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第三十七話・『Existat, perpetuo carcere mittam.』

 学校行事の類でいろいろごたごたしていたせいで、予定より大幅にスケジュールが崩壊してしまい、此度は投稿が遅れてしまいました。すいません。連絡を送ろうにもここまで体力が消耗するとは思わなく、現時点で深く後悔しています。

 本当に申し訳ございませんでした。

 人類最強の名を関する男、エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン。

 今の今まで数々の武功を立て、歴史を築き、ヴァルハラという大国を表と裏両方から支えてきた人物。

 人間でありながら竜種と単独で渡り合えるどころか、神竜ナーガと呼ばれる竜種中最高位種であり最強の存在と肩を並べられる、人間の枠から外れた人間。そのレベルはまず並の人間が天寿を全うするまで鍛え続けてもたどり着くことのできない境地へと達しているという。

 つまりは人類の最後にして最強の切り札。実質人類最強どころか世界のEXランカー内でも彼とまともに戦うと無事では済まされない時点で、単純なスペックだけなら世界最強と言っても過言ではない実力を誇る。

 そんな彼が本当に人間なのか? という疑問は過去に何度も浮上してきた。

 当り前だ。そもそも神竜ナーガと肩を並べている時点で人間ではない何かへと昇華している。

 彼はヴァルハラの歴史で何度もその存在を確認されている。

 その一番古い記述は――――約五百年前の資料から。突如現れ、当時発生していた人類と魔族の間で行われていた大陸間戦争を、後に三大英雄と呼ばれる三人だけで静め、人類と魔族の共栄に力を注いだ大英雄の一人。

 二番目に古いものは、それから五十年後に起きた魔法への批判により火蓋が切られて起きた『大魔導戦争』を実質一人で解決。黒幕であった魔導組織を短期間内で突き止め、交渉不可能という理由から実力行使によって壊滅させ、魔導にとっては大恩人となった。そしてここから彼の伝説は加速する。

 三番目に古いのは大魔導戦争から三十年後。魔族が起こした大規模転移現象による、魔界にいた高位魔族軍による人類の存亡をかけた争い。堕天使種による人類領土の大規模破壊が行われ、被害は甚大だったが、三人の英雄たちが堕天使種ごと魔族軍を滅亡させた。一日で数千を超え億に達する数の魔族が消滅した戦いは後々『千血の一日』として語り継がれ、彼らはこれにより全大陸からその実力を認められ、同時に危険視される。

 四番目に古いもの、これが実質的に彼ら三大英雄の最後の共同偉業となる。

 今から約三百年前に起きた、全種族間で起きた全大陸間大戦争。通称『最終戦争ラグナロク』と呼ばれる戦争を、十年という大規模戦争にしては異例の短期間で終結させた。その決着は各種族の最高戦力同士の正面衝突による結末であり、五億という多大な生命の犠牲や各大陸の二割が以上が異空間に消滅しながらも最後まで交渉により戦争を留めた大功績を修める。

 それ以降も数々の偉業を成してきているが、もっとも有名なのを取り上げるとこの四つであろう。

 資料通り、情報が確実なものであるとすれば、エヴァンという人間は五百年以上生きていることになる。これで人間と判断できる奴はいない。

 だが彼の体の構造や造形は何処からどう見ても人間だ。人間としか言いようがない。

 実際問題彼は今も人間として扱われている。世界を一回救っているような大英雄を化け物扱いする理由や度胸がないのもそうだが、エヴァンは人間だ。人間のまま人間をやめている。

 その矛盾を知るものは、今は彼自身と二人の仲間しか知らない。

 そして、そんなヴァルハラにとって大が三つ付いても可笑しくないどころかお釣りがくる恩人である彼が今どうしているかと言えば――――


「…………こ、れは」

「報告書です♪」


 百千枚もの紙束の前で椅子に縛り付けられていた。

 その横で秘書のセシル・ヴァハフントは実に楽しそうな笑顔で笑っている。

 ドSの笑顔で。


「な、なんでだ……なぜこんな枚数が……」

「そりゃ十二使徒ロイヤルナイツを数名召集したのですから、上への報告と元々派遣されていた町への申請書なども組み込んでいますからね~。それに仮にも戦略兵器を輸入したようなものですから、周囲国への一時的な不可侵条約も発行しないといけませんしねぇ……」


