表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/110

第二話・『生存のために』

指摘された箇所の修正をしました。

 信じたくはなかった。自分が異世界に来ているなどと。

 そんなことを昨日の自分に話してみれば、笑われるか脳内外科を紹介されて負い割りだっただろう。しかし今の自分は違う。こうしてあり得ない光景を目の前で見ている。自分が大量の幻覚剤でも投与されているとでも聞かされない限り、こんな光景の存在はとても許容できなかっただろう。白い石材が積み上げられ、街を囲むようにして建てられた外壁。城壁、と言った方が正しいだろう高さだが、その作りは簡素なもので、上辺には見張りが行き来するための道一つない。ただ壁として役に立てばいいだろう。そんな考えで作られた壁が、筒状になって街を囲んでいる。高さ五十メートル近い・・・・・・・・壁が。

 その光景に絶句する。こんな光景、当然俺の居た世界で拝めるようなものではない。こんな壁を立てるより対空迎撃イージスシステムを設置した方がまだ安上がりだ。石材を加工し、研磨し、五十メートルの高さまで東京ドーム数個分の街を囲むために建設するアホが何処に居るだろうか。少なくとも億で済むはずのない様な費用が掛かるのは間違いないし、当然それだけの金をかけて作ろうとする馬鹿はいない。あんな物を造るより、戦闘機を何機も作った方がまだ安いし効果もあるからだ。

 つまり、これは間違いなくここが異世界であるという証拠の一つでもあるだろう。少なくともこんなふざけた建築物は見たことが無い。トロイだって崖の間に壁を造ったとはいえ街一つ丸ごと囲めるような規模ではなかった。

 そう思いながら間の抜けたような表情をしていると、ふとリーシャの小さな笑い声が聞こえてくる。


「なんだよ」

「あはは、いや、本当に田舎から来たんだな~って」


 ある意味この反応で正解だったのかもしれない。考えてみれば田舎者は珍しいものに目を光らせて不思議がるという。確か文学作品ではそう書かれていたはず。

 しかし、さすが異世界。俺たちの世界とは全く違う文明を発達させている。

 最低でも電気を使っていないことだけは確実だ。何せ電線が無いし、そもそも電気が作り出せる技術があるならばあんな壁は作らないだろう。前期を通したワイヤーを張り巡らせたらそれで済む話だ。それに、微かに見える照明の明かり。――――その光色がどうにも変だ。揺らぎ・・・があるというか、一定ではないのだ。電気であれば、色がそんなに変わる訳はない。あるとしても点滅ぐらいだろう。

 考えても答えは出ないのでこの問題は後で考えることにしよう。


「本当に敬語は無しで、良かったのか? 俺以外と口は悪い方だぞ?」

「いーよ別に~。私も悪いし」


 お互い様、ということか。

 幸いここの草原の空気は綺麗だ。疑心暗鬼に満ちかけていた俺の心を少しずつ癒してくれる。大きく深呼吸し、改めて本当の冷静さを取り戻した。異世界に来たというその受け入れがたい事実を受け入れるのは少し異常に見えるだろうけど、実を言うと俺もかなり楽ではないのだ。無理矢理信じている、というのが正しい。否定しても何にもならないので受け入れるしかない。これが夢なら本当に心底楽なのだが。


「じゃあ、早くいこ。宿も見つけなきゃ。野宿するわけにもいかないでしょ?」

「………………『塔』、か」


 『塔』、俺はそれの差す意味を知らない。いや、塔なのは知っている。だがそれがどんな代物なのか、知らない。少し知っている風に嘘をついたが、基本的な情報は皆無だった。挑戦するという単語があるのだから、ダンジョンか何かなのはわかるけど。

 だから俺はそれを聞くことにした。


「変な質問するけど……その、『塔』って何?」

「知らないの?」

「い、いや……凄いモンスターが徘徊しているっていう、風の噂だけなんだ。ほら、情報の届きにくい場所にいたし」

「ああ、なるほど。じゃあ教えてあげる」


 なるべく自然に会話をコントロールする。「知ってはいるけど詳しくは知らない」。これが俺の考えた現時点のベストな答えだ。これなら怪しまれないし田舎なら普通の情報だってなかなか届かないはず。そう考えるとますます良い。変に有名な場所育ちとか言わなくてよかったとハラハラする。


「この地域に聳え立っている『塔』――――ここの人たちは『焔火ほむらびの塔』って呼んでる。文字から連想できるように、かなり手ごわい、というか厄介なモンスターが多く生息している八つある内の一つの『塔』。十段もの階層で分けられていて、最上階には宝珠の守護者ガーディアン、『魔人』とか『炎の現身うつしみ』って呼ばれるモンスターが住んでいる」

「魔人? 炎の、現身? 守護者ガーディアン?」

「それも知らないの? 八つの『塔』にはそれぞれ守護者ガーディアンって呼ばれるモンスターの中でも特に強力なボスモンスターが住んでいて、全員が『火』『水』『風』『地』『光』『闇』『月』『太陽』のいずれかの現身。ま、本で読んだだけだから信憑性は薄いけど」


