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第三十六話・『此処で共に踊るは、汝を死へ誘う舞踏』

「あっ……っつぃ」


 起きて感じたのはまずそれだった。

 熱い。まだ春特有のそよ風が吹いて、汗など流さず、しかしそんなに寒くもない季節のはずだ。

 なのになんだこの暑さは。布団を何十も包まって、蒸し焼きにでもされているような気分だ。

 気づくと、ベットの上で寝ている。そこは別に問題ない。不思議でもなんでもない。

 問題は――――なんで五人も俺の布団の上ですやすやと気持ちよく寝ているか、というものだ。


「――――熱いんだよこの弩阿呆どもがぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!」


 汗を一リットルほど流した気分のお返しに布団をひっくり返して全員空中に舞い上がらせる。

 全員床に不時着したが、怪我をした様子もない。運がいいのかそれとも俺の運が悪いのか、確実に後者だろうけど。


「ぎゃー」

「わー」


 しかもそんな薄い反応と反省心らしいものが全然見えない。

 たださえ汗たくでイライラしているというのに、ぶちっと頭の血管が一本ほど切れたような音がした。


「なんなんだよお前ら、マジで何なんだよ自分の部屋で寝ろよつかリベルテ、お前も何悪乗りで上に乗っかってんだ! 熱いんだよあり得ないぐらい! リーシャお前は昨日のことでなんで懲りないんだ悪戯好きにもほどがあるぞそこらの悪戯小僧の悪戯の方がまだいいわッ! というかストッパー役のはずの紗っ……ブランお前はなんで止めなかった言え! なんでだ、なんでだぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!」

「もぉー、朝からそう怒るなって。ったく目が覚めちまったじゃねぇか」

「自業自得だボケェェェェ!!」


 朝っぱらから叫んでいるせいで頭が非常に痛い。

 たださえ体がまだ疲労から回復しきっていないっているのに、きっつい。

 これは一度落ち着いた方が自分の身のためだろう。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 軽い酸欠を起こしながら汗だらけの額を手の甲で吹きながら、上体を起こす。


「――――んぎっぃっ!!?」


 瞬間凄まじい激痛が高速で体中を駆け巡る。痛みという獣が俺の体をもてあそぶように、指一本動かしただけで激痛は再発。内臓にダメージが行ってないだけマシだが、痛みにより上体を起こすもクソもなかった。

 先程布団ごとあいつ等を払いのけるときどうやって腕が動いたのか体に聞きたい。真面目に考えると寝起きだから痛覚が鈍くなっていたのかもしれない。


「あーあ、だから体押さえていたのに」

「まったく人の良心を察せない奴だなぁ~」

「テメェら揃いに揃って俺の体を潰していただけじゃねぇかっ!?」


 傍から見ればただ上にのかって寝てる人を苦しませている阿呆どもである。感謝以前に呆れと怒りがくるのが正常である。というかこれ以外にもっといい方法あっただろうにどうしてわざわざこんな方法を取った。


「いやー、お前の上って意外といい温度で。みんなで少しだけ上にのかっていようって提案してやっていたらいつの間にか寝落ちしていたと」

「駄目じゃねーか!!」




 一波乱あったが、その後皆反省の言葉を述べたことでどうにか落ち着きを取り戻した。

 体が過労の反動で大ダメージを負っており、筋肉がつかれて無理に動かそうとすると激痛が走る、と紗雪が呼んだ医者からそう通達があった。さらに悩みごとぉおなんこも抱えていたり急な神経接続で生み出されたストレスが体の免疫力を下げているらしく、当分、最低でも一日は動かず安静にしていることを告げられた。不本意そのものであるが、無理をすると二度と動けない体になると言うのでしぶしぶそれに従って数時間。

