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第三十二話・『もっと強く、強く』

「よっ、ようやく、脱出……できたっ!」


 リーシャが息を荒げながらそう叫ぶ。息を荒げているのは彼女だけでなく全員の話だが……今回は仕方ないともいえる。なにせ、地下千メートル地点から地上まで休憩なしで進行してきたのだから。

 結局あの洞窟はあの『汚泥水の鍾乳洞』の一つのルートに過ぎなかった。あの亀自身、湿気が多い土地を好むことから昔からあそこに住み着いていて、食べている内に別ルートを作ってしまったという線が正しいだろうが。

 とにかく危険ダンジョンに戻った俺たちは散々な目にあった。死んだ探索者が置き土産に遺していった指向性爆発クレイモア地雷に似た物からシンプルだが効果抜群な針山仕掛けの即死落とし穴まで。底無し沼など当然。モンスターハウスなど何度遭遇したことやら。

 そんな色々不味いトラップなども会ったせいでその疲労は重なり続けた。『塔』攻略のため持ってきた消費アイテムは六割損失し、同時に身も心もボロボロ。正直言うと『塔』攻略の方がまだ簡単だったのかもしれない。

 それもこれも俺たちに偽の転移装置を売りつけた闇商人のせいだ。これは腕の一本二本もぎ取らねば気が収まらない。


「フゴォ……」

「そういや此処でお別れだったな。お前とは」


 俺たちを出口まで案内してくれた巨大亀【マーシー・マッドタートルマザー】は涙は流さなかったが悲しそうな鳴き声を出す。俺たちと別れるのが嫌なのだろうか。モンスターなのにペットめいている。

 付いてくるにもこのモンスター、乾燥に非常に弱く常時体を潤わせておかなければたった数時間で死亡する面倒な性質を持つ。可哀想だがこいつには自分の巣に戻ってもらわなければならないだろう。


「まぁ、そう悲しむなよ。ずっと会えないわけじゃないからさ」

「フゴォォォ」

「さ、早く戻らないと死んじまうぞ? 子供もいるんだから……大切にしてやれよ」

「……フゴォ」


 今度は涙を流して、亀は自分の巣に引き返していく。

 その様子は、まるで友との別れを惜しむ人間そのもののようだった。


「……モンスターにも色々あるんだな」

「そりゃな。人間に腐ったやつと良い奴がいるのと一緒さ。ゲスの群れの中でも良識のあるやつが生まれるのがそんなに不思議か?」

「いや……。そうだな」


 逆の場合なら見たことあるよ、それは。

 などとは口には出さず、腰に手を当ててひどく疲れたような顔を作る。


「それでどうするんだ? 流石にこの損害は予想外だぞ」


 予定が大幅に狂った。時間と物資を大幅に失ってしまった以上、現在の状態で『塔』突入は自殺に等しい。はっきり言って引き返した方が賢明な判断だった。


「確かにこれじゃ帰るしかないか……あーあ。お金結構使っちまったんだけどなぁ」

「また働かないと借金取りにお世話になりそうです」

「セリア早く寝たーい」

「私『塔』行きたーい!」

「リースと、一緒に遊びたい」

「何でもいいけど服の泥を早く落としたいわ」

「キャバクラで美人のおねぇさんとハァハァパフパフしたいぎゃぼぉああ!?」

「……このパーティのチームワークどうなってんだ」


 何度目になるだろう頭痛が再発しそうになる。

 その時――――こちらに近付いてくる一つの影……馬車が向かっていることに気が付く。

 敵襲かと思ったが、それにしては殺気が感じられない。


「……紗雪」

「了解」


 小声で指示を出すと、紗雪は左目を閉じ右目だけを見開く。瞳孔が収縮し、『目』を使う準備が整った。半径二十キロにわたり三百六十度全方位・・・・・・・・自分の視界に収めるという彼女の特異であり超常能力とも呼べるその力(厳密には違うが)。範囲を限定すれば最大五十キロ先を認識できる故に、索敵においては右に出る者はまず存在しない。

 

