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第二十八話・『愛剣の愛情表現』

投下です。

「とにかく俺のロリコン疑惑がようやく晴れた所で」

「晴れてないけど」

「ロリコンでしょうに」

「いやシスコンだろ」

「……晴れた所で、今後どうするかを話そう」

「露骨に話そらし始めましたよ」


 うるせぇ、俺は子供の体に興味はないんだ。いや、普通のやつにも興味はないが。

 先ほどから俺を非難する声が絶えない。やれロリコンだのやれシスコンだの、根も葉もない(あるけど)こと言いやがる。今はそんなこと重要ではないことがわからないのか! と叫びたいがこれ以上やると反発が強くなりそうだ。


「結局、俺たちは『大地の塔』攻略に向かうってことでいいのか?」

「そうだな。ほかにやることと言えばちっせぇ依頼をちまちまと解決するぐらいだ。そんなもんやるぐらいなら『塔』に籠って経験値稼ぎした方がもっといいだろ」

「僕としても、実戦経験を積みたいところですし」

「ニコラス、お前後衛なのにえらい好戦的だな」

「いやだなぁリースさん。本物の好戦的はもっと別にいますよ」


 ああ、まぁ、知り合いに一人ほどいるな。いや二人か。キチ○イのように笑い叫びながら二丁拳銃ぶっ放したり両手両足から炎を吹き出すやつが。そいつらに比べればニコラスは挑戦的な若者と取って構わないだろう。


「リーシャ、お前はどうする」

「聞くまでもないよね」

「だよな」


 一人追加された。相っ変わらず戦う気満々のようだ。


「因みにジョンさん。アンタは」

「俺は……そうだな、また次の機会にする」

「え? 何か問題でも?」


 以外にもジョン・アーバレストは拒否の反応を示した。

 先ほどから何かを思いつめたような顔をしていたので何かあるとは予想していたが。


「いや、その……最近娘に顔を出していなくてな。久しぶりに会いに行こうかと」

「……………………は?」

「いやだから娘に」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 俺より先にリーシャが絶叫した。至近距離で大音量で叫ばれたものだから耳が非常に痛い。


「え、ジョンさん既婚者!? 嘘ぉッ!?」

「こんな嘘ついて何になるんだよ、全く。俺はこれでも三十路越えだぞ? さすがに結婚していないとまずいだろう」

「それ全国の未婚者にケンカ売ってんのか?」


 全く持ってファールの意見に同感である。

 それよりもジョンが既婚者だったのは本当に驚いた。探索者は基本的に自由奔放な者が多いので、結婚済みなものは非常に少ないのだ。それに生還率の低さもある。家族を大事にするものなら探索者などやっていないだろう。


「それで、嫁さんは元気なのか?」

「あ」


 俺が気まぐれに発した一言――――それでファール含めたジョン、ニコラスの三人が凍り付いた。

 何も知らない者にとってその反応は、余りにも予想外だった。


「……もしかして、不味いこと聞いたか?」

「…………あぁ、まぁ……そう、だな」


 ジョンの声から気迫が薄れる。思い出したくないことを思い出しているような、そんな悲壮感漂う顔になってもジョンは最大限笑おうとしているようだった。消去に少し顔が引きつって固まっている。

