第三話・『塔に行こう』
※ステータスに間違いがあったので修正しました。・12月7日
追加・詠唱省略。
誤字修正。表現追加。
すっかり暗くなり、体感時間で今は恐らく午後八時ぐらいだ。
輝いていた夕日は消え去り、今は月の明かりと街路の魔力――――生物の体内に存在するエネルギーの様な物の俗称――――で動く『魔力街灯』という装置が街を照らしている。そのイルミネーションの如き光景を目に焼き付けながら、俺は悠々と七面鳥の蒸し焼きのような料理や色とりどりの野菜を口に運ぶ。
対面に座っている、リーシャの顔を見ながら。
結局今日は町の外に出かけなかった。理由は簡単、準備がまだだったからだ。流石に武器も備えも非常食も何もなしに迷宮に出かけるほどリーシャも馬鹿ではないだろう。
おかげで今日という今日は散々引っ張られて過ごしたが。
「……それで、迷宮に行くって言ったって、どうするんだ?」
「――――ん? なにが?」
予想通り自覚なしのようだ。
俺は呆れ半分の感情がこもった声でリーシャに語り掛ける。
「あのなぁ……何も知らない俺が言うのもなんだが、やっぱり前情報無しで突っ込むのはどうかと思うぞ?」
「私はあるよ?」
「俺には無いからこう言ってんだろ。ていうかあるのかよ」
料理を口に運ぶのを止め、水を一口。
ちなみに、此処はキャンプ……というのは言い過ぎか。端的にいえば簡易的なレストランだ。の外にあり、芝生の上に木製のテーブルと椅子を置いて、文字通り野外食時ができるようになっている。狙っているのか予算がなかったのかは不明だが、あのむさっ苦しい空気と凶暴な輩がいないのは非常にラッキーだと思う。
「……一つ聞きたいんだが」
「何を?」
「お前はどうして、『塔』に行きたいんだ?」
「なんで……って言われてもな」
「……?」
その言葉でなぜかリーシャは困ったような顔を作る。
悲壮感や迷いが感じられる目に、一瞬だけ聞くのを戸惑った。まさかこんな質問で落ち込まれるとは思わなかったのだ。女ていうのは変にセンチメンタルだから度し難いのなんの。
「いや、やっぱりいい。聞かなかったことにしてくれ」
「そう? 下らない理由だから、聞かせてもいいのかな、って思っていただけだけど」
「ならますます聞かなくていい。それに、他人のプライベートに深く潜り込むのは趣味じゃない」
「ふ~ん、律儀だな~」
「律儀で結構。改めて本題に入るぞ」
話が脱線したので急遽修正をする。
「その、『塔』って所は……モンスターがうじゃうじゃいるんだよな?」
「うん。一杯いるって」
「……死んだら入り口付近で蘇生なんて設計は」
「あはは、冗談を言うならもっとマシなものをしてよー。生き返るなんてあるわけないでしょ。『即死』だよ~」
「だよね~……はっはっは……」
感情の行き場を失い、言葉に力がなくなる。
流石にわかっていた。死んだら蘇生なんて親切設計、この《現実》ではありえない。あってほしかったけど文字通り現実そんなに甘くない。そりゃゲームみたいにガンガン生き返ったらこの世界の死に対する認識はどうなってんだって話だよ。でも某有名RPGでもゴールドさえ払えば神父さんが勝手に蘇生させてくれるんだから……。いや、無理だな。むしろあの世界モンスターに大して厳しい世界の様な気がする。
そもそもの話、この世界にそんな期待を寄せていたこと自体がそもそも間違いだった。寝ていたやつを突然この殺伐としたサバイバルゲームに丸腰で放り込むなど外道の極みも恐れ入る偉業をも平気でやらかす世界だ。結果的には助かったもののガチで死ぬ一歩手前だったが死にかけたのは変わりない。断崖絶壁を綱渡りするような気分ていうのはこのことだ。もし俺の膀胱に尿が詰まってたら体は問答無用で外に放出していただろう。いや、これはさすがに言いすぎか。しかし寝る前にトイレ行っていたことをこんなにも感謝する日が来たとは夢にも思わなかった。
