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第二十六話・『まずは歩こう』

かなり遅れてしまいました、誠に申し訳ありません。

これからは安定したペースで投稿できるよう努力します。

追記・よく見たらステータスが全然変わっていないことに今更。修正。

「――――そんなわけで、この世界についての独自考察を行おうと思う。意義は無いな」

「…………」

「…………」


 現在翌日の早朝。時刻にして大体午前八時。

 真面に洗ってさえもいないボッサボサの髪を皆持ちながらも健気に一つの部屋に集まっていた。

 因みに髪をまだ洗っていない理由は俺が早朝早々叩き起こしたからである。

 そんなことはどうでもいい。二人とも怒りの眼差しを向けているが関係ない。重要なことではないことをいちいち気にするようなタイプではないのでな、俺は。

 まずこの世界に来た方法――――要因だ。

 二人が話した体験談から、俺がここに来た際に感じた感覚と酷く似ている。

 つまり俺たちの通った経路はほぼ同じで間違いないだろう。そしてその経路を作った奴は当然、


「異世界に来る際、ノイズの塊のような奴に会った。確かか?」

「ああ。俺たち二人ともこの目ではっきりと」

「……俺も会ったよ、そいつに」


 最初はノイズがかった声で、その後ノイズの塊が目の前に現れたことを思い出す。

 不気味。ただそれしか言えない存在だった。

 まずこの世にそんなものが存在するとはとても思えない。なら、存在隠蔽の魔法かなにかを纏っていると受け取るべきか。この世界だったらそんなものが存在していてもおかしくはない。

 次に、時間差。

 俺がここに来てから一週間でこいつらはこの世界に来たと言っていた。

 つまりあっちの世界とこっちの世界での時間の流れは決定的に違う。確実な差異があることを示していた。たった数時間が一週間に引き伸ばされるほどの流れの可笑しさ。計算通りならここで一年過ごしても三日四日過ぎるだけ。有難いのか有難くないのか。

 だが確信出来ないというのが俺たち三人の感想であった。

 時間の流れが違うからと言ってそれが一定で変化しないとも限らない。逆に未来から過去に引きずり込まれる可能性もあるのだ。楽観視が許されないこの状況。自然と空気が重くなる。


「……そして、今のところ帰る方法は不明。か」


 綾斗が発したその声が止めとなる。

 そう、今の所俺たちの持つ情報程度では帰れる方法が皆無に等しい。他にもあるかもしれないが、世界を飛び越える魔法など、存在が許されるのか。さすがに調べない限り断言はできないが、そんな魔法があるならこの世界はとうに異常成長を果たしている。

 せめて情報を可能な限り集めなければ。

 俺が今持っている情報では、魔法は計八種類ある。地水火風光闇月太陽。――――だがそれは基本系統の話だ。属性を持っていない魔法などいくらでもあるし、『分解』属性など、例外に含まれる属性もある。

 そもそもこの世界での魔法の定義が俺たちの世界とは違う。基本、つまり台となるものを魔法と言い、それを応用したのが魔術という。しかし事実、魔法を応用できるのはごく少数派。だから先人たちは魔術を『魔法』として組み変えることで沢山の人に普及させた。話が変わったが、裏を返せば応用さえできれば世界を飛び越えることも可能かもしれないという可能性が導き出される。小数点以下の可能性だが。

 結論から言えば、あらかじめ用意されたプログラムを魔法。それを改造したものを『魔術』という。勿論基本を応用させればそれは魔術ではあるが、応用するより先人たちの残した遺産を使うほうがより簡単で効率がいい。

 でも便利さでいえば『魔法』とり『魔術』のほうが優れていた。

 その場で臨機応変に変化できるという利点を持ち、詠唱も自分で変えたり作り出せる。更に型に押し込めれば簡略化、『魔法』化もできる。証拠に現状、ほとんどの魔法が魔術から魔法化されたものである。要するに術式をコピーして簡略化及び固定化した、数学的に言えば問題だけではなくその答えまで一緒にあるもの。と言えばいいのか。

