りの皆がギョッとする。
うん。もう限界。胃も心も限界。
なんで俺がこんな目に合わなくちゃならないんで全部アイツのせいだエヴァンのせいだ死ね死ね死ね死ね糞糞糞糞糞アアアアあああああああああああッ!! ぶっ壊すぶっ壊すぶっ壊す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺!! 消えろ消えろ消えろ消えろキエロキエロキエロ■■■■■■――――――!!
「結――――リ……ルクス!」
「煩ぁぁぁぁああああああああああああああい!!! 糞糞糞糞ッ!! アアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
心の底から黒い何かが溢れ返る。
狂気、絶望、憎悪、嫉妬、怨嗟、欲望、自棄。それらが何度も何度もシェイクされながら極大の破壊衝動へと変化する。今までのツケといって構わない。
そもそもこんな状況に――――異世界に飛ばされ妹とは二度と会えないかも知れなくなり、せっかく再開した友人とも離れ離れになって今まで集めた仲間のほとんどを失ったこの状況。ストレスを感じない方が人間としては壊れている。特に、友人や仲間、家族(妹のみ)を自身の命より深く思っている俺にとってはそれは最大のストレスを生む原因であった。
そしてこれまでの激戦の連続、失敗、別れ。さらには理不尽な展開に振り回され、ついに許容容量を越えてしまったこの感情を、一体どこにぶつければいいのだろうか。
狂気は理性を狂わせ本能をむき出しにし、絶望は希望を殺し、憎悪は心の中で永久に廻り続け、嫉妬は絶叫の如く耳をのた打ち回り、怨嗟は体内を暴れ狂い、欲望は心の底にある黒い物体を絶えず生産し、自棄はもはや制御不能な域にまで達している。
各感情がまるで寄生虫の用に体を蝕み、正気を保てなくする。
俺は一体どこに向かえばいい。一体どうすればいい。なんで俺だけ、なんで――――――――
「……今まで溜めすぎたのね」
「あああああっ!! あああああアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
「いいわ……今日だけは、暴れなさい」
ルージュの介抱を受けながら、両手の武器を壊れそうなほど握る。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァァァァッッッッッ!!!!」
空も見えない天井に向かって吠える。
右手のイリュジオンを振るうと、そのたびに轟音が響き渡り剣線の跡に有る物祖全て両断する。
左手の魔導銃に湧き上がる大量の魔力をつぎ込むと、真っ黒で泥のように濁っている粒子が集まり、放たれるたびに破壊の限りを尽くす。
まるで阿修羅だ。
敵味方なりふり構わず破壊の限りを尽くす暴君。
目は血走り、ただ本能のまま周囲の物を壊しつくす。
久しく、俺は物に当たった。
――――――
籠手の絞めを調整しながら、卓上にある自作ナイフを一本一本コートの中へと収納していく。
今回ばかりは冗談ではなく、真面目に取り組んだ方が良さそうだとため息をつきながら今までかき集めたサバイバル用品や凶器、獲物類を二つのポーチにそれぞれ入れていく。
この俺草薙綾斗、もといリベルテ・リーフヴィジターは過去類を見ないほどの戦闘準備をしていた。ここまで重武装だと決戦準備と言った方がいいのだろうが。
とりあえず有り金全てをはたいて買ったアダマンチウム微配合の軽装防具、チェストアーマーとアームプロテクター、レッグアーマーを装着し手袋も耐火耐衝撃性の高級皮を使った物。その奥にある魔法を封じ込めた指輪――――リルに予め用意させていた魔法刻印を掘っている指輪十個全てを両手の指に付けている。さらにレッグアーマーには風の加護を付与させておりに十キロ程度なら紙のように軽く感じれるようにしている。コートは防刃防弾耐水耐火性。その中には少しばかり改造を施したナイフ九十九本。そして鋼鉄製ワイヤーが多数。
