表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/110

第三十五話・『一時の休憩』

さて、色々行ってきましたがやはり忙しいです学校生活。

修学旅行とか体育大会などなど、準備に忙しい。時間もあまりないのに止めの大量の宿題――――実はタメ書きしていなかったらかなり不安定な投稿になっていますこの小説。

いやはや無計画に「できたから速攻投稿」などと世迷言を思わなくて本当に良かった。……といってもタメ書きの方もかなり不安定になってきています。しかも第一章も見返るとかなり恥ずかしいというかキャラの方が不安定だった……。

と、いうわけで最低で一週間、最長で二週間ほど休載させていただきます。一章のほうの改訂。崩れそうなペースの改善。スランプ修復。ほどんど私の不備です、はい。

もう二回目ながら、申し訳ございません。

環境が再度整ったらまた投稿を再開しようと思います。

 何時からだろう。俺が仲間を命がけで守ろうと思い始めたのは。

 そのために必死になって、駆け回って、這いつくばりながらも、一歩進めば全身が痛み出す茨の道を進みだしたのは。どうしてだろう。

 俺は昔から人間というものが心底嫌いだった。同族嫌悪とか、そういう類の話ではない。

 ただ何というのだろうか。魂の底から拒否感が滲み出てしょうがなかったのだ。遺伝子どころか魂という非科学的レベルでの拒否。しかし今はすっかりそれが消えている。


 ……いや、拒否というものから逃げているだけだ。


 俺は何時しか逃げた。背中を向け、何も見返らないでただ逃げた。

 自分を偽ることで。本当の自分を見せず、人の皮をかぶって暮らす鬼。人を愛し憎んだからこそ、信頼してくれる者のために闘う魑魅魍魎。百鬼夜行に立ち向かい、何度傷つこうが折れようが、ただ意地だけで立ち上がる哀れな悪鬼。

 それが俺だ。

 信頼している。されている。そのくせに本当の自分をさらけ出そうとしない。

 その下は紛れもない化物だからだ。怪異だからだ。

 人間という社会に異物が紛れ込むためには、その姿を、心を、偽るしかない。

 紛れ込めたところで、それを真似するしかできないのに。

 本質を変えられないと知りながらも、幼稚な憧れで哀れにも、悪鬼は自滅の道を選んでしまった。

 残ったのは焦燥感と不快感、そして後悔の念だった。

 ああ、こんなことをしなければよかった。化け物は化け物らしく、人間に淘汰されていれば今は楽になれた。次の機会を待てばよかった。無理をしなければよかった。

 それならば他人に拒否される苦しみを味わわず、親から存在を否定されることもなく、何も感じずにいられたというのに。

 それでも俺はしがみついた。唯一の希望が残っていたから。受け入れてくれる者がいたから。

 同類。世から弾き出され、不適合者の烙印を一方的に、ただ理不尽に押され人生を狂わされた者たち。

 そして……唯一の肉親であり、自分の全てを受け入れてくれた妹。

 自殺せずに今生きている理由は、それだろう。それがあったからこそ、今俺はここで生きているのだろう。古びた皮を被り続け、非難されようとも、泥を啜りながら這い蹲りながら、光を目指して進む馬鹿。馬鹿鬼。哀れな天邪鬼。

 この身が腐ろうとも千切られようとも食われようとも、決して諦めず人間を目指した悪魔。


 ……可哀想などと同情されるつもりもない。

 俺はただ勝利を目指した。勝利をつかみ取ろうとした。

 そうすれば人間になれると思い込んで。幸せになれると思って。

 それが間違いだった。

 不幸は幸福など許さなかった。勝利しても幸せなど訪れなかった。勝利してもしてもしてもしても――――待っているのは果てしない試練。人間に課せられた原罪。

 勝利は人を救うというが、実質は全く逆だ。

 ああ確かに周りは勝利に浮かれるだろう。だけどその中心にいる人物、この手で勝利をもぎ取った奴は違う。

 苦しみながらも手にした勝利。それは次なる試練へと片道切符だ。

 人々の期待と人物像をぶつけられ、その期待に応えようと一人走りし狂いながら勝利をもぎ取り、そしてまた期待がかかる――――勝利とはそういうものだ。勝利者とはそういうものだ。