異世界にトリップするほうが夢にも思わなかったのだがね。神様のファッキン糞野郎。
「それでさ、さっきの話って……」
「へ?」
「その、守るよ、って言ってくれたし……」
「ああ、その話か。勿論、お前を守るよ」
「や、やっぱりそれってプロポ――――」
「ただし、それは『お前が俺に恩を返されたと認識するまで』だ」
「――――ズ……って、え?」
「俺は、お前に命を助けられた。だから、俺も助ける。でも、助けたら、そこまでだ。互いを助ける理由が、薄くなる。……あ、でも協力はなるべくするよ。他の奴らよりはよっぽど信用できるし。それに」
「………………それに」
「……なんかあったのか?」
リーシャが半端なく落胆している顔をしていた。俺、別に気に障るような言葉を選んだつもりは毛頭ないんだけど。
「別に、リースが朴念仁だなんて思っちゃいないよ」
「ぼ、ボクネンジン? 察しが悪いってことか?」
「鈍感野郎って意味だよ、この馬鹿! 天然ジゴロ!」
「な、なんかすまん……」
知らない間に怒らせてしまった。すまんが全然心当たりがない。
リーシャが激怒した理由に少しだけ悩んでいると、先ほど言いかけた言葉を続けていないことに気づく。俺は少しだけ笑顔を浮かべて、そっと囁くように言う。
「お前が、必要だからだよ」
「え?」
「……いや、何でもない。お前がおもしろい奴って言っただけだ」
「……なにそれ」
言葉を濁すように、俺は食事を再開して料理を口にかき込む。
相変わらずリーシャは不機嫌そうだったが、その頬は明かりに照らされたのか、少しだけ紅潮しているように見えた。
そんなわけないか、と自嘲するようにつぶやくき、俺は短い食事を済ませたのであった。
「……リースの馬鹿」
何か聞こえた気がした。
だけど、恐らく気のせいだろう。
――――――
【ステータス】
名前 椎奈 結城 HP148/148 MP85/85
クラス 最適者
レベル6
筋力8.02 敏捷8.52 技量7.99 生命力8.90 知力7.68 精神力9.93 魔力6.30 運0.15 素質15.00
状態 異常なし
経験値 26/3700
装備 鋼鉄製ロングソード×2 鋼鉄の籠手 布のシャツ 厚手のレザーロングコート 布のズボン レザーブーツ レザーグローブ 出血防止刻印入り指輪 魔力増幅刻印入り指輪
習得済魔法 炎魔法【ファイアボム】【フレアバースト】 水魔法【フローズンエア】 風魔法【ウィンドトラップ】 回復魔法【ブラットストップ】etc…
スキル 剣術2.01 格闘術1.03 八属魔法1.00 消失魔法0.01 危機感知1.03 行動感知1.06 直感先読1.47 空間索敵1.29 ??????.??
――――――
翌日の朝。
「ふむ…………」
『塔』に行く前準備に、リーシャと相談して色々買った結果、こうなった。
ボロボロの装備は全て可能範囲での最高値で売り払い、代わりに入手した銀貨や銅貨でその上位互換の物を買った。全て値を張っていたがリーシャの巧みな交渉術で、俺の所持金は元々の半分以上にとどまっている。
俺が選んだ武器はただのロングソードを選んだ。こちらとしてはどんな奴でも構わなかったのだが、リーシャが「こっちの方が絵本に出て来る主人公っぽい」どかアホなことを抜かしたせいでこうなった。個人的には何でもいいが、問題は持たせた理由が絵本の英雄様気取りをしろという事だ。馬鹿か。それが理由で死んだらマジで恨むぞ。
……構わないっちゃ構わないのだが、いざ持ってみるとかなり重く、心配になってきた。ていうかなんで二つ。二刀流でもしろと。ふざけんな。
それと魔法は図書館で魔導書があったのですべて読み漁った結果の産物である。攻撃、攪乱、罠設置、応急処置、それぞれの役割を持つ魔法をいくつか覚えたことにより自信もついてきた。本来ならばもっと高い壁があった方が面白いのだがリーシャは「簡単だったから」覚えやすかっただけらしい。実際初心者のための魔法らしかった。しかし護身用には十分だろう。
