第四十話・『ホモではない、シスコンだ』
何というか、四十話という表記を見ると来るところまで来てしまったな、としみじみします。当初は「どうせ話畳めずに諦めるだろ」と自分を嗤っていたのがまだ残るこの頃です。
……この調子じゃ冗談抜きで百話行っちゃうよ。まだ『塔』一個しか攻略していないってのに。話の本筋に掠っているだけだというのに。
食卓には、かなりの量の食事が並べられていた。キノコのスープ、キノコのバター炒め、キノコのステーキ(?)、キノコのサラダ、キノコのシェイクドリンク、キノコのシャーベット。
これを前にして、俺たち二人はどういうコメントを残せばよいのだろうか。
ちなみに俺は二つ考えられた。一つ目は『巫山戯けんなバッキャローッ!』、二つ目は『キノコがお好きなんですね』。前者は暴言で後者は間違いなく皮肉だ。どっちにしろ失礼だが、この状況を例えるならばレストランで拝見してみたメニューがすべて同じ食材を使ったメニューだった(ドリンク・デザート含め)という気分だ。自分で言ってて全然わかんねぇその気分。今味わっているんだけど。
「お気に召しませんでしたか」
「……しっ、失礼ですがリザさん」
表情が貧しいと言えばそこで終了なほど無表情を極めているリザ・ネブラは如何にも「どうして?」といった表情で俺たち二人を見ている。どうしてもなにも、目の前にキノコパーティーが開かれていたら誰だって目を丸くしますよ、ええ。極度のキノコ好きなら狂喜したかもしれないが俺の舌はノーマルだ。
「なぜ、キノコだけなのでしょうか」
「ニンジンやトマト、キャベツやレタスなどの野菜もありますが」
「いやそこじゃねぇよ。……っと、失礼。まさかと思いますが、肉類は無いのですか? あるいは穀物でも」
「私は肉と穀物全般にアレルギーがありますので」
「いや嘘つかないで下さいよ。こんな所で動物性タンパク質はどうやって取ってるんですか」
「虫で」
「ここ蟻一匹いませんよね?」
「……なぜ私を困らせるんですか」
「いや別に、普通に肉が苦手なら苦手っていえばいいじゃないですか」
ようやく話が噛み合ってきたように思える。こちらとしてもこんなキノコだらけの食卓など、できれば二度と拝みたくない。どうにか交渉して肉を食べたい。最近本当にまともな食事が行えなかったからな。
「肉を取るにも、私の近くには動物が近寄りません」
「……じゃあどうやって肉を採取して」
「魔法で遠くから仕留めるしかできないのですが、最近はもっと遠くに行ってしまうようになりまして」
「言えば私たちがやったのですが」
「客人に労働を押し付けるのは、さすがに失礼だと思いまして」
「その前にオールキノコ料理出すのが失礼だと思わないのかね……。あ、コホン」
失言を漏らしてリザはしょんぼり(無表情)と肩を落としている。彼女自身自分の料理の偏りを自覚していたのか。どちらにしろ、まずは味見だ。上手ければ文句は無い。
とりあえず手始めにキノコのスープを一口。
「――――ぷっ」
吹きかけた口を押える。
何だこの辛さは。唐辛子のようなピリ辛さではなく、絶妙に鼻を刺激するこの感覚。
まるで大量の胡椒が口の中に入ったようだった。
「濃い味付けがいいかなと、とりあえず胡椒を一瓶……」
「入れすぎだろっ……」
涙の出る目を抑えながら、苦くそう訴えた。口の中に胡椒ドリンクぶちまけるのは人生で初めてだ。
泣きながら次に移る。キノコのバター炒め。一口サイズに切り分けられたキノコがバターの油によってテッカテカに――――
「…………」
「バターは美味しいから……」
「どれくらい入れました?」
「大さじ二十ほど」
「そりゃこうなるわ……」
