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第三十三話・『土の守護者』

 人は夢を見る。

 それは人だけなのだろうか。

 動物やモンスターも夢を見るのではないだろうか。

 最近はそんなくだらないことを考えていた。

 百年も他人と会わなければ、そんな状態になるのも容易に想像つくだろう。

 やることもないし動けもしない。

 することと言ったらこの場所――――『塔』の内部を感覚的に見るだけだ。

 今日も相変わらず一層と五層で人間どもがウジャウジャと湧いて出てモンスターと交戦している。

 これが僕の日課の一つでもある。寝転がり、人間どもの無様な戦い方を見るのが。

 基本的に自分はこいつらに干渉しないようにしている。別に守護者ガーディアンの中で守られている暗黙の了解という物ではない。ただの自分ルールだ。

 解いても、関わったら数秒以内で戦闘が終わってしまうのが落ちだ。


「……守護者ガーディアン成りたての時は、ちょっと面白かったんだけどなぁ」


 独り言という物はこんなに空しいものなのか。

 百年前は『塔』に上り詰めてくる人間が沢山いた。自分に戦いを挑み、散っていくものも。

 ふと思えばあの時高揚感に浸って暴れまくらなければもうちょっと退屈しなかったのかもしれない。今更思ってもどうしようもないのだが。


「もうこっちから降りちゃおっかな~。いや、そうしたらもう二度と人来なくなるし……」


 危険と分かれば人も来なくなる。逆にもっと強い人間が来るかもしれないという物もあるのだが、自分は安直な賭けごとは嫌っている。いや賭けという物ごと自体嫌っていると言っていいか。

 いつ頃だったか、自分がこんな自分で決めたルールを一々守るような義理堅いような性格になったのは。もう思い出せない。時間が経ち過ぎている。


「せめて、退屈しないような奴が来てくれれば……」


 その時ふと気づいた。


「……ん?」


 一層から、高速でモンスターを蹴散らし、壁を壊して階段へと直行している者が居ることに。


「ちょ、ちょちょちょっ! それルール違反……ではないけどずるいよ君ぃ!」


 すぐに脳内で周辺にいるボス級モンスターを階段周辺に集合させる。

 出来るだけ不干渉にしようとしているがこうなれば話は別だ。これでは迷路に入って「正規ルートなんて関係ない」と言って壁を壊したり上に登ったりしてずるいことをしているようなものだ。

 正確なルールは決めていないものの、これを見逃したらさすがにまずい。今は追い返して二度とやらないようにするのが適切な対処法――――


『邪魔だ雑魚どもがぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!』


 異端者が立ち止ったかと思いきや、その左手が強く発行し――――極大の光の柱が放たれたかと思いきや平均レベル70超のボス級数体が一瞬て蒸発されられた。

 その光景に一瞬目を剥いてしまう。


「ど、どうすれば……階段封鎖は無理だし、誘引もちょっと……」


 あわあわと想定外の事態に焦り、自分の視界に薄いスクリーンのようなものを出現させる。

 これは『塔』管理のため自分で作った塔管理者専用操作簡易化ツールだ。これがあれば『塔』のブロックやルートをずらしたりモンスターを好きな場所に移動させることも出現させることもできる。無くてもできるが、それを表示化することでより楽に操作することができるようにしたのだ。

 話が逸れたが、とにかく不本意だがアレはさすがに見過ごせない。なので、二階層のレベルアベレージを60にまで上げる。

 幸い二層には彼以外人はいないからそんなに問題もない。これで相手は帰ってくれるはずだ。


「……でも、ちょっと興味出てきたな」


 顎を軽くさすりながら――――褐色の少年を模っている自分はにやりと笑う。

 少しは退屈もまぎれるかな?


 ここ『大地の塔』の『守護者ガーディアン』は久しぶりに笑った。



――――――



「邪魔立て言ってんだろうが雑魚がッ!!」

「ゴォゥル!?」


 土色の壁を壊して突き進み、階段を上り切った直後突然現れたミノタウロスとケンタウロスを合わせたような何かに殴られかけたが、逆にサマーソルトを顎にかましてカウンター。そのまま仰け反ったミノタウロスもどきの胴体に魔導銃エーテルブラスターの銃口を突きつけての第二形態射撃。

