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第四十二話・『英雄の可能性』

 金属同士が悲鳴を上げる音が、森の中で何度も響く。濃霧が異様に晴れているこの空間、視界が確保されているためさしたる影響は出ないが、それでもかすかな五感狂わせの効果はまだ残っているようで先程から感覚が薄い。

 だがそんなもの、あまり意味もない。

 目の前のこいつを叩き潰せる強さが確保されているなら、それにもはや意味などない。

 黒剣を振ると、ロートスは銃剣部分でそれを受け流しこちらに銃口を向けるが、それをもう一方の刀身部分ではじき、水を流すかのようにスムーズな動作で体を軸に回転。遠心力を乗せ、流れに乗らせながらイリュジオンの双頭剣ツインブレード形態での一撃。

 率直に言うと、分けて使った方が使いやすい。だが双頭剣ツインブレードというものは奇妙なものだ。リズムに乗って体を動かし、体全体を使って振ればなぜか威力が増す。しかも勢いを殺すことなく次の攻撃へと移行できるのだ。棒術の応用性も高いおかげで、今絶えずに攻撃を繰り返せる。一撃にして二撃。初撃で相手を油断させ次手で仕留める、特殊で癖の強い武器。

 ある意味使い手を選ぶが、それでも使いこなせば半端な武器よりかは強力になるだろう。

 しかしイリュジオン――――伊達に魔剣の名を冠してはいない。

 真価はまだまだ発揮すらしていない。

 こいつが幻想イリュジオンと呼ばれる所以。それはこいつが不定形だからだ。俺の記憶次第でどんな武器にも姿を変えられる。(さすがに見たこともない武器は無理だが)さしずめ水の様に不定で、鋼のように固い。伸縮自在の魔剣『ミゼリコルド』の上位互換と言ってもいい。さすがに一キロという近接武器にしては破格の攻撃範囲は無いが。しかしまだ手を見せるわけにはいかない。

 奥の手は最後まで取っておくものだ。


「――――ハァッ!!」

「ゲヒャハハハハハ!! 楽しィなァやっぱ戦いはァァァアア! そう思わねェかリースさんよォ!」

「お前は喋り過ぎる!」


 攻撃途中でイリュジオンを双剣状態にし、一歩踏み込む。

 懐に入っての高速攻撃。銃使いには厳しい白兵戦をこいつは難なくこなしているが、想定外の距離からの攻撃は防げるはずがない。

 まず一撃目、下段からの斬り上げ。銃剣により防がれる。だが二撃目の左上段からの袈裟斬りが繰り出される。それももう一つの銃剣で防がれる。

 想定内だ。

 ロートスの両腕を武器ごと弾き、頭突きをかます。正面から入ったことでロートスの足がずり下がる。その隙を見て重力の斬撃。巻き込まれれば空間ごと削り取られる即死の攻撃がロートスへと飛来する。

 それでも流石に簡単には受けてくれず、紙一重で回避。服の一部分を削っただけに終わり、はるか遠くで黒い斬撃は霧散する。


「――――が…………っは!?」


 激痛と血液が大量に逆流してくるのを感じる。

 抵抗するも空しく口から血液を吐き出した。激痛の方も尋常ではなく、胸を剣で何度も刺されているような痛みに襲われる。当然動きは完璧に止まる。その隙を見逃してくれるようなロートスではない。


「オラ休んでる暇ねェぞ!! スピードシューター/幻影弾丸ファントムバレット!!」

「糞がッ……!」


 かつて見た幻影の弾丸が無数に放たれる。

 だがあの時の俺は、今の俺とは比べ物にならない。即座に反重力を発生させて前方に斥力場を張る。

 姿がおぼろげだった弾丸は、薄い紫色の膜の手前で止まり、そのまま地面に落ちてその姿を現す。恐らく俺にとって遠距離攻撃はほぼ無意味と言っていい。

 完全に無意味、ではないが。


「ご、がぁ……あぎっ」


 今度は肋骨が軋みを上げ、再度口から血が這い出てくる。

 何なんださっきから。何が起こっている。

 能力の反動? いや、そんなわけがない。今までそんなことは一度もなかった。なぜ今になって急に。


「おーお、毒が効いてきたみたいだな」

「てめ、え……毒を……!」

「一応無味無臭無色でな、霧にしてお前に吸い込ませていた。……当然、俺も吸ったがよ――――おゴッ……!」


 言い切ってロートスも血を吐く。

 一体何がしたいんだこいつは。


「魔力逆流剤つってな、魔力を使うと流れが逆流する仕組みになっている。魔力が逆流すると身体バランスは一時的だが崩れて、仕組みは知らんがかなりヤベェダメージを喰らうんだよ。俺が望むのはなァ……正面からの、こんなふざけた能力なしでの勝負なんだよ。わかるか? 変な小細工使ってないで正面からこいや糞が」