 ……いまいちピンとこない。

 つまり、あれか? ダンジョンのボスが最上階に居てそのダンジョンは八つあるってことか? よくわからんが大体そんな感じだろう。概ねその解釈で正しいはずだ。


「さて、そろそろ着くよリース。何も言わないでね」

「何も言わない? なんでだ」

「いいから」


 凄くデカい門前に着くと、リーシャは口にジッパーをするようなしぐさをする。

 意図は汲めないのだが、とりあえずは言うとおりにする。

 門に近づくと、二人の門番らしき者が出てきた。


「止まれ。通行証を掲示しろ」

「…………」


 言われた通り止まり、リーシャは懐から何かを取り出す。それを門番に差し出すと、門番の二人は頭を下げる。

 次に俺の方を見つめてくると、リーシャは流れるような動作で門番の二人に何かを握らせた。

 それに驚く暇もなく、門番たちは俺には目もくれずに黙ってしまった。

 なんだか騙されたような気分でリーシャを見つめると、密かに笑いを返してきた。

 彼女の取った行動は十中八九賄賂だろう。俺を見逃せ、と門番たちには伝わったのだろうか俺は見事にスルーしてくれた。ここは通行証がないと通れないのか、それとも厳重警戒中なのか……どちらでも構わないが、また恩を売ってしまったと少しだけ後悔した。出来ればもう作りたくはないんだけど。

 巨大な門が開く。しかし全部開いたわけではなく、少し隙間が作られた程度だ。その隙間は大人三人が並んでも余裕のあるほど広かったが。

 その隙間を通ると、静けさが広がる町が見える。白い石材や土色の木材で作られた住宅、商店、などなどが見えてきた。当然、その形は中世的なものだ。言ってしまえば、古臭い造りの住宅が沢山見える。

 街道にあるのは、先程見た通り明度が一定でない光を放つ電球――――電線が無いので電球かどうかも定かではないが、とにかくそれらしきものが街道に並んで道を照らしていた。数は少ないので、希少品なのだろうか。 


「…………」

「ほら、早くしないと。もたもたしてると夜が明けるよ?」

「ああ、すぐ行く」


 夢という結果を望むことができないのが残念だが、どうせ時間はたっぷりある。ゆっくりと受け入れて現状の解決手段を考えればいい、そう考えながら俺はリーシャの後ろを付いて行った。

 しばらく歩き、ついた先は酒場だった。

 俺がなぜという顔をすると、彼女はひょいひょいと手招きしてくる。相変わらず意図かわからずそのまま付いて行く。酒場はいかにもという感じの酒場であり、普通にどこにでもありそうなカウンター、後ろに並んでいる高そうなお酒、そして三十台ぐらいの厳つい四角顎で髭を生やしたマスターがビールジョッキを布で拭いている。想像していた通りとはいえ、はやり引き攣った笑みが表に出そうになる。

 真夜中というのもあり、周りは顔に傷のあるものや上半身裸の無骨な大男や泥棒みたいな顔している奴らが沢山いた。教育に悪いので俺は見て見ないふりをする。こんな奴らはもう懲り懲りだってのに。


「いらっしゃい。酒かい?」

「私たちは未成年なので。ちょっとお酒は」

「そうかい。冷やかしならとっとと回れ右して泥水でも飲んでな」


 その挑発的な言い草に少々殺意が湧いたが我慢する。こんな所で荒事を起こしてもメリットなんて一つも無い。下手に感情に任せて動けば後に待っているのは『詰み』だ。

 忠告を無視してカウンターに座ると、俺はリーシャに耳打ちする。


(なんで酒場なんて来たんだよ)

(ちょっと買取だよ。リースは今無一文でしょ?)


 あ、と思い出す。そういえばお金など持っていない。財布ももちろんなく――――いや、異世界のお金が使えるなんて思ってもいないが――――今の俺は無一文だった。

 かと言ってお金に換えられそうなものは……。


(ほら、モンスターとか倒したとき光るものとか手に入れなかった?)

(……そういえばそんな気もしなくもないけど)


 確かにアイテム欄にはいくつかの黒い宝石が入っている。しかしあれは宝石というよりは磨かれる前の原石と言った方が近いが。しかも傷が多く装飾品には使えない。俺の世界ではほぼ無価値と言ってもいいが、一応お金にはなるそうだ。


