第四十三話・『不本意な行動』
何でだろう。話の進行速度が異様に落ちている気がする。悪く言えば余談挿み過ぎなんだよこのやろぉぉぉぉおおおお!
という罵倒を自分にぶつけても何ら変わりませんでしたすみません。
ハルス・ヘンデュル。
そんな名前をもらった俺は、今年で二十二になる。つまりもう成人だ。大人なのだ。大人というものはしっかりとした職を持ち、妻を娶り、子供を作って幸せな家庭を築き上げる物だろう。
だが俺は違う。
いい年して、探索者をしている。
死と隣り合わせで、ダンジョンという危険区域にまで出向いてお宝を探したり依頼を熟したり、出会ったモンスターと下手だ戦闘をしたり。正直言って「いい年こいてそんなもんやってんじゃねーよ」ともし妻が自分に居たら辛い言葉を投げかけられただろう。
探索者、独身、挙句に弱い。
駄目な男と自覚しているが、そんな俺でも誇れるものが一つだけある。
頼りになる仲間だ。たった二人だけだが、それでも俺よりはよほど有能な奴らだ。
占星術師のラーナと、魔法使いのフィス。数週間前偶然行動を共にしたこの女性ら二人とダンジョンを過ごすのは、一人でめそめそとやっていた頃とはまた格別であった。
ラーナの占星術、つまり占いで今日何処に行けばいいのか占い、フィスの魔法で危険因子を排除しながら自分の唯一の得意分野である鍵開けや罠解除を駆使して設ける。そのスタイルがすっかり定着してしまい、今俺たち三人組はよくパーティを組んでいる。
男である俺としても女二人に挟まれるのはいい気分だ。このツケが後から来なければいいのだが。
「しかし『塔』とは……なぜに」
「占いで『きっといいことがあります』て出たから」
黒色の鍔の広い三角帽子を深く被り、黒がメインカラーのローブを身に着けている小柄な緑髪の少女は水晶を見せつけながら自慢げにそう言う。
「だからってCクラスの集まりである俺たちがA級ダンジョンに挑むかよフツー」
そうぼやきながら俺たちは『大地の塔』の一階で適当に探索をしていた。この城下町の様な建築物に囲まれた高さ百メートル超の『塔』に。内装は特に変わったものは無く、外壁には小さな換気口が取り付けられており、中のダンジョンもいたってシンプルな、真四角に切り取られた通路の壁に松明置きが置かれているだけだ。実に居心地が悪いほど無駄が切り落とされた場所と言えよう。
しかし出るモンスターはやはり強力だ。そんなに数は無いがほとんどが初心者殺しのモンスター。練習などとほざいてかかっていたらほとんどの奴が死ぬだろう高難易度。俺たちが挑むには少し危険なダンジョンだ。が、『塔』は確かにA級ダンジョンに部類されているが、それは偶に強力なモンスターが下層に降りてくるから、という話。実質一階層だけの話ならCからB程度の危険度だ。
そう、上に行かなければ安全なのだ。さすがに初心者が挑めば数々のトラップやいやらしい性質をもったモンスターに殺されるが、数年も探索者としてやってきた俺たちにとってはいつもと同じである。
想定外のアクシデントが起きなければ、の話だが。
「まぁ、ここでとれる宝は高品質だし、レアなもんでも見つけられんのかね」
「ラーナちゃんの占いが確かなら、きっとそうだろーね」
「お前はちゃんとサポートやってくれよ?」
「はいはーい!」
どこかの民族服のような変な服を身にまとっている、特徴的なピング髪のおてんば娘は元気よく返す。
元気が良いのは良いことだが、元気すぎて空回りしなければいいのだがと思うこの頃。
決して魅力的な女達ではないものの、個性があって一緒にいると楽しいと思える二人だ。姿がよくても性格が悪ければ、俺はきっと未来永劫仲間を作ろうとはしなかっただろう。
ある意味、この二人に出会えたことが人生で一番の幸運か。
「そういやさー、なんか街の方で爆発が起こった話あるよね」
「ああ。確か昨日の夜裏住宅街が粗方破壊されていたって話か。あれ確か人がやったって話だが」
「そうそう。なんか今指名手配されているみたいで、犯人まだ近くにいるって話。怖いよね~」