「ふざけ、やがって……!!」


 現身の力で傷自体はすぐに治る。しかし俺とて痛覚が存在しないわけではない。

 こいつのくだらない遊びに付き合っている暇は無いんだ。さっさと決着をつけるべく、左腕――――義手の中にある装置を指を滑り込ませてスイッチを入れることで起動。魔力精製炉マナレフィニング・リアクターなるものを起動する。

 瞬間、周囲の気体を吸い込み始め、魔力を噴出し始める。……これはおそらく身に着けたものの魔力量を底上げする装置なのだろう。この場ではあまり意味は無いが、義手に埋め込まれている機能を使うには不可欠だ。

 正面に敵を見据えて、中指を軽く後ろに倒す。すると義手の装甲がスライドして中から何かの機械のようなものが露わになる。――――魔力生成式仕込み剣。俗にいうビームサーベルのようなものである。

 青い粒子が集まったかと思いきや、五十センチほどの光の刃を形成した。重さは無く扱いやすい。


「へェ、面白いもん持ってんじゃねェか」

「おかげさまで得た物だよ糞野郎が」


 義手から引っ張り出した魔力推進装置マナブースター起動用のコッキングレバーを引く。即座に肘のあたりから魔力が噴出。腕が次第に振動で震えてくる。


「はぁぁぁぁぁっ!!」

「アッハ、面白くなってきたじゃねェかよオイオイオイオイ!?」


 地を蹴って、推進装置ブースターの勢いに乗りながら一気に距離を縮める。本当は縮地を使いたかったのだが、こいつに出すほどアレは軽い業ではない。

 双頭剣ツインブレード状態に戻したイリュジオンを肩に担いで攻撃態勢に移ると、ロートスはこちらに数発撃ちこみながらこちらに突進。中距離型だと言うのに白兵戦を選ぶとは愚の骨頂。しかし腐っても銃剣、先ほど俺の攻撃をさばいたことからこいつの白兵戦能力は低くは無い。

 だが高くもない。意表をつけば、簡単に崩れる。

 肩に担いだイリュジオンを、完全なる間合いの外から全体重を乗せて左上から右下にかけて振る――――寸前、イリュジオンを槍へと変化させる。それにより間合いは二倍近くまで伸び、結果ロートスの肩に浅く触れた。あちら側からも突っ込んできているので、このままいけば胴体を串刺しにできる。

 流石にそこまで馬鹿でもなかったようで、ギョッとしながらすぐにバックステップしていったが。それを許さず追撃。口答えする暇さえ与えない。


「まっ――――クソッ、武器変えるとか卑怯だぞゴラァッ!!」

「一々うるっせぇんだよ少しは黙って馬鹿みたいに銃ぶっ放してろ!!」


 さにかと先程から文句の多いロートスを罵倒しながら、左腕で逆袈裟斬り。魔力で形成された刃はロートスの服を切り裂き顎を撫でるだけで終わるが、まだまだ攻撃は終わっていない。右手に持つ槍を高速で突き出し、首に向かって突き立てようとする。


「チィッ!」


 だが首をずらされてよけられ、首の皮を切っただけで済んだ。

 ニヤッと自分でも抑えきれない笑みを浮かべる。それに嫌な気配を感じ取ったのかロートスは背中をのけぞる。瞬きしない間に槍は大鎌に変化し、先ほどロートスの首のあった場所をなぞるように過ぎ去っていく。

 たっぷりと冷や汗をかいたロートスは俺の顎に向かってサマーソルトキック。それを軽く避けて仕込み剣で斬りつけようとするも片手での逆立ち状態に移行したロートスの射撃により退避を余儀なくされた。

 一旦距離を取って立て直しを図る――――わけもなく一歩踏み込んで、仕込み剣をしまって拳を突き出した。正常な態勢に戻ったロートスはそれを銃剣一つで防ぎ、もう片方で連続射撃。それを大鎌から盾へと形状変化させたイリュジオンで受けとめる。


