第四話・『竜対竜』
仮決めのタイトルを変更しました
誤字修正・ルビの振り直しをしました。酷い誤字だ。
自分が運に恵まれないのは、物心ついた時から自覚していた。
まともな友達は高校に上がるまで一人もおらず(別に作ろうともしなかったが。というかまともな奴と呼べるのが一人しかいないのだが)、作れた友達もたったの二人。別にそれについて不満を持ったことは無かったが、何せ周りが変人だと此方もまた変人の様に思われるのは癪であった。
何? 変人なのは事実だと? ――――と俺を変人呼ばわりした一人の友人の顔面をぶん殴りつけたのは良い光景だった。
しかしここまで、まさかここまでひどい物だったとは。
銃撃戦に巻き込まれるのはもういい、慣れた。三十階建てのビルの崩落に巻き込まれるのも、世界を揺るがす大事件に巻き込まれるのも、殺し屋を送られるのも、隠れ蓑として用意していた隠家が爆破されるのも、手足の骨がバギバギ砕かれるのも、一ヶ月に一度必ず何かしらの大事件に巻き込まれるのももう慣れた。
――――だがこれは無いだろう。
寝ていて起きたら異世界に飛ばされていた。なんて理不尽な話あるだろうか。
別に異世界トリップ願望なんざ一滴たりとも無かった。今生に対しての後悔や罵倒や絶望や憎悪など飽きるほどしてきた。だが別に自殺願望などない。
異世界トリップが創作では必ずしも『良い物』、『憧れ』など都合のよい物として描かれている場合があるだろう。確かに個人によっては幸せかもしれない。だが物事には必ず『逆』があるのだ。
幸せならばそれを幸せと感じない人種もまたいる。
大切な家族や友人と、望んでもいないのに手の届かぬ、足で行けぬ場所に隔絶される苦しみがわかるだろうか。
望んでもいないのにこんな摩訶不思議な体験をさせられる我が身の気持ちがわかるだろうか。
最愛の妹を残して別世界に飛ばされた。
ようやくできた信頼できる友人を残して、こんなふざけた場所に放り出された。
――――確かめたいことがあったのに説明もなく、こんな場所に連れてこられた。
ふざけんな。
しかし現実を否定していても話が改善するわけでもない。現実、こうやって否定の言葉を並べていても空間が歪んで元の世界に帰れるわけでもないし、再会した者たちともう一度会えるわけでは無い。
だからこうして嫌々銀髪赤目の美少女と灰色髪の狼耳付き獣人女と肩を並べて、暗い赤一色の人気の一切ない廊下歩いている。
本当に、理不尽だ。
もし俺を連れて来たのが神様みたいな存在なら、きっと俺は協会に殴り込んで犬の糞尿を天使像に投げつけ、聖書を泥を付け、高らかに「ファッキュー」と絶叫する。ほぼ確実に。
まぁ、そんないるかもどうかもわからない相手に意味も無く激怒したりはさすがにしないがな。
存在するならそこでぶち殺し確定だが。
「ふーん、アンタたちはそれで一緒に行動していると」
「まぁ、色々何かとあってな」
自分たちのここまで来た経緯などを軽く話しながら奥へと進む。
かなり適当な説明だったが、相手の呑み込みが早く説明自体は簡単にできた。
そういう意味では相手が馬鹿では無かったことは幸運だろう。話が通じるならばある程度の信頼関係の構築に手間取ることは少ないはずなのだから。
「リース、って言ったっけ? あんたも災難だな、旅に出て早々瀕死に危機になるなんて。幸運が低いんだったか」
「悪かったな運が無くて」
半ギレになりそうだったが気持ちを落ち着ける。別に図星を突かれたから怒ったわけでは無い。違うからな? ああ、もうちょっと運が回ってこない物か。
悪夢な事にステータスで完全に運が一以下になっていたが。
「ファールさん。今更ですけど、どうして『塔』に?」
「敬語はいいよむず痒い。私が『塔』に来た理由はさっきも言ったと思うけど……ま、私は財宝発掘がメインスタイルの探索者だからね。『塔』には、入手すれば数ヶ月は遊んで暮らせるほどの宝がある。しかも大量に。当たりはずれが多いけどな」
「そうなの?」
「わかってないな~、これだから英雄願望で探検している青臭い奴は……。いいか? 『塔』は宝物庫だ。宝がある、モンスターもいるけど倒せばそいつが落すアイテムも金になる。金を稼ぐ目的以外でここに来る連中は大体死んでる。上層とか、深く潜り過ぎてな」
深く潜り過ぎて殺される。納得できる理由だった。
つまり最下層で地味に宝探ししている方が得をする。生きるためにここに来たのなら、これ以上の最善手はないだろう。修行で来る奴も居るらしいがそいつも大半最後は油断して死ぬそうだ。
「ちなみにリーシャ、俺達がここに来た目的って?」
「最上層に行くため」
「は?」
「最上層に行くため」
「え?」
「最上層に――――」
「いや三回も言わなくていいわ!」
流石に回答が可笑しいと感じ、俺はリーシャの目を見る。嘘も偽りもない綺麗な目だった。泣きたい。
ファールに至ってはリーシャの正気を疑っているらしく、白い目でこちらを見てきた。
「だって、冒険だよ? ダンジョンだよ? ボスを倒さないと始まらないでしょ?」
「いや意味が分からないよ!? つか今の話聞いてた!?」
「うん。まぁ、冒険に危機は付き物だよね?」
「だよね? じゃない! 考え直せ、自殺行為だよそれ!」
確か本で読んだ限りは、最上層にいるボスモンスターは軍隊を一個潰せる戦闘力を有していると考えていい。最悪それ以上だ。それにたった数人で挑もうと言っているのだ、リーシャは。流石に誰でも正気を疑うだろう。だってこれは鯉が鯱に食われに行くようなものなのだから。