 現在十二時、昼時である。

 昼といったら昼飯。昼飯と言ったら友達でワイワイ騒ぎながら楽しく食事をする、というものだが。


「…………」

「おっ、ウィンナーもーらい」

「ちょっ!? リベルテずるい! じゃあこれ頂き!」

「ってそりゃ俺の大好物ミルキーシープのカツレツっ! それだけは渡さんよ!!」

「もう食べちゃったもーん」

「うがぁぁぁぁぁ!」


 何故がおかずの取り合いをして「オゥラ全部よこせぇぇぇ!」と絶叫しながらリビングで追いかけっこをしている男と「捕まえられるんなら捕まえてごら~ん」と自慢げにステップ踏みながら盛大にずっこける女。


「お父さん、はいこれ」

「え? いや、お父さんはもう飯食べたんだが」

「娘がせっかく作ったのに食べないなんて……お父さん、私」

「あーわかった食べる食べる!」

「……どう?」

「あー……お、美味しいよ」


 他人の家にまで来て親孝行して、父の方は娘の料理を食べて顔色を蒼白にして、娘は父の言葉を信じて「本当に? やった!」と自覚がない飯マズを発揮している娘。


「だぁぁぁから私のおごる酒が飲めねぇっつーのがヴィルコラァ!」

「いやだから僕未成年……」

「知るか細かいこと気にすんな! 男だろうが!」

「男全然関係ないだろうそれ!?」


 いけないことに未成年に飲酒を進めている駄目な獣人とそれをフォローする、あちらよりよっぽど大人に見える少年。


「あ、あのー……」

「…………(もぐもぐ)」

「……(もっきゅもっきゅ)」

「ご飯おいしぃな~♪」

「……うえ~ん!」


 藍色と緋色の髪がとても綺麗な、見た目だけなら恐らく十二歳未満ぐらいの幼女三人にガン無視されて泣き出そうとしている少女など。

 まさに「なぁにこれ」なフィールドがリビングに形成されていた。

 どういうことだと脳内を疑問で埋め尽くしながら無言で寝ていた俺の横に、お粥が置かれる。


「リっちゃんが呼んだのよ」

「リっ……は!?」

「あ、リーシャのことよ。リーシャル・オヴェロニア」


 何時の間にお前らそんなに親しくなった。

 てゆーかリーシャこんな狭いリビングに、十二人も入れるなよ。どう見たってかなり狭いんですが。


「俺としては、美少女が一杯いて桃源郷かここは、という境地に至ったんですけどねぇ。リーシャ様様だよ」


 そして昼食を頭から思いっきり被っている馬鹿が俺の寝ているベッドに腰掛ける。頭にあるオカズ類がこぼれないかとひやひやするが、なぜか絶妙なバランスで全然落ちない。変なことは異様に得意だなお前。


「……ちなみにその美少女やらは年増も含まれるのか?」

「俺の許容範囲は十五から十八までで胸はある方がいい。残念ながら年増でHIN☆NYU of the FullFlatなファール・エゼトリエドさんは脱ら――――あ、ちょっと用事を思い出したので出かけてきます」

「懲りねぇなお前……」


 さすが獣人。耳がいいのか綾斗の小声を瞬時に聞き取り、ガチャっとアイテム欄から機銃斧ハルバードライフルを召喚し、コッキングレバーを引いて対物弾を装填する。

 直後綾斗は窓から脱出。それに着いて行く形でファールも飛び出した。


「待てゴラァァァァァァッ!! 年増でヒンニューとは誰のことか聞かせてもらうぞこのクソガキィィィィ~~~~~ッ!!」

「はっはっは、っはッ! 捕まえてごらん平成のルパン三世と呼ばれたこの私し草薙……おっと、リベルテ三世をっ!」

「三世じゃねぇだろ……」


 とにかくこれで少しはスペースが広がった。リーシャが無言で窓を閉めるのを見送って、ため息を吐きながら頭を抑える。熱い、頭痛がする。プラシーボ効果で変な病気でも発症したのではないのだろうか。


「熱?」

「そう、みたいだな……」


 風土病などにかかっていないといいのだが。

 息が少しずつ早くなる。体の力も抜けていき、痛覚も薄れていく。

 死に向かっているような感覚が、体を一瞬だけ冷たくした。

 すぐに紗雪は冷たい水に濡らしたタオルを持ってきてくれた。一度軽く絞って、俺の額に乗せてくれる。体が動けば自分でやったのだが、こんな状況だと申し訳ない気分が生まれてくる。

