第四十一話・『蓮の再来』
随分と昔の夢を見る。
私は生まれた時から、不思議と濃い赤色の髪を持っていた。それがどうしてかはわからなかったが、今となっては只の遺伝子操作による天使への適合強化の影響によるものだとわかるが、当時に私としてはとてもきれいに思えて、周りの皆からも随分不思議がられたものだ。
十二歳になった私は、いまだに教養施設で教育を受けていた。それが不満だとも思っていなかったし、いつの間にか日常の一部とも思えるようになってきた頃の話だ。
私は研究員から「第一適合試験に合格したから、別の施設に移ってもらう」と言われて、施設を半ば強制的に移された。それは、その頃子供だった私としてはとても不満な出来事でもあった。でも、自分をここまで育ててくれた教師に勧められたことや、研究員から知人の境遇を良くすると言われて渋々と従ってしまった。とても浅はかな判断だと思ったが、あそこで逆らっていたら何があったかわからなかった。処分か、洗脳か――――どちらにしろまともな状態にはさせてもらえ無かっただろう。
映った施設で、色々な子と知り合った。食事は前の施設より随分と良くなった。朝は固いパン。昼は豆の野菜のスープ。夜は不味いオートミールに塩に漬けすぎた肉一切れ。前の施設はよくて不味い粥、最悪腐ったパンだ。当時の私としてはまともな食事にありつけてさぞかし嬉しかったものだ。
ぼろきれの様な服ではなく、綺麗な服を着させてもらったのもうれしかった。周りの皆はとても親切だった。ここでも友達は沢山できた。いい日常だった。
何時の頃だろうか、部屋の隅で一人で遊んでいる子を見つけたのは。ある意味、あそこが私の人生の一つの転換期だったのかもしれない。
綺麗な藍色の髪を持った少女。年下なのは明確だったが、随分と暗い雰囲気を持っていた。自由時間で誰とも遊ばず、一人で真面目に部屋の隅で勉強をしている。その周りとの雰囲気の差が気になり、私はこの子の近くによって話しかけた。
「……何してるの?」
「べんきょう」
「遊ばないの?」
「……わたしには、あかるすぎるから」
あまり話したことがないのか、滑舌が微妙に悪かった。
それでもどうにか聞き取りながら、彼女の手をそっと掴む。
「でも、何時までも暗い所にいるわけにはいかないでしょ」
「……ひとりで、いい。だれも、いらない」
「人は、一人じゃ生きられないよ」
「いなくなるのが、いや。だから、つくらない」
「……私が居てあげるから。傍にいてあげるから、ね?」
出来る限りの笑顔で、私はそう言った。
ただの自己満足かもしれない。でも、一人の少女を救いたかった。
闇を光に連れ出した。
陰と陽を逆転させてしまった。
表に来るべきではない存在を引き摺り出してしまった代償は、自分が考えていたよりも大きかったのかもしれない。
私は彼女を――――アウローラと呼ばれている少女を連れ出した。
アウローラも嫌々ながらも友達を作っていった。基本一人だったが、私に言われたら素直に皆と遊んだ。不思議に思ったが、実は結構アウローラから懐かれていたのかもしれない。
……時は過ぎて、一年後。
アウローラが十歳になり、一年前より大分明るくなった頃それは起こった。
何処からともなく研究員が出てきて、彼女を連れて行こうとしたのだ。アウローラも最初は断ったようだが、研究員に促されるままどこかへと言ってしまった。結局アウローラは私たちに別れも告げられず、施設を立ち去ってしまった。
教師に尋ねると、どこに行ったのかは知らないと言っていた。
たまに来る研究員に問うと、特別な場所としか告げられなかった。せめて彼女に会いたいと言ったら、彼らは口を揃えてこう言った。
『強くなれば会える』