こんなにも人を殺せる武器を持ったことは人生で初めてだ。
しかし構わない。
親友を助けに行くなら、どんな非難をされようが助けに行く。
それが友達ってものだろう。
「準備はできたか、紗雪」
「ええ」
普段とは一風変わって完全装備――――鋼鉄製で魔術刻印を施されたの長弓を背に自分と同じくチェストアーマーに色々付与しているレザーブーツ。さらにはロングコートを羽織っており、背中には弓だけでなく矢筒には五十以上の鉄製矢が備えられている。腰には沢山の薬品入りの瓶がつりさげられており、どこからどう見ても大型魔物を狩りに行く探索者その者であった。
互いに一度頷き合い、自室の扉を開く。
宿屋の階段を降りると、それぞれが完全装備の状態で今まで協力してきた仲間たちが出迎えてくれる。
リーシャ、アウローラ、ファール、ジョン、ニコラス、セリア、ヴィルヘルム、リル――――今集められる最高戦力たちが今そろった。
たった一人、いや、二人の同胞を救出するために。
「用意はいい、皆」
リーシャのその一言に、皆は答えない。
言わなくても、答えはわかる。
「行くよ――――助けてくれた人を助けに」
皆は同時に頷いた。
十人もの挑戦者は、『塔』へとその意識を傾け始める。
物語はまた、動き出した。
――――――
『欲望に溺れる気分も、悪くは無いだろう』
「…………」
始めは、泥の湖の上で浮いている気分だった。
泥を構成しているのは自分の悪心。自覚できている不快感で固まっている泥は体に絡みついて、こすっても離れそうにない。負の感情の海。それが認識できた頃には、背中にいる何かの存在も気づき始めた時だった。
『どうした。自己嫌悪にでも走るのか? やはり人間は人間だな。器が小さい』
「お前の価値観で俺を量るんじゃねぇよ」
ほぼ無意識で出た言葉に、背中側にいる何かはくっと小さく笑う。
一体何なのかは、よくわかる。
あのどす黒い、俺の右目を奪っていった■■。
「行き成り出てきて何の用だ。俺はお前の相手をするほど馬鹿ではない」
『口だけは達者な藤四郎が。よく言う。そんなことはせめて私の干渉を任意で弾けるようになってから言うんだな。現に今、お前はこの状態で抗えるのか?』
「……確かにそうだな」
体に力を込めても意味は無い。ここに肉体という概念は存在しない。
精神世界は慣れているつもりだが、如何せん相手に支配権があるせいで思い通りにいかない。
これから俺はいったいどうなることやら。
『ずいぶん余裕だな。……貴様の精神に細工をすることもできるのだぞ』
「その逆は考えないのか」
『私が細工される? 冗談なら寝て言えこの馬鹿が』
この傲慢過ぎる態度。相手にしていてこれほど頭にくる人物は中々いないだろう。
軽く苛立ちを覚えながら、話に付き合ってやる。
「それでなんだっけ。欲望に溺れる気分の感想? 最悪の一言だよ糞が」
『まぁ最初はそうだろうな。でも、次第に気持ちよくなってくる。欲望とはそういう物だし人間も――――』
「だからテメェの秤で俺を量ってんじゃねぇって言ってんだろうがこのビッチが」
『………………私に対して遊女、とな? は、ハハハハハッ! 初めてだよそう呼ばれたのは!』
「そりゃ結構。ついでに回れ右してさっさと帰れ」
『冷たいなァ、せっかくの雑談場だ。少しは付き合ってくれても構わないだろう』
「……俺は暇じゃないんだよ」
俺としてももう精神世界に引きずり込まれるのは御免だ。正直もう飽きた。
「出てくるなら表にしろ。裏でコソコソしなくとも、正面からぶち当たってやるよ馬鹿が」
『…………』
もはや呆れるどころか一蹴して感心したのか、背中側にいるアイツはニッと笑った――――様な気がした。
直後肘で脇腹を刺される。
「ぐあっ!?」
『生意気言うな小童が。まぁいい、今回はその生意気さに免じて解放してやろう。ついでに、貴様の負担などもこちらで担いでおく……存分に活躍しろよ我が宿主。半端は許さんぞ』