そもそも一層でこんなに苦戦しているのに、あと九階もある。しかも難易度上昇のおまけつきで。本気で言っているのだとしたら気が狂っている以外の言葉が見つからない。
「え~、つまんなぁ~い」
「命に係わるんだって今の話聞いていてわからなかったのかよ……。幾らお前のレベルが高いと言っても限度ってものがあってだな」
「はいもう行きましょ~」
「って話聞けよぉぉっ!?」
説得しようと思ったら無視された。スルースキル完備かよ。
頭が痛くなる感覚に見舞われながら進む。すると天井からゼリーマンなるものが飛び出してきた。流石液状系モンスター代表のスライム系。壁にある小さな隙間をくぐり現れたらしい。
早速ロングソードを抜こうとするも、ファールに止められる。
止めた張本人のファールは自分の背中にあるハルバートとライフルを合体させたような武器を抜き正面に照準。ボックスマガジンを銃身の下の部分に叩きつけるように装着し、引き金を引く。
すると撃鉄が弾丸後部の雷管を叩いたようで謎の武器は花火を銃口から掃き出し、金属の弾丸を発射する。その弾丸は真っ直ぐな軌道を描き――――ゼリーマンの頭部を跡形もなく吹き飛ばす。
だが頭が吹っ飛んだぐらいで倒れるモンスターでもなく、すぐに崩れた体制を立て直そうとするもそうは問屋が卸さない。ファールは電光石火の如き残像を残すほどの速度を発揮し手慣れた手つきでボルトを引く。ほぼ同時に排莢口から薬莢が弾き出され、ボルトを押したら次弾が銃口に装填される。そして激発。
二発もの巨大な弾丸がヒットしたことにより、ゼリーマンの動きが止まる。その隙を見逃さずファールは地を蹴り直線に道をトップスピードで駆け抜ける。
跳躍、そして同時に回転。銃底についているハルバートによる高速の一撃が繰り出され、衝撃と風圧によりゼリーマンのコアは破砕される。三十秒もせずこんな動きをするとは、最下層でちびちびと稼いでいる者とは思えないほど恐ろしく切れのいい動きである。
「……おー」
その手際のいい身のこなしを見て、ついそんな声を出す。
こんな光景、滅多にみられるものでもないからだ。
洗礼されているとは言い難いが、それでも武術を嗜んでいないのなら十分すぎるほどの動きだった。
「――――『機銃斧』、ライフルに斧をくぐりつけるというアホな発想からできた武器だ。重心が前にあるから重い弾丸が軽反動で撃てるようになった。重量は増えたけどな」
「悪い意味で凄いな……つか、まともに扱えるのかそれ? どう見ても十キロ近くはあるぞ?」
「獣人を何だと思ってる。こんなもの、手足のように扱えるに決まっているだろ。いやちょっと重いけど……つか、混血だけど」
「へぇ……そりゃすごい」
正直舐めてた。これが俺の知らない生態系『獣人』の能力。
試しにステータスを『心眼(偽)』で覗き見してみる。
【ステータス】
名前 ファール・エゼトリエド HP740/860 MP35/35
クラス 機銃斧士
レベル11
筋力15.26 敏捷5.66 技量12.81 生命力11.02 知力5.20 精神力6.00 魔力0.00 運4.18 素質5.00
状態 異常なし
経験値 368/6500
装備 特注品『鉄食竜牙の機銃斧』(銃身部分のみ) 耐火付与レザーグローブ 獣皮の上着 レザージャケット 布の短パン レッグプレートアーマー 幸運を呼ぶ金の指輪 封印銀の腕輪
習得済魔法 無し
スキル 機銃斧術14.03 格闘術6.92 直感8.01 第六感??.?? 嗅覚増加8.11 空間分析4.07 鍵解除3.99 軽業6.73 読唇1.01
筋力と技量特化。前線で戦うパワービルダー型である。
そのなかなかのステータスに感嘆を覚える。魔力はともかく全体的には一人でも申し分なく戦えるレベルだ、何より装備も充実しているし、HPも十分ある。魔力はともかく。
「成程……言ったぐらいはあるな」
「何?」
「いや、こっちの話だ。それで、どうする? 俺たちは最上層に行くという話はともかく、二階層には上がる気だ。ファール、お前はどうする?」
「もちろん仲間を探す。まず、逸れたやつを探して、そいつと一緒に残った仲間を探し出して街に補給に戻る」
「それが妥当だろうな。――――リーシャ、お前はどうするんだ?」
「勿論、上に行くよ。あ、でもそんなに念入りに用意してないから、二階に行ったら一度出ようと思う」
「わかった、俺も賛成だ」
皆の意見が纏まったところで、またまたモンスターが現れる。なぜにこうもエンカウント率が高いのか。いや、敵の腹に潜り込んでこれはまだ低い方なのか。
俺は自分の武器を突っ込みながら構え、まだはっきりしていないモンスターの影を見つめる。
(心眼……)
目を開き、スキルがが相手の情報を自動的に脳に伝えてくれる。
【アイアンソルジャーロブスター 推定レベル22】
地面を蹴り、鋼色の甲殻を持つ全長五メートルほどもあるロブスターの上空を舞う。
そして天井を蹴り軌道変更。真下に向かい剣を向け、ロブスターの背中に剣を突き立てようとする。だが、予想通り甲殻は固く、正面からではとても貫けなかった。関節部分を狙うにもそこまで繊細な操作は、今の俺にはまだできない。
「リーシャ、魔法で援護を! ファール、側面に回って銃撃!」
「ああ、了解だ」
「命令されるのは少し癪だけどー、わかった」
二人とも指示に従い、それぞれの行動を開始する。
「《降れ・炎よ・剣よ》《炎属・百剣雨》」
「――――喰らえやァッ!!」
天井に魔法陣が展開される。それに気づいたロブスターは移動し回避を試みようとするが、側面から現れたファールの徹甲弾での速射により足が破壊され、回避不能になる。