それから私は全力で体を鍛えた。第二、第三、第四試験を維持で突破し、施設を次々と移転しながら自分に鞭打ち鍛え続けた。第五試験――――エインシェントキマイラ/Type―αだったか。レベル189という化物を倒せと言われた時にはさすがに死を覚悟したものだ。第六試験では可笑しな薬物を大量に投与され、第七試験では妙な音を延々と聞かされ、第八試験では他の子供と殺し合いをさせられて、第九試験は脳に変な機械を埋め込まれ、最後の第十試験は、ついに体の三十パーセントを機械に置き換えられた。
これらをすべて一年で熟したものだから、今の私でも無茶をしたものだと呆れられる。
それでも、アウローラもこれをやらされたのだと思うと、口の中で苦さが広がった。実際にはもっと酷いことをされていたのだが。
そんなことをしてようやくアウローラと再会できた。彼女は休憩室という独房で虚ろな目でいた。
彼女はもう別人へと変わっていた。
あった時よりも暗い性格へと変貌しており、率直に言って誰だと最初は思った。
近くにいた研究員に問い質すと、脳改造を施されてもう理性が消えているという話だった。憤慨しようとしたが、いったい誰にこの怒りをぶつければいいのかという迷いがそれを許さない。脳改造をした研究員は話によると機密保持のためにもう処分されているとのことで、行き場のない怒りは心で静かに沈殿してしまう。アウローラの誓うにいたセラフという少女も似たような境遇で、実質私は孤立してしまった。何故こんなところに来てしまったんだという深い後悔に戒められながら。
数か月後、謎の装置に全身を繋がれた。
三次元、四次元、五次元、六次元魔法陣が大量展開し、私の体は炎に包まれた。
悲鳴を上げてもだれも止めない。味方が居ないという残酷な事実を突きつけられながら、数時間に及ぶ実験を受けた。
――――その後、失敗作の烙印を容赦なく押された。
あの実験の後、天使が憑依するはずだった。なのに、実質三割しか憑依できなかった。機械化手術と劇薬投与で三割程度しか力を引き出せなかった故に失敗作と断じられた。
結局、あの元の施設に返された。
一年の努力が水の泡と化したことで、その後は燃え尽き症候群に見舞われて、誰とも口を利かなかった。
後日、施設の中心で爆発が起こった。
空に出現した爆撃用飛行外骨格から、大量の爆弾が降り注がれた。脱出を試みた子供たちや職員たちは、壁から出てきた高性能火炎放射器で焼き払われた。
さらに壁から処分予定の職員たちが出てきて、子供と■■■し始めた。体を燃やしながら、悲鳴と狂気のランデブーには目を瞑っても吐き気が込み上げてきた。
微かに聞こえる声には、自分とアウローラの名を泣き叫ぶ声が混じっている。狂気の沙汰としか思えないその地獄で私は必死に逃げ続けた。
――――どうしてこんなことに。
胸はそんな気持ちであふれかえっていた。
どうして、なんでこんなことになっている。意味が解らない、理解できない。
胃が焼け爛れそうな感覚を味わいながら、火が少ない施設の中心へとたどり着き、膝を付く。
自分以外の物はもう全員焼死体へと成り果てていた。
口を押えるも、嘔吐に近い悲鳴が漏れ出てくる。
「ぁぁ、ぁ――――――」
皆死んだ。
仲の良かったあの子も、一緒に本を読んだあの子も、全員。
誰のせいでこうなった。
自分のせいか。
違う。
違う。
違うんだ。
私のせいじゃない。
「ァァァァァァァアアアアアアアアアアッッ!! いやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
こんな時でも青い空に向かって、啼く。
空から、赤い剣が落ちてくる。両目から絶えず涙を流しながら、剣の飛んできた方向に、視線を向ける。