「でも俺たちには縁のない話だ。あまり気にすることもないだろ」
「意外に出会っちゃったり」
「やめろ縁起でもない。ていうかラーナ、お前なんか喋れ」
「……んー、出会っちゃう、かも?」
「占い師のお前が言うと冗談じゃないからやめろマジ!?」
厄日なのか吉日なのかよくわからない日になってしまったのかもしれない。
それでも日銭を稼ぐために歩を進める。まともな職を見つけようにも自分には短剣を振るぐらいしか能がないのだ。完全なる自虐であるのだが実際そうなのだから仕方がない。あとは料理ぐらいか。不味いとは言われないぐらいはできるが、人に自慢して差し出せるようなものでもない。
「やっぱ、もうちょい才能が有ればなぁ……」
スキルは人の人生を左右する。しかも、先天的なものが。
たとえば先天的に魔法のスキルが付いていたとしよう。先天的に生まれたスキルが本人の才能が反映された結果なので、その者は魔法の道を進めば努力次第で大成できる。剣術のスキルが付いていたとしても道筋は同じだ。
俺には先天的スキルがない。所謂完全凡人だ。全ステータス平均は普通。運は1.00、素質も1.00。普通を極めたのがこの俺ハルス・ヘンデュルなのである。後天的なスキルを覚えようにも、はやりそこは才能だ。俺は死に物狂いでどうに短剣術のスキルを覚えられたが、それっきりだ。
後天的にスキルを覚えようとすると、かなりの努力が必要とされる。しかし優秀な者ならすぐに覚えられる。俺は非凡ではなく凡人。当然身に合っていないスキルを覚えるにはおよそ三か月もの歳月を必要とした。当然、鍵開けのスキルなどもだ。
凡人故に、非凡な彼女らを少しだけ羨ましいと思ったのは多々あった。魔法を得意とするもの、占いを得意とするもの――――俺には何の取り柄もない。せいぜい簡単な錠を開けられるぐらい。短剣の腕も、どちらかというと下手である。
簡潔に言ってしまえば、俺はこの二人のお荷物状態だ。
どうしてこんなに普通なのだろうかと、自分を恨めしく思う。
せめてもう少しだけ、強ければ。と何度も思う。
負け犬がいくら吠えても、結果はそう変わらないのだが。
「……っと、隠し部屋見つけたぞ」
「グッジョブ」
「おー、良い物ある?」
少しだけ壁がへこんでいる場所を偶然見つける。
そこに軽く手を当てて力を込めると、簡単に壁は向こう側に行き、大きな音を立てながら倒れた。
向こうには簡素な茶色い部屋。真ん中に少し大きめの宝箱がぽつんと置いてあった。
この『塔』や天然の洞窟系ダンジョンでもよくある隠し宝箱部屋である。
仕組みはよくわからないが、ダンジョンが貴重品を億部屋として特別に作った。というのが学者たちの論であるのだが、正確なことはよくわかってないそうだ。
宝箱に近づき開けようとするが、開かない。
よく見ると小さな鍵穴がある。当然ながら鍵は存在しない。モンスターがまれに落とす流鍵と呼ばれる液体状の鍵を使って開ける物らしいが、そんな希少品持っているわけがない。
ポーチを開けて小さなピッキングツールを取り出す。
鍵開け――――文字通り錠を開けるスキルだが、どんな仕組かと思うものもいるだろう。
それを今から実践する。
「……ん~~~」
鍵穴を注視しながら、ピッキングツールを穴に入れる。
すると頭の中に『何か』が浮かんでくる。
そう、開け方だ。
このスキルは数値に比例して鍵の開け方を頭の中に浮かばせるのだ。当然数値は低いので複雑な構造をしている錠は開けられないが、これは単純な仕組みの様なので俺でも開けられる。
(……なんだ、この違和感)
少しだけ違和感を覚える。
基本的に隠し部屋にある宝箱は二個から三個。数があるほど入っている物の価値が低くなる。当然一個だけなら価値は高まる。が、当然開錠の難易度は高い。
なのに、これは比較的単純すぎた。
どういうことだ? と思っていると、カチッと音がした。
開錠成功だ。
仲間からの期待を背に、宝箱を開ける。
中に入っていたのは銀塊が数個、中級薬草の束、魔石が数個、等々一層にしては珍しいものが数々あった。
その中でも目を引くのが――――赤い刀身が特徴的な短剣だ。