 微かなチャージ音の後に放たれた高濃度の魔力弾はその胴体に大穴を開けて、相手を紫の煙に変える。


「ったく、ドッキリみたいにいきなりぽっと出しやがって……どうなってんだ」


 周りを見てみればさまざまな異形のモンスターが俺にガン飛ばしている。

 まだ二層目だっていうのにずいぶんと荒い歓迎ではないか。


 ――――こりゃここの守護者ガーディアンのせいね。

「ずいぶんと俺を嫌っているようだが」

 ――――アンタが壁やらぶっ壊して突き進んだせいでしょうね。でも可笑しいわね、私がアレを司るとしたらここは……気のせいなのかしら。

「何言っているのかはよくわからんが、とりあえず全部ぶっ倒せばいいんだな?」

 ――――ええ。ちょうどいいわ、現身の力、ここで訓練しなさい。幸いあなた以外誰もいないようだし。

「じゃあ、遠慮なく」


 魔導銃エーテルブラスターやダガーをしまうと、空っぽの両手に意識を集中。

 自分の底で湧き上がる激情を操る感覚。心臓に血が出ないように裁縫針を刺していくように繊細に。だけど全てを蹴散らすように大胆に。水のように柔軟に、土のように誠実に、風のように鋭く、炎は強く儚く輝かしい元素。

 道具だと思うな、自分の体の一部だと思え。

 俺にできないことなんて、ない。


「がぁぁぁああああっ!!」


 両手どころか全身から炎を吹き出す。

 その迫力に気圧されたのか、周囲のモンスターたちはじりじりと退いていく。


「逃がすかよ……!!」


 体から噴出した炎が徐々にその規模を広げていく。

 それだけなら特段問題はなかっただろう。だが、その広がる速度が異常だった。まるで津波のようにモンスターどころかこの階層全体を火の海に変えるのではないかという速度で広がっていく。


「ギヨゥルルアアアアアア!!」

「キィーッ! キケェェィィィイイイイ!!」


 見たこともない現象を前にしてさらに体が火に包まれる感覚という物はどんな感じなのだろうか。

 少なくともこれほどの悲鳴は上げるようだ。

 五分ほどその状態を維持して現身の力を解除する。土色の壁はすっかり焦げて、プシューっと煙を上げて実に臭い。煙臭い。

 レベルは上がったかなとステータスをちらっと確認する。


【ステータス】

 名前 椎奈結城

 レベル 50


「ふむ……5アップか。上々だな」


 モンスターのレベルが異常に上だったためかかなり経験値が入ったようだ。それとあの鍾乳洞でかなり殲滅したのが重なったか。強くなるに越したことはないのでこちらとしても喜ぶだけだが。


 ――――どうやら、アンタを危険視して意図的にレベル操作したようね。

「そんなことできるのか。……何度も言うがなんでお前」

 ――――退屈は敵なのよ。私自身の手で直々にぶっ潰す……っていっても最上層までたどり着く人間なんてたまにしか現れなかったけど。

「必要が無い、ってことか」


 道理でボスがふざけたように強いわけだ。

 どれぐらいレベルの平均値操作ができるのかは知らないが、こちらとしてもたっぷり経験値が入るのなら助かる。礼を言っておこうかな。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「……中々の上玉が出てきたな」


 何もない所から巨大な黒色のゴーレムが出現する。

 全長二十メートル。重さは推定三十トンほどは余裕である。これは良い狩りの対象になる。


【エンシェントレガリア・レアメタルラヴァゴーレム 推定レベル260】


「……随分とサービス精神旺盛だな守護者ガーディアンさん」


 かなりの強敵だ。恐らく強度は今まで相手にしてきた奴らよりもはるかに硬いだろう。

 だが関係ない。はっきりしているのは、あれは俺の敵であれを超えなければ話は進まないということだ。

 俺をその頭についている一つ目で認識した途端黒いゴーレムは腕を振り上げた。嫌な予感がしてすぐに横に飛ぶや否や、間一髪で巨大な腕が先ほど俺のいた場所を潰す。

 転んで一旦体勢を立て直し、魔導銃エーテルブラスターを抜いて梃調べに射撃。小さな魔力弾が黒の巨体に向かう物の、アルマジロの甲殻に注射器を刺すようなものかあっさりと弾かれる。一筋縄ではいかないか。

