第二十九話・『周りの女は理不尽です』
連続投下です。
「How do you like me noooooooooooooooooow!!」
「イィィィィィヤフォォォォォォォォォゥ!!」
「イエェェェェイ!」
「…………」
この光景をどのような言葉で表せばいいのもか。
まずは経緯を説明しよう。
俺たち八人パーティー。結城、紗雪、綾斗、リーシャ、アウローラ、ファール、ニコラス、セリアは裏市で出回っていた少々高値だった『大地の塔』第五階層設定の転移装置を購入し、順調に転移してきた。
なのだが、その転移装置は大体予想はついたが偽物だった。
偽物が俺たちの望む場所に転移させてくれるわけもなく、俺たちは現在――――Aランク以上の探索者は全立ち入り禁止区域に設定されている『汚泥水の鍾乳洞』。
基本的なモンスターはスライム系という物理軽減スキル持ちに重ねて凄い硬いモンスター『ゴーレム』系まで存在する。更にレベルアベレージは二十五以上という初心者にとっては地獄。あくまで平均なので三十以上の化物まで出てくる始末。
普通なら、普通なら即座にすたこらさっさして俺たちに偽物を売りつけた商売人をぶっ殺……警吏に差し出しに行くのだが、少数派が、厳密には三人が反対した。
いわく『面白そう』。らしい。
それから約一時間後の現在。その三人……綾斗もといリベルテとリーシャ、そして以外にもファールは今まさに、大量のスライム&ゴーレムたち相手に物理攻撃で暴れまくっていた。
綾斗はコートの裏側に大量に隠し持っていたナイフを投げ、付いているワイヤーで回収し、また投げという永久コンボ。リーシャは得意の魔法を連発しての殲滅。ファールは榴弾による炸裂攻撃。
その光景を現在残りの四人(セリアはニコニコ顔)は呆れ半分、何これ半分で見ていた。
敵のレベルがレベルなので現在低レベル層の紗雪やセリア、ニコラスなどは高速でレベルアップしているので有難いと言えば有難いが……本当にこいつらどこから闘争心が湧いてくるんだ。
「はい吹いてー。《エアリアル》!」
「分裂破砕榴弾!」
「殲滅の速さ比べというわけか……面白い。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」
もはや鍾乳洞をぶっ壊すつもりか、どんどん次から次へと集まるモンスターたちを殺――――倒していく三人。介入すべきかしないべきかと悩んでいると、背後の危険物質に気付くのが遅れてしまう。
「ッ、リースさん後ろです!」
「ん?」
背後から突然、三メートル以上はあるだろう泥のゴーレムが腕を振り上げ、こちらを見下している。
同族の敵討ちのつもりか、その目は血走っていた。あのゴーレムに口があったなら今頃こいつは絶叫しながら俺の攻撃していただろう。
まぁ、心配せずともさすがに背後への対策を忘れるほど俺は馬鹿ではない。
「《顕現せよ》――――《賢者の石》。ついでに、防御形態へと形状変更」
召喚と同時に四つの賢者の石は薄く広がり、俺を守る盾となる。
この賢者の石の強度はすさまじく、ただの推測だが氷の結合方法を参考にしているので、強度だけならおそらく鋼の三倍ほどだろう。ミサイルでも打ち込まなければダメージらしいダメージも与えられない鉄壁。そんな硬い盾を泥のゴーレム程度が破れるわけもなく、ゴーレムの腕は盾によって受け止められる。
「消えろ。《至高の四大元素》」
盾の向こう側にいたゴーレムが放たれる極大レーザーによって蒸発するのが見えた。
周りにいる仲間の安否を確認して一息つく。
「……リース、あなた異世界にきて一体何を学んだの?」
「本を読んで応用しただけだ。子供でも算数の問題は、作れるだろ」
「魔法の構築図を小学生の算数扱いって、何回も思うのだけれどあなたの頭の中どうなっているのよ」
無駄に良い頭はこんな時に使うものだ。いや、構成している魔術系統を予め知っていたというのが大きいが。カバラ数秘術などは特にやりやすい。数式でこの世のすべての事象を再現できるとかという思考は意味不明だが数式を使っているとなれば後は簡単だ。