頭痛がしてきた。何回目だ頭痛。しぶしぶと一口入れると、案の定油気とヌルヌルと油をたっぷり吸ったキノコの触感が何とも悪寒を強いる。料理経験がゼロというわけでもなさそうなのになんでこうなっている。
せめて口直しとキノコのサラダ。これはまぁ、生の野菜とキノコを居れているだけだったので特に何も言うことは無かった。プレーンが今のところ一番とはこれいかに。
そしていよいよメインディッシュ。キノコのステーキ。何の品種かわからない、黒い斑点を浮かばせている毒々しい色合いのキノコが、直径三十センチはあるかと思う帽子がジュージューと音を立てて臭気を放っていた。ちなみに臭いは蜜のように甘々しい。完全に毒キノコの一緒だ。
「ひ、品種は」
「クロマダラオオテングキノコタケゴクモンバンニンです。この森じゃ希少で……っ、おいしいですよ! たぶん」
「たぶん!?」
「黒斑大天狗茸茸獄門番人……リース、これ超猛毒の危険食材よ。確か、食べると昇天しそうなほど美味いとか……」
「本当に昇天してどーすんだよ!?」
「あの……駄目、ですか?」
「客人に毒キノコ出すなよ。そもそもこれ食べたことあるのか?」
「し、知っているのは名前だけで。甘い香りがするから美味しいのかな~……って」
「ダメじゃん!?」
頭痛が酷いことになってきたので、もう嫌と椅子を押しのけて立ち上がり、外へと出る。幸いここの周りには霧は来ない。なら大丈夫だろう。
それから数分、家の近くで手ごろな石を見つけたのでそこに腰掛ける。
無言無心でヒリヒリする口を押えながら、これからどうするかを一人で考え込む。少なくともあの食事をするよりは先のことを考えた方がよほど有意義というものだ。
(…………現身の力は、段階的に解放されていく。か)
追われる身になったことは一度や二度ではないが、今回ばかりは隠れ拠点がないことからかなり面倒なことになった。あの世界なら数十個ほどある拠点を転々としながら逃げ回り、どうにか事を解決してきたものの……今回ばかりは力技に頼らざるを得ない。タイプではないが。
魔女裁判というものをご存じだろうか。中世では魔女と疑われたものは審問に掛けられ魔女かどうかを調べられたらしいが、その方法がかなりえげつない。それはともかく、実際に魔女と疑われたものはほとんどが魔女と断定されたそうだ。実際にそんなもの、有る筈もないのに。
そんな悲劇を生んだ宗教の信仰心とは狂気に近い。簡単に言えば価値観を囚われ、固定される。普通の人から見て異常な事を何とも思わなかったりするのだ。
この世界にいるやつらは、よほどの蛮族でもなければほぼ全員ある神を信仰している。――――善神ヴァイス。それが彼らの信仰している神である。そして信仰者たちが集まるヴァイス教なるものが存在し、恐らく信徒でなくとも信仰している人類は八割を占めるだろう。
そしてそのヴァイス教の教えにこんなものがある。
『私たちの断罪から逃れ、背を向けようとする罪深い黒羊は、地の果てまで追ってでも罰せよ。それが救いなり』
善神とはよく言ったものだ。要約すれば『ぶっ殺そうとして逃げたなら追ってぶっ殺せ』というなんともバイオレンスなものになる。本当に善かよと思うが、こんな教えどうせ人間が決めたのだから仕方ないことだ。とにかく一度背を向けてしまった俺はもう騎士団の敵という事になる。騎士団長の命もあって、あいつ等は血眼で俺を探し続けるだろう。
残された道はこのまま逃げ続けるか、それとも立ち向かうか。
自分を偽るか。
「……よくもやってくれたなあのオッサン」
あの最後の笑顔もこういう事かと唾を吐き捨てる。
俺を試すにしろやり過ぎというものだ。何をすればいい。土の守護者をぶっ倒して、その力で騎士団を返り討ちにすればいいのか? つくづくくだらない遊戯に付き合わされたものだよ俺は。
とにかくあいつは一発殴る。絶対に。全力で。助走つけて伝説の右ストレートぶちかます。