「なんだ、これ?」
その赤の短剣を手に取ると、物珍しげに色々な個所を見てみる。
しかし特におかしなところは無い。普通の短剣だ。普通のと違うのは、使われている金属が特殊ということだけだろうか。
「わぁ、大量だね」
「大量、大量」
「やったー!」
と女二人はわいわい騒いでいるが、俺はこの短剣に意識を持っていかれていた。
これはヤバい。
直感がそう告げている。これは非常に不味いものだと。今すぐ捨てろと。
同時に手放したくない魅了が付きまとう。
「うん? ハル、どうしたの?」
「いや、これ……何かわかるか」
「……知ってる」
「ラーナ?」
急に嫌な顔になったラーナ。
まるで忌々しい物を見るように、俺が手に持った短剣を見てくる。
「それ、魔剣」
「魔剣?」
「うん。武器に特殊な属性を付与されている剣。それを魔剣って言う」
「へー……これ、凄いのか」
「でも小さいからあまり強力じゃない。店で売ったらそこそこ高いから、売った方がいい」
「ふーん」
物知りだなーと思いながら、短剣を軽く振ってみる。
そんなに手に馴染むというわけではないが、なんだか気分が高揚してくる。
なんか、自分が急に強くなったみたいな――――
「――――ァガッ!?」
急に脇腹に衝撃が走る。気づいた時にはとてつもない速度で真横にスライド。
最高速のまま背中から壁に叩き付けられ、肺から空気が抜ける。
――――何が起こった。
すぐに状況を確認するために、揺れる脳を抑えて顔を上げる。
「んな……」
壁から、モンスターが出てきた。
否――――生まれた。
まるで泥の壁でも突き破るかのように、頭部が牛型になっている人型モンスター。俗にいうミノタウロスというモンスターは石の棍棒を持って壁から出現していた。
目の網膜に表示されたモンスター名とレベルは、予想を上回るものだった。
【イエローミノタウロス 推定レベル24】
その場にいた全員が硬直した。
このパーティの平均レベルは15。とてもじゃないが勝てる相手ではない。
俺は即座に自分の判断を口に出した。
「二人とも逃げろ!」
「え!? で、でも!」
「いいから逃げろ……お前らはここで死ぬべきじゃねぇ!」
打たれた脇腹を抑えながら壁を使って立ち上がる。
手には先程の魔剣の短剣。これを使えば、倒せはしなくとも時間稼ぎ程度はできるだろう。
俺は凡人だ。
でもあいつらは違う。才能がある。
俺が犠牲になることで二人が助かるならば、本望。
「い、いやだよ! ハルを置いていくなんて!」
「私も嫌だ。置いて行ったら目覚めが悪い」
「この分からず屋が……」
しかし馬鹿だ。自分たちの価値を分かっていない。
クソッ、と毒づきながら二人を自分の後ろに引く。二人を守りながら戦えるほど、俺は強くない。
このままだと確実に全滅する。逃げろと言っても、二人は逃げない。
どうする――――
「《大地の加護は我が右手の中に》」
「――――え?」
どこかから声が聞こえる。
しかも、自分の知識が間違いないなら、古語だ。
古語を主体とした魔法起動呪文。
間違いなく高等技術だ。
「《我が命令に従う大地よ、我が右腕の代わりに敵を打ち砕け》。――――《巨人族の土腕》」
音源の方向から、巨大な土色の何かが迫る。
それは土で構成された、巨大な腕だった。握りこぶしを作り、高速で襲来。
壁をいとも容易く貫通しミノタウロスにヒット。ミノタウロスの二メートル以上もある巨体を全体的に潰し、そのまま向こうの壁へと押し付ける。グシャッと生々しい音と共に血液が散布される。
断末魔さえなかった。
それほど一瞬の出来事だった。
腰が抜けて尻餅をつく。
「――――大丈夫か……ですか」
「え、あ、へ?」
煙が巻き上がる中、その声は酷く鮮明に聞こえた。
向こうから現れたのは三人の女性。
一人目は赤い長髪の子供。しかし可笑しなことに「か弱そう」などとはちっとも思えないような雰囲気を纏っていた。実際、その右手には燃える剣――――恐らく魔剣だろう――――を手にし、無表情でこちらを見つめている。
