第二十三話・『草と雪』
オヒサシブリデース。船乗りです。
テストがようやく終わり、こちらも更新再開できそうです。テストの結果? ……聞かないでください。
「待てッ……待てよ、ちょっと待て……意味わからん。なんでお前らが……ウソだろッ!?」
「そ、そりゃこっちのセリフだっつーの……」
「……何、この状況。理解しがたいのだけれど」
俺も言いたいよ。
ちょっと待て、少し待て。いやほんと。状況を整理しよう。
今俺は探索者ギルド本部なる建物にいる。そして、仲間と再会しながら――――元居た世界の友人二人に再開した。
簡潔に表せばそうなる。だが、あまりにも、唐突過ぎた。
心の準備ができていないこともあり、大勢の中心で俺たち三人は全然動けず固まっていた。
「なんだあいつ、二人の知り合いなのか?」
「にしては見たこともないが……内のギルドのもんじゃないな」
そんな声が人々の中から湧き出る。
本能的にここに留まるのはマズイと感じ、二人の肩を軽く叩いて気付かせてやる。
「……ここにいるのはさすがに目立ち過ぎる。場所を移そう」
「あ、ああ。わかった」
「……了解」
綾斗と紗雪は何とか俺の意図を理解したのかすぐに頷き、向こう側に消えてしまう。
それを少し残念がりそうだったが、ここで立ち往生しても仕方ない。それに異世界だなんだという話をしても怪しまれるだけだ。メリットがないゆえに俺は今二人と離れるしかない。
「リース、知り合いなの?」
「……ああ、旧友で、な。かなり前、生き別れになって……」
「……そうなんだ。見つかってよかったね」
良くない。非常に。
ここにいるといことは少なくとも素人にとっては喉元に常時刃物を突き立てられているようなものだ。つまり、危険度が前居た世界よりはるかに高い。野生の猛獣が町をうろうろしていると言えばわかりやすいだろうか。それにこの世界はしっかりとした法律や政治が行われているのかも怪しい。いや、日本や他国もまともと呼べる政治は数えるぐらいしかないが。
しかし二人の様子を見るにかなり慣れているようだった。少なくともここに来て一週間は経っている。
「それでリース、結局このギルドに入るの入らないの?」
「……そういえばそんな話も合ったな。……少し考えさせてくれ」
……この世界に来てから大体二週間ほど時間が過ぎただろうか。
その間に俺は大規模な組織の下に就くことは考えていなかった。理由は簡単なもので、単に誰かに自由を奪われたくないということだけだった。組織に就くということは権利や財産その他もろもろを他人に預けるということ。とてもじゃないがそんなことはできなかった。
その恩恵次第では入ることもやぶさかではない。今はここについての情報を集めるべきか。
人たちが散り散りになるのを見ながら、テーブルの椅子に腰かける。
両ひざに両肘を当て手を合わせながら無言で下を見続ける。
「……選択次第では後戻りもできないな」
自分でいうのも気が進まないが、俺は他人と比べればそこそこ強い。
そのせいでかなりまずいことになるかもしれないのだ。
強力ということは切り札になりえるし有用な駒でもある。このギルドのお偉いさんが能天気な馬鹿でもなければ悠々と俺の退会を許すはずもない。最終的には始末される可能性もある。
被害妄想と斬り捨てればそこまでだが、これはあくまで可能性。しかし可能性がある限り楽観はできない。入るのならどこか信頼できる点を掴まなければ。
「ファール、このギルドに入って何か得られる恩恵はあるのか?」
「え? そりゃあるが」
「全部言ってみてくれ。それ次第では……まぁ、入るかもしれない」
ファールは産毛ひとつない細い手で顎を撫でると、耳をピコピコ動かしている内に小さく頷く。
「えーと……まず、一部の公共施設を無料で使用できる」
「公共施設、ってたとえば?」
「図書館の本の貸し借りとか、博物館とか貴重物展示館とかの有料施設の無料入店とか、あと医療施設で割引もできる。一定額以下の宿泊施設なら短い間だけなら無料で寝泊まりできるし、民間用戦闘訓練施設も無料で使用可能。後は……学校なんかの教育施設を無料で通える。ま、試験に合格したやつはほとんどが成人してるからほぼおまけだがな」
「他は」