そこには、壁の上からこちらを見下ろしているアウローラの姿があった。
何故彼女があそこにいる。
何故彼女は私を見ている。
彼女のせいだと言うのか。
全てが。
地に刺さった赤い剣を掴む。手が焼け焦げるが、そんなことは気にも留まらなかった。
「殺す………っっ!!」
憎々しげに、立ち去っていくアウローラの背中を見つめる。
「工房も……あいつも……全て、殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!! アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ガ、ッ、アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
手に持った赤い剣を、薙ぐ。
全てを壊して、歩を進めた。憎悪の叫びを喉から出しながら。
酷い話だ。
自分の責任を誰かに擦り付け、憎悪で百年も生き続けた少女の話。
つくづく醜い私の過去。
「……本当に、最悪」
「そうか?」
「ええ。私は弱かった。あそこで死ねば、よかった」
「人間はそんなに強く作られてはいない」
「でも、私は邪道を選んだ。生きて恥を晒して、往生際悪く今もこうして生きている」
「邪道が間違いとは限らない。それに人は間違っても生き続けるものだ」
「だけどね――――」
「それでも明日が欲しかったんだろ?」
「…………」
「復讐、したいんだろ? 代わりにすることはできないが……手伝いならしてやるよ。さあ立て。お前はここで立ち止まりたいのか? 自分の尻ぐらい自分で拭きやがれってんだこの馬鹿が」
「転んでも、支えてやるよ。だから早く戻ってこい。工房を――――潰すぞ」
「言われなくてもわかっているわよ、このシスコン!!」
――――――
「う、うーん…………」
「起きたか? 起きろ、ほら」
薄く眼を開けたことに気付き、起床を促すために軽く頬を叩いてやる。
それでも目を覚めないので、コップ一杯に居れた水を顔面にぶっかけた。
「ぶっ!?」
変な悲鳴を上げながらルージュは双眸を開いた。
「なっ、なにするのよ!」
「人がせっかく幻覚解いてやったってのに、いきなりそれはねーんじゃねーの?」
「は? 幻覚……?」
記憶がまだ曖昧なのか、薬代わりにリザの顔を間近で見せる。
瞬間、ルージュは目を丸くして無意識に拳を握って振りかぶった。
「わぁぁぁあ~~~っ!! 待って、殴らないで!!」
「こんの……よくも薬盛ってくれたわね糞あ……」
「まぁ、待て。今こいつは味方だ。安心しろ」
繰り出された拳を受け止めて、俺は事情を説明する。
今、リザ・ネブラ・シレンツィオアックアという人間――――否、水の守護者は俺と協定を結んでいる。実質緊急的な処置にすぎないが、どうにか説得し、条件付きで味方に引き入れることに成功したのだ。
その証拠として解毒薬をもらい、ルージュの幻覚症状を治している。
因みに条件とは、俺の傍にいること。俺と恋人ごっこをすること、だそうだ。非常に馬鹿馬鹿しい限りである。頭が痛くなる。
「……よくそれを了承したわね」
「まぁ、うん。頭痛い」
「でしょうね……」
俺たちはひどく疲れ切ったような顔で相槌を交わす。
ここまで来るともう一周回ってこれが正常なんじゃないかなって思う。胃に穴が開いて常時頭痛が襲い掛かってくる正常か。……死んだ方がマシなんじゃないかな。
「はーい、それじゃあすぐに女体のすばらしさを……」
「悪いけどそんな暇ない。すぐに出発しないと見つかっちまう」
「ご安心ください。『静寂なる水禍』の叡智を終結して作ったこの魔導結界『奇妙なる深き霧の森』は、余程のことがない限り決して敗れはしな――――」
――――ドォォォォォォォォン!!