 心底、申し訳ないと思った。

 今度からもう少し気を使って行こう。いや空気を読むべきか。


「……亡くなったよ」


 答えを言い放ったのは、ファールだった。

 本人が言い辛いのか、代弁してくれたのだろう。彼女を批判すべきではない。逆に重圧を背負い込む覚悟をして発言したのを褒めるべきだ。本人は褒められたくないだろうが。


「新婚たったの一か月目、あー……かなり前にこの国で起きた事件に巻き込まれて、な」

「……すまない」

「謝らなくていい。どうせいつか話していただろうしな。ははっ、どうしたよ。さぁ、そんな暗くなっていると話も進まないぞ?」


 口が苦い。非常に。

 皆もジョンの心を察したのか、無理にも笑顔を作り談笑のふりをしていく。

 まったくもって自分を嘆かわしく感じる。


「それじゃあ早速準備しよう。回復薬とか救急キッドなんかも揃えなきゃならないし、私は装備を整備士に預けっぱなしだったのを今思い出した」

「じゃあ僕は必要な道具の買い出しに行きます。あと携帯食料も」

「セリアは?」

「私について来い。お前の武器も注文していたしな」

「わかったー」

「それじゃあ、俺はここらで別れるとするよ。また明日」

「ああ、また明日」

「用意が済んだら本部で合流なー。わかったかー?」


 各自立ち上がり、自分がするべき行動をしていく。

 その中で俺は唯一そわそわしている。理由は、言うまでもない。


「リース、どうしたの?」

「……リーシャ、お前はこの後何をするんだ?」

「そうだね~、MP回復ポーション系のを百本ぐらい買い溜めたいね」

「じゃあ俺も行くか?」

「いいよ、私の筋力なら荷物持ちなんていらないし」

「そうか。じゃあ腹の傷は? 大丈夫なのか」

「全然平気だよー。でもリース、さすがに全然関係ない話を無理に振るのは怪しいと思うよ~?」


 今の心情を気付かれたようだ。

 そう、俺は今迷っている。

 イリュジオンをもう一度握るかどうか。


「飛行船で私たちが見ない間に何があったのかは知らないけど、無理しなくていいんだよ?」

「……いや、大丈夫だ。一応アウローラを連れて行ってくれ」

「え? なんで?」

「少し、一人になりたい」

「ふ~ん。まぁ、リースが言うなら、わかった。アウちゃん、一緒に買い物行こっ!」

「え、ええ、と……」

「行って来い」

「……うん」


 俺の腕に抱き付いていたアウローラは言われるがままリーシャについて外に出て行く。

 それを無感情に眺めていると、後ろから肩を叩かれる。


「……ヴィルヘルムか、何か用か?」

「いや、お前が思いつめたような雰囲気を出していたからな」

「リースさん、どうかしたんですか?」


 ヴィルヘルムとリル、二人組が心配そうな顔で俺を見ていた。

 笑いたくても、顔が固くなる。やがてため息をつきながら、少しだけ本心を話した。


「……イリュジオンを握るかどうか、迷っている」

「はぁ? お前の愛剣だろう。なんでまた」

「詳しく言えない。言っても無駄だろうし、お前らに相談できることじゃないのは確かだな」

「ハッ、ずいぶんとまぁ……で、結局どうするんだよ。武器が無いと戦えないだろ?」

「……そう、だよな」


 静かに音もなく立ち上がると、ふらふらと歩きだす。

 あの光景を思い出す。

 俺の体を貫いた、あの憎たらしい黒い刀身が。


「……無理はするなよ。死ぬぞ」

「そっちの方が、楽な気もしなくないな」


 減らず口を叩きながら、ゆっくりと外に出る。

 さわやかな空気が泥を含んだようにねっとりと感じられ、顔色が一層悪くなるような気がした。

 疲れた瞼が落ちそうになるも、目をこすってどうにかすると貴重品保管庫という者があるという建物へと歩き出す。

 そのヴァルハラの首都は半端なくデカい。なんせ俺が前にいた共和国の町の五倍どころか十倍以上だ。とにかく道に迷いやすい。

 そもそもこのヴァルハラ、規模が大きすぎて管理しきれず『エルフェン』のような国が領地内にあっても完全放置状態。併合しているものの管理外にある。そんな土地が領地に十何個も存在しているのだから、その規模の大きさは大体想像がつくだろう。

 地図を見て道を確認しながら進むと、焼く二十分ぐらいで目的地に着いた。

 かなり大きな建物で、銀行の様な形だった。周りの行き来しているのはどいつもこいつも金の入った小袋を腰に吊り下げたような奴らで、その中で平民の格好をしている俺はかなり浮いていた。浴びせられる視線も汚いものを見るような視線で、どうもいい気分がしない。

