表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/110

第二十七話・『少女は狂ったように笑いだす』

連投、二個目です。

 地下にあったのは巨大な訓練場のような場所だった。

 高さは約十五メートル、広さは約五平方キロメートルほどの空間。すべてが白熱灯のようなものに照らされ、特に視野に困ることはない。地下空間だというのに、意外に明るいことに小さく驚く。

 ここの時代背景は大体中世ぐらいだろうが、魔法技術により技術だけならそれ以上に発達しているということか。


「ここは一体?」

「大型訓練場です。何と言っても世界最大国のギルドの本部ですよ? これぐらいあって当然ですよ」

「つまり小さい所にはない、と」

「というか、外は住宅街ですからね。規模が小さい地域は大体周囲が森林か平原の場所でして、ここはあちらと同じように外で計測するわけにはいかないんですよ。だから周りに被害が出ないように……ああ、すいません。話過ぎました」


 確かにあんな住宅街で計測などしてみろ。確実に周囲の民間人に被害が出る。

 贔屓ではなく、ただ必要だからなのか。と内心納得した。


「それで、私の試験官というのはどこに」

「今来ます。あ、ほら、あちらに」

「へ?」


 先ほど見た限り人の気配は俺たち以外なかった。

 目を細めて周りに目を配る――――必要もなかったようだ。

 結界か展開され、光が集まり、人の形を成していく。典型的な転移現象である。

 現れたのは…………あら、わ……え?


「――――フゥゥゥゥゥゥゥッ……」


 全身包帯グルグル巻きで、巨体で、大剣を背負った、化け物と言い表せる者だった。


「は、え、は!?」

「こちらはSランク探索者、フリティラリアさん、愛称ティラシスさんです。えっと、色々あって全身火傷を負って、あんな状態になっていますが、いい人ですよ?」

「いい人に見えないんですけど……」


 どこからどう見ても完全不審者である。

 そう思っていたら、あちら側が近づいてきて一枚の紙を手渡してきた。


『どうも初めまして。フリティラリア・カムチャトケンシスと申します。

 今回は貴方様の試験管を務めさせていただきました。どうぞよろしくお願いします』

(すごく礼儀正しい人だった……!?)


 ご丁寧に敬語で書いてある。人は外見によらないというのはこういうことか。

 いやしかし仮にもSランク。実力は申し分ないし、この姿なら多少(?)威厳は相手に浴びせることができるだろう。

 最大限の注意を払いながら、久しぶりに『心眼(偽)』を発動。

 フリティラリアのステータスが網膜に表示される。


【ステータス】

 名前 フリティラリア・カムチャトケンシス HP63000/63000 MP7240/7240

 レベル95

 クラス 黒騎士

 筋力126.91 敏捷100.77 技量78.57 生命力51.43 知力73.39 精神力49.11 魔力32.74 運8.00 素質9.00

 状態 火傷(残滓)80.00

 経験値68229/15000000


 なんでこうも、最近会うやつは高水準ステータスなのだろうか。


「ティラシスさんは火傷の後遺症であまりしゃべれないんです。普段は筆談でしかコミュニケーションが取れませんが、分かってあげてください」

「ぜ、善処します……」


 震え越えで相槌を取りながらティラシス(愛称)と距離を取る。

 相手もこちらの意図を理解したのか、同じく距離を取る。


「リースフェルトさん、武器は何処に?」

「え? ああ、すみません。無いです」


 流石に一般試験であの魔剣を使うわけにはいかないので置いてきた。

 と言うよりエヴァンに押収されていると言った方がいいか。流石にあの危険物を野に放つわけにもいかないだろうし、妥当な対応だろう。

 受付嬢が木箱を持ってくる。そこには鋼鉄製の多種多様な武器が収納されていた。

 イリュジオンの切れ味を知っている身からしてみれば全部がなまくらに見えるが……贅沢な話だ。

 適当に片手剣を手に取り、小さく頷く。


「ではこれより、リースフェルト・アンデルセンの入団試験を始めます。今から、試験で負った傷は自己責任として扱いますから、悪しからず。リースフェルトさんの勝利条件はティラシスさんの攻撃に対して一定時間以上耐えること。その前に参ったと宣言したり、気絶などをした場合、その時までに取った行動によって合格不合格を判断させてもらいます」