二人目は青い髪でふわっとしたウェーブかがったショートボブの、少々長身の女性。外見はおっとりしているがなぜだろうか、危険な匂いしかしない。その手には何もないが、両手の指に一個ずつ指輪を嵌めている。すべて青い透明な宝石が埋め込まれた逸品だ。素人目でも高級なのがわかる。
三人目は、これまた不思議で、中性的な顔立ちの金色長髪の女性。体つきは細く、外見からは少しひ弱そうな印象が伺える。右手には黒い長剣、左手には微細な装飾が施された拳銃を持っていた。中々珍しげなスタイルだが、なんでだろうか。すごく不機嫌そうな雰囲気を身にまとっている。表情もなんだかぎこちない。
「は、はい……大丈夫です」
「そうですか。よかったな……いや、よかったです」
「へ?」
「何でもないですよぉ~」
随分とヘンテコな三人組だ。
そんな失礼なことを思ってしまった俺は、間違いなのだろうか。
――――――
状況を整理しよう。それがいい。
まず俺たちは近くの森で野宿し、数時間ほど寝た後『大地の塔』へと入った。
予想通り、『塔』の前にはかなりの数の探索者たちがキャンプを作り、取引や換金などをしていた。
なぜ『焔火の塔』で後者が行われなかったのかというと、やはり環境の違いだろう。
『大地の塔』は文字通り普通の塔だ。円柱状の、シンプルな。だがその周りには城下町と呼ぶほどの巨大な建築物たちが立ち並んでいる。ほぼ全部が石造りだが意外に頑丈なため、探索者たちがそれを利用してアイテム販売所や休憩所などを設置しているのだ。ある意味大助かりだが今の俺たちの取っては手厳しい警備に他ならなかった。
そのため渋々とリザの提案を使った。
非常に不本意だが、非常に不本意だが、乗るしかなかった。
俺を女装させるという方法に。
(……ふざけてやがる)
とんだ悪ふざけだと思ったが、別にそんな本格的なものでもなくただウィッグを被せ軽い化粧をし、変声用の水薬を飲むだけだったので、一万歩譲ってどうにか承諾した。
結果――――効果はこれ以上ないほど抜群だった。なぜかナンパしてくる奴らもいたほどだ。
鏡を見てみても、特段いつもの自分とあまり変わらない。違うと言えば火傷の跡が消えて、義手もコーティングされて生身の腕にしか見えないぐらいか。
リザの腕がいいだけと信じたい。
決して自分が女っぽくないのだと信じたい。
実にふざけている。
左手で顔を抑えながら長剣状態のイリュジオンを腰のベルトに挿み、倒れた男性の手を掴んで立ち上がらせる。
「あ、ありがとうございます。本当にありがとう!」
そう頭を下げられながら言われると、どう言い返せばいいのか。
「別に、見かけたから助けただけですよ。気にしないでください」
「いや、しかし……」
「私たち先を急いでるの。別にお礼なんていらないわよ」
冷たいルージュがそう言ってさっさと立ち去ろうとする。炎の現身のくせに冷め過ぎだとツッコミを入れたら殴り返されるのだろうか。
「えぇ~? 俺ぐらいは貰っておきましょうよぉー。あちら側にも失礼でしょう~?」
「るっさいわね。どうせこんな階層でうろついている探索者からもらえる物なんてそれこそ……あ、いや。なんでもない」
「さりげなくすげぇ事言うよなお前……」
頭を掻きながら、とにかく適当な弁明でもしようとするが、どんな言葉をかけるべきなのはあまりわからない。お礼が要らないと言ってもあちら側は渡したいそうだし、素直に受け取ってもぶっちゃけ荷物にしかならんだろうし。
「ん~……じゃあ、少し道中付き合っていただけます?」
「へ?」
なら一時的にパーティを組んだ方がいいだろうと判断しそう言い放った。
はっきり言ってお荷物だが別に守りながら戦うこと自体できなくもないし、変なもの貰うよりは丁度いいだろう。危険だったら適当な階層で別れれば問題は無い。
「はぁ……では、どこまで」
「そうですね。まぁ、離れたい場合はそちらで言ってくれれば安全地帯で別れますよ」
「え、いいんですか?」
「別に貴方たちから金を巻き取ろうなんて思っていませんし」
いない方が良さそうだと言って突っぱねた方がいいと思うが、それでは後味が悪い。