 さっさと用事を済ますため、中に入った。

 カウンターに座っている受付の前に行くと、早速取り合ってくれる。


「はい。どのような御用でしょうか?」

「ええっと、友人が、ここに渡したいものを預けたと」

「そうですか。ではあなたの身分を証明できるものを……」

「わかりました」


 懐に仕舞っていた、探索者ギルドの団員である証、ギルドカードを渡す。

 これは試験に合格し、一時間後に起き上がった受付嬢に発行してもらったカードだ。そこには証明写真と名前、その他もろもろが記してある。そして何より、左下の空白の部分に『C』の判子を大きく押されている。当然現在のランクを示したものだ。

 差し渡したそれを見て、受付はさっとそれを返す。


「リースフェルト様ですね。話は伺っております」

「え?」

「こちらへどうぞ」


 カウンターの中へ案内される。

 そして、受付の者ではない老人が前に現れた。


「リースフェルト様、で間違いないですね」

「はい。そうですが……」


 やはりこの名前で呼ばれるのはどうも慣れない。

 やっぱりもう少しまともな名前にした方がよかったな。


「エヴァン様から話は聞いています。保管庫の奥へと案内します」

「……用意周到なことだ」


 さすが、この国最大の騎士団の団長。話は全員に通してあるらしい。もしかしたら秘密の暗号とか用意しているのではなどと心配していた自分が馬鹿らしく感じた。

 此方の心配を上回る手際に若干驚きながらも、老人に付いて行き建物の奥へと通される。

 その後何回か階段を下り、地下五階に到着した。

 かなり暗い空間だった。無機質で巨大な金庫がいくつか存在し、魔道電球が仄かに光っている。

 更にその空間の奥に行くと、他の金庫とは一回りも小さい金庫があった。小さいと言ってもだいたい二メートル平方センチメートルもある。

 その金庫についていたダイヤルを老人は見事な手さばきで回すと、数秒もかからず金庫は開けられる。


「こちらの品で、間違いはございませんでしょうか」

「…………」


 その金庫の中にあったのは、薄い光さえ吸い込むような黒い双頭剣ツインブレード――――そして、一着の黒装束だった。厳密にいえばフードの付いた長いローブである。他にも金属製の籠手やブーツ、高級な皮を使ったであろうグローブなども入っていた。

 まったく余計なお世話というものだ。

 早速それらを身に着ける。コートは邪魔だったので脱ぎ捨てた。どうせ安物なので何も惜しくない。後で売り払っておくか。


「……ッ」


 全てを着用し終えると、ふと黒い剣が震えているのがわかる。

 少し戸惑うが、衝動的にその剣を右手で握る。


「――――――――ッ!」


 触れた瞬間、弾き飛ばされた。

 クローブが少し焦げ、小さく白い煙を出している。


【『道具解析ツールサーチ』を習得しました。知力が0.05上昇しました】


【アイテム:カテゴリ『防具・グローブ』】

 銘 『不可侵のグローブ』

 作成者 ロタ・ヴェーバー

 能力 侵食効果を無効にする


「……っ、まさか」


 イリュジオンが、浸食しているというのか。この俺を。

 ならば手が弾かれたのにも納得がいく。いや、そもそも侵食について思い当たる節がいくつもある。

 すぐにグローブを脱いで自分の手をよく見る。そこにあったのは普段通り、火傷の跡で少し茶色くなり、羽と剣を模した文様がある右手。

 一目ではすぐにわからなかったが――――注視すると、指や手の甲が黒く変色していた。


「ウソだろ……」


 侵食するとどう体に変化があるのかはわからない。だが確かに、このままでは不味いということだけはわかった。

 無意識に顔を渋める。


「どうかなされましたか」

「……いえ、何でもありません」


 グローブを着け直す。

 しばらくイリュジオンを見つめ、それを脱いだコートで包んでそれを持ち出した。

 その時俺は、一体どんな顔をしていたのだろうか。



――――――



 そのまま、ギルド本部にまで戻ってきてしまった。

 少しだけ自分の手で握っているイリュジオンを見つめるが、何回見ても『自分を戒める物体』にしか見えなくなっている。ああ、確かに何度も窮地を救われてきた。だが同時に何度も窮地へと叩き落された。