 ならば近接戦だと、腰に吊り下げていたファールの装飾剣を抜刀。両刃で刃渡り十分なダガーを構えて高速で突進する。あの巨体だ、懐に入れば為す術はあるまい。

 そんな俺の慢心は嫌な結果を運んでくれた。

 黒いゴーレムの頭部が一瞬だけ発光すると、俺の近くの地面が突然爆発した。爆風と熱波に当てられて横に勢いよく吹っ飛ぶが空中で回転しながらどうにか綺麗に着地する。

 だが急に地面が爆発した理由がわからなくて目を白黒させてしまった。


「な、なっ……」

 ――――メーザーよ。

「はぁっ!?」

 ――――誘導放出によるマイクロウェーブの増幅で物体を超振動させて、分子結合を無理やり切り離したのよ。爆発はそれが理由。高熱は副次的産物ね。一瞬だけ発射してるから目に見えないのも道理だわ。

「どんだけ高出力なんだよ……っ!」


 あの一瞬の照射であれだけの爆発を起こすとは、どんな超出力のマイクロウェーブなんだと叫びたくなる。直撃したら当たり前だが人体なんて容易に爆発四散する。自分の悪運の高さには今だけ感謝した。

 というか慢心すべきではなかった。ここは異世界。自分の持つ常識が通用しないんだ。きっと目からビームとかレーザーとかメーザーとかハドロン粒子とか色々出してくる生物が居ても可笑しくはない。

 いや可笑しいだろ。

 そんな文句は後にして、今は怒涛のごとく襲い掛かるメーザー連射を回避していく。黒いゴーレムの目が光った瞬間にその場を素早く離れていくだけでは間に合わない。とにかく狙いを定められないように不規則に動き回る。

 地面を蹴りで爆ぜさせながら高速挙動を披露し、電光石火のごとき速さで黒いゴーレムの懐にまで忍び込むと手に持ったダガーを関節部に突き込む。カィン! と甲高い音が響き、刃が五センチほど刺さる。

 効果は、無し。


「!!!」


 それに気づき、俺を振り払おうと黒いゴーレムは腕と腕で俺を蠅のように叩き潰そうとする。

 回避せねば即死、そう感じた俺は全力でダガーを抜いてジャンプ。背中から炎の翼を吹かし上空に退避する。

 ギリギリで避けられたのか足元で強力な衝撃波が走る。

 冷や汗を流しながらゴーレムの頭部付近まで近づき、ダガーを投擲。


「!」

「チッ」


 それを頭を少しだけずらして勢いよく元に戻すことで頭部側面で横に弾き飛ばす。ダガーは大質量の攻撃に耐えられるはずもなくそのまま横に叩き飛ばされた。折れてはいないようだが回収している暇はない。魔導銃エーテルブラスターを眼球部分を狙って構え、魔力を込めて第二形態射撃へと移る。


「吹っ飛べええええっ!!」

「――――オオオオオオオオオオオオオ!!」


 出現時にしか叫ばなかった黒いゴーレムは、巨大な眼球の下にある巨大な口を開いて大きな雄叫びを上げる。『塔』全体が揺れるかと錯覚するほどの大音量。耳をふさがなかったせいで鼓膜は破れ、衝撃波で大きく後ろに弾き飛ばされて背中から地面へと落下する。


「――――」


 自分が何を言ったのかは良く聞こえなかった。

 唯一わかったのは耳の奥で何か温かいものが揺らめいていることだけだ。

 数秒経過すると音が聞こえるようになる。現身の力の自己再生能力の賜物なのだろう。


「くっそ、がぁぁあぁああああああああああああああああああああああ!!!!」


 頭の奥で何かが切断され血の流れが自然と早くなる。

 怒りに任せて本能的に後ろ腰につってあるイリュジオンの柄を握ろうとした瞬間――――


 ――――しっかりしなさいこのムッツリ童貞シスコン!

「むっつ……!?」


 ムッツリとは心外だった。そんなことを思ったことは一度もないっていうのに。

 いや自覚がないだけか? などと考えていたら黒いゴーレムの頭部が光る。すぐに翼を羽ばたかせてその場を離れる後方で爆発が起こる。


「な、なんだよ」

 ――――少しは落ち着きなさい。前はもう少し気が長かったでしょうに。

「あ、ぁ、うっ……」


 そういえば、そうだった。

 前はもう少し気長だったのに、最近どうも短気になってきている。

 それを意識してくると妙に頭に霧ががってくる。よくわからないけど、今は冷静にならねば。


「……くそっ」


 悔しいが今の装備ではどうにもならない。

 イリュジオンを使うか? いやだめだ。もし浸食により何らかの影響、例えば精神掌握などされれば溜まったものではない。

 この手で、仲間は傷つけたくないのだ。たとえ死んでも。

 魔導銃エーテルブラスターをホルスターに仕舞い、空っぽの両手に意識を集中する。

 落ち着け。先ほどは制御しきれなかったが、今度こそ制御する。

 出力を安定させ、形を模範させ、両立させる。天秤の重量調整のように、繊細に。だけどそれでは出力が大幅に制限されてしまう。解決する手段は、冷静になること。どんな事象にも対処できるように。

 焦らず、ゆっくりと、だが強引に――――!