「えっと、買い取ってもらいたいものが」

「ああ? んなもん他の雑貨屋で……いや、今は閉まってるか。……しゃーねーな。どれ、見せてみろ」


 早速この二つを見せてみると、酒場のマスターは「ふむ」と顎を撫でる。

 そして袋から数枚の銅貨を出すと、こちらに差し出してくる。


「この質じゃ、相場はこれぐらいだ。言っておくが、嘘じゃないぜ?」

「銅貨十二枚。ええ、確かにぴったりですね」

「連れのお嬢さんもそう言ってる。文句はつけんなよ」


 黙ったままその銅貨を受け取る。交渉成立だが、どうにも不安だ。この量でこの先生きていけるのだろうか。


「持っておくならこの三倍は欲しいところですね」


 と、リーシャも言っている。

 俺はアイテム欄から狼の心臓、牙、毛皮、そして双頭狼の心牙を取り出して、カウンターの上に置く。

 マスターはそれらを交互に見て目を丸くした。以外と値打ち物だったのだろうか。


「……これでどうだ?」


 少しだけ悩むように、マスターは銀貨数十枚を取り出す。


「銀貨って、銅貨幾つ分ぐらい?」

「銀貨一枚で銅貨百枚だから、銀貨二十枚でこれは合計で銅貨二千枚ぐらいの金額かな。……でも、もう少しくれてもいいと思うんだけどなぁー?」

「こっちだってあんま儲かってないんだよ。これ以上はさすがに勘弁してくれ。つかこれ以上を望みたいんなら市場か雑貨屋にでも行きやがれってんだ」

「ふ~ん。……まー今の景気じゃこの程度がギリギリでしょうかね」


 これで問題ないらしいので、俺は銀貨と銅貨をさっさと具現化させた革袋にしまい、アイテム欄にしまう。そしてもう一通り準備はできたので、席を立ち上がろうとした。が、腰を上げた途端マスターの目が鋭くなったので、仕方なく何かを頼む。


「……エール、摘みはなんか適当なもので」

「んな低い酒でいいのかよ。……いや、ガキにはちょうどいいか。待ってろ」

「あ、私もエールで。摘みは星豆の炒め物を」

「はいよ」


 マスターは生返事を返し、すぐに店の奥へと言ってしまう。

 そして俺は、嫌な視線を感じで後ろを振り向いた。途端に大男三人の影が目に入ってくる。

 案の定かよ、とため息をつく。面倒なことになってしまった。


「おう兄ちゃん、大人しく」

「有り金置いてけって言うんだろ」

「話が早い。じゃさっさと連れの譲さんと金置いて行きな。そうすれば生かしてはやるよ」


 頭が痛くなって額を押える。こんな予感はしていたのだ。リーシャは隣でニヤニヤと悪い笑顔でこちらを見ている。確信犯だった。

 悪態つきながら俺は、拳を軽く握り『心眼(偽)』で相手三人のレベルだけを盗み見る。右から3、4、4か。試しに筋力も見てみるが、大体俺の半分以下だ。見た目に反してなんてギャップ。キャップ萌えとかねぇよ。

 下らないこと考えながら、俺は足だけを座った態勢のまま振り上げ――――正面にいた大男の顎を思いっきり蹴る。すると面白いことに大男は図体に反して良く跳ね、天井に頭が突き刺さってそのまま宙づりになる。


「んなぁ!?」


 蹴った勢いを殺さず利用しバク転。カウンターに器用に着地し、折り曲げた脚で今出せる全力でカウンターを蹴り、全速力でのドロップキック。二人目の大男の鳩尾に直撃し、グシャッと嫌な音を立てながら男は遥か向こうに吹き飛ばされてバーから店の一部の壁ごと追い出される。

 男を蹴った反動で慣性が消滅し、そのまま下に着地した直後、男の拳が襲い掛かる。直撃しても打撲程度で済むだろうが怪我はしたくない。繰り出される拳に手を添えて受け流す。

 そしてその腕を掴み、遠慮なく背負い投げ。地面に背中から叩き付けて肺から空気を追い出す。さらに親指で喉を潰し呼吸を止める。追撃として顔面に拳を叩き込むと、端が折れた音がして男の鼻から血がドバドバと溢れ出てくる。当然気絶。呼吸は――――一応している様だ。死んではいない。


「クソガキィぃいいいい!!!」

「あー、もう」


 面倒になってきた。

 先程店の外に吹き飛ばした男が鉈を振りかぶって、背後に立っていた。

 とりあえず裏拳で鼻を折る。次によろけたところを狙い鉈を持った手を捻り上げて、鉈を落とさせる。堕ちる鉈を手につかみ――――振りかぶる。


「ま、まっ――――!?」


 制止の声を無視して、少しだけ鉈の軌道を男の頭部から逸らす。

 そして右肩に触れる寸前で鉈を止め、鉈を人のいない場所へと放り投げた。

 何が起こったのかわかっていない様子の男の顔面に拳を入れてノックダウン。これで全員片づけた。

 深いため息を吐きながら、カウンター席へと戻る。


「おお~♪ 凄い凄い。流石だねリース」

「お前、わざとここに連れてきただろ」


 リーシャはそんな軽口を笑顔のまま送ってくれる。恐らく、というか確実に彼女は俺を試すためにわざわざトラブルの起こりやすいところで換金を選んだのだろう。それを理解した俺は、かなり複雑な気分になる。怒ればいいのか喜べばいいのか……。いや、怒るべきか。

 だがこれではっきりしたことがある。体が、異常に軽いのだ。重たいダンベルで筋トレしてテレビのリモコンを持つと非常に軽く感じるそれに近い。本当に羽のように感じる。今ならどんな軽業もできそうな気がしてきた。