話しがズレたがとにかく、ここであまり遊んでいる暇はないということだ。
「《黒色の芽、咲くは鉄の棘。》……《開花するは血染まりの鉄の花》」
詠唱とともに指を鳴らすと、三人が戦っている地面から大型の魔方陣が出現。
その魔方陣に触れた土や泥が変形、硬化し――――約四十ものモンスターを串刺しにした。
すべてが敵の核部分か主要器官部分を狙い撃たれたものなので、ほとんどのモンスターは即死。残ったといえど主要器官を潰されているのでいずれ死ぬだろう。
三人とも魔方陣の上にいたが当然無傷。当たり前だが俺が味方を狙うわけがない。
「そろそろ再出現する頃だ。あの数にまた集まられたら面倒なことこの上ない。さっさと脱出するか安全区域を確保するぞ」
「え~? いいじゃん、最近暴れたりないんだしさぁ~」
確かに最近切羽詰る戦いばかりだったのでこんな気持ち良い無双は久しぶりだ。鬱憤も弾ているので解消には最適だろう。しかし仮にもあたりのモンスターの平均レベルじゃ二十五。少しのミスでも命を落としかねない危険性を持っている。逆に今まで何も起こっていないのが奇跡に等しい。
それにこの『汚泥水の鍾乳洞』は誰が何と言ってもB~Aランクのダンジョン。そう、ダンジョンなのだ。即死罠が一つや二つあってもおかしくはないし、先ほど一回遭遇して逃げてきたが大型モンスター、中ボス級モンスターもいる。普通なら三十人規模のAランカーが挑んでやってギリギリ勝てるレベル80台モンスターが数体ほど徘徊しているのだ。今の時点で挑んでも、勝ち目はあっても犠牲ゼロで済む確率はかなり低い。言ってしまえば『大地の塔』も同じだが、あちらは物理攻撃が聞くだけまだマシ。ここはスライムやゴーレムの天国なのだ。しかも壁や地面に擬態するやつらもいる。聞いたところある程度鍛錬した奴でも死亡率は六十五パーセント。初心者が間違って入って帰ってくる確率は一パーセント未満。
つまり、アウローラが死ぬ確率が高い。
だから俺は何としてもここから早く出たいと願った。
「お前らが強くてもここにはレベル一桁の奴もいるんだよ。ああクソッ、こんなことならジョンにアウローラ預けてくるんだった」
「まぁ、ごもっともだな。よし、結っ……リースに免じてさっさとここ出るか」
「……お前名前間違えるのいい加減にしてくれよ」
「いやだってリースフェルト――――ぷぷっ」
「それを言っちゃお前もリベルテ(笑)だろうが。特大ブーメラン投げてんじゃねぇよ」
確かにとっさに出た名前がアレだったのは認めるがこいつは他人のことは言えない。
なのに自分のことは棚に上げて俺の名前について笑うこいつをどう対応すればいいんだろうか。
一、殴る。
二、ぶん殴る。
三、超殴る。
よし、殴ろう。
「ふん!」
「ひでぶっ!?」
むかついたので少し手加減したアッパーカットを食らわせる。
手加減したはず。だが、さすがレベル四十台の拳は違った。
綾斗は空中を華麗にスピンしながら天井に頭を突き刺した。と思いきやドリルのように天井を掘り進めていく。一体どういうことだ。
「ぐるんぐるんぐるんぐるん」
「なんで声に出す」
「それがこの俺なのさ!!」
「自慢げに言われましても…………」
頭埋まっているのにどうやって声出しているんだこいつ。
回転は綾斗の体が半分ほど埋まったところで止まる。両腕はすっかり地面に埋まり、ジーンズを履いた下半身しか見えなくなっていた。
「……おーい、聞こえるかー。顎は大丈夫かー」
『ん~顎が痛いぜ。さて、エロい妄想でも』
「……聞こえていないんならとりあえず浣腸を――――」
『待て待て待てィ! 聞こえてるよ! ていうか早く抜いてくれ!』
生きてはいるらしい。それに呼吸もできることから、運よく空洞のある場所に出たのだろうか。
天井どころか壁や床まで泥でできているせいで非常に沈みやすい。上半身を丸ごと沈められたのはその沈みやすさのおかげだろう。――――なのに、空洞、だと? 泥の洞窟に?
