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第三十一話・『結局男はおっぱいか』

二連投稿です。

追記・ナンバーミスってましたごめんなさい。

「ったくなんだよこの緑犬……! ホントに植物か?」

「無駄口叩いてないでさっさと避けたら?」

「え? ――――どわっ!?」


 植物で体が構成された犬型のモンスター、【プラント・オブ・ハウンドドッグ】(以下、緑犬)の鞭のような蔓攻撃を仰け反って回避。

 カウンターとして魔導銃エーテルブラスターの弾を数発頭部に命中させるが、何分リアクションらしきものが無い。無反応つまり、効いていない可能性が高い。

 一発一発が弱いにしろ銃弾をもろに受けて無傷とかどんな外皮をしていたらそうなるんだ。


「リース、散弾が効かない! 機銃斧ハルバートライフル使うぞ!」

「できるだけ地面とか天井には当てるなよ! 当てられると確信したときだけ撃て!」


 たださえ不安な射撃スキルなのだ。もし真下に鍾乳洞がまだあるとしたら、ここの地盤は五十センチ以下。ライフルの弾なら速攻で貫通できるレベルであるし、何せファールの持つ機銃斧、鉄食竜牙メタルイーターファングの機銃斧・ハルバートライフルは反動軽減のため火薬を減らしてはいるが対物ライフル並の弾丸を扱う。戦車の装甲を貫ける弾丸なら土でできた五十センチの壁など容易に突貫できる。

 扱いに少々問題があるが、この時点では頼みの綱の一つだった。


「リーシャ、中級魔法で援護を。ニコラス、お前はできれば敵を足止めしておけ。ブランは……ニコラスのフォローをしてくれ」

「私は?」

「アウローラお前は下がってろ!」


 非戦闘員であるアウローラは現在武器などは持っていない。それに持っていてもレベルが低いから前に出すわけにもいかない。上がっているとはいえ精々十五ほどだ。五十近いあの緑犬を相手にするには心もとなさ過ぎる。

 しかしこんなにも早く魔導銃が使い物にならなくなるとは。

 もうアレを使うしかないのか。イリュジオンを。

 駄目だ。ここで暴走したら取り返しのつかないことになる。


「リース、使え!」


 棒立ち状態の俺にファールが何かを投げ飛ばしてくる。

 魔導銃と光球で両手がいっぱいなので、ルージュに光球を自律行動させろと無茶な要求を突き付けて右手の主導権を取り戻してそれを掴み、何だとその物体を見る。


「……これは?」


 随分と豪華な装飾が施された三十センチ程のダガーだった。

 戦闘用とはとても言えないが、良い金属を使っているのか綺麗な刃ができている。儀式用にしては少し危険すぎる代物だろう。


「私のお古だ。愛剣それ、使えないんだろ? じゃあ使え」

「いいのか? 後で返せって言ったら返すが」

「別にいいよ! さっさと戦闘に参加しろこの鈍間!」


 鈍間とまで言われてしまったらもう戦うしかない。

 軽く振ってみると、まぁまぁな感じだ。ピッタリとまではいかないが手になじむ。


「よし」


 地を駆ける。

 身を低くしたまま高速で突進し、緑犬に向かって一閃。


「ヴゥッ!?」


 反応されて避けられる。

 それでも軌道を中途半端に変えることで左目を潰した。上出来だろう。

 足で強力な慣性を殺しながら制動をかけターン。魔導銃に今までよりも大量のMPを込める。

 

「――――!?」


 そのとき魔導銃に変化が起きる。

 変形し、銃身が二つに割れ微細な雷光を散らす。

 一瞬だけ強く発行すると――――雷光を纏った巨大な光弾を放つ。

 反動もそれに比例して腕が大きく上方に弾かれた。


「ギャイン!!」


 その光弾が直撃し、緑犬は悲鳴を上げながらのたうち回る。

 当たった個所が黒焦げて、ズタズタになっている。まるで榴弾だ。

 よくわからないが、とりあえずこれはお荷物にならないで済むようだ。


「今だ! 撃て!」


 チャンスと見て皆が一斉に武器を向けるが、緑犬はただでやられるものかと抵抗する。

 すぐに逃げようと体勢を立て直す。が、足に深く矢が刺さったことでそれは止められた。

 紗雪の持つ複合長弓コンポジット・ロングボウから放たれた強力な一撃が正確に足だけを狙い、動きを止めたのだ。やろうと思えば頭を狙うこともできただろうが、今回は仲間に株を譲るつもりだろうか。