 こいつを今後の武器にしていいのだろうか。持ち主を危険へと陥れる武器など、それこそ本物の魔剣のようだ。


「…………」


 もういっそ川にでも捨てた方がマシだろう。

 重荷が無くなるのだから、その方が気も楽になるだろう。

 なのに――――


「……クソッ」


 魅惑の呪いというものなのか、どうしてもこいつを捨てたいのに捨てられない。

 捨てる機会なんて何度もあった。なのに俺はそれをわざと見逃した。

 なんて忌々しい魔剣。自分を使うことをも強制するというのか。

 まさに魔剣。人を惹きつけ魔の道に陥れる裏切りの武器。最初こいつと会ったとき妙に衝動的に購入したくなったのも、きっとそのせいなのだろう。

 本部内に入って、空いていた椅子に乱暴に腰を下ろす。

 今にも口角が歪みそうな口元を押え、イリュジオンを布越しに強く握る。


(ああ、糞、糞糞糞ッ! 斬りたい斬りたい斬りたい――――)


 可笑しなほどに破壊衝動に襲われる。

 感覚が狂わされ、今にも嘔吐するかと思う。イリュジオンが大きく震え、不思議とそれに合わせて口が吊り上がっていく。

 前まではこんなことなかったのに、どうして。何故今更。

 まさかこいつ無理やり俺に自分を握らせようとしているのでは……?

 魅惑の呪いを使うのだ、相手を凶暴化させるぐらいの術は使うなんて無理はないだろう。

 無意識に両脚が震えだす。

 ついに耐え切れず、腰が浮かんだ。


「――――おい」

「うぉぉぉおおおおっ!?」


 体に纏わりついていた悪寒が吹き飛ぶ。

 その反動で体を一瞬大きく震わせ、浮いた腰が落下する。

 すぐに後ろを振り向くと、ヴィルヘルムが冷や汗垂らして驚いた顔を浮かべていた。


「え、いや……僕、何かしたか?」

「いや、すまん。少し緊張していて……お前こそ、何か用があるのか」


 すぐにいつも通りの態度を取ると、相手も安心したように微笑する。

 そしてヴィルヘルムは何処からか箱を出して、俺に差し渡した。


「なんだこれは」

「開けてからのお楽しみってやつだよ」


 半ば奪い取るように受け取ると、紙包装を破り捨て箱を開ける。

 中に入っていたのは、小型ながらもかなり豪華そうな模様が刻み込んである一丁の装飾銃だった。白い緩衝材で大事そうにされていたそれは、かなり最近造られたのか新品のように傷も埃もついていない。

 それを手に取り、注意深く見る。

 色は金や青をベースにしており、素人目でも豪華な品であることがわかる。

 しかしこんな銃、とても実践で使うことはないだろう。


「なんでこんな物を俺に?」

「そいつは最新技術を使った銃だ」

「……これがか? どう見ても年代ものの骨董品にしか見えないが」


 確かにオートマチック特有のスライドやマガジンなどがあるが、どう見ても最新技術がどうとかそんなものは一切感じられない。


「『魔導銃エーテルブラスター』。武器商人たちが新しく目を付けた武器だ」

「エーテル、ブラスター?」

「その名の通りだ。所有者のMPを圧縮して打ち出す機構が埋め込まれていてな、その試作品が僕の所に届けられていたのさ。で、使う機会もないし、使うつもりもなくてお前にやろうと思って」