 ステータスを見ると、結果したことにより筋力が8.00から8.02になった。力仕事をやれば自然と増えていくそれは、まさしくゲームそのものだった。努力に応じてその分強くなっていく――――典型的なゲームシステムのそれは、俺にとって非常に好都合だ。変に現実が反映されて大勢の大男どもにリンチされるなんぞ御免だ。

 マスターが丁度帰って来ると、後方の惨状に目を見開く。俺は肩をすくめながら頬杖をついた。


「お前さんがやったのか?」

「あっちから突っかかってきたんだ。営業妨害の警告出すなら気絶している奴らに頼む」

「じゃ、言うとおりにするよ。はい、お待ち」


 ガラスのビールジョッキには茶色の半透明な液体がたっぷり注がれていた。本当にお酒出してきやがった」、と引き攣った笑みを隠しながら、俺は隣に置かれたナッツのような摘みを一個だけとって口に含む。触感は普通のカシューナッツに近く、味はアーモンド。中々いい逸品だ。

 隣に座っているリーシャは緑色の豆とエールを一緒に飲んだり食べたりしており、俺もそれに見習ってエールを飲む。やっぱり苦い。


「酒は初めてか?」

「ああ、苦い。……なんでこんなもんを人が飲んでいるのか想像つかないよ」

「酒は味で飲むもんじゃねーよガキ」


 なんでこうこの世界には人を煽る奴がこんなにいるのかな。

 酒飲めないのは事実なんだけど。いやこの年で飲めとか一応駄目なんだけどね、まだ未成年なんだけどね。だから俺はエールを……返そうとしたら冷たい目で見られたのでチョビチョビと寂しく粗食する。


「マスターさん、最近『塔』の様子は?」

「『塔』? アンタら探索者か何かか。……ん~、知っているような、知らないような」

「白々しいのにもほどがありますよ。はい、銀貨一枚。これでどうです?」

「銅貨五枚で十分だ。最近、特に変わったことは無い。強いて言うならば……帝国の活発化の影響か、凶暴な探索者が増えてきているとか、あと『塔』内部のモンスターの出没間隔が短くなってきているとかボスモンスターが広範囲に徘徊してきてるとか……俺が知ってるのはそんなとこだ。もっと知りたきゃ専門の情報屋にでも聞くんだな」

「ふむ……そういう探索者が増えてきているのはいささか良いこととは思えませんね」

「探索者、って……そんなにやばい奴らばっかりなのか?」


 何も知らな俺がそう聞くと、二人は哀れなものを見るような目をして俺を見てきた。俺何も悪くねえだろ。だからちょっとその目辞めて、お願いだから。


「……田舎者だとは思ったけど、まさかここまで常識知らずとはねー」

「ふ~、全くだ」

「ちょっとアンタら失礼過ぎじゃない?」

「探索者は、名ばかりの蛮族の輩が多い。ギルド本部の試験は厳しいと聞くが、危険地帯付近に位置する支部の『ふるい』は緩いからな。あ、探索者とは広い定義で、国に所属せず『ギルド』にその身を置いて一般立ち入り禁止区域に入ってその区域の調査や危険指定モンスターを討伐したり……まぁ、何でも屋みたいなもんだ」

「しかもここの『塔』に入ったりする探索者は最下層とはいえ、そこから戦って生きて帰ってきたやつはレベルが6か7になっている。つまり普通の一般人より強いの。あ、普通の一般人はレベル2か3ぐらい。それで、さっきの馬鹿達みたいに周りの人をカツアゲする人が……ああ、もちろんいい人もいるよ? 私とか」

「自分で言うのか……」


 自惚れもそこまでにしておけよという言葉が喉から這い出ようとするがエールを無理やり飲み込んで引っ込ませる。つまり、なんだ。要は冒険者気取りのギャング? なんとも小物臭い。


「……おい、そろそろ二十四時だ。お子様は寝るお時間だぜ」

「子ども扱いしないでください。さ、リース、いこ?」

「あ、ああ――――代金はこれで。あ、おつりは要りませんので」


 俺は銀貨一枚をテーブルに置いて颯爽と出ていくリーシャを追いかける。後ろからマスターの「ちょ、おい!」という引き止めの言葉が聞こえるが無視する。これ以上あのむさっ苦しい空気を吸いたくはないのだ。そのためなら持ち金のいくらかの犠牲は致し方ないだろう。


「よかったの?」

「何が」

「おつりもらわなくて」

「いいよ……それより行きたい場所あるんだが、いいか?」

「この時間に?」


 背中を押して行きたい場所を耳打ちする。するとリーシャは「それぐらいなら」と快く受けてくれた。

 俺はこの世界のことは知らない。それもほぼ一切と言っていいほど。無知なやつほど早く死んで行く、だからこその――――知識の搾取だ。

 十数分歩いた後、リーシャは足を止める。

 正面には学校のように巨大な建造物があった。美術館と例えてもいい。

 巨大な扉を押し開けてみると、中は薄暗い。明かりは受付に置いてある小さなランタンぐらいだ。その受付に座っていた人は俺達に気づいたようで、視線を持っていた本から俺達へと変わった。