 次に首にニコラスの放った毒矢が刺さる。植物にとって毒とは脅威以外の何物でもない。即効性の劇毒を使っているのか瞼を閉じる間もなく毒は緑犬の半身にまで広がる。

 最後にファールが緑犬の両前足を切断。完全に無力化してから、銃口を頭に向ける。

 一瞬の間を置き、引き金が引かれた。

 緑犬の体が大きく痙攣し――――止まった。

 それから、この世界の法則通り、紫の煙となって消えた。


「……終わったか」

「いや、まだだぞ」

「は? いや、犬っコロはもう消えて……」

「あの犬は狼より一回り大きかったぐらいだ」

「……それがどうかしたのか?」


 後方にチラリと視線を向ける。

 やはり、居る。


「つまり、だ。幅三百メートル、高さ五十メートルの奴を、あんな犬が、立った一匹で圧倒できると思うか?」

「……おいおい、冗談だろ」

「それならよかったんだがな。哺乳類は基本的に群れを作って獲物を狩る――――後数十匹はいるぞ」


 おそらく先ほど襲ってきたのは小手調べ目的の尖兵。幾らレベルが高くても、俺たちのように数のある獲物を狩るなどそれはもうボスのような奴しかいない。

 つまりは、最低十匹以上は群れを成して行動して居る。しかも捨て駒目的の尖兵を送ってきたならすぐ近くでだ。

 俺たち全員が背中合わせになる。

 その時狙ったようなタイミングで俺の正面から一匹の緑犬が現れる。


「ガァァアアアアアアア!!」

「ぐぅっ……!」


 跳びかかってきた緑犬の心臓があると思われる部分にダガーを突き刺し、口に魔導銃を突っ込む。

 そして魔力を変形するまで込め、頭を吹き飛ばした。


「気をつけろ! 跳びかかってくるぞ!」

「ちょ、そんな大事なことは早く……うわぁぁぁっ!!」


 それから次々と緑色の皮膚を持つ犬どもがうじゃうじゃと出始めた。

 他の犬たちが口から溶解液の塊を吐いてくる。

 それを大量に浴びたファールとリーシャ。気持ち悪そうに蠢くが粘性が強いのかなかなか取れない。

 しかもなぜか都合よく服の多い所にかかっていて、溶解液により服が解け始めて肌が露わになった。幸いか酸性はそれで程でもないようで服が解けるぐらいだったようだが、もし強酸性だったらと思うと怖気がする。


「役得ですね」

「お前さっきから何言ってんのニコラス!?」


 最初会った時から打って変わって可笑しくなっているニコラス。

 一体彼の身に何があったというのだろうか。


「いやぁ、リベルテさんにもっと青い欲望を表に出す方が男らしいと言われたので」

「あんのやろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 無垢な少年にイラン事吹き込んでんじゃねぇええええええええええええっ!!」


 想像通り綾斗のせいだった。あいつ絶対後でジョンに殴らせてやる。


「うわぁあ……気持ち悪いぃ……」

「リースぅ~、取ってぇ……」

「こんな非常事態にんな馬鹿なことやってられるかぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」


 今日何回叫んでいるんだ俺は。喉がすこぶる痛い。

 二人の事は紗雪に任せて、とにかく皆を一点に集まらせる。


(ルージュ! どうにかできるか?)

 ――――はいはい。困った時は助けるわよ。……両手の主導権。

(っ……わかったよ、だから早くしろ!)


 刹那で両手の主導権が切り替わる。

 ダガーを地面に刺し、魔導銃をホルスターに仕舞い、両手を地面に叩きつける。


「焔属結界、起動」


 口の主導権まで奪われるが、些細な問題だ。

 俺たち全員を囲むように魔方陣が展開される。やがて半球状の魔力結界が俺たちを守るように包む。

 緑犬の一体がそれを突き破ろうと襲い掛かってくるが――――触れた瞬間犬は火だるまになり灰と化した。


「うわ」


 二人に着いた粘膜を取っていた紗雪がそう呟く。

 安全性以前に危険性のほうが目立つのだから仕方あるまい。

 それは置いといて、これでどうにか窮地は脱した。

 問題はここからどうするかという話だが。


(……現身の力でバーッてやりたいが、最悪こいつらを巻きこめかねないし緩い地盤が崩れる可能性がある。一体どうしたらいいものか)

 ――――別にいいじゃない。

(なんだと?)