「いいねェ! 前の死闘を思い出すよハハハハハ!!」

「お前……入院していたくせに、前より強くなっていないか? トーピングかおい」

「んなわけあるか馬鹿が。封印の指輪二個ほど外したんだよ。前より二倍ぐらい強くなっているはずだが……いやはや、この短期間でこれほど強くなっているとは予想外にもほどがあるぜェお前さんよォ」

「封印の指輪だと?」


 何だそれは? と聞きたそうな俺の心情を察したのか、鍔迫り合いに似た状態のままロートスは重要情報をべらべらと喋ってくれる。口が軽すぎて自分の秘密は一生教えられそうにない奴だ。


「封印石っつー錬金術師アルケミスト共が作り出した抑制剤みたいな宝石を埋め込んだ指輪だ。指輪に埋め込むぐらい小さなサイズでも、人によるが最低でも-20レベルは見込める。聖杯騎士団の実力者たちは大体これを二、三個身に着けている。日常生活を苦無く過ごすためにな」

「……強すぎるのも問題ってわけか」

「そりゃ、俺もこの状態でガラス製品なんか触ったら簡単に砕いッちまう。それを防ぐための封印の指輪だ。ああ、因みに前戦ったときは一個ほど外していたなァ」

「要らないことを聞くが、あと何個身に着けているんだ?」

「ハン……あと六個ぐらいかねェ。そうそう、言っておくが俺の本来のレベルは172だ。50超えるやつらは基本的に装着を義務付けられているからなァ。本当は全部外して戦いたいんだけど――――なァッ!!」

「くっ…………!!」


 拳を弾かれ、盾を蹴られて後ろに押されるも転ばず踏ん張って突進しようとするも、前方からの銃撃。

 今度は背後からのレーザー。体験済みの業のはずだが――――前より数が倍になっていた。


「パニッシュレーザー/次元連撃ミリオンディメンション第二限(The Sec)定解放(ondType)――――ごぶはぁ、ハハハハハハッ!! 綺麗に捌いて見せろよォォオ?」

「無茶苦茶言うなぁこの糞餓鬼が……!」


 ――――『超過思考加速オーバーアクセル』起動。脳のリミッターが一時的に解放され、身体能力と思考速度が劇的に底上げされる。代償は脳の疲労と体の疲弊だが死ななきゃ安い。

 しかし継続して使ったら最後脳が一時的に停止してしまう。それは間違いなく死に直結するため、途切れ途切れに使用する他ない。一番安全な策として、まず盾でレーザー群を防ぐ。しかしレーザーは自分の背後からも飛び出してきた。あの時はロートスの後方からだけだったが、どうやら今回は場所の指定ができるらしい。何とも面倒な技だ。

 手を後ろに回し義手に力を込めて魔力外殻発生装置を強制起動。魔力で作られた膜が、手の向けられた背後に展開される。レーザーはその膜に当たると貫通はさすがにせず、湾曲して向こう側に飛んでいく。反射ならある程度応用が利いたのだが、さすがにそれは贅沢か。


「テメェなんで魔法使えるんだよッ!?」

「機械に毒が効くか馬鹿が」


 魔力を使っているのはあくまで『機械』である義手。生産しているのも義手。俺が魔力を操作したり消費しているわけではないのであの魔力逆流剤というふざけた毒の効力は発動しない。機械に人のための薬品が効くわけがない。

 ロートスの文句は無視し、盾形態を解除してイリュジオンを長剣ロングソードへと変形。魔力推進装置マナブースターと先程軽い業とか言っていた縮地を同時に使い、たった一歩で二十メートルは開いていた距離を一瞬で縮める。さらに『疑似重力フェイクグラビティ』によって自身の重量を軽減させ、速度を更に上げながら突っ込む。血反吐を吐きながら目と鼻の先まで接近。

 銃剣による射撃や飛んできたレーザーは全て斬った。右手にあるイリュジオンを振りかぶることなく突き出す。鋭い一撃が繰り出されるが、そんな単調な攻撃を熟練者が喰らうはずもない。綺麗に受け流され、勢いのまま俺はロートスの脇をすり抜ける。


「――――残りの右腕、もらうぜ」

「ほざけ阿呆が――――もらったのはこっちだよ」


 イリュジオンを柄を軸にして回転させ地面に刺し減速。同時に魔力推進装置マナブースターを限界まで駆動させ推進力を最大にまで引き上げる。左足で踏ん張り、地面に刺したイリュジオンを軸に体を半回転――――歯で超小型高振動発生装置マイクロヴァイブレーションデバイス起動用のピンを引っ張り、起動。