「何か御用でも?」

「ああ。歴史書や図鑑を置いている場所を教えてほしい」

「この時間に……? 物好きも居たものですね」

「金なら払う」

「……真っ直ぐ行って二階に上がり奥から五つ目の棚に置いてあります。勉強をしている者もいるので静かにしてください。もし騒ぎを起こした場合は――――」

「ああわかった。……リーシャ、今日はありがとう。君が居なかったら俺は死んでいた」


 何かを言おうとした受付さんの口を遮り、俺はリーシャへとお礼を述べる。当の本人は急にお礼を言われた理由が分からないらしく首をかしげていた。


「なんで今言うの?」

「いや、今日はここで別れようという話だよ。流石に君も図書館で一眠り、というわけにはいかないだろ?」

「別に構わないけど」

「俺が構うんだよ。――――明日の十二時、あー……さっきの酒場で待ち合わせをしよう。いいか?」

「いいよー。あと、私が望むお返しのことなんだけど~……」


 リーシャは、うーんと唸り、まあいいやという顔をしてから笑顔を見せる。


「やっぱり明日でいいや。じゃあね、リース」

「ああ、また明日」


 いつまでもマイペースなフードの女の子は、すぐに行ってしまう。

 一瞬だけ天井を見た俺は――――すっこい量の汗を額から出した。

 先ほどまでは静かになっていた心臓も一気に加速をはじめ、体温が急上昇する。


 …………死ぬかと思った。


 興は色々あり過ぎた。異世界に飛ばされて早速異形の生命体と交戦。助けられたはいいが、その助けてくれた奴は出所不明素性不明の不審者。言っては何だがかなり失礼だ。命の本陣にこの言い草は無い。しかし仕方ないだろう。

 彼女が俺を助ける理由などないのだから。

 考えてみれば早々は容易だろう。暗い森の中で大勢の凶暴な鳥――――昆虫ではあるが、想像しやすいものの代用として――――に囲まれ、今喰われようとしている奴を自らの危険を顧みずに助ける馬鹿が何処に居るだろうか。行動を共にする仲間ならともかく、赤の他人を。

 ないだろう。助けないだろう。だからこそ・・・・・不可思議なのだ。

 彼女が俺を助けた理由。いくら持っている力が強大な物だからと言って、こんな異国の服を身に纏ったやつに自分から関わるだろうか。俺ならば絶対に見捨てる。

 ならなんだ。リーシャがよほどのお人よしか馬鹿か、それとも『手駒』を増やしたいのか。

 できれば一番最後の方が色々やりやすくて助かるのだが、何せ判断材料が現状ゼロに等しい。安易な判断はするべきではないだろう。


「…………考えても仕方ないか。今はまず、情報収集が最優先だ」


 情報は一番重要な代物だ。

 知っているのと知らないのとでは天と地ほどの差があるのだ。知っているからこそ人は判断し行動できる。情報も無くただ暗中模索でそこら辺を彷徨い犬死するなんて御免だ。

 だから今はとにかく情報だ。それが無ければ何も始まらない。

 俺は無言で、数千程並べられている書籍の一個に手をかけた。 




――――――



 この世界は無数の種族が居る。しかし一々それを定義していくとかなり面倒だからか、かなり幅広くくくられている。その中でも四つが主流となっている。

 一つ目は『妖精族』。エルフ・ピクシー・ドワーフ・ゴブリン・プーカ・スプリガン・ケットシー・レプリコーンなどなど色々な種類が存在する。しかしどれもが元々は世界樹と森を起点とし、その文化と技術を発展させ、この世界で最も普及している超常現象、魔法の技術を創り上げた種族。魔法を最も得意とし、普通生き物が生息できないような超高濃度のエーテル――――要するに魔力の素材――――が満ちた空間でも活動が可能な数少ない種族の一種であり、また世界樹と陽性をウ、要請を束ねる王族の加護により圧倒的な魔力で外敵の侵略を一切許さぬ種族。プライドが高く、他種族と最低限の交流はしているものの、そのほとんどが外の世界に出ないという特異な種族でもある。現妖精王の名はエルフであるシーフル・オベロン・イストワール。

 二つ目は『魔族』。端的に言えば、これ以外の三種に収まらない種族をこの一個にまとめているかなりアバウトな括りだ。その種は獣人種を始め、悪魔種、亜人種、幻想種、精霊種、などなど数えればきりがないので行為やって一つになっている。『魔族』などとかなり恐ろしい響きではあるが、先ほど言った通り幻想種、つまり麒麟やユニコーンなども含まれているので、そこまで忌避されてはいない。しかし一部の種族、特に悪魔種などは完全に迫害の対象となっているのだが。こちらについては、現存している者のほとんどは異世界である『魔界』に移り住んでいるらしいが、まだ情報が足りない。