「他……ランクに応じて危険区域に無断で出入りできる。あと必要なら支給品も十分支給してもらえるし、一応依頼報酬とは別に熟した依頼の量やランクに応じて給料が出る。それと公共の場での武器の所持が許されて、小規模のトラブル程度ならお咎め無し。ついでに街中での魔法使用も許可されているな。使いすぎたらさすがに豚箱にぶち込まれるけどな」
「それ以外はもうないか?」
「美人美男と会える! 以上!」
最後の言葉は無視して、これらを考慮して入るかどうかを考えてみる。
一部公共施設の無料化や割引、確かにメリットとしてはデカい。公共の場での武器所持や魔法行使の許可もかなり良いし、小規模のトラブルならお咎め無しというのもメリットとしては十分。
しかしこれでも決定打にはならない。
あとは直接聞くしかないだろう。
「退会は、いつでもできるのか?」
「ああ。少々面倒な手続きとライセンスの剥奪ニュースがギルド内にばら撒かれるがな」
「なるほどな」
強い奴というのは基本的にプライドの高いものが多い。ならライセンスが剥奪されたというニュースを大勢に聞かれるのは確実に嫌がるだろう。これは考えたな。
しかし俺には関係ない。どんなことを言われようがよほど嫌悪するべきことでもない限り俺は動じない自信がある。
「よし、入団するわ」
「ホント? やったー!」
隣でリーシャがウサギのように跳ねまわる。いい年して何やってんだかこいつ。
ファールやジョンも少しばかりかうれしいようで笑顔をこちらに見せる。仲間が一人増えたことに喜んでいるのか。気持ちはわからなくもないが。
「それで、入団手続はどうやって?」
「すぐに入るなら上位ランカーからの推薦状が必要になる。ちょっと待ってろ、今書いてやる」
手紙のようなものを取り出したファールはそこにペンで何かを書き込んでいく。
「……え? お前上位なの?」
「ったり前だろ。これでもBランクだぞ」
それ上位って呼べるのかよ。
苦笑しながら周りの人を眺める。ほとんどがガッチガチに装備を固めて戦争にでも行きそうな格好である。ラフな格好の俺は果たして浮いているのやら。
「んじゃ、ファールが推薦状書いている間に俺がいろいろ説明してやる」
「狭いから近づかないでくれないかジョン」
「……妙に辛口じゃないかお前」
隣に来ようとしたジョンにダメ出しをぶつけてしまう。
こいつは百九十センチもの高身長に筋肉質だ。近づかれたら暑苦しいうえに圧迫感をどうしても感じてしまう。あちらには悪いと思うが、ジョンは渋々了承してその場で説明を始める。
「まずランクの事を教えよう。ランクは基本的に細かく分けて十二段階ある。基本ランクはFからAだな。それ以上は特別ランクって言って、AA、AAA、S、SS、SSS、EXがある。場合によってはプラスがつけられるがその話は後回しだ」
「特別ランクって」
「Aランクは依頼の数を熟せば誰にでもなれる。だが、それ以上は一定以上の戦闘能力を持っていなければなれないんだよ。Aを1とすればAAは5、AAAは10だな」
「Sランクは何なんだ」
「そうだな……ドラゴンって知ってるか?」
「知識ぐらいなら」
「そいつの純血種を一人で狩れるぐらいの化け物をSランクと言う」
この世界のドラゴンについてはあまり知らないが、とにかくすごい強いらしく倒せばそれだけで勲章ものらしい。そのせいでよく強さの例えに用いられるとか。
当然過言でも何でもなく、純血種と呼ばれるドラゴンは町一つを余裕で地図から消せるほど強力らしく、これを単独で倒せるものは世界でも本当に数えるぐらいしか存在しないらしい。人間限定なら公開されている情報では五十人いない。
「で、そいつを超える強さのSSランクはそのドラゴンを十匹相手にしても負けない奴のことを言うな。ここまで来るとまず人間はほとんどいない」
大勢いてたまるか。
「SSSランクは……まぁ、想像しがたいだろうが、大国の総軍と一つと単騎で渡り合える人外だ。正直人間にそんなやつがいるのかと疑っちまうな」
「……EXは」
「…………エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンは知ってるな」
「………………」
「アレと同じぐらいのマジの化け物。世界に十人しかいない最強最悪の化物どもを総じてそう呼ぶ」
「十人もいるのかよ…………」