「ったく……優しくするか厳しくするか、どっちかにしろよ」
纏わりついていた泥が拭われ、浮力で俺の意識は上へと浮き始める。沈んでいたものが束縛から解放されてようやく浮ける。
後ろは見なかった。
ただ、自分の奥底を見るのが、嫌だった。
自分を偽ってでも他人を欺いて生き続けた俺の心神など、自分でももう見たくない。
『気を付けろよ小童。あの馬鹿は強い――――一人で勝とうとするな』
「俺を侵食するのか助けるのかどっちなんだお前」
『無論、何時かは侵し尽す。だがな、その前に死なれると此方が困るんだ。勘違いするなよ?』
「……はいはい」
まさかアイツがツンデレ属性持ちとは。世界は広いな。
後頭部に強烈な衝撃が炸裂する。
後ろから何か投げられたようだった。
『……勝利を目指せ。敗北には何もないのだから』
「余計なお世話だ。この寄生する魔性が」
助言なのか命令なのかわからないが、そんなありがた迷惑な言葉をお貰いながら、俺は意識を少しずつ覚醒させた。
自己嫌悪を心に刻み付けながら。
目覚めた。
叩かれた。
その速攻連続コンボを決めながら意識を完全覚醒させる。
目の前には見慣れた幼女。端的に言えばルージュ。笑顔(額に青筋付)で俺の起床を出迎えてくれる。
「もっかい寝ていい?」
「チン○もぐぞ」
「はいすいませんイヤーイイテンキダナー」
天井のせいで空ないはずですけどね。
妄言を吐きながら頭を持ち上げ状態を起き上がらせる。まだ軽く混乱しているのか景色が随分と変わっている。
言うならば――――先程まで無骨な模様も何もない土色の壁に囲まれていたはずなのに、何故か陽気がさしていて実際に近くにある大樹の陰もできている。確かに葉同士の隙間を縫ってこちらに届いている。
……どういうことだ。
此処は塔内部。日の光など当たらないはずだ。ではなんだ、最上階? いやあり得ない。俺を抱えたまま頂上に達するなど――――いやできるかもしれないが、少なくとも体感時間では一日過ぎていない。そんな短時間でたどり着くなど、それこそナビゲーションか天井をぶち破らねば届きやしないだろう。
一体どこなんだ此処は。
「ふーっ……休憩拠点よ」
「……なんだそれ?」
聞いたことのない単語がルージュの口から出てくる。
なんだ、それは。休憩拠点。聞いた限りでは休憩場所のようなものなのだろうが。
「『焔火の塔』の場合は、アンタ達なりふり構わず最短距離進んできたせいで掠りもしなかったから、知らなくても無理はないわ。でも、基本知識程度は頭に入れておいてくれないかしらね」
「たしかそれって……緑の松明が置いてある場所か?」
「それは階段近くか出入り口付近よ。そこは安全エリア。ここは休憩場所。違いわかる?」
全然わからないといった顔をし続けると、ルージュはため息を呆れ表情のコンボで俺の顔を苦しくさせる。仕方ないだろう。この頃はこの世界の知識集めで精いっぱいだったし、図書館などにも行けなかったのだから。情報が足りなくて当然だ。
それがただの言い訳だとわかっているので文句は口に出さないが。
流石に自分の非は認める。
「各『塔』には五階層に休憩拠点って呼ばれる場所が存在するの。それがどういった形であれ、モンスターは近づかない。ボスクラスでもね。で、その中は大体果樹園と草むら畑。跡は小さな川程度があるの。こうやって……どういう原理かは知らないけど、天井が光って太陽光の役割を果たしているから、風も来るし休憩にはちょうどいい場所。例えるなら小さな楽園ね」
「因みに場所は?」
「大抵は固定。あくまで移動しないってだけで他のブロックは涼しい顔して場所が切り替わるせいで毎回入口が変わるんだけどね」
なるほど。要するに簡易拠点のようなものか。ゲ0無で例えるならボス部屋前の回復装置かセーブポイントか何かみたいなものなのだろう。
ってちょっと待て、今何と言った。
五階層と言ったか?
