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第二十五話・『帰りたい気持ち』

少し遅れました。最終確認に少し手間取ってしまいまして(誤字だらけで)、すいません。

「まぁ、というわけで俺らは無事ジャイアントなんたらに襲われたところをA級探索者に助けられて」

「…………」

「無事、彼等から生き残るための術やこの世界の常識を教わりながら、ここヴァルハラまでたどり着いたというわけだ」

「くっ…………!」

「どうした?」


 余りにも、余りにも俺とは違いすぎる。

 ここに来たばかりなのにすぐさま狼に襲われ、助けを求めるも断られ、挙句の果てには誰にも教わらず(リーシャが居たがあちらも世間知らずのようなもの)どうにかやり繰りしていた自分が愚かに思えた。

 なにこの天運の差。何なの俺の不幸。ざけんなクソが。いや、リーシャという者に会えただけまだいいかもしれないが、おかげで変人の友人が増えてしまったことに関しては不幸と言えるのだろうか。

 歩いて話している内に、もう二人が使っているという宿屋に着いた。立てかけている看板によると名前は『ウッド・ホーン』。中の騒ぎからどうやら酒場兼宿屋のようである。


「ここが、俺らの使っている宿屋だ。酒場で荒っぽい奴が集まるけど、ま、気にするな。いざとなったら俺たちがお前を……そういえば、お前レベルは?」

「え? あ~……45」

「は?」

「45だよ」


 まるで「何言ってんだお前」みたいな顔で二人は俺を見つめてくる。

 そのわけが数秒後ようやくわかる。


「い、一応ちゃんと理由はあるぞ? すごい番狂わせしたんだよ。その証拠が――――これだ」


 今まで露骨にも視界から遠ざけていた両腕を見せつける。袖をまくり、その中を隅々まで。

 綾戸は奇異なものを見る眼差しになるが、紗雪は前から気づいていたといったかのように無反応だ。言うまでもなく『目』で見ていたのだろう。


「おかげで、左腕欠損と右上半身大火傷だ畜生。危険な綱渡りだったが、一度落ちて戻ってきた結果がこれだよ」

「……それ、大丈夫、なのか?」

「この世界の義手義足技術はどうもかなり発達しているようだ。前と変わらずに動かせるし、火傷ももう痕が残っただけで完治したよ。魔法っていうのはつくづく予測を狂わせてくれる。数か月無いと治らない傷さえ一週間で治して、更には現代技術でも困難な技術を力づくで可能にするんだからな」

「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

「気にするな。どうせいつかは知られることなんだ。それに外見が変わってもお前らはそんなに気に掛けないだろ?」


 こいつらは外見がわかったところで「それがどうした」と平然と返すような奴らだ。それに、数少ない同胞を見捨てるほど無情ではない。ここで俺を切り捨てると起こるデメリットも知っている。

 単に情によるものなのかもしれないが、どうせいつかは見慣れる。

 それまではゆっくり付き合っていけばいい。それに火傷の跡程度、ヴァルハラほどの巨大国家の医療技術ならばカモフラージュ可能だろう。そう信じたい。


「それより、腹が減った。ここ酒場なんだろ? 何か食いたいんだが、おすすめは?」

「おお、そういえばお前働かされて何も食ってないんだったっけな。そうだな、コカトリスのモモ肉ステーキとか、泥水牛のケバブ」

「あと、熟成チーズのサラダや天然炎牛のバター使用ボークソテー。地中蛇のスープは珍味ね」

「ちなみに一番美味いのは伝統風味の牛の角煮入りボルシチで――――」

「あなたさっきから肉料理しか言ってないわよね」

「いいだろ肉! 美味いんだから!」

「栄養バランスが偏るわよ……あなたは先に寝てなさい。メニューは私が選んであげるから」

「チェッ、ケチ」


 最後に門具を垂れながら綾戸は酒場の入り口、の隣の階段を昇って行ってしまう。よく見たら階段の上は部屋があり、そこが宿泊スペースになっているようだった。余ったスペースを有効活用したのか。

 二人になった俺たちは酒場への扉を開く。

 中にはほとんどがムッサイおっさんだった。中には山賊らしきものや盗賊らしきもの。果てには傭兵が。まるでここはならず者たちの巣窟であり、店に入った途端全員が視線をこちらに向けてくる。デジャブ。