「了解しました」

「では――――始め」


 合図と同時にティラシスが大剣を肩に置き、突進してきた。

 その速度は尋常ではなかった。地面が爆ぜ、五百メートルは開いていたであろう距離を一秒弱で半分を切っている。人間が出せる速度とは思えないが、今は迎撃だけを考える。


「《精霊よ(Genie)集え(Congregate)》」


 たった二句を早口で告げるだけで足元から魔方陣が速攻展開。

 幾何学模様の混じった魔方陣から四つの光が出てくる。それぞれが赤、黄、青、緑色を持ち、地水火風の属性を持っている。

 今俺が口にしているのは、ラテン語。中世において公式文書や各術関係のある書物に主として使われていた言語である。当然元素関係はほぼこの言葉で書かれていた。

 そして、あまり知られていないとは思うがラテン語は結構魔術と関係のあるものだ。どちらかというと公用語として使用しているバチカン市国の信仰している宗教、キリスト教と深くかかわっているのだが。

 魔術にラテン語がかかわっているのはそのバチカンに中世の頃、魔術関係の本が大量に翻訳されたのが大きい。何故キリスト信徒のいるバチカンに魔術関連の本があるのは知る由が無いが。

 更になぜその言語で魔法が使えるのも知る由が無いが。

 そう、ラテン語で唱えても魔法は使える。どうやら英語、ドイツ語、フランス語、などなどはすべてこの世界では『古語』として認識されている。

 なんでこの世界に同じ言語があるのか。そしてそんな言語があるにもかかわらずなぜ見たこともない言語を使うのか。相変わらず謎が増えっぱなしだ。


「《結晶(Crystal)せよ( case)賢者の(Philosophi)造りし(lapide ae)石へ(dificab)(itis)》」


 四つの光から結晶が生み出され、光はそれを纏っていく。

 最終的には、四つの光は四つの石へと変わっていた。


「《顕現(Existen)せよ(s a casu)》――――《賢者のラピス・フィルゾフォルム》」


 自作魔法《賢者の石ラピス・フィルゾフォルム》。

 俺がたった数時間だが、全身全霊をかけて生み出した応用魔法――――魔術だ。

 内容は簡単。四つの属性を持つ光素を生み出し、それを結晶化。そして最後にコンピュータープログラムの要領で四つの結晶に一定のアルゴリズムを組み込むだけだ。

 基本魔法をベースにしている為破壊力は心もとないが、それでもMPローコスト、長時間維持に優れている。それにアルゴリズムさえ変えられれば基本的にどんなにも対応する。

 ただの補助魔術だが、各上相手には必須の技術。

 大体二秒で詠唱を終えた俺は即座にサイドステップ。先ほどまでいた場所に大剣の刃が刺さり、勢い余ったのか大剣は地面を割り、衝撃波で俺を軽く吹き飛ばした。


「――――迎撃開始オン・インターセプト


 俺の周囲に浮遊している四つの石が、ティラシスの方向に魔方陣を展開する。

 放たれるのは単純なレーザー攻撃。だが塵も積もれば山となる。少しずつダメージを蓄積させれば―――


「…………『シフト』」


 機械音声がした。

 瞬間、ティラシスが消える。レーザーは何もない所を素通りし、向かい側の壁に焦げ跡を残しただけだった。

 後ろに気配を感じ取る。


防衛開始オン・ディフェンド!!」


 刹那の判断で賢者の石に命令。後方に四重もの防護障壁を展開。

 後ろがかすかに見える。

 ティラシスが大剣を振りかぶり――――此方に振る。

 横薙ぎの単純な一撃だが、その破壊力は想像を絶した。四重もの障壁をたった一撃でぶち破り、俺の脇腹に大剣は向かう。


「魔力障壁、局所展――――」


 詠唱が終わらないうちに脇腹に攻撃が突き刺さる。

 バギッ、と不穏な音がし、俺の体は垂直に横方向へと飛ばされる。

 何回転もしたが、飛びそうになる意識を捕らえて姿勢をただし踏みとどまる。


「ぐ……っがぁ、っ」


 肋骨が一本ほど折れた。

 いや一本で済んだのが奇跡だ。どうやら未完全ではあるが、障壁の局所展開がどうにか間に合ったらしい。


迎撃インターセプト集結陣形アセンブルフォーメーションッ!!」


 気力を絞り、声を喉から蹴り出す。

 賢者の石達は主の声に応えるように一点に集合。

 四重の魔方陣を展開、その先に四色の混じった光が収束する。

 その隙に回復魔法、《痛み止めペインキラー》そして《遅速再生ローリジェネ》を折れた肋骨のある場所に掛けておく。二つとも覚えたてで効果も薄いが、気休め程度にはなる。


「遠慮は無しだ――――《至高の四大元素スプリーム・フォースエレメンツ》!」


 集まった光が圧縮されたかと思いきや、即座に前方へと解放される。