「いらないなら遠慮なくもらうが……本当にいいのか? 高そうな銃だが」

「どうせ造ったのは僕じゃないし、得体の知らない代物を売る気もない。でも倉庫に置きっぱなしもアレだしな」


 その得体のしれない物を俺に預けるのもどうかと思うが、くれるならありがたく頂戴しよう。

 どうせ新しく武器を買う気もないし、体も少し疲労気味だ。遠距離からの前衛支援が今はちょうどいいだろう。


「気を使ってくれたのなら感謝するが」

「ただの報酬目当てだよ。実を言うと今のうちにおまえに恩でも売っておこうかと」

「はっ、まぁ……協力してくれるんなら金は渡すよ。俺は金目的に動いているわけじゃないからな」


 さすが商売人。利益を重視する考えは嫌いではない。


「結……リース!」

(本名で呼びかけたなあいつ……)


 人ごみの中からこちらに手を振る二つの影があった。

 当然紗雪と綾斗だ。


「無事合格おめでと。ランクは?」

「C。…………何だよ。文句あるなら受け付けるが?」


 俺の答えを聞いて二人がずいぶんと不思議そうな顔をする。

 塔を攻略した猛者ならAランクを取るぐらいどうってことないと思ったのだろう。実際やろうと思えば取れなくもなかったが、今回は見送りだ。必要な時に取り直せばいい。


「んだよつれねーな。一緒にルーキーパーティーでも組もうと思ったのによ~」

「ウーパールーパーでも連れてろ馬鹿。俺は目立ちたくないんだよ。ていうか試験官にSランカーいるってどういう試験だよ。お前らよくこんなのから合格取れたな」

「は?」

「は?」


 急に意識の齟齬ができ始める。


「え、いや、S? お前何言ってんだ? 試験管は普通AかBだぞ?」

「いやだって、俺が相手したの正真正銘のSランク探索者だったんだが」

「……もしかして、あなた推薦状有りで試験受けたのよね」

「そうだが」


 ファールに推薦状を書いてもらい、それを受付に渡したのはごく最近の記憶だ。

 中身は見ていないので何を書いたのはか全然わからないが。


「たしか推薦状って希望ランクごとに試験管のランクが変わるんだけど。私たちは確かAを選んだからAランクの試験管が来たわけで……」

「……おいまさか」


 あのケモミミ女まさか俺をSランク推薦しやがったのか? おいおい冗談だろ。

 Sランクっていうのはドラゴンを単独で倒す化け物だ。俺なんかがそんな大それたことできるはずもないし、そんな実力をファールに見せた覚えも……あ。


「…………見せ、たな」


 そういえば単独で守護者ガーディアンと肩を並べたと所をはっきりと目撃されていた。

 あれは『自己防衛オートガード』あってなせる業だ。確かにあれが発動すれば不変ステータス以外すべてのステータスが99.99というありえない数字に昇華するにはするが、条件が曖昧過ぎていつも出せるというわけではない。そして俺の本来の実力というわけでもない。