 この程度でへばってしまうとは、なんという腑抜けた奴だ、俺は。


「はい、あーん」

「……あーん」


 木製のスプーンで粥を口に運んでくれる紗雪。抵抗する気力も気持ちもないので素直に口を開ける。

 適度な塩味と触感。香りづけか隠し味なのかはわからない薬草の苦さが癖になりそうだ。

 続けざまに二口目を頂こうとしたが――――間に突然リーシャが入ってきた。


「ずるい」

「え?」

「私にもやらせて!」

「いいけど」


 特に揉めたりはせず、紗雪は素直にリーシャへと粥を渡した。

 ガッツポーズをとったリーシャはすぐに俺の口に粥を運んでくれるが、なんというか手付きが荒く、汁が顔に飛び散った。


「あちっ、熱い!」

「あ、ごめん」

「ったく……もう少し丁寧にやれよ」


 看病される立場としてはすごく上から目線だが、顔面やけどを何度も負う立場にもなってみろと言うんだ。現身の力で再生するとはいえ、痛くないわけじゃない。あの溶岩風呂だって実はちゃんと熱かったのだ。温度は感じるが火傷はせず。かなり不思議な気分になる。


「私もやりたい」

「あー私もー」

「皆さん下がっていてください! 父の友人とあらばその面倒を見るのもまた娘の役割!」

「いや娘の役割じゃないだろうそれ」

「もういいから何か食わせてくれ……」


 昨日の昼から何も食べていないんだ。朝は胃が弱っているということで山羊の乳を温めたホットミルク。それっきりだ。固形食は先ほどから全然とっていない(病人だから当然だが)。流動食もこれが今日初めてなのだ。腹が減った。過労死している体がそう脳に強く訴えてくる。


「はいはい。そこまで。リースも疲れているんだから、早く食事を取らせないと休めないでしょ。変に揉めるくらいなら、リースに嫌われるわよ」

「そ、それは……」

「こ、困る」

「かも……」

「私には全然関係ないようですが、父の友人に失礼するのは不本意なので辞退します!」

「話が早くてよろしいことで」


 食事は紗雪の手により再開される。

 すぐに粥を平らげ、一息吐きながらベッドに体を深くゆだねる。

 今すぐにでも眠りたい気分だが……それは彼らに失礼というものだろう。もう少し起きていることにした。睡魔を振り払い、健康な細胞を活性化させる。免疫力を高め、少なくとも今日中には治るように。


「そういえばリース。昨日誰かに絡まれたんだっけ?」

「あ、ああ……」


 そういえばそんなことにしたということを紗雪から聞かされていた。

 もし齟齬が出ようものなら一発で見抜かれる。話がややこしくなると非常に面倒なので、ここは作り話に乗っかるしかないだろう。もしルージュの発生理由がバレたら即OUTだ。

 俺の社会的信頼的な意味で。


「いやー、酔っぱらいの大男に絡まれてさー。そいつが意外と強くて、油断していたら後ろの堀に落ちちゃって、大男のほうがどうにか撃退したんだけど、全身を強く打っちゃってさ。あ、あははは……その時に目も傷ついちゃって、ああ、うん」

「災難だったね~。目は治るの?」

「それが結構かかるらしくて、え、えーと……そう、半年ぐらい。そのぐらい」

「知り合いにも目を失った人がいてねー。その人闘うときにすごく大変そうだったんだよ。ねぇ、リースは大丈夫なの?」

「だっ、大丈夫大丈夫。うん、便利なアイテムを買ったから、見えるっちゃ見えるよ。……で、なんで一々話す語とにじり寄ってくるんですかね。なんで顔を俺の目の前に置くんですかね」