まるで狙ったようにリザの言葉を遮ってその轟音は耳に届いた。
音源の距離からして、ここの建物の手前に墜落した音だ。音量からしてもかなりの大きさだ。きっと大岩か何かが落ちてきたのだろう。だがここは森のど真ん中。岩などない。だとしたら第三者の介入とみていい。つまり攻撃。
先程まで安全と大事を抜かしたリザは口を固まらせて冷や汗を流している。
それを無視してドアを開き外に出ると、予想通り巨大な何かが手前に落ちていた。形状は円柱型。パッと見ミサイルだがこんな世界にそんなものあるわけが……いや、飛行船もあるんだし、あってもおかしくはないか。しかしこんなものがあるとは、いよいよ攻撃が本格化し始めたようだ。
突然ミサイルがプシューッと圧縮空気のようなものを輩出して、装甲が開く。中身は小型のコンテナ。それを無遠慮に掴むと、ボタンのようなものを押す。
コンテナの中にあったのは、俺が持っていた魔導銃、だった。小さな紙切れと一緒に入っている。
「なんでここに……」
疑問を口に出しながら紙切れを手に取る。
小さく字が書いてあった。
『もうすぐ襲撃が始まる。今すぐ逃げろ。byロウ・パトリエージェ』
一瞬目を疑った。
ロウがこんなことをしてくれたのは予想外中の予想外だが、何より襲撃の警告。これが一番まずい情報だった。急いでここを抜けださねば。
コンテナの中にあった魔導銃を取り、乱暴にドアを開ける。
「おいお前ら、急いでここを出るぞ!」
「え? いったい何が……」
「つべこべ言わずに早く!」
空で一瞬何かが光った。
気づいた時には轟音が鳴り響き、地面が広く深く抉れていた。
遠距離砲撃が始まった。
この霧の結界は吸い込んだり触れたりしたら如何なく効果を発揮する強力な幻覚魔法だ。ただし、決壊魔法ゆえに避けられない強烈な弱点が存在する。
アウトレンジからの攻撃。それにが切っては他の魔法と並行しなければ一気にその存在に意味を無くす。かなりの極論だが結界は防衛に向いているようで向いていない。防護用結界ならともかくこんな特殊効果しか発揮しない結界に強力な一撃を叩き込まれたら終わりなのだ。今までは中心に何があるかわからないから何もしなかったものの、俺が中心に移動してしまったことで状況が一転した。
また騎士団長様が可笑しなテコ入れをして中心部に砲撃でもしろと仰ったのだろう。傍迷惑極まりない畜生過ぎるその命令、今からでも飛んで行って殴り込みに行きたいものであるが、免罪から有罪に変わってしまうので断腸の思いでそれを我慢する。
「ありゃぁ~、流石に長距離射撃は想定していませんでしたね」
「しろよ!? ここまでしといてどうしてそれをしないんだ!?」
「だって」
瞬間、リザの住宅の半分が吹き飛ぶ。しかも俺たちのいる場所だ。強大な砲弾がこちらに直撃したのだ。大きく舞い上がる土煙と破砕の際に怒った風圧で目を瞑るが、すぐに開けて状況観察する。
分厚い水の壁が、砲弾を止めていた。真正面から数メートルはあるであろう厚さの水壁に、破壊力を重視して先が平たくなっている直径12.8センチの砲弾が拉げて潰れていた。
「自分のみぐらい自分で守れますしぃ~、面倒だったので」
「……なるほどね」
水の守護者の名は伊達ではないらしい。水を操って鉄壁の防御を形成することぐらい難なくこなせるその技量。一体どこまで極めているのか。味方にしてこれほど頼もしい奴はそうそう以外が、敵に回したらかなり面倒な奴になるだろう。なんせ炎の現身である俺とは相性最悪だ。火力でごり押しするのはわけないだろうが、地理気が違いすぎる故に現状彼女への勝ち目などない。
面倒な条件を呑んででも味方にして正解だっただろう。
ちょうど次弾が飛んできたので、イリュジオンの固有能力『疑似重力』で反重力を発生させて軽く指一本で弾丸を止める。この能力、今まではイリュジオンの機嫌次第だったのでようやくまともに使えそうだ。
「早くいくぞ、ハニー」
「はぁ~い、ダーリン♪」
軽くノリで行ってみたが、言って返された途端鳥肌が全身に立った。
これは毛は一生慣れそうにない呼び方である。
遠くからはたまた轟音がする。これで計四発目。まだ懲りないか、と呆れながら足を進めようとした。
しかし嫌な予感が背中を撫でる。
直感で振り向くと、大量の大型弾丸がこちらに何千発も襲い掛かってきていた。すぐさま『疑似重力』で斥力を発生させて空間停止させる。そして刹那で向こうの爆心地から黒い影が飛び出してくる。灰色と黒のグラデーション髪。こんな特色は、知っている中で一人しかいない。
ロートス・エリヤヒーリッヒ。何度か戦ったことのある戦闘中毒者の気違い野郎である。両手に持っているのは対物弾丸仕様の黒色の二丁拳銃『プルート』&『パニッシャー』。冥王と断罪者の名を冠する凶悪極まりない、無限弾かと思うほどの弾幕を張ってくる得物である。
「……ロートス、かよ」
「いやァァァ、待っていたぜェ……ヒッ、ヒヘヒャヒャヒャヒャッ!! 待ってたんだよこの時をよォォォォオオオオオオオ!!! あァア? リィィィィィスフェルトォォォォォ……」
耳を腐らせるドロドロな声は、まるで死んでもなお這い上がろうとする罪人。
顔を引き攣らせながら、まさかと思う。
(こいつ……まさか弾丸に乗ってきたのか? 冗談だろおい正気の沙汰じゃねぇよ……!?)
