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番外編・『最初の出会い』

気分転換に作った番外編です。

結城達のいた世界で、彼らの出会いの一片みたいなものです。

気楽に見てください。

追記・タイトルがやっぱりアレだったので修正しました。

 これは、日本のどこかで起きた話。

 他人に化け物と罵られ、人を殺してもなお生き続けているかわいそうな怪物の話。





 いつも通り、一人で昼食を終えた黒髪の、無造作に伸びに伸ばしつくし、まともに手入れもしていないであろうボサボサ髪の高校生――――椎奈結城は弁当箱を静かに机に仕舞い、立ち上がる。瞬間教室に居た全ての生徒が肩を震わせる。

 それを不思議にも思わず、結城は教室から出ていく。

 ドアをぱしゃりと閉めた直後、後ろから陰口らしきものが聞こえてきた。


「……いっつも殺気みたいなもんばら撒きやがってあのサイコパス」

「おかげで授業の時も息が詰まるったらありゃしないわ」

「この前のテストも俺はあいつのせいで成績ガタ落ちだよ。慰謝料を要求したいぜ」

「どうせお前勉強もろくにしてないんだろ? ていうか慰謝料なんて要求してみろ、何される判らねぇぞ?」

「テストといや、あいつあいっ変わらず五教科満点で学年一位を連覇。化け物という言葉がよく似合うぜ」

「おい、聞かれてるかもしれないぞ」

「大丈夫大丈夫。どうせ怒りもしねぇよ」


 好き勝手言われても結城は動じない。しかしイラつきはさすがに覚える。いつもながらに彼は自分の無駄に張力のいい耳を恨む。

 結城がすれ違うたびに生徒は冷ややかな、そして怯えた目で結城を見つめる。

 中にはボソッと「消えろ」「出ていけ」などという悪口が聞き取れる。しかしそれも結城の一睨みで止めてしまうことから、上っ面だけの言葉だ。気にしてはいけない。

 目の前に教師が現れる。

 彼がいる教室の担当教師だ。


「…………」

「2―Aの椎奈だな。少し用があるから生徒指導室に――――」


 適当に無視し素通りしようとするも、肩を掴まれてそれを阻まれてしまう。

 教師を一瞥すると、たいそう苛立ちを込めていた顔だった。


「貴様、教師を無視するとはどういう了見だ」

「……チッ」

「――――!」


 軽く舌打ちするや否や、教師は拳を振りかざす。

 だがそれはただの威嚇だ。本当に殴ってしまった時点でこの教師は「生徒を殴った教師」となってしまう。殴ったのが結城なら人気急上昇もあり得る、のだが社会論理的には十分アウトである。


「っ……! 態度がなっていないぞ椎奈。年上に対して失礼だ!」

「……何か用ですか」

「生徒指導室に来いと言っているんだ! 聞こえなかったのか!」

「断ります。何で俺がそんなくだらないことに付き合わなければいけないんですか。そんなことをしている暇があったら自分を見つめ直すことに使ったらいいんじゃないですか」

「ッ!!」


 名も知らない教師は振りかざした拳を振り下ろす。

 さすがにここまで馬鹿にされたのは初めてだったからだろうか。それでも生徒を殴るなどということは許されない。しかし気付いた時にはもう遅い。拳は結城とぶつかるまで数センチ残っていない。

 だが――――


「な!?」


 あと数センチのところで結城はその拳はしっかりと受け止めていた。パシンという気持ちいい音が響く中、受け止められた教師の手が捻りあげられる。

 動きが止まる。その隙を見逃さず足払いからの背負い投げ。教師の百八十近くになる巨体を結城はものともせず持ち上げ、床に叩きつけていた。

 背中からもろにぶつかったことで肺の空気が残らず外に出て呼吸がままならない教師の横を素通りし、結城は正面玄関から学校を出ていく。そして裏に回ると、壁に背中を預けて空を仰ぐ。