「なんとなくかなー」


 なんとなくもクソもねぇよ。

 顔を後ろに下がらせたいものだが、首の筋肉がまだ不自由だ。ああ不幸だ。せめてキスはしないようにしてほしい。絶対騒ぎ出すから。頭痛くなるから。


「ね、リース……恋人とか、いる?」

「なんで今その話題を持ってきた」

「はぐらかさないでよー。皆それ気になっているみたいだから。代表者として、聞いてみます!」


 唯一ジョンだけが首を横に振ったのが見える。なるほど女性陣の算段か。面白くないよ。

 紗雪は無言で俺を一瞥するだけだった。それだけで「私は関係ない」と言っているのがわかる。

 しかし止めに来ないことから興味はあるのだろう。


「恋人か……ま、いたと言えば、いたかな」

『!!』


 全員が息を飲む。あの紗雪でさえ。

 すぐにリーシャが興奮して身を乗り出す勢いで問い詰めてきた。


「だ、誰なの? その恋人って」

「正確には、『元』、だよ。もう恋人じゃない」

「そうじゃなくて! 名前はって聞いてるの」

「名前ね」


 本名をそのまま伝えていいのやら。俺の名前じゃないから別にどうでもいいんだが。

 そうだな、かなり昔のことだから、あまり思い出せない。

 確か、そう。


美影みかげ篠嵜しのか……三年前の、恋人だ」

「ミカゲ、シノカ? 変な名前だね」

「そうだろうな」


 外国人の名前を可笑しがるようなもんだ。誰だって外国人の名前を聞いたら「変な名前」だと思うだろう。普通の感覚だ。

 彼女は相変わらず、歪んでいない。


「その人は今どうしてるの?」

「死んだよ」

「……へ?」

「死んだ。いや、殺された。嫉妬深い、名前も知らない誰かにね」


 美影篠嵜――――ほぼ一方的だったが、俺に好意を持ち、交際にまでこぎつけた人物。

 昔の俺にしてはあまり興味の持てない人物であったが、それでも少なからず俺が好意を持った稀有な存在。今となっては、もう過去の人物だ。

 なぜなら、彼女は自分に寄せられていた恋心に気付かず、それに取殺されたのだから。

 あの光景が再生される。

 自分の知らないところで、彼女に死が訪れ去った光景を。


『ねぇ、路地裏で人が刺されたらしいよ』

『聞いた聞いた。確か、水色の髪の女の子だっけ。背中から包丁一突きだって』

『しかも犯人まだ捕まっていないとかー。怖いなー』


 路地裏に横たわっていた、少女の死体。

 輝いていた水色の毛髪は生命の源を失ったように、汚水塗れになりガサガサになっていた。

 学校の制服は血だらけで、元の模様が完全に失われつつあった。

 噂を聞いて向かった先で警察は搬送しているそれを見た俺の表情は、どんなものだったのだろうか。

 近くで写真を撮っていた奴から悲鳴が出るほどにはひどかったのだろうが。


「リース?」

「あ、ああ、ごめん。考え事をしていた」

「その、殺した人って」

「死んだ。自殺してな。……馬鹿な奴だったよ」


 これ以上思い出すと、頭に霧がかかってくる。自分でも思い出したくないトラウマの一つでもあるのだから当然だ。事実二年は心の底に置いておいて、今の今まで一度も思い出していないのだから。