ステータスも全体的に上がったし準備OK、どっからでもかかってこい。
そんな意気込みだった……のだが。
「……でかくね?」
「これが『塔』だよ」
『塔』というより、浮遊島だった。言葉通りで。
街から五キロほど歩いた平原で、赤い、赤土の塊でできた島が、浮いていた。そこに向かうための階段状に積まれた赤い石は炎を吹いており、凶悪さを漂わせる。島自体はそんなに高くは浮いていない。ざっと五十メートルから百メートルぐらいだ。ラ○ュタではない。ラ○ュタではないのだ。バル○の一言で落ちてきたりはしない。
燃え盛る石を触ってみたが、ただ暖かい。火も触ってみるが特に扱ったりはせず、逆に抱擁されているような気分だった。焔自体が意思を持ち、害意を現さないような、不思議な火。
生唾を飲み、階段に足を乗せる。あまり変わったことはない。
だが手すりがなく、不安を駆られる。
「落ちても炎が受け止めてくれるから大丈夫だよ?」
「そうなの?」
「あんまり高かったらブシャッ! だけど」
その一言で汗が流れる。
生々しい想像が脳内で再生されたのか、俺は足をひっこめた。
「ほら、さっさと行く。道は長いんだから!」
「ちょ、押すな! 落ちる落ちる!?」
せかされてもう戻れなくなった俺は、嫌々と慎重に神経を研ぎ澄ませて階段を上り始める。
最低で五十メートルだから、マンション一階分の高さが三メートルぐらいとして大体十五階建ての建物の階段を上ることになる。確かに長いが、そんなに時間は掛からない。
手すりが有ったらの話だが。
「…………(ごくり)」
数分ぐらい上った後、ふと衝動に駆られて視線を下に向ける。
そしてその光景を見てすぐさま視線を戻した。死ぬ、落ちたら死ぬ。その事実が俺の行動を慎重にさせ、結果として速度を遅くしざるを得なかった。
「リース? 進むの遅いよ~?」
「やかましいっ! 落ちたら即死だよ? お前はもう少し慎重になれ!」
「え~、早くいけばその分安全だと思うけどな」
その分進む時のリスクが高くなるということだけどな。
俺は平均台でバランスを取っているがのごとくバランスを取りながら階段を一段一段と登る。
そろそろ慣れ始めてきたので、少しだけ気を緩めてリーシャの方をちらりと見た。
意外と平気そうだが、足が震えている。
やっぱりね。
「怖いんならしがみつ付いて結構だぞ」
「こ、怖くなんて……きゃっ!?」
強風が吹き、バランスが崩れかける。
どうにか踏ん張り姿勢を戻す。冷や汗をかきながらリーシャの安否を確認しようと振り向く。
すると、空中に躍り出ていたリーシャサンの姿が見えた。
互いに無言で視線をかわす。
「――――ってうおいいいいいいいいいいいい!! 言った傍からふざけんなこんちくしょぉぉおおおお!!」
「きゃああああーーーーーー!?!?」
反射的に手を伸ばし、リーシャの腕をひっつかむ。
重力がようやく働いてリーシャの体は地面へと向かい、俺の体も自然と下へと引っ張られて俺は転びかける。倒れながら手は離さず、しっかりとキープして足場を空いた手で掴んで体を固定した。
滝のように冷や汗を流しながら、俺はリーシャを引っ張り上げる。
その大事が過ぎ去ったころ、俺は階段に座って息を荒げていた。何だろうな、『塔』って潜る前から疲れるの? もうちょっとだけでいいから親切設計しようよ。
「あ、ありが、とう」
恐怖で言葉は途切れ途切れだったが、確かにお礼は聞こえた。
俺は何も言わずにリーシャの手を握り、引っ張るようにして階段を再度登り始めた。
「あ……」
「この方が、落ちにくいだろ。いや、ホント頼むから、こっちの心臓が縮む」
互いを綱で繋ぐことにより、一方が落ちても一方が助けられるように手をつなぐ。この方が互いに安心だし何かがあってもすぐに対応できる。距離も一定間隔を保てるしな。
俺は少しだけ安心感を得られたことにより、一息ついた。