 生み出されたのは地水火風の属性が融合した極大レーザー。当たれば致命傷は避けられないはず。

 ティラシスはそれを避けなかった。

 レーザーをただただ見て、両手に持った大剣を大上段に構えた。


「『シフト』」


 ――――来た。

 直後に、ティラシスは俺の真後ろに出現した。

 もう二回見たからわかる。

 こいつは転移スキルを持っていて、ただの推測であるがほぼノータイムで転移できる。少々代償などはかかるだろうが、かなり強力なスキルである。だが最初も今回も、決まって俺の後方に転移してきていた。

 なるほど。そういうことか、と誰もがこの時点で察するであろう。

 こいつの持っている転移スキルは『相手の真後ろに転移する』スキルだ。別にどこにも転移できるとかそういうものではなく、ただ後ろ。後ろだけに転移してくる。

 そこが狙い目だった。

 俺は反射的に手に持った片手剣を振り返りざまに薙ぎ払う。手ごたえ有り。

 そして素早くバックステップでその場を退いた。


「よし……!」


 腕に傷をつけられた。

 それに驚いたのかティラシスは動きを止める。

 体を捻り、ティラシスを正面にすると彼の腹の部分に人差し指を当てる。

 そして魔力を込める。


「《ガンド》――――!!」


 反撃の暇を与えずに、俺は彼の腹にガンドを撃ち込んだ。直接攻撃のほうだ。

 ガンドの弾がティラシスに衝突すると、爆竹が炸裂するような音と黒いオーラが周囲にまきちらされる。それでもティラシスは倒れない。俺は再度、指に魔力を込めた。

 機関銃のように、俺の指から黒い球体が打ち出される。大量の音と黒い波動が周囲に響き渡る。


「『シフト』」

「種はバレてるよ!」


 ティラシスが消えた瞬間、後方に待機させていた賢者の石に流れている魔力を暴走させる。

 すると賢者の石は壊れたように大きく振動し――――爆発した。

 後ろから小さく呻き声が聞こえる。


「――――――」

「なんだ。もうおしまいか? Sランクも大したことな――――」

「…………ろ」

「……?」


 軽く挑発的に声をかけると、ティラシスは何か呟きを上げた。

 包帯が少し剥がれる。

 そこには、蛇の入れ墨が彫ってあった。


「耐……え、ろ」


 たったそれだけを言い残し、ティラシスは大剣を振りかぶる。

 大剣から光が溢れた。真っ黒く、綺麗な光が。


「ティ、ティラシスさん!? さすがにそれは……!」


 ここで受付嬢が焦り始める。

 様子から察するに今相手が放とうとしているのはかなり不味い物なのだろう。

 必死で止めようとする声を無視し、ティラシスは一向に攻撃を止めようとしない。

 これは、つべこべ言わずに防御した方がよさそうだ。


(術式改変開始。ベースには《不動要塞イモービルフォートレス》。改変開始。予定改変後の魔法命名――――《黄金王城の絢爛要塞アウルム・マギア・フォルトゥーナ》)


 脳内で高速で情報の処理を行っていく。

 あらかじめ組み立てた方程式を分解し、より強固なものへと再構築。

 素とするは黄金質。改変するは質と重量。より重く、硬く、最硬の物へと成り代われ。


「《この盾は黄金(Hoc scutum)で造られる。( aureum.)浴びせるは(Iaculare)聖水( aqua)この身(Ne eveniat)に降りか( malum quo)かる災厄(d in hoc )を防げ。(corpore.)現れる(Clypeus im)は不動(mobilitate)の盾!( Arawarero)》」


 黄金色の魔力が俺を囲むように造りだされる。

 金の質量を模範させた魔力粒子。それが大量に集まり、要塞を成していく。

 流石先人の残した遺産。良いものを開発してくれる。少し詠唱を改造したが。

 反面、ティラシスは先ほどから少しも動かない。こちらの術式が完成するまで待っているのか。

 飛んだ舐めプレイをしてくれる。

 かと思いきや、片足に力を入れ、地面を踏みしめ、こちらに剣を振る用意をしていた。あちらもどうやら準備中だったようだ。


「《時は流(Cum in)れる。(fluit.)万物は廃(Omnia obso)れ、腐り(leta putre)、砂へ(scunt muta)と変える(tio sabul)(o.)それを恒久(Noli prohi)に妨げる術は(bere in pe)なく、それは(rpetuum de)定めである(terminatu)(r.)腐り落ち(Euenit put)よ、それ(rescere si)が世界の( mundi adm)理なら(inistratio)(ne.)》」