「……敵には見えないわね」

「身体的特徴は」

「大体百九十センチ。髪は茶。筋肉質のマッチョね」

「ああ。じゃあ敵じゃないな」

「ええ」

「「ジョンか(ね)」」


 どういうわけかはわからないが、ジョン・アーバレストは馬車に乗って俺たちに近付いてきている。

 その意図はあまりわからないが大方行方不明になりかけた俺たちの行方を追ってきたのだろう。


「証拠にあの闇商人、隣で縛られて乗せられているわよ」

「ナイス、グッジョブ!」


 これでようやく恨みを晴らせるという物だ。


「――――おい、お前ら!」

「あ、ジョンだ。おぉ~い」

「ようやく帰ってきましたぁぁぁぁ~~~~~~~!!」

「うわ」


 突然ニコラスが目を輝かせ声を狂喜乱舞させる。今まで溜まった何かが爆発でもしたのか。

 それが何の感情なのかは知る由が無いが、とにかく彼にとっては馬車を止めて降りてきた瞬間に抱き付くぐらいの物らしい。


「もぉぉぉぉぉおおおお!! どこほっつき歩いていたんですかぁぁぁ~~~~! すっごく不安だったんですよ周りが変人ばかりで!」


 その変人とは俺も入っているのだろうか。


「いやお前も十分変人……ごほん、まぁ、すまん。さすがに一週間も顔出さなければ知らない間に死んだ扱いされてもおかしくないからな。流石にそれは精神的に来るというか……」

「お帰り、ジョン」

「リース。その様子だと、暴れ馬どもの扱いに大層苦労したらしいな」

「こいつもその暴れ馬なのだけれど」

「へぇ……リース、このお嬢さんの尻に敷かれてんのか」

「そうなる予定ね」

「強気な嬢さんだ。関係は大切にしろよリース」

「……え、は?」


 二人が何を言っているのかさっぱりわからない。嫌々『読心術』スキルを使ってみるも、理解できない感情のそれだった。

 これは俺には、理解できない感情なのか。それとも俺が鈍いだけなのか。


「とりあえず、お前らを騙したこいつ、捕まえてきたぞ」

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!! た、助けてくれ! 命だけは!」


 ジョンがまるで玩具でも持ち上げるように軽々と闇商人の男を持ち上げる。

 顔面は蒼白。息も荒くまるで生きた心地を感じていない人間のようだ。

 彼の目の前には全員額に青筋を浮かべた集団が居るのだから、それも至極当然の話か。


「まったく。お前らを追いかけに装置を買ったと思ったら偽物で、まさかと思って解析してみたら見事Aランク級ダンジョンに設定されていた。さすがにまずいかなと思ってとりあえず衛兵には渡さず連れてきたんだが、よく生きていたもんだ」

「ああ、まぁ、何度も死にかけてこのあり様なんだけどな。……ところであんた」

「私たちを嵌めた覚悟は」

「できているのかな?」

「こいつら相手に生きて帰れると思ったらずいぶん甘々な世界を生きてきたもんだな」

「ああ、痛覚だけを敏感にする毒を持っているのですが、使います? いえ、使わせてもらいますね」

「オジサン脂乗ってておいしそー!」

「覚悟……出来ていなくても、玉、潰す」

「私の中では肛門直腸に火矢をぶち込むのは確定してるわ」

「んじゃ俺はワイヤーで血行を悪くしていこうかな、と」

「ひ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」


 全員目が半分本気であった。

 レベルアベレージ30近い俺たちの殺気を集中して浴びた闇商人は更に顔を青白くして最後完全に白くしながら口から泡を吹いて気絶する。

 それを見届けて俺たちは溜まりに溜まった疲れを溜息として吐いた。

 ジョンは苦笑しながら俺たちに拍手を送る。


「疲れただろ。念の為馬車を借りてきたが、正解だったようだな」

「あんた、本当に有能だよ」

「褒めても何も出ないぞ?」

「少なくともつかの間の休息と安楽は約束されるね」


 おまけに馬車の荷台部分は藁が敷き詰められていて、その上に布をかぶせられた簡易ベッドのようになっている。全員がそれを見るなら即座に大分。頬を柔らかくして、セリアなどはもう熟睡開始していた。何度も思うがこいつ一日の睡眠時間どれだけ長いんだ。さっきから寝ている所しか見なかったぞ。