瞬間、炎剣の雨が降ってくる。その剣は火を纏っており、刺さったら火傷程度ではすまされないほどの威力だ。しかしロブスターの強固な装甲により大半は弾かれる。
「だけど、隙はできた」
正面に回る。
ロブスターはせめてもの抵抗なのか、巨大な鋏を振り回し俺を迎撃しようとするがすぐさま跳躍。鋏を回避しロブスターの正面に着地する。
無言で俺は、抵抗する暇も与えず手に持った剣をその顔に突き刺した。
「っらああぁぁああああっ!!」
最後にその剣の柄を蹴り、その反動で突き刺さったままの剣は深々とロブスターの顔に潜り込んだ。さらにもう一本の剣を突き刺し、力づくで日本の剣を捻るようにして動かし、ロブスターの顔を切り裂く。
中枢神経系に大ダメージを追い、生物としての機能がままならなくなったロブスターは、断末魔を上げながら紫の煙となり消えていく。
レベル二十台が、いとも簡単に倒せたのに驚いたのかファールは口を開けている。それに比べてリーシャは一人でガッツポーズ。肩をすくめて、俺は自身のレベルを見る。
【ステータス】
レベル9
経験値30/4200
レベルが上がっていた。やはり強敵のほうが経験値が溜まりやすいのだろうか。
さっさと成長したければ格上をぶっ殺すしかないのだろう。リスクが莫大な分、見返りも大きい。
ならば、狙っていくに越したことはないか。
リーシャの協力が得られている内に、レベルは20ほどまで上げられれば良いだろう。
「すごいな、お前ら」
「俺は初心者だけどな」
「お前のような初心者がいるか。冗談をするならもっと信じられる冗談を吐け」
「冗談じゃないがな……」
アレは急所を的確に破壊できたから可能だっただけだ。一人だったらかなり苦戦しただろう。いくら巨大でも脳を破壊されたらひとたまりもない。流石にスライムの様な核だけが弱点という奴は面倒だが。
確かに的確に急所を狙う方法を使ったが、『塔』に挑んだものこれが初めてだよ。とはとても言えない。俺のこういった経験は全て前の世界で築き上げられた代物なのだから。それもすべてある事件を境に殆ど瓦解してしまったが。
別にいいか、と今は気にしないでモンスターが落とした戦利品を拾う。今までが上手く行き過ぎて、後から響かないかな、と少々不安なところがあるんだけれども――――
――――激震。
「……!?」
――――ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
生物が出せる音量とは思えない絶叫が通路内を木霊する。
余りの音量に耳を塞ぐ。しかしファールだけは何かを悟ったような顔をし、先に駈け出していた。
「ファール!?」
「急がないと、あいつが……!!」
「待て、まずは説明しろ」
「説明する時間がないからこうしているんだろ!」
よほど重大な事らしく、肩を掴んで独りで先駆けするのを止めようとした。だがそれを振り切りファールは先に通路の先を走って行ってしまい、俺はリーシャと軽く目線を合わせるとお互いに頷き合い、ファールを追いかける。
音の発生源はあまり遠くはなかった。それは幸か不幸かは知らないが、とにかく何かがあるのは間違いない。広い通路を軽やかに走り、曲がった角の先には大広間のような場所があり、そこには――――
――――……竜と竜が大激戦を繰り広げていた。
「―――――――――――」
「―――――――――――」
俺たちはその光景に言葉すら出ない。いや出してはいけないと悟った。
なにこれ、怪獣大戦争? 二匹の竜が互いに火を吐いて正面からぶつかり合っている。ふざけんな、こんなものに巻き込まれたら本当に冗談抜きで死ぬ。蒸発する。比喩無しで。
混乱を抑え込み、視線をゆっくりと二匹の怪物に向ける。よく見ると金色の竜と灰色の竜が居た。金色の竜が黄金色の灼熱息吹を見境なく吐いており、灰色の竜は体の色と同じ岩さえ砕く削岩機も顔負けな石灰の竜巻を口からどうやっているのかは謎だが吐いている。
そのおかげで大広間はこれ以上ないほど破壊の限りが尽くされており、無事な部分を探すのが困難だ。しかも余波だけでこんなに離れている俺達を吹き飛ばせるほどの威力だ。踏ん張っていなければ後ろの壁に叩きつけられるくらいの強風、ありえない。
「セリア! 聞け! マジで頼むから返事をしろ!!」
「知り合いなのか!?」
「じゃなきゃこんなことやってない!」
「逆ギレすんなよ!」
「二人とも喧嘩は後にして!」
それはごもっともだが状況が状況だ。事情を説明してくれないと喧嘩もする。
「ゴァァァギャァァァアアアアアアアアアアアアア!!」
「ヴォロロロロロオオオオロオオオオオオオオオオ!!」
もう一度息吹が散乱する。完全にここ一帯が危険地帯と化し、石材は成す術もなく粉みじんと化す。更に起きた突風により、今度こそ俺たちは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「ぐッ……おぉっ。クソッ、どうやって止めるんだよ、こんなもん!?」
「幻想種を人間の手で止めるなんて、無理だよ!」
「知ってるよそんな事! えーと……ご、ご飯ですよー!!」
「犬かッ!?」
突然の奇行に呆れる。こんなもので釣れるなんてそれはもう飼いならされた犬しか――――
「ヴォ?」
金色の竜がこちらを向く。
「えええええええええええええええええ!?」
「あれ、ホントにできちゃったよ」
「ゴハアァァアアアアアン!!」
「お前は返事すんじゃねぇ!」
何だこの上げて落とされた感覚。最終決戦が実はギャグ方面でしたという残酷な仕打ちだよ。