「おい、あいつ等はどうした」
「アイツ等って?」
「ハルス達に決まってんだろ! こんな深層にまで潜って、まさか連れて来たんじゃ――――」
「本人たちの希望で連れて来たわよ」
「馬鹿! 何考えてんだ!?」
あのような貧弱な――――本人に直に言ったら失礼だがここは敢えてこの言葉を選ぼう――――者たちを連れてくるなど「死ね」と言っているようなものだ。こんな危険地帯に連れてくるなど正気の沙汰ではない。だが彼ら自身が進んできたという事は、まさか自殺志願者でもあるまいしどうして。
「――――迷惑、だったか?」
「ハルス……さん」
いつの間にか水を汲んだ木製バケツを持ったハルスが近くに来ていた。
顔をあいた手で隠してはいるが、隙間から見える顔はとても悲しげな表情であった。
それを見て胸が嫌なほど締め付けられる。
「……迷惑だったなら、すいません」
「いえ、別にそういうわけじゃなくて――――」
「貴方たちの身を心配して言ってるのよ、この子は」
割って入ってきたルージュが俺の言いたいことを代弁してくれる。
ただし、半分ほどしか言ってくれなかったが。
「でも、俺は………………いえ、何でも、ありません」
何か言いたげだったが、自制したのかハルスは途中で言うのをやめてしまった。
それからすぐに表情を無理に帰ると、水を汲んだバケツを俺の傍に置いて、小さなマグカップに水を入れて渡してくれた。
ありがたく頂戴して、乾いた喉を潤す。
「……その、すいません。急にヒステリーを起こしてしまい」
「気にしませんよ。色々溜まっていたようですし、護ってくれたおかげでかすり傷もついてませんよ」
隣でルージュが顎を軽く突き出した。
彼女が魔法、神法を使い彼らを俺の暴走から守ってくれたのだろう。
さすが元守護者。優秀である。
しかしいきなり奇声を上げて周囲の物を破壊しつくすその様は狂人以外の何者でもない。きっと、彼は内心俺という人間のことを畏怖しているのだろう。
それを思うと、密かに心が重くなった。
「い、いや! 本当に気にしていませんから!」
「お世辞でもそう言われると、有り難いです」
「いやだから……!」
本当に……きついな。これは。
「感謝しなさいよ。彼、あなたを運ぶの手伝ってくれたんだから」
「は!?」
「……すいません」
いや別に運ばれたこと自体は特に気にしていない。
問題は、ハルスが俺の体に触れたという事だ。普通なら男とバレるはず。
だって詰め物などは一切していないので、今の俺の胸は当然男の物だ。貧乳というレベルではない。これでも結構筋肉はある方なのだ。
「あのー……もしかして、私の――――」
「ひっ、は、はいっ! と、とっても硬い、じゃなくて控えめな胸ですね!?」
「……は?」
その時ルージュが俺の肩にを当てて耳打ちしてくる。
(正体はバレていないわよ。なんか知らないけど……彼、女の体触ったことないだけじゃない?)
(いやねぇよ。外見からしてもう成人してるだろ。見た目は良いし両手に花状態の童貞て事は無いだろ)
(いや、アレは童貞よ。女の勘がそう言ってるわ)
(嘘? いやマジかよ飛んだヘタレだな)
(あんたが言うそれ)
(は?)