国と一人で戦える奴が十人……すごく元の世界に帰りたくなってきた。
ちなみに今確認されているEXランカーはピッタリ十人らしく、ジョンはその名前を書いた紙を渡してくれる。
その内容に軽く目を通す。
№1人類種『エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン』。
№2人類種『スカーレット・オルカ・エヘクシオン』。
№3人類種『ルーザー・クリサンテモ・レスレクシオン』。
№4獣人種『グローリア・ヴォルフ・エスペランサ』。
№5獣人種『ユリウス・アルシリャファミリア』。
№6機人種『レパード・サクリファイス』。
№7機人種『ホライズン・ディスカヴァリー』。
№8竜人種『オーフェン・アポカシア・トゥルースペンドラゴン』。
№9悪魔種『プロフェシア・メフィスト・シルバーゴスペル』。
№10不明種『ゼロ・ルジストロル』。
全員が全員、人類最強級の化物たちだとわかると卒倒しそうだ。
もしこいつらが一斉にぶつかったら、確実に世界は転機を迎えるだろう。
そんなハルマゲドン来ないことを祈りつつ、店員から差し出されたお冷を啜る。
「ということは、そいつら全員ギルドに所属しているのか?」
「いや、全員が『元』だ。ランク付けされているのは当時の情報あったからこそだな。今やこの十人は各国で重要人物として動いている。一部例外がいるがな」
「ふーん……この不明種って何だ?」
「そのままの意味だ。誰も、ゼロの種族を知らない。いや、そもそも本名さえな」
「は?」
このゼロという人物表記が本名でない、つまり偽名ということ。
まさか自分でゼロなどと名乗っているのか。一瞬身震いしてしまう。
「ゼロ・ルジストロルというのは周りがつけた渾名のようなものだ。ゼロは一切自分から語ろうとはしないし、喋るときも魔法で声を変えて喋っている。経歴も不明、本名も不明、性別も不明、扱う武器も不明、何もかも不明。だからこんな渾名がつけられたんだよ。無記録、という名前が」
「姿はわかっていないのか? 外見は」
「そうだな。直接見たことはないが……長髪の、色素が抜けてまともに手入れもされていないような白髪に、大体165センチの細身らしい。いつも真っ白な仮面をつけていて素顔は見えず。外そうとした奴は遠慮なく腕を絞った雑巾のように捻じ切られている。あと真っ黒な簡素なフード付きコートを着ていて、体のラインさえはっきり見えないとか」
「……うわぁ」
聞かなきゃよかったと若干後悔する内容だった。腕が絞った雑巾って……ずいぶんとえぐいやり方をする。ゼロという人物は。
人の事が言えるような立場ではないが。
「って、武器もわからないってどういうことだ」
「うーん……なんつーか、早過ぎるんだよ」
「何が」
「攻撃がだよ。立ってただけで相手が木っ端みじんのミンチになっていたっていう話だ。たぶん魔法か何かだと思うが」
立っていただけで敵がミンチ。ハンバーグ作りにとても役立ちそうな魔法だ。
心の中で軽いブラックジョークを言いながら、渡された紙をもう一度見る。
エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン、スカーレット・オルカ・エヘクシオン、ルーザー・クリサンテモ・レスレクシオン――――『シオン』、三人の名前はそこだけなぜか共通していた。
どういうことだと首をかしげていると、ファールが小さい封筒の角で俺の額を叩く。ちょっと痛い。
「ほら、出来たぜ。これもって受付に行けばすぐに試験を受けられる。……あ、いや、試験官探しに一日使うから受けられるのは明日だろうな」
「そうか、じゃあ早めに行かないと」
「まぁまぁ、そう焦るなって。積もる話もあるだろ? それにリーシャから聞いたぜ、また入院したってな」
「好きで入ったわけじゃねぇよ……」
確かにもう二度目の入院だ。しかも一か月以内でだ。さすがにここまで来たら笑い話の種にされる。
さらに言えば乗っていた飛行船が落ちたという話もだ。そしてその中で吸血鬼&テロリストと遭遇。さすがに狙ったとしか思えないこの組み合わせ。自分の不幸さを呪う。
「いや~、しかもヴィルと会ったそうじゃないか。偶然にしちゃ出来過ぎていないか?」