 ――――地盤が崩れても別に困ることはないでしょう? ならやっちゃいなさいよ。

(お前な、連鎖的に崩れる可能性が――――……お前まさか)

 ――――ここは私に任せなさい。


 スッと、両腕が勝手に前方に出される。


「マ☆ジ☆カ☆ル~~~~~~汚物は消毒ファイアァァァァアアアア!!!!」

(お前は俺に口で何言ってんだァァァァァァ!?)


 何かこいつも壊れてきてる。元から壊れているようなものだが。

 その技名とは裏腹に、効果は火を見るよりも明らかだった。言葉通り。

 なんとこいつは、緑犬どもに大量の火球を飛ばした。すべてが滅茶苦茶な軌道で見れば避けることは簡単だ――――だがその威力は異常だった。

 着弾とともに大爆発を起こしたのだ。こんな閉鎖空間でそんなことをするなど頭がイカれているような(イカれてるのだが)アホの愚行にした見えない。だがここは地盤の緩い空間。厚さ五十センチの土の床など白髪で簡単に削れるはずで、当然ながら足場は連鎖的に崩壊。

 俺たちはバランスを崩し、そのまま落下。

 するはずだった。


「わ!?」

「うぉっと」

「わぁ~」


 俺含め七人全員が、壁または天井に接続されている炎の鎖・・・に巻かれ、落下を止められた。

 鎖は燃えている。はずなのに全然熱が感じられない。逆にちょうどいい暖かさである。


 ――――焔縛鎖フレイムチェイン。普段なら束縛用魔法だけど、こんな事にも使えるのよね。

(……お前、たまに思うんだがなんで俺たちとの戦いのときにこういうの使わなかったんだ?)

 ――――趣味じゃないだけよ。半分キレていたから正常な判断もできなかったし。


 確かに回想してみれば狂ったように笑い叫ぶ姿が思い返される。

 本人曰く現身の力の影響で妙な快楽に溺れていたので短気になっていたとか。それ普段通りじゃないのか。

 ある意味凄く助かったというのが本音でもあるのだが。

 鎖がルージュの意に応えるように皆を持ち上げていく。しかし緑犬たちはまだ健在だ。それがとても不愉快だったのか、両腕はまたもや意に反して緑犬たちに向けられる。


「そのまま死んでいれば楽だったのにね……消えろ犬が」


 背中から炎の翼が現れる。

 きっかり二体四枚の翼から出る炎は両腕を包んでいくと掌に収束される。

 そして、二つの巨大な剣に形を変えていった。


「『滅却し火葬するアインエッシェルング・無垢な双子の焔剣ツヴィリングシュヴェーアト』」


 両手の剣をXの字をなぞる様に振るう。

 軌跡上にいた犬は言わずもがな、直撃しなかった奴さえも熱気と衝撃波により消滅。

 文字通りすべてが熱で滅却される。植物なのが効果を更に加速し、数十匹も居た緑犬たちは一瞬で肺へと成り代わった。

 改めて現身の力を扱い切れていない自分の未熟さを痛感する。


 ――――安心しなさい。私も三割ぐらいしか扱えていないから。

(マジですか……)


 とにかく、これで窮地を脱することができたのであった。



――――――



「招集に従い、ただいま現時刻を以て極北地方から高速飛行船を使い十二使徒ロイヤルナイツ所属№Ⅹハイン・フォン・アーダルベルト、到着致しました」

「……相っ変わらず師に似てクソ真面目だなお前は」


 騎士団長特別部屋でエヴァンが気怠そうに椅子を傾けて座りながら、正面にいる巨大な棺桶を背負った十二歳・・・になるかどうかの少年に言い放つ。

 少年はごく一般的な焦げ茶髪を切らないで三つ編みに束ねて前に出しているせいで、童顔も相まって下手すれば少女にも見える。そんなことはどうでもいいのだが、問題はどうしてそんなまだ幼い少年が騎士団長の部屋にいるのかということだ。


「やれやれ。最年少だからと言ってまぁ、別に周りに気を使う必要なんざねーよ。つーかお前がしっかりすればするほど周りの奴らが依存するから、適度にしておけ」

「了解しました」

「言ってる傍から……。それで、極北で随分と活躍したそうだな。新しい鉱脈の発見に従いその権利争いの鎮圧、一区域の税金問題での暴動の鎮圧とその問題改善、大型魔獣の大量発生問題の解決、汚水浄化設備の復興助力…………中々だ」