しかしまだ気を抜くわけにはいかないので、俺はしっかりと足場を確認しながら進んでいく。
リーシャの手が妙に暖かかったのは、気のせいか。
ハプニングはあったにしろ、数分後無事にたどり着いた。
ついた途端、赤い芝生に身を投げ出す。
くそっ、上るだけでこれかよ。と悪態つきながら、落ち着くために深呼吸。数回それを行って立ち上がる。リーシャの方はというと、芝生でしゃがみ、何かをやっていた。
「何やってんだ?」
「転移魔法の設置だよ」
転移魔法……って、おい。
「そんなものあったなら早く使えよ!?」
「仕方ないでしょ、これは座標交換型なんだから」
転移魔法にも色々種類があるらしく、今設置しているのは座標交換型。名前の通り対に設置した場所の座標同士を交換することで転移する型。安全で便利。もう一つは座標指定型らしいが、繊細で危険だから基本的に使わないそうだ。後は超難関な方法の空間湾曲とかもあるらしい。
ということを立った今リーシャは長々と説明してくれた。
俺は図書館で色々学んだが、こればかりは知らなかった。俺が読んだ本が殆ど常識に関する者だったのが原因だが、もう一度読み直す必要があるらしい。
そんなことはひとまず置いておいて、俺はこの島にたたずんでいる『塔』を見る。
『塔』というより城に近いが、些細なことはこの際何でもいい。
リーシャと一緒に面前まで近づき、赤く塗られている門に触れてみる。すると、自動的に、俺達を招くように門はギィィと軋む音を立てながら開く。
いよいよ入った『塔』の内部は、不気味の一言に尽きる。通路は広い。戦車一台二台ぐらい楽々通れそうな高さと幅は確保されている。壁は一面赤く、しかしながら鮮やかさは皆無だ。それはここに訪れた人々の血で塗られたような生々しい印象を与えている。中に吹く風も血の匂いを腐臭を連れて出てきており、帰りたくなる気持ちでいっぱいになりそうだった。吐き気を促すそれに耐えながら、俺は一歩だけ踏み出す。リーシャもそれに応じ、進みだす。
「…………」
「…………」
無言でアイコンタクト。武器を抜いて、警戒する。
ここはいわばモンスターの巣窟、いつどこで現れても全然おかしくはない。
スキル『危機感知』を展開し、隅々まで目を光らせる。
「消臭剤、持ってこればよかったかな」
「はは、そうだな。今度来るときはそうしよう」
気持ちを緩ませる会話をした途端、後ろの門が轟音を立てて閉まる。わかってはいたが、肩がぴくっと震えた。肝試しならまだよかったものの、これは紛れもないサバイバルにして殺し合い。比較にならないほどの緊張感が漂う。
そして――――遭遇した。
三メートルもあるかと思える巨体、上半身は裸で下半身は布一丁、頭は牛。
【バーブレスミノタウロス 推定レベル12】
いきなりボスクラスと遭遇した。
「ふもぉ?」
なんか可愛らしい鳴き声を出し、ミノタウロスはこちらを向いた。
俺は絶句している。ボスクラスが自由に徘徊しているとか、下手したら入って即死? と下らないことを思っていたのである。リーシャは――――
「きたっ! 初めての『塔』モンスター!」
ノリノリで剣を構えてミノタウロスに突進を仕掛けていた。
その剣はミノタウロスの胸を深々と突き刺す。だが、致命打にはならなかったらしくミノタウロスは雄叫びを上げながら手に持った岩をそのまま削り出して作ったような棍棒で地面ごとリーシャを吹き飛ばそうとした。だがリーシャは得意のスピードでバックステップを踏み、すでに俺の所まで来ていた。
「リース、何やってるの。早くやっつけるよ!」
「え、は、いや……俺、レベル6」
「ぜりゃあああーーーー!!」
俺の言い訳も聞かずにリーシャは光悦な表情でミノタウロスと交戦を始めた。
その時俺の『危機感知』スキルに、このミノタウロスとは別の生き物の存在が感知される。
リーシャは当然ながら戦闘に夢中でその存在に気づいていない。