 丁度飛行機が頭上を通っていく最中だった。ジェットエンジン――――否、それはもう昔の話だ。今の主流はもうイオンプラズマエンジンによる超省電力推進による航空。液体燃料を使い空を飛ぶ時代はもう終わったのである。

 イオンプラズマエンジンとは、掻い摘んで言えばイオンエンジンの進化型である。もともと宇宙での無人機用推進手段に使われていたらしいいが、十数年前とある企業がその有用性を見出し進化させ、普及させた。

 なんとLED電球数十個分が一時間に消耗する電力で日本と中国の行き来が可能になったのだ。おかげで石油などの旧世代資源の株は暴落。サウジアラビアなどの国が一瞬で大混乱に陥ったが、それでも運行手段に使う分がなくなっただけ。石油にも他の使い道があるので、少々貧乏になったがなんとかなっているらしい。

 さらに、それに乗っかってくるように他国他企業から次々と次世代技術が発表され、時代は大きく変わる。まず一番の問題である環境汚染及び破壊問題は、アメリカの開発したテラフォーミング専用ナノマシン、通称『ウィスプ』により環境破壊の酷かった地域に緑を戻した。直後空気汚染が一番ひどいレベルにあった中国がアメリカの技術を利用し空気浄化用ナノマシン『シルフィード』を開発。凄まじい速度で空気汚染か解決。日本もそこに便乗し、水質改善ナノマシン『ウンディーネ』を開発。

 次に温暖化。流石にオゾン層を人為的に修復するのは困難を極めた。そこで代案――――『Earth Dyson sphere』プロジェクトが発令。またまたとある企業が開発した新世代太陽光発電板により、地球を包んでしまおうという歴史的にも類を見ない計画が始動。

 現在それは完成度約四十パーセントほど。十年ほどでここまで進んだのだからさすがというべきだろう。因みに包んだ方法は至って簡単。地球の各地――――各国の首都付近に超巨大軌道エレベーターを建設し、そこからハニカム型にするための正六角形の板を繋げていくという大胆にもほどがある方法である。これ以外方法があるわけでもないが。

 そして今二〇四五年、人類はさまざまな環境問題を改善し、今延命を果たしているわけであるが――――人類が今、改善できていない問題は、何だろうか。

 それはいろいろあるだろう。人権問題、犯罪率の上昇、貧困の差、人種差別。そして何より基本的なものが――――いじめだ。

 多数で少数を迫害する事。それをいじめと言い、これは何年も前から問題視されている問題だ。

 対策はされていようともそれは無くなるはずはなく、今二〇四五年になってもな根絶できないものとなっている。

 結城はそれに微妙に当てはまってはいないものの、妹がされたことがある。それはもう、酷いものだった。結城は多少力を持っているからこそエスカレートはしていないが、それも日に日にひどくなっていくのはわかる。