それに変に悪印象植え付けてしまえば怪しまれかねない。
「あ、別についてこなくてもいいですよ」
「……ず、随分大雑把なんですね」
「進む先に誰かが居ても蹴飛ばして進む性格なので」
「……」
とまぁ、居ないものとして俺は硬直している三人組を無視し進み始める。
リザは相変わらず俺の腕にしがみ付いてくるし、ルージュは索敵のため先行している。ある意味これでいいのだろうが、リザ、お前は離れろ。
そう言っても聞かないだろうけど。
やがて数秒後、後ろからバタバタと足音が聞こえ、俺たちの真後ろに先程の三人組が付いてきた。
本当についてこなくてもよかったのだが……。
「あ、あの……名前を聞いても」
「…………あー、ルクス、とでも。あと、敬語とかいいですので」
流石にリースフェルトなどと名乗ったら不味い。かといって本名を持ち出すわけにもいかなかったので、適当に思い付いた名前を口に出した。ルクス……確か照度の単位だったっけな。
「えーと、じゃあルクスさん。俺たちはアンタに恩を返したい。何か、欲しい物とかあるか? できる範囲なら何でも用意する」
「……欲しい物、ね」
無い。
断言しよう。
こいつらができる範囲で用意できる物に、俺の望んでいるものは、無い。
はっきり言って不快だ。
軽々しく他人の望みを叶えようとするやつなど。
それはもはや、その者への侮辱とでも言っていい。
――――お前に用意されてもちっとも嬉しくないんだよ。
そんな気持ちが殺気として洩れ出し、気づいた時には三人とも表情が強張っていた。
やってしまったと思ったが、このまま逃げていくならこちらとしても都合がいい。
しかし予想とは反して三人は逃げなかった。
先程俺が撃った魔法で、俺の実力は大体わかっていたからだろうか。
「すいません。少し昔を思い出してしまって。あと、何もいりませんよ」
「……では、囮を――――」
「やめろ」
「!?」
「私の前で『囮』なんて言葉二度と使うな。――――『生きてここから帰れ』それが私が貴方たちに望むものです」
危なかった。危うく素の面が出てしまうところだった。
自分以外の仲間の自己犠牲など、俺は断じて許さない。
傲慢で身勝手なのは重々承知だ。――――それよりも自分がもうこの三人組を『仲間』として認識してしまっていることに驚いたが。
「わかり、ました」
「ついでです。貴方たちを鍛えてあげましょう。ああ、じゃあ私たちと一日だけパーティを組む。というのはどうでしょうか」
「え? それなら、まあ」
「はい。互いに納得したところで、早く進みましょうか。私たちの目的地はまだまだ先なので」
作り笑顔だが、今できる最大の笑顔を見せて俺は先に進んだ。
その間に皆が自己紹介を始める。まずは三角帽子を深く被った少女から。
「ラーナ・フェシィ。占星術師。十五歳……よろしく」
ラーナと名乗る少女は照れ隠しなのか、それともこちらに対して不信感を抱いているのか、さらに三角帽子を深く被ってしまう。あまり気にする必要はない、か。
次にピンク髪の少女だ。
「はーい! フィスラム・アーヴェでーす! 因みに十七歳です、よろしくぅ!」
「え? 十七?」
「それって件の永遠の十七歳と名乗っている二十歳越え――――」
「誰が何と言っても十七歳でーっす!」
「お前確か誕生歴と逆算すると二十一――――」
「乙女の秘密をバラすなぁぁぁぁぁぁっ!!」
サバ読んでいるフィスラムは自分の秘密をバラしたブラウン髪の男を持っている杖でバシバシ叩くが、効果はあまりないようで男の方は「すまんすまん」となだめようとしている。
仲がいいのか悪いのか。
そして三人組の最後で唯一の男性が自己紹介をする。
「ハルス・ヘンデュル。二十二歳だ。よろしく」
「よろしく」
手を差し出してきたので、失礼が無いように握り返す。
どうやらかなり常識人のようだ。ある意味癒しと言っても構わない。こんな奴らと何時間も一緒に居たらストレスで胃が可笑しくなりそうなのだから、ここで常識人は助かった。
「……ルージュ。よろしく」