怒りで軽く髪が逆立って怒髪天を衝きかけた頃、肩をノックされて振り返る。
目の前にウサギの焼死体らしきものが突き付けられた。頭の上に疑問符を浮かべていると、その焼死体を口に突っ込まれる。
「むごっ」
「代わりの食事を持ってきてあげたわよ。感謝しなさい」
「おまへかほ……」
同じくウサギの焼死体もとい丸焼きを持ったルージュが俺の脇腹を蹴って石にスペースを作ると、わざわざ俺の隣に座ってきた。急に蹴るのはいいとして、なぜ俺の隣に。
「それで、これからどうするのよ。今まで通り、っていうわけにもいかないでしょ」
「――――いや、今まで通りだ。『塔』を攻略する」
「状況解ってんの? 騎士団もそれほど馬鹿じゃないわよ。アンタが『塔』を攻略するっていう情報ぐらいすぐに掴むはず」
「その前に攻略すればいい話だ。明日すぐに出発して、攻略してとんずらだ。ぶっちゃけこの国にそんな思い入れもないし、俺たちの力なら飛んで別の国に行くなんて不可能じゃない」
「……発想がぶっ飛んでるっていうか、確かに今はそれしかないわよねぇ。星の巡り会わせが悪いっていうか……貴方って本当に運が悪いのね」
「それが唯一、俺が素で嫌悪している存在の一つだよ。しかしなんだこの焼死体、まるで火加減も考えず全力で滅却したようなこの焦げ具合。さてはお前料理が下手――――ぐあっ!」
「黙って食いなさいこのボケ。次言ったら鼻に毒キノコ突っ込むわよ」
脇腹に思いっきり肘突きを喰らって言葉を断たれる。しかもさっき蹴られたところだからかなり痛い。
優しいのか厳しいのか、どっちかにしろってんだよ、本当に。
「あの……」
「ん」
木のコップを持ったリザが、申し訳なさそうな顔でふらふらとやってきた。
先程の食事、わざとやったわけではないだろう。だからこそ罪悪感を感じているのか、せめてもの償いに……といった様子だった。これが空振らなければいいが。
「これ、は、ハーブティーです。先程は、申し訳ありませんでした。取ってきた食材が、あれしかなかったもので」
「こちらこそすみません。せっかくの食事を……辛辣な言葉まで」
「私が、悪いんですから。気に負わないでください。……どうぞ」
「ありがとう」
「どうも」
俺たち二人とも木のコップを受け取る。
コップに淹れられていたのは緑色の透明な液体で、香りもいい。如何にもハーブティーな鼻にすーっとくる臭い。先程出されたキノコドリンクなるものではないのは確かだろう。
「ちなみに材料は」
「マンドレイクです」
「…………は?」
「この森でたまに育っていたりして、それを乾燥させて少量だけ他のハーブと加えて作ったお茶、です……けど」
最後の方の声がだんだん小さくなっていく。俺の苦い顔のせいか。
しかしそんな表情をするのも無理はない。マンドレイク、マンドラゴラとも呼ばれる植物は鎮痛薬、鎮静薬、便秘薬に使用されていたが、かなり強い毒性を持っており幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大などをもたらし、場合や量によっては死に至る猛毒の植物だ。また伝説では不老不死の薬ともされていると言われるし、引っこ抜くとき気勢を上げて聞いた者の精神を狂わせるという逸話もある。
どこまでそんな話がこの世界で通用しているのかはよくわからないが、とにかく少量の毒があるのは間違ってないだろう。しかしたったの少量。そんなに問題は無いだろう。
「すまない」と一言謝ってから、お茶を軽く、いや、一気飲みした。変な味だったら面倒だし、どうせハーブティーだ。一気飲みしても大丈夫。
「……あれ、意外と美味――――」
白の黒が反転した。隣にいるルージュが無言で倒れた。
……え?