やれやれと首を振り、ロングソードを一本だけを構えてミノタウロスに突進。敵もそれに気づき俺に棍棒を振ろうとして振りかぶるが、俺は回避行動をとらずにそのまま突っ込み、ミノタウロスの股下をくぐって向こう側にたどり着く。
暗闇の中から液状の何かが飛び出し、それはリーシャへと向かおうとしたが俺のロングソードに弾かれて目標を失う。その後も何かは次々と飛び出すが、薙ぎ払いによりまとめて風圧で吹き飛ばす。
【ブラックゼリーマン 推定レベル6】
ブラックゼリーマンというモンスターは三体ほどいた。上半身は人型だが、下半身からは原型が無くドロドロと溶岩のように爛れている。
腕は伸縮自在、先ほどこちらに飛ばしてきた何かもそいつの腕だろう。
「ったく……不意打ちとは、頭は回るようだな」
「…………」
「口がないから喋れんか……とりあえず、お前らの相手は俺だ。かかってこい」
『行動感知』『直感先読』スキルを使うことによりこいつらの一挙一動が細部までわかる。
息を殺し、地を蹴りゼリーマンの懐へと潜り、ロングソードを突き刺す。だが効果はいま一つのようで、ゼリーマンは体を刺し貫かれてなお動き続ける。すぐにロングソードを抜き、後方側転しながら魔法の詠唱を開始。
「《業火は塊となり、爆ぜて、燃やし尽くす》――――《ファイアボム》」
剣を離した左手をゼリーマンどもに向け、魔法を発動。
詠唱終了後手のひらに火球が生成され、圧縮されたそれを野球ボールのように投げる。
変化球を描きゼリーマンの一匹に着弾。破裂し、その水のような体を吹き飛ばす。
「《その風は撫でるように凍らせる》――――《フローズンエア》」
吹き飛んゼリーマンに視線を集中し詠唱。
途端に視線を集中させた場所に凍える風が吹き、ゼリーマンの体を凍らせる。そして凍り付いた瞬間に皹が入り砕け散る。ステータスを確認すると経験値が入っている。倒したと確信し、残り二体の方を向く。もう一度を使い一帯を凍らせて、再び構えたロングソードでその体を木っ端微塵に砕く。スライムのように、体が液状の奴はやはり凍らせる魔法が有効らしい。
最後に大上段に構えたロングソードを、最後の一体の頭上に叩き込み体を縦に真っ二つにする。すぐに元に戻ろうとするが、《フローズンエア》をかけて凍らせ、凍った体を蹴り砕いた。
額に浮かんだ汗を手で拭き、リーシャのところはどうだと首をまわっして向うを見ると、丁度終わることだった。
「ふもおおぉおおおおおおおお!!!!」
「……はっ!」
床を陥没させるミノタウロスの振り下ろし攻撃をひらりとかわしたリーシャは懐に潜り込み、細剣をミノタウロスの心臓があろう部分を一刺し、二刺し、三刺し――――神速の連撃により筋肉をズタズタにしながら心臓を確実に穴だらけにしていった。
やがて胸の筋肉をすべてミンチに代えられたミノタウロスは口から血を吐き、仰向けに倒れる。
そして、紫色の煙へと姿を変え、消滅していった。
「おつかれ」
「おっつかれ~」
パン、と右手でハイタッチし両方の戦果を称え合う。
リーシャは腰に手を当て、右手の細剣をグルグルと器用に回して鞘にしまう。俺はその行動をみてニヤッと笑い、急いで顔を隠しながら戦利品を拾った。
『黒液結晶』というあのゼリーマンの体の一部らしきものをアイテム欄に入れ、俺もロングソードを腰の鞘に収めた。
「気分はどうだ?」
「最高! すごい、勝っちゃったよ私たち!」
「あ、うん、そうだな」
子供の用にはしゃぐリーシャを横目に、通路の奥にある暗闇を見つめる。
この通路は石壁に囲まれており、気休め程度の明かりとして松明が置かれている。だがその間隔は広く、奥が丁度暗く見えるようになっているようだ。おかげでその暗闇の奥から襲ってきたゼリーマンの姿が見えず対応に遅れた。以後は気を付けるが、視界が悪いと戦闘にも支障が出る。
俺はアイテム欄から木の枝を取り出すと余った布を巻きつけ、極小の『ファイアボム』で火をつける。安易で間に合わせの松明だが、無いよりはましだと思う。