 だが周りから見れば『実力を隠している凄腕』と認識されてもおかしくないわけだ。


「あいつ殴っていいかな」

「それでリース、お前これからどうするんだ?」

「『大地の塔』攻略に向かう。今は仲間を待っているが……って、なんだよ気味悪い笑顔見せて」


 完全に悪役の顔をしながらじり寄ってくる綾戸に、若干悪寒を感じながら椅子ごと体を退かせる。

 のだが、腕を掴まれ、引っ張られて体を無理やり起こされた。


「俺たちも一緒に行っていいか?」

「…………えー」

「んだよ露骨に嫌そうな顔して! 親友の頼みだぜ?」


 嫌なわけじゃない、面倒なだけだ。意味合い的にはほぼ同じだが。


「お前熱くなると周り気にしないで暴れまくるだろ」

「私とリースがいつもストッパー役だし、そろそろ面倒になって来たわね」

「ブルータス! じゃない。ブラァァン! お前もか!?」

「ったく……わかったよ。好きにしろ」

「やったぜ心の友よ!」


 断ってもいいことはないし、同行させる分戦力的には大助かりだ。仮にもAランカー、かなりの実力はあるのだろう。

 今のうちに二人のステータスを見ておこう。


【ステータス】

 名前 柊紗雪 HP620/620 MP1000/1000

 レベル18

 クラス 弓術士アーチャー

 筋力8.19 敏捷17.44 技量62.00 生命力7.07 知力11.66 精神力5.86 魔力13.61 運5.05 素質8.50

 状態 正常

 経験値371/48000

 装備 古木の弓 耐魔力糸製ケープ 手作りの絹服(上) 絹のスカート 木製籠手 レザーグローブ レザーブーツ

 習得済魔法 『応急手当ファーストエイド

 スキル 刀術99.99 弓術99.99 回復魔法1.05 直感5.12 未来予測7.90 神里眼しんりがん99.99 四属魔法適正22.19 情報隠蔽??.??


【ステータス】

 名前 草薙綾斗 HP784/810 MP560/560

 レベル16

 クラス 道化師ジョーカー

 筋力8.18 敏捷10.89 技量9.23 生命力16.69 知力29.09 精神力40.27 魔力8.81 運4.15 素質7.80

 状態 正常

 経験値696/34000

 装備 安物のレザーコート 鉄の軽量チェストプレート 絹のシャツ 絹の長ズボン レザーグローブ レザーブーツ

 習得済魔法 『鬼火ウィルオウィスプ

 スキル 投擲36.29 直感4.11 ムードメーカー10.00 反射行動31.22 軽業60.00 威嚇1.00 四属適正12.17 情報隠蔽??.??


 またずいぶんと偏っている。らしいと言えばらしいが。


「それじゃ、攻略頑張れよ。サポートは極力する」

「ありがとう。期待してるぞ」

「こっちのセリフだ」


 ヴィルヘルムと軽い握手を交わして別れる。

 丁度そこに皆が戻ってくる。


「帰ってきたぞー。ってあれ? なんでお前らが?」

「うぃ~っす。俺たちも一緒に行くことになったぜー」

「リースが誘ったの?」

「ああ。戦力的には申し分ないだろ」


 レベルは低いが、特に問題ない。こいつらはどちらかというと遠距離タイプ。わざわざ前に出ることはないだろう。後衛としては心強い。


「さて、これで七人パーティーか?」

「アウちゃんを忘れてるよ」

「いやさすがに連れていくわけには……いや、預けるのも無理な話か」


 誰かに預けるぐらいなら近くに置いた方が安全である。この結論に至った俺は仕方なくアウローラも加えることにした。勿論戦闘には参加させない。させてたまるか。

 連携面が少々不安だが、全体的に見ればかなり高水準のパーティーだ。レベルの差がかなりあるもの、そこら辺は臨機応変に対応するしかないだろう。

 これで準備は完了した。

 両頬を叩いて気合を入れ直し、イリュジオンをコートで巻いたまま腰のベルトに吊り下げる。少しお荷物だが仕方ない、手放したら確実に面倒なことになるし手放したくても放せられない。


「行くか」

「「「「「「「おーっ!」」」」」」」


 こうして、俺たちの『大地の塔』攻略が始まった。


「……あ、その前に宿探さないと」

「私が後で教えるからさっさと行こうぜ……ったくしまらねぇな」


 本当に申し訳ない。



――――――



「――――人工魔剣フェルシュング・ゼーレシリーズはまだ見つからないのか?」


 紫がかった銀髪を持ち白衣を着た一人の男が、足を組みながら威圧的に数名の研究員を見下す。

 研究員たちはその圧力的な声に何も言えず押し黙ってしまった。

 ここは何処かに存在する研究施設の一つ。

 『工房』が持つ最高機密レベルの研究を行っている場所でもある。


「そ、それが……何者かにより、世界中にばらまかれてしまったようで」

「……二百年前に盗まれた『アヴァール』、百年前に盗み出された『ミゼリコルド』はまだいいとしよう。五十年前に事故で消滅した『レゾンデートル』や、二十年前に紛失した『クリュエル』もいい。全部失敗作だからな。だが――――『レーヴァテイン・プロトタイプ』『デュランダル・レプリカ』『オブザーバー・パーティクルドライヴ』『封妖白楼刀・霙吹雪』まで無くすだと? ふざけているのかお前ら」