「使用したマンドラゴラは普通の者ではなく魔女の手により人工的に栽培された品種。通称サブスピーシス・マンドレイク。通常固体より数十倍もの効力を発揮し、不老不死とまではいかずとも長寿薬となることが証明され裏市場でひそかに取引されている。サブスピーシス・マンドレイクの栽培方法はその存在を造った魔女の末裔にしか与えられておらず、現在生産数は一年に十個ほどであり一部の間ではコレクターアイテムとして愛好されている。そして重要なのはその高価であり、長寿以外にも、万病に効く万能薬、強力な呪術媒体、魔力の一時貯蔵。しかし愛好家に一番注目されているのは――――一日経ってもその効果が切れない、精力増強の効果。俗にいう、強力な惚れ薬である」
リザの口から流れた単語の羅列。先程まで無口だった彼女のイメージとは反転し、淡々とそう告げる姿はまるで情熱的な乙女。そして、獲物を罠にはめた、魔女。
体が横に崩れる。景色が前後左右にひっくり返り、何を見ているのかすら理解できなくなる。
「お休みなさい、リース様♪」
「……な、あ、ぁ、が」
「一目見た時から『運命の人』だと確信しました。――――絶対に逃がしませんからね?」
「て、め、ぇ……な、んの、つも、り」
「何って、『魔女』ですよ。忌み嫌われ、世界から存在を隔離された異常人格者集団。……うふっ、ああその顔、愛おしいです~♪」
「ふっざ、け……」
「改めて名乗りましょう。リザ・ネブラ・シレンツィオアックア。『静寂なる水禍』の刻印後継者にして、『水』の守護者にてございます! まぁ、わけあって『清水の塔』からは離れているんですけどね。倒壊してしまったので」
「な、ん……」
全てが幻聴だ。
そう信じたかった。
これは悪夢なのだ。そうでなければ、駄目だろ。
「さあ、気持ちいい夢を楽しんでくださいね。旦那様?」
薄気味悪い笑みと体中から感じる悪寒で脳が活動を停止する。
……自分の不幸は、いつまで続くのだろうか。
――――――
ヴァルハラ中央病院。文字通り、ヴァルハラの中核部分に位置している大陸中の医療技術が終結する最先端医療施設。肉体的な傷や精神体の傷などは当然、賢者と呼ばれる者にしか使えない大魔法クラスの呪いをも解呪し、特殊な魔力で生成した細胞の培養により擬似的にIPS細胞をも再現し、事実上腕や脚、内臓などを失っても、ここなら金さえあれば脳以外すべて再生可能な、まさしく『医療』だけに特化し、それに関してはできないことなどないと豪語している施設である。
建物自体も巨大であり、恐らく王城の次に巨大な建築物であることは周知の事実である。
そして今その病院のどこかにある一つの病室の壁が――――爆発した。正確には大量の弾丸に穴だらけにされた。一瞬で起こった大量連射により爆発と呼ぶしかない現象を起こしたのだ。人力で。
「お~お。随分と脆い壁だなァ、オイ。ちゃんと硬く作ってくれないと攻め込まれたときアッサリ落ちるぜ院長さんよォ?」
「……ロートス君、病院の壁にその銃を撃ちこむのやめてください」
凶悪な笑みを作りながら、両手で器用にもガンプレイを披露しているロートス・エリヤヒーリッヒ。骨折に加え脱臼まで味わい、全治一週間の傷を負わされた彼はもうすでに快復完了していた。それに費やした時間はおよそ二日と二十時間ほど。化物としか呼びようがないその回復力に、ここ中央病院の院長であるキースは眼鏡をずり落ちさせるしかなかった。すぐに直すが。
「っせェな、どうせ儲かってんだから壁の一つや二つぐらいノープロブレムだろーが」
「直すのにも金がかかります。金は只で湧くほど安くはありませんよ」
「チッ……まいーや。俺は今日で退院するからそこんとこ上手くやっておけ。エヴァンのオッサンが来たら、さっさと『ネーロ・ヴェンデッタ』寄越せって言っとけよ。わかったな?」
「……まぁ、はい。わかりました」
「うっし。んじゃ俺もさっさとアイツぶっ殺しに行くか。いや捕縛だったかな……どっちでもいいわな」
そう言ってロートスは壊れた壁から跳躍して夜空をかけていった。一応この病室は三階部分に位置しているはずだが、ロートスはそれをものともせず綺麗に着地し裸足で道を駆けていく。