「デカい気泡でも出来たのか……? リベルテ、そっちの地質はどうなっている」
『あ? えーと……感触だけなら、ただの土だが』
「泥じゃないのか? ……液状化にしろ水は上に行くはずだが、もしかして別のダンジョンと繋がっている?」
『いーから早く抜けゴルァ! プリーズヘルプミー!』
「るっせぇな、言われんでも助けるよ。ファール、手伝ってくれ」
「え? ん~わかったよ」
俺とファールで綾斗の両脚を片方ずつ掴む。
そして軽く下に引っ張る。が、一向に抜ける気配がなかった。
「……ん?」
「おい、何か引っかかってないか?」
『おいどうしたんだ? 全然下がんねぇ―――――ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああああ!?』
「ッ!? どうした! おい!」
『ちょおま頭割れる割れるぅぅぅぅ!! いたたたたたたたたたたたぁ!?』
「リベルテ! 何だ、何が起こってる!」
『いやぁぁぁぁぁぁ!! お願い神様助けてえええええ!! 何かでっかい亀の餌にされるぅ!!』
「亀!? 亀か!?」
とにかく急いで綾斗の体を引っこ抜こうとするが、それは天井の向こう側にいる、綾斗いわくデカい亀も同じ算段らしく、全然抜ける気配が無いどころか逆に向こうに引っ張られていく。
『ぴゃぁぁぁぁぁいたぃいいいいいいいいいい!!』
「こんな時までふざけんなゴルァ!!」
『上半身と下半身裂けちゃうぅぅぅぅ! 男のシンボル離れるぅぅぅぅ!?』
「お前もう黙れ! 気が抜けるわ!?」
どんなときにもマイペース。それが草薙綾斗という奴だ。
それはたとえ死ぬ時でも変わらないだろう。
こんな異常事態でもこいつのふざけっぷりは治らなかった。おかげで力が抜けるというか実は亀も何もないんじゃ、などと思ってしまった。
やがて両脚が埋まり、足だけが残される。引っ張ろうにも下手に引っ張ってしまったら綾斗の首は胴体と一生オサラバ状態になる。かといって向こうに干渉する手立てもない。
不本意ながらも、ここは放置するしかなかった。
「たっ、助けに行くからな! 待ってろよ! 死ぬなよ! 絶対だからな!?」
『デビルマン妹状態にはならないと誓うぜぇぇぇぇぇぇ…………っ!』
「わかりにくいネタを使うなぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」
足が、埋まり、なくなる。
声も徐々に遠くなっていった。
残されたのは、綾斗が埋まっていた大穴だけ。
「……どーすんだ、これ」
ファール、俺に聞かないで。
――――――
ヴァルハラにある多数の住宅街の内一つ、第十四区画にジョン・アーバレストは足を運んでいた。
周りには人が行き来しており、密度がそれほど高いわけではないが賑やかだ。溢れ過ぎず無さ過ぎず、ちょうどいい程度なのだろう。
そして、青い屋根の二階建ての住宅の前で足を止める。
扉の前に立てかけてある札には人類語で『アーバレスト宅』と、子供が書いたような字が書かれていた。久々にそれを見たジョンは微笑し、次に軽く扉を二回叩いた。
すぐに慌ただしい足音が近づいてくる。
扉の向こうで止まった、次に容赦ない勢いで扉が開かれジョンは苦笑しながら一歩後ずさった。
出てきたのは、長い茶髪を一本にまとめ上げてポニーテールにしている、つぶらな瞳を持った十歳前後の少女。長い棒を使われたほこり払いをこちらに向けて、ムッとした顔で威嚇している。
しかしかわいい顔ゆえに威厳が全く感じられなかった。
「なんです! 新聞の勧誘ならお断り――――」
「まぁまぁ。なんだ、久しぶりに来てみたらずいぶんと物騒になっているな、ミナ」
「……って、お父さん?」
自身の父とやっと認識したルナ・アーバレストはほっとした顔になってほこり払いをそこらへんに立てかける。ジョンが居ない間に色々あったのだろう。
「なんだ、来るなら来るってちゃんと手紙出してよ。昼食の用意ぐらいしたのに」
「もう二時だろ。午前は仕事で行けなかったんだ。……まぁ、愛娘の食事は食べたかったが」