それにしてもいきなり高レベルのモンスターが出てくるなんて、この『塔』に来たのは初めてだが明らかにおかしい。なんといえばいいのか、難易度イージーを選んだのにインフェルノになってて開幕ボスとか、そんな感じかな。
とにかく変だ。それについてリーシャに言ってみたところ。
「普通じゃない?」
平然と返された。
普通じゃねーよと声を出してしまう所だったがあと一歩のところで踏みとどまる。
いやゲームと結び付けるな。これは現実なんだ。一定のアルゴリズムで同じ場所をグルグル回っているCPUと違ってこっちは本物の生物なんだ。気まぐれに歩き回っていてもおかしくはない……よな。
ここで考えても拉致が明かないと断じた俺は、嫌々とこの事実を受け入れて止めた歩みを進める。
ステータスを確認してみると、予想通りレベルが上がっていた。レベル差補正ということもあってかボーナスも入ったらしく、俺のレベルは6から7に上昇。かなり早めの上昇、なのだろうか。基準がわからないから判断に困る。
とにかくひとまずは安心し、戦利品の確認をしながら警戒を怠らずに歩き続けて数分。
――――この区画全体にピリピリと震えるような衝撃が走る。
「……リーシャ」
「火薬の臭い……爆弾の類かな」
先の別れ道から黒煙が舞い上がる。近くで爆発したらしい。
走って分かれ道付近に行き壁に背中を預けて、爆発した方角を少しだけ見る。
粉塵が舞い上がり、その奥で一つだけの影がタコのようなモンスターと戦っている。影はてに巨大な獲物を持っておりそれで対抗はしているようだが、抵抗空しく触手に叩かれて空に弾かれる。
数秒滞空した影は煙の中から飛び出し床に叩きつけられた。
「がはっ!」
その影は人――――に似ていたが、綺麗な灰色の髪のある頭に変なものが付いていた。
「ね、猫耳?」
いや、狼耳だった。どっちだろうが違いはあまりないが。
獣の耳、獣人である証拠。魔族のカテゴリに属し身体能力が先天的に高い種族。
初めて見たものだから、ついついその耳を凝視してしまう。だが見てばかりもいられなく、助けるかどうか迷ってしまう。本当にあの者がピンチならともかく変に横取りするような迷惑者と勘違いされたら厄介だ。街に報告されたらブラックリストに乗りかねない。
変な偽善感で助けるわけにもいかない。かと言って見殺しにしたら非常に後味が悪い。
「リース、助けたら?」
「え?」
「そんな表情をしているよ」
いつの間にか歪みつつある自分の顔に気づく。
一秒だけ無言になり、俺はリーシャの助言に従い腰のロングソード二振りを抜刀。全力疾走で巨大タコに向かって疾走する。
「助太刀します!」
そう叫んで獣人に振り下ろされようとした触手を、前に出て防ぐ。
触手は弾かれて一瞬だけ動きを止め、その隙に俺はもう片方のロングソードで触手を遠心力を乗せた一撃で一刀両断。半分になった触手は踊りながら地面に落ちる。
「グシャァアアアアアアアアアアア!!」
【エルダーホールオクトパス 推定レベル19】
「だから、なんでボス級が入り口近くにわんさか湧いてんだよ……――――リーシャ、その人を頼む」
「私が引き受けた方がいいと思うけど」
「お前の武器じゃ躱すことしかできないだろ? ……っと!」
触手の叩きつけにより地面が爆ぜる。床は勿論赤い石製なので硬く、飛んできた破片が頬を切る。
「リース!」
「掠っただけだ!」
心配してくれる相棒に感謝しながら、巨大タコの攻撃を捌く。
四方八方からの変則的攻撃。囲まれて鞭での一斉攻撃のようだ。対応が難しく、スキルを全開で使っているのにもかかわらず紙一重でしか躱せない。唇を噛みながら、飛んできた触手に向けて『フレアバースト』。圧縮された火が着弾時に爆ぜて触手を肉ごと吹き飛ばし肉片を飛び散らせる。
それにより巨大タコの怒りは有頂天になったのか、ゆでたようにタコは赤く染まり――――足から足を生やした。
「は?」