 確かに全てが必須なものであった。

 だからと言って始末書書き上がりの者にまた書けと強要するのは一種の拷問だ。

 しかもエヴァンの嫌いなものはデスクワーク。本人は冷や汗と脂汗をたっぷりと額に滲ませている。


「こ、これは俺のすることじゃ」

「仮にも軍事組織の最高責任者ですよ? 確かに本業ではありませんが、責任者の承認は最低限必要だから、どうせならすべてやってくれ――――と、上層部の元老院が言っていました」

「あんのジジィどもめが……!!」

「あの人たちは面倒くさがりやですからね」


 現代風に言えば戦術核を何個も製造し、各地方に配備したものを一点に集めるような状況だ。

 それが脅威なことは確定であり、他国もそれに合わせて臨時態勢を取らざるを得ない。間違ってもこれが開戦の火打石にはならないようにと念に念を重ねたうえでの条約だ。

 必須だからこそこの重大さを理解したうえで元老院たちは『人類最強』であるエヴァンに任せたのだ。 最悪彼の名をかざせば戦いは止まる。

 たとえEXランカーが束でかかろうともエヴァンは引けを取らない。勝てはしなくとも負けはしない。

 とはいうものの実力行使は不本意を極める。

 エヴァンも嫌々と腕を動かし羽ペンを取ろうとするも、腕が嫌がってペンの手前で止まる。


「くっ……も、もう、駄目」

「へー。じゃあ飴と鞭いっちゃいます? 蝋燭でも構いませんが」

「勘弁してくれ……!」


 セシルが服の中から五寸釘や蝋燭、鞭と怪しげな液体の入った小瓶を見せたところでついにエヴァンはダウンした。もう数日間寝ていない。人類最強も気力は無限ではない。だからと言ってこれを怠れば最悪他国と戦争を始めることになる。

 戦力的にはヴァルハラが完全に上回っているが、犠牲は必ず出る。

 それこそ不本意そのものだ。


「じゃ、じゃあ元老院たちに回せ。俺は有休を取るってことで――――あ、そういえば明日レヴィと約束が」

「休ませると思います? 大体元老院たちも各地域の近代化で手が塞がっているんです。何のために仕事が回ってきたと思っているんですか? そんなことも理解できない極小脳味噌だったんですか?」