 しかし俺から紗雪へと視線を変えるとすぐにそっぽ向いてしまった。どこか怯えている様子で、誰もが一言もしゃべらなくなる。


「お前一体何したんだ」

「ナンパしてきた奴らを病院送りにして、それでも懲りずにやってきたから玉潰してもう一回病院に送っただけよ」

「…………自重しないなお前」

「あっちが突っかかって来たからよ。さ、ついて来て」


 容赦なく去勢する紗雪の姿が目に見える。これでも生徒会長なのだ。たとえこいつがどんなに暴力的というかえげつないやり方をしようとも生徒会長なのだよ。

 こんなやり方をするようになったのもある理由があってこそだが、今語る必要はないだろう。

 バーのカウンターに腰かける紗雪の隣に座る。するとマスターと思わしき五十代後半の男性が軽く「いらっしゃい」という声と一緒にメニュー博を差し出した。

 それを受け取り、適当に見ていく。


「ああ、ブラン。今日の稼ぎはどうだったかい?」

「まあまあね。相変わらず同業者は碌でもない奴ばかり……でも、今日は意外な人に会えたわ」

「その隣のお客さんかな?」

「ど、どうも……」

「友人と偶然再会してね。運がいいのか悪いのか……よくわからないこの頃よ」

「そうかい。それで注文は」


 急かされてとりあえずといったものを注文する。


「紫鶏のトマトソース煮込みと、擦りチーズ振りかけサラダ。あとは……エールを」

「承知したよ。では少々お時間を」


 そういってマスターは厨房へと引っ込む。

 その間俺は氷と水の入ったグラスを揺らしている紗雪を眺める。

 とても綺麗だ。素直にそう思う。

 それだけだ。


「……ねぇ、結城」


 急に音を鳴らしている指を止め、紗雪が視線を変えずに俺にこう問う。


「――――なんで貴方、ここに来てしまったの?」

「……それが判れば、苦労しないって」


 俺はある特異体質、隠さずに言えば超の付く不幸体質である。

 それを嫌だと思ったことは何度もあった。だがまさか異世界トリップこんなことまで想定できたわけでは無かった。思ったことが、望んだこととは全く逆の結果に辿り着くほどの不幸。有を望むと無が返ってくる最凶最悪の超常体質。

 それは世界まで歪ませるというのか。

 オカルトじみた話だが、もう信じるしかない。

 これに対してはある程度対策は存在しているが、どれも使えない物ばかりだ。

 もしかしたら俺が『帰りたくない』と思えば帰れるかもしれない。

 だがそれは何年後、何十年後の話だ?

 確定要素――――そもそも帰れる保証などどこにもない。一方通行の可能性さえすらある。

 幾ら俺の不幸体質でも、ゼロパーセントを百パーセントに変えることはそれこそ不可能だ。

 例えてみよう。石を投げたら何もないところで跳ね返って来た。それがあり得るだろうか。いやありえない。不可能を可能とする力など存在しない。してはいけない。それは世界の法則に真っ向から喧嘩を売るようなものだ。

 逆に言えば――――可能性が限りなくゼロに近くてもゼロではないならそれをもぎ取れる、という意味合いにもとれるが。

 不可能でないなら、どんなに確率が低かろうが俺の不幸は俺にとって都合の悪い結果を引き寄せてくれる。

 ただし、過程は免除され引き寄せてくれるのは結果・・のみだが。

 つまり一から十に辿り着きたいと思えば、その間、二から九は適応されない。不思議なことに、最後の最後に不幸な結果が訪れる。

 必ず、俺にとって都合の悪い結果が。


「正直言って、この世界は悪くない。ずっとここに住んでもいいと思える」

「結城……それは」

「ああわかっている。ただの逃げだし、俺一人がそんなことを考えてもしょうがない。それに――――妹を残してきているんだ。たとえ四肢がもがれようと……俺は帰る。不幸だろうが何だろうが、上から捻じ伏せてな……!!」


 歯ぎしりしながら自分を憎む。

 なぜ俺はこう生まれてきてしまったのだ、と。


「お待たせお客さん。これで全部かね」

「ありがとう。ご馳走になるよ」


 出てきたマスターから料理を受け取り、料理達が放つ香りで空っぽの胃が悲鳴を上げる。

 見た目はさすがに高級レストランには劣るが臭いと質感は間違いなく一級品だ。見るからに美味そうである。匂いからして調味料が少々強めのようだが疲労している体にはちょうどいい。