「ま、誠に申し訳ないです……」


 研究者三人共々頭を下げる。

 なにせ、彼らが前にしている男性はこの『工房』の最高責任者の一人――――プロフェッサー・アダム。

 企業の社長とも呼べる彼に対し、失態を犯して頭を下げないほうが可笑しいだろう。


「……いいか? 他のはともかく『レーヴァテイン・プロトタイプ』は貴重な『原典』の欠片を作った、失敗作にして最高傑作・・・・なんだよ。お前らが警備に手を抜いて盗まれた者は、国宝レベルの代物で天災並の超危険兵器だ。お前ら反応兵器(NRW)を見ず知らずの奴に渡したって言ったら事態の深刻さが理解できるか?」


 口調は怒っているように見えるが、彼の外見は至って普通だった。冷静、ただ冷静。

 ポーカーフェイスもここまで来ると不気味に思える。表立った感情を出さないのがアダム――――伊達に機密機関の最高責任者ではないということだ。

 それに、彼は誰が見ても二十そこらの青臭い青年にみえるが、実態は違う。

 情報が確かならばその十倍――――彼は二百歳もの年を取っている。

 その体が人間のものであるかどうかは、あえて述べないが。


「本当に……申し訳ございません」

「……反省してんなら許すかもしれないな。ただし懲罰は受けてもらう。三か月間は独房にいることだな」

「そ、そんな……!」

「これぐらいで済んだことを感謝しろ。普通なら即刻処分だ」


 アダムが指を鳴らすと同時に、無機物臭いボディースーツ、否もはやパワードスーツを着た大男が三人入ってくる。大男は研究員を羽交い絞めにすると、そのままどこかへと連れ去ってしまう。

 一人残ったアダムは無表情のまま鼻で笑い、先ほどから見ていた研究資料をまとめているファイルに再度目を通していく。


「……それで、今の気分はどうだ。アウローラ・デーフェクトゥス」

『…………』


 一瞥もせず、アダムはデスクの上に置いてある細長い金属棒の物体に語り掛ける。

 その金属棒は耐酸化性液体に浸けられていた。細く光るラインを何本も表面には知らせているそれは、とても意志を持つ物体とは言えそうにない。

 だが、その物体には意思があった。

 紛れもなく、この金属棒にある人格は『アウローラ・デーフェクトゥス』という人間の物なのだ。


『実験動物扱いされているのは、最悪の気分ね』

「ならさっさと情報を吐いてくれ。『侵食現界結界イロウション・ファンタズマ』を利用した天使顕現法。理論でも仮設段階にしか建てられていないアレを、どうやって成功させたのかつくづく興味がある」

『――――奇跡の代償は何ぞや?』

「……質問に答えているのかそれは」

『私が言えることはこれだけ。はっきり言ってヒントさえ言いたくないのだけれど、プロフェッサー・アダム。それとも坊やと言った方が良いのかしら』

「たった十数年ほど年上だからと言って調子に乗るなよCode№ZBY―789901。それとも『サンダルフォン(Sandalphon)』。と言った方が良いか?」

『――――』


 金属棒に閉じ込められている人格――――アウローラは自分の心を傷を抉られて押し黙る。

 それを心底楽しむように、アダムは悪い笑顔を作る。


「そもそも、どうやって記憶だけで人格を構築したのか心底気になるな。特別なプログラムを組み込んでいるわけでもない、細工をしているわけでもない……じゃあ、なんだ? まさか記憶集合体が勝手に独自の思考アルゴリズムを構築したっていうのか?」