 しかしアイツの名前を忘れる前に思い出せたのは、自分にとっても幸運なことだった。

 あれを忘れてはならない。

 大切なものが失われる痛みだけは。


「なんか、ごめん。リース……」

「別に良いよ。いい機会だったし。それで、この答えにお前は満足したのか?」

「えー、えーと……満足というよりも、罪悪感しか」

「それでいい」

「え?」

「罪悪感が持てるということは、まだ正常な精神な証拠だ。それを大切にしろ」


 こんな、人間のふりしかできない化け物にならないように。

 微かに盛り上がっていた空気も、すっかり消沈してしまっている。例えるならようやく燃え始めた火種に大量の水をぶっかけたものだ。やってしまったと若干後悔する。


「……疲れた、寝る」


 だからと言って自分に場を盛り上げる能力など有る筈もない。

 無責任だがここは他の奴らに任せるしかない。何とも言い難い気持ちになりながら、布団を深く被った。今は身を休める他あるまい。

 ……一瞬、部屋の隅にあった黒剣が震えたのは気のせいだろうか。



――――――



 黒い空間。

 また、戻ってきてしまった。ここに。

 記憶を消され、存在さえ曖昧にされたはずのここに。目覚めたら、前にあった記憶は全て取り戻されていた。どうせ目覚めたら今回の記憶もないのだろうか。

 しかし今はそんなことどうでもよかった。

 ここに来てから三時間。俺は当初想像もしていなかった仕打ちにあっていた。


「どうして?」

「……」

「ねぇ」「どうして?」「「どうして私を握ってくれないの?」」


 悪夢だ。これは、間違いなく悪夢だった。

 喉が一週間も水分を口にしていないように異様に乾く。神経は干されたように働かず、痛覚だけはやたら過敏に送ってくる。最高に最悪な感覚を体験させてくれたものだ。この悪魔二人は。

 全身の内臓、果ては脳までかき回されているような不快感が続く。これで鮮明な思考が保てているのは、自慢するわけではないが俺の持つ異常なまでの精神力ゆえか。実を言うと気絶した方がまだ楽だっただろうが。

 巻き交ぜられてグチャグチャになった脳に大量の黒い蛆虫が飛びつくように咀嚼を開始する。常人ならとっくにショック死してもおかしくないほど面白可笑しな悪寒だ。潰された胃には泥を詰め込まれ、省庁にはよくわからない生物の目玉をたっぷり。大腸は首に巻かれてマフラーのようにされている。肝臓は黒い鳥に少しずつ食われ、腎臓は白い赤ん坊に潰されもてあそばれ、膀胱は糞尿を詰められる。

 眼をむきそうな山上を味合わされているしかも感覚は全部生きていた。痛覚は遮断されていたので幾分マシと思えるが、定期的にオンオフが行われているので気を抜くと激痛が襲ってくる。

 これ以上の物理的な生き地獄となれば、それはもう人間楽器にされたり人体改造されておもちゃになっていたり、生きたまま肉の塊にされたり――――ある意味現状もそれらと同等の酷さを持つか。

 かろうじて残されている肺や喉を使って言葉を紡ぎ出していく。そこ以外の感覚がすべてカットされているのだから、今の俺にはこれしかすることがない。できない。


「俺に、触れるな」

「……」「……ふーん」

「俺に、関わるな。殺すぞ」

「できるなら是非」「やってみてよーお兄さん」


 痛覚が戻る。


「ギッッィァガ――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!???」


 何度目だろうか、想像を絶するこの痛み。

 それもショック死する寸前でカットされる。鈍痛は続く。

 生きたまま内臓を掻き回され食われていく痛みなど想像もできない。想定もしていない。苦しい。死にたい――――そう思わせるのがこの双子の目的だ。

 正直舌を噛み切ってでも今すぐ自決したい。だがそれでは恋tらの思い通りだ。それだけは絶対にするわけにはいかない。前回味わった異様なまでの自壊衝動。自分の意志ではほぼ絶対に思わないはずの行動を本能的にとってしまった。

 つまりアレは俺自身の意志でやった行動ではない。こいつらが、一瞬だけだが俺の意識の主導権をジャックした双子が無理やり俺に行わせようとした自殺行動。

 直前で目覚めたのでそれが完遂されることはなかったが、やはりこいつらの手口は『常識外の苦痛を与えることによる精神の摩耗』だ。そうすれば意識に隙間のようなものができて、そこから自由を奪っていく。単調でなんとも複雑な手順だろうか。

 過去に一度引っかかったが、もう同じ手は食わない。

 絶対に自由は、渡さない。


「じゃあじゃあ」「これを見ても平気でいられるかな?」


 双子は笑いながら、まるで死神の囁きの様にそう告げた。

 白い地面が泥のように盛り上がり、何かを形作る。手足は女のように細く、腰もスラリとしていて、脚のバランスも整っている。女性なら誰もが欲しいであろう理想の体型だ。胸も十分にあり、男性ならよほどの女嫌いか男色家でもなければ欲情を抱いてしまうだろう。