 小さく「いただきます」とつぶやき、スプーンで煮込みをすくい、口に含む。トマトの酸味が程よい味わいを出し、少々強めの塩加減が中々合っている。チーズを多めに振りかけたサラダをかじり、最後にエールを一気に飲んだ。

 疲れが少し和らいだような気がする。

 思えばこの二週間。碌な目に合っていない。いや食事もまともなものさえ数えるぐらいしか取れていない。

 ドッと襲ってくる安心感に体の緊張が解ける。

 本当に、色々あった。


「やっぱりこっちでも苦労したの?」

「ああ、二回死に掛けたよ……ははっ。ははははかかかかかっ……! ……『塔』のことはもう知ってるだろ」

「ええ。一回だけ入ったことがあるけど、中々に手古摺ったわ」

「『焔火の塔』ってのは?」

「知ってるに決まってるわ。探索者の中ではかなりの噂よ。中でも身元不明、本名不明、履歴不明の謎の人物が単独で守護者ガーディアンを倒したっていうのは情報網のない私たちの耳にも入ったわね」

「それ、俺だよ」

「………………は?」


 あっさりと謎を言ってしまった俺を紗雪は変なものを見るような目になりながら顎に手を当てる。

 可能性としては妥当だ。

 ここまで短時間でレベルが四十台になるなど、それこそ番狂わせぐらいしか存在しない。


「確かに理屈としては妥当だわ。でも、一体どうやって。軍隊でも負けたのよ?」

「守護者は全員が全員なのかは知らないが、多対一に特化した能力を持っているようだ。そして何より軍隊というのは数と指揮、そして陣形あって真の強さを発揮する。そこで問題だ。指揮系統と最前線が同時に潰されたらどうする?」

「……指揮系統が破壊されたとなると一気に前線崩壊。その上最前線壊滅……あとは自壊ね」

「そう。あいつらに勝つためには、単独で軍隊とせめぎ合える奴じゃないとダメなんだよ。それこそ、まぁ、Sランカーなら何とかなりそうだな」


 俺の予測なら、Sランカー程度なら弱点を突きながら腕や足の一二本犠牲にすればギリギリ勝てるだろう。そう、決して倒せない存在ではない。

 そこが疑問なのだ。


「……なんで倒せるのに倒せないんだ? っていう顔してるわよ」

「ハッ、よくわかったな。それで、意見を聞かせてもらおうか」


 政治などに関しては今のところ紗雪の右に出るん者は知り合いにいない。

 なんせこいつ、弁護士などの公務員を目指していたのだから。そっち系なら俺よりは精通している。


「まず、『現身』の力は当然知ってるわね」

「倒すまで知らなかったがな」

「当然よ。専門の資料でもないと書いてないわよそんなこと。……実は依頼人の書斎に忍び込んであさった資料に目を通しただけだけど。話を戻すわね。『塔』が現れたのは約百年前。そして武力介入が途絶えたのがほんの五十年前。『塔』が空から落ちてきたっていう事実だけど、目撃証言があったからこれは間違いないわね。そして落ちてきた塔は合計八つ。『大地だいちの塔』『清水しみずの塔』『焔火ほむらびの塔』『轟嵐ごうらんの塔』『極光きょっこうの塔』『淵闇しんあんの塔』『蝕月しょくげつの塔』『浸陽しんようの塔』。すべてが魔法の属性に属していて、特に決まった間隔で落ちているわけじゃないようね」


 来てからたった一週間でここまでの情報収集。さすがというべきか。


「そして頂上に位置するボスモンスター、総じてそれを守護者ガーディアンと呼ぶ。守護者たちはそれぞれ『現身』という力を持っており、全て魔法の域を超えた魔法――――仮の名として神法と呼ばれるものと判明。少ない魔力(MP)で想像を絶する魔法を使うことや細かい調整が術式改変無しでもできることからそう呼ばれる。……私としては、これが皆が何もしない原因だと思うわ」

「理由は?」

「強力過ぎる力は時に危険視される。特に周りからはね。考えてみなさい。A国が強力な兵器、つまり現身を手に入れたとする。その周りにはB国C国が居て、強力な力を持ってしまったA国を警戒する。そしていつしか「いつ攻めてくるかわからない」と被害妄想でも初めて、あとはご想像通り、戦争勃発。しまいにはその周りのD国E国も巻き込んで大戦争。火種は散ってその周りの国も、その周りも、最悪巻き込まれるでしょうね」