 ……話が逸れた。つまり俺が言いたいのは、空間を歪められる魔法を人間が可能とする最大のレベルまで改造し尽くせば、世界を跨ぐ魔法の開発ができるのではないか。それを言いたかった。

 当然問題点もある。そもそも空間を歪められる魔法など図書館で見た本の中には記載していなかった。確かにこのヴァルハラの中央図書館なら大量の資料があり、空間操作関係の魔法が見つかるかもしれないが、それは何日後、何週間後、何か月後に終わるのだろう。世界中から本が届けられ保管されている場所。本の総数だけなら万は軽く超えるだろう。

 後は無く、先がこれ以上ないぐらいに暗い。これで落ち込むなというほうが無理だ。


「せめて、一糸だけでも手繰り寄せられたら……」


 ――――一糸、か。

 現状を整理しよう。

 まず俺たちは異世界から出たい。だが方法が無い。しかし現在三人(俺除く)は探索者ギルドに所属しており、さらにAランク。十分有名だが、更に名を渡らせれば情報屋などをスカウトできるかもしれない。だが時間がかかり過ぎる。背に腹は代えられないが一刻も早く出たい気持ちなのだ。いくら時間が有り余っているとはいえ長引けば長引くほど士気は下がり、やがて気力さえ失ってしまう。

 もうここに来た要因や謎などはどうでもいい。とにかくここを出る方法を探す。これが第一目的に決まった。


「そういえば結城。あなた今日、入団試験を受けるんでしたっけ」

「そういえばそうだったな。そんなに重要視してないから、出来なくても文句は言わないが」

「んだよ。俺らとパーティー組もうぜ?」

「それは構わないが……あまり有名になりたくはないんだよ。動きにくくなるからな」


 有名人ほど自由を許されない者はいない。有名人になるぐらいだったら山賊でもやって自由に動いた方がいい。なるとしたらAランクなどではなくDかCぐらいか。

 評価を下げる程度上げるより簡単だ。手加減して挑めば楽勝だろう。

 そろそろ潮時かと思った矢先に、綾斗の腹から音が鳴る。本人はそれを恥ずかしげもなく誇らしげな顔で腹をさすった。


「いや~、さすがに話したら腹が減ったわ。下で何か食いに行こうぜ」

「いやよ。あそこほどんどが肉料理でしょう。朝には向かないわ。私がいい店を知っているからそこに行きましょう」

「チェッ、わーったよ。結城はどうすんだ?」

「俺か? 別に朝ぐらい食わなくてもどうってことないが……そうだな。ギルド本部に酒場があったし、そこで適当に済ますよ。試験もあるし、そっちに行った方が手っ取り早いだろ」


 わざわざ行き来するよりはそこに行って食事をとったほうがいい。それに他の探索者から今泊まれる宿屋の情報も仕入れなければならない。

 二人もそれを理解したようで、あっさりと頷いた。


「それじゃ、俺は早速行くよ」

「体は洗わないの?」

「必要ない。つか、今日泊まる宿でする。どうせ動きそうだし」


 淡々とそう返して、床に放り投げていた上着を拾い上げて着る。

 軽く首を鳴らしながら靴を履き、ドアノブを捻ったところで動きが止まった。

 ……これは、言ったほうがいいのか。


「ん? どうかしたか?」

「…………いや、何でもないよ。また後でな」


 ――――俺を犠牲にしてでもお前らを元の世界に帰す。

 そんなことは、口が裂けても言えるだろうか。

 共に生きることを誓った仲間の前で。



――――――



 二人は扉が閉じられた玄関を数秒見つめた後、呆れたように溜息を吐いた。


「あいつ、また何かを抱え込んでやがるな」

「仕方ないでしょう。あんな奴なんだから……本当に、酷いわよね。私たちってそんなに頼りないのかしら」

「巻き込みたくない。傷つけたくない。そんな気持ちだろうよ。――――こっちも同じ気持ちだってのに」


 そういって二人は各自の行動を始める。

 紗雪は髪を整えるため風呂場に行き、上着を脱ぎ始めた。綾斗はそれに付いて行き、その着替えをまじまじと見つめた。直後顔面に紗雪の足が突き刺さる。

 後ろに何回転もしながら後頭部を壁に叩きつけられ、綾斗はひどい頭痛に襲われる。

 それでも目をカッと見開き――――シャンプーを差し込まれる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!? 目がっ、目がぁぁぁぁぁぁ!」