「いい年して頬染めないの! じゃ、入って入ってー。コーヒー程度なら用意できるからさ!」
と、娘にそう促されてジョンは何の抵抗もなく家の中に入る。
(いや、そもそも俺の家なんだが……)
そんな考えはあえて口には出さないのが大人なのだろう。
椅子に座り、テーブルに肘を置くとミナはまたまた慌ただしく家の中を走り回る。途中で階段の上に「お父さんが来たよー!」と叫んで。
大体三分ほど過ぎた頃だろうか、二階から誰かが下りてくる足音が聞こえる。
下りてきたのは、金髪のボブカットの青年だ。見る限り、大体成人している気品を出している。
「やぁ、一週間ぶりかなジョン」
「元気そうで何よりだが、娘に手を出していないだろうな?」
「ははっ。君、ここに帰ってからいつもそれ聞くね。残念ながら手は出していないよ。僕はもう少し年上が好みだ」
「それって、私が子供っぽいってこと~?」
「十二歳が子供じゃなきゃ何なんだ」
「お父さんまでぇ~?」
彼は、この家に居候している青年。名はミハエル・ウィナード。
元々貴族の青年であったが、色々あって彼の家は落ちぶれ、家を追い出された身である。
その時過去に護衛任務を受け知り合いになったジョンを頼り、こうしてこの家の居候兼留守中の用心棒となっている実にかわいそうな青年だ。
因みに現在作曲家として働いており、入金された金を度々この家に寄付しているらしい。
「仕事は、上手くいっているのかい?」
「ぼちぼちってとこだ。収入も安定しているし、このままでいけば天寿全うも夢じゃないかもな」
「死と隣り合わせの仕事なのに、ずいぶんと余裕を持っているんだね」
「頼りになる仲間がいるからな。……確かに、いつか死ぬかもしれんがな」
「はいはい。二人ともそんな暗い話しないの。はい、コーヒー」
「ああ、ありがとう」
テーブルに置かれたアツアツのコーヒーは湯気を立たせているが実にいい香りを放っている。
店売りの安物でも、淹れ方次第でこんなにも良くなるのか。
淹れ手が上手い証拠だろう。
ジョンはガントレットをつけたまま、コーヒーを小さく啜る。
「……まさかとは思うが、食事の時でもそれ、外さないのかい?」
「なんだ、違うと思ったのか? 残念ながら外していない。風呂の時はさすがに外すがな」
「相変わらずというか……弱体化したまま良くも今の今まで生きていられたね。ジョン」
「力だけがすべてじゃない。技を駆使すれば力を上回るときもあるさ」
「居候の僕が言うべきことではないとは重々承知しているが……『験封の指輪』、一体何個つけているんだ? 前々から気になっていたがジョン、君はどうして自分の力を封じたんだ。かつてギルドのエースとまで謳われた『雷神』である君が」
「……コーヒーが美味いな」
「話を逸らさないでくれないか」
「ああ、そうだな。悪い癖だ。質問に答えてほしいんだろ。無理だ」
「なぜ」
ミハエルは懸念そうな顔をする。
対してジョンは冷静極まった顔をしており、表情が一切崩れない。
至極真面目な人間が表情を変えないというのは、確実に何かがある。何か重大なことを、隠している。
「俺はこんな話をしに来たわけじゃないし、部外者のお前に話すことでもない。というのが言い訳だが」
「確かに僕は血縁関係の者ではないが……つまり君の隠していることはプライベートに関わっているということかい?」
「ようやく伝わったか。そういう事だ。細かい詮索は、あまりしないでくれると助かる」
「……ミナにも、関係しているのかい?」
「いや、ミナには関係ない。……それより、俺の部屋は掃除しているのか?」
「ああ。ちゃんとミナが『絶対戻ってくるから』と」
「……あの子らしい」
コーヒーを飲み終え、マグカップをテーブルに静かに置くとジョンは立ち上がる。
「何処かに行くのかい?」
「ああ。仲間が待っている。俺が居ないと、全員無茶をする」
「そうか。ミナには私から言っておくよ」
「助かるよ。それに免じて、さっきの質問に少しだけ答えてやる」
扉を開けて、ジョンは悲壮感漂う背中をミハエルに向けながら、静かに重い声で呟いた。