 ティラシスが詠唱を唱え終えると、黒い光がより一層濃い物になる。

 本能が「あれはヤバい」と叫び始める。しかし、引くわけにはいかない。こんな所で膝などついていられるか。

 そんな気合だけで恐怖を押し殺し、構築した魔法に全ての魔力をつぎ込んだ。


 ――――相対、および激突。


「《形成せ(Institutio)よ、( fit, )金色の(Aurum i)不動城(mmobile )塞よ(arcem.)》――――《黄金王城の絢爛要塞アウルム・マギア・フォルトゥーナ》!!」

「《破滅せし腐朽の力ザトラツェニェ・エンチャント》」


 漆黒の一撃と黄金の城塞がぶつかる。

 ティラシスは予想外にも黒い光が溢れたままの大剣で近接攻撃を仕掛けてきた。

 そういう武器なのだろうが、どうせこの金色城塞は破れない。

 この防護術式は先人の残した遺産である魔法、《不動要塞イモービルフォートレス》を改造しただけだが、それでも強固さはオリジナルより数割跳ね上がっている。

 改造内容はただ形成する粒子に金並の質量を持たせ、結束力を少し強化しただけだが。


「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「うぐぐっ……!」


 破れない。そのはずだ。

 相手が俺の想像斜め上を通るほどの強さを持たない限り。

 城塞に皹が入る。

 なぜ? と俺の顔にはそんな心が出ていただろう。

 相手の筋肉の量、付き方、力の入れ方、速度、そのすべてを考慮して、最適な防御方法を取ったはずだ。

 まさか別の問題があるのか。


「ッ……まさか」


 ザトラツェニェ(Zatracenie)。ルーマニア語で『破滅』を意味する。

 まさかと思い、切り口を注意深く見る。


「んな……」


 朽ちていた・・・・・

 ただ膨大な負荷がかかり、老朽化したようにボロボロになっていっていた。

 これこそが俺の予想外の要因だった。

 彼は、ティラシスは自分の大剣に八属性の中に納まらない固有属性を付与していたのだろう。

 オルドヌング・ゲレティヒカイトの持つ固有属性『分解』と同じように、この世には八属性の中に納まらない特殊な属性が多々存在している。主な発生原因は突然変異。ポッと出だ。

 その希少価値は高く、さらに言えばそれを使った魔法はその血族しか習得できないということからかなりの異端であることがうかがえる。

 現在確認されているだけでも数十種類を超えるらしいが、全てがどんな効果を持っているかは定かではない。

 そして、俺は今その一つをこの目で見ている。

 これに名があるとしたら、


「腐朽……それ、が……私の、魔法……だ」


 『腐朽』、腐らせ、朽ち果てさせる凶悪極まりない魔法。

 破壊力以前に相手の防御力を削ぎ落とす――――外道のようだが、戦術的には有効打の一種だ。誰もティラシスを責めることはできない。

 前言撤回。さすがSランクか。

 だからこそか。油断や慢心をせず罠を仕掛けられたのは。


「一つ忠告してやるよ」

「――――――!!」

「足元にご注意」


 ティラシスの真下に数十個もの魔方陣が展開される。


「ドカン……なんてな」


 少し強く指を鳴らす。その際に展開された全ての魔方陣が強く輝く。

 ――――暴風が巻き起こる。


「《ウィンドトラップ》。まともに使ったことはあまりないが、やっぱ覚えておいて正解だったか」


 そう、《ウィンドトラップ》。この世界に来て最初期に習得した魔法の一つ。

 今の今まで一度たりとも使ったことのない設置型魔法だ。

 何故正しく使わなかったかというと、単に役に立ちそうな場面が無かったっているか、火力不足が予想されるのに毎回毎回満身創痍になるほどの戦いだったというか、罠を設置するなどという余裕がなかったというのが言い訳である。