「……何ナチュラルに付いて来てるのあなた。自殺願望でもあるわけ?」

「お、女が着替えているなら、それを覗くのが男の使命だろうがッ!」

「…………」

「そのゴキブリを見るような視線、そそるぜ……っ」

「死ね」


 四つん這いになった綾斗はそのまま後頭部を踏まれて顔を床に減り込ませた。

 当然気絶。せめてもの慈悲か、目に入れられたシャンプーは適切に洗い流された。

 これ以上ないほどの呆れが頭に残る中、紗雪はふと考える。


「……私たちって、あいつを助けたことなんて、あったかしら」



――――――



 まず足を運んだのは書店だった。

 理由は後ほど説明するが、今はとにかく行動だ。書店に入り、「らっしゃい」という少し禿気味のおっさんの声を聴きながらあるものを探す。片っ端から本のタイトルを覗き、それらしきものを広げ、違ったら即座に仕舞うという作業を繰り返して約三十回。目当ての本を見つけ次第に脇に挟んでいく。

 手に取った本はすべて『魔法』関係の書物だった。

 『下級魔法辞典』『中級魔法辞典』『上級魔法辞典』etcetc……とにかく役に立ちそうな本はすべて手に取った。そしてそれを全て店員に突き付ける。

 店員はかなり驚いたような顔をしたが、仕事を果たすようで本に書かれた値段をしっかり見ながら手帳に書き記して総額を弾きだす。


「計銀貨三十枚です」

「はい」


 袋から銀貨三十枚をポッと出すと店員の顔が「!?」という記号でも頭に浮かばせているような顔になった。銀貨は大金。銀貨一枚につき銅貨百枚分なのだから銀貨三十枚とは銅貨三千枚分ということだ。そして庶民が月に稼ぐ給料は銀貨十枚にも満たない。庶民程度ならば金貨一枚あれば一年は暮らせるのだ。それがあっさりと出されたことに驚いているのだろう。

 チョっきりで出したのでお釣りもいらず、俺は本を全て掴み書店を出ていく。

 そして近くのベンチに腰掛けてそれを手に取って広げた。


「…………………」


 一ページ一ページ、一文字余すことなく頭に叩き込んでいく。

 さらに読むペースが三十秒に一ページ。別に間隔がスッカスカだからというわけではない。むしろびっしりだ。これぐらいしないとこの分厚い本は読み終えられないからか。

 まずどうして俺が魔法関係の本を買い、そして読んでいるのか説明しよう。

 結論から言ってしまうと、二つ理由がある。まず魔術を扱うには魔法の知識が必要不可欠だ。いきなり基本も知らず応用問題を解けと言われてできるやつはほぼ居ないだろう。もう一つは戦力的な問題だ。この世界では白兵戦より魔法による遠距離戦闘の方が戦術的にも戦略的にも優れている。下級から中級はほとんどが対人用だが、上級からは対集団用に代わり、最上級は戦術核に匹敵するほどの(情報からの推測)火力を引き出せる。