完全なる呆れ顔でそれを見届けて、キースは黒色の板を取り出し、何回かタップすると耳に当てる。
「……ああ、エヴァンさん。ロートス君が先程壁を壊して退院しました」
『はぁっ!? またかよクソッ。これで何回目だ』
「私の記憶が確かなら322回ですね。修理代はこちらで担ぎましょうか?」
『ああ、すまん、頼む。こっちの予算も一杯一杯でな……。うちの子がいつもいつもすまんなキース』
「なーに。あなたにしてもらったことを考えれば小さいことですよ。それからロートス君から伝言です。さっさと『ネーロ・ヴェンデッタ』寄越せ、と」
『ん~? ああ、アレか。そのうち渡しておくか……それで、なぜ俺にわざわざ電話したんだ? なんか用か?』
キースは近くの椅子に腰を据わらせると、足を組んで楽しそうな声で話を進める。
まるで何かいいことでもあったような、気分が弾んでいるような調子だ。
「いえいえ。別に文句を言うわけではありませんが……例のサンプル、何故外に出したんですか?」
『サンプル……リースフェルトのことか。簡潔に答えると、危険だからだよ』
「危険? 先程観測した情報によれば中にあった精神体は封印されてたみたいなのですが。こちらの間違いでしょうか」
『アイツ個人が危険すぎるって言ったんだよ。ありゃぁ、何時問題を起こすかわかったもんじゃねぇ。初めて見たよ、心が純粋に濁っている奴なんて』
「矛盾の塊、ということですか」
『その解釈で大体あってるな』
少しだけ表情を変えたキースは、髪を少しだけ掴み指を絡ませていく。彼の数多い癖の一つであるが、この場合は集中するための癖だ。
これが重くなり、両者の間で言い難い空気が広がる。
今が重大な問題に晒されていると知っている者同士だからこそだろう。
『不安定すぎる。心が根本から歪んでいる奴は何度か見てきたが……あいつはちょいと特殊だな。最初から歪んでそのまま伸びてやがる。これじゃあ少しのきっかけで崩れるぞ』
「それであなたは彼を隔離したと」
『隔離ってわけじゃねーよ。ちょっとした気遣いだ。ちょっくらでもいいからあいつにゃ心を強くなってもらわねーとならんのでね』
「――――【異邦人】。私としても興味深い存在です。出来れば早く戻してくださいね」
『はっはっはっはっは。善処する。ああ、後――――俺が居なくなったときは、任せたぞ?』
「ご心配なさらず。全力を尽くしますよ」
もう一度黒色の板をタップすると、通信はすぐに切れる。
懐にそれをしまうと腰を浮かせて立ち上がり、ナースコールのボタンを押してから病室を出た。
周囲の医師のお辞儀を受けながら別のポケットから今度は白色の板を取り出しタップ。
軽やかな様子でそれを耳に当てて、通信が繋がるとすぐに話を持ち込んだ。
「あ、ロウ君? 今すぐ私が言った座標にアレを乗せた輸送用ミサイルを撃ちこんでほしいんだが――――」
――――――
「んー……いい抱き心地……」
「ぐぅっ……」
ベットの上で水の手錠に両手両足を縛られて女性に抱き枕代わりにされる気分というのは、こんなに気色悪い物だったのか。
魔女というのが何なのかはよくわからないが、精神異常をきたしているのは間違いない。正直に申しますと本当に帰りたい。ぶっちゃけ捕まった方が幾分マシな気もする。
それほどの悪寒を感じるのだ。好きでもない奴に抱き付かれると表現すれば誰だって共感できるだろうこの気持ち。
「なんでよりにもよって、俺なんだよ」
「一目惚れ。と申したはずですよ? それにしても、媚薬の効果は出ていないようですね。量が少なすぎなのでしょうか」
「残念ながら俺は特異体質でね……精神に干渉する薬物は脳が分泌する物以外基本的に効かないんだよ。抗鬱剤しかり鎮静剤しかり」
「それは困りました。ではどうすれば楽しい夜を過ごせるのでしょうか」
「この際しなければいいんじゃないか?」
「それは嫌です。……子種は早めに残しておかないと」
心底嫌悪感があふれ出してくる。ここまで気持ち悪い女性を俺は見たことがない。
俺が嫌いな女は三種類ある。素直にならない奴、妙に行動が遠回しな奴、そして強引な奴だ。因みに一番最後はナンバーワンだ。