一瞬目の前の光景が理解しがたく、腑抜けた声が漏れる。
その隙を逃がさずタコは生えた数十本の触手を俺に向かわせ、間抜けなことに硬直していた俺はその一斉攻撃を正面からガード無しで受ける。当然のごとく数十メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ回転しながら壁に叩きつけられた。
喉から血がこみ上げ、血反吐を胃酸とともに口から吐く。
「ごっァッ!」
「逃げて、リース!」
タコがこちらに口を向けてきた。頭が大きく膨らんだ直後、口からライフル弾顔負けの速さと石柱ほどの太さがありそうなハイドロポンプが発射される。触れたらよくてミンチ、最悪消滅。それを『危機感知』スキルで事前に察していた俺は動かない体の全ての力を足に集中させ、転がるようにそれを避ける。
瞬間、背後からドン、という破壊音とは似つかわしい音が聞こえる。振り返ると先ほど自分が板壁にぽっかり穴が開いていて、血の気が失せる。
「弾丸は……まだある。お前ら、耳と目を塞げ!」
「何?」
先ほど助けた獣人がそうつぶやくのが聞こえ、手に持ったデカい獲物――――ハルバートという武器にライフルをそのまま取り付けたような武器に真っ青な弾丸を装填し、タコに向けているのが見えた。
あの者のしようとしている行動をほぼ感で理解し、言われた通り耳を両手で塞ぎ両目を全力で瞑る。
「音響閃光弾、貴重品だけど――――爆ぜろ!」
火薬の破裂音と硝煙の匂いがばら撒かれ、鼓膜を破裂させるほどの音量と網膜を焼却するほどの光量が発せられる。目を瞑っても皮膚越しにその凶悪さが伝わり、戦慄を覚える。
突然何かに服を引っ張られ、抵抗もできずに連れていかれる。それはとても荒々しいが、少なくとも危害を加えるようなものではないと分かった。
「くそっ……! なんであんなものが入り口近くにいるんだ……!」
そこには心の底から同意する。
しばらくしてかなりの距離を移動し、俺達二人を担いで走っていた獣人はぺたんと壁に背中を預けて座り込む。
よく見ると、その頭部には顔を隠すための皮のマスクとゴーグル、耳栓とを付けている。あの爆音と閃光の中を移動できたのはこのおかげだろう。
「あんたら一体何者だ? なんで私を助けた?」
「あー……いや、困ってたみたいだから」
こういわれてしまうと、改めて自分がお人よしでもとい馬鹿あることが分かる。
自分の命を賭して他人を助ける奴はそうそう居ない。大方この獣人は、俺達が報酬というかお礼目当てで助けたと思っているのだろう。
実際には情報目当てで助けたに過ぎないが。
「それが理由ならとんだお人よしだな」
「悪いかよ。……結果的には、こっちも助けられたんだけどな」
「いや、私もあの状況で弾丸装填は難しかったから、あんたらに助けられなかったら死んでた。礼を言う。それで今持ち合わせが――――」
「あー、要らない要らない。そんなつもりで助けたわけじゃないし」
案の定そう思っていたらしい。
けだるそうな顔をすると、リーシャが隣で俺の胸のあたりをじろじろと見てくる。
かと思いきや服をいきなり破ってきた。
「え、な、何をするつもりなんだおいリーシャ。なんか嫌な予感がするんだが」
「はいはいジッとしてて。動いたら手元が狂っちゃう」
リーシャは少し楽しそうに両手をワキワキさせながらじり寄ってくる。
なんだか危機感を感じて額に汗で潤わせながら数歩下がるが、不幸か後ろは壁。逃げるにしてもステータスが違いすぎて勝負にならなかった。
やっぱり捕まり、抵抗するにも肋骨が痛み出してそれどころではなかった。しかもリーシャはその肋骨部分に手を当ててきたので痛みが倍増する。しかし悪戯心などはなく、彼女は真剣な目であった。
「――――『癒しの断りは我が手の中に、傷を癒し、心を癒し、かの者に立ち上がる力を今ここで灯らせる』『ハイヒーリング』」