だがこれで金色の竜に隙が出来てしまった。灰色の竜はそれを見抜き、翼を広げて内側に対の翼内に魔法陣を展開。本で読んだことがある。竜の全てのMPを消費して放つ『崩竜魔撃』。その一撃は魔力量によって比例するが、あの魔法陣の規模からみて恐らくは――――この一階層全てを吹き飛ばすほどの威力を秘めている。
金色の竜もそれに負けずと口に魔法陣を展開。同じく『崩竜魔撃』。
《我、竜の王なり。王の資格を持つ者、下にいる者を率いるべし。それが王であり、それを妨げることは法への冒涜に等しい。》
《名もなき灰色の竜。竜でありながら、私は伝説を作らない。》
突如始まったそれは、詩だった。
希う様な、自分を理想像をそのまま本に記すような、必死さと悲しさが入り混じったコントラスト。
それは止めることはできない。
竜にとって人など蟻同然。近づけば消されるのは自明の理。
死にたくなければ邪魔をするな。しかし邪魔をしなくても巻き込まれれば死ぬ。
一体どちらを選んだ方がいいのだろうか。
《これを傲慢と笑うか、生意気だと罵るか。否、これは王たる者の務め》
《私は束縛を嫌う。過去の栄光に囚われること、それ即ち自由の損失。》
魔法陣がより一層輝き始める。
干渉することそれはつまり死を意味する。あれほどの巨大な力、触れればこちらが弾き飛ばされる。
つまり、もう俺達には見ることしかできない。
ことが終わるまで、アレが起こす破壊に巻き込まれながら。
《さあ、私についてくるがいい。王者の言葉、それは絶対遵守》
《私を束縛する者よ、死と言う自由を与え授けよう。》
《栄光は影のように美徳に従う》――――【黄昏色の息吹は空を撫でる】
《喜んで学べ》――――【灰被りは栄光にあらず正義である】
――――街一つを軽々と吹き飛ばす一撃が激突する。
魔力と風の奔流が起こり、大広間はシェイクされて元々惨状だった場所がさらに大惨事になる。
強力な暴風同士のぶつかり合いによる超威力の衝撃波が発生し岩石を躊躇なく切り裂き破壊する。それを見てリーシャは速攻で衝撃緩和魔法を発動。
そして自身の全ての魔力をつぎ込んだ一撃同士は未知の化学反応を起こして魔力同士の反発による衝撃波が起こり、直後大爆発を起こす。もう何が起こったのかもすら判らず、ただ圧倒的な力にねじ伏せられた。
意味不明、理解不能の現象が起こり脳内はミキサーに放り込まれたような感覚に陥る。とにかく逃げなければ、死ぬ。生命本能が暴走し、感情を殺す。
【『自己防衛』スキルが暴走しました。全ステータスを一定限界まで上昇させ、この状況から脱出します。自身の意思とは関係ない行動をとりますが、ご了承を】
さらにそんな文章が突然網膜内に現れるのだから、俺は一旦思考を切る。
――――ああ、早く逃げよう。それがいい。
まるで他人になったかの様な恐ろしいまでに冷え切った思考を動かし、縮こまっている二人を腕に担ぐ。だが重さは感じられない。羽のようだ。驚く二人を無視して、二匹の竜を見据える。
互いの力を絞りつくし、完全にダウンした金色の竜が金色の光を放って消える。だがその中心には、少女がいた。シルエットが少々違うが今は細かいことなど糞喰らえである。
足の裏が爆発した。と錯覚しえるほどの脚力で駆けだす。
「リース! あいつも一緒に――――」
「わかってる」
冷やかに短く返し、粉々になった地面を踏んで跳躍。落ちてくる岩なども足場として利用し、前後左右上下とまるで空を自分の者としているように移動し、光を纏っている少女の服の裾を手で掴み持ち上げて、器用に操っておんぶの態勢をさせる。
目的を一旦達成したと認識し着地。この場からの離脱を最優先にして崩れた大広間を駆け抜けようとするが、後方から獲物を横取りされたと勘違いしているのか目を真っ赤にした竜がこちらを追いかけてきていた。
猛追、と言えばよいだろうか。
一度狙った獲物は死んでも逃さないと言った良い名訳な意気込みが見て取れる。
「しっつけぇなぁぁぁあああああああああ!!!」
一度三人全員放り出して腰から二本の剣を抜刀。
追いかけてくる竜と正面から対峙する。当然その間汗は可笑しなほど滲み出てくる。
「落ち着け、落ち着けよ…………焦ることが一番駄目なんだ」
バックンバックンと大きく鼓動を続ける心臓を落ち着かせながら冷静に戦術を練る。
現状この装備であれと勝てる確率はほぼないだろう。鱗に傷一つ付けられるかどうか――――
【レネゲイドドラゴン 推定レベル110】
無理だな。とりあえず正面から勝てる道理はない。
ならば逃げに徹するしかない。時間稼ぎの方法は限られている。
しかし手はある。何せあの巨体だ。狭い通路に逃げ込めばこちらの勝ち。竜の息吹が恐ろしいが幸い相手のMPは崩竜魔撃によりゼロ。ならば逃げ切れる可能性はある。
しかし問題としてはそれまでの時間が稼げるかどうかという事だが。
相手が如何せん素早いため、三十秒か時間を造らねば食われるのが落ちだ。
「グゥオオオオオォォオオオオオオオオオオ!!!」
「受けるな避けろ避けろ潰される――――ッ!?」
可能な限りこちらに引き付け攻撃を回避。
「リーシャ、ファール! 早く別の通路から脱出しろ!!」
「けどお前は――――!」
「後から行くから早くしろぉぉぉっ! 時間が稼げている内にぃぃぃいいいいっ!!?」
ドラゴンの拳や蹴り、噛みつきと尻尾払いを巧みに紙一重で回避しながら絶叫する。
キツイキツイキツイ死ぬ死ぬ死ぬと思考が暴走しかけるが理性で無理やり抑え込む。焦れば死ぬという事実を理解しているのが大きいだろう。ああ、ホント死ぬ。
しかし原因不明な体の軽さもあるだろう。何かに後押しされているような感覚を先程から感じている。しかし気にしても仕方ない。ていうかしている余裕などない。