 永久に続くループ。敗北すれば死ながらも敗北するしか脱出する方法がないデスゲーム。

 永遠に苦しむ運命仕掛け。

 それが勝利。

 本質は理解していた。

 だけど、するしかなかった、それ以外に道はなかった。

 逃げる? ああ、それもいいだろう。

 だがそれも敗北だ。

 大切なものを失う悲しみは、場合によっては死よりも深く心を傷つける。そして永遠に刻み付けられる。逃げた咎として。憎しみを、絶望を、正面から叩き付けられる。

 受け入れる? 人間はそんなに丈夫に作られていない。

 じゃあ勝利するか? 無間地獄に囚われ、死ぬまでその身を誰かにささげるか。

 ……正しい答えなどない。すべて間違っている。

 俺は、人間になれなかった。

 体こそ人間なれど、心は違う。

 心は誰にも変えられない。

 それでも正しい道があると信じて、俺はもがいた。それはいつまで続くのだろう。

 死ぬまでか、あるいは本当の道を見つけた時か。

 それは誰にもわからない。



――――――



 傷ついた体が上下に揺れる。

 雲のようにふわふわした意識はやがて水滴となり落ち、少しずつ、少しずつ意識が鮮明となっていき、曖昧さで隠れていた記憶も徐々にその形を作っていく。

 ああ、ここは何処だっけ。

 まず思ったのはそんな事だった。ここがどこであろうとも、どうでもいいというのに。

 そして、今俺が誰かの背中に身を預けていることに気付いた。男にしては妙に小さいから、女で間違いない。妙に暖かい。俺にはもったいないくらいの温もりだ。


「起きた?」

「……ああ」


 やがて知った声、紗雪の声が意識の根本をノックして目を覚まさせてくれる。

 申し訳ない心から背中を離れそうとするも、体が上手く動かない。


「……ここは」

「馬で草原を走ってるのよ。『塔』までの距離が仲居からすぐ行けるように馬を借りたのだけれど、馬車の方がよかったかしら」

「いや、助かる」


 体が怠い。動かない。

 動くとしても指一本程度。まるで重金属のプールに身を沈められたような気分だ。

 眼を開けると、暗い草原が映る。今は夜、月の光が煌びやかに草むらを照らし、輝かせている。

 綺麗だ。

 ……こんな感情、本当なら思うわけもないのに。

 本当の感情でもないのに。

 自分が嫌になる。

 ふと右目が見えないと感じて、右目のある場所をさすってみる。そこには包帯が巻かれており、少し窪んでいる個所もあった。そういえば、無くなったんだっけな、と思い返す。


「どうするのよ、その右目」

「どうしようもないさ。業者に頼んで義眼でも埋め込んでもらうしか」


 確実に距離感が掴めなくなり、弱体化は免れないだろう。

 さらには武器も粗方破壊された。破片や残骸は持ってきているものの、治せる見込みはあまりないだろう。今俺に残ったのはイリュジオンくらいだ。それもできれば使いたくないので、実質丸腰状態。

 本当に、最悪の展開だ。


「――――それで、諦めるの?」


 後ろからふと、聞いた事あるような無いような声がする。

 気づけば朱色の髪を美しく輝かせている少女が、布一枚羽織っただけの格好で俺の腰にしがみ付いていた。初めて見る少女、でも無い。

 ルージュ・オビュレ・バレンタイン。守護者ガーティアンにして俺の中に住み着いていた少女。俺がこの手で殺したはずの者だった。

 なぜここでこうして俺と同行しているのか、それは俺が聞きたい。


「ビックリしたわよ、私を見た途端気絶して。そんなに私を見るのが嫌だった?」

「少なくとも、実体はもう見たくなかったかな」


 仮にも死闘を繰り広げた仇敵だ。

 彼女を見たらあの光景が、痛みが、感情が、蘇ってくるというものだ。


「どうして俺と一緒にいるんだ。せっかく実体を取り戻したんなら、逃げてくれてもよかったのに」

「それも有りだけど、また一からやり直しはつらいのよ」

「……そうか」


 要するに、俺が最初この世界に迷い込んできたときと同じだろう。

 右も左もわからない。案内役もないRPGゲームだ。仲間を集めるにしろ、時間がかかる。

 ならば前のデータを持ってこればいい。なるほど単純明快。効率的で良い。


「それに、今あの子と離れるのは不本意だしね」


 あの子、とは当然アウローラのことだ。

 逆恨みをぶつけ、傷つけながらも和解した少女。しかしその代償に――――記憶をすべて失った。

 それを責任だと感じているのか。


「……どうやって実体を取り戻した?」

弾かれた・・・・、っていうのが私の言い分ね。アレが本格的に表に出たとき、強引にアンタの深部意識から引き摺り出されて、現身の再生能力で体を無理やり再現したものに魂を入れられた。っていうところかしら」