「ずいぶんと拡大してるな。何か確定要素でもあるのか?」

「ないわよそんな物。でもそれほど大事なのよ、軍事上のパワーバランスっていうのは。このヴァルハラもエヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンという他国への抑止力あるからこそここまで大きくなれたの。帝国『フェーゲフォイヤー』も同じ。スカーレット・オルカ・エヘクシオンという存在あるからこそ。でもちゃんとバランスが取れている。大きい国には大きい抑止力が無ければならない。そうでなければ今頃この国は他国、特に多種族支配国からリンチよ。均衡一番、って所かしら」

「……ああ、賞賛しか言えないな。さすが紗雪、完璧だよ」


 ああ、さすが柊紗雪。落ちたとはいえ大企業の社長と外国にも名を轟かせた弁護士の娘ではないということか。情報収集力とそれを組み立てる想像力、何よりもそれを確固たるものとして他人に伝えられる自信。性格以外は完璧すぎる八方美人である。


「しかしそこに俺の意見も織り交ぜてもらおう」

「何?」

「例えば、そうだな。お前、守護者ガーディアンという存在が、最初から存在していた……なんて考えてるよな」

「それは、居るに決まっているでしょ。じゃなければ存在する意味なんて……」

「だから例えばだよ。もし、守護者ガーディアンが『元』普通の生物だったとしたら?」

「…………」

「俺の推測はこうだ。まず最初、塔は降って来た。でも他の国々はそれをすぐに調べようとしなかった。そりゃ放り投げられた地雷に手を出すようなアホはいないだろうさ。で、八つの塔にそれぞれ一人ずつ、何らかの種族が呼ばれた。そこには最初モンスターなんていなかった。次々と進んでいく八人達。そして頂上へ出る。そこにあったのは――――宝玉」

「……確か、塔の頂上にあるって言われてる物でしたっけ」

「ああ。だが今は、無い」

「え!?」

「話の続きを聞け。それで、頂上に着いた八人は、それぞれ塔の頂上に位置する宝玉を『食った』」

「な、何言ってるの、結城?」

「まあ……自分でも可笑しなこと言ってるのはわかってるよ。でも最後まで聞いてくれ、参考程度に。その八人の中には、付き添い人を連れていた奴もいただろうさ。で、宝玉を食べて、守護者ガーディアンと化した者を見てこう思った。「あの宝玉は力を与えてくれる物だ」とな。そして付き添い人は帰還したときそれを人々に伝えた。それが百年間、伝言ゲームのように変化して、八つ集めたら願いがかなえられるという根も葉もないホラになったのさ。……『願いが叶えられる力』が手に入るのは間違いないが。それで、国家はそれを知っていて、何とか被害を押えて『話し合い』に持ち込もうとしている。だから無理に戦おうとしていないんだ。守護者ガーディアン相手じゃ被害は確実に大きくなるし、知的生命体なら何とかコミュニケーションは取れるからな」


 自分でも訳も分からず吐き出していた。

 何をやっているんだ俺は、今すぐ口を止めろ。


「俺さ、こう思ってるんだ。――――守護者あいつらも俺たちと同じく、他人に、自分以外の何かに、人生を、全てを、狂わされたんじゃないかって」

「……同情なの、それ?」

「そうかもな。ははっ……もしさ、神ってやつがいるなら、何考えてるんだろうな。神は人間を作った。人間は神を崇めた。……で、神はどうした? 自分で作った玩具ものに手を出さず、ただ眺めていただけだ。玩具にんげん同士が殺し合っても争い合っても、不幸な目にあっても……手を出さず、終いには死んでなお何もやらない。見捨てたんだよ、失敗作・・・と決めつけてな……! 自分で間違えた上に気に入らないから放置。ハッ、クソみたいな神だ。もし触れられるなら泣き喚くのをやめるまで後ろで蹴りをぶち込んでいただろうな」

「神ね。神……まるで、バランス調整を失敗して、更に完成しても気に入らないから捨てた製作者ね。悪趣味にもほどがあるわ……判るわよ、その気持ちは」

「更に俺みたいなバグまで生み出しやがった。何なんだ世界ってのは、異端おれを生み出しても何もしない無能か? それとも俺の苦しむ様見て楽しんでんのかよ……ほんとに、ふざけんなよ…………ざけんなッッ……!!」