突如ドラゴンの動きが止まる。その目線が、今撤退中の仲間たちに向いた。嫌な予感がして、その予感は即座に的中した。
新たな獲物を認識したドラゴンは三人のほうに動き出していた。
歯噛みしながらドラゴンに飛び掛かる。
「こっち、向けッ!!!」
その鱗に剣を叩き込む。
傷こそついたものの、決定的な一打とは程遠い。むしろ剣が刃こぼれしてしまった。
「ゴォォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
尻尾による薙ぎ払い。そう予測し跳躍。
予測通り尻尾払いが繰り出される。それは俺にかすめることなく過ぎ去る。
だが、ドラゴンの目の色が変わる。
――――電撃のような速さで俺の全身にドラゴンに拳が叩き付けられた。
「――――ぁが」
先程の尻尾払いの際に、俺の動きを学習したのだろう。
相手の頭脳を見誤ったこちらの責だ。
ドラゴンの拳が振りぬかれ、反対方向にある遥か向こうにあった壁に体を叩き付けられる。
「ごはっ……!」
壁に巨大な凹みが作られ、罅が張り巡らされる。
最高速のトラックにはねられてもこんな風にはならないだろう。肋骨が三本ほど折れた。運よく衝撃を受け流せたから両足は無事だが、代わりに使った両腕が酷い。右腕はギリギリ折れてはいないが、左腕があり得ない方向に曲がっている。確実に折れている。
「グ、ッソオオオオガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
血反吐を吐きながら憎悪の雄叫びを口から漏らし、身体に力を入れる。
食い込んだ体を抜き取り、壁を蹴る。さらに凹みを深くしながら空中滑空。折れていない右腕を引きながらドラゴンの頭部へと迫る。
反面、ドラゴンは先程の一撃で死んだとでも思っていたのか、驚愕の表情で固まっていた。
好機。
「オラァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
引いていた右腕を突き出し――――ドラゴンの左目に剣を深く突き立てた。
「ゴガガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!?」
目を潰されその奥にある肉を抉られるという痛覚を体感したであろうドラゴンは悲鳴を上げる。
首を大きく振り俺を振りほどこうとするが、俺はそれに抵抗せずドラゴンの顔を蹴って跳躍。剣を目に突き刺したまま地表に戻り、全力で走る。
時間は十分稼いだ。仲間たちももう別通路の方に避難完了している。
後は俺が逃げるだけだ。
「うぉぉぉおおおおっ!!!」
駆ける。折れた左腕の痛みなど無視して限界まで身体を酷使する。
「グゥウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
復讐の念をたっぷり咆哮に乗せながらドラゴンがこちらに駆けだす。早い。最低でも時速五十キロ以上はある。逃げ切れるかは五分五分と言った所か。
「間に合え――――《風よ、下肢を包み、弾けよ》、《ウィンドトラップ》ゥゥゥゥッ!!」
足底に《ウィンドトラップ》発動。元々は設置型の罠魔法なのだが、その圧縮した空気を炸裂される現象は別の使い道もある。
「うぉぉあああああああっ!?」
最小限の規模の圧縮空気の炸裂。足底にそれを発動させることで一時的な爆発的な加速を得ることができた。さらにそれを連続して発動し加速。
文字通り風に乗り、皆の避難した狭い通路へと高速で滑り込む。
錆びた剣を床に突き刺し、剣の腹に足を乗せて減速。花火を散らしながら一瞬で減速することができた。しかし剣にかかる負荷はすさまじく、罅が入り真っ二つに折れてしまう。
後方で轟音と何かが崩れた音。ドラゴンが壁に頭でも突っ込んだ音なのだろう。さらにその後何かが崩れる音。そして多少の砂埃が通路内に吹き込んでくる。
「……助かった、のか?」
「みたいだな」
「わぁー、死ぬかと思ったー」
肩をすくめるファール。そして異様に反応が軽いリーシャを眺めて、軽い溜息をついてその場に座り込む。
「確かに少々面倒だったが――――そう世の中悪いことだけじゃないらしい」
「ファール?」
「見ろよチェリーボーイ。どうやら目的はもう達成できたようだぜ」
ファールが顎で、通路の向こうを指した。
何も言わずに彼女の指す方向に目を凝らすと――――なにやら階段らしきものが見えた。
――――二階層への階段。
「……まぁ、確かに不幸中の幸いってやつだが」
「ん? どうしたのリース」
全く俺の状態を理解していないリーシャ。ファールも流石に呆れた様な表情だった。
とりあえずぶらんと折れた左腕を見せつける。
「すまないが、治療してくれ。死ぬほど痛い」
――――――
小さなポーチから取り出した携行食、カロリーの高い栄養ブロックバーや甘い飴、砂糖をふんだんに混ぜたジュースを皆に配る。丁度二人用の二日分の食料があったので、四人に配れた。いざというときのために持ってきていたのだが(遭難前提で)、これも『危機感知』スキルの恩恵だろうか。
早速それを頬張る。甘い味が広がり、疲労を少しばかりだが打ち消してくれる。量は少なく腹はあまり膨れないが、無いよりマシってものだろう。いやそもそもこれだけで水分を除き一日は何も食べずに動けるのだ。緊急時に食べる非常食としてはこれ以上の物はそうそうないだろう。
ここは二階層区域の階層移動のための階段が設置されている大広間の安全エリア。ぶっちゃけて言ってしまえば出入口近くである。