「貴方には、まだまだ及びません」

「だからんなに謙遜するなっての、ったく。だらしないこっちが恥ずかしいってのに。まぁいい、とにかく招集に応えてくれたことに感謝する。状況は今は掻い摘んで説明する。資料は後で渡されるはずだろうから詳細を知りたきゃそれに目を通せ」

「了解しました」


 自分の言葉が行き届いていないのかそれとも性分なのかと、一瞬だがエヴァンに頭痛が走る。

 目頭を軽く揉みながら口を開いた。


「この国がテロリストに狙われているんでとりあえず防衛線の管理及び襲撃予測地点を練ってそこに警戒網を張ってほしい。それとこの国から半径五百キロに及んでの偵察船の管理、それと貿易網のチェック。怪しいものが流れていないかを徹底的に調べろ。それから団員の動向監視だ、紛れ物が無いか検査しろ。それからここしばらく勢力を上げている工業団体に検査員を向かわせて最新鋭の装備がどこに流れていてそこからまたどうやって流れているかもな。それと錬金術師どもに協力依頼を送って強力な魔導結界発生装置を作らせろ。高域殲滅境内火力魔法が直撃しても皹が入らないような奴を頼む。それと壁外設置型対地兼対空大型弩砲バリスタの強化と対空用榴散弾も用意しておけ。魔導院にも連絡入れて強化の助力に回せ。それと探索者ギルドと情報共有を行え。これが一番大事なことだ。ただし怪しい奴やこれから数日間積極的に首都を出ようとする奴は容赦なく押さえろ。情報漏洩を避けるためだ。そして最後に――――万が一テロリストが第三隔壁さいごのかべを抜いてきたときは死ぬ気でそいつらを殺せ。以上だ」

「了解しました」

「それでいいのかよ」


 この長文を言い訳の一言もなく了承した少年に呆れればいいのか感心すればいいものやらと頭を抱える。ちゃんと行き届いているのかと心配したが、後で資料を渡すから心配はいらないだろうとエヴァンは欠伸を一つ。


「そういえば№Ⅶはどうした? 同じく招集をかけたはずだし同じ極北地方所属のはずだが」

「特殊技法を使っているので僕より先に来たはずですが。……何考えているのかわからない気まぐれな性格ですし、どこかで油でも売っているのでは」

「まぁ、そういう奴だったなそういえば。別に以下、どうせいずれあっちからコンタクト取ってくるはずだし。もし見かけたらとりあえず俺のところに来いと伝えておいてくれ」

「了解しました」


 今日四度目の「了解しました」を言ってハインは部屋を立ち去る。

 巨大な棺桶が引っかかって手間取ったようだが、最後には一で背から降ろして引きずることで部屋から出て行った。彼に手を振って見送りながら、チラリと机に飾ってある写真置きを見る。


「……最近見聞きしてねぇな……何やってんだか、あいつ」


 写真に写っていたのは三人の男と一人の女だった。

 まだ髭も生えていないほど若々しかったエヴァン、そしてエヴァンに無理やり肩を組まされている眼鏡をかけた物静かそうな青年。それをいかにも「阿保らしい」と冷めた目で見ている長髪の少女。そして後ろで本を黙々と読んでいる青年。