 戦ったとこも見たことないし。『心眼(偽)』で覗くにも、若干の罪悪感と抵抗感のせいで微妙にやりにくい。

 別に大問題に繋がらないならこのままでも構わないが。

 俺も疲れた。皆が殆どのスペースを埋めてしまったため、手綱のある運転席近くの小さな隙間に足を運んで座り込む。寝たいのは満々だが、スペースが狭いためできない。

 それでも、こいつらの幸せそうな顔を見てるとそれもどうでもいいように思えてくる。


「休んでいてくれ。運転は俺がやる…………お前も、疲れただろう?」

「ああ。アンタが居たらもう少し軽くなっていたかもな。……確かに、ちょっと疲れたよ」


 その言葉には、どれだけの意味が込められているのか、俺自身よくわからなかった。

 モンスター駆除に疲れたか……それとも、


(……やっぱり、馴染めないな)


 俺には、余りにも暖かすぎる場所だ。


 ピィィンッ!!


「……はへ?」


 首の近くを何かが過ぎった。

 ちらっと見ると、馬車の天幕に小さな穴が開いていた。

 細くて鋭い何かが貫いた跡があった。


「ヒヒィィィィン!?」

「うおっ!」


 次の瞬間、馬車を引いている二頭の馬の一頭の頭に矢が刺さる。

 それにより馬は悲鳴を上げながらバランスを崩し、その結果馬車が大きく揺れる。


「ちぃっ!」


 ジョンがとっさの判断で馬を繋いでいた綱をナイフで切断。

 かなりの揺れだったが馬を早期に切り離したことが功を制した。もし切り離していなかったら最悪馬車は横転していただろう。


「な、何があった!」

「くそっ……恐らく山賊だ、だが姿が見えない! 皆は!」

「寝てるわ」

「さ……ブラン」

「ブランネージュと言ったな。伏せておけ、矢が来るぞ!」


 紗雪はジョンの言葉を無視して再度『目』を発動する。

 それから数秒、口元を釣り上げながら背中の弓を取り出した。


「一体何を……姿が見えないのに弓なんて役に立つわけ――――」

「見えているわよ。はっきりと、ね」

「……なんだと?」

「距離五キロ、方角は大体……私視点から北西かしら。随分とまぁ、大層な代物を持っているじゃない」

「お前何を言って……」

「ジョン。こいつを信じろ」


 紗雪の不可解な行動に狼狽しかけているジョンを肩を叩く。


「遠距離戦や索敵において、こいつより頼りになるやつを俺は知らない」

「リース……?」

「馬の速度を下げろ。揺れを少なくするんだ」

「必要ないわ」

「は?」


 弓の弦を軋みを上げるまで引いた紗雪が、俺でも意味不明なことを言い出す。

 射撃において揺れ、振動は天敵だ。それが超精密射撃ならばたとえ小数点ほどの誤差でも大問題となる。それを少なくするための対応を、しなくていいと言ったのか。


「信じて」

「…………わかったよ」


 やけに自信満々だ。

 だが仲間を信じないでどうする。


「来る!」


 一本の金属矢が飛んでくる。

 速度は秒速八百メートル。ライフル弾の初速同等の速さだ。

 視認は不可能に近い。だが――――情報さえあれば迎撃など朝飯前だ。

 腰のホルスターに仕舞っている魔導銃エーテルブラスター早撃ちクイックドロウ。威力こそ弱いが、弾道を逸らすことは可能だ。

 早撃ちされた魔力の弾丸は飛来してくる質量の塊のベクトルを衝突することで少しだけずらすことに成功。金属矢は紗雪の髪を数本千切り飛ばすだけに留まる。


「ナイスフォロー…………お返しよ」


 そう告げた紗雪。


「Primo hoc telum in lucem capere usque ad jumenta gladio ictum rapuissent quod monstrum. Ergo hoc est mortem effugere non posse!!」