 さて何時仕掛けたかというと、二回目の『シフト』の時だ。あの時無詠唱で大量に魔法を俺の立っていた床に設置していたのだ。ティラシスが今いるのは先ほど俺がいた場所。

 手順はこうだ。まず魔法を設置、次にバックステップでその場を離れる、そして金色城塞を発動し相手を足止め、最後に魔法発動。誘導というごくごく単純な手法。まさかこんなにも簡単に引っかかってくれるとは。

 至近距離で発動したが、当然金色城塞があるため影響はない。逆に、何も対策を練っていないティラシスはかなりのダメージを負ったはず。


「はず……なんだがなぁ?」


 光が晴れ、ティラシスの姿が露わになる。

 無傷。それだけだった。

 だが大剣から出る光は止められた。恐らくあのデカい剣でとっさに防御したのだろう。

 確かにこれぐらいで倒れてもらってはこちらも困るが、それでもかすり傷ぐらいは作ってほしかったというのが小さな本音である。


「……さ、すが……だな」

「かのSランカーのお褒めに預かり光栄だよ」

「……『合格』……だ」


 ティラシスはかすれた声で、そうはっきりと言った。

 合格、つまり見込みは十分と言ったところだろう。


「受付嬢さん。試験官が『合格』と言っているんだが」

「へっ、え? あ、ああっ、はい! こ、こちらも文句はありません」

「そう……か……なら、帰……る、と……しよう」

「なんだ。もう行くのか?」

「……用事が、あって……この街に、寄っただけの、こと……それ以上も、以下も、ない」


 言って、ティラシスの周囲に結界が展開される。転移するつもりだ。


「……強者には、責任が……ある」

「…………経験談か?」

「……それから、逃げる、な」


 光が一層強く発せられ、晴れた時にはもうティラシスはいなくなっていた。

 後に残ったのは俺と受付嬢の二人だけ。間には何とも言えない静寂のみが広がる。


「あの」

「は、はい!」

「俺のランクって、現状どの位までと評価されるんですか」

「そう、ですね……手加減したと言えど、Sランク探索者に数発攻撃を入れただけでもSクラス間近の実力です。ですがギルドのルール上、最良でもAランクから始まりますね」

「余程の規格外でもなきゃできないか。なるほど、Aランクのやつでもやばい奴は沢山いるってことか」

「というわけで、リースフェルトさんは文句なしの合格です! ランクもAランクから初めて――――」

「ああ、辞退します」


 俺の冷たい一言で、受付嬢の口が氷漬けになったように固まる。

 その後恐る恐る、少しずつ口を動かした。


「あ、あの~、分かっているなら申し訳ありませんが……ランクというのはギルド内での身分の立場を示すもので、それが高ければ高いほど好待遇というか……その、他の町でもいい顔できるというか」

「そういうの、興味ないんですよ。権力とか、政治争いとか、身分とか。私としては単に生活資金を稼ぐつもりだけなんで、ダンジョン自由入場許可さえ貰えればランクなんてどうでもいいです」


 そうそう。俺は強さを示すためにこんなくだらない所に所属したいわけじゃない。

 単にダンジョンなどの危険区域で金を稼ぐため、そして――――あいつらに、仲間に付いて行くため。

 一般人に危険区域への自由な出入場の許可が下りるわけもない。だからギルドに入り、仲間に付いて行く。そして、いざという時に守る。それだけだ。AだろうがBだろうがCだろうが関係ない。

 ただ、仲間を守れれば、それでいい。


「し、しかしギルドの方針が……」

「確かに引っかかりそうですね。話によれば読心持ちもいるようですし。やれやれ参った。俺としては目立ちたくない、しかし貴女はルールを守らねばらならない。破っても嘘をつけばバレる。本当に困った」

「えっと、あの」

「さて、この場合はどう解決するべきやら。ああ、そうだ、あの手があったな」


 芝居じみた喋り方で受付嬢に言い寄る。

 そして片手を掴み、少し捻り上げた。別に脅そうっていうわけじゃないが、雰囲気って大事だよね。


「いたっ……」

「ああ、すいません。……この場合、嘘がバレなければいいんですよね」

「い、一体何をするつもりで」

「つまり、真実を知らなければ嘘も何もつけないということだ」

「いや、放してッ!」

「ぐふふふふ。っと、やべ。なんか楽しくなってきた……あ、ごめんなさい。有名になると少し面倒なので、本当に申し訳ありませんが――――あなたはここで、私が満身創痍になり、手加減された癖に攻撃もまともに防げなかった腑抜け野郎として名を広めてもらいたい」