「本当にな。僕もそう思う」
「もしかして運命? ……なわけないか。私無宗教だし」
「え? マジで? 獣人って皆が皆一つの神を信仰しているって聞いたんだが」
「私は例外だよ。はぐれ者が神なんて信じるかっつーの。荒野で親に捨てられてジャイアントスコルピオに遭遇した時から神なんて糞くらえって思ってたよ」
ずいぶんと暗い過去を軽々しく言い放つファール。これに笑っていいものか。
封筒をポケットにしまった頃にアウローラがリーシャから離れてトコトコと俺に向かってくる。何気ない動作で俺の膝の上に座り、俺の胸によりかかった。
「アウローラ、ちょっとこれはマズ――――」
「……お兄ちゃん、駄目?」
「いいよー」
上目づかいでそういわれてしまうと断れないのが男のSAGA。特にデメリットもないしこのままでいいか。
そう思っているとリーシャ含む女性陣(リル除く)からの冷たい視線が投げられる。
残念ながら俺はロリコンではない。
「俺は、シスコンだ」
「そういう問題じゃない!?」
俺はロリコンではなく、シスコンなのだ。そう、シスコン。妹を愛し愛で、遠目で見ながらも傍による蛆虫や塵屑どもの処理に明け暮れる毎日を約束された禁断の種族(ではないが)。
……その妹と今は離れ離れになっているのだが。
「ぐおぉぉぉあぁぁぁぁあああああああああっ!!」
「今度は何!?」
「やばい……やばいぞッ!」
「だから何がだよ!?」
「妹と離れ離れになっていることを意識してしまい――――ユウリニウムが足りない! やばい! 死ぬッ!」
「ユウリニウムってなに!? ていうか死ぬの!?」
「ああ……我が愛しの妹は何処へ……ちくしょぉぉぉぉぉおおおおおおファッ○ンゴォォォォォォォォォット!!!! せめて妹も一緒に来させろ神の畜生!?」
ここにきて非常に酷いキャラ崩壊しているような気がするが気のせいだ! 本当にヤバい! 数年間摂取できなかったから今度こそ死ぬ! 声で何とか乗り切っていたのにその声が無い状況ではいやぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!
「ええと……そのゆうりにうむ? の代わりになるものはないの?」
「リーシャお前はネズミに神になれと言っているのか」
「涼しい顔でなんかすごい失礼なこと言われた気がする!?」
「いや、ほんと、ガチで、マズイ。ユウリニウム不足の副作用第一、心臓発作が」
「初期症状酷過ぎだろうおい!?」
「第二が蘇生」
「生き返るの!?」
「第三がすごい禁断症状。具体的に言えば妹という単語を連発どころかそれしか妹」
「心臓発作はどうした」
「……いや、ただの冗談だけどさ。本当に……寂しくて死にそう…………」
冷静なツッコミ受けながらも消沈し、アウローラの頭を軽めに撫でながら表情を暗くしてしまう。
涙目で空しい気持ちになっているとアウローラが体の向きをこちらに変えて、抱き付いてきた。
と、そんな茶番はもう終わらせて、ファールの言う積もる話というのをしていく。
特に何の変哲もない話だった。俺が飛行船でやったことと、なぜ生きていたか。俺が話せたのはそれぐらいだ。
「ほうほう。つまりお前はエヴァンに助けられたというわけだな」
「俺だけじゃない。住宅街全員の命を救ってんだ、あいつは。あそこで止めていなければ確実にヴァルハラの一区画は潰れていたよ」
「さすが人類最強の男。素手で大型旅客船止めるかフツー」
「普通だったら俺はとっくに死んでる」
「……いきなり話逸れ過ぎじゃない?」
「何か文句でも」
「特にないけど……あの件必要だったの? あ、飴食べる?」
「いらねぇよ」
俺に聞くな。
さて、俺が話したからにはあちらも話すのが筋という物だ。
そんなわけで俺はファールたちに俺たちと離ればなれになってからの話を聞くことにした。
「僕たちはですね……その、いつもどおりでしたよ」
「そのいつも通りというのがわからないから聞いているんだよニコラス。俺はお前らの言う『いつも通り』の行動を知っているわけじゃないぞ?」
「うんとねー、セリアはねー……ご飯をいっぱい食べた!」
「は~い。セリアちゃんはあっちで飴でも舐めててねー」
「わーい! 飴だ~!」
俺がリーシャから奪い投げた飴を犬のように追尾してセリアは向こうへと走り去っていく。
