第十八話・『ヴィルヘルムの覚悟』
すいません。時間がなく、一話しか投稿できませんでした。
誠に申し訳ございません。
修正完了。
「オラオラオラオラオラあァァぁああアアアあああああああッッ!!!!」
「君、むやみにばら撒いても当たらないと思うが?」
飛行船五階フロア大広間。
二つの影が火花を散らし合う。一方は花火を大量に起して鉛の弾をばら撒いているが、もう一方は手に持ったマスケットのような銃で当たりそうな銃弾を弾くだけ。
誰が見てもどちらが劣勢かはわかった。
先ほどから銃弾を撃ち続けているヴィルヘルムは一瞬の隙を見て近接攻撃に移ろうとするも、そこに榴弾を撃ち込まれ緊急回避。地面に着弾すると爆発を起こして大穴を作り上げるが、ヴィルヘルムにはギリギリ届いていなかった。
双方距離を取り、銃のリロードを行いながら状況を分析していく。
「くそっ、弾も安くないってのに……いい加減にくたばれよシルクハット!」
「それはこちらのセリフだよ。えーと、なんて言ったかな紺色髪の少年」
「ヴィルヘルムだ。ヴィルヘルム・カルトヘルツィヒ、武器商人とだけ言っておこう」
「君みたいな子が? ははぁ、世界は広いんだね」
「ガキだからって馬鹿にするなよ。僕はこれでも腕はいいほうなんだ……そこら辺の破落戸と一緒にするなよ」
ブレイクオープンした弾丸装填部を閉じると、近接戦闘の構えを取る。
相手はペースを譲るつもりはないようで、片手に持った巨大な獲物を向けてきた。
(消音に特化した汎用銃……デザインはマスケットをベースにしたショットガン。だが榴弾を撃てるように特殊なバレルを使用しているようだ。しかし音が殆どしないというのはどういう仕組みなんだ……?)
戦闘開始から数分でヴィルヘルムは相手の使用している銃、極消音散弾銃の解析にもうほとんど終了していた。さすがに音を完全に消す方法はわかっていないが、ここまで解析できれば上出来だろう。
しかし戦闘において相手の攻撃で音がしないというのは致命的すぎる。まず後方から襲い掛かられれば対処は不可能であり、音から攻撃のタイミングを割り出すこともできない。
おかげでヴィルヘルムは苦戦真っ最中であった。
「……もう四の五の言ってられないな」
もうこれ以上焦らしても意味がないと思い、ヴィルヘルムは腰のポーチから注射型の薬品を取り出す。バネの力を使って肌につけるだけで自動的に注射してくれる便利な注射器なのだが、問題は中身だ。
この注射器の中に入っている薬品は、とある数種類の植物のエキスを薄めたものである。その植物とは、覚醒作用成分を多量に含んでいる植物類――――端的に言ってしまえばアドレナリンと同じような効果を持つ植物なのだ。
それを独自に調合し作り出したのがこの『強覚試験薬』。法的に完全にブラックなほうに足を突っ込んでしまっているが、武器商人をしている時点でもう今更だ。
ヴィルヘルム自身、これは死ぬほどの危機に陥らない限り使いたくはなかった。副作用がひどすぎるためである。その副作用とは、約二十パーセントの確率で理性が瓦解するというハイリスクの極限。投与した五匹のネズミのうち一匹が暴れて残り四匹のネズミを食い殺した光景は今も脳内に刻まれている。
そんな劇薬を一瞬だけ躊躇しながらも、自分の太ももへと打ち込む。
血管に異常な劇毒が送り込まれたような気分になり、全身から汗がどっと出る。
「お、ッッ……ア、あァッ、が……ぁぁああああああああああ!!」
激痛に耐えたその先には、以上に冴えている思考と体。
疲労はすべて吹き飛び、残ったのは有り余る気力と妙に遅くに見える世界。息を荒げながら、敵を見つめる。
こちらに向けられた銃口。音もなく弾丸は発射され、火花を生み出しながら火薬の詰まった鉛の榴弾は接近してくる。その一連の現象が、先ほどは見切れなかったのに今はよく見える。
体を少し捻ると、榴弾は横を素通りする。
「……変わった?」
「ふーっ、ふーっ……さっさと決着、つけさせてもらう……!」
ガンブレードを剣のように構える。
『強覚試験薬』は試作の薬品だ。それを使ったのは今日の今がたったの初めてであり、効力がいつまで続くかは定かではないのだ。水で可能な限り薄めているので恐らく短いだろうというのは予想できるから、短期決着を狙うしかない。二十パーセントの確率で失敗するという危険な賭けを何回も続けるわけにはいかない。それに本数も限られている。
薬でトーピングされた身体能力を持って地を蹴り、弾丸のように接近。レナードはいきなり変容したヴィルヘルムに驚愕しながらも銃で牽制を続ける。
放たれる弾丸一つ一つを見切りながら最小限の動きで回避。勢いを止めずにガンブレードを振りかぶる。
「なるほど……小細工を使って身体能力を向上させたか。だが――――」
レナードは射撃を中止し、ヴィルヘルムの斬撃を極消音散弾銃の銃身で止める。
甲高い金切音が響き、花火をつらしながら鍔迫り合いが始まる。
「ぐ、ぐぐぐっ……!」
「苦しんでいる、となれば副作用がある薬か……はははっ、トーピングという手段を選ぶとは、いい覚悟だ。しかし、これでもまだ僕には届かないよ!」
「がっ……!」
ガンブレードが弾かれ、額に銃口を突きつけられる。
考えるよりまず体が先に動き、限界まで仰け反ることで放たれる銃弾を回避。そのまま足を蹴りあげてレナードの散弾銃を弾き体勢を立て直して距離を取る。
(薬でようやく接戦かよ……これが吸血鬼、正直舐めてたよ……!)