 無意識に殺気を振りまき、握った拳からは血がにじみ出る。

 一体この感情をどこにぶつければいいというのか。神か? ぶつけれるならば数年前に八つ裂きにしている。世界というシステムはどうにも『絶対悪』という存在を生みたくないらしい。理不尽にあれこれ全て人のせいにしてぶつけるのも至難の業だ。

 だって、誰も悪くないのだから。

 悪くない者を、咎めることは誰にもできないから。


「くそ、酔ってきたかな。はははは、ハッハッハッハッハ!! どうして俺は生まれたんだよ。本当にあのド腐れの親の言うとおりだった! 俺は、生まれてくるべきじゃ――――」

「結城」

「ッ――――?」


 何の前触れもなく顔を動かされ、紗雪と正面から向き合うような形になる。

 そんな不可解な行動により俺の愚痴は止まる。

 そうだ、俺は一体、何を言って。

 どうやら本格的に酔ってきたらしい。


「全く、世話掛けさせないで。もう料理も食べ終えてるし、今日はもう寝ましょう。疲れているんでしょ」

「え? あ、えっと」


 視線を横に向けると食べ終わった食器が並んでいた。無意識に食物を意に送り込んでいたらしい。本来ならば楽しむはずの食事が最悪の形で終わってしまったことに顔を渋めた。

 空の食器を片づけに来たマスターに紗雪が語り掛ける。


「マスター。宿の部屋だけど、空いてる?」

「いや、今日は満杯だ。最近観光客が多いからね。どうやら公共宿でも対応しきれていないようで、こんな裏の方にまで来る客が続出しているようだ」

「そうか。じゃあ俺はどこか他の場所で泊ま――――」

「じゃあ今日は私の部屋で泊まりましょう」

「――――り、ぇ?」


 その一言で腰を浮かせたまま凍結する。

 え? は? え、なに? 何だって?


「ほほ~、ずいぶんと激しいアプローチだね~」

「違いますから。次言ったら下のご自慢の息子、二度と元通りにできなくしますよ?」

「……肝に銘じておこう」


 冷や汗をかいたマスターは素早く足を動かして厨房へと言ってしまった。さりげなくこいつ滅茶苦茶やばいこと言ったよな。いやそんなことより。


「ち、ちょっと待て。え? 同室? 同棲? ウソだろ」

「仕方ないでしょう。もう遅いし、どうせ来たばかりで地形も把握していない。迷子になることは目に見えているわ」

「いやでも、さすがに……」

「いいわよ別に。あなたが裸の女性を見ても不埒なことはしないヘタレ・オブ・ヘタレなのはわかっているし」


 かなり、いやすごく失礼なことを言われた。

 確かにまだこの国の地形は把握していない。地図があると言えど何時間かければ泊まれる宿を見つけられるかもわかったものではない。

 ここでは確かに紗雪と一泊した方がいいと俺の頭は判断した。


「わかった。じゃあ床で」

「ここの宿、なぜかダブルベッドなのよね。私ひとりじゃ狭いから、一緒に寝ましょう」

「……お前わざとやってない?」

「何の話かしら?」


 白々しく笑うと、紗雪は代金をカウンターに置いて出ていく。俺が払ってもよかったのだが、気付いた時にはもう紗雪は外へ出ていた。紗雪が視線を一瞬こちらから外した瞬間を狙い、俺の財布から代わりの代金を出し紗雪の物とすり替える。

 そして外に出て、気付かれないように紗雪のポケットに入れた。

 親友に奢ってもらうという行動は、かなり気に障る。考えてもみろ、親しい人間に気を使わせるなど耐えられるか。

 それからは互いに何も喋らず動いた。階段を上り、鍵で部屋の錠前を開けて中に入る。

 安宿なのか、特に目立ったものは置いていなかった。かなりに壁際に設置されたベッドがダブルベッドということだけが特徴だろうか。薄暗く狭い室内で簡素な家具とダブルベッド。――――まさか、ここ、いやまさか。


「さぁ、さっさと寝るわよ」

「……そうだな。俺も、疲れた」


 着ていた服を脱いで上半身裸になる。脱いだ上着はそこらへんに投げ捨てて、早速ベットに寝転がった。少し硬めだが、これぐらいなら十分寝られるだろう。下に着ているジーンズは、紗雪もいることだし、脱がないほうが自分のためであるだろう。

 壁のある奥の方に引っ込み、布団に包まる。薄くて少々心もとないが、どうせ今の季節は春か夏だ。風邪を引くということはたぶんない。一息つきながら、目をゆっくり閉じていく。

 すると後ろから布擦れの音がする。

 紗雪が服を脱いでいる音だ。それ以外に何があるだろうか。

 音から察するに一回服を脱いで、また着ている。寝間着に着替えているのだろうか。

 しばらくして紗雪が布団にもぐりこんでくる。

 もう後は互いに眠りにつくだけだろう。そう思った矢先に――――紗雪が俺の体に抱き付いてきた。


(!?)