それだけ言ってルージュは向こうを向いてしまう。人見知りではなく、単純に付き合いが悪いだけか。
本人の過去はあまり詮索しないようにしているので、特段注意することは無かった。
「はぁい。リザ・ネブラでぇす。ちなみにぃ、ダーリン以外の人とはあまりしゃべらないのでぇ。あしからず~」
妙に語尾の伸びた口調でそう言うと、リザは俺の首筋をペロッとなめる。
虫唾が全身を駆けまわるが、我慢だ。胃に穴が一個ほど開いたような気がするが我慢だ。
「……ダーリン?」
「わ、私の、愛称です。主にリザからの……」
「というか、同性愛者?」
「ちがいますよぉ」
「どういうこと?」
「あまり細かい詮索はしないで頂けると助かります……」
「あ、はい」
何というか、隠そうとしないせいでこちらの胆が冷える。
こいつ味方なのか敵なのかだんだんわからなくなってきた。まさか俺の胃に大量の穴をあける作戦でも考えたのか。だとしたら効果は抜群だな、オイ。
「えー、ルクス・イルミネイトです。……よ、よろしく」
軽い胃痛がしてきて、胸を抑えながらどうにか自己紹介を終える。
遺憾ながらどうして今まで自分がストレスを感じなかったのか不思議てたまらない。
恐らく意識していなかったのだろうが、意識し始めると途端に強大なストレス(八割リザのせい)が襲い掛かってくる。冗談抜きでいつか倒れてしまうだろう。
何としてもことが終わるまで持って見せねば。
……胃が痛い。
「……さて、守護者さんは、もう気づいたかな?」
土色の天井を仰ぎながら、苦笑いでそう呟いた。
――――――
(……ようやく来たか)
薄笑いを浮かべながら土の守護者、サルヴィタール・ヴュルギャリテは女装した結城を見つめていた。そこには悪意は一切なく、ただ「面白い」という感情があるだけ。
純粋で誠実な、ただの子供心だった。
(しかし女装しているのは……なんだ? 趣味か? しかもなんか似合ってるし)
興味深そうにサルヴィタールはジロジロと結城の女装姿を見ながら、ダンジョンの構造を少しだけ操作する。
別に彼らにわざと強敵を当てようとしているのではない。逆――――少しばかりのサービスを与えようとしているのだ。予定通りに進んでくれたら、の話だが。
「ま、この際細かいことはどうでもいいや」
打撃痕が残っている胴体をさすりながら、実にいい笑顔でサルヴィタールは言う。
「まさか精神体に影響を及ぼすとは……結局何だったのかはよくわからないままなんだけど、もうそんなこといいや。やるなら最高の遊戯にしてもらうよ、お兄さん」
クックッと我慢できないように笑いを漏らす。
彼は今『土の守護者』ではない。
――――かつて【下賤な使用人】という異名をつけられた、百年前の大犯罪者にして戦闘狂なのだから。
「私は只の使用人だった。ただちょっと、悪戯が好きなだけの。まぁ、やり過ぎてこうなってしまったんだけど、ね」
片手を胸に添え、祈るように、瞼を閉じる。
瞬間、地面から茶色の粒子が浮かんでくる。最高の舞台を用意するために。
「《形成、準備。》――――《我が守護の力よ天へと昇れ。鋼の盾で私を護れ。》」
右手を地面に叩き付け、魔法陣を展開。
地面が隆起し変形しながら、やがて壁に囲まれ複雑な凸凹地形の部屋が出来上がる。さらに地面から泥のような何かが五つ集まり、ボコボコと音を立てながら何かに変わっていく。
「《生み出すのは分身。土の人形よ、我が命令を聞け。敵を倒せ。たとえ悲鳴が聞こえようともその手を止めるな、潰し殺せ。それが私の命令だ。聞かない奴は死に値する。踊れ土人形。我らの目指すべき場所は無い。欲するは快楽》!」
泥がはじけ、中からサルヴィタールと全く同じ姿をした土人形が出現する。
その全部が笑っていた。
まるで狂気と歓喜が混ざり合った泥沼にでも浸かっているかのように。
その本人も同じく口角を限界まで吊り上げる。
「《凱旋せよ。》――――《悪戯好き達の贋作聖域》!!」
ここに偽の聖域は完成した。
彼にとって最高の舞台が、今整った。
さて、主人公はこの先何度女装する羽目になるやら。