 聞き取れないほどの高速詠唱。

 恐らく俺が使っている物と同じラテン語だろう。しかし詠唱速度が並ではない。まるで母国語の様に流暢に喋る様は一瞬彼女が日本人であることを忘れてしまいうほどであった。

 一体どこで何を学んだんだこいつは。


「獲った!」


 弦を掴んだ指が開かれる。

 ――――呪文によって様々な効果を付与され放たれた矢は青い軌跡を描きながら直進する。まるで流星だった。衝撃波を響かせ、ベイパーコーンを作りながら周囲の地表を抉りながら北西方向へと進むそれは、もう矢ではなく戦闘機に近いものだ。

 その後に訪れる異様な静寂。

 終わったのか? とそう思った瞬間――――


「ちっ、逃がした!」

「追撃は」

「無理――――いや、出来る!」


 自分の発言を途中で撤回した紗雪は俺の魔導銃を持っている手を持ち上げた。

 何をするつもりだ。と聞くのは野暮だろう。

 彼女のご期待通り、今あるすべてのMPをつぎ込む。それに合わせて魔導銃はフレームを組み換えさせて変形。そしてさらに変形し、銃の内部構造が露わになるまで発射機構を露出させた。

 そこに大量の青い粒子が収束していく。


「方位北西から北北西、角度修正、上方プラス12度」

「タイミングは」

「今!」


 言われた瞬間にトリガーを引く。

 収束された粒子が解放。再度収束され、高密度極大粒子砲となり襲撃者を狙撃。

 大量の衝撃波を発生させながら大量の青い粒子は直線に飛ぶ。地面を抉り爆発を残しながら、前方にある障害などを正面から全て消し去りながら。

 やがて高速で発射された粒子群は遥か向こう、ここから五キロ離れた山に衝突。

 大きな爆発を起こし、その山に大きな爆発跡を残す。


「……やったか?」

「ごめんなさい。逃したわ」

「相手が一枚上手だったってことか……。ジョン、馬を全力で走らせろ。休憩は無しで頼む」

「了解した。――――はぁっ!」


 襲撃者は逃した。

 だが攻撃は来ない。本人は話さないが、確実に初手で相手の武器を潰した。どちらかというと武器で攻撃を防がれ、その際に相手の武器を潰したというほうが信憑性がある。

 紗雪こいつは狙うとしたら頭なのだ。こちらを殺す気で襲撃してきた相手を無力化するなど甘いにもほどがある。


「……大丈夫か」

「大丈夫よ。……しかし、久しぶりね。私が獲物を逃すなんて」

「相手が悪かった。それだけだ」

「……そう、ね」


 その時見せた紗雪の表情は、実に複雑で感慨深いものだった。

 憎悪、羞恥、怒りを孕ませた表情。

 しかしそこには、どこか楽しさを感じているようなものも、存在しているのであった。



――――――



 魔力弾が直撃しその身の一端を爆ぜさせられた山の近くに、フード付きケープを深く着込んで素顔や体のラインを隠した者が一人いた。

 持っている三メートル近くあるであろうカラクリ仕掛けの機械弓は機関部を完全に吹き飛ばされており、フードをかぶったものはそれを見ながらやれやれと頬を掻く。


「やってくれますね、リースフェルトさん。これ結構希少品なんですが」

「――――壊したのはお前の自業自得だろう」


 荒れた茶髪を生やしている白衣を着た女性が不意に上から滑り落ちてくる。

 この山は急斜面が多い。上に待機していて、タイミングを見計らって降りてきたのだろう。


「プロフェッサー。馬車で待機していてくださいと言ったはずですが」

「あの爆発で起こった熱波と微弱な電磁パルスで機材が壊れた。何もやることがなくなって、暇だったから顔を出しただけだ」

「義手の調整はどうしたんですか」

「そんな物早朝に終わらせたよ。……それで、試した結果、どうだった?」


 不機嫌な様子でその言葉を言いながらプロフェッサーは胸ポケットから取り出したタバコを吸う。

 ゆっくりとフードを脱いだ男――――ロウ・パトリエージェは口を少しだけ吊り上げながら、軽々とした様子で肩をすくめた。


「イリュジオンを使いこなしているかと思いきや、意外と早期にアレの秘密を知ってしまったようですね。予想外、ではなかったのですが……はやり現地に行ってどうにかするべきでしょうか」