「つまり……別容器への緊急的な意識移行か」


 確かに汚染される危険からは、魂ごと別の容器に移すしか避難する方法は無い。

 これは体がその危険からルージュという『魂』を緊急避難させるために行った緊急処置……辻褄は合うと言えば会うが。


「ま、成ってしまったものはしょうがないでしょ。それとも何? 私に戻ってほしいの?」

「いやそういうわけじゃないが……」


 子供が一人、また増えた。

 これを他の仲間にどうやって説明すべきか、と真剣に悩んでいるのだ。


「どうやって説得すればいいんだよ……特にリーシャ、あいつ絶対食って掛かるからなぁ」


 先が暗い。

 やる気も出ない。

 体はボロボロ。

 右目は無くして、唯一頼みの綱である義手も真っ黒に汚染されて、先ほどからピクリとも動かない。

 ……一気に考えていても仕方ないか。


「安心しなさい。説得は私の方でやっておいてあげる。今は、休みなさい」

「ええ。こんなことは短い間で片づけられる問題じゃないからね。……あなた何でもかんでも背負いすぎなのよ」

「……は、ははは」


 お言葉に甘えてそうさせてもらう――――というわけにもいかない。

 最大戦力の一つが欠けたのだ。少なくとも二日以内で片づけなければいけない問題だろう。

 タイムロスは許されない。

 しかし、今の状況で自由に動けないのもまた事実。

 今はその言葉に従うしかないようだ。

 十分ほどすると、ヴァルハラを囲んでいる外壁。約百二十メートルもの巨大な建築物が目を覆い尽くす。さすが数万年単位の歴史を持つ王国ということか。防衛のための壁は超弩級らしい。

 それに比べて外にいる衛兵は中々に少数だ。目に映るだけでも十人ほど。巨大すぎて人員が足りていないのかと勘違いしそうだ。実際は壁の中にいる人数含めれば数百人は下らないだろうが。

 こちらに気付いた様子で衛兵は槍を軽くこちらに向ける。機関銃のある世界で槍とはこれいかにと思ったが、確かこの世界で重機は最新鋭の武装だったはず。なら価額がとんでもないことになっているはずだから普及に時間がかかるのか。それとも武器商人たちと仲が悪いのか。


「止まれ」


 衛兵の一人がそう短く告げると、紗雪は手綱を引っ張って馬を止める。

 そして身分証明書となるギルドカードを差出、衛兵はそれを見て「ふむ」と小さく頷きながらそれを返した。次は俺なのだが、体が動かないので紗雪に「ズボンの右ポケット」と言って代わりに取り出させる。

 最後はルージュなのだが、こいつに関しては身分証明も何もない。

 どうしようかと唸りそうなとき、紗雪がさっとフォローする。


「その子は私の妹よ」

「え? でもあまりに似てない……」

「義妹よ。文句ある?」


 軽くイラついたように言うと、衛兵は体を小さく震わせながら下がった。

 向こうの方で衛兵が数秒間話し合い、間もなく壁門が開かれる。

 開かれたのは中央にある小さな扉。小さいと言っても高さ三メートルはある。ここの壁門は数段階に分けられており、出入りする者の大きさによって開ける段階を分けている。実に効率的だ。