(周りにたくさん女の子いるくせに種の一つも付けないあなたがそれを言うのかしら)
(……勃たないだけだボケ)
(それをヘタレっていうのよ)
正論しか浴びせてこないので悔しくも反論が一切できない。
仕方ないだろう勃起など寝ているときしかしないし(本当に)。そもそも性行為自体興味が全くないのだ。経験がないと言うわけではないが。少なくともまだ童貞は捨てていない。
「あー、だーりーん。起きたんですかぁ」
「リザ? お前今までどこに……ってなんか後ろにすごく疲弊した顔の二人が居るんだが」
「ぜぇ……はぁ……!」
「もっ、無理ッ……!」
向こうの重見からリザとラーナ、フィスラムの三人組が姿を現す。
その肌は妙に水気を含んでおり、まるで水浴びでもした後の様に潤っていた。
確か川は流れていると聞いたがまさか水浴びをしたのか。
「いやー、近くに滝があってぇ。ちょっとお風呂代わりに入ったんですけどついつい二人と遊んじゃって」
「だからって全身を撫でるように触らないでください!?」
「私、お尻、撫でまわされた……!」
「…………」
こいつもしかしてどっちもイケる口なのか。
ある意味チャンスかもしれないが逆に言えば俺が去勢して女になってもこいつは追いかけ続けるという事を突きつけられた。まさか最終手段まで強引に捻じ伏せられるとは想像していなかった。
「ハルスぅ……私汚されちゃったよぉ!」
「お、俺に話を振るな!?」
「うっふふ♪ じゃあおよした責任を持ってきっちりと――――」
「いやァァァァ!! 何!? 何するつもり!? やめてもうやめてぇぇぇぇぇっ!!」
いったい何をすればこんなに恐怖を感じさせると言うのだ。
たった今リザという女の危険度を改めて上へと置き換えなければと確信した。
「貴方も水浴びしてきなさい」
「え、いや俺、私はい――――」
「臭いのよ。さっさと洗ってきなさい。もぐわよ」
「……わかりました」
「え!? ダーリンいくんですかぁ? じゃあ私ももう一度!」
「アンタは座ってなさい!」
「ルージュちゃんのイケずっ! ここは何が何でも!」
「やらせるかボケェッ! やんのか? おぉん?」
「ふーっははははは! いいでしょう、今こそ実力を見せつける時。いざ行かん我が桃源郷――――」
二人の争いは無視して、参院の出てきた茂みの奥へと入っていく。
幸いそんなに地形はあれておらず、逆にかなり安定している。草を踏む軽い音がし、風に撫でられる小枝が奏でる音色は心を静かにしてくれる。
これもつかの間の休息というものか。なら、最後までそれを満喫しようではないか。
億へ出ると、言っていた通り滝が見えた。滝と言ってもそこまで大きくは無く、上までざっと七メートルほどだ。舌にはかなり広めの川が流れており、確かに水浴びするならかなりいい場所だろう。
まずは服を脱いだ。元々薄着なので数分足らずですべて脱ぎ去ってしまう。
次に鬘、ウィッグを外すかどうか迷った。――――しかし万が一にも覗きが来る可能性があるので、一応被っておく。それから軽い幻覚魔法を使い股間部を隠蔽。と言っても下についている陰○を少々ぼかしたぐらいだが。
胸は……まぁ、放っておいても問題ないだろう。大胸筋はまだ割れておらず、白い目で見ればまだ中性的である。どうにかごまかせる範囲内だ。
そんな男としてどうなのかと思える心配をしながら、滝から降りてくる水を頭に被せる。冷たく清らかで気持ちがいい。体の垢も自然と落ちていくようだ。
「……あ」
気づく。
左腕のメイクが、剥がれ落ちていた。
水によって付着力が減衰したのかわからないが、とにかく剥がれ落ちていったのだ。これは不味いと思い急いで左腕を水から除けようとするが、もう遅くメイクは全て流れ落ちて行ってしまった。
「……あとでリザに頼むか」
何請求されるかわかったものではないが。
他人にこんなものを見られたら、奇異な目で見られる。誰だって、義手を付けている者を見ると「何だそれは」と思うだろう。そして次にかけられるのは同情の目だ。
同情など掛けられたくない。
そんな表面だけの紛い物を掛けられると思うと、反吐が出る。
ふざけるな。お前らにこれの何がわかる。
無意識にそう思ってしまう事を避けるためにも。