「やめておけ。ポンコツの売った奴が目の前に現れたら、文字通りミンチにされるぞ」

「それはそうですねぇ……でも、膠着状態もアレ相手にはかなり不味いんですよ。一応精神汚染と魅惑の呪いを持っている正真正銘の魔剣、ですからね。――――発見した人としては、どう思います?」

「と言われてもな。私はお前に頼まれて回収と修理をしただけだぞ?」


 フィルターの近くまで吸われたタバコを携帯灰皿に押し付け、プロフェッサーは肺に溜まった煙を吐きながら虚ろな目で遠くにある馬車を取り出した双眼鏡で見つめる。


「でも……少なくともお前よりはよっぽど良い使い手にはなるだろう」

「アレ? そうですか」

「そりゃ、秘密を知った途端身にも付けず、挙句の果てに危険だと言って一方的にぶち折ろうとした奴よりはまだマシだ」

「ははは、痛い過去を掘り返さないでくださいよ。さすがにアレは私には荷が重すぎたのですから」


 痛いところを突かれたロウは懐かしくも憎たらしい汚物を見るような目になる。

 口元からは笑みが薄れていき、やがて降格も徐々に下がっていく。


「自己嫌悪かい?」

「ええ。呪われた武器を他人に押し付けた……正直自分でも愚かすぎた行為だったと、今更後悔しているかもしれませんね」

「……人としては当然さ。アレは人が扱っていいものじゃない。……できれば、このまま一生、使われないでほしい」


 視界から消えるまで、二人は馬車を見送った。

 自分たちが預けてしまった呪いがどうなったのか知るため、彼らはここに来た。

 予想通り、呪いは消えなかった。

 それは平和を思っての事だろうか。

 それとも自分の安全を思っての事なのだろうか。


(……乗り越えてください、リースフェルト。貴方に憎まれていても仕方ない。だけど……貴方だけは、この子の理解者になってあげてください。私は、なれなかった。だから……)


 口には出さず、ロウは静かに祈った。

 それが身勝手だとは承知している。しかし自分には無理なことだった。だから手放してしまった。

 だから、彼にはアレの理解者になってもらいたい。

 自分を超えてもらいたい。ロウはそう一途に祈り続けた。


「……行きましょうか、プロフェッサー・Aアンジェリカ・ファントムドーター。原罪背負いし悪魔と無垢な天使達の娘よ」

「了解した。聖杯騎士団非公式特殊独立部隊――――【十二使徒ロイヤルナイツ】所属№Ⅲロウ・レガシィ・パトリエージェ=ラインアームズ」



――――――



「それでは換金しますね。はい――――銀貨三百二十枚と銅貨二十七枚です」

「はぁ……ありがとうございます」


 多量の銀貨と銅貨の混ざった革袋を受け取る。

 ギルドに戻り、真っ先にしたことは受付で『汚泥水の鍾乳洞』で得たドロップアイテムや宝石を換金することだった。収入がどれほどのものだったか、知るのは重要なことだろう。

 ドロップしたのはゴーレムを形作るもので一番基礎的な素材『低質魔鉱石』とそれが泥になった『汚染魔泥』。そしてゴーレムの核『魔甲核』。核部分は高値だったが、他のは今一な値段だった。外でそこら辺で徘徊しているチビゴーレムでも同様の素材が得られるので仕方ないが、大きなサイズを得られただけでも良しということだろう。

 次にスライムからドロップした『回路軟体』『スライムコア』『溶解液』。同じく雑魚からとれるものなので以下略。

 最後はあの緑犬から取れた物。『吸生植根』『緑色血液』『エメラルドカラーアイ』『良質魔犬牙』『イレギュラーコア』などなど。すべてが高値で売却できた。回収して持っている物全部でおそらく銀貨三百枚もの値段だろう。つまり今回の収入でほとんどの大物がこいつだった。