 今回は第一段階。団体が出入りするときに開ける段階だ。個人規模なら衛兵が普段使う出入り口を使うので、今回は馬がのせいで壁門を開かざるを得なくなったのだろう。

 紗雪が手綱を使い馬を進ませ、壁門をくぐる。

 街に入ったことで、ようやく張りつめた気分がほどかれた。疲れが津波のように押し寄せてきて、今にも休みたい気分である。睡魔も襲ってくるのだから実に意識が飛びそうだ。


「――――やぁやぁ、リースフェルトさん。お久しぶりです!」


 その睡魔も拍手と愉快な声により吹き飛ばされたが。

 嫌々顔を声のする方向へと向けると、間違いない。『ミュオエール商会』のロウ・パトリエージェ。実に愉快で商売魂溢れる中年オッサンである。


「ロウさん……お、お久しぶりです」


 さてどういった反応をすればいいのかわからなくて、少し緊張気味の返事を返してしまう。

 相手は俺にこの糞ポンコツを送ってくれた奴。ここは怒るべきだろうか。

 いやしかし義手の恩もある。装備も(金はとられたが)良い物を売ってくれた。正直彼がいなければ今の俺は存在すらしなかっただろう。ある意味恩人ともいえる。

 というより怒れない。こんな愉快な奴相手に怒ったところで、どうせご機嫌とられるだけだ。

 それに聞きたいこともあるんだ。


「……紗雪、お前は先に帰っていてくれ」

「何のつもり」

「いや。目のこと、この人なら何とかしてくれるかもしれない」

「じゃあ私も行くわ」


 出来ればかかわってほしくない一心で紗雪にそういったが、効果がないどころか逆効果だった。

 もう少しオブラートに包んだ発言をすべきだったと後悔する。だからと言ってここで言い合いをしても俺が確実に負ける。俺は潔く諦めた。

 ルージュにはアイコンタクト。いやそもそも紗雪が離れない時点で着いてくるしかないんだが。


「ロウさん。早速ですがご相談が」

「ええ。お話は伺っております。目と腕のことでしょう」

「――――っな」

「商人は耳が良いんですよ」


 耳がいいという話では済まされない。これではこちらの動向をすべて監視されているようではないか。

 その事実でロウに対する紗雪の目線が一層険しいものになったが、相手はそれを気まずいとも怖いとも感じず、相変わらずのテンションで続ける。


「さ、こちらです」

「……結城、いいの? この人について行って」

「性格はともかく腕だけは確かだ。少なくとも、行かないよりはマシだと思う」


 降りて動けないので、馬に乗ったまま移動する。

 ロウが案内してくれたのは、街にある市場区画だった。夜なので昼よりは人は少ないが、それでも変わらず賑わっている。さすが首都か。

 しかしロウは止まらない。市場の奥の奥。中央部――――かなりの危険物を取り扱っている区画に到着する。周りには武器、つまりは刃物や鈍器などの物や、小型の銃火器などがこれでもかと置かれている。入ってきているのもゴツイ男たちや入れ墨などを体のそこら中に刻み付けている、中々にワイルドな女性たちだ。

 ある意味隔離エリアと言っていい場所だろう。

 それでもそんな奴らが周りに近づいてこないのは、紗雪の殺人級眼光などのおかげか。


「……ロウさん。聞きたいことがあります」

「なんです?」

「どうしてイリュジオンこいつを俺に預けたんですか」


 ごもっともな質問だった。

 こんな持ち主を殺す前提で開発されたような武器。ピーキー以前に武器として成り立たない。

 所有者を守るのが武器だというのに、所有者を殺すとあってはそれはもう武器ではない。

 一つの劇毒と言って正解だ。


「私はあなたの要望に応えたまでです」

「ふざけないでください」

「そうは言っても……私もイリュジオンの実態はつかめていないんですよ、文句なら開発者に行ってください。まぁ、答えないでしょうけど」


 何と横暴な。勝手に押し付けておいて「知らない」だと? もしここまで世話になっていなかったなら殴り飛ばしていたところだ。震える体を抑え、気を紛らわせるために見える範囲で武器などを色々見て回った。代わりの武器が見つかるかもしれない、と武器解析ウェポンサーチのスキルを使ってよさそうなものを探していくが、残念ながらこれだと思えるようなものはここには存在しなかった。

 色々見ているうちに、馬が急に止まる。

 止まったのは野営用天幕が多く設置された場所。食事をわざわざ外でとっているものや、靴を磨いて稼いでいるもの、果てには武器の研磨をしている輩もいる。選り好みがない場所というのはこの事か。