 だから魔法の方が良いから今から剣ではなく魔法に切り替えよう――――などという甘い考えなど持っているはずもなった。

 今の俺のステータスを見てみよう。


【ステータス】

 名前 椎奈結城 HP5200/5200 MP2400/2400

 レベル45

 クラス 最適者オプティマイザー

 筋力68.61 敏捷67.11 技量51.86 生命力70.37 知力58.18 精神力38.41 魔力55.49 運0.15 素質20.00

 状態 身体欠損20.00

 経験値821300/1500000

 装備 Tシャツ 青のジーンズ フード付きコート 短パン

 習得済魔法 【ファイアボム】【フレアバースト】 水魔法【フローズンエア】 風魔法【ウィンドトラップ】 回復魔法【ブラットストップ】

 スキル 剣術28.11 格闘術10.78 八属魔法8.12 消失魔法0.01 危機感知21.34 行動感知25.40 直感先読22.19 記憶透見メモリークリア14.02 空間索敵10.08 読心術7.01 武器解析ウェポンサーチ11.39 炯眼3.67 乗馬2.01 超過思考加速オーバーアクセル99.99 宝石鑑定13.22 武器整備10.02 特技解析スキルスキャン4.00 自己防衛オートガード99.99


 色々あるが、とりあえずこれだけは言わせてもらおう。

 HPMP共に高水準と感じられる。だがこれだけは確実に言える。レベルが四十に入ったにもかかわらず、MPがリーシャのレベル26の時と比べて約二倍だ。そう、二倍――――普通なら大器晩成という物が適用されるべきではないのか。例えるならレベル5程度のキャラが50ほどになった時、そいつのステータスは十倍になっているだろうか。ゲームによってはそうかもしれないが、違うだろう。

 つまり高水準なのではなく、逆だ。俺のHPMPは低水準・・・なのだ。筋力やら敏捷やらが突出しているので気付きにくいが、多分俺はそういうのが伸びにくいタイプなのだろう。RPG風に例えるなら、序盤では役に立つが後半から弱くなっていく魔法戦士と言ったところだ。

 とはいえHPとMPが低いだけで後は軒並み高水準なので特に問題はないが、やはり俺自身打たれ弱いとなると前に出辛い。メインで使っている武器が双頭剣ツインブレードという癖があって、しかも近接用の武器。これは早く解決しないと後々大変なことになる。そのための魔法だ。

 MPは低いが、それでも無いよりはマシだ。いざという時は遠距離と回復にも回れる。つまりはオールラウンダーを目指すということだが――――悪く言えば器用貧乏な一面の表れでもあった。


「……っていうかちょっと待て。何で、なんで素質・・の数値が上がっている?」


 ふとその小さな違和感に気付いた。

 俺の推理では『運』と『素質』は先天的数値で固定される固定パラメーターだと推測していた。まさか間違っていたのか? いやしかし……。

 気には引っかかるものの現状の情報ではどうしようもなかった。

 ま、ステータス上昇の数値が増えるんならこちらも困ることはない。余り気にしないほうがいいだろう。

 もう一つ、違和感に気付く。

 『自己防衛オートガード』スキルが、変化していない。この前『過剰防衛オーバーガード』スキルに変化したはずでは。気のせいか。いやそんなことはないはずだが。


「くそっ、なんでこうも細かいことが大量に起きてるんだよめんどくせぇな……」


 周りの目も気にせず愚痴を漏らす。

 頭痛に悩まされながらも、俺は昼ぐらいまで本を読み進めるのであった。



――――――



 暗く、不気味な空間。そこには円状のテーブルと五つの椅子。そしてそこに座っている五つの影。

 ここはどこだろう。などという疑問は今、どうでもいいかもしれない。

 全員が全員、ここがどこなのかわかっていて集まっている。ここは地上ではない。日光が届いていないことからそれは確実に言えることだろう。しかし天井にぶら下がったかすかな明かりを灯す役の魔道電球は輝いていた。そのおかげか、全員の顔がはっきりとまではいかなくても輪郭ぐらいならどうにか判別できる。

 さて、地上ではないとするとここはどこだろうか。答えは決まっている。地上ではないとしたらここは地中。そう、ここはどこかの辺境の地中に作られた地下空間にして――――『帝国残滓エンパイアリービング』の支部でもあった。そしてその支部の最下層、幹部会議用特注部屋。