「指輪は、俺から送る俺への『枷』だよ」
それからすぐに扉は閉じられる。
直後タイミングよくミナが小さなケーキを持ってきたが、彼女は困惑の色を顔に浮かばせていた。
「あ、あれ? お父さんは?」
「もう、行ってしまった。仲間が待っているらしい」
「もー、せっかく手作りのケーキ食べてもらおうと思ったのにー」
「大丈夫さ、彼は帰ってくる。何があろうと絶対にね」
少年の様に心を躍らせながら、ミハエルは薄く笑った。
――――――
「よい……しょっと」
狭い穴から全身を引っ張り出し、暗い空間を軽く見渡す。
穴から漏れている光のおかげで薄ーくは見えるが、十メートルほど離れた場所はもう暗闇だった。光が届いていないほど深い場所なのだろうか。近くにある『汚泥水の鍾乳洞』自体地下一キロ地点にある地下ダンジョンなのだが、あちらは一応探索者によって整備され、明かりが確保できているのでそんなに暗くはない。
仕方ないので、指から少し大きめの、ライターの強火程度の火を出す。
当然魔法ではなく現身の力、神法だ。こちらの方が長く持つし消費MPも少なくて済む。
「何もない、か」
明かりができたことにより周囲百メートルほどまで視界が広がる。
しかしあったのは乾いた地面のみ。壁などは離れているのか一切見当たらなかった。
念のため一応地質を確認しておく。
「……乾いて水分の消えた泥か」
毒物などは入っていないことを確かめ終え、下にいる仲間に「上がっていい」と声をかける。
すぐに残り六人は上がってきた。少し泥で汚れているが、この際は仕方ないと言える。帰ったらとりあえず洗濯しよう。洗うの誰になるのかな。女性陣の誰一人洗濯などできる気がしないが。
「っと、とりあえずここは何なんだ? 未発見のダンジョンか?」
「その可能性は少ないとは言えないが……にしても、こんな空間がなんで泥の層の上にあるのかが不自然だ。ここの土は一切湿り気が無い」
空洞のある泥の層の上に乾いた土の層がある。可笑しい。普通なら湿った土があるはずだ。乾いているにしろ一切水分が無いのが可笑しいだろう。
異世界だから、の一言で済ますには明らかに不自然だ。ファンタジーにしろ一応物理法則には従っているのだから。言ってしまえば泥層に空洞があること自体がおかしいのだが。
「とにかく、もう少し大きな明かりが無いものか」
「じゃあ少しだけ出力を……」
指先から出している火をもう少しだけ大きくする。
いまだに細かい調節に慣れていないものだから、少し気を抜けば――――
「お゛うっ」
予想外に大きな火が出てくる。やはり慣れない。
元々自分の物でもないし、出来るとも思っていないから中途半端な出力になってしまう。
こういうのはやっぱりスペシャリストに任せるべきか。
(ルージュ、起きているなら協力してくれ)
――――はいはい、ただいま絶賛起床中ですわよ。こちとら気を抜けばすぐにアレが暴れるっていうのに……で、何?
(右手の支配権を渡すから、明かりに丁度よさそうな火を作ってくれ。中々調節が上手くいかない)
――――ま、でしょうね。私も慣れるまでは二十年ぐらいかかったし。いいわよそれぐらい。でもちゃんと報酬は請求するわよ。
(……何が欲しいんだよ。ショッピングとかお断りだぞ)
――――貴方の体で女物の服なんて着ないっての。似合いそうだけどね。何時か私のいう事を一つだけ聞く、というのはどうかしら。
(それぐらいなら、まぁ……おい、似合いそうってどういうことだ)
――――貴方意外と女顔なんだけどねぇ~、自覚が無いのか否定したいのか。とりあえず、約束よ?
ルージュがそう言った直後、右手が勝手に動き始める。
一度ぐるんぐるんと操作感覚を確かめるような動作後、人差し指以外を握る。
直後、人差し指の先から火の玉が出てくる。
小さいが、どこかで見たような形と模様――――って、これまさか。
――――これぐらいならちょうどいいでしょ。
(お前、これ……)
――――貴方の世界じゃ人工太陽っていうらしいわね。
(何ナチュラルに核融合してんだお前ぇぇぇぇぇぇ!?)