こんな時幼児精神を持つ者が居たらなかなか話が進みにくいのだ。ちょっとかわいそうな気がするがまあいいや。
「おまえ何か性格悪化していないか?」
「『いつも通り』だよ。こっちにももう慣れてきたし、そろそろ素を出してもいいかなと」
「そ。……お前らと別れてから、私たちは飛行船でこのヴァルハラに帰った。ギルドへの定期報告をしにな。ここまでは話したよな?」
「ああ。リーシャから聞いたよ」
「それでその後、ちょいと大規模な仕事を引き受けることになった」
「大規模な仕事? どんなだ」
興味津々に体を出して耳を傾ける。
するとファールは俺の耳に口を近づけ、こう囁いた。
「『大地の塔』攻略依頼だよ」
ぞっとした。一瞬、自分の耳を疑ったぐらいだ。
一国の軍団でも返り討ちに会った『塔』の攻略依頼だと? それはつまり『死ね』と言っているようなものだ。とてもではないが誰かが引き受けるとはとても思えなかった。
「お前が『焔火の塔』を攻略しちまったせいでお偉いさんが「もしかしてこれ行けるんじゃね?」などというひっでぇ考えを浮かばせてな。それを信じてしまった国の大臣や貴族どもが正式に『塔』攻略を騎士団や探索者ギルドに依頼したんだ。それも大金を積んでな」
「……つまりなんだ。莫大な報酬やるから死にに行けと?」
「要約すればそうだな。いや、『塔』に出る雑魚どもはそう強くない。問題は頂上にいる化物だよ。現在は第五層まで攻略されている。今や座標を記録した転移装置が出回っているぐらいだ。いやはや、世も末か」
はっはっはと笑いながらファールは椅子を傾けて両足をテーブルに乗せる。
今にも後ろに倒れそうな姿勢なのに彼女は絶妙なバランス感覚でそれを保っていた。
「ちなみに『焔火の塔が攻略された』という情報をばら撒いたのは誰だ?」
「この私だ」
「……はぁぁぁぁ」
テーブルを強く引っ張り位置をずらすとファールのバランスが崩れ、後ろに倒れる。
思いっきり頭から倒れたファールは「ぎゃん」という可笑しな悲鳴を上げながらもよろよろと立ち上がった。
「し、仕方ないだろ! 上の方から嘘をつくなと念を押されたんだ。読心術スキル持ちもいたから、素直に言うしかなかったんだよ」
「だからって全部吐くか? 確かに嘘は言えないだろうさ。なら本当のことを言えばいい。例えば、そう……経歴不明の人物が『塔』を攻略したとか。その情報だけで『相手がどこの種族なのか』『どこ出身なのか』『どんな人物なのか』それを連想せざるを得ない。そこでこんな情報を与える。『人間の形をしている』というな。人型なんてありふれている。獣人族、機人族、竜人族、悪魔族、一括りにすれば知的生命体のほとんどがなぜか人型だ。……まぁ、こんな曖昧な情報を与えてやれば『攻略したのがただの人間である』などとは思わせないはずなんだが。勿論嘘もついていないから細かく追及される心配もない。上にいるやつというのはプライドが高いから大まかな情報で判断できると勘違いしている馬鹿が多いからな」
「……その、でもお前、人間じゃ」
「俺が人だという決定的な証拠を出した時なんてあったか?」
「――――!?」
与えられた圧倒的悪寒にファールは肩を震わせ戦慄した。
まさか自分が接しているこの人間はただの人ではないのか――――ま、大体こんなことを思っているはずだろう。当然俺はただの人間だが。
「とにかく、次からは気をつけろ。何もかも愚直にさらけ出すな。情報を与えている奴が味方だとは限らないんだ。偉そうに身分や社会的地位にこだわっている奴なんてもっとも信用ならない存在の一つでもある。獣人は鼻と感がいいんだろう? それを駆使してみろ。結果がコロッと変わるぞ?」
「ぜ、善処するよ……」
震える声でそう答えるファール。少し怯えさせ過ぎてしまったか。
後で誤解を解かせておけば問題ないか。
「……あ」
懐かしい匂いがして、ふと匂いの元がある方向に首を回転させる。
すると視界の向こうから二人の男女が革袋片手にこちらへとやってくる。目立つ金髪に黒髪――――間違いなく、あの二人だ。
綾斗は久しぶりに見るいつも通りなへらへらとにやけた面でこちらに手を振りながら来る。紗雪は腕を組みながら相手を威圧するような表情であったが、もう慣れた。