 人間はいつまでたっても変わらない。

 本質を変えろというのが無理な話か。


「こんな所で何しているんだ、お前?」

「あ?」


 ふと横から声がする。

 来ないと思っていたが、まさか人が来てしまうとは。

 結城は痺れを切らしたように立ち上がり、どこかに立ち去ろうとする。


「おいおい、無視はちょっと傷つくんだが」

「……お前もどうせ……いや、そもそもここに来るなんて随分な物好きだな」

「質問に答えてないっつーの」

「別に? 人気の少ない場所が好きなだけだ。悪いが用が無いならさっさと立ち去ってくれないか」


 冷たく返し、振り向く。

 そこには髪を金髪に染め、明らかに校則違反な髪の長さをしたウルフカットをした男子生徒がいた。

 結城の言えたことではないが、不良の類だと一目でわかる。


「……暴力団か、それとも不良グループか」

「は?」

「よくいるんだよ。俺を潰して知名度を上げようとする輩が」


 それでも白を切るか、と注意深く男子生徒を見る結城。

 警戒しているのを悟られたのか、睨まれた男子生徒はニヤッと口元をゆがめる。

 途端、両手を上げた。


「……何のつもりだ」

「まぁまぁ。俺別にそういうやつじゃないから。こんな成してるけど、不良グループなんかには属していねぇよ」

「証拠はあるのか? ま、無いだろうな。証人も居ない、居ても嘘をつく可能性がある。というわけで俺は警戒は解かない。悪く思うな」

「あっそ。学校の有名人だと聞いて見に来たが、予想以上だったよ」

「チッ……用が無いなら、さっさと消えろ」


 苛立ちを込めてそう言うと、結城はまた壁に背中を預けて今度は目を瞑る。

 結城は、彼は人の少ない環境を望む。それはそうだ。

 彼にとって人間とは――――齧歯類の一種のようなものだからだ。

 誰だってネズミがいない環境を望む。つまりはそういう事だ。


「…………消えろと言ったはずだが」

「握手もできないのか椎奈さん。流石に猿でもできるぞ?」


 完璧に人を小馬鹿にしたような声を浴びせられても眉毛ひとつ揺らさない。

 その様子を見て金髪の生徒は笑う。

 悪意はない。そう判断し結城は手を握り返した。


「俺はつい数日前に転校してきた草薙綾斗くさなぎあやと。また転校するかもしれないけど、取りあえずよろしく」

「……椎奈結城。自己紹介が目的で俺を探し回ったのかお前は」

「まさか。噂によればアンタ――――」

「結城でいい」

「そうか。じゃあ結城、噂によればお前、不良集団潰しをやってるそうだな」

「ああ」


 かなり重大なことを何の尾びれもなく肯定する様は中々に男らしいが、客観的に見ればただの精神異常者だ。結城にとってはアリの巣を一つ二つ潰したような感覚だが。


「それ、俺も混ぜてくれないか?」

「理由は」

「面白そうだから」

「断る。知り合って数分経っていない奴に背中を任せられるか。そもそも俺は正当防衛を貫いているつもりだ。あいつらが襲ってきているから、数倍にして返しただけだ。勘違いしているようだが俺は別に好戦的な奴でも何でもない」

「冗談で言っているのかそれ」


 嘲笑しながら草薙と名乗った男子生徒は結城の隣に腰を落とす。

 それに悪寒を感じ、つい眉毛が数ミリほど動いてしまった。


「ホモかお前」

「ちげぇよ!? なんで隣に座っただけでホモ扱いされるんだよ!?」

「じゃあなんだよ。正直引くぞ」

「引く理由がわからないんだが……まっ、気を取り直してだ。友達になろうぜ椎奈!」

「断る。死ね」

「お前一々ひどくないか!?」



――――――



 結城は今苛々していた。

 理由は言うまでもない。あの草薙綾斗とかと言う生徒が異常なまでに付きまとってくるのだ。

 彼のクラスはC組だ。なのにわざわざA組まで来て、まさに今現在弁当を共に食べている。

 眉毛をぴくぴくさせながら、草薙からの言葉を全て受け流しながら食事を続ける結城は、周りから見れば随分とシュールな光景に見えた。


「なぁ~、不良どもってどうやったら自分から突っ込んでくるんだ? やっぱ麻薬とかやってなきゃダメなのか? ああそういえばお前この前校区外からやってきた奴らを返り討ちにしたっている噂が耳に入ったんだが」