「こちらでプロフェッサーがお待ちです」


 馬を近くにある天幕を留めている杭に繋ぐと、俺は紗雪の肩を借りて地面に降りる。ルージュはまだ体に慣れていないせいか少し揺れていたが、問題ないと言ってきたので大丈夫だろう。

 促されるまま天幕の中に入ると、タバコの臭いが鼻の中に広がる。


「やぁ、ロウ。今度は誰を連れてきたんだ。また禿オヤジの尻にペンチ突っ込めば――――って、なんだ君か。久しぶりじゃないか」

「……どうも」


 前見た通りのぐちゃぐちゃの茶髪はいつも通り。

 プロフェッサーと呼ばれる女性が白衣を着て、頬杖しながら手の中で鉛筆を転がしていた。

 とても天才と呼べるような印象は持てないが、天才は変人というのだからある意味正しいのか。


「ここに来たということは、義手は壊れたか」

「ええ。動かなくなりました」


 真っ黒に変色した義手を見せると、プロフェッサーの顔が一変する。

 具体的に言えば、無表情だった顔が唐突に「なんだこれは」と変なものを見るような顔に。


「何だそれは」

「それがわかると思いますか?」

「……だろうな。ちょっと見せろ。さぁ座れ」


 机の下から折り畳み式木製椅子を出すと、俺の腕を引っ張ってその椅子に座らせる。

 それから左腕、義手を机に叩き付けてドライバーで服を机に固定させる。


「!?」


 そのすべてが見切れなかった。

 何という早業。


「痛いかもしれないが悲鳴は最小限にしてくれ」

「え、何を――――」


 プロフェッサーは俺の左脇に手を突っ込むと、カチッと何かを操作した。

 瞬間――――腕を固定している神経接続装置、ああ、ぶっちゃけて言うとドリルが逆回転を始めた。

 当然再生して塞がっていた肉片などは引っかかっているわけで、うん。激痛が再来した。


「ガァアァッッ………~~~~~~~~~!! イッ、ギァッ、ッッ~~~~~~!!?」

「まぁ、一度経験しているんだし、大丈夫そうだね」

「ふざけっ、がぁぁぁぁ…………!!!」


 文句を言おうとした途端義手の固定装置が外れる。肩などに突き刺さっていた四つの杭が問答無用で抜かれてまた痛みが再発する。いや本当にマジコラふざけんな。

 痛みを紛らわせるために机に頭をぶつけようとするが、態勢が態勢なため机の角に頭をぶつける。


「くっ、ほ……」

「なに馬鹿なことやっているんだ」


 と辛口だったが、しっかりと医療用コットンで血をふき取ってくれる。せめてもの慈悲というやつだろうが全然嬉しくない。感謝はすべきだろうけど。


「それで注文は。前と変わらず――――」

「戦闘特化。目立っても構わないから、とりあえず性能を徹底的に追求したもので。頑丈で、強力で……ああとにかく最高に最高なものを、頼む。金は…………って、え?」

「は、はははは。はっはははは……!!!!」


 プロフェッサーが高らかに笑い出す。

 特におかしなことは何も言っていないにもかかわらず、愉快そうに、実に満足したように。

 ちなみに俺はドン引きした。


「くっくくく……ああ、久しぶりだよ。『最高のものを用意しろ』と言われたのは。今の今まで金をケチって必要なものしか生み出すなと散々言われて早十年――――良いだろう、最上級の物を用意してやる。金は半額で結構」

「はぁぁぁぁーーーーーー!?」

「久しぶりに欲望のまま何かを生み出せる……ああ、よかった。無駄になる機械など私は見たくなぁいッッ!! 機械は生きている、そう、生きているのだ!! 使われないなど可哀想じゃないか。ふ、ふふふふふはははははははははは…………!! ようやくストレスを発散できるというものだッ!」

「あ、あのー……」


 何を言っているのか全然わからない。いやわかるけどわからない。


「あの人、かなり凝り性でしてね。好きなものが作れないと何回も私に愚痴っては愚痴って……」

「はぁ……」


 恐らく長らく一緒にいてきたロウだからこそわかる彼女の隠れた一面なのであろう。

 そういえば前はえらく暗くて冷静だったのに今だけ輝かしく笑っている。あの時自分を抑えていたというなら確かに納得がいく。武器仕込みとかロケットパンチとか熱線放射とか妙に偏ったものばっかりだったなと今更ながらに思い出す。