 三つめは『機人族』。魔法という未知の技術系統が発達したこの世界の中、『科学』という全く異なる技術で文化や歴史を築いた種族。その独自の技術は世界中見ても超えるものは存在しないが、彼らは自分に敵対する者でなければ戦闘はしない。その力は未知数。腕から光を出す筒を生やし、背中からは金属の翼が現れるという。どう考えてもサイボーグだ。いや、アンドロイドか? しかしまさかファンタジーの世界でそんなものがあるとは。喜ぶべきか悲しむべきか。

 四つ目は『人類族』。全てにおいて平均的で、尖ったところが全くと言っていいほどない種族。だがその発想は独特で、魔導技術なる動力を生み出し、その源である『魔法』をも改良を加え文化を築き上げた存在。時には愚かで、時には賢い。全ての種族にとっては『奇抜』と呼べる存在。急に出てきて自分たちから学んだもので色々凄いことをやってしまうのだからそれはもう変人としか見れないだろう。しかし脆弱種族であるはずなのに、すべての種族となぜかパワーバランスを保っている。その理由は俺はまだ知らない。


「………………あぁぁぁぁあああああああ」


 そんなことを延々と目に入れていく。頭が痛い、死にそうだ。

 受験勉強でもこんな気分になったことはない。十時間近く読んだ甲斐はあったものの、代償が大きい。受験勉強と言っても本をぱらぱらと流し読みだけで大抵できたけど、今回の場合は量が如何せん多い。中学生用の教科書など現代では圧縮されて平均五十ページ以下。それに比べて何も短縮されていないこの本たちは平均六百ページを超えるぶ厚い本。それを何十冊も読み続けて入れはそりゃ頭痛もする。

 そんなことは無視して続きだ。情報は命のライフラインなのだから、今のうちに一個でも多く学んでおかねば。

 そうそう。『塔』についての知識も一応仕入れておいた。

 百年前、突如各大陸の八か所から巨大な建造物が落下・・してきた。それが現在の『塔』と呼ばれる怪物どもの巣窟である。その時天から声が聞こえて「この塔を八つとも攻略した者には、褒美を与えよう」と言ったそうだ。人々はそれに応えて一つの塔に優秀な兵を何百人も送り込んだそうだが、結果的には全員ボスモンスターの餌食になったそうだ。

 なんともぶっ飛んでいる話である。

 実際天から声が聞こえた、という情報には確実性がなく、他の文献ではただの作り話とも語られているし可笑しな宗教団体が勝手に言い出したホラ話とも書いている。何とも信用できない文献だが、なぜかここら辺は情報規制でもされているのか曖昧な物しかないのだ。国が秘密にしたがっている真実という事だろう。深く関わるにも、コネが無いのでできない以上今は置いておくべき問題か。


「さて、歴史は終わったし。残りの地理の復習も……」


 ああ、そうそう。

 今俺が居る国は『エルフェン』という国。国王という存在はなく、あるのは富豪民の貴族と一般平民ぐらい。権力は力のあるものが握るという世紀末じみた国だ。が、そんなに治安は悪くないらしい。ついでに言えばこの世界の三大王国の一つ『アースガルズ』の支配下に置かれている。その国についての説明は……後でいいだろう。

 特産物は……えーと、何だっけ。良質な金属がよく取れてるとか。


 ……いや、そもそもなんで字が読めるんだ俺は。


 見た限りは全く見覚えのない言語だ。一瞬サウジアラビア語か古代エジプト文字かと勘違いするほどの。だが、なぜか理解できる。意味が変換されて日本語として頭に入ってくるのだ。それ以前になんで人と話せているのかという問題がある。異世界トリップ補正というやつなのだろうか。

 まるで脳みそを勝手にいじられたような気がして背筋に嫌な悪寒が走る。クソッ、どうにかなりそうだ。

 仕組みはわからないが、結果的に俺はこの世界の文字が理解できる。気味の悪いことに。

 確かに言語を理解できなかったら今頃英語も知らずにアメリカにぶち込まれたような状況になっているので助かったには助かったが、やはり気持ちがいいものではなかった。

 ここまで来ると、他の奴らが日本語という代物を喋っているかすら怪しくなる。実際、リーシャが喋るとき口に少しだけ違和感を感じられた。口の動きなど特に気には留めなかったので言及はしなかったが、恐らく俺の脳が勝手に日本語化している可能性が高い。便利と言えば便利だが、やはり気持ち悪い。


「……くそっ、眠い」


 気分を逸らすために時計を見てみるが、支点が合わさらない。体内時計で今は大体九時ぐらいというところだが、かなり怪しい。

 実はあれから一睡もしてない。居眠りぐらいはしたとは思うが、合計十分ほどだ。

 おかげで頭にはゲル状の液体をぶち込まれた気分だ。はっきり言って気分が悪い。吐きそう。

 目をもみながら、俺は席を立って本を元の場所に戻す。

 『塔』やこの世界のことは大体わかった。苦労して読み続けたから収穫も十分にある。

 この世界でレベルやステータスという概念は普通の常識として存在しているらしい。ゲームチックすぎて現実味がないのが残念だが、覚えやすい。少なくとも、歴史の本を読むよりもゲームの設定本を読んだ方が頭に入りやすい。別に普通のこととして覚えるのも可能だが、ゲームとして覚えればすべて簡単に頭に入った。……戦闘がゲームでも何でもないのが嫌な話だけど。