 声は出さない。まずはどういう意図で彼女が俺に抱き付いてきたということを知らねばならない。

 耳を澄ませると、紗雪が何かを呟いているのがわかる。


「……ねぇ、結城。あなた、強いくせに弱いのね」

「…………」

「もう寝てるだろうし、聞いてないだろうけど……あなたは強いわよ。だって、私を救ってくれたもの。弱いわけない。ただ少し、他人より臆病なだけよ」


 強いけど、臆病。

 否、本当に強いものというのは臆病なものだ。自分より強いものを見極め、どうやって戦いを避けて生き残るか。生還目的で動く強者ならば必ずしもではないが、自然と鍛えられ、強くなる。

 俺の場合は死に対して臆病なわけではないが、それでも臆病というのは変わらない。


「ふふっ……柄じゃないけど、結構あなたの事好きよ? 友達としてだけど。……何でも一人で抱え込んで、勝手に落ちて……無茶し過ぎよ」

(……紗雪、心配してくれているんだな)

「偶には、私たちを頼りなさい。そんなになるまで、一人で戦わないでよ……」


 彼女の声は、今まで聞いたことのないくらいに、優しくそして悲しみに満ちていた。

 数秒たたずに、鳴き声の混じった声が聞こえてくる。


「……帰りたい」

「――――――」

「ねぇ、帰りたいよ。あっちにはいっぱい大事なもの、残してきちゃったのよ。同じ部活の後輩たちや、仲のいい友達も、親しくしてくれている教師も、近所の仲のいい子供も、その親も…………入院しているお母さんも…………」

「………………」

「どうしたら、帰れるんだろう」

「……」

「っ、…………何で、私たちは、こんなところに…………う、ぅぅ、……ぁっ、ひ……ぐっ」


 静かに、ただ残る静寂の中、彼女は広い海で一人歌い続ける人魚のように小さな鳴き声を紡ぎだす。

 その声は、自分の弱さをさらけ出した必死の叫びだ。

 それを聞いてしまった俺は、ただただ悲しみに包まれる。


(……ああ、帰るさ。全員で、絶対生き残って。……誰を犠牲にしようとも、絶対に帰る。俺が無理でも、お前らだけは、絶対に……!!)


 自分に絶対不変の呪いを刻み付ける。

 これだけは、たとえ自分の命を投げ出しても成し遂げなければならない。

 俺とは違って、こいつらは死んだら悲しむやつが大勢いる。

 だから俺は――――お前らを、救って見せる。

 不幸なんて不確かな物、覆してやる。



――――――



「それで、スカウト断られた挙句のうのうと王の言いなりになって、それ以外は何もせずに帰ってきたと? そう仰っているんですか?」

「……そう、だが」

「ええ。本当に清々しいほどの馬鹿ですね。ロートスの方がまだ……あ、いえ、あの風来坊のクソガキよりは団長の方がマシでございましたね」

「…………俺、一応総団長なんだけど」

「ええ、それが何か関係でも? 確かに私は副団長でも部隊長でもなく、ただの秘書ですが。しかしそれだけであなたに注意をしてはいけないという理由にはなりえません」

「いやだから俺ってお前の上司――――」

「上司だからと言って罵倒を浴びせてはいけないと、誰が決めました? 他人の決めたルールに従うなど阿呆にもほどがあります。はぁ、いつもながらに団長は戦闘と指揮以外は脳がないくせに事件には勝手に首突っ込むわスカウトは失敗するわ王に反論の一つでも返さんわ……正直そのミドリムシ以下のプライド、どうにかなりえませんかね。ああ、もう手遅れなのはご存知ですがそれでも対策ぐらいは練っておかねばと。ついでに、いつもいつも始末書書いて途中で飽きたなどと言って職務権限で勝手に本部の外へ出た挙句子供たちと近所の住民たちに胴上げされている様は実にバカらしかったです。目の保養になりました。ああ、始末書あと百二十八枚残っていますから、頑張ってください。ふぅ、団長に励ましの言葉を言っただけで全身の栄養分の八割は消滅してしまった」