「なら国王に回せ! 政治関連の仕事で忙しいつっても確か、この前妖精王と同盟の話がついたんだろ。なら問題は――――」

「流石に私にそんな権限はありませんので」

「是が非でも拷問したいのかお前は!? お前には俺がいない時の代理指揮権と職位権限渡しているだろうが!?」

「今ここにいるじゃないですか。さぁ、早く私のお楽しみタイムを――――」


 エヴァンがもう駄目かと、椅子に縛られたまま立ち上がり壁に追い詰められる。

 口から涎を垂らして気持ち悪い笑い声を漏らしているセシル。流石変人揃いの聖杯騎士団だなと場違いなことを考えながらエヴァンはため息をついた。

 その時だった。


「――――ッ!!?」

「……何です、これ」


 とてつもない悪寒が二人を襲った。

 何かどす黒く、無垢ながらも汚れきった殺意と憎悪。人間の放っていい類のものではない。

 流石のこれにはセシルも切り替えねばならず、即座に机の上にある黒い箱に触れ、かすかに光っている部分を指で押す。


「緊急事態発生、首都内部で危険因子確認! 場所は」

「第十一区画住宅街付近の裏宿泊施設集中区。派遣員は速やかに第二級武装を。それと第十一区画の緊急封鎖を。急げ!」

『了解いたしました』


 自分を縛っている縄を解いたエヴァンは壁に立てかけたコートに袖を通す。

 それに気づいたセシルは手に持った五寸釘を投擲するがすべて受け止められた。


「出ないでください。あなたが出たら大騒ぎになる」

「残念ながらアレは雑兵ごときが手に負える規模の相手じゃない」

十二使徒ロイヤルナイツを派遣すれば……!」

「無理だ。あいつ等でもせいぜい足止めぐらいしかできない。許せ」


 セシルの妨害を振り切って、エヴァンは窓から外へと飛び出す。

 後ろから罵詈雑言が浴びかけられるが、いつものことなので無視を貫く。


(さて、この魔力は……かなり不味いな)


 無意識に舌打ちをする。

 突然発生した第一級危険指定上級魔族並の高濃度魔力源。

 一体何がどうなっている、という考えは持たなかった。


(今はとにかく、封じ込まねば)


 着地と同時に、地を蹴った。



――――――



 長刀ロングブレードが大きく振るわれるたび、向こうで轟音が響く。

 それが何なのかは検討がつくが、それ以前にそれに当たったらどうなるかリーシャは一番よく分かっていた。一回振るわれるたびに放たれる黒い刃。それが死神のように命を刈ろうとするたびに背中が冷たくなる。


「どうした? これでは退屈しのぎにもならんぞ?」

「――――ッ!」


 結城が――――厳密には別人格だが――――真横に左腕を突き出す。するとそれに同調して魔法陣が展開される。その魔方陣は、少なくともリーシャの知識には全く覚えが無い方程式が使われており、いったい何の魔法なのか予想がつかない。

 そう考えたのも一瞬。魔法陣から黒く巨大な腕が出てくる。


「あの文様――――使い魔ファミリア……!」


 腕に刻まれた文様から契約した使い魔ファミリアと思われる。

 にしては随分と巨体で禍々しいほどの高濃度の魔力を帯びている。


「普通は下級魔物にしか契約できないはずなのに……」

「貴様ら人間の契約術程度と一緒にするな」


 そう、普通の手法を使うなら使い魔ファミリアにするための契約術は下級魔物、つまりは野良モンスターと呼ばれる民衆の集まっている空間の周囲に発生または移住しているモンスターにしか行使できない。中級魔物と呼ばれるダンジョンのボスモンスターなどの使役には長時間と複雑な手順を組まなければならないし何より半径五百メートル以内にいなければ契約が途切れるため、よほどのもの好きでなければ使役する者は少ない。上級魔物からは、封印術との並列行使でなければ基本的に暴走するだけ。

 なのにあの腕は――――明らかに上級魔物どころか上位魔族、普段なら魔界とよばれる異界に存在するのが魔族であり、その中でも突出して強力な者だ。まず人が使役できるものではないし、契約も理論上でも不可能だ。


「相互同意での条件契約。知能というのは意外と便利なものだ」

「こっ、んなもの……街中で召喚したら!?」

「知るか。――――薙ぎ払え、無価値なる炎ベリアルよ」

「ベリアル……!? 最上位悪魔の魔王種――――」


 リーシャが言い切る前に、腕が振るわれた。

 真っ直ぐ垂直に薙ぎ払われ――――その前方にある全てが吹き飛んだ。ただの風圧・・で、半径約三キロ以内にあった建物が全て瓦礫へと生まれ変わる。その中でも幸いだったのは、そのエリアはゴーストタウン状態で人がほとんどいなかったことだろうか。