 一体何年前の写真なのか、写真はもうしわしわになっていた。色もかなり抜けていてかなりの年代ものだとわかる。


「……元気でやっているといいんだが」


 懐かしくも寂しげな目で、黙々とただ写真を見つめた。



――――――


「よ……っと」


 他の仲間を上がらせてようやく上の空間にようやく立つことができた俺は、焔縛鎖フレイムチェインで土に埋まっていた装飾剣を取り出して引き寄せる。

 空中で綺麗にキャッチし、一応傷ついていないか確かめてみる。と言っても埃だらけで傷らしい傷は見えなくなっているのだが、これは気分の問題だろう。


「これでもうこいつらに襲われる心配はないだろ」

「そうだな。リース様が綺麗に焼却してくれたおかげかな?」

「そいつは大層嫌味の混じった皮肉だ」

「いやいや、ちゃんと感謝はしているよ」


 空気を和ませようとファールは受けないジョークを言う。

 二度と様とかつけるなよと視線でメッセージを送り、その間大きく肺の中の空気を吐く。


「さてさっさとリベルテ探しに戻るぞ。生きてるかどうかは知らんが」

「俺に対して辛辣だな~リィ~ス」

「悪かったな。お前がいい加減だからそれ相応の――――……ん?」

「うぃ~っす」

「……ち」

「ち?」


 幻想か現か、これは。


「ちょっとぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

「大声出すなよ耳痛い」

「フゴォォォォ」

「わぁー、おっきな亀さん!」

「すごく……大きいです」


 さっきまで死ぬ目に会ってまで探していた綾戸が、巨大亀の背中に乗ってその子供とじゃれ合っていた。どういう状況ならこんなことになっているんだ。


「うはははははは! どやぁ……」

「何が『どやぁ……』だよ!? お前何やってんだ人がさんざん探していたってのに!」

「いや、何か子供と間違われていたみたいで。何だかんだでビックウェーブに乗っていたらいつの間にか仲良くなっていた」

「何その順応力!?」


 どんな人格だったら言葉も通じない動物と関係を結べるんだ。しかもこんな短時間で。一時間経っていないぞ。

 綾戸はそんな疑問にちっとも答えてはくれず、亀の背中から「よっこらせっ」と降りてくる。

 体は泥だらけだったが、傷らしい傷はほとんど見当たらなかった。


「うひょー! お二人さん随分とサービス精神旺盛じゃないか。眼福眼福」

「ちょ、何見てんだてめぇぇえええ!!」

「なぁに人の肌ジロジロ見てるの~? 私の体は安くないよ?」


 この場合どっちを助けるべきだろう。


「やっぱリーシャさんは胸が控えめで……ああ、ファールは絶壁だったな、すまな――――――うぎゃぁあああああああああああああああああッ!?!?」

「殺そう。うん、殺す」

「潰す、殺す、ミンチ確定ユアオーケィ?」

「いや事実を言ったまでで――――ひぎぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 こいつ目の前にはっきりと置かれている地雷を踏み抜いて行きやがった。

 俺でさえ初見で言おうとしたところを自重して今の今まで思ったり口にしていなかったというのに。目の前にスイッチがあったら確実に押していくやつだなこいつ。長い付き合いなのでとうの昔にわかってはいたが、ここまで酷いとは。


「お願いします貧乳の神様! 助けおぶぁっ!!」


 しかもまだ懲りないらしい。

 とりあえず最低限のフォローは言っておくか。


「リーシャ」

「うふふふふ……ん? なーに?」


 軽く肩を叩きながら、耳元で二人だけに聞こえるように小さく囁く。


「俺は……控えめでも別に好きだが」

「――――――」


 瞬間、綾斗に逆エビ固めを決めていたリーシャの腕が解けた。

 それから、顔をリンゴのように真っ赤にし歓喜ここに極まったというような顔をしてもじもじしながら俺を半眼で見つめてくる。


「……本当に?」

「ホントホント(どっちでもいいけど)」


 ぶっちゃけて言うと欲情とかあまりしたことないので、女性の好みとか無いんだけどね。

 勃起は夜間勃起現象で確認しているのでEDではないが。


「じゃあいっか」

(いいのかよ……)


 自分のコンプレックスをこうも早く解消するとは。才能なのかあるいはただのバカか。いずれも俺のフォローが良く効いたということか。理由は知らないけど。

 まーしかし、ファールがまだ腕十字固めをしているので何とかしないといけないのだが、別に深いかかわりを持っているわけでもないし、止める術がない。フォローと言っても「まだ成長途中だから」や「小さい胸を愛でる人もいると思うよ」などは確実に二の舞だし。


「ち、小さくてもいいと思うぜ……!」

「……ぶ・ち・こ・ろ・すッ!」


 お前が言ってどうすんだ綾斗。


「受け入れるんだっ、運命をおおおおおっ!?」

「受け入れてたまるか! やっぱ男はおっぱいなんだな! デカけりゃいいってもんじゃねんだぞゴラァァァァァアアア!!」

「嫌あああああああ折れるぅゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「フゴォ」

「……って、なんだ?」


 その時綾戸に助け舟が送られた。

 なんと巨大亀が涙――――厳密には体に溜まり過ぎた栄養分か余計な物質だろうが――――を流しながらファールを押しのけようとしている。まるで我が子を放せと言っているように。