 聞いてみれば第二危険指定(レベル40ほどのモンスター)の希少種で異常個体イレギュラーエネミーという、普通なら出会うことのない個体らしかったのだ。『マッドドッグ』という種が急に植物化してしまったという意味不明な出生故なのだろう。

 まぁこれだけ売っても黒字ギリギリなのだが。誰かさんがマナポーション買いすぎたせいかな。

 文句は言わず、テーブルで俺の持つ金を待っていた皆のところに行く。


「おっ、待ってました!」

「どうだった」

「まぁまぁかな。銀貨三百枚ほど。……今回使った金が銀貨百三十枚とすると、スレスレで黒字だ」

「あれだけやって二十枚黒かよ……マジかぁぁぁぁ~~」

「マジだよ」


 金の入った革袋をテーブルの上にドシンと置き、椅子に座る。

 何故俺たちがこんなに金を消費したかというと、実は消費アイテム自体そんなに値を張るものでもなく精々銀貨二十枚程度で済んだ。後は装備メンテナンスで三十枚ほど。じゃあ残りの八十枚はどうしたんだということなのだが。


「いつの間に装備新調したんだよてめぇら……」


 ファールは機銃斧ハルバートライフルの刃の部分を鋼鉄からミスリル製に。ニコラスはよくわからないが弓を発射する力を強化する改造をし、セリアはよくわからないガントレットを有名な魔道具作成師に一から作ってもらったらしい。使っていないよな。