「――――ッ!?」
「え……――――~~~~ッッ!??!?」
ふと後ろから視線を感じて振り向くと、誰かが居た。
何というか予想外の人物――――ハルスだった。
まさかあんな堂々と覗きを行われるとは。男らしいと褒めるべきかそれとも魔法でもぶちかますべきか。そう迷ってるとハルスは早々に背を向けてしまう。
「あ、あの、一体どうして」
「いえ、その……タオルを忘れていったみたいで。他の奴に届けさせようとしましたが、ええと……二人の喧嘩の介在に手が回っていて、俺しか……」
そう言われて耳を傾けると、向こうから小さな爆発音が何度か響いてくる。
ああ、行くとき止めておけばよかったと酷く後悔した。
「……その、左腕と右腕」
「あぁ、これですか」
俺の今の両腕。
その両方とも、人間の者とはかけ離れていた。
左腕は金属でできた戦闘用義手。これだけでもう戦場を何度も味わい左腕を失ったものとわかるだろう。さらに右腕――――真っ黒に染まったその手を見て、彼はいったい何を思ったのだろうか。
まるで呪い。あのルキナという何者かにイリュジオンを活性化させられて、こうなった。しかもあの黒い泥による侵食の被害も受けているせいか、今俺の右腕の感覚は乏しい。
正直に言って、これを見て俺を普通の人と見ることはもうできないだろう。
昼間は手袋をしたりメイクで隠したりして気づかなかっただろうが。
「……できれば、他の人には言わないでください」
帰ってきたのは「はい」という小さな返事だった。
それに少しだけ安堵して、滝の向こうに姿を隠す。流石にこの恰好を長時間見せるわけにもいかないだろう。
「……でも、綺麗ですよ」
「……!?」
「全然、醜くないです。一瞬見とれてしまいました」
男に言われても、全然嬉しくない。逆に鳥肌が立つ。
これは俺が男と言った方がいいのか。でなければどんどん誤解を深めることになってしまう。
というより単に俺がこの状況に耐えられないだけなのだが。
「――――どうやったら、強くなれるんでしょうか」
気絶する前に聞いたその言葉が、再び投げかけられる。
それに答える資格は、今の俺にあるのだろうか。
「貴方の様に、この身を汚すことが近道なのでしょうか」
「…………ッ!」
「僕は、弱いです。どこまでも平凡で……二人の足を引っ張り続けて。情けないです……!」
「それは……」
違う。
そう言えなかった。
俺は、彼らのことをまだ何も知らないのだから。
そんな俺に口出しする権利も資格もありはしない。
「なんで、才能というのはこんなにも不平等なんでしょうか。俺にも……何か取り柄があったらよかったのに――――俺には優れたところなんて一つも無いッ!!」
向こうで、強く土を踏む音が聞こえる。
それがあまりにも痛々しく、目を背けてしまう。
まるで自分の過去を見るような気分だ。
ただひたすら力を思い求め続けた自分の影が、重なった。
……それは今も、変わらないか。
「どうしてっ……なんでこんなん位俺は平凡なんだ。なんで護ろうとするのに、逆に護られているんだ! 俺にも女一人二人守る力すらないんですか! 男なのに、本来守るべきなのにっ……!」
彼は、必死だ。
俺と同じだ。
ただ俺と違うのは――――彼には、才能が絶望的にない。
失礼ながら、心眼で覗く。
【ステータス】
名前 ハルス・ヘンデュル HP425/425 MP120/120
レベル17
クラス 短剣使い
筋力5.12 敏捷4.30 技量6.02 生命力3.90 知力5.71 精神力7.09 魔力1.36 運1.87 素質0.50
素質が常人の半分。
それが、彼の悲惨さを物語っていた。
いくら強くなろうとしても、才能が無ければ強くはなれない。
幾ら努力しようとも、その者に才が無ければ伸びないのだ。いくら練習しようとも出来ないことを無理にしようとしているのと同じだ。
なんて世界は、残酷なのだろうか。
「あとはもう……これに頼るしか」
「――――な!?」
懐から彼が取り出したのは、赤い刀身が特徴的な短剣だった。
一目見て分かった。同じ類の得物を扱っているせいか、すぐに断定できた。
魔剣。
使い手を魅了し、殺戮衝動を駆り立てる最悪の武器。
なぜそれを、彼が持っている!?