 あれ、何だろう、心の底で眠る新たな扉が開きそうだ。

 もう茶番もこれぐらいでいいだろう。さっさと事を終わらせよう。

 受付嬢を床に倒した。涙目でこちらを見てくるので罪悪感が半端ないが、仕方ない。これは犠牲なのだ。


「《小鳥の小(Parva aviu)さな鳴き声(m domina t)に、貴女は(itillat do)眠気を擽ら(rmitatio)れる。(nem.)》」

「んっ……ふぁ、あ」


 何か色気のある声を出してきた。

 俺別にまだ何もやってないんだが。変な誤解を招かないでほしい。


「《目覚め(Et excitat)た場所(us est loc)は森、(us saltus )そこは安(solatium l)楽の場(oco alteri)所、悪(us experge)い夢な(factus, u)どもう覚(t mea som)めた。(niat.)》」


 指先に黒い闇が集まる。

 その指で軽く、受付嬢の唇に押し当てた。


「《もう一度お(Dies exuit)休み、愛娘よ(ur, filia.)》」

「う、ぁ……」

「《愛した娘は森の中イン・サルトゥ・トゥム・デュルミでもう一度眠るレム・ディレクスト・フィリア》」


 受付嬢の体から力が抜け、浮いていた手がゴトンと落ちる。

 溜息を吐きながら立ち上がり、手に着いた埃をパンパンと両手を叩いて落としながら、上へと続く階段に足を運んだ。

 先ほど使ったのは《愛した娘は森の中イン・サルトゥ・トゥム・デュルミでもう一度眠るレム・ディレクスト・フィリア》。この世界で存在していた魔導士が、酷い不眠症である自分の娘を寝かせるために造りだした催眠魔法である。造りだした方法は意外に簡単で、どうやらルーン魔術のルーンナウジス(意味:欠乏)とエフワズ(意味:人間)を複合させているものだった。

 それからその魔法の事がなぜか別の魔導士に漏れてしまい、その魔導士はなんとそれにアンサズ(意味:神)を複合させ記憶操作と精神操作を織り交ぜてしまった。この魔法によって引き起こされた事件は『ルーンの魅了』という事件で人々の間に魔法に対しての危機感を深く残してしまった、らしい。

 つまり有名な催眠・記憶操作・精神操作の魔法である。

 因みにそんな魔法、魔道書に書かれているわけもない。どうやって覚えたか。簡単に言えば――――これは話をもとにして再現した魔法に過ぎない。不完全、失敗作、催眠と記憶操作しかできないものだ。

 それでも十分すぎると思うが。

 今頃彼女は深い眠りの中で気持ちいい夢を楽しんでいるはず。起きたらあの戦いの記憶は「俺がティラシスに叩きのめされ、だけど一発入れたのでギリギリ不合格にはならなかった」その記憶に改ざんされているはず。

 少しやり過ぎた感があるが、最善の手を取ったまでだ。

 これぐらいは問題もないだろう。


「さてっと、さっさとリーシャんとこに行くか」


 長時間再開してないから、あちらの容体も気になる。

 腹を貫かれたのだ。数日経っただけで全然平気になっているとは思えない。

 そんな心配をしながら、俺は訓練場を後にした。



――――――



「プゥゥゥゥゥゥッ――――はぁぁぁ!?!?」


 ビールを思いっきり吹き出しながら、依頼から帰ってきたファールは叫ぶ。

 その正面には俺がいたわけで、当然ながら噴出したビールは俺の顔面に全て掛かる。

 おかげで食っていた美味い食事が台無しだ。

 さっきからリーシャには殴られるわ、わざと低評価になったって言っただけでビールぶっかけられるわで散々だ。

 あー、頬痛ぇ。


「……あ、ごめん」

「別にいいが、昼間から酒とはずいぶんと呑気だなおい」

「仕事後の一杯が命なんだよ」


 昼食中に変なやり取りをしながら、ファールは心底不満そうな顔で問いを俺に投げかける。


「なんでまたそんな物好きな真似を」

「名が知れ渡って有名人になるのは避けたかった。そうなると確実にギルドに目をつけられるしな」

「で、動きにくくなるってわけか」

「話を聞いてみれば、高ランクには高難易度任務や非常事態には強制召集がかかるそうじゃないか。そういうの面倒なんだよ。自由に行動できなくなるのは絶対に避けたいね」


 自由に動けないと、お前らに何かあった時駆けつけられない。

 それを当人の面に向かって言うべきか、と悩む。


「リース、リース」

「なんだアウローラ」


 数時間離れただけなのにずいぶんの久し振りな感じがするアウローラに服の裾を引っ張られる。

 また俺の膝にでも座りたいのか。


「私も、探索者になりたい」

「駄目だ」


 即座に断った。悩むなど馬鹿馬鹿しい。

 アウローラだけは、絶対に危険な目に合わせない。

 またあんな気持ちになるのは絶対に御免だ。


 ――――ずいぶんと過保護ね。

(いつから起きていたテメェ……つか四日も寝っぱなしで何やってたんだ)