「…………(モグモグ)」

「つか今日で俺の言葉何回無視しているんだよ。出会って初日お前もう一言もしゃべらなくなったよな? ああ、お前携帯持ってる? メアド交換しよーぜ」

「………………!」


 持っていた弁当箱をグシャッ、と握り潰す。まだ食べ終えていない中身が床にボトボトと落ちる。

 この男は、ここまで人を苛つかせるのが好きなのか。


「おお、ようやく反応してくれたか」


 しかも全力の殺気をこの男はさらっと流す。

 クソッ、と毒づき弁当箱を床に叩きつけた。その際床に皹が入り、まだ落ちていなかった中身が周囲に撒かれる。典型的な八つ当たりである。

 周りから小さい悲鳴が漏れる中、こんな声が混じって聞こえる。


「おい、あいつ確かC組の転校生だったよな」

「噂じゃ前の学校で教師の両腕折ったらしいぜ」

「こえー。ていうかそんなやつがなんでこの学校の大型爆弾クルーザーに突っ込んでんだよ。ていうかあいつのあんな顔初めて見たぞ」


 どうやらよからぬ噂が付きまとっている男のようだ。

 それなら手加減は無用かと、結城は拳を握る。

 それを見て何かを察したように、草薙は立ち上がった。


「おーお。怖い怖い。さすがに荒っぽいことは苦手なんだが……」

「……一つ提案をしよう。今日、今、現在、俺に関わるな話しかけるな近づくな。断ってもいいが」

「そうだな、断るわ。お前以外ツマンネー奴らばっかだし。さすがに唯一の面白味が消えたら、暴れるよ? 俺」

「そうか」


 机を蹴りあげる。

 蹴り上げられた机が天井に突き刺さり、その時に発せられた音が戦いのゴングの代わりとなる。

 皹が入るほどの勢いで床を蹴り、完璧なフォームを決めながら右ストレート。しかし受け止められる――――ように見えたが、受け止められても勢いは止まらなかった。


「――――へ?」


 その時本能で悟る。

 ヤバい。

 それだけの理由で草薙は全力で首を傾け、拳をスレスレで回避。

 しかし受け止めた手が大きく弾かれ、傍に会った机に背中からダイブ。ガラガラガッシャーンと他の机を巻き込みながら滑るように叩きつけられる。周りが悲鳴を上げるが、それはもはや二人の耳には入っていなかった。


「容赦はしない。全力で――――潰す」

「けほっ、けほっ……こりゃマジに怒らせたかな」


 結城は手ごろな椅子を掴むと、それを力任せに振るう。

 机の群集がまとめて吹き飛ばされる。その中、草薙は身を限界まで低くすることでそれをしのいだ。

 振りぬかれた姿勢からの第二撃が襲い掛かる。それを近くにあった椅子を掴み、受け切る。

 ガィン!! と甲高い音が響く。


「も、もしかしてマジで殺す気だった?」

「悪いか? もう何人もやっている。今更だ。それに――――殺さない程度になら遠慮なく叩きのめす程度、躊躇しねぇよ」

「噂はマジだったってことか……! あながちイカレ野郎っていう言葉も間違っていないのかもな!」


 椅子同士での鍔迫り合い。異色にもほどがあるその光景はすぐ終わる。

 互いに椅子を弾いて距離を取る。のだが、即座に結城は距離を詰めて椅子を振りかぶった。

 それに応えて草薙は防御姿勢を取る。

 しかしいつまでたっても攻撃は無かった。


「――――しまっ!!」


 気付いた時にはもう後ろに回り込まれていた。

 草薙を中心としたサイドステップによる旋回。一瞬で後ろに回り込まれ、攻撃も防御も不可能。

 背中に拳が叩き込まれた。捻じられるように繰り出されたそれは、体の内部を破壊するように衝撃波を体内に伝え、破裂。同時に草薙の体を教卓の向こう側まで大きく吹き飛ばした。黒板に叩きつけられた草薙はそのまま地に落ち、教卓に隠れる。

 終わったか、と結城は赤くなっている拳を擦る。

 瞬間――――白いものが飛来する。それを反射的に指で掴もうとするが、滑る。とっさに首をずらして回避するも、皮膚が切れて血が少し出てきた。

 飛んできた白い物体はそのまま後方に飛んでいき、壁を衝突して粉々に砕ける。


「チョークを飛ばすとは」

「あれ? 外しちゃったか」


 よろよろと、やせ我慢の入った声を発しながら草薙が立ち上がる。

 その両手の指の間にはチョークが挟まれてていた。


「俺昔からダーツが大の得意でな。金が無いときはよくやってやり繰りしていたよ」


 草薙が両手を振りかぶる。


「おかげで――――こんな特技を覚えちまった」


 チョークが投擲される。

 放たれた六個のチョークはまるで弾丸のごとき速度で襲い掛かる。すぐに椅子をから一本の鉄パイプを引きちぎり、それを弾き落とす。だが間に合わず、何個か制服をかすめる。

 攻撃は終わらない。

 草薙は大量のチョークの入った箱から何十本も取り出すと、それを無造作に見えてとんでもない精度で投擲。一個一個のスピードも冗談ではないレベルであり、迎撃は不可能だと感じた結城はアクション映画さながらの側転回避からの迎撃、体をずらしての回避などを駆使して乗り切る。