「どうしてっ……どうしてどうしてどうしてッ!! アアアアアアッ!!」
不味い、と思ったときにはすでに口は動いていた。
ハルスの周囲に炎が集まる。
あの魔剣は、炎関係の属性か――――ならば、水しかない。
「《無垢な水よ。我が命に従い、鋭い力と成れ。》――――《その名は水の蛇!》」
高速詠唱により放たれたのは、鞭のように撓る水の蛇。
それは空中を這うように進みハルスの持つ短剣を叩き落とした。
「ぐあぁっ!?」
更に追加詠唱。
「《砕け!》」
水の蛇は空中で進行方向を変えると、地面に落ちた短剣に向かう。
そしてそのまま短剣をその鋭い牙で噛み、砕いた。
「……ぎ、ぁが、っ」
その後ハルスは何か憑いていたものが落ちるように膝から崩れ落ちる。
正気に戻ったようだった。
「お……れは、いったい何を……?」
「魔剣の効力ですよ」
タオルで体を隠しながら、そう告げる。
魔剣。いずれも差が有るも、必ずその使い手を魅了し破滅させる《使い手殺しの剣》。
今回の場合は小型な事に比例して、所持した者を高揚させる程度のようだったが。
「それは使い手を狂わせる魔性の剣。力こそありますけど、それは守る力じゃない」
「……あなたは、どうしてそんなことを」
「そりゃ、私も使っていますから」
体を軽く拭いた後服を着終え、黒い剣を腰から抜刀する。
夜の様に深く濃い黒が、陽光を受けて不気味にも輝くその様はまさに魔剣と呼ぶにふさわしい。
イリュジオンの場合は重力操作という強力な力を司るが、副作用として使い手を侵食するという、本来武器の役目の一つである「持ち主を護る」ことを放棄している。それ故にリスクに見合った力を手に入れることはできたが――――この様だ。
どうにか制御しているが、何時暴走するかわかったものではないこの力。
誰かを護ることには、決して向いていないだろう。
目についたものをすべて殺す修羅ならば、あるいはこの力を生かせたのかもしれないが俺は修羅になるつもりはない。
「……自分の身に合っていない力は持ち主を滅ぼします。それがどんな形であれ、いずれ」
「っ」
過ぎた力は力有る物を呼び寄せる。
過ぎた力は悲劇を呼び寄せる。
過ぎた力はいずれ必ず民衆の手で淘汰される。
そういうものなのだ。自分の身に過ぎる力と言う物は。一杯になったコップに水を注ぎ足す例えは、それをとてもよく言い表していると言えよう。
「でも、だからと言ってあなたが何もできないわけではありません」
「えっ……?」
「武に向いていないものは座学を。座学に向いていないものは武を。正道が合わないのならば邪道。表で駄目なら裏を。――――貴方がどういった形であれ、向いてないことを無理に目指すのは得策ではありません。ならば別の方法を目指してみてはどうでしょうか」
「別の方法、って一体」
「それはあなたが見つけることですよ」
微笑を浮かべながら、倒れたハルスの手を引いて立たせる。
「なんであれ、護りたいと思っているなら、それはきっと結果を出しますから」
「…………!」
彼は、決して武に向いているとは言えない。
だからと言って座学に向いているとも言えないのだろう。
それでも彼はきっと結果を出そうとする。
それは決して間違いではない。
進む先に結果があるのなら、彼は必死にもがきそれをつかみ取る。
彼は弱者ではない。
強者だ。
誰かを護ろうと思い、自分の弱さを認め、それでも強くなろうと自分の身を擲っている者を――――誰が弱者と言えようか。
「応援しますよ。ハルス・ヘンデュル。貴方は強い人です」
「――――はいっ……!」
彼は情けなくも泣き顔でそう言った。
本当の弱者とは自分の弱さを認めず、努力もせず自分の非を他人の非する情けない者のことを言う。
本当の強者とは、誰かのために涙を流し、誰かのために努力をし立ち上がり、己の意思で他人を思いやれる者だ。
例え力があろうともそれを身勝手に振りかざすものは、ただの暴君である。