しかしモンスターの気配が少ない。頭の良いモンスターなら待ち伏せもできるのではないかと思ったが、聞いてみたところ緑色の松明がある場所はなぜかモンスターは近づいてこないらしい。一階層は外に松明があったらしく、外にモンスターは出現しないそうだ。入り口付近にデカい奴が待ち伏せているがな。
横目でリーシャを見る。
笑顔で食事をしている。二階層に来れたことにとても満足だそうだ。
「それじゃ、改めて自己紹介するか?」
「あー……そうだね。セリアと合流したことだし?」
「ん~?」
……ファールの隣にちょこんと座っている、金髪の少女を見つめる。
傍から、いや遠目で見れば普通の少女だ。へそを出していたりブラをつけていないように見えたり、見えそうで見えないのが少し目を引っ張るが、気にするべきなのはそこではない。
頬に、長い髪に隠れて少しだけしか見えないが、鱗がある。微かに輝く、黄金のような鱗が。
さらにまたまた髪に隠れてあまり見えないが小さい角が生えている。もう十分に判断材料がそろった。
(……よりにもよって、幻想種かよ)
心の中で毒づき、ため息を吐く。
「リースフェルト、見ての通り人間。……十六歳。正真正銘の人間だ」
「リーシャル・オヴェロニア。…………えーと、人間だよ。十七歳。よろしく」
「ファール・エゼトリエド、獣人。二十四歳。少し混血だけど、一応獣人。……ほら、セリアも挨拶しろ」
「ん~? わかった~。セリアレジスタール・ケリィ・エンデヴィエルィーラ・エリシェーラ・ヘンヴィアッタ……だっけ? えっと、一万九千六百……あれ? 二万千だっけ? 先月誕生日を過ぎたから……ああ、思い出したー。たぶん一万二千八百三十一歳! 宜しくね~」
「「……はっ?」」
名前の長さもさながら――――人知を超えたその年齢を聞かされ、俺とリーシャはほぼ同時に間抜けな声を放つ。その反応に同情したのか、ファールは苦笑を見せていた。
「竜人は寿命が約百万ほどだから、こいつ人間年齢に加算しても一、二歳年食ってるかどうかなんだぜ……? ありえないだろ?」
「……本物はどれぐらいなの?」
「一兆」
「…………」
もうこの話はやめにしようという意思を乗せてファールを見ると、予想外に理解してくれたらしく、ファールは自分の食料をセリアレジスタールにあげて、セリアレジス……セリアは素直にそれを受け取って喜んでいる。まるで親子だ。年はすごく離れているのに。いや、逆に考えるんだ。竜人は二万歳を超えても思考が幼児なのだと。こんな言い方は失礼だと思うが。
たぶん、個人差ってやつだろう。
「……それで、お前ら二人はどうするんだ? 私たちは下に降りて仲間を探すが」
「それなんだけど……リーシャ、もう食料もなくなったことだし、一回帰らないか?」
「え~? まだまだこれからなのに~?」
「駄々こねるな。お前俺より年上なら少しは年下の心配ぐらいしろ」
「年下なら素直に年上の言うことを聞くべき!」
「屁理屈ひねり出すな。もう武器もないし、俺も治癒魔法の反動で体が怠いんだよ。これ以上潜るなら俺が死ぬぞ」
そう言って俺は床に落ちていた腹から真っ二つに折れた剣を足で小突く。
柄は曲がっており、鍔は消滅している。刀身はボロボロなどという言葉が生易しく聞こえるほど折れ曲がっており、勿論言うまでもなく刃の切れ味は鈍以下まで落ちている。というよりもはや剣と呼べるものではなかった。
一体どんな力で振り回したらこうなるんだよ、と振った本人が言ってしまえば他は何も言えまい。ドラゴンの鱗を無理矢理切り付ければ刃も欠けるだろう。要するに鉄筋コンクリートをペーパーナイフで切り付けるとどうなるかは子供でも分かるだろう。
……むしろドラゴンの鱗の硬度に驚くべきか。鉄の剣で傷一つ付かないとは。
「しょうがないなぁ……じゃあ、探索はまた明日、ってこと?」
「ああ、明日はまた付き合ってやるからさ……俺もさすがに休みたい」
「わかった。じゃあ明日までに装備を整えよう!」
リーシャの気力はまだまだ有り余っているらしく、俺自身男として情けないと思うほどであった。
それはさておき、ファールにもう今日は『塔』を出ていくことを伝えると、彼女はなんだか残念そうな顔をした。
「残りの二人にも、お前のことを伝えたかったんだけどな」
非常に残念そうで、逆に悪いと一瞬感じた。
二人に別れを言い俺達は立ち上がって転移装置という者らしきオブジェを探す。
その合間に天井を見上げるとステンドグラスのような物がドーム型の大広間の天井を飾り付けており、そのステンドグラスには赤い少女の裸体が刻まれていた。赤い髪、白い肌、それを包むような色とりどりの花。幻想的と言える。しかしこの世界にそんな加工技術があるのだろうか。
いや、魔法もあるのだから色を硝子に付けるぐらいはわけないだろう。
――――だがこんな場所にステンドグラスを設置する物好きが何処に居るだろうか。
ダンジョンの中にこんな芸術品を置く馬鹿がいないとすると、これは誰が作って誰があの天井に張り付けたのだろうか。
無言でそれを見ていると、しばらくしてリーシャの声が俺の意識を呼び戻してくれる。
「リース、転移装置見つけたよー!」
「……あ、ああ」
現実感が薄れていたようで、認識機能が一瞬麻痺する。
急激に片頭痛が起こり、景色が一転。
赤く、燃え盛る世界の中、そこに孤独と佇んでいる赤髪の少女が両足を抱えて座っている。
少女はこちらに気づくと――――悪魔のそれとも思えるほどの不気味な笑みを向けてきた。
【――――――何、貴方?――――――】
景色がスパークして、再度景色は一転。元の景色に姿を変え、俺はいきなり過ぎて何が起こったのかわからなかった。