まさに狂気の沙汰だ。どれだけ執念深いのか、その気持ちをもっと別の物に使ってほしいものだ。
気迫に押されて一歩ずり下がる。
「……知り合いよね」
「お前も会ったことあるだろ……クソッ、気持ち悪い奴め」
「えーと、ダーリンの元カレ?」
「次言ったら顔面整形するぞ」
冗談でもそれはやめろと警告しながら、イリュジオンを構える。
それに応えるようにロートスは両腕をだらんと吊り下げて、満面の狂喜でこちらを見て笑う。
「ひ、ヒヒヒッ、ヒヘへへへへヒヒヒヒハハハハハハハ!! ヒィィィッハハハハハハハハハハハ!!!」
「ついに頭壊れたか……元から壊れているようなものだが」
「この数日間……退屈でしょうがなかったんだよォリースフェルトすァァァアアアアアアン? リハビリ代わりだ糞がァ、一緒夜を共に過ごそうやァッハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
「……その口、二度と開けないようにしてやるよ」
実に不気味すぎるやつだ。
まったくもって―――殺してやりたい。
「お前らは下がってろ――――これは俺がやるべきことだ」
「お好きにどうぞ」
「ダーリンが言うならぁ~」
許可が出たことで、少しだけ普段とのスイッチを切り替える。
少しだけ冷静になり、両手に握る冷たい刃物の感触を確かめるように軽く素振り。それから一つに合体させ、元の形状を取り戻させる。
準備は完了。
活気は十分。
殺気も十分。
後は殺すだけだ。
「行くぞ」
「ヒィィィィヤァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
狂った傀儡と踊り始める。
どちらかが事切れるまで、永久に。それは悲劇でも喜劇でもない。
誰かが勝手にやり始めた茶番劇。
人気のない所で、馬鹿同士が繰り広げるふざけた劇場。
阿保らしく馬鹿らしく、無意味な争いでありながら意味がある矛盾した闘争。
ネジの切れたぜんまい人形と異形の人形が、鉄砲と剣を取り殺し合いをする。
誰も見ない、馬鹿馬鹿しくく下らない争い。
本当に、阿呆らしい。
――――――
「……まさか、撃った砲弾にしがみ付いて飛んでいくとは、あの糞野郎もついに人外染みてきたわね」
「あのー、レヴィ副団長。これ、大丈夫なんですか? ロートス軍団長」
「大丈夫よ。頭かち割っても死なない馬鹿よ。心配する方がどうかしてるわ」
「ひでぇ言われよう……」
聖杯騎士団一個小隊が現在、『濃霧の迷い森』の外側で高射砲12.8㎝OverOut08による長距離狙撃を実行していたころ、その責任者である聖杯騎士団副団長レヴィ・オーラリア・ヘンシュヴァルドは軽く空を仰ぎながら渋い顔でそんな会話を歩兵を交わしていた。
急にロートスが来たと思ったら、発車直前に方針を駆けあがり発射された砲弾を掴んではるか遠くに吹っ飛んでいったのである。直後誰もが言葉を失い、もはや人間を見る目をしていなかった。
当然レヴィも呆れ果てて、額を抑えながら足を組んで座っている。前から制御不能なのはわかってはいたが、まさかこれほどとは思わなかったのだ。
「いつか本当に首輪でもつけないといけないかしら……」
「ところで、副団長」
「何よ」
実に不機嫌そうな声で返すと、歩兵は顔を引き攣らせながら唇を動かす。
「あの森って、確か中心に近づくほど霧が酷くなっているんじゃありませんでしたか?」
「ええそうよ。それがなにか?」
「情報によると標的は人間らしいのですが……本当に最奥地にいるとお思いでしょうか」