 そもそもここは裏宿泊街。人などよほど素行が悪い不良しか出入りしない廃墟だ。

 それでも犠牲者がいないということは奇跡だろう。そうとしか言いようがない。


「がはっ……ぐ、あっ」


 瓦礫の山を背から除け、ふらりと立ち上がる。

 あの攻撃を喰らって、目立った外傷が脇腹に刺さった鉄パイプ程度なのは、彼女がとっさに取った受け身と危険そうな瓦礫を空中滑空中に切り刻んで弾いたおかげだ。


「『癒しの理はっ……我が手の中に、傷を癒し、ッ…………! 心を癒し、かの者に、ぃっ、立ち上がる力を……今ここで灯らせる!』『ハイヒーリング』!!」


 途切れ途切れながらも呪文を唱えながら、脇腹に刺さったパイプを抜いて回復魔法を発動。

 痛みと共に傷が塞がるが、気力的には限界だった。


「ほう。今の一撃を受け止めるか。伊達に王の血を継いではいないな」

「うる、さい……!」

「しかし今のでMPがすべて吹き飛んだ。全く人間の体は脆弱としか言いようがない。私も早く自分の体にふさわしい者を見つけたいものだ」

「魔王種を、召喚するなんて……何なの、あなた……ッ」

「何なんだと聞かれても、貴様に私の正体を明かしても無駄だ。私は無意味なことはやらない主義でな。本来なら貴様を相手にするのも無意味というものだが――――そうだな、良い頃合だ。黙って傍観でもしていろ小娘」


 一体何を言っているんだという疑問が口から出る前に、空から青い流星が飛来してきた。

 状況がどこに傾いているのか全く理解できず棒立ちになったリーシャを、流星が結城と衝突したときの衝撃波が襲う。


「きゃっ!」


 周囲の瓦礫と一緒に飛びながら、薄く眼を開ける。

 見えない。速過ぎる――――

 受け身を取って地面を転がる。そして、ただ大量の花火が散っている場所を見つめた。


「…………私、は」


 無力だ。そんな言葉を軽いプライドが口に出すのを許さない。

 己の脆弱さを歯噛みし、涙した。




 平均速度マッハ20超の中、青い流星と黒き濃霧が剣と拳を交わす。

 衝撃波で周囲の建物が破壊される中、相対性理論の通りにゆっくりな世界の中で彼らは静かに言葉を送りあっていた。音さえ置き去りにする世界でどうやって会話ができるのだ。そんな法則など知るかと一蹴するかのごとく、ただ普通に。法則を捻じ曲げて。


「まさかそんなところにお住まいか? やめとけ。そいつはお前を受け入れられる器じゃない」

「逆だよ救世主メシアくん。これは空っぽすぎる。私と同じ奴があと数体入っても問題ないくらいにな。まるで入れ物だよ」

「くそが……仮にも王。こんなところで油を売っていないでさっさとするべきことを――――」

「貴様に言われる筋合いはない!!」


 渾身の一撃同士がぶつかる。衝撃波だけでなく歪な闘気も共同して地形を改変する。

 それはもはや本物の爆弾を爆破させた脆いジオラマだ。彼らが戦うには、この世界は柔らかすぎる。唯一の幸いは二人とも本来の力の百分の一も出せないということか。彼らが本気でぶつかり合った瞬間、この首都はもう半分ほどが更地になっている。

 悪魔と英雄のぶつかり合い。化け物が私は敗れんと勝利をかけて周囲を見境なく破壊している。勇者はそれをさせるものかと破壊を最小限にまで抑えながら封殺を試みている。

 殺す覚悟があるものとそのつもりがない者の違いは大きかった。


「模造品と言っても一度は■■■を退けた剣だ――――さぁ、暴れろ■■■■■■■!!」


 黒い長刀ロングブレードに赤い刻印が浮かび上がる。まるで地獄の深淵から掘り出したような毒々しさと凶悪さ。全ての生命にとって街でしかないその存在はあまりにも危険すぎる。だが武器としては、命を脅かす存在としては最高だ。黒剣もそれを楽しむかのように震えだす。