「よし、五分待て。最高の物を仕上げてやる」

「あーっと……実は頼みたいことがあるんですけど」

「何だ? 追加か?」

「これ、直せますか」


 そう言ってアイテム欄から魔導銃エーテルブラスターの残骸を差し出す。

 パーツもバラバラで、これをまず武器としてみる者はいないだろうというほどの酷い有り様。

 小さな希望を感じて差し出したはいいものの……これを見るとやはり直せる気がしない。


「ふむ……武器商人たちが北の技術を盗んだか」

「はい?」

「いや、何でもない。一応直せる……と言っても、さすがに無事なパーツや使えそうなものを流用した新造になるが。いいか?」

「ええ。別にこれといった愛着もありませんし」

「じゃあたっぷり改造していいんだな。……くけけけ」


 先程のクールさは何処に行ったものやら。今までの人物像が音を立てて瓦解するのが聞こえた。

 ある意味、これは人間としては正しいのだろう。好きなことをしろと言われて輝くのは。

 それに比べて俺は――――


「そういえば、今回は眼を無くしたようですね」

「……色々あったんですよ」


 前は左腕。今回は右目。次は脚かなと冗談気味のそう呟く。こちらとしては冗談じゃないのだが、話の種としては、いい感じに笑いはとれるだろう。気味悪がる奴もいるだろうけど、笑うやつもいる。

 ある意味、右目だけで済んだのが奇跡なのに。

 下手したら下半身を丸ごと持っていかれた可能性もあったのだ。不幸中の幸い、か。

 絶望の中にも希望はあるという論理。屁理屈。

 あまり信じる気にはなれないが、今だけは感謝しよう。


「そして、今度連れてきたのは綺麗なお嬢さんとお子さんですか。彼女とはどういった関係で?」

「姉と妹です」

「随分と姉妹が多いようですね」

「親が子供好きだったので」


 姉一人に妹二人。現実ならば絶対に信じないであろうその家族構成。あり得るかも、という話もあるが、一般的にはそうそうない。ロウが一瞬懸念そうな顔をしたのは、決して不自然ではない。


「お名前をうかがってよろしいですか?」

「ブランネージュ。ブランでいいわ」

「……あー、ルージュよ」

「どうぞ、よろしくお願いします二人とも。意外と長く付き合うかもしれませんから」

「…………?」


 意図が読み取れないまま、二人はロウと握手を交わす。

 そのまま世間話に移り、十分後、ようやく義手が完成した。五分でいいと言っておきながらその二倍もの時間をかけたことには文句は言わないであげた。言ったら面倒だしもらう側なのだから下手な文句も言えない。


「さぁどうだ。魔力外殻発生装置に魔力精製炉マナレフィニング・リアクター、魔力生成式仕込み剣内臓に魔力推進装置マナブースター付き! 魔力解放による能力総合値上昇機構に装着したときに自動的に全能力上昇のバフ付与も当然備えてある。何といっても義手の中には物理剣が仕込まれていてその剣は火薬炸裂により勢いよく射出されてその絶対的な切れ味と速度を以て相手を刺殺! 掌から放たれる魔力転換により生成された熱線は六千度を超えた温度で相手を焼き尽くす! おおハレルゥゥゥヤ!! 何より美しいのは腕に内蔵された超小型高振動発生装置マイクロヴァイブレーションデバイス! ああ素晴らしきかな我が作品」

「……それって効率は」

「あるわきゃないでしょうがっ!!!!????」

「……はい」


 この人こんな人だっけ。

 一旦落ち着かせるためにロウがお茶を差し出し、プロフェッサーはそれを一気に飲み干すと熱を冷ますように肺をしぼませた。流石に熱くなりすぎたと自覚したのか、コホンと一回咳き込んでお茶を濁す。


「えーと、義眼についてだが、あまり前例がなくてね。試作品なら何回も作ってはいるが、元の視力を取り戻せる保証はない。それに後遺症も出るかもしれないし、暴走の危険もある」