 絶句しているロートスには、慈悲の一欠けらさえかけない。

 振動という人体を容赦なく破壊する力が、速度、力、質量という破壊の種と融合し生物に対し絶大な威力を持つ必殺の一撃が、ロートスの脇腹へと撃ちこまれた。

 振動による共振破砕。互いの振動を際限なく増幅、暴走させることにより分子結合を破壊、憤死で構成されている人体細胞の自己崩壊を促すその一撃は、問答無用でロートスを瀕死にまで追い込む。


「……っは……ぁ……!!??」


 その超振動によりまともな声さえ出せず、ロートスはそのまま数メートル吹き飛ぶ。

 途中でばら撒かれた自己崩壊した細胞、そして傷口は、見ていてとても痛々しい。しかし、それだけだ。可哀想だとはちっとも思わない。なにせ、自業自得だ。


「がほ、っ、ぎ、……って、ェな……クソ……ッ」

「だろーな。再生はたぶん……病院に行けばできるんじゃねーの? どうでもいいけど・・・・・・・・

「は、ハッ……外道、がッ」

「お前にだけは言われたくねぇよ……」


 慣れた手つきで人を殺そうとするやつが人を外道呼ばわりとは、とんだ皮肉だ。

 否定はしないが。

 イリュジオンを元の形態に戻し、義手の機能をすべてオフにして倒れながらももがき続けているロートスのもとへと近づく。


「…………馬鹿が」

「お前もなァ……ッ、最後の最後に、油断しやがって……!!」


 気づけば、ロートスは手袋を外し数ある指輪を歯で咥えていた。おそらく指輪を外して、封印されているステータスを上げるつもりだろう。

 当然させないが。

 槍形態に変形させたイリュジオンを即座にロートスの腕に刺す。そのままひねりながら地面へと繋ぎ止めた。


「容赦ねぇなァ」

「うるせぇよ……さっさと、死ね」


 槍を素早く抜いて、ロートスの胸へと突き刺す。

 寸前、それは起こった。

 地面に線が入ったと思ったら、開いた・・・。向こう側は紫色の変な模様が景色として存在している異空間。そこにロートスは引きづり込まれ、すぐに閉じる。

 おかげで槍は空しく地面へと突き刺さった。


「――――元気そうね」


 代わりに、背後から久しぶりに聞いたような声がした。

 嫌々と振り向くと、赤毛の女性が纏った外套を翼の様に変形させて羽ばたきながら、右手に大鎌、左手にロートスを持っているにもかかわらず重量など関係ないと言うかのように滞空していた。まるで空に浮かぶ妖艶な悪魔。ただ俺は憎々しげな眼を向ける。