「……なるほど。大体わかった」

「ハッ。何がだよ、わりぃがまだまだ行くぜ!!」


 流れ弾の可能性は無い。もうすでに生徒全員が教室の外に避難済みだ。

 だからこそ草薙は遠慮なく殺人級の攻撃を遠慮なく放てた。機関銃のようにチョークを放つ様はまるでどこにでもあるような小説の主人公である。

 主人公なら絶対に負けない。

 ――――そんな戯言を大口で叩けるならそいつは大層な馬鹿だろう。

 そもそもこの世界に、現実に、小説の主人公などいるわけがない。全員公正ながら不平等。補正など何もない。

 その筈なのに、結城はそれを根本から覆していた。

 見えていた。自分に飛んでくるすべての白い影を目で捉え、見切っていた。

 鉄パイプを握った腕が動く。前もってそこに来ると判っているように正確に、機械のように。まるで高性能AIでも搭載した対空機関砲(VADS)だ。

 すべての攻撃を防がれた草薙が絶句して立ち尽くす。


「……マジかよ。ウソだろオイ……」

「残念ながら現実だ。さて、今度はこっちの番だ」


 結城が床を蹴る。

 低姿勢で突っ込んでくる姿は喉笛を狙う獣其の物。畏怖を感じるより先に体が動き、草薙は近くに会った一メートル定規を手に取り、低姿勢から繰り出される鉄パイプの切り上げを防御。


「中々粘るな」

「うはっ……! やべぇ、すげぇ楽しくなってきたよ」


 草薙は身を回転させ鉄パイプを流し、途端支えを失った結城が前に倒れ黒板に叩きつけられる。

 間髪入れずに遠心力を加えた一メートル定規のギロチンのような一撃が結城の首に襲い掛かる。それを何の苦も無くしゃがんで回避するとそのまま後ろにいるであろう草薙に足払い。それをジャンプでかわされるが鉄パイプによる一撃が腹に与えられる。


「ぐぅっ」


 うめき声をあげながら体を苦の時に曲げる草薙に対して一片の慈悲も感じずに体を蹴り飛ばす。

 さすがに二度同じ手が通じるはずもなくしっかりとガードされて二、三メートル吹き飛ばされるだけで収まる。直後お互いに臨時体勢に切り替わる。


「お前本当に何なんだ。関わらないでくれよ……!」

「いやだって言われたらやりたくなる性格なんだよなぁ、俺」

「この糞野郎がッッ!!」

「お互い様だろうが!!」


 結城は素早く黒板に置いてあった黒板消しを手に取り、鉄パイプでそれを野球ボールのように打ち出す。速度はそれほどでもなく簡単に弾かれるが、それが仇となった。

 黒板消しが定規にぶつかった途端白い粉がまき散らされ、一瞬だけ視界が封じられる。


「!?」


 驚いてももう遅かった。

 鉄パイプが正面から飛んできた。それを間一髪で回避するが――――その鉄パイプは誰にも握られていなかった。つまり投げられたものだった。

 なら握っていた奴は今どこにいる? その答えはすぐに分かった。

 煙の奥から両拳を握りしめた結城が鬼の形相で現れた。ハンマー顔負け威力の拳が不規則フリッカー気味に放たれる。それを半分直感で定規で防いだ草薙だったが、その定規が真っ二つの折れたのを見て目を向く。