「承知の上です」

「はっきり言ってしまえば、完成品かそれに近いものがあれば確率は上がるのだが……。さすがに君個人のためにあの手段を使うのも、気が引けるしね」

「……?」

「いや、こっちの話だ。義眼だけど、残念ながら製造法はまだ確立されていないし、不完全な作品を売るつもりも毛頭ない。すまないが私からはその眼を治すことはできない」

「そうですか……」


 参った。これでは戦闘もままならない。

 両目がある場合、三角測量で物との距離感をつかむことができる。だが片目ではそれができない(しにくいと言った方が正確か)。狙撃など片目でもできる戦闘方法はあれど、今後の戦いに支障が出るのは間違いないだろう。

 それに右目がないということは視界が三分の一ほど潰れたということ。幾らレベルが高かろうが、見えなければ意味が無い。眼がないのがこんなに不自由とは、一度も思ったことが無かった。


「というか、眼球を抉り取られているにしては随分と綺麗で血も出ていないんだな。どういう方法で失ったのか興味がある」

「えーっと、実は俺もよくわからなくて……」


 事実、俺自身もどんな方法で消えたのかよくわからなかった。

 代償ということは理解できるのだが。


「まぁいい。ちなみに眼の方は義眼ではないが、どうにかできるかもしれない」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。さすがに救いを求めるやつを、このまま放っておくのも私としても後味悪いのでな……ロウ!」

「もう用意してありますよ」


 言われて飛び出てロウは幅広い一枚布で作られた黒い眼帯を持ってきた。

 その眼帯は、一言で言えば「ヘンテコ」だった。表面に何か文字のようなものがびっしりと書かれ、それにしては眼球を覆い隠す部分には意図的に文字を書いていないような。変だろう。

 ロウは何も言わずにその眼帯を俺に着けた。敵意もないので抵抗はせず、包帯を解かれ、代わりに眼帯を。相変わらず感覚は無い。だが――――


「……嘘だろ」


 見えた。感覚は無い、だが見えた。

 注視や視点移動などは不可能だったが、それでも見えた。ああ、見えたのだ。


「魔導学院から技術提供されまして。それは所謂、補聴器ならぬ補眼器ですね。流石に元の器官並のスペックはありませんが……見るだけならできると思いますよ。使うときは常時MPが減りますけど」


 いやはや、ここにはお世話になりっぱなしだ。

 武器がないときに武器をもらい、腕がなくなった時に腕をもらう。商人としては当り前だろうが、こちらとしては感謝以外言える言葉がなかった。

 ある意味現代科学を超えていると言えるだろう。この世界の魔法とやらは。

 何故かわからないが、俺はこの二人が嫌がりながらも人を助けるいい奴に見えた。



「さて、腕の接続が残っているが……耐えれるよな? もう二回も体験しているんだし」

「お代金はそうですね……案内代、義手代、眼帯代含めて、総額銀貨二百枚といったところでしょうか」



 前言撤回。

 この人たち感謝をわざわざ憎しみで上書きしようとするタイプだ。 


「ぎゃぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 夜空に悲鳴が木霊する。



――――――



 ひどい目にあった。

 心の準備が整う前に義手のドリルをぶち込まれ、その後には容赦なく高額の請求書を突きつけられる。

 せめて麻酔をしろ。請求って月払いでもいいですかという突っ込みなどあの二人が言わせてくれるはずもなく、結局現金で即金払いをさせられた。幸い現金を大量に持ち歩いていたからいいものの、これで全財産の数割が消し飛んだ。