 しかし俺にとってはそんなものはどうでもよかった。

 問題は顔だ。

 顔が俺の知り合いどころか、唯一の肉親。椎名優理そのものへと変わっていたのだ。

 体もよく見ればところどころ酷似している部分がある。泣きぼくろや体の数か所にある傷跡――――間違いなく椎名優里の体だ。

 そんなものを見せられたら、さすがに俺も動揺した。

 しかしアレは偽物。どれだけ似ていようが、優里がここにいるはずがない。


「……お兄、ち……ゃん」

「呼ぶな……!」


 だがそれでも、相手は俺を陥れようと策を張ってくる。

 やめろ、その声で呼ぶなと懇願しても、そんなものが相手に通るわけないのだ。

 いくら偽物であろうと、姿形が似ていれば、簡単に感情は拭えない。

 歯噛みする。


「助け、て」

「、めろっ……やめ、ろッ!」

「た、すけ――――」


 双子は優里の紛い物にひたひたと水溜りの上を歩くような音を立てながら近づくと、その体を小さな手で撫でまわす。気持ち悪い、触るな。そんな自分でも認めたくない感情が胸の底から湧いてくる。


「偽物でもねー」「人間というのは『似ている』っていう理由だけで」「感情移入しちゃうんだよー」「馬鹿だねー。本物じゃないのに」「うん、馬鹿馬鹿。笑いたくなるぐらい」「「バァカ」」


 怖気が立つほどの組み合わせ。一心同体のような絶妙なタイミングで、双子は俺の心を無理やり破ろうと挑発的な言葉をかけてくる。

 否定できないところが、また頭に血が上る。今は上る血も消えているのだが。

 クスクスと不気味に笑う双子は、優理の体に爪を立て――――肉の中に刺し込んだ。本来ないはずの『赤』が傷口から噴き出す。理性が切れようとする。


「今回は」「特別」「お兄さんもやる?」「やる?」「「アッハッハハッハハハハハハハハハハハ!! デキルワケナイヨネェェェエエエエエエ??」」

「……ろす」


 巧みな言葉使いで、ついに俺の理性は完全に裁断された。

 もはやこいつらに情をかけるなどあり得ない現象だ。ああ、最初からこうすればよかった。

 壊しておけばよかった――――!!


「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺スコロスコロスコロスコロスコロスコココココkrrRrss殺ghWnaこcEp――――――アアアアアアアアアアァァァアアァァアアァアアアアアアアアアガァァァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!! ギィリリィィィアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」


 右目の部分から黒い液体が溢れる。

 それは俺であり俺でないもの。災厄にして最悪。絶望にして真理。全ての法則を根本から捻じ切り押し返し圧倒的なまでの我が儘でどんな法則だろうが自分色に変える理不尽そのもの。

 神に一番近く、その加護を一度は受け、見放されたもの。

 力が乱流し暴走し自立し暴発したもの。

 全生命の天敵であり親であり――――この世で最も愚かしい行為をした■■。

 欲望は■■の大好物。

 喰らい、喜び、終滅という祝福を合意であろうとなかろうと喜んで振りまく、真の狂者。


「アハ♪」「ようやく出てきた」

「コ■■ゾ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!」


 濁音が喉から溢れ、口からも溢れる汚水が黒い空間を塗りつぶす。

 双子はニッと笑って空中に躍り出る。


「さぁさぁ玩具さん」「こちらにおいで」「一緒に」「踊りましょう」「「アハハハハハハハハ」」

「アぉ、ガボッ……ゴッブ――――あああああアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」


「「《此処で共(Saltatio)に踊るは( mortis )、汝を(Mitto e)死へ誘う(go te ad a)舞踏(utomata)》」」



――――――



 殆ど全員が自分の場所に帰った頃には、もうすっかり夜の九時を過ぎていた。

 皆昼から晩まで大騒ぎしていたせいか帰ると国は妙に疲れた顔だったが、なんだかんだ言って楽しそうだった。

 ちなみにリベルテ、綾斗は結果的にファールにつかまって酒を樽ごと飲まされたせいで酷い酔いが見られてダウンしてしまったが、そっちはそっちで紗雪が看病している。今この部屋にいるのは、リーシャと寝込んだ結城のみであった。