 そんなわけで今回の出費の半分以上はこいつらが原因ってわけなんですよ。その三人は現在ヘラヘラ笑っているけど。ムカつくなおい。


「いやー、いつまでも古臭い鋼鉄じゃあ見栄えがつかないなぁと。……テヘ!」

「僕はセーフだと思います。悪くないと思います。悪いのはファールさんですよあははははは」

「……ぐがぁ~」

「テメェら反省しろやぁあああああああああああああああああ!!!!」


 開き直るどころか反省すらしていない。セリアに至っては熟睡真っ只中。ガチでふざけんな。


「あーもう……今回の収入は山分けだが、この三人については、えーと」

「今回収入が銀貨三百枚。パーティは九人。単純計算なら一人頭三十三枚ほどだが……」

「罰として三分の一にするのでしたっけ」

「じ、自業自得ってのはわかっているけどさ、やっぱアレじゃん? ふぇ、フェアという言葉が」

「仏の顔も三度までという言葉を知っているかしらファールさん」

「な、何それ?」

「何度もやれば誰だって怒るっている意味なのだけれど……この場合は、白髪三千丈か遠慮なければ近憂ありかしらね~……」

「フェア言うなら消費した分減らすんだからこれがフェアなんだよ」

「がっくり……」


 言ったとおりファールはがっくりと肩を落とす。目先にある大金の三十分の一ほどしか手に入れられないと知ったやつの気分は如何に。

 それでもなんだかんだで受け入れ始めているらしく、すぐに顔を上げていつもの調子を取り戻し始めた。


「しっかし、あの闇商人本当にぶっ叩かなくてよかったのか? 意外だぞ何もせずに警吏に渡すなんて」

「お前の中で俺がどう映っているのかは知らんが、別にそれほど怒ってもいないよ。結果がすべて。犠牲ゼロなんだから」

「余興として聞くけど、犠牲があったらどうしていたんだ?」

「差し渡さずに、とりあえず一週間拷問コースにぶち込んで最後は生きたまま解剖して崖底に叩き落としたな」

「…………そ、そうか」


 軽いジョークとして言ったつもりが空気が一瞬でオーバーフリーズしてしまう。

 俺は上手い冗談が言えないのだろうか。言えなくていいけど。


「それで肝心の『塔』攻略はどうするんだよ。このままじゃ数日間は足止めだぞ」

「……なぁ、回復アイテム無で『塔』で生き残れる確率はどれぐらいだ?」

「一層目ならともかく……五層からはゼロと断言できるな」

「まさか独りで行くつもりじゃないだろうな」

「……さすがに俺でもそれはねーよ」


 声の調子を変えずに淡々と言う。


「じゃあしばらくは皆稼げる依頼をこなしてくれ。今はそれがいいだろう」

「そうだな。この後特にやることもないし疲れたし……解散と行きましょうか!」

「さんせーい!」

「それじゃあ……お疲れ様ー! はい、解散!」

「「「「「「「「お疲れ様ー」」」」」」」」


 コホンと一回咳き込んだファールは腕を組んで自慢げに解散宣言をする。

 こいつ何時の間にかリーダーポジションに居座っているんだ。リーダーするつもりはないけどもうちょっと的確な人選しろよ。


「おい結城」


 すぐにギルドを出ていこうとした俺の肩を綾斗が掴んで引き止める。

 いつも通りの笑顔で対応しようとすると、珍しく綾斗は真剣な真顔であった。


「どうした? 飯でも食いに行くのか」

「……お前、行く気じゃ、ないよな」

「ん? 何の話だ。まさか『塔』か? ないない、行かないよ。俺もそこまで命知らずじゃないし」

「嘘じゃないでしょうね結城」

「紗雪まで。一体なんだよ。俺がそこまで馬鹿に見えるか?」

「「見える」」


 即答と断言を同時にされてしまったら俺はどう言い返すのが適切なのか。

 気を静めさせるために二人の肩を軽く叩いてやる。


「大丈夫、心配するな。俺は元の世界に帰るまで死ぬ気はない」

「そうか。なら、いいだが」

「無茶はしないでよね」


 二人もため息を吐くと、一緒に宿の方に行ってしまう。

 その姿が完全に見えなくなるまでその場で立ち、すぐに街の壁門へと駆け出した。


 ――――アンタ、馬鹿?

(久しぶりに出てきて馬鹿とは何だ馬鹿とは)

 ――――単独で『塔』に挑もうなんて馬鹿でも考えないわね。ごめんなさい。

(謝るところそこじゃねぇだろうが……。別にいいだろう、今の俺ならあの時と比べ物にならない)

 ――――慢心は負けよ。

(黙ってろ。今は……無茶をしなきゃいけないんだ)


 壁門までは数キロほどある。このままでは日が暮れてしまうので、人気の少ない所で走っている勢いのまま跳躍。看板や物干し竿を蹴って建物の屋根にまで上り、更に跳躍して土管の頂点に上って最後の大跳躍。地上から約十五メートルほどにまで跳ぶ。


「ふっ!」


 少しだけ気合を入れて背中あたりに力を込める。

 するとどうしたことか、背中から二枚一対の炎の翼が出現。強力な推力を発生させて俺の体を前に押していった。

 勝手に首都入出とか法的にかなり不味いかもしれないがそんなもの今はアウトオブ眼中。

 今俺の中にあるのは「強くなる」。それだけだった。


(今回で仲間を危険にさらしてしまった。溶解液程度で済んだものの……あれが強酸だったら間違いなく大重傷につながっていた、ッ!)


 余計なことを考えたせいかバランスが急に崩れ落下。

 ハイスピードのまま屋根に突っ込む、その上を高速回転するがすぐに四肢を使って上空に回帰。少しだけ心を落ち着けて、バランス制動に集中する。


(もうあんな失態は犯さない)


 炎の翼を羽ばたかせて更に上空に舞い上がる。

 目指すのは雲の上まで。高さ的にも、目標的にも。


(絶対に……どんな手を使っても……!)


 背中の炎の勢いが増していく。

 今心で湧きがる怒りと同調しているのかは、わからない。

 だが、これは俺の翼だ。

 俺の高みを上りたいという気持ちに応えてくれたのだけは、わかる。


「…………!!」


 炎の翼が四枚へと増える。

 それは決意の表れなのだろうか。

 真実は誰も知らない。




次回投稿は変わらず来週の土曜日です。

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