「全く最高峰に最悪な組み合わせだよ……来い、デュランダル!!」


 剣と正面からぶつかり合ったというのに傷一つない手を開き、魔法陣を展開。そこから出てきた柄を掴んで『それ』を引っ張り出した。

 出てきたのは、長い物をしまう様なケースに剣の柄をつけた様な武器だった。無理を通して例えるなら、質量を持って相手をたたき斬るグレートソードだろう。刃引きされているが。

 何処からどう見ても闘うための武器とは思えない。切断は当然無理だし、よくて鈍器だろう。しかもかなり重い物らしく、地面に触れた瞬間音もなく沈み込んだ。推測から十tは軽く超えている。

 しかしそれを握り、軽く棒でも振り回すがごとく素振りをする。その動作で周囲の地面が軽く吹き飛んだのは言うまでもないだろう。


「はっ。七重封印を施した世創りの聖剣か。そんなもので私を相手に――――」

「殺すつもりはないんでね。その体の持ち主には色々と用があるんだ――――引っ込め寄生虫が」


 結城が剣を大きく振りかぶる。これが決まればたとえエヴァンとてただでは済まされない。

 それゆえかエヴァンは手に持ったグレートソードを横に構え、その身をもう一方の片手で支える。武器の同体で相手の攻撃を正面から受け止めるこの構え。攻撃を受け止められるのは確実だが、武器が折れる可能性が極めて高い。まるで愚図でも見るように結城の顔は笑みへと変わった。


「馬鹿が!!」


 武器ごとエヴァンを叩き斬る勢いで、赤い血管を張り巡らされた長刀ロングブレードが小島を両断できて有り余る威力で振り下ろされる。こんなものを受けたら並の武器は折れる前に切断される。

 正面から受けたら、の話だが。


「――――馬鹿は手前だ」


 長刀ロングブレードがグレートソードに触れる寸前――――垂直に構えられていた刀身が片方だけが少しだけ後ろに引かれた。正面から受けられるはずの衝撃が行き場をずらされ、長刀ロングブレードはそのまま急斜面へと移行する刀身の上を滑っていく。

 いわゆる受け流しだった。

 ただしこれは攻撃が当たる直前。本当に触れるゼロコンマ数ミリ前で起こした神業。相手に本来の目的を気づかせることなく行えたのもそれが理由だ。普通の受け流しだったらまず気づかれてこんなチャンスは生めなかっただろう。

 しかし一度やってしまえば二度と起こせない機会。

 失敗は許されない。

 エヴァンは体をひねって、遠心力をかけながらも足で制動し、グレートソードに結城が死なない程度の力を込めて半径五百メートルの地面にクレーター・・・・・ができる程度・・・・・・の威力で振り下ろす。狙うは心臓の真後ろ。背骨。最悪折れるだろうがその場合はヴァルハラの最先端医療で治すだけだ。


「死んだらすまんよ」


 しかし半笑いでそう呟く。

 こいつは手加減できる相手ではない。仮にもかつては自分より腕力、速度、技量全て上回っていた奴だ。弱体化したからと言って慢心は許されない。

 グレートソードが振り下ろされ、結城の背中に衝突。ゴギゴギと嫌な音が剣先から伝わるが、遠慮無しで両腕を下ろし切る。

 地面が吹き飛ぶ。乱れる気流が悲鳴を上げる。地盤が凹み土煙を巻き上げながら衝撃波が音速ではるか遠くまで伝わる。これで生きていたならそれが奇跡だ。


「ぐ、がっ、あ――――ガァァァァァアアアアアアアアアア!!」

「しぶとい奴め……ッ!」


 そんな攻撃を受けたにもかかわらず、結城は立ち上がる。身体のダメージはもはや行動不能なレベルにまで達しているはずだ。しかし治癒効力がある黒く変色した炎を纏いながら、体全体を利用してグレートソードを跳ね除けるとエヴァンの喉笛を食い千切らんと襲撃する。

 ダメージ以前に精神力が人間を超えている。人間ではないのだが。

 無理か。そう確信して、エヴァンは一瞬だけ両目を金色に輝かせる。

 だが運命はそれを許さず、空中から炎の翼を生やした赤い影を降らせた。その存在に今まで気づかなかったのは、余計なものをすべてそぎ落としていたからだろう。よそ見が許される相手同士ではないのが大きい。