緑の光が胸部に集まり、折れていた肋骨が元通りになろうと体内で蠢く。そのグロテスクな光景を見て一瞬意識を手放しそうになりながら、激痛に耐える。
「ぐっ……おぉっ……!」
「無茶し過ぎだよ。あんなものまともに受けて死ななかったのが奇跡だけど……少しは、自分を大切にして」
「す、すまん……いろんな意味で」
謝罪し、俺は自分の認識を改めた。彼女はどうやらやるときはしっかりやる人間だったらしい。
治癒が終わると激痛は引き、触っても問題ないほどに回復した。リーシャのMPがかなり削れたようだが、ぶっちゃけ1000以上あるのでそれほど問題はないらしい。
「そういえばお前は……ああ、名乗るのを忘れてたな。リースフェルトだ」
堂々と偽名を名乗りながら手を差し出す。
あちらも、ゴーグルとマスクを脱ぎ――――そのあまりにも意外な綺麗な顔立ちを晒しながら手を握り返してきた。
「……ファール・エゼトリエド。見ての通り獣人だ」
「ど、どうも」
相手が女性だということに気づき、畏まる。
男だと思っていたのがばれないように細心の注意を払いながら情報を引き出そうとする。
「所で、なんで独りでこんな所に? 泣く子も黙る高難易度のダンジョン『塔』だぞ?」
「ああ~……話せば長くなるから噛み砕くけど……実は、逸れてな。一緒に来たパーティーと」
彼女の話を聞くと、彼女らはお宝目当てでここに来たトレジャーハンターの類の者らしく、同業者と一緒に来て、この一階層で宝と呼べるものを片っ端から手に入れていたという。
だが、調子に乗り始め、一度別々になって宝探しをしていたらいつの間にか迷子になっていて、見事に四人から二人に分断され、さらに方向音痴スキルでそのもう一人と逸れてしまい、探していたらあのタコと遭遇して今に至る。
話の通り、彼女の服はボロボロだった。
綿という可能性は否めなかったが、先程まで一方的になぶられていた奴にそんな度胸は無いだろう。間違えたら死んでいたのだ。フェイク、演技だとしても、流石に逃げ切るのが困難な相手を使うことはない。そこら辺の雑魚にやられているような演技をした方がもっと楽だ。なので、罠の可能性は低いだろう。今のところは。
「えーと、実は出入口が近くにあるんだけど――――」
ズン、という音が通路内に響く。
そっと顔を出入り口のある場所に出してみると、案の定、巨大なミノタウロスが道を塞いでいた。異様に興奮したような様子で、肩に担いだ血糊だらけの肉斬り包丁らしき狂気を松明の光を反射させてギラギラとアピールしている。じつに不気味だ。行きたくない。
【バーサーカーミノタウロス 推定レベル56】
……駄目だ勝てない逃げよう。
「あー、たぶん、さっき倒したミノタウロスの親かな」
「……逃げればよかった」
酷い後悔に苛まれる。最初の選択から間違っていたとは、幸先良くない。
しかしここで騒いでいても事態は好転しないだろう。ファールが逸れてしまったという者の事もある。大人しく奥へ進んだ方がまだ安全だろう。
「確か、各階の出発地点に転移装置があったはずだ。それを使えば外に出られる」
「それは、確かな情報か?」
「……見たことはないし、今のところ安全に出れる方法はそれぐらいしかないだろ」
それを言われたらぐうの音も出ない。
事実、あのバーサーカーミノタウロスというデカい牛は、何時間、何十時間陣取るかわかったものではない。ここで待っていて見つかって殺されるか他のモンスターにカモにされて逃げ回るよりは、こちらから先制するほうがよっぽど安全だ。
そうこうしている間に、彼女の仲間とやらが死んだらこちらの寝ざめも悪い。
「わかった、とりあえず二階層を目指そう。アンタの言う仲間というやつを探しながらな」
「ああ。助かる」
とりあえず、一時的な協力関係を結ぶことはできた。役に立つかどうかはわからないが、情報の引き出しぐらいはなるだろう。
拳を合わせながら、ちょっとだけそんな外道染みた考えを巡らせたのは良心が少しだけ傷んだ。
ま、いいか。