「っ!」


 両手に炎が集まってくる。そう、この調子で――――などという甘い思考を持つ俺ではない。

 もう黒いゴーレムは動き出していた。巨大な目が俺を捕らえる。あと数秒後には強力メーザーがはなたれ俺は木っ端微塵に爆発するだろう。

 だけど、焦らない。

 酷く冷静になるまで自分を追い込む。

 もう一度思え。

 俺にできないことは、無い……!!


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 両手を、剣を両手に持つように位置に構える。

 黒いゴーレムが目ではなく口から何か吐こうとしている。ドロドロに溶けた溶岩の様な何かを。

 それでも冷静さを保ち続ける。

 まるでそれがどうでもいいことだと言うように。


「ゴボボボババアアアアァァアアァアアアアアアア!!」


 黒いゴーレムの口から大量の溶岩が吐き出される。それは柱のように真っ直ぐと伸び、俺に衝突し焼き尽くそうとした。だが忘れては困る。

 俺には熱関係の攻撃が一切効かないということを。

 恐らくあの黒いゴーレムは強力な一手を選んだつもりだろうが、俺にとってはそよ風を当てられたようなものなのだ。残念だったなとしか言いようがない。

 両手の中で長大な剣が作り上げられたその時、溶岩の噴出が止まる。

 溶岩の直撃を食らってもなお立っている俺を見て、黒いゴーレムの動きが一瞬止まったような気がした。そこを狙って炎の翼の勢いを増させ突進。ついでに地面を蹴って追加速。今までに感じたことのないスピードでゴーレムの頭部にまで近づく。


「死ね」


 左腰に構えた炎で創られた剣を、いや刀を、居合の要領で斬り上げる。

 狙うのはもちろん、頭部の眼球。

 緋色の軌跡を残しながら刀は振り切られる。

 黒いゴーレムも、もう糸が切れた人形のように動かなくなっていた。

 俺も現身の力を切って、勢いのまま黒いゴーレムと連れ違う形で地面に着地。靴から花火を上げて止まり、手を叩いて付いた埃を落とす。

 直後、後ろで何か大きなものが落下したような跡と大量の土煙が上がる。


「こりゃ、本当にお礼が言いたいな。はは」

 ――――形成なんてまだ一歩目よ。気合を入れ直しなさい。

「はいはい、先生」


 肩をすくめながら、壁壊しの作業を再開した。



――――――



「…………えーと」


 目の前にある映像を前に『塔』の守護者ガーディアンは固まっていた。

 絶句……とまではいかないが、少なくともこの事実は自分の動きを止めるのには十分すぎる驚愕なのだろう。まさか、まさか奥の手まで破られるとは。


「うわぁ、僕の自慢の作品を……嘘だと思いたいな」


 あのゴーレムは古代遺産、否、旧世界文明の遺産を回収し修理し、改良して生み出したボスエネミーだった。実を言うと九層にある十層、つまりここに繋がる階段の前に置いていた門前ボスだったのだ。

 大量のボス級モンスターを招集してもなお止まらない侵入者を撃退するために、自分ルールを嫌々と破ってまで急遽二層入口へと転移させて門前払いするはずだったのに、まさか破られた。しかも、たった一人で。

 いや驚くのはそこだがそこではない。

 あの少年が、現身の力を持っていたのだ。自分と同じ、どこかの系統に属する、この場合は『火』属性の現身の力を。

 ただの人間が。


「……まさかというか、標的は僕みたいだね」


 またもや再開した壁壊しを眺めながら、ふむふむとそれを興味深げに見る。

 それからスクリーンを操作していた手を止め、久しぶりに味わうであろう面白いものを見る気持ちをかみしめる。


「久しぶりだよ、こんな気持ちになるなんて」


 百年前のあの時の気持ちを取り戻したかのように、目を輝かせる。

 待っていたんだよ。ずっと待っていたんだ。自分を偽り続けている中、少年の気持ちがうっすらと顔を出してくる。ようやく殻を破れた鳥の雛のように。あの少年が自分を包んでくれる優しい陽光に見える。