本当に、一年ぐらい会っていなかったような感覚だったので自然と頬が緩む。
なんだかんだで再開し一番喜んだのはこの俺かもしれない。
本当に信頼できる人物が、ここには一人もいなかったのだから。
「おう皆さん。初めましてかな?」
「へ? いや、顔だけなら……一応見たことはありますけど」
「少年よ。そんな堅苦しい喋り方はよせよ。空気重くなるだろ? あ、同席失礼っと」
一方的に俺の隣に座る綾斗。マイペース過ぎて誰もがついていけていない感じだ。
それがこいつの個性でもあるのだが、久しぶりだとどうしても呆れてしまう。
「さて、自己紹介と行きましょうや。俺はリベルテ・リーフヴィジター。よ、ろ、し、く」
「…………」
「ほら、お前も名乗れよ? 初対面で話すのに自己紹介無しは不味いだろ」
「チッ……ブランネージュ・フォンデュ・ブリュイヤール。別に覚えなくていいわよ」
「ずっ、ずいぶんと荒れてらっしゃる……」
名前を直訳すると、こうなる。『自由な来訪草』『白霙霧』……ずいぶんと凝ってらっしゃる。綾斗に至っては別の国の言葉を織り交ぜてやがる。高校生なのにまだ卒業できていないのかあいつは。
俺が言えることでもないのだが。
にしても紗雪の様子が変だ。これまで以上に不機嫌な態度である。顔が少し赤くなっているのは気のせいか。
「私は、ファール・エゼトリエド。よろしく」
「ジョン・アーバレスト。気軽にジョンとでも」
「ニコラス=クローゼ……です」
「セリアレジスタ……あれ? 何だっけ? まいっか。セリアだよ~」
いつの間にか戻って来たセリア。自分の名前忘れるってかなりやばくないか。あんな糞長い名前なのだから仕方ないと言えば仕方ないが。
「ヴィルヘルム・カルトヘルツィヒ。武器商人だ。ちなみに僕は探索者じゃないからそこんとこ覚えていてくれ」
「リル・オールド・アンバーハートですっ! ほっ、宝石鑑定人やってましゅっ」
「噛むなよ……」
あざとい。さすがあざといリル。いや性分なのか。
最後にリーシャとアウローラの二人だけ。アウローラは相変わらず俺に抱き付いてきて、あちらの二人には見向きもしない。そのせいで紗雪の見る目がどんどん冷やかになっていく。
リーシャのほうはなんというか勝手にライバル心燃やして対抗心生み出しているようだ。両手に汗を滲ませながら炎の灯った眼で二人を見ている。リーシャのランクがどのぐらいかはわからないが、とにかく対抗したいのだろう。
「リーシャ、自己紹介してやれ。呼ぶ時に困るだろ」
「えっ? あ、うん。リーシャル・オヴェロニアです。親しい人からはリーシャって呼ばれてるよ~」
「アウローラ、お前もだ」
「……アウローラ・デーフェクトゥス。……えへへ~」
「………………」
そろそろ紗雪の目が絶対零度に達した頃だ。あのリィとかという吸血鬼と再度相対したような気分になりつつ、俺も改めて自己紹介することにした。
「まぁ、俺の名前は皆も知ってると思うけど、ついでだ。リースフェルト・アンデルセン。リースでいい。……おいそこなんで笑う」
「い、いや……だって……ぷ、くくっ」
痛い名前だというのは重々承知しているが、まさか綾斗に笑われるとは。お前も同じ穴の狢だというのに何笑っているんだこいつは。……正直もう少しマシな名前にしておけばよかったと若干後悔しているのが素直な感想でもある。今でもいいから偽名だったということにして改名できないかな。できないな。
前にも言ったと思うがアンデルセンというのは作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの名前から取ったものである。決して某銃剣使いカトリックの狂信吸血鬼ハンター神父とか某運命ゲームのテラ子安キャスターからとったものではない。後者は同一人物だっけな。
リースフェルトというのは……まぁ、確かリーシャと会ったときに説明したっけな。偽物のお飾りという自虐。
ぶっちゃけ名前とかどうでもいいんだけどな。
「そういやお前ら知り合いみたいだけど、どういう関係なんだ?」
「そりゃ――――」
「唯一無二の大親友っていえばわかる~? フハハハハハ、ズッ友ズッ友ォッ! マジでうん。自分でも何言ってるのかわからなくなってきた」
「何言ってんだお前」