 何の前触れもなく脳内から声が響く。

 言わずともわかる。ルージュ・オビュレ・バレンタイン。大体二週間前、俺の脳内に寄生したなんともたちの悪いロリババアである。


 ――――全部聞こえてるわよ。

(るっせぇ。で、何やっていたんだ)

 ――――アンタの中から外に這い出ようとするアレ・・とイリュジオンの糞尼を押えていたのよ。

「あ……」


 そういえば、すっかり忘れていた。

 リィとの死闘の末に、俺の中から『何か』が体の中から這い出てきた。

 その『何か』が何なのかはわからない。わかりたくもない。

 さらにはイリュジオンの裏切り。胸に突き刺さり、俺に何かをした。

 なのに現在何の問題もないのは、他でもないルージュのおかげだろう。


 ――――まるで暴れ馬よ。枷の外れた闘牛のように暴れてて、押さえるのに三日、疲れて一日寝たわ。ごめんなさい、真っ先に報告するべきだったかしら。

(……いや、感謝する。ありがとう)

 ――――宿主だからね。目的を果たす前に死んでもらっちゃ困るのよ。『工房』への復讐が終わるまでには、どんな手を使ってでもあなたを生かすわ。


 最後の一言にずいぶんと深い憎悪が眠っていた。それほど『工房』が彼女にとっては許せない存在なのだろう。俺も、許すことはないが。


「アウローラ、よく聞け。お前が今後戦う必要はない。普通の子供みたいに遊んで、食べて、よく寝て、よく学んで、俺はそれを望んでいる。お前も、痛いのはいやだろ?」

「でも、リースが居なくなるのは、もっといや」

「俺も嫌だよ。だから危ないことはやめてくれ」

「私もリースを守りたい!」

「……お前を護るのは俺の役目だよ。約束したんだよ、俺自身と」

「それは……リースの願い。私の願いじゃない。私は私の望みをかなえたい」

「…………願いなら、望みなら必ず叶えられるわけじゃない!」


 『願い』『望み』――――その言葉が心を刺激する。

 いつも、いつもいつもいつも、たった一つの切実な願いさえかなえられなかった。

 夢がかなう。素晴らしい言葉だ。

 だがそれを実現させられる奴がどれぐらいいると思う? 六十億人以上いる人類でも、夢をかなえられるのはたった一握りだ。

 俺も、その一握りの中にはいない。


『俺が……守りたいと思ったからか』


 あの、焔火の塔の一件が脳裏でフラッシュバックする。

 俺は望んだだけで、その真逆の結果が訪れてしまう。

 ある程度対策はある。

 だがそれでも、現実ふこうというのはその一枚上手を必ず行く。

 意識をあやふやにしても、望みを不安定にしても。

 必ず悪しき結果が訪れる。

 望みをかなえられたことなんて――――


「……すまん、声を荒げた」

「リース……」


 自分が嫌になる。

 どうして俺はこんなものを持っているんだ。

 俺は……確かに悪いことはしてきた。人も殺した。傷つけたことなんて数えきれないほどある。

 だからか?・・・・・ それだけで世界から嫌われる要因になるのか?


(……ふざけるなよ)

 ――――神という者は残酷ね。たとえどんなに小さい願いだったとしても、それをかなえることはないのだから。本当に、ふざけている。


 無言でアウローラを抱きしめる。

 アウローラも悲しそうな目で、俺の腰に手を回した。



「……あの~、後悔とかそういう念に浸っているのは別にいいんだけど。ここ、一応公共の場なんだよね~」


 後ろからリーシャの、呆れたような声が聞こえる。

 ふとあたりを見回してみると、ほとんどがゴミを見るような目で俺を見ていた。


「あいつ、よりにもよって幼児性愛者かよ……」

「ロリコン死すべし。慈悲は無い」

「公衆の場で十歳ぐらいの幼女と互いを抱きしめる変態。今週の新聞の見出しはこれだな」

「え、ちょ……」


 待て。俺はロリコンではない。


「訂正してもらおう――――俺はシスコンだぁあああああああああああ!!」


 つい反応してしまい、反射的にそう叫んでしまった。

 失言だった。


「ロリコンでシスコン? うわ、やべぇな。警吏! 仕事しろ!」

「ワァオ、こいつは大変な変態が転がり込んできたものだな。ギルドも大変だなぁ」

「公衆の場でシスコンと叫ぶロリシスコン。OK、今週は騒がしくなるな」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 自業自得である。