それが幻覚だったのか、それとも――――
「っ…………」
妨害するように頭痛が襲ってくる。
胸の中にある複雑な気持ちを解けず、苛々しながら俺はリーシャ元まで歩み寄る。
「……何かあったの?」
「いや、何でもない。ちょっと疲れただけだ」
無意識に俺の声が低くなる。
その声に何か圧力めいたものを感じたのか、リーシャは恐る恐ると言った感じで目の前にある台座にある球体を指でさす。
「これが、転移装置だよ。座標設定はご丁寧に外に設定されてるみたい」
「変えることはできないのか?」
「うん、無理だと思う。これは本で読んだだけで直接調べたわけじゃないけど、専用の業者が調べたところ、『塔』にある転移装置は全て外の座標『専用』に作られてるみたいなんだ。汎用的な座標変換型ならできたかもしれないけど、最初からそう作られているんだから、たぶん無理」
「逆は? 外から中には入り込めないのか?」
「やった人はいるけど……どうなったと思う?」
「死んだか?」
「うん。帰ってこなかった。外から入ろうとすると指定した場所に転移されずに『別の場所』に弾き出されるみたいで」
「だろうな。都合のいい話はないってわけだ」
皮肉気にそう返すと、リーシャは緊張がほどけたように小さく笑う。
転移装置に触れる。すると脳内からノイズかかった声が聞こえた。
【『焔火の塔』第二階層へ自由での出入許可が得られました。おめ、オメ、デ……ト……――――この魔力、気色悪いけど……まぁ、暇つぶしにはなるかしら――――おめでとうございます】
「……誰だよ、お前」
そんな呟きは、転移装置が発した結界により、すぐに消し去られた。
【――――私はただの守護者よ。さっさと昇ってきなさい。来れるなら、ね?――――】
――――――
四肢をベットに投げ出す。
ここは宿屋。一週間で銅貨二十枚という安さ。代わりに食事はなく、部屋もボロ部屋だ。ベットもぎしぎしと軋みを上げるほどの中古品。とても楽に寝られるところではないだろう。
だが、今はそんなことは気にもできなかった。
「…………なんだったんだよ」
生きて帰った。それは良い。ああ、最高の結末だ。助かったのだから文句は言えない。
しかし胸焼けが酷い。心残りとはまた違う、惜しいという感情ではない。ただただ不気味、そして重圧。何をやってもそれが晴れることはなかった。何をやろうとしてもやる気が出なかった。
結局のところ『どうして俺がこの世界に来てしまったのか』という事について答えが出ない。いずれ俺を送り込んだ張本人がコンタクトを取ってくるのではないかと思ったのだが、どうやら楽観的過ぎたらしい。当然そんな奴からの干渉は無く――――リーシャがその張本人という可能性は否めないのだが――――ただただ何もなく過ごしていくだけ。
それが一番不可解だ。
何か目的があって俺を此処に連れて来たのなら何らかのメッセージがあってもおかしくはないはずだ。だがそれが一切ないという事は事故、もしくは現在干渉できる方法が無い、最悪なのだと『理由もなく連れて来た』だろうか。最期のは絶対に無いとは言えない分凶悪だ。
現状、判断が不可能なのだ。どういった手段でどういった理由で俺が此処に放り込まれたのかわからず、ただ淡々と時間を過ごす。
目的を掲示されないまま終わりの見えないゲームをやらさせる気分、と言えば変わるだろうか。しかも中断不可能リアルタイム対応、死んだら当然蘇生は無し残機も無しという鬼畜仕様のデスゲーム。
これが本当に理由も無い『遊び』目的で放り込まれたのならさすがの俺でも心底激怒する。
どうか予想が当たらないように祈りながら、横になっていた体を起こす。
あの後、転移魔法で『塔』の外へ出た俺とリーシャはそのままリーシャが設置した転移魔法で街に戻り、即時に明日会う約束をして別れた。彼女は仲間だが、屋根の下まで一緒にする気はさらさらない。
壊れた装備は全部売り払い、武器は明日市場に行って珍しいものを探そうと思う。非売品や掘り出し物が見つかるかもしれないし。それに店売りじゃあまたドラゴンなどの装甲の堅い奴と戦闘するとき簡単に壊れてしまう。だから駄目だと判断した。
流石に鉄の包丁でタングステン合金を斬りつけたくはない。
「……頭でも冷やすか」
流石に気が高ぶり過ぎたと直感し、宿屋を出て夜の街道を歩く。
肌寒い風が体中を撫で、二の腕をさする。そういえば今壊れた装備は全部売ったから、Tシャツだけだったんだと思い出し、近くの店から安い革コート買いそれを羽織る。気休め程度だが、肌寒さはなくなった。
「……月は相変わらず二つ。引力はどうなっているんだか。……まぁ、どうでもいいか」
夜空に見える突きは二つ。しかし大きさに違いがあり、大きい月と小さい月がある。
それが本当に大きさによるものなのか遠近の違いなのかは定かではない。しかし大きな方の月は中央に巨大なクレーターが作られており、小さい月は縦に切れ目が入っている。まさかだとは思うが切断痕か。いや、何考えているんだか俺は。
改めてみると、やはり星の位置がかなり違うのがよくわかる。記憶と照合すると、位置が近い物があれど全く同じ図は無い。今の季節が夏から秋の間だと仮定しての予測だが。
やはり、此処は元の世界ではないという事か。平行世界という線もあるが――――流石に夢の見過ぎか。
これが夢ではあってほしいとは願っているのだが。
「――――こんな夜に、どこに行くの? お兄さん」
「……」
背後から声がした。
その時点で俺の声からは陽気さが消し飛んでいた。
――――気配が、感じられなかった? 『行動感知』スキルを張っていたにもかかわらず?