 そこに現在五人もの『帝国残滓エンパイアリービング』の幹部が集まり、相対している。

 レナード・ローエングリーン。

 つい前眷属ではあるが吸血鬼になるという異業を果たした彼は笑顔で他の四人を見つめていた。


「それで、わざわざ呼び出してまでここに集まったのは何のためですか? 私って実は暇そうに見えて結構忙しいんですよね」

「戯言抜かせ死霊術師ネクロマンサー。情報収集のための監視用媒体を作るのは大いに結構だが、先ほどまで個人的な理由で捕らえた市民を拷問していただけであろうが」


 そう辛く返したのは『帝国残滓エンパイアリービング』の総合戦闘力順位№3であり、特有な緑髪を後ろで小さく束ねている青年、エウレル・ヴォルガー。元№2であり、レナードにそこから叩き落とされた張本人でもある。レナードに対し異様に冷たいのはそのせいでもあるのだろう。


「おやおや心外ですねぇヴォルガー。私は情報収集のためにこの組織に貢献し、更には市民の拷問もいざという時のための予行練習ですよ。捕虜を捕まえても拷問が下手だったらどうしようもないでしょう?」

「それがアレ・・か? ハッ、死霊術の応用で瀕死の重傷を負っても生き長らえさせることが拷問だと? 相変わらず狂った価値観だ」

「男児を強姦しかけたあなたが言いますか」

「―――――――――――ッッッ!!!! あれは呪いのせいであって……!」

「言い訳で事実が変わりますか?」

「…………ろす、殺す!!」


 ヴォルガーは自前の武器――――ダウジング・ペンデュラムに魔術刻印を刻み改造した武器『アナザー・ペンデュラム』を服のポケットから取り出し、端に取り付けている金属のリングに指を通して魔力を流し込む。するとどうだろうか、ペンデュラムの先についている宝石の部分が空中に浮いた。

 その『アナザー・ペンデュラム』は装備した者の意思に応じて自由自在に動く武器。かなり癖があるが使いこなせればかなり強力な武器である。

 それを操作してレナードへと宝石を向け攻撃――――する直前、誰かに腕を掴まれる。


「!?」

「そこまでにしておきな、ヴォルガー」


 ヴォルガーを制止したのはどこにでもありふれた茶髪の中年男性。顔はどこかハードボイルドな雰囲気を出しているが、服装は至って普通の市民のものである。

 ただし、その男性は右目に眼帯をしていた。

 眼帯をしていてもかすかに傷跡が見えるほどの広くて深い傷。それが彼の歴戦の兵士のような印象を生み出す。事実、№3であるヴォルガーの動きを微かな電磁性を帯びた魔力を流して止めている時点で一般の男性ということはあり得ない。

 彼こそが『帝国残滓エンパイアリービング』№5であり、指揮官・・・。エドヴァルド・ティミッド・ヘルシャフト。戦闘能力では№1には劣るが、実質組織のリーダーを務めている人物だ。


「俺たちは目的は違えど思想を共にする者だ。仲間割れなど何の得にもならない」

「しかし……!」

「気持ちはわかる。レナード、お前も言い過ぎだ」

「失礼失礼。ふふっ、吸血鬼化により少し気分が高揚し続けていましてね。自分でもなかなか制御できないんですよ。先ほどの発言は、謝りましょう」

「……くそっ」


 痺れを切らしたヴォルガーは無理やりエドヴァルドの腕を払うと、元居た椅子に腰を下ろす。

 若干だが苦笑気味なエドヴァルドも元の席に戻る。


「さて、今回お前たちを呼んだのは他でもない。作戦会議だ」

「――――そんな知らせは聞いてもいないが」


 腕を組んで先ほどまで一言もしゃべらなかった黒い包帯で顔を隙間なく巻いている者が静かにそう呟く。布越しでもわかるほどの殺気と見たものを氷漬けにするような視線。しかしここに集う人間はただ一人それを前にしても畏怖すらしない。