 もう大体の用は済んだので、俺は図書館の扉を開けてこの埃だらけの密室から出る。さわやかな空気と明るく強い日差しが眠気で倒れそうな俺を出迎えてくれる。このまま道端で熟睡しても後悔はしないだろう。


「一回、寝た方がいいか」


 寝よう。うん、すぐに寝よう。どうせあと三時間もあるんだから仮眠ぐらいいいだろう。人間不眠で倒れるという話もあるし。

 俺は近くにあった木製ベンチに横になって、そのまま鉛のように重い瞼を閉じる。

 全て夢だったらいいのにという願望を渦巻きながら、俺は深い深い眠りへと落ちていく。



 ……のを、一人ほどが許容しなかった。



「一人で昼寝は、駄目デース!」

「ごぼぉ!?」


 見事過ぎるボディプレスにより胃の中身が(空っぽ)胃液ごと口から飛び出る。

 その犯人を見ると、見知らぬ女の子だった。しかも超が三つぐらい軽くつくであろう美少女。

 垂れている銀髪は腰まで伸びており、その一つ一つが陽光を反射して煌びやかに輝いている。本物の銀に勝るとも劣らない輝きに、通行人の目はたちまち奪われる。

 いやそれだけが原因ではない。整ったプロポーションに顔立ち。まるで人が望む姿を絵にかいたような姿。本当に自然が生み出したものなのかと疑ってしまうほど、その造形は完璧を通り越していた。

 すらりとした手足と……胸は、うん、将来に期待……胸以外はほぼ完成されているその美少女に目を丸くしながら、かすれ声で問いかける。


「ど、どなた、です……か」

「全く、十二時過ぎても酒場に来ないから何だと思ったら、こんなところで昼寝? 呼んでくれたら私も一緒にやるのに」

「いや、俺の話、聞いて……」


 全然話が噛み合わない。どうやら他人の話より自分の話が最優先の自己中心的な厄介な人間らしい。一番相手にしたくない変人の類が多い以上、此処は無視するべきか。それとも相手がかなりの貴族令嬢の場合を見越してコネを作っておくべきか。

 ……って、ちょっと待て。

 十二時に、酒場と言ったか。今。

 

「も、もしかして……リーシャ?」

「え? 今気づいたの?」

「気づくも何もお前昨日フード被りっぱなしだったろ……」


 とりあえず落ち着こう。確かに素顔は見ていない以上、相手がブッ細工だろうが美人だろうが折れに判断する情報はない以上断定できなかった。つまり予想していない以上これは予想外とは言えない。いや今考えるべき問題はそこではない。というか別にリーシャが美少女だろうがなかろうが別に何かが変わるわけでは無い。

 問題なのは目立ちたくなかったのに凄く目立つようになってしまった事か。

 仕方ない。もう過ぎてしまった事だし今更協力を断るわけにもいかない。逃げてもすぐに追いつかれてしまう立場、そう自由も求めるわけにはいかない。

 とにかく軌道修正。軌道修正を最優先に、相手の機嫌を損なわせない様に会話を誘導すること。

 よし、方針は定まった。

 

「あー、そういえば素顔見せるのはこれが初めてなんだっけ。びっくりした?」

「ああ、すごく、びっくりしたよ……」


 最初はご機嫌取りだ。相手を気分良くさせるための基本中の基本。相手の見た目を褒めること。例え相手が見るにも答えない奴だった場合は皮肉にしかならないが、この場合は有効だ。……いや、この美貌だと逆に言われまくっていて陳腐な褒め言葉だと思われないだろうか。


「早速だけど、私のお願い……聞いてくれるかな?」

「え、は、はい」


 陳腐どころが無視された。

 別に機嫌を損ねた様子はないので問題はなさそうだが。結果オーライ、というわけにはいかない。

 なぜかというと、背筋に嫌な汗が伝ったからだ、

 これでも嫌な予感が良く当たる事にはかなり定評がある。嫌な定評だ。

 悪い予感は当たりやすいのだ。割とマジで。どれぐらいかというと、『あ、だめだこれ』と思ったら九割嫌な話を持ってこられる。

 ……つまり確実に嫌な話が転がり込んでくるという事だ。


「――――私と一緒に、『塔』に行ってくれないかな?」

「…………うん」


 案の定だった。ファッ○、糞が。

 予想はしていた、彼女が『塔』と言う存在を引き出してからどうもこんな予感がしていたのだ。そもそも街に行って聞かせるほど長くなりそうな話だ。面倒事なのはほぼ確実と言っていい。

 しかし『塔』か。現状一番行きたくない場所ナンバーワンだ。

 年間死者が危険区域に位置するダンジョンと二倍近いのだ。そのほとんどが心得のない初心者やなめてかかった奴らだとはいえ、熟練者でも油断したら素敵な即死トラップが待ち受けてくれる難関ダンジョンだ。具体的に述べよう。街の周りが戦場の最後部の指令所だとすれば『塔』は遅延戦闘真っ只中の泥沼戦場だ。要するに死亡率が格段に上がってくるのだ。特に『低レベル者』では。