彼は紛れもない、強者である。
俺の様に、理由もわからずただ誰かを護ろうとする偽善者ではない。
――――――
「――――本当にいいんですか?」
「はい、もう決めてしまったことですから」
少々申し訳なく感じるが、俺は三人にそう告げた。
俺たち途中加入組はもうこの奥へとは進めない。自身たちの危険を感じ、これを無視してしまったら本当に死ぬ可能性がある。それにもう、この人たちの世話になるわけにはいかない。
それは三人全員がそう意思を同調し、決めたことであった。
「そうですか。本当に短い間でしたけど、結構悪い気はしませんでした」
「俺もです。……また、会えるでしょうか」
「え」
俺は不意に、ルクスにそう行ってしまった。
しまったと思ったときにはもう遅い。後ろにいるラーナとフィスに嫌な笑みで見られてしまう。
「えーと……御免なさい。私たちは、この攻略が終わったら別の場所に行くつもりなんです」
「え、っと……ちなみに、場所は」
「へっ? あ、いやその――――」
「極東大陸よ」
極東大陸。文字通り世界の一番東側に位置する大陸。
そこにはこの世には存在しないはずの物の怪達がはびこり、普通の者などは近づけもしないと言うが。しかし彼女らの強さならば、行けなくもないだろう。
少なくとも俺たちの様な者が近づける場所ではなかった。
「残念ながらあなたたちが来れるような場所じゃないわよ」
「ちょっとルージュ……」
「いいでしょ。どのみち私たちは、もう顔を合わせちゃならないのよ」
何やら事情があるらしい。あまり言っていることがわからなかったが、それはきっと俺たちにはわかっても意味が無いものなのだろう。そう勝手に結論付けて、自分の中にある蟠りを白のペンキね塗りつぶした。
「……ありがとうございます、ルクス。貴女のことはきっと忘れないと思います」
「こちらこそ。色々思い出せました」
「…………?」
「いえ、遠い昔のことですよ」
ルクスはそうかしこまると、左の手を差し出してくる。
それを握り返すと、冷たい金属の温度が手に伝わった。だけど妙にそれは、温かく感じた。
きっとこれは、彼女の優しさなのだろう。
直ぐに手を離すと、三人は踵を返し遠くに行こうとする。遠ざかる背中を俺はただ見つめ――――何かを言おうとしたが、すぐに忘れた。
「ねぇハル」
「な、なんだフィス。そんなにやけて」
「あの人に惚れちゃった?」
「んな――――!?」
違うと弁明しようとしたが、言葉が喉に引っかかる。
果たしてどうなのだろう。
彼女に言われた通り――――少しだけ異性として思ってしまったかもしれない。
そんな下心を感じたことを恥じ、自分の頭を軽く小突いた。
「まー確かに素敵な人だよねー。私もちょっと見とれそうになったし」
「……うん、綺麗、だった」
「お前らなぁ……」
自分をからかっているのは一目瞭然だ。一度叩くべきかと悩んだが、いずれ忘れることかと吐き捨てこちらも踵を返す。
「――――ちょっといいか」
「ん~?」
「……なに?」
「お前ら、今楽しいか?」
ちょっとした好奇心で、俺は二人にそう尋ねた。
帰ってきた返事は――――なんというか、予想通りだった。
「当然! ハルちゃんからかうの面白いし」
「ん。まぁまぁ……楽しい、かな」
「そうか」
満面の笑みを見せる二人に吊られて、俺もつい笑ってしまう。
「俺も今スゲェ楽しい」
「聞いていいかしら」
「ん?」
隣に歩くルージュが、何の前触れもなくそう問いかけてくる。
更には同じく隣を歩いているリザも同じことを聞いてきた。
「そうですよぉ。さっき言ったじゃないですかぁ『色々思い出せた』って」
「アレ、どういう意味?」
「ああ……あれね」
少々照れくさそうに俺は頬を掻きながら、素直に答えた。
「ふとあいつを見て思い出しただけだよ」
「――――強さを求めるあまり、何の恐怖も抱かずに闇に足を入れていた、愚かしい過去の自分を」