「――――よくやったわ。後は任せて頂戴」

「何?」

「ガッ――――!?」


 空から降ってきた赤い影は結城の頭を推力に任せながら地面に叩き付けると、四肢に空中に出現させた焔剣を突き刺す。もちろん『アヴァール』による特殊能力。実体剣なので、炎系攻撃が効かないという現身の特殊体質は働かない。


「ぐっ……!」

「まったく。やっぱり私はこいつを抑えていた方がよかったわ。……これも何かの縁よ。実験体になってもらうわ」

「また、焔縛呪か……!」

「ええ。ただし最大級。貴女レベルでも最低数ヶ月は出られない代物だけど」

「き、っさまぁっ……」

「もう話は結構。貴方はそこで見てなさい。エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン」

「お前は」


 何かを言おうとしたエヴァンを無視し、赤い影、ルージュは頭を押さえつけている手に意識を集中する。それに応えて赤い粒子がまき散らされ、周囲を満たす。

 わかる者はわかるだろう。これは炎属性の高濃度魔力粒子。炎魔法を効率よくかつ高威力高効力へと変貌させるスペシャルな粒子。炎魔法のスペシャリストでも少量を生み出すのが限界のはずなのに、この少女はそれを大量に生産している。

 エヴァンはそれを何も言わずにただ見ていた。無表情に、ただ傍観するように。


「《私は破壊の天使の指揮官であり、支配者である。その天使は凶暴、巨悪。宛ら賢く残虐。私は考えた、そのもの等をどうやって制御するかを。三日三晩、飲まず食わず私は考え込んだ。そしてついに一つの答えにたどり着いた》」

「まさか……天使の、能天使の力をっ」

「《私は自身の力を以て、私への恐怖を植え付けた。炎によって、地獄を一度燃やし尽くした炎によって、彼らの翅を焼滅させ、来る日も来る日も鎖に縛り付けた。お前たちに自由は無いと絶望させた。彼らに自由は要らない、要るのは神への忠義と忠誠。さぁ、暴れるな。罰を与えるぞ》」


 赤い粒子が異様に発光し始める。

 それぞれが集まり、巨大な魔方陣を上空に形成する。ルージュという人間の頭脳と知識を終結させた最高傑作の封印術。たとえ魔王だろうと封印する最高の鎖が。


「《赤き豹(Chamael)の名を以て命ずる――――その存在、(Existat, p)永久の牢獄(erpetuo ca)へと送ろう(rcere mitt)(am.)!!》」


 瞬間、大量の魔法陣が、肉眼で認識できるだけでも数千。高次元に隠れているものを含めれば数万なる魔法陣が速攻展開される。まず普通の者では脳や体への負担から脳と五臓六腑が四散する。失敗作といえど天使の器だからこそできた芸当。


「ハッ……錆びた器がやってくれる」

「どうとでも呼びなさい。腐った王者」


 全ての魔法陣から数億もの赤く透明な鎖が飛び出してくる。

 ルージュは体を離れさせ、それら全てが結城の体へと突き刺さる。だが血は出ない。実体を持っていない鎖・・・・・・・・・・だ。出なくて当然だ。

 封印するのは肉体ではなく精神アストラル体。実体を持つ必要はない。それに高次元から展開している魔法陣もあるのだ。実態を持っても意味が無い。いや三次元下では持てないと言った方が正常だ。

 そんな非実体の鎖は、結城の中からどす黒い精神だけを引き摺り出した。真っ黒の人型を持った精神体。とてつもなく濁った魔力で構成されたそれは鎖に吊られ空中に出されると、最後に展開された大型魔法陣から出現した槍に貫かれる。