いや元の世界ではとっくの昔に実現している核反応技術であるが、それでも大型の装置や人手がいる。
それをこいつはたった右手一つ、それも指ひとつでやり遂げた。
というより必要な水素原子は何処から持ってきたんだ。
――――空気中の水分を振動で分解して、そこに含まれた微量の重水素を無理やり引っ張ってきたのよ。水が多い場所ならもう少し大き目の作れたんだけど、ここなんか異常に乾燥しているからこれが限界ね。
(直径三センチの太陽を作っただけでも大したものだよ。というか別のにしてくれ。ガンマ線とかエックス線とか紫外線とか赤外線とか色々不味いから。電球程度でいいよ)
――――注文多いわねー。わかったわ。
右手は小さな人工太陽を握り潰すと、その掌から小さな真紅の火の玉が出てくる。大体直径五センチほどだが、見た目に反してかなりの光を放出していた。質が普通の炎とは違うのだろう。
視界がかなり広がる。体感的には半径五百メートルほどにまで広がった。ようやく壁が見える。端同士の幅は三百メートル。天井までの高さはおそらく、五十メートルほどの高さだろう。
「どんだけ広いんだよこの空間……」
「ここで何かと言っていてもしょうがないよ。少し進んでみよ?」
「そうだな。私もリーシャの意見には賛成だ。ここでじっとして居ても埒が明かない」
「そうか。……じゃあ、どっちに進む?」
「何となくだけどこっちだ」
「私の感ではあっち」
「いやいや、こっちだって」
「いやだから「いやいやいや、だから「だからあっちなんだって「いやこっち「あっち――――」
「あの~……」
「「何?」」
二人が小さな小競り合いをしている間に、何かを見つけたようでニコラスは怯えながら手を上げる。
球に水を差されたのが気に食わなかったのか、彼女らの視線は妙に鋭い。大人になれよ。
「何かを引きずったような跡があるので、あちらではないかと」
「「…………」」
「……はぁ」
少し目を配ればわかることを、と呆れる。この二人、今更だが仲が悪いようだ。似たような雰囲気出しているのに。同族嫌悪という物なのだろうか。
「ホラ私が合ってただろ?」
「ふ~ん、根拠もなしに証拠も見つけないで説得力が生まれるとお思いで?」
「跡を見つけられなかったのはお前もだろ!」
「ていうかファール、お前狼因子混ざっているみたいだし、臭いを辿ることはできなかったのか?」
「あ」
「自分の個性も忘れるなんて、やっぱり犬は犬だねー」
「おまっ、スッゾゴラァァァァァァァァァ!!」
「おうヤッゾオラァァァァァァ!!」
何なのこいつら。
「いい加減に」
「ギャン!?」
「しなさい」
「ひうっ!?」
とりあえず二人の脳天に拳骨を振り下ろす。
両方とも頭が冷えたのか、殴られた後のまま動かない。一件落着――――と思った俺は実にバカだった。
「オラァアアア!! 義手の角の部分に当たったぞ! 血出たらどうするつもりじゃゴルゥアアア!!」
「何女の子の頭殴ってんの!? こぶできちゃったらどうしてくれんのリィィィィィス!!」
逆ギレされて二人同時に胸倉を掴み上げられた。
こういう事をなんというのだったっけ。
そうそう。理不尽、だ。
「ニコラス、助けて」
「無理です」
「……お前怖がりなのに肝座ってるなオイ」
「お褒めに預かり光栄です」
涙が出る。
紗雪に至っては欠伸しながら下らないものを見つめるような目だ。
再度涙以下略。
セリアに助け舟を求めよう。
「すー……むにゃぁ……」
どうやったらこんな環境で、しかも立ったまま寝られる。
「スッゾオラァァアアアアアア!!」
「ヤッゾオラアァアアアア!!」
「……もう嫌」
何で乾いた土でできた洞窟で女性二人に胸倉掴まれてるの。ホント何なの。助けてルジュえもん。
――――無理。
(ですよね)
次回更新・いつも通り来週土曜日の十七時~二十時。