 最高の玩具だ、アレは。

 待ちきれない子供の用に手をわきわきさせながら守護者ガーディアンは立ち上がる。


「さて……本当に不本意だけど」


 不本意とは思えないレベルで顔は笑っていた。

 それは悪戯をする前の子供の用に無邪気で輝かしいもの。

 しかしその裏には凶悪な悪意が満ち溢れていた。

 先ほどの誠実な少年とは打って変わって、今ここにいるのは悪戯小僧の少年だ。まるで今までかぶっていた仮面を取って本性を見せたような様子だった。


「久しいな、僕が地面に足をつけるなんて」


 地面を踏みしめてそんなことを言いながら、スクリーンを軽く一階だけタッチした。


「退屈晴らしに、どこまで付き合ってくれるかな。異端児さん」


 少年のような笑顔を浮かべながら、守護者ガーディアンはその姿を光に包んだ。



――――――


 俺は今三層にいた。

 相変わらず大量の高レベルモンスターがウジャウジャト群がってくる。

 だけを俺はぶんぶんと巨大な炎の刀を振り回して、軽いシャウトを上げながらそいつらを切り殺していった。


「ふ、ふふははははははははははっ!!」


 冷静という言葉は何処に行ったのか。といった調子で俺は壁ごと周囲にいるモンスター群を炎の刀で「んぎもっつぃぃぃぃぃぃ!!」というぐらい高揚した気分で蹴散らし、殲滅し、圧倒し、焼き尽くしていた。

 気分はまるでアリの巣に水を流し込む子供。

 自分が神になったような全能感。これで気持ちよくないというのはよほどの博愛主義者ぐらいだ。


「ひゃああああああああっほおおおおおおおおおおおおおおう!!」


 しかも成長速度というか、熟練速度が以上に早くなっていた。

 具体的には、先ほどは刀一本出すのが限界だったのに、もう両手にもって完全に制御し、楽々と蟻のように群がってくる【キラーアント・ハイジェネラル 推定レベル55】を無双ゲーにいる雑魚のように蹴散らしていっている。

 自分でも驚くほどの上達だったが、これはあれだ。一度自転車に乗ったらコツを掴んで感覚的に乗れるようになり、何度もやっている内に上手くなる。現状を例えるのならそれが一番的確だろう。

 流石にルージュからは呆れ半分驚愕半分といった声をもらったが。


 ――――そこに至るまで私が何年かけたと思う?


 そんな言葉だったかな。ちょっとだけ申し訳なく思った。

 例えるなら地道に重ねて上手くなった凡人を一瞬で通り越す天才の様な――――


 ――――集中せんかっ!!

「あ、うん」


 流石に言われて自重した。

 そもそも俺ってこんなキャラじゃない。強くなれた喜びで少し「最高に『ハイッ』ってやつだ!」な感じになっている。

 そうだ深呼吸。深呼吸が大事だ。


「すー……は~~~~~」

「キチキチキキチッ!」

「邪魔すんじゃねぇよ蟻が!」

「キィィィィィィィィッ!!」


 先ほどから数百体ぐらいの勢いで湧いてくる蟻のうち一匹が背後に現れたのでぽいっと切り捨てる。

 ていうか本当に何なんだこの出現率。ここまで来るともう意図的に操作されたものだ。こっちとしては経験値が大量にもらえるのでいいのだが同時にかなり面倒くさい。

 仕方ない、一回解放しよう。


「すぅぅ~~~~――――フッ!!」


 全身から炎が津波のように噴き出す。

 触れた蟻は勿論周囲にいるあり全てを焼き尽くし、後から出現するやつらもすべて焼き殺した。

 やっと出現が止まる。最初からこうすればよかったのではと、ふと思ったが、まぁ結果オーライっていうことだろう。


「いやーいい汗かいた。ふ~」

 ――――本当に良くキャラが変わるわよね貴方。役者になれるんじゃないかしら。


 どちらかというとこれは『素』を出しかけた反動だろう。

 あの時は少し冷静になり過ぎた。思わず『素』の面を出して、酷い自己嫌悪に襲われないように今こうして少し感傷的になっているのだろう。

 そう思うとそんな自分に嫌悪感を感じてくるが。


「……少し落ち着こう」


 ああ、いつも通り仲間に気を使い、少しだけ現実主義者な自分に戻ろうではないか。

 そうでなければならない。そうでなければ、俺の周りにいるやつらは消えてしまう。どうでもいいと思ってしまうから。自分から離れてしまうから。

 それでは意味がない。

 意味がないんだ。


【――――緊急事態発生】


 何の兆候もなく網膜に突然文字が出現する。

 しかし特に驚くことはない。今の俺は落ち着いているのだから、動じる必要はない。


守護者ガーディアンが第三層に出現しました。ご武運を】

「……え?」

 ――――嘘……ッ!