「お前罵詈雑言言いすぎだろ!?」


 実のところ半分以上が事実なのだが。

 そんなわけで聖杯騎士団総団長エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンは、長い髪を三つ編みに束ねて前に下げている黄緑髪の女性秘書、セシル・ヴァハフントに好き勝手言われながら筆を走らせている。

 今もなお毒舌をエヴァンに降らせているセシルは何かの資料をパラパラと捲りながら次々と剣幕を作り上げる。


「実の所今月の予算、もう赤字寸前です。このままの調子でいけば後数日後には赤字確定ですね。大半がロートスの糞餓鬼が公共物や建立物ぶっ壊してその修理代。後は入院させた雑魚どもの治療代ですね。あとレヴィさんがエヴァン団長の陰口を言っていた破落戸どもを見つけ三途の川を彷徨わせた件での壊した建物の修理代と破落戸どもの入院費。……その他は、大体トラブルに巻き込まれた市民への慰謝料ですね。輸入予定の装備の調達にはまだ予算の三割使っていないというのにこの様ですか。団員の管理もできないような脳に蛆虫湧いてさらに鈍足な思考にでもなったようですね。まったくもって嘆かわしいです」

「あの二人は問題児だからな……制御しようにも勝手に暴走するんだよ」

「だったら早く追い出すのが解決策……あ、それでも町を荒らし続けられそうですからさらに面倒ですね。もう手錠つけて牢屋にでもぶち込んでおけば……あ、脳筋だから無理ですね。ああ、エヴァン騎士団長の悩みも少しはわかってきました。一億分の一程度ですが。これだから脳筋は」


 もはや反論の機会すら与えてくれない。

 胃がキリキリとねじられるような痛みを味わいながら、エヴァンは一旦羽ペンを置く。


「それで、何か対策は用意しているんだろう? 早く話してくれ」

「話してください。でしょう? 教えられる立場のくせにマナーが……ああ、すいません団長。ついつい本音が」

「もう怒っていいかな……?」

「まさか。対策と言っても特にひねりも無い策ですよ。まず、ロートスみたいな輩のせいで落とした評判を取り戻すために、市民からの雑務を引き受けます」

「それって騎士団をパシリにするってことか? 残念ながらそれはちょっと無理が……」

「あくまで一つの策ですよ。で、最後の策ですが――――調べによると、この国を狙っているテロリストがいることが判明しました」


 それを聞いた瞬間エヴァンの腰が浮く。

 目をしっかりと見開き、まるで身を襲われている獣のような目でセシルを見ている。


「本当か」

「はい。この前の飛行船墜落の件もそのテロリストの仕業であることがわかりました。飛行船での生還者から情報を限界まで絞り取れたのが功を制しましたね」

「……飛行船を落とすだと? 中々ダイナミックなテロ活動だなおい」

「生還者からの情報によると、テロ組織の名前は『帝国残滓エンパイアリービング』。まだ情報が浮いていないとすると、そうとう深い所にいる組織でしょうね。更に武装がほぼ最新式一式を揃えていた報告……推測するにかなり大規模でバックにもかなりの数がいるかと」

「目的は当然、ヴァルハラの侵略、または壊滅か。……帝国残滓。名前からして昔潰した帝国の残党か……? いや、にしては組織が巨大すぎる」

「名称はただのミスリード目的かもしれませんよ? いや、帝国出身はプライドが高いのでその可能性は少ないでしょうけど。下らないプライドで自身の身分をさらすとは、どうやったらここまで馬鹿になれるのか教えてほしいですね。とにかく、このテロ組織を潰して資金を奪えば金銭問題はどうにかなるかと。ああ、ついでに市民からの支持も上がって一石二鳥ですね」


 軽く付帯を押え、空を顎ぎながら浮かせた腰を座らせる。

 その後口を軽く擦り、椅子に背中を預けて体を伸ばす。


「そこまで巨大な組織なら尻尾は隠し切れないはず……今すぐ諜報員を出してくれ。『帝国残滓エンパイアリービング』についての情報をできるだけ獲得するんだ。俺の予測なら、最悪……」