「…………」


 忌々しげな顔でルージュを見つめると、黒い精神体は砂のように鎖と共に消え去っていく。

 だが消えてはいない。高次元に存在を移しただけで、厳密には精神的バイパスでつながったままだ。完全に切断するにはそれこそそんな特性を持つ聖剣でバイパスを断つか、あらゆるものを斬れる武器、魔剣『ストームブリンガー』などで精神体そのものを殺すしかないだろう。

 事態の根本的な解決までには至らなかったが、どうにか峠は越えたかとルージュは尻餅をつく。


「なんだ腰でも抜けたか?」

「黙りなさい。だいたいなんで貴方がここにいるのよ」

「初対面のガキにタメ口される覚えはないんだが」


 呆れるような口調でそう言った後、エヴァンは倒れて気絶したままの結城に近づく。

 それに気づいてルージュは彼の肩を掴んで引き留めた。


「何するつもり?」

「……意識がないか確認するだけだ」

「嘘おっしゃい。あの剣、拾いに行くんでしょ」


 そういってルージュは視線を結城が右手で持っている黒い剣に向ける。

 否、剣と評していいものか。表面に赤い血管のようなものが走っておりそれが一定間隔で脈動し動いているものを。もはや生物と仮定した方がまだ信憑性がある。

 魔剣などという範疇に収まるものではない。アレはもはや一つの生命体。悪く言えば寄生生物だ。

 あれに触れたらどうなるかは目の前で繰り広げられている。


「触らない方がいいわよ。触ったら浸食される」

「だろうな。ぶっちゃけ破壊した方が楽だが、今はアイツの体とつながっているわけだし、どんな影響が出るかわかったもんじゃねぇしな」

「……ていうか貴方、こいつとどんな関係なの?」

「俺はこいつの命の恩人。で、今ちょっと騎士団に勧誘中。中々いい人材だからできれば死なせたくはねぇな。って思って今助けてる」

「ふーん。別にいいけど、危害を加えたらただじゃおかないわよ」

「はいはい。失敗作・・・さん」

「――――」


 空気がその瞬間に張り詰めたものになる。

 氷より冷たくニトログリセリンのように少しでも刺激を与えたら爆発する。中途半端な精神力を持つものが居たらまず潰れて腰を抜かしていただろう。


「不思議か? この国が『工房』と繋がっているのが」

「…………」

「ここ数十年で中央大陸一の大都市に発展した。それ以前も巨大国ではあったが、さすがに技術体系は古臭い錬金術や頭の固い奴らが作り上げる魔法や魔術だったからな。正直『魔導科学』が入ってきてからは信じられない速度で発展している。代わりにレアメタルをあっちに輸出しているわけだが。……大国の発展の裏に別系統の技術体系を持つ組織の協力があった。別に、可笑しなものでもないだろう」

「……どこまで知ってるの」

「さぁ。新たな技術系統研究の進行中。天使の存在、その器の開発中、成功例のアウローラ・デーフェクトゥス、成功に近い失敗作ルージュ・オビュレ・バレンタイン、メルクリウス・クレプスクルム、オムニス・ウーニウェルスム、ルーナ・ノヴァ・プールスインウィディア。試験中のフィーニス・シレンティウム、アエテルタニス・ルーナーティクス。老化現象遅速化法。工房持続システムコード『Adam』。異端コード『Abel』『Cain』。工房についてはそれしか知らないな。中で何をやっているのかは全く見当つかん。知らなくてもいいけどな」

「なるほど……都合の悪い部分は見せていないってこと」


 何かに納得したようにルージュは顎に手を当てた。

 ああ確かにアイツらのしそうなことだ。とひとりでに納得し続けるが、エヴァンにはあまり言っている意味が分からなかった。読心スキルを使ってもいいのだが、さすがに度が過ぎるというものだ。仮にも国家機密。自分が知る権利は無いと、諦めて黒い剣のほうへと視線を移す。


「さてと。俺の予想通りならそろそろ……」


 こちらも何やら意味の分からないことを呟いた。




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