 明日から稼がなければ数か月で探索者として余裕のある生活が過ごせなくなることを実感すると、すごく悲しい気分になった。


「困ったら貸すけど」

「いいよ別に……このぐらい自分でもなんとかできる」


 いざとなったらギャンブルでやればいい。

 不幸なくせにギャンブル? と思う人がいるかもしれないが、それはあくまで確率論の話だ。

 数値を確定させてしまえばあとは絶対不変。包み隠さず言えば、イカサマである。

 ずるいとは思っているが、イカサマでしか勝てないからね。別の意味でハンデだよ。


「ギャンブル、やらないでよね」

「…………」

「返事は?」

「はい」


 その道も閉ざされた。どうやらコツコツ稼ぐしかないようだ。

 ま、今回のモンスターぶち殺しパーティで幾分素材や宝石が溜まったし、それ売れば何とか凌げるか。

 くだらないことをしているうちに、宿に到着する。

 我が家、とはとても思えないものの、安息の地としては脳が認識しているようで、とても安心する。

 さっさとベットで寝よう――――そういえば紗雪のベットで寝ているんだっけな俺。

 そこら辺どうするかという話をしようと、紗雪の肩に手を当てようとした。その瞬間――――大きな声とともに上から影が降ってきた。


「リィ~~~~~~~ス~~~~~~~!!」

「……ええぇぇえぇ、ゴボゥッ!」


 嫌がる声を出しながら、その影を胸で受け止めた。

 人一人分の重量と落下による加速の衝撃がダイレクトに伝わってくる。肺が凹み、治ったばかりの肋骨が一本折れながら背中を地に叩き伏せられる。

 これほどこいつを面倒だと思ったのは一度や二度のことではないが、俺は聖人君子ではないので一度で勘弁してほしいものだ。


「あー……が、ぁ」

「もぉーっ! 黙ってどこに行ってたのさ! 行くなら私も……って、その眼帯どうしたの? ファッション?」

「ぁ、ぁ、ぁ……あ、はが」


 もう、限界。

 動かないはずの体を無理に動かしたのだ。精神的にも肉体的にも限界擦れ擦れを低空飛行で掠っていたが、上から弩級の重りがのしかかってきたことでそれが決壊した。

 意識が無理やり闇の泥沼の中に強く引っ張られる。


「あ」


 やってしまった、的なリーシャのつぶやきを耳にしながら、深い深い眠りへとその身を投じた。




「あーあー、やってしまったわね」

「え? え? リース? なんで死んじゃったの!?」

「死んでないわよ」


 呆れ気味に紗雪はリーシャの体を結城から引っぺがす。

 ちなみにいうと、呆れているのはリーシャの奇行の方ではない。あの一瞬、結城は着地時にリーシャが受けるであろう九割の衝撃を自身から進んで吸収した。呆れているのはそこだ。

 彼としても彼女が傷つくのは不本意だろうが……まさか限界の体を投げ捨ててまでそこまでするかと呆れ果てる。


「彼、可笑しなやつに絡まれていてね。喧嘩になって、結構疲れているのよ。ああ、その眼帯はファッションだから気にせずに」

「そ、そう……ってあれ? その子は?」


 ここでリーシャがルージュの存在に気付く。

 細かく話せば長くなるし、話したら話したで確実に面倒なことになるので、紗雪は適当にごまかした。


「そこら辺の道端で歩いていた……捨て子ね。可哀想だから拾ってきたのよ、彼が」

「ふーん……ねぇねぇ、あなた、名前は?」

「……ルージュ、です」


 その中々の演技力に紗雪は糸目で軽ーくルージュを睨みつけるしかなかった。

 あの高飛車な性格は見た目の年齢不相応とは重々存しているが、まさか土壇場でここまで自分を偽れるとは。尊敬ものである。


「へー。ルージュちゃんかぁ~。両親から捨てられるなんて、可哀想だねー。でももう大丈夫だよー。この人優しいから」

「は、はい」

「……ぷっ!」

「? ブラン、どうかしたの?」

「い、いえ、何でもないわ」


 ギャップがひどすぎて笑いが噴き出る。

 ルージュも少しイラッと来たのか不機嫌そうな顔をするが、リーシャの顔が向いた途端に子犬のような顔になり、腹を抱えて笑いをこらえる。


「よぉさ、ブラン。ようやく帰ってきたか」

「ねぇ子豚さん。誰が、人の言葉を喋って、いいと言ったの?」

「は、はいすいませんありがとうございます! ぶっ、ぶひぃっ!」

「………………」


 その笑いも、階段から四足歩行で降りてきたパンツ一丁で幼女に跨られ、リードを首につながられていた綾斗を見た瞬間、表情が消えたどころか軽蔑の表情に変わったのは、言うまでもないだろう。


「あ、いや、違うんだこれは」

「今すぐ死んでいいと思う」

「……お兄さん、死ね」

「あぁっ、新たな扉が開かれそうだ……っ!」


 もう開いてるだろ、という紗雪とルージュの突っ込みは、永久に外には出されないだろう。

 唯一の救いは、結城に見られなかったことか。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