「そういえばエヴァン団長、来週の月曜に帝国『フェーゲフォイヤー』に出張でしたね。また承諾もされない和平協定条約の申し込みですか? 王も飽きませんねぇ」

「仕方ないだろう。王たる者、自身が率いるべき民の犠牲を必ず少なくするべし。『アースガルズ』と、国土面積第二位の国同士が手を組んだらどうなると思う。外大陸以外の国ならまず勝てない。そして傘下に入っていなかった国が入って統一……も、夢ではないと王は言っていた」

「……平和第一に考えている癖に『来るべき戦争のため戦力増強』を唱えているのはどうなんでしょうか」

「これが、最後のアプローチのつもりなんだろ。次は無い……そう言っているんだよ」


 帝国との和平、または同盟。

 それが現王の一つの目標でもあった。

 たださえ最強の一角と恐れられる大国『アースガルズ』の誇るヴァルハラの在中戦力であっても手出しが難しいフェーゲフォイヤーと同盟が組めれば敵はいなくなる。運が良ければ大陸で出回っている麻薬や違法物質などの取り締まりがより一層しやすくなる。それに圧倒的な力の差を見せつけられれば誰でも「潰される前に」と思い、傘下に入るだろう。

 王はそう予測している。

 しかしそこには大きな問題が付きまとう。

 まず住民からの批判。フェーゲフォイヤーは史上最悪の『狂王』が即位している帝国。『アースガルズ』では全面的に禁止されている奴隷制度があり、豚のように金を求める貴族が徘徊し、市民は王に怯え労働以外で朝昼夜姿を現すことは滅多にないという。その上裏社会では違法取引や大量の麻薬が平然と出回っているという噂もついて回るほどの酷さ。人さらいの活動も活発になり、この世のすべての荒くれ者の集まり場――――一時期は『世界の汚点』とも呼ばれたこともある国だ。そんな国と同盟を組むなどと平民たちにとっては最悪極まりないだろう。

 そして『狂王』の性格の酷さ。

 独裁的、自己中心的、唯我独尊、他にもまだまだあるが最後に至っては酷くプライドが高いことだろう。自分に逆らうやつは即刻処刑。服に埃一つ付けただけでも奴隷市場送りという最低最悪の性格。

 十中八九どころか絶対に同盟を受け入れることなどありえない。

 もうこれで同盟の申し入れは三桁は軽く超えている。当然受け入れるわけはなく、すべて断られた。


「いいか、あいつらが襲ってくるなら俺が居なくなったその時だ。しかも俺が帝国に到着した瞬間を狙う。間違いなくな」

「根拠は?」

「俺が居なくなったらここの戦力九割損だろ。俺が欠けただけでぶっちゃけこの国は即座に攻め落とされるよ。当然黙っちゃいないが」

「ずいぶんとご自信があるようで。そうですね、万が一のために諜報員に連絡はしておきます。あと――――各国に散っている十二使徒ロイヤルナイツを集めましょう」

「……本気で言っているのかそれ」

「当然でしょう。この国がつぶれるより、一区画を潰す方が万倍マシですよ。でも、全員を集める必要はないですね。もうこの場に十三人中団長を除いて五人揃ってますし、あと二人来させればよろしいかと。私としては№Ⅵと№Ⅻを希望します。殲滅力なら彼らはずば抜けている」

「却下だ。№Ⅶと№Ⅹだけを集めろ。あと探索者ギルドのギルドマスターに連絡入れておけ。情報もできる範囲で流せ。責任は全部俺が負う」


 溜息をついてエヴァンは立ち上がり、壁に立てかけていたコートを取り部屋の扉を開けて出ていこうとする。その背中はまるで何かを覚悟したような悲壮感があり――――


「おい、始末書残ってんのにどこ行く気だ」

「…………さらばだっ!!」

「待てコラァァァァァァァ! まだ予算管理とか現騎士団内部状況確認とか諜報活動員への行動指針通達とかいろいろ仕事控えてんだろ逃がすかボケェェェェ!!」


 その日騎士団本部内では、凄い速度で走り回る二つの影が出現したそうな。




※誠に申し訳ありませんが、第二章の修整中や一身上の都合におきまして次回更新が大幅に遅れ、事実上二週間ほど休載します。

 次回更新予定・三月二十八日。

 本当に申し訳ありません。

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