『私も知らない。でもこれが幸運だっていうのは理解している』

「そーだな。まさか『スキル』まで継承されているとは、想定外にもほどがある」


 『情報隠蔽』。アウローラが持つ隠匿スキル。

 これは外部からの記憶などの情報を守るための特殊スキルであり、『読心術』であろうがなんだろうがすべてはじき返す異常とも呼べるスキル。たとえ機械によるものであっても、このプロデクトだけは決して破られない。

 元々は『工房』により脳に組み込まれたものだったが、何ということだろうか。彼らが施した細工が自分の墓穴を掘っている。


「おかげで計画が少々狂った。結構頭に来てるんだぞ?」

『ザマァ見なさい。散々生き物を道具扱いした罰よ』

「……そうかもな。何だっていいが、お前よく追跡者の手を振り払えたな。言っとくが腕が雑巾を絞ったみたいに捻じられていた。どう『機凱術式イクスワード』を使ったらそうできるんだ」

『あなたたちが生み出した作品でしょうに。というか、『機凱術式イクスワード』は物理現象を鍵言キーワードで再現するためにあなたたち・・・・・が造ったものでしょう? 空間を捻じるなんて物理の範疇にまだ収まっているわよ。やろうと思えば時空間操作や瞬間移動もできる癖によく言うわ』

「そりゃな。でもお前たちにそんな権限・・を与えた覚えはない。『機凱術式イクスワード』は階層ごとに再現できる現象が多くなるが、お前に与えたのは『自然現象の再現』までだけだったはずだ。空間操作を許可する権限を渡した覚えは一切ない」

『そんな物高次元干渉での書き換えでどうにでもなるわよ。忘れているわけじゃないわよね? 私が高次元仮説生命体『天使』に干渉および顕現させる『媒体』っていうのを。あなたたちが五十年かけて生み出したプロデクトなんか十二次元高域干渉からの改竄であっさりぶっ壊せたわよ。ま、干渉できたのは『機凱術式イクスワード』を構築するゼロ次元空間に置いてあった非物体サーバーだけだったし、干渉して五秒で即座に廃棄されたせいで最高位権限は手に入れられなかったけど』

「……くっ、ははは。さすが俺の『作品』だ。つくづく俺の予想を上回ってくれる」

『……ア゛?』


 何かを懐かしむように遠くを見る目をしながら、アダムは不敵に笑みを浮かべる。

 まるでこの状況を楽しんでいるようだ。それとも予想通り、と思っているのだろうか。

 アウローラはそれを見て心底不愉快になる。胃腸の中にヘドロを詰め込まれたような悪感を抱きながら今まで出したこともないような鈍い声を出しながら、静かに意識を手放す。

 すると金属棒の表面を走っていた光が輝きを失う。

 休眠状態に入った証拠だろう。


「……強制シャットダウンしやがったな、ババァが。頭の回ることで」


 疲れたような音色が喉から出る。

 それも仕方のないことだ。彼は自分がいつ睡眠を取ったのかさえ覚えていないのだから。

 目の下にくっきりできたクマを指で擦りながら、背もたれに背を預けて軽く背伸びをする。

 気まぐれか、一瞥した金属棒の入った容器を指をピンと弾く。


「……あと少しだ。R素体の最終安定覚醒段階にもう少しで入る……。必要なのは、万が一暴走したときの抑止力となるメタトロン、ラツィエルの最終調整。予備戦力としてミカエルとハニエルを改良、防衛線力にガブリエル適応学習済を……最終防壁ファイアーウォールには、ラファエル試作試験体か。いずれもまだ調整中だから、早く済ませなければな……とはいえ失敗作のカマエルやザブキエル、唯一成功作のサンダルフォンを事実上損失したのは痛いが……大丈夫だ。まだ、想定内だ」


 自分以外誰一人いない部屋で、静かにアダムは目を閉じる。


「……今ぐらいは、休むか」




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