「……要するに友達ですよ。ここ最近会ってなくて行方も知れず、そして急に見つかって驚愕の最中」
嘘は言っていないな。うん。嘘は言ってない。
「へ~、どれぐらい前から合って無いの?」
「二週か「「一週間ぐらいですけど」」……は?」
唐突に三人の間で齟齬が生じる。
いや待てよ。俺の記憶が確かなら俺は二週間ほど前にここに来たはず。
仮にこいつらが一週間前に来たとして、それでも前の世界ではかなりの時間が流れているはずだが。
「おいちょっと待て。お前ら異世界にいつ来たんだ。俺は確か九月二十一日の深夜ぐらいだが……?」
「は? いや、俺たちも九月二十一日だぞ? しかも真昼間。その間に一週間流れたっていうのか?」
「……どうやら、嫌な予感が当たったみたいね」
「どういうことだ。説明しろ紗……ブランネージュ」
一瞬本名を言いかける。それも仕方ないことだ。だってこいつの偽名など今日初めて聞かされたのだから。しかしその偽名を言った途端紗雪の視線がさっきの籠ったものへと切り替わる。なぜだ。俺は何も悪いことしてないぞ。
「……部外者が多いわ。私たち三人になったらゆっくり話すわ。……どうやって私たちがここに来たのかも、ね」
どうやら俺の思っていた以上に事態は深刻だったらしい。
まさかとは思うがこいつら俺の身に降りかかった災厄に巻き込まれたのでは? そう考えてしまう。
軽い舌打ちをしながらアイコンタクト。了承の意志を投げてから皆の方に向き直る。
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない。ちょっと記憶が曖昧でそれを整理していただけだよ。最近忘れっぽくってなー」
「そうか。そんなときには運動した方がいいぞ? 頭が気持ちよくなる!」
「それ危険ドラッグの勧誘だと思われるから他人に言うのすぐやめろ。……ヴィルヘルム、なぜ図星でも突かれたような顔をする?」
「イ、イヤ? ベツニナンデモナイデス」
「……あ、そ」
なんだか妙に怪しい口調だったが細かい詮索はしないでおこう。めんどくさいし。
「……それで、リベルテ。お前は何でこっちに来た? ああ、なんで俺のところに来たと意味でだ」
「そりゃ親友に会ったんだからまともな挨拶をしないわけにもいかないだろうよ~。そういえばリースお前、ギルドに入っているのか?」
「残念ながらNOだ。正確に言えば入ろうとしている……が、正しいかな」
「んじゃ俺たちと組もうぜ。他のやつらとつるむよりはよっぽどいいだろ」
言われるまでもなくそうするつもりだ。他のやつと組むぐらいなら一人で行動した方がマシだし、こいつらと組めるならこっちから頼みたいものだ。それならたとえ聞かれてもマズイ話を遠慮なくすることができる。若干リーシャが頬を膨らませていたが、この際仕方ない。心の中でこっそり謝っておこう。……あとで飯でも奢るか。
「――――!!」
一瞬で空気が変わる。
刹那全員がギルドの正面入口へと視線を向けた。
遠くから聞こえる金属同士が擦り合う音。鎧を着た兵士たちが大勢こちらに向かって来ている。
皆何事かと顔をゆがめるもの、その中央にいた人物を見るや否や驚愕の一色で顔が染まる。
その人物はギルドの入り口から堂々と入り、床を踏んだ瞬間モーゼの軌跡のように野次馬が綺麗さっぱり二手に分かれる。
当然だ。
なんせ入ってきたのは聖杯騎士団の兵士たち――――そして、その総団長であるエヴァンだったからだ。
妙に今日は顔を合わせるな。と思ったのはこの場では俺ぐらいだろう。
「……やれやれ。なんで俺と会うやつらは皆こうも緊張するんだろーな」
アンタが超有名人で実力者だからだよ。とは誰もが口が裂けても言えなかった。
「団長、早くご用事を済ませましょう」
「ああわかってる。――――ギルドマスターはいるか?」
「ひっ、え、はっ……はい!」
野次馬の中から適当に視線を向けられたものがすぐさま走り出し、奥の部屋へと消える。
その数分後、部屋が開かれ――――とてつもない圧力とともに一人の老人が出てきた。
疲れたような白髪、杖を突き、腰に手を添え、何の変哲もない皮のローブを着込んだ老人。周りから見たらただの年寄だ。
だが彼こそがこの探索者ギルドを治め統括するギルドマスター。その名は――――
「久しぶりですね。オルドヌング・ゲレティヒカイト元国会総括元老院長」