 声は女性・・だった。首から垂れている長い黒髪は闇のように見る者に不安を抱かせてくれる不気味さを持つ。服は女性らしさのかけらもなく、飾り気のない黒のコートに黒の長ズボン、そして黒のレザーブーツ。黒しかない黒ずくめだった。体型を見ないで一目で女性と分かるやつはそういないだろう。


「そりゃ当然だ。先ほど入った情報で組み立てた急造作戦だからな」

「……何故急いだ」

「作戦開始が五日後だからだ。それまでに急いで準備をしなければならない。だからそれぞれに役目を伝えの緊急総集をした。納得できたか、ニヒト」

「…………」


 組織の№4、ニヒト・フェッセルンは無言になる。それを了承と受け取ったのかエドヴァルドは話を再開させる。


「五日後、来週の月曜にエヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンが帝国フェーゲフォイヤーに協定交渉に行くらしいという情報が、騎士団内部に潜入している潜入捜査官達から送られた」

『…………!』


 ほぼ全員がその話に眉を(ニヒト除く)引き締める。

 エヴァンの不在――――それはつまりヴァルハラの懐へ直通の道が空いたも同然。

 被害を与えるならばこれ以上のチャンスはなかった。


「つまり五日後、強襲作戦を実行するということですか?」

「あっているが……厳密には違う」

「どういうことだ」

「それは後々話す。だがこれ以上ないほどのチャンスだ。逃すわけにはいかない」

「……それが罠だとは考えないのか」

「実を言えば、ヴァルハラはフェーゲフォイヤーに対し過去に何度も協定交渉をしている。その度にエヴァンは何度も国外へと派遣されたらしい」


 その回数は伏せておくが、その情報により情報の真偽は大体判断できる。

 しかしここで一つ問題があった。


「しかし一つ問題が生じてな」

「何です?」


 エドヴァルドはレナードの顔を不機嫌そうな顔で見つめる。

 やがて呆れたような声でこう言った。


「俺たちの存在が、相手方にバレたらしい」


 言葉が終わった瞬間にレナードの首元にヴォルガーとペンデュラムとニヒトの二振りの小太刀が添えられる。だがそれは寸前でエドヴァルドに止められていた。

 当の本人であるレナードはむかつくほどのニコニコ顔で皆を見ている。


「なぜ止めるエド……!! こいつは私たちを危険にさらした!」

「同感だ。危険因子は生かしておけない」

「そこまでにしておけよ二人ともっ……! まずは訳を聞くのが先だ!」

「さすがリーダー。脳筋の二人とは違いますね」


 悪びれも感じないその態度にエドヴァルドは若干キレそうになるがリーダーの威厳もある。あと一歩で感情を止め――――レナードの首を撥ね飛ばそうとした二人を裏拳で吹き飛ばした。

 それでも二人は器用にも華麗に着地し、レナードに憎悪の視線を向ける。


「さて、言い分を聞かせてもらおう」

「ハッハッハ、別に僕は自分から情報を漏らすような馬鹿な真似はしません。そうですね、この前の飛行船特攻作戦、覚えてます?」

「貴様が見事失敗したあの作戦か?」

「ええそうです。結局最後の最後でエヴァンに邪魔されましたあの作戦ですよ。実を言うと、生存者というか……私の死霊術に耐えた猛者が紛れていたというか」

「はぐらかすな。はっきりと言え!」

「ああ。じゃあ言います。真祖と張り合える人間・・運悪く・・・乗っていました。ついでに協力者の術が途中で消失してしまい、生存者を大量に残してしまいました。それだけです」


 再びの静寂。誰も何もしゃべらない。

 それも仕方ないのかもしれない。

 真祖――――つまり吸血鬼とは生まれながらに人間とスペックが大違いなのだ。生まれたばかりの人間の赤ん坊はHPMP以外のステータスが全て1.00以下に固定されるが、吸血鬼は違う。先天的に高水準ステータス、全て40.00以上に設定される。当然成長速度も、その幅も、人間とは大違いなのだ。