しかも自分から『子種』などという言葉を吐き出した時点で俺のこいつに対する好感度はゼロからマイナスを下回っている。先程の質素で謙虚なキャラのほうがまだ好感を持てた。
このままでは本当にまずいと、隙を見て床に倒れているルージュを見る。
俺と同じく両手両足を縛られているが、何故か抵抗しない。彼女の筋力数値ならこんな手錠ぐらい破ることは朝飯前のはずなのに。
「手錠を破ることはできませんよ。私が丹精込めて作り上げた、渾身の作品なんですから。それこそ脳筋ゴリラでもなければ力で壊すことは無理です」
つまりアイツは脳筋ゴリラってことか。
そう思った瞬間ルージュの体がビクンと小さく震えた。俺の心に反応したのか、と小さな期待を作ってしまうがそのまま動かなくなる。
どうやら彼女、リザは俺に投与したものとは別の物を投与したらしく、ルージュの目が虚ろだ。まるで精神がここに無いようだ。しかし口は微かに動いている。何かを呟いているようだが本当にかすれた声で全く聞こえない。
「あいつに、ルージュに何をした……!」
「リース様と同じですよ。でもちょっと幻覚作用を強めたエキスを混ぜましたね。きっと、過去のトラウマを何回も見せつけられているのではないでしょうか」
「この……」
暴れようとするが、首に水が纏わりつき強く締め上げてくる。
「ぐ、ぇ、あ…………!!」
「大人しくしてください。出ないと、もっと痛い目にあってもらいますよ? あ、もしかしてそういう趣味なので?」
「な、わけ……ある、かッ!!」
首絞めが終わり、呼吸が再開される。瞬時にヘンテコ性癖を否定しながら全力でもがいた。
ここにずっと居るなんて堪ったものではない。今すぐにでも出ていくため必死に体をうねらせる。
「ほらぁ、暴れない暴れない」
「ふんぬっ!」
「きゃ!?」
体を逸らせて飛び跳ねり、ベットの反発力を利用して床に転がる。しかしこんな状態では受け身などとれるはずもなく、頭部を思いっきりぶつけた。かなり痛いがこの女に囚われるよりかはマシだ。
体をひねり回転させてルージュの元までたどり着き、その頭に思いっきり頭突きをかます。それでも反応は無い。痛みにも反応しないなど、どれだけそこに根付く幻覚なんだ。
「意味は無いですよ~。心の闇が深い人間ほどよく聞きますからぁ。さぁ、一緒になりましょう」
「ま、待て。早まるな! やめろ、いやホント頼むから! 許してくださいお願いします何でもしますから!?」
「ん? じゃあ交配を……」
「だからそれがしたくないって言ってんの! ほぼ初対面の人間とんなことできるか! それ以前に俺そもそも――――女で勃起しねぇから!!?」
「え」
「あ」
……直後になって、自分の失言に気付いた。
「ま、まさか、あの巷で聞く同性愛者族……ホm」
「違ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああうっ!!! それだけは断固違うと断言する! 違うからね!? ホで始まってモで終わるアレじゃないからね!?」
「それじゃあ、私の新婚ラブラブスウィートメモリメイキング大作戦が……」
「何ですかその作戦!? ていうか違うつってんだろ人の話を聞けやゴラァァァァァァ!!」
足で床をバンバン叩きながら抗議するが、あちらはこっちの話に耳も傾けずめそめそとベットの上で泣いている。本当どうしてこうなった。別の意味で最悪の展開じゃねーか。
「でも……希望はある!」
「何の希望だよ」
「三年!」
「は?」
「三年以内であなたのその性へ……好みを変えて見せます! だから希望は捨てないで!」
「お前のせいで捨てそうになってんだけど!? ていうか違うって言ってるでしょーがッ!」
「なので早速女体の美しさと素晴らしさを説くために実践を――――」
「人の話を聞けって言ってるでしょうがこんのド畜生がぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!」
下手に戦うよりはよっぽどいいが、なんだろう。社会的に殺されたような気がする。
胃に穴が開きそうなストレスを胸に、空に宝く叫ぶ。同性愛者疑惑の否定を。
闇の底で広がる紅蓮の悲劇が、一人の少女を侵食していることも知らず。
次回投稿は相変わらずです。