――――――



「うぅっ……ぬりゃぁ!!」


 真っ黒い空間で、孤独に漂っていた火の玉は少女のような声を発すると、急にその面積を広げる。

 広がった炎は徐々に収縮していき、やがて人型になって細部を作っていく。


「あまり本調子は出せないけど……何とか残った力の絞り滓で人型に成れたわね」


 そう、ここは結城の精神世界の内部。

 そしてこの人型を模っている者こそルージュ・オビュレ・バレンタインである。

 寄生もとい憑依から約二週間。彼女はようやく本来の力の約十分の一を取り戻した。


「まさか力を強制的にセーブされるなんて。……いや、まさかとは思うけど」


 彼女は、ルージュは一度死んだ。肉体を失い、魂はそのまま天へと運ばれるはずだった。

 なのに土壇場で、この少年に憑依してしまった。

 理由はわからない。詩文のせいに執着する執念ゆえか、あるいは運命の悪戯か。

 しかしそんなこと、彼女にしてみればどちらでもよかった。理由などどうでもよかったのだ。『工房』にさえ復讐を遂げられるのなら。自分や親友アウローラ、挙句の果てに義理の弟妹まで傷つけられ、殺され、自分も『無価値』と烙印を押し殺そうとした仇に。

 ルージュは結城を操る気でいた。たとえ死にそうになっても、体の主導権を奪い、命尽きるまで戦い続ける。それは憎しみがなせる業。彼女の劫火の様な執念や熱意は『工房』という存在を燃やさなければ消えることは決してない。


「だとすると、制限時間ができるわね。期限は……大体一、二年、かしら」


 体の細部が作られる。

 あの時の姿に。塔の守護者ガーディアンであった頃の姿になる。

 両手と両足が炎で造られ、胴体のみが少女の姿を取っている醜くも華麗な姿に。


「だけど――――」


 少女は首を自分の後方に向ける。

 視線の先で、黒い塊が蠢いていた。

 それは、何と表現したらよいのだろうか。名状しがたき何かに視線を落とし、ルージュは顔を引き攣らせる。


「こいつ、こんなものを心の底に収めていたっていうの? 冗談が過ぎるわよまったく……今までどうやって制御していたのかしら」


 ルージュが強く指を鳴らす。

 すると黒い塊の上空に大型魔方陣が展開される。生成されるは四つの焔剣、秘めたる属性は『封魔』。

 激しく燃える焔剣は、全て黒い塊に突き刺さる。

 悲鳴はなかった。ただ一定時間、動きが止まるだけ。


「現身の力で再現した焔縛呪……もう使うことはないと思ったけど、まさかこんな所で使う羽目になるなんてね。幸か不幸か」


 三日前、これが暴走していた時はそれはそれはもう大惨事だった。

 人型を取ることが不可能で、更に本来の力の十分の一さえ取り戻していなかったとき、本当に喰らわれるかと冷や汗をかいたものだ。結果的には焔縛呪――――心炎残光呪系術式による多重結界と多重封印により大分弱体化させたのだが。それでも完全な無力化さえできなかった。

 更にはたびたび封印を解いて結界を破ろうとするものだから気が抜けない。

 ルージュは酷く頭が痛くなる。


「…………絶対に、許さないんだから」


 それでも、『工房』に復讐できるならこんなことどうってことはない。

 逆に快感さえ感じる。

 彼女にとって痛覚は、あの時を思い出させてくれるから。

 あの地獄を、忘れないようにしてくれるから。


「クッ、カ、カカッ……!」


 自分でも可笑しいと思うぐらいに高揚する。

 二度目の生だ。

 あの時できなかった事を――――死んでもやり遂げる。


「あ、ハッ――――アハハハハハハハハッ! アッハッハッハッハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 少女は狂ったように笑いだす。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