 それを踏まえて正面からつぶし合える人間はそう多くない。少なくともSSランカーの探索者でもない限り余裕あっての討伐は不可能だろう。その吸血鬼討伐許可が下りるのもAランク以上からだ。

 吸血鬼化したとはいえレナードが仕留めきれなかったのも無理はないだろう。


「予想外の波乱でしたよ。私もさすがに、同じ船にそんな人間がいるなんて考えもしませんでした」

「……なるほどな。一理ある。ああ、お前には手に負えない奴だったってのはわかった。つまり、そこから情報が漏れたということか?」

「ええ。ああ因みに、こちらに紛れているネズミからも漏洩した可能性が」

「……とんだ失態を犯してくれたなレナード。エド、何らかの処分はするのか」

「当然だ。失敗者には罰を――――それが決まりだ。レナード、判っているだろう」

「はい、当然です。それで、具体的にはどのような?」


 どんなことがあっても大丈夫。などという甘い考えを持つような子供の顔になるレナード。

 それを見てエドヴァルドはついに頭を抱える。どうやったらこいつを制御できるのか。


「一か月の懲戒処分。つまり停職、行動禁止。今後一か月どんな作戦があってもお前は参加するな」

「え~? いいんですか私が抜けて。というかそんな軽い罰でいいんですかぁ~? 頭を潰してもらってもこちらとしては一向にかまいませんが」

「これだから吸血鬼は……お前一人いなくてもなんとかなるだろう。そうだろう、ヘルムート」


 全員の視線が一点に集まる。

 そこには、目を閉じ、腕を組み、呼吸もせず、ただじっとしている赤髪の大男がいた。

 彼こそがこの組織最強の男――――№1、ヘルムート・ケッツァ=アインゲーブング。二つの赤き戦斧を扱う、『帝国残滓エンパイアリービング』一の戦士。

 その戦士が、薄く目を開く。


「…………俺には関係ない」

「こいつの分まで働いてくれるかって聞いているんだよ」

「なら、問題ない。命令すれば、必ず遂行しよう。……レナード、先の話は本当か」

「真祖と戦った人間ですか? ええ、無論です。この目で直と。生きているかは知りませんが、いや、生きているでしょうね」

「……そうか」


 ヘルムートはゆっくりとした動作で椅子から立ち上がる。

 そして小さく凶悪な笑顔を作る。


「エヴァンが居ない時を狙う、などというふざけた言葉が出た時はどうするかと悩んだが。貴様の言葉で気が変わった――――その真祖潰し、俺に任せてもらおうか」

「遠慮なく、どうぞ」

「最初からそのつもりだ。お前以外に相手にできるような奴は手一杯だからな」

「久しぶりに腕が鳴る。…………ククッ」



――――――



「……なるほどな」


 きっかり二時間、全ての本を読み終えた俺は本を閉じてそう呟いた。

 場所は探索者ギルド本部目前。多くの者が武器などを身に着けたもので、そんな奴らが何十人も道を通っている。日本なら即刻銃刀法違反で逮捕だがこの世界なら合法。なんだか納得いかない。

 それはともかく、結構興味深いことがわかった。


「基本的な魔法には単純な方陣しかないが……カバラ数秘術と幾何学模様を組み合わせた魔方陣――――さらに錬金術とウィッチクラフトから占星術、タロット、西洋儀式魔術、エノク語、降霊魔術、類感呪術に感染呪術、死霊術、グノーシス主義の二元論、儀式魔術にペイガン魔術まで……何なんだよこれ。これが市販してるだと? 頭可笑しいのか」


 一部暗号で隠しているが、殆どの本にそれらが、現代で語り継がれている魔術系統が含まれていた。

 俺自身オカルトにそんなに興味はないが、一時期本当にそれで俺の体質をどうにかしようと思っていた時期があり、一般人よりはまあまあ詳しいほうだ。

 しかし今はそんなこと問題ではない。

 なぜ、俺の世界にある物がここにある?