 情報からでは一層には比較的・・・優しいモンスターが待ち受けている。物理的にまだ対抗できる奴らで、レベルもまだ低い。

 しかし二層からそれは始まる。

 物理攻撃が効きにくい奴など基本、レベルが異常に高い奴らや巨体で質量攻撃に転じて来る奴ら、一番面倒なのでは遠距離攻撃でアウトレンジから一方的に攻撃してくる奴らだ。

 そんな奴らが雑魚のように徘徊しているというのだから実にやる気が失せてくる。


「あのさ、俺は、死にたくないんだ」

「大丈夫! リースは私が守るよ!」

「それ俺が行く意味ないよね」


 残念ながら彼女には諦めてもらいたかった。

 まだ情報が集まり切れていない現状、むやみに戦闘に身を投じるのはあまりいい策とは思えない。いや、良くはないだろう。敵の情報も得ずに、戦略も練らず敵群体に真っ直ぐ突貫するほど俺もアホではない。

 しかも俺の行く必要性皆無だ。

 実に頭痛がする。


「えー、でも仲間がいた方がモチベーション上がるよ?」

「死んだら元も子もないだろ」

「だからー、私が守るよー?」

「……ちょっと待ってくれ。考えさせて」


 少し思考を回そう。

 現状、下手に動くのは愚策だ。しかしだからと言って拠点から一歩も動かないわけにはいかない。幸い図鑑類などを読み漁ったおかげもあって、この世界に生息するポピュラーなモンスター五千種の基礎情報は頭に叩き込んである。しかし『塔』に出現するモンスターが俺の知識に無かった場合、かなり苦戦を強いられるかもしれない。

 だがそのためのリーシャの存在だ。彼女ほどの実力ならば並の脅威程度は退けられるだろう。

 ある意味良い機会でもある。

 無償で強い護衛を手に入れられて、情報も手に入る。運が良ければこちらにも『パーティ機能』とやらで経験値が入り、何もしなくても力を付けられるかもしれないのだ。

 護身用の魔法も覚えている。

 ならば、いいのではないのだろうか。

 リスクは大きいが、その代わり見返りも大きい。

 何事にも危険は付きまとうものなのだ。むしろ今回は最大のチャンスだと思えられる。孤独にそこら辺の雑魚を倒しながら何か月もこんな場所に留まるよりかは――――ずっといいのではないだろうか。


「…………わかった、付き合うよ」

「それでこそ!」


 リーシャは満面の笑みを見せてこちらの手を握り、上下にぶんぶん振る。

 ウィンウィンな関係に持ち込めた。相手は満足、自分の満足。最高ではないか。恐らくこれ以上良い条件を探すのならば、砂漠から一粒の米を探すぐらい難しいだろう。

 よし。完璧な選択だ。

 とりあえず友好の印として、リーシャをハグした。

 確かこれでいいと『アイツ』から聞いたんだが、合ってるよな。


「……へっ!?」


 なんか顔真っ赤だけど合ってるよな。

 ちょっと待て、なんか違う。

 そういえばこれ同性相手にやるもんだったような。いや、どっちでもいいか。ならもう一個だけ駄目押しだ。これでよい関係を結べるといいが。


「俺も守るよ、お前を」


 そっと耳打ちする。

 ……あれ、なんか果てしなく間違っているような気がする。

 証拠か、リーシャの顔が爆発しそうなほどに真っ赤に染まっていた。

 怒っているのか、これは。


「まっ、ままま、待って! 私たちまだそういうのは早いし、それにまだ知り合って一日経ってないし――――」

「は、はぁ?」

「で、でもリースが望むなら、その、もう少しだけ互いの事をしってからよく話し合って……」

「いや、俺はただお互いの親睦を深めようとしただけなんだが」

「――――え?」


 どうやら盛大な勘違いをしている様だ。

 リーシャ肩を軽く叩いて、訂正してやる。


「ほら、仲間どうしてハグして『マブタチ』っていう関係に発展するとかなんとか……って、友人から聞いたんだが」

「……、そっ、そう、なんだ。なんだ、てっきり私は……ていうか、女の子にいきなり抱き付くのは、どうかとおもうよ」

「そうなのか? ……あー、勉強になる」


 なんだろうか。俺が間違っていたのだろうか。

 いや、普通に考えて女性に抱き付くというのはかなりアレな行為に見えなくもないが、仲間同士ならセーフだろう。俺の女友達も抱き付いても特に顔を赤くしたりはしなかったぞ。いや、照れないアイツがどうかしてんのか。不味いな、感覚がマヒしてやがる。周りにまともな奴がいないせいだな、これは。


「とにかく、俺も最低限自分の役目は果たすよ。弱くても、いくらでもやりようはあるだろう」

「そ、そうだね~……それじゃ、改めてよろしく」

「ああ」


 俺たちは、もう一度互いに手を握り合った。

 微かに聞こえるおばさんたちの囁き声や若者の舌打ちは無視して。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