「久しぶりだな、レヴィ・オーラリア・ヘンシュヴァルド。『焔火の塔』ぶりか」

「随分と鋭くなってきたじゃないリースフェルト・アンデルセン。あの人の見込み通り……ってことなのかしら」

「ハッ。やっぱりアイツの差し金か。で、なんだよ。また俺は戦うのか?」


 肩をすくめて軽くそう言うと、レヴィは残念そうにため息を吐きながら目を細める。


「残念ながら『手を出すな』って言われてるの。命令違反は、できればしたくないわ」

「あっそ……。じゃあ、さっさと帰ってくれ。アンタの顔は見たくないんだ」

「……そう」


 レヴィは素直に、大鎌を一回振り空間を裂いてどこか別の場所への扉を開いた。

 できれば、アレを手に入れ帰還の為の研究したいたいものだが。……今挑んでも、勝てる相手ではない。確実に。

 あ、とあることが頭に浮かんだ。

 どうせならと、レヴィを呼び止める。


「おい」

「………………?」

「アンタんとこの騎士団長に伝言だ。いいか?」

「…………お好きに」

「『アンタの思惑は全然解らないが、俺は俺なりの対応をさせてもらう』」

「……」

「それと、『戻ったら一発殴らせろ』。ってな」

「――――フッ」


 それが嘲笑なのか微笑なのかはわからなかった。

 赤毛の死神は静かに消えてゆく。

 後に残ったのは、無機質な静寂と空しい勝利。後悔は無い。あるのは無。


「……行くぞ、二人とも」

「ええ」

「はぁ~い」


 果たして、俺の進む道に楽園はあるのだろうか。

 無い、と断言することはできない。

 有る、そう断言することもまた不可能。

 答えは神のみぞ知る。

 しかし確実に言えることは、俺の楽園は遥か彼方の過去で消えてしまった。

 生まれた時から、消えてしまった。


「………………ああ、糞が」


 俺は両親の愛という楽園を、失ってしまったのだ。

 何の違和感もなく、順調すぎるほど。


「……何考えてんだか」


 我ながら下らないことを考えたものだと自嘲し、炎の翼を顕現させた。毒も効力を切らしたのか、体には何も異常は起きなくなる。

 ……楽園、か。

 下らない空っぽな妄想だ。



――――――



 空間移動した先は、病院であった。

 ロートスの傷から見て、この程度なら数時間すれば再生可能だ。ただし高速再生治療は激しい痛みを伴うが、そんなことで一々文句を垂れるほどロートスは軟弱ではない。

 地をぽたぽたと垂らすロートスを脇に抱えながら、こちらを見て目を丸くする患者や職員などを無視してレヴィは突き進む。


「余計、な……事、しやが、って……」

「貴方に死なれるといろいろ困るのよ。後処理が面倒だし、何より騎士団長はそれを望んでいない」

「……結き、ょく、エヴァン絡みかよ……純情気取りの老婆が……」


 煩くも罵倒を垂れながら、ロートスは体の力を抜く。

 呆れ果てたのか頭を抑えるレヴィ。本心はそこら辺に投げ捨てたい一心なのだが、しない。

 あの人の望みを裏切ることになるのだから。


「それで、死闘は楽しめたかしら?」

「は、ハッは……ヤベェよ、あのリースってヤロォ……! たった一週間で俺が二年で積んだものと同じものを得ていやがった……あれがうわさに聞く【英雄の器エインヘリヤル】ってやつか?」

「認めたくないわね。そんな非凡な者が今の今まで姿を現さなかったという事実」

「謎は、そこだ……んでアイツは、こんなにも時間があったっていうのに、あの時俺に引き分けやがったんだ。十年以上……訓練を積み重ねて、きたなら、……とっくの昔に俺を超えていやがる筈なのに」

「まるで、途中でズルでもしたみたい。そうでも言わないと信じられないわ」

「……エヴァンのヤローがあいつを狙う理由が、少しだけわかったぜ」


 残念ながら、レヴィもそれに同感せざるを得なかった。

 生物の中でまれに『素質』というステータスが50.00に達する者がいる。基本的に人間は1.00から5.00。基準値自体は種族によって大きく違うが、人間の身で10.00を超えれば『天才』と謳われる。

 だが上には上がいる。

 極稀――――ほぼ天文学的な確率で【英雄の器エインヘリヤル】と呼ばれる種、通称【英雄達の魂杯エインヘリヤルズ・アニマ】と呼ばれる『化物』が生まれることがある。基準として、49.99という壁を越えれば、問答無用でそう評される。

 当り前だ。

 49.99という数値は竜神ナーガという最高位の三次元生物の限界値であるのだから。

 事実、【英雄たちの魂杯エインヘリヤルズ・アニマ】は現状確認されているだけでたった十人・・。EXランカーと呼ばれる世界最高峰の怪物達が到達している、生物としての極地。十人もたどり着いていれば上等すぎるというものだろう。

 自己申告だが、確認されている『素質』ステータスの最高数値は獣人ユリウス・アルシリャファミリアの89.99。それが、新たな壁だ。

 しかしすべてのEXランカーの数値が確認されているわけではない。未だに不明なままなのは、

 【鋼鉄の守護英雄ガリュプス・プラエシデュムへロイス】エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン、

 【黒紅色の血狂魔人ソルディダ・ウェルニークロ】スカーレット・オルカ・エへクシオン、

 【無敗なる永劫の敗者アエテルニタス・ウィークトゥス】ルーザー・クリサンテモ・レスレクシオン、

 【愚者なる魔の生贄ストゥルトゥス・サクリフィキウム】レパード・サクリファイス、

 【最古の生ける伝承神話プリンキピウム・ミュートロギア】オーフェン・アポカシア・トゥルースペンドラゴン、

 【光を愛さない悪魔ファシナティオ・ディアボルス】プロフェシア・メフィスト・シルバーゴスペル、

 【虚無なる無形の仮面フィーニスニヒル・モヌメントゥムス】ゼロ・ルジストロル。

 実質ほとんどの者が自身の実力を秘匿していることになる。

 ただ、エヴァンだけは格別なのは例の『最終戦争ラグナロク』での一件での功績のせいで隠しようがないのだが。


「新たなEXランカーの誕生の兆候――――嫌な冗談だわ」


 EXランカーというものは、下手な戦略兵器より比喩無しで危険すぎる代物だ。

 例えるなら『闊歩する星殺しの生物兵器』、『その場にいるだけで強大な抑止力となりえる物』、『第二次最終戦争セカンドラグナロク勃発のトリガー』――――はっきり言ってしまえばこれ以上EXランカーが生まれることは、世界のパワーバランスを大きく崩すことになる。