「……エヴァンの小僧、少々口が達者になり過ぎではないか? 一撃貰いたいのなら構わぬが」
「こっちから見たらそっちが小僧だっつーのこの老ボケが。今年でもう九十なんだろ?いい加減召されろ糞ジジイ」
「それはこちらのセリフだ旧時代の童話英雄よ」
オルドヌング・ゲレティヒカイト。六代目ギルドマスターにして、固有属性『分解』を所有する世界でも有数の実力者。さすがにEXランカーには劣るが、それでもSSSランク並の実力があるという噂だ。前読んだ本で写真が乗っていたから一目でわかった。
「ふん。まぁよい、さっさと要件を言って帰ってもらおうか。ここは貴様のいるべき場所ではない」
「あっそう。じゃあさっさと言いますよ~。ここに来たのは紛れもない、国王からの通達だ」
「……なんじゃと?」
その一言で全員がざわついた。
国王からの命令。それは絶対厳守であり、逆らってはいけない物。
彼のひとことで戦争を始められるのだから、誰も彼もがざわつくのは当然と言えよう。
エヴァンは周りの様子を確かめてから、大きく息を吸ってこう言い放った。
「今日この時刻より『大地の塔』攻略への賞金を変更する! 賞金は金貨一千枚から一万枚へ! 少しでも有用な情報、特に守護者に関しての情報は金貨十枚から百枚で買い取らせてもらおう! さらに守護者への有効手段が見つかり、その発見者に対しては金貨を一千枚支払う! そして守護者討伐者には別報酬として黄金十字架名誉勲章および鉄十字白馬勲章、更に国内での一定の権限行使許可を授けるとの話だ!」
なっ!? と、皆が心を一つにした。
あまりにも破格すぎるその報酬に誰もが口を開く。
「さてと……情報更新は済んだ。これで帰るが……皆に一つ助言をしよう」
「…………」
騒ぎが収まる。
人類最強の者からの伝言、聞き逃すわけにはいかない。
「生きる努力をしろ。死んだら次は無いぞ」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
建物が揺れると思えるほどの歓声が沸き上がる。
しかし唯一ギルドマスター、オルドヌングだけは不機嫌そうな顔をして部屋に帰ってしまう。
皆が笑顔だった。
唯一笑顔でないのは――――守護者の強さを目の当たりにしたことのある俺たちぐらいだ。
「……何考えてんだよあいつ」
これではただ無謀に戦いを挑む若者たちを増やすだけだ。
守護者の強さは身をもって知っている。体感的に確実にレベルは二百近い。
そんな化け物に集団で突っ込んでどうにかなるものではない。あの時は運が良かったこととアウローラがあらかじめ大量にHPを奪っておいてくれたから助かったものの――――本当に正面からやり合うとなると命がない。
「おいアンタ!」
歓声に消されそうになるも、俺の叫びはエヴァンへ届く。
俺の存在に気付いたあちらは目線だけをこちらに向ける。口は開かない。
「何考えてんだ……これじゃ死者が増えるだけだぞ」
「俺は国王からの言葉をそっくりそのまま伝えただけだ。文句を言うのは勝手だが国王侮辱罪で豚箱入りになるぞ? それでもいいなら、どうぞご自由に」
「……何も知らずに死ぬ奴に何も思わないのか」
「戦うということは覚悟をしているということだ。武器を取って死んだならそいつの自業自得……同情はするがな。俺はそこまで気を配れるほど綿密には作られちゃいねぇ」
「てめぇ、守護者の強さを知ってそんなこと――――」
「経験者なら黙ってろ。国王は一刻も早く戦力を欲しがっている。最悪の事態に備えてな」
「……アンタ何言って」
「俺も忙しいんだ。始末書がまだ半分近く残ってる。……ふぁぁ~~……ああ、ロートスから伝言だ。『いつかその右腕も吹っ飛ばしてやる』だとよ。んじゃ、さようなら」
ほぼ一方的に話を切り、エヴァンはギルドから出て行ってしまう。
話をしようにも側近の兵士に妨げられ、彼の服の裾でも掴んで引き止めることができない。
一体、何が起ころうとしてるんだよ。
その思いだけが、俺の中で反響した。
次回更新はいつも通り一週間後の土曜日です。
やっぱり安定って大事だね。
追記・なんか深夜のテンションで変なネタ入れてしまいましたすいません。なぜか心に引っかかるところがあるので削除します。