 色々感じたがまずはそれだ。そこから解決しなければ話は始まらない。

 俺が読んだ本の一つ『呪術基本書』に――――北欧のルーン魔術の一つ『ガンド』があった。

 ガンドとはルーン魔術における呪いの一つであり、杖や狼という意味がある。幽体離脱をして自由に飛翔できるという記述もあるが、主なものは人差し指を向けて相手を体調不良にさせる呪術である。さらに強力なものを「フィンの一撃」と呼び、直接攻撃ができるらしいが、当然真偽は不確かだ。現実で魔法など使えるわけがないので証明しようがない。だがこの世界は違う。

 試しに適当な奴に人差し指を目立たないように向けてみる。


「でさ、今日の依頼が――――うっ」

「? どうした」

「は、吐きそう……今朝食ったもんが当たったのか……?」

「吐くならあっちでやれ! ほら、連れてってやるから」


 と、指を向けた男は吐き気がこみ上げてきたようだった。

 直接攻撃の方は……ここではやらないほうが身のためだろう。

 まぁとにかく、なぜか俺のいた世界の魔術がここにあった。それがなぜなのかはわからない。

 出発した地点が違っても、辿り着く場所は一緒ってやつか?


「……知っている魔術があったから、習得自体は簡単そうだが……ますます謎が増えてきたな」


 平行世界――――いや無い。絶対に無い。

 平行世界というのは基本的に別の分岐点にある世界である。

 魔法もなにも存在しない世界の隣が魔法のある世界だなんて馬鹿げているにもほどがある。

 やはり起点が全く別の、魔法の存在した異世界と言うしか他あるまい。

 手に顎を当てて考え込むと大量の本を脇に挟んだまま突っ立っている、よく考えたらかなりシュールな光景だと今気づいた。いつの間にか周りの者の視線がちらちらと俺に向けられている。

 出来るだけ気にしないように周囲を無視して本部へと入る。

 そこにはいつも通りの活気が存在していた。

 すぐに酒場に直行して、軽く食べられるサンドイッチと水を注文。先ほどから食物どころか水の一杯さえ口にしていない。胃が悲鳴を上げて踊っている。これをどうにかしないと試験に集中できそうもない。

 出されたサンドイッチと水を一分足らずで食べ終える。代金をカウンターに叩きつけ、買った本を近くにあったテーブルに置いて椅子に座る。

 それらの動作は、自分から見てもどこか焦っているように感じられた。


「お。遅かったじゃないか」


 そんな時に見たような顔が出てくる。


「ヴィルヘルムか。お前探索者じゃないのにどうして頻繁に本部に出入りしているんだよ」

「出会って最初がそれか普通……武器発注用の素材収集依頼を出しているんだよ。僕も好きでここにいるわけじゃない」

「ふ~ん。つまり居なくてもいいなら早々に立ち去っているってことか」

「武器商人は恨みを買いやすいからな。お前がいない時にも二、三回は絡まれたよ」

「そりゃご苦労」


 どうやらピンピンしているように見えて実は結構苦労しているらしい。心底ざまあと言っていいのだろうか。そんなどうでもいい話はさておいて、周囲を見回しファールたちを探してみる。

 しかし、見当たらない。依頼か何かで出かけているのだろうか。


「入団試験なら受付に聞け」

「そうなのか? わざわざ教えてくれるんだな」

「困った時はなんとやらだ。さっさと行け、後五分で締切だぞ」


 お言葉に甘えて、後ろに手を振りながら受付嬢の方へと向かう。

 俺に気付いた受付嬢は直に立ち上がり、「こちらです」と短く言って隣の扉を開けて手招きしてくる。

 そこは下に行く、地下への階段だった。なんとも不穏な空気が漂うが、今更退くわけにもいくまい。

 一歩ずつ、階段を降りて行った。




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