「これ鋼鉄製だぞ!?」


 ありえない剛力に背筋を冷たくしながら、折れた定規をもう一方の手で掴み次の一撃を防御。

 片腕が弾かれるがもう片腕で防御。紙一重の勝負で二人の集中力は極限まで達していた。

 攻防を何回も何十回も高速で繰り返し、二人は自分たちの両手が血まみれになっているのも気づかずに武器をふるう。


「ぐあっ!!」

「はっ!」


 草薙の片手から定規が離れる。

 その隙を見逃さず拳を叩き込もうとするが、残った手で握っている定規で防御される。

 それでも結城は空中に回転しながら浮いていた定規をキャッチ。相手の武器を奪うことに成功する。

 奪い取った定規を振ると、草薙も合わして振り攻撃を弾く。


「ラァァァァアアアア!!」

「うおぁァァラアアア!!」


 何度も何度も攻撃が交錯し合う。

 定規は欠け、砕け、原形などもう既に留めていなかった。

 それでも二人は攻撃を止めなかった。

 二人は互いを倒すことしか考えていなかったのだから。


「がっッッ……!! ぐぅぅゥゥゥッッ!!」

「いっ………がぁぁぁぁあああ!!」


 渾身の一撃が相殺され、互いの腕が大きく吹き飛ぶ。

 同時に床を踏み、倒れるのを防ぎ、踏ん張る。



「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」



 全身全霊を込めた拳が繰り出される。

 これで勝負は決まる――――そう思われた勝負は、意外な形で決着がつけられた。

 二人の目の前を何かが高速で通り過ぎた。後半からすでに本能で動いていた二人は即座に攻撃を中止し飛びずさる。


「んだよ男の勝負に水を差すとかざっけんじゃねぇぞ!!」

「くそっ……横やりは予想外だった」


 それぞれが愚痴を吐きながら、飛んできた物体を確認する。

 カーボン製の矢、だった。

 同時に首を動かし矢を飛ばしてきた方向を見ると、ガラス窓があった。誰もいない。

 ――――窓に開けられた小さな穴以外は何も見当たらない。


「……あいつか!」


 窓の二つ向こう――――結城はここから反対側の屋上部分に人影があったのを捉えた。

 顔もシルエットも細かく特定はできなかったが、それでも弓を構えていたことだけはわかった。

 確実にこの戦いに水を差した張本人だろう。

 しかし問題は、あの屋上部分からここまでどの位の距離が空いていると思っているということだ。

 目測で約一,二キロ。狙撃でも困難を極める距離を弓でだと? 刺さっていたら間違いなく即死は免れないそれを、まさかあんな速度で、しかも信じられない精度で射る人間に二人とも心当たりはいなかった。


「動くな!」

「……クソが」


 教室に大勢の教師が突入してきた。それに応じたように屋上の人影が消える。

 二人は教師たちにより床に捻じ伏せられ、身動きが取れなくなってしまう。実際はその前に逃げることもできたが、後が非常に面倒だった理由から逃げないことにしたようだった。


「この問題児どもめが……!! ご丁寧に教室を滅茶苦茶にしてくれたな!」

「谷村先生、こいつらA組の椎奈とC組の草薙です。学校で一二を争う不良ですよ」

「よりにもよってこいつらが……最悪退学は免れないぞ貴様ら! 覚悟しておけ!」

「ハッ……社会の犬畜生どもが」

「…………」


 無理やり立たされて、引きずられるように二人は教室から出される。

 目的地は当然職員室だ。それに対して草薙はかなり嫌な顔をしていたが、結城はまるで寝ているかのように目を閉じ、無表情であった。


「……お前、本当に表情変わらねぇな」

「…………」

「まー、これから停学処分仲間だ。仲良くしようぜ~?」


 こんな状況でも軽口をたたく草薙に、結城は軽い溜息を吐いた。


「…………好きにしろ」




 雀の波な程の小さな友情だが、『人』を真似る『化け物』がそれが芽生えた瞬間、なのかもしれない。




やっぱ改めてみると最悪の出会いだなと思います。

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