「団長命令よ。私に言っても仕方のないことよ。……と言っても私はただ監視しろとしか言われていないんだけど」
「それに、いくら団長の命令でもまだ有罪と決まったわけでもない者にここまで兵を動員するなんて……私には理解できません」
「しなくていいわよ。貴方たちは兵士、本当の兵士っていうのは考えずに行動するものよ。わかった?」
そう面倒くさそうにレヴィは言うと、兵士も痺れを切らしたのか高射砲の方へと行ってしまう。
しかし面倒だと思ったのは教えることではなかった。
自分も知らないのにどうやって言い訳するか考えるのが面倒だったのだ。
「……ほんと、団長は何考えているのかしら」
幾ら目撃情報があるからと言って、三個小隊と警吏隊を動員してここまでするとは、とてもじゃないが一人の人間に対する対応とはとても思えない。それほど標的の人物、リースフェルト・アンデルセンが特別なのか。しかし彼の戦闘力はロートスと拮抗する程度。
レヴィにとっては赤子同然、正直自分が行ってさっさととらえてくればすぐに話は終わるのだが、騎士団長から「お前は手を出すな」と念を押されてしまっては下手に動けない。
全く、一体何をしたいのか想像もつかない。
悪態をつきながら、一度頭の中の濃霧を取り払う。
それより明日の夜は、団長と一度食事に行くことになっている。我ながら結構いいレストランを予約したものだと自負し、今も鼻歌を歌いそうになるのを我慢するので精いっぱい。三十路過ぎだというのに乙女ぶる熟女の姿がそこには――――
「あァ?」
一瞬自分ではない雑念を感じてドスの入った声を出すが、誰も応えない。
舌打ちしながらレヴィは銀筒をペン回しのようにして器用に遊びながら、空に出ている二つの月を見る。
「……あいつも丸くなったものね」
自分がまだ副団長ではなく、師団長だったころを思い出す。
恐らく、十年前か。あの頃は少し浮かれ気味で、裏から『真紅』などと可笑しなあだ名をつけられていた頃である。
ちょうど裏路地のパトロールをしていた時、ロートスその他悪ガキどもと出会った。
スリに会い、それを追いかけるという最悪の形で。
「今となってはまだカワイイものだったかしら」
覚えているだけでもロートスの受けるべき罪状は、殺人、窃盗、誘拐、違法取引、不法薬物所持、銃刀法違反、国辱、その他もろもろ。正直言ってまだ七歳ほどの子供が創れるようなものではないと思っていた。それほど当時の国が荒れていたという証拠であるが。
誤解しないように言うが、別にロートスはヴァルハラで見つけたわけではない。
最悪の帝国――――フェーゲフォイアーのスラム裏路地。騎士団長同行で帝国への潜入調査をしていた時に偶然出会ったのだ。子供でも平気で殺人ができる国、あの時の帝国は最悪の所まで腐っていた。冗談なのではなく、本当に。
色々説明は省くが、とにかくあの時の子供がこんなにまで育つとは、当時に自分に行っても信じまい。
嗤いながら森を見る。
「さて、どっちが勝つのかしら」
その眼は、夜の闇で妖艶に輝いていた。
楽しむように、あざ笑うかのように口元は吊り上がっている。
この女はいったい何を見ているのか。どこまでを見据えているのか。どこまで狂っているのか。
人の悲劇を楽しむ悪魔でもない限り、それはわからない。
全てを見続けた魔眼は真夜中で静かに揺らめく。
夜空に轟音が響いた。
凱旋の狼煙が上がった。
歯車は軋み出す。
崩れ出す。
終わりへと。一途に。
止められるものは、居るのだろうか。
どこかで悪魔は笑った。