 アウローラやルージュは食材が尽きたせいでその買い出しに行っている。リーシャも行こうとしたものの、二人から「リースを見ていて」と言われてしまったために、リーシャしかここにはいない。

 不服そうだったが、満更でもないようで、


「もー、せっかく経費で大好物のブルーマンゴーアイスを買おうと思ったのに」


 という言い訳をしながら顔は立派に「えへへ~」と垂れていた。

 思い人と二人きりでいられるのがやはり一番の理由か。それ以外の理由がないのだが。


「……ふっ、二人きりだし、その……誰も見てないよね」


 リーシャは最大限の警戒を張りながら、横になっている結城へと近寄る。

 鼻息を荒げ、寝顔をこれでもかという強い眼光で見つめた。

 次第に息が荒くなり、手も震えてくる。


「ね、熱を測るだけだから、温度計ないし額でやるしかないよね! まっ、ままま間違ってキスしちゃってもノーカウントだよねっ!?」


 自分にそう言い聞かせながら、リーシャは顔を結城の顔へと近づける。

 顔が非常にまずいことになっている。少なくとも女性がしていい顔ではなかった。


「はぁっ、はぁっ……せっ、せめて、ほっぺに。いや、でもこれ以上のチャンスは……でも、片思いの人が寝てる間にチューするのはなんか……いやそれもなんか興奮するけどっ」


 顔を近づけたり話している姿は、他人が見たら凄く笑える光景だろう。


「……って、アレ? ……リー、ス?」

「……――――」


 口が小さく開いた。

 起きているのか? と一瞬絶望しかけたが、違うと知る。寝言――――いやそうは思えないほどの形相だった。完全にもがき苦しんでいる。しかし体は動いていない。悪夢というより、何かに縛られているようだった。

 これが非常事態なのか銅貨を見極めようと注意深く観察する。

 何かを言おうとしている。しかし声は出ない。かろうじて口だけ動かしている、という雰囲気だ。


「……―――、!」

「え?」


 口の形で、結城が言っていることを察するリーシャ。

 その意図がわからず、一瞬硬直する。



『逃、げ、ろ』



 酷い悪寒がリーシャの体を走る。

 瞬間背中から禍々しい魔力が感じられる。リーシャは持てる全ての感覚と筋肉を総動員しその場で飛び上がった。半回転しながら天井に着地。アイテム欄という異空間から銀の細剣を取り出し天井に突き刺すことで体を固定。

 首を上に傾けて先ほど自分の居た場所を見る。


「ア、ア、ガァ、ッギ」

「……な」


 動揺の声が漏れる。

 あの黒色の魔剣を、イリュジオンを、あれほど握るのを嫌がっていた結城が――――掴んでいた。

 結城の目がゆっくりと開かれる。

 右目は隠れていたが、左目はその異形を容赦なく見せつけた。

 白と黒が反転している眼。推移こまれそうな虚無感と威圧感を持つ、殺人的な視線。

 その凶悪さをこの一瞬で見切れない奴はよほどの脳内お花畑な馬鹿ぐらいしかいないだろうという、のしかかるプレッシャー。見るもの全てを魅了し、恐怖させる塊。

 それはもう人と呼べる存在ではなかった。

 化物モンスターだ。


「リース、嘘」

「ア、アッハッハッハッハハハ!!」


 体を一度だけ大きく痙攣させると、結城の体は物理法則を無視して寝た時の姿勢のまま直立姿勢へと移行する。手に持ったイリュジオンの感触を何度か確かめるような仕草をすると―――軽く・・、振る。


「――――ッッッ!!??」


 それに合わせて細剣を最高速度で振った。

 瞬時に走る剣閃。部屋全体に深さ五センチもの傷が生み出される。ただしリーシャの周りにだけは生じなかった。剣ではじいたのだから当然だが――――代わりに半分に折れた細剣の刀身が落下する。