 しかも無所属。星殺しの兵器が野に放たれたも同然になる。それだけは何としても防がなければならない。

 レヴィは歯噛みしながら緊急治療室の扉を蹴破り、聖杯騎士団団員にのみ使用を許された特別高速治療カプセルにロートスの体を放り込む。

 漆黒のパネルに他を叩き付けるとスキャンが行われ、カプセルに青色の透明な液体が注入される。


「……エヴァン、あなたが何をしようとしているのかはわかりませんが」


 唇から血を流すレヴィは、祈るように呟く。


「私は一生、あなたに仕えたいと思っています」


 断固とした意志を持ってそう言い放つ。

 その意思は確たるものだ。

 自分以外の誰にも断つことなどできない。それが、愛と言うものだ。



――――――



 地表から約五千メートルほどの上空で、三つの物体が時速三百五十キロで飛翔している。

 そのうち二つは背中から炎を吹かし、翼のようにして飛んでいる。

 最後の一つは――――俺の胴にしがみ付いていた。


「……なぁ、すげぇ邪魔なんだけど」

「もぉ~、照れちゃってダーリン♪ かーわーいーいー♪」

「凄くうぜぇ……」


 肉体を流体化したリザは俺の前身に絡みつき、関節の駆動を制限したと同時に俺と密着していた。

 する側にとってはこれ以上ないほど嬉しいだろうがされる側からしてみれば傍迷惑そのものだ。しかしハイリスクハイリターン。これをさせることでリザという守護者ガーディアンを味方につけている。

 それを理由に今、どうにか我慢している。

 もしそんな関係ではなかったら今すぐにでも力ずくで引きはがしているところだ。


「……まったく、似てるとこは似やがって」


 このしつこさ、甘えっぷり――――美影篠嵜みかげしのかに実に似ている。

 一瞬その影が重なり、顔を顰める。違う、こいつはあいつじゃない。

 クソッ、疲労で頭がどうかしたのか。


「リース、それでどうやり過ごすつもりなの?」

「は?」

「貴方今追われてる身なのよ? 指名手配が出回っていてもおかしくないわよ。そして『塔』は罅探索者たちが出入りしている場所。やられはしなくとも通報されて今後動きにくくなることは間違いないわよ」

「……忘れてた」


 あまりにもいろいろあり過ぎてそこを考慮していなかった。

 かといって今から案が出てくるわけもない。どうせ今日は朝までどこか隠れられる場所で過ごすつもりだったが、『塔』に行くことは避けられない。

 なら『塔』に行かなければいい。などという考えは許されない。もし『土の守護者ガーディアン』を倒し、『土の現身』の力を手に入れられれば今後の行動はぐっと楽になる。少なくとも生半可な相手なら軽く蹴散らせるだろう。

 リザという強い見方もいるが、こいつもいつまでついてくるかわからない。今のうちに自分だけの力を得ないと――――確実に後がなくなる。


「うーん……」

「……リザ?」


 リザが唐突に俺の顔をじーっと見つめてくる。

 なんだろう、嫌な予感しかしない。


「あっ、私いいこと思いつきました!」

「いや言わなくていい。頼む」

「聞くだけならいいでしょ。そもそも他に思い付く案がないわけだし」

「いやそうだけど……」


 俺の『危機感知』スキルが嫌なほど警告を繰り返しているのだ。

 命の危険とかではなく、もっと別の、重要な危険が迫っていると。


「ちょっと必要なものを取り揃えるために街に行ってきますね! 待ち場所は明日の朝『塔』の前で!」

「え、あ、ちょっ……」


 絡みつかせた自分の体を解くと、リザはそのままフォールダウン。時速数百キロで地面に叩き付けられるが、さすが守護者ガーディアンなんともない。

 そのまま流体化した体で、高速で移動していくスライム状の生物。実に意味の解らない光景だった。


「何だったのかしら……」

「俺に聞かないでくれ」


 ……なんだろう。過去最大級の嫌な予感がする。

 そんな無念を残しながら、俺は飛び続けた。




次の投稿は変わらず、来週の土曜日です。

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