一応最低限の警戒はしていた。
この世界での文明レベルがどれほどなのかは定かではない。しかし追剥や強盗ぐらいは存在しているだろう。当然それも考慮して警戒していたのだ。
そしてその警戒網に察知されることなく近づけた背後の人物は何者だろうか。
ただの幼い声の通りの通りすがりの子供だろうか。
それとも、殺し屋だろうか。
「はは、慎重過ぎだよ……もう少し肩の力を抜いたら?」
「……気配を殺して、自分の背後に居る奴を無視して『力を抜け』って言ってるのはわかっているよな」
「そう警戒しないで。別に危害を加えようってわけじゃないよ」
「初対面の人間を信用しろと?」
警戒状態の俺を、背中にいるであろう少年なのか少女なのかわからない――――ソプラノ声だから、恐らく少女だろう――――声の主は宥めるようにそう言い放つ。だが俺は警戒心を解かない。何が起こるかわからない状況で、警戒心を解けというのが無理な相談だ。
いやそもそもこの世界に来てからは警戒心は一切解いていない。文字通り完全に常時臨時態勢。誰がいつ襲ってきても反撃状態に移行できると自負してもよかった。
なのにこいつは、どうやって俺の背後に近づいた。
「でも確認ぐらいは、しよっかな」
「何の確認だ?」
「簡単に死なないかの確認だよ」
速攻。
先手必勝と信じて振り返りざまに筋肉を緊迫させた右腕による掌底。
空気が弾ける。破裂音の様な音が夜空に響く。――――だが人体に手の意らが突き刺さる音は聞こえない。
直感で上空に視線を向ける。
予想通り跳躍して黒い空を舞う、黒いローブを身に纏った少女――――身のこなしからして恐らく女性――――が、右手に黒色の大剣を握りながらこちらをその藍色の眼で見下ろしていた。
華麗に着地をすると、少女は豪速の蹴りを繰り出す。
それを右腕で受け止める。しかしあまりの威力に腕が高く弾かれる。その隙を狙って少女の大剣による一撃が容赦なく放たれた。
「っ――――!!」
紙一重でそれを見切り左足の膝と左腕の肘で大剣の腹を受け止める。あと一秒遅ければ刃が肉を抉っていただろう。しかもこの剛力。ただの子供の物ではない。
汗をにじませながら、襲撃してきた少女を睨みつける。すると少女は面白いとばかりに小さく微笑んだ。
「うん、及第点かな。身体能力は低レベルのそれだけど、なんでだろうね。技術だけなら人類でも最高レベルなのは」
「…………」
無言で『心眼(偽)』スキルを発動する。
その時少女は、「無駄」と言っているかのようにニッと笑った。
【ステータス】
【ALL ERROR――――情報開示が拒絶されています】
情報の、拒絶。
本来ならばありえないはずの結果を目の前に突き出されて硬直する。
何らかの手段を使って情報の流出を食い止めたというわけか。非常に厄介な相手だ。何せ判断するための情報が無いためにどういった戦法を取るか、それとも逃げるべきかどうか考えることすらできない。
状況から考えるに直ぐにでも逃げた方が良い選択だろう。
しかし相手が本当に「悪意が無い」場合、かなりの戦力となりえるかもしれない。
ならば、話を聞くのも悪い手ではない。
「その様子じゃ心眼持ちだったみたいだね。でも私のスキル『情報隠蔽』はそれを許さない。どう? ご自慢のスキルを一つ潰された気分は」
「お前、害意はないって言ったよな。じゃあ今この状態は何だ」
「そうそう、付け足しするね。――――お兄さんが襲ってこなければ、の話だけど」
軽く舌打ちをして、慎重に腕と足を離す。
張っていた『行動感知』スキルも解き、素直に両手を上げる。
少女はそれを最後まで見届けると、今度は優しい笑みを見せながら漆黒に塗りつぶされた大剣を下す。
「要件は何だ」
「それより、自己紹介しようか?」
「結構。さっさと要件を――――」
そこですさまじい殺気を感じ取る。
脳が震えるほどの悪寒が全身を駆け抜け、言葉に詰まる。
対して、少女は笑顔のままだ。
「……ったく……名前は?」
「アウローラ・デーフェクトゥス。宜しくね、お兄さん?」
「リースフェル――――あ、いや……もしかしてお前、嘘を見抜くスキルとかあるのか?」
「無いけど、もしかしてお兄さん、偽名でも使ってるの?」
「……そうだよ、事情があってな。とりあえず此処ではリースフェルトって名乗ってる。リースって呼んでくれ」
「そう。じゃあリースお兄ちゃん」
「お兄ちゃんって……お前なぁ」
「駄目かな?」
「……好きに呼べ」
頭痛に見舞われながら、もうなすがままよと全て放り出す。
正体がつかめない。本意と意図がつかめない。信用できる要素が見当たらない。これ以上信用できない知り合いがほかにいるだろうか。
滲み出る脂汗を拭きながら、アウローラを睨みつける。
「それで、要件は何だ? 俺にお子様に付き合える甲斐性はあまりないんだが」
「別に? リースお兄ちゃんに私の望むことをしてもらいたいわけじゃないよ。ただ、あの子の匂いが、ね」
「はぁ?」
「お話ししようよ。それぐらい、いいでしょ?」
「…………意味が解らない」
どう転んでもこちらにとって損あり得なしと考え、踵を返す。
「どこに行くの?」
「宿屋だよ。ここは少し寒い」
「わかった。えへへへ、同棲だねー」
「……気持ち悪い言い方するな」
調子を狂わされながら、俺は宿屋に向かう。
今日は厄日だ、と結論付けながら。