 はずなのに、そんな声が漏れる。

 『守護者ガーディアン』が、ここに来る、だと? まさかそんな――――


「何もそ■なに驚■こ■は――――ないんじゃないかな?」

「……おいおい。そりゃねぇよ」


 ちょうど俺の前方の上空に、ノイズ交じりの声を晴らしながら褐色で白髪の少年が何処からともなく出現した。

 その体は所々乾いているように罅割れていて、まるで『土』のような肌だった。目は優しげながらも鋭く、しかしまだ幼さを感じる。髪は枯れた花の様な白。生気のない体と言える。

 そんな人間とはとても思えない少年は余裕たっぷりのドヤ顔で口を開く。


「どうも初めましてかな。お兄さん」

「ご本人がお出ましとは、随分と接客精神溢れているな守護者ガーディアン

「それをしたのはお兄さんのせいでしょう。壁を壊すなんて、ズルいじゃないか。さすがにズルは認めるわけにはいかないな」

「……それで、用は?」

「退屈凌ぎ。できれば退屈晴らし、かな」

「人で退屈晴らしすんなよクソガキ」

「君の十倍近くは生きているんど思うんだけど。違うかな、餓鬼・・?」


 どうも安っぽい挑発だ。

 自分で十倍は生きていると言ったが、やはり俺の仮説は間違っていなかったか。それとも近かったか。

 どっちでも構わないが、出来れば交戦は避けたい。

 なんせ準備ができていない。現身の力があるとはいえ、確実にあちらの方が技術は上だ。

 逃げるか、交渉か。


「ま、出来れば戦いたくないんだなこれが」

「へぇ、迷宮をこれでもかと壊した癖によく言うね」

「俺としてはレベル上げに来ただけだ。さすがに守護者ガーディアン相手に一人で立ち向かえるなんて緩々思考はしていないよ」

「で?」

「で、って」

「言いたいことはそれだけかい?」


 音もなく守護者ガーディアンは地面に降り立つ。

 そして俯いた顔を上げると、酷く気味の悪い笑顔を見せながら、地面を踵で打つ。


「お兄さんが戦いたくなくてもね」


 周囲の壁が突然広がり、俺と守護者ガーディアンを囲むように円形の空間ができる。

 そして――――地面から床が飛び出し三十メートルはある天井に達して壁を作る。後ろにあったはずの階段も視界から排除されている。逃がす気はないということか。


「僕は、退屈で退屈で、今戦いたくてどうしようもないんだよ」

「……お前もあいつと同じで戦闘狂にたようなくちかよ」

「その様子じゃ、やっぱり『塔』攻略者なんだ。……すごく面白いよ、お兄さん」

「お兄さんって呼ぶんじゃねぇよ。気色悪い」


 両手に炎の刀を出現させる。

 それを見て守護者ガーディアンはこれでもかと満面の笑顔を浮かばせた。

 まるで子供だ。見ていてとても気味が悪い。


「お兄さん、名前は?」

「お兄さんって呼ぶなっつってんだろ……リースフェルト。人に名乗らせたんだからお前も名乗れよ」

「いいよ。別に隠すものでもないし。僕の名前は――――」


 守護者ガーディアンは魔方陣の中から巨大な槌を取り出し、それを地面に叩きつけてまるで感触を確かめるように振るう。その光景は、まるで歴戦の戦士が久しぶりの戦闘をするようだった。

 実際、そうだろうが。


「―――――サルヴィタール・ヴュルギャリテ。呼びにくければルヴィと呼んで、お兄さん」

「お兄さん言うなと何度言わせる気だ……!」


 槌と二振りの刀が同時に振るわれる。

 果たして今の実力で、守護者ガーディアン単独撃破が可能だろうか。


(いや……やるんだ!)


 自分のためじゃない。

 あいつらを守るために。




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