 いやマジでこいつ綾斗を自分の子と勘違いしているのか、いやまさか嘘だろう。


「わ、わかったから。放すから泣くな~~~~!」

「言葉、分かるのか?」

「まぁ腐っても獣人だし……ってそういう事じゃねぇよ。リベルテお前、こいつに一体何をした?」

「何って、別に? 拾われてそいつの子供と遊んだだけだけど」

「……リース、この亀の名前、ああ、種類名とかわかるか?」

「できないことはないが」


 名前が何かと関係するのか、と特に断る理由もないため亀を『心眼(偽)』で見る。


【マーシー・マッドタートルマザー 推定レベル30】


「マーシー……マッドタートルマザー。だな」

「なるほど。そういうことか」

「そういうことってどういうことだよ」

「マーシー。古語でいう『慈悲』の意味だが……言葉通り、この亀は慈悲と慈愛に満ちた優しいモンスターなのさ」

「そんな種があるのか?」

「共存共栄。モンスターの中にも私たち人間と同じく、互いを助け合っている奴らもいる。数が少ない希少種だがな。理由はわかるか?」

「……大方、慈愛に満ちているから自衛行動もままならなくて自滅しそうって感じか?」

「大当たり」

「馬鹿みたいな種族だな」


 弱いだけでなく自衛行動さえしないとは。

 これでは恰好の狩り対象だ。強固な組織構成を作らねば生きていけない。これについては人間も当てはまるが。さすがに自衛行動さえしないというのは馬鹿そのものだろう。丸腰と裸で戦闘真っ只中の戦場に出るやつを馬鹿と呼ばなければ何と呼ぶ。


「でもま、悪い奴じゃないよ。で、こいつはとりあえず自分に友好的に接した奴は問答無用で絶対的な信頼を寄せて、こうしてこんな奴のために涙まで流す始末さ」

「おい、こんな奴ってどういうことだよ」

「それって裏切られたら即死亡確定じゃないか」

「そう。だからこいつは別名『スチューピットタートル』。直訳すると――――」

「馬鹿亀か。阿呆なネーミングだ」


 周りからここまで蔑まれている種。ここまで来るともう可哀想と感じ始める。


「あー、泣くなよ泣くな。はいはい俺は無事ですよー」

「フゴォォォ……」


 巨大な亀を綾斗が必死に慰めている。事情を知らないものが見たら確実にシュールさ以外何も感じないだろう。いや事情を知っている者もシュールと感じているが。俺とか。


「それよりリベルテ、早くここを出ないと」

「そうだな。さっきすごい振動が起きたせいで元々やわやわだった地盤が崩れそうだ」

「…………」

「因みに原因を知っている者は?」

「「「「「「いないでーす」」」」」」


 クスクスと誰かが笑っているような声が聞こえる。

 言わずも俺のやったことなのだが。非は感じている、だが謝らんよ俺は。


 ――――何か来たわよ。

「え?」


 かなり前からだんまりだったルージュが唐突にそう呟く。

 そこでやっと奥の空洞から何か発光体らしきものが近づいているとわかる。アレは――――鬼火、か?


「ははっ、ようやく帰ってきたか」

「……アレは何だ?」

「まぁまぁ安心しろ。アレ俺が仕込んだ奴だから」


 こちらに飛来してきた鬼火は綾斗の目の前で止まると、スーッと頭に入り込む。髪はなぜか燃えたりせずそのままだ。本人からも特に何のリアクションも見えない。


「……よし、出口が見つかったぞ」

「はぁ?」

「さっきのは俺がお前らと合流する前に飛ばした補助魔法《鬼火ウィルオウィスプ》だ。色々使いどころがあるが、今回をれが使ったのはマッピングタイプだ。発動者が望んだ場所を自動的に見つけて、その情報を発動者に伝える。念のためお前らが来なかった場合の保険としての手札だったが……無駄にはならなかったみたいだなー」

「…………リベルテ?」

「何だ?」

「お前、これ使えたのにさっきの『汚泥水の鍾乳洞』では何もしなかったのか?」

「だってメンドクサイじゃ~ん。それにすぐ脱出できてもつまんねぇし、ダンジョンならゲームみたいに少しスリリングでわくわくする様な体験を…………あれ? リース?」

「ふ、ふふふっ……くくくくくくく」


 まさか、まさか予想していたままの回答が返ってくるとは。

 過去最大の呆れとともに額に青い血管を浮かばせる。今まで何のために俺はここから無事にみんなで脱出する術を一人で考え込んでいたというのだ。

 それにこの世界をゲーム感覚で楽しもうとしているズレた感覚を、少し戻さなければ。早死にする前に。


「リーシャさん」

「うん」

「ファールさん」

「ああ」

「ボコっていいですよ」

「「ヒャッハァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 玉狩りじゃぁぁぁぁああああッ!!」」

「ちょおま――――嫌ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「フゴォォォォォォォォ…………」


 断末魔がこの洞窟の中で何度も反響した。




私は大きくても小さくてもでもいけます。(真顔)

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