 元々銀製なので強度はあまりないと言えたが、それでも特別儀礼と魔術処理のされた宝剣である。生半可な攻撃程度ではそもそも干渉すらできない。

 なのにいとも簡単に、折れた。折られてしまった。


「リース……じゃない」


 天井へと吊り下げる場がなくなったことでリーシャの体は重力によって下へと落下する。

 しかし足が床に着いた瞬間にリーシャは床を蹴って窓を突き破って部屋から脱出した。赤い液体が入った試験管を四本ほど部屋へと置き土産に投げ込んで。

 三秒後、大爆発。灼熱の熱風と黒い煙が窓から勢いよく噴出する。その風圧を利用しながらリーシャは遠方へと飛び綺麗に着地。周りの人々が奇異なものを見るような視線をリーシャへと向けたが、そんなものを気にしている暇など有るわけなかった。


「皆逃げて!!」


 その声を発した刹那、煙立つ部屋の中から黒い右腕を持った人影が飛び出してきた。

 その影は空中からためらいなく飛ぶ斬撃・・・・を数十も放つ。


「ガ、ア、アッハハハハハハハハハハッ!!」


 斬撃により床や建物が綺麗に両断される。その斬撃が放たれた後、斬撃に衝突した物体が大きく爆発した。衝撃波によりものか魔法によるものかはさておき、これにより住民たちもこの危険状況をようやく理解したようで悲鳴を上げながら逃げ始める。


「……あなた誰」

「キッ、イ、イイ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」


 言葉を理解しているのかしていないのか、結城の体を掌握した『何か』はただ気味の悪い笑い声を発するだけだった。聞いていて腸が裏返ったような不快感を感じる。

 折れた細剣をその辺に投げ捨て、リーシャは予備の細剣をアイテム欄から取り出す。


「……アーベルンシュタイン流、功の型免許皆伝。我が儘ながら、本名は伏せる。――――名乗れ」

「………………我流、我絶対ナリ。汝軟弱ナリ。嗚呼、愚カシクモ賢イ人間ヨ、少シハ楽シマセロ。我ガ名は、ルキナ。………期待しているぞ、王の子よ」


 真っ黒な双頭剣ツインブレードを二メートル超の長刀ロングブレードへと変形させながらそれは名乗る。

 髪が異常な速度で伸び、まるで女性のシルエットを模っていくようだ。

 何より目につくのは黒く変色し始めた右腕と左目。それがなによりも禍々しいオーラを放ち、リーシャの額から大量の汗をにじませている原因だ。

 本能から「アレは存在してはいけない物」と思えるほどの異物。

 死を覚悟した。


「さて、見た限りはここは古の帝国か…………。出てくるか? 鋼鉄の守護英雄ガリュプス・プラエシデュムへロイスよ」

「……?」

「貴様には関係ないことだ」


 ついには声帯をも女の物へと変わってしまう。さすがに体型は変わらなかったが、それでも知り合いからこんな声が出るとは気持ち悪いと思ってしまう。

 だが気にしていられない。そんな余裕が今は存在しない。


「アレが出てくるまでの退屈凌ぎ……五分は守ってもらおうか」

「……努力はするよ」


 苦笑いを浮かべたリーシャに、一切の戸惑いが消滅している一閃が放たれた。




GW――――それが休みの時期。初春でなれない体を動かしまくり披露した体をゆっくりと休める一年のうち少ない休憩シーズン。私もそれに従い、体を休めよう。


友達「遊びに行っていいか?」×5

俺「ざけんなおい」


 友達と遊ぶのってストレスたまりますよね。特にフリーダムな奴。

 そんな余談は置いておいて、次回の投稿予定は早くて十三日。遅くて十六日です。第一章は十一話ぐらいなので直ぐに済むなどと油断している現在ですが、かなり全体的に修正入れなければならないみたいです。誤字はともかく『キャラ』を修正するので。最悪三週間後にはならないように努力します。

……まだ五月だというのに部屋が蒸し暑くてやる気が削がれる毎日。扇風機は無い。クーラーなんかつけていない。あープール行きたいけど泳げん。

今年の夏は地獄になりそうです。


追記・学校などの諸事情があり、投稿は一日延期とさせていただきます。誠に申し訳ございません。

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