ガクつく体に活を入れて、攻撃を再開。
迫ってくる銃弾を掻い潜りながら白兵戦を仕掛ける。力で劣っている相手に対し、これはかなりいい選択とは言えないが、相手が銃弾を避けられる以上遠距離攻撃は防がれたも同然。
それに力が強いだけで戦闘の有利が決まるわけじゃない。
「力で駄目なら……技で攻める!」
何度も実戦経験があるヴィルヘルムは今まで何度も自分より力の強い人間に出会ってきた。
負けることもあったが、決して全ての勝負に負けたわけではない。
力が駄目なら技で、長年洗練された技で自分より強い相手を打ち負かす。何度もそうしてきた。
ヴィルヘルムはすでに見抜いていた。
このレナードという人間は、実戦経験に疎い。それが唯一戦局を変えられる要素だった。
「おおおおっ!!」
「っ……フェイント!」
大きな斬撃をすると見せかけて、静かに抜いた拳銃で射撃。
ガンブレードに気を取られていたレナードはそれに対応できず、装填されていた濁った銀の銃弾全弾脇腹に受ける。
「がぁぁぁぁっ……!!!? これは銀……いや、偽の純銀かッ!」
「今気づいてももう遅い!」
偽の純銀。経費削減のために武器商人達が生み出した『駄作』。鉛と銀の対比を8:2という比率で混合させたものだが、結果的に対吸血鬼には使用できなかった金属。再生阻害をすることはできるが、たった一秒で回復する傷を三十秒に伸ばすだけという結果で終わった作品だ。基本的に急所を狙わない限りは使えない。
確かに偽の純銀は純銀と比べれば質は格段に落ちている。だがそれを何発も同じ箇所に受けていれば話は違う。レナードの脇腹は火傷をしたようにボロボロになっていた。
それでも細胞達は再生しようと蠢くが、それを阻害する攻撃は止まらない。
生物とは基本的に傷を受けてしまうと一瞬だけ硬直する。そこか一番の隙となる。
「そこだぁぁぁぁ!!」
振り上げていたガンブレードによる斬撃。銀ではないが、それでも十分な効果は見込める。
銃についていた巨大な刃は見事にレナードの身を、左肩から右わき腹まで大きく切り裂いた。致命傷――――血が大量に吹き出し、レナードはその場で仰向けに倒れる。
「はぁっ、はぁっ……やった――――」
「――――く、くくくっ、はっはははははははははははは!!!!」
「やっぱりか!」
吸血鬼はある方法を使わないと殺せない。
首を撥ねる、心臓を潰す、炎で焼く……これらの方法でないと吸血鬼は絶対に殺せないのだ。たとえ体が二つに咲かれても、心臓が無事ならすぐに再生する。証拠に、レナードに生まれた大裂傷はもうすでに跡形もなく再生されていた。
「まさか、致命傷を食らうとは思いませんでした。やれやれ、慢心は恐ろしいですね」
重力を無視するように、倒れた姿勢から何もせずに立った姿勢になると、レナードは服に付いた埃を落としながらシルクハットを脱ぐ。
そこには気味の悪いほど白い髪があった。隠されていた赤い目も露わになる。
「貴方の健闘に脱帽します。正直、人間だからと舐めていました」
「……な、んだと?」
「ここからは、全力で行かせてもらいます」
ヴィルヘルムはレナードの言っている言葉の意味が理解できなかった。
「本気じゃ、なかった……?」
狼狽しているヴィルヘルムを見てレナードはニコッと笑う。
そしてシルクハットの口を向けて――――その中にあった赤い肉を放った。
「ッッ!?!?」
それが人間の塊だということを辛うじて理解すると、その塊を避ける。
飛んできた塊はぺじゃっと気持ちの悪い音を立てながら転がる。
「私の帽子は特別製でして、中がちょっとした異空間になっているのですよ。重宝しますよ、おかげで死体の処理が簡単にできます。……にしても相当不味かったのか、まさか吐くとは」
「何を言って……」
「出てきなさい」
直後、白い蛇がシルクハットから飛び出す。
蛇と呼ぶにはあまりにも大きく、まるで絵巻物にでも出てくる大蛇だ。白いうろこを血で染めた大蛇はヴィルヘルムを食おうと一心不乱に突っ込んでくる。
「ぐあっ!」
それを横に倒れるように回避し、急いで立つ。
大蛇はヴィルヘルムを食い損ねたのを心底不満に思っているのか、気味の悪い雄叫びを上げながらぎろりと威圧感のある眼で見つめてくる。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。ああ、この子は私の飼っているペット兼死体処理係でして、名前はフェール。ホワイトイータースネークの雌です。まだ子供ですが、かなり狂暴ですよ。死体しか食べていないせいで生きている人間の肉を食いたくて仕方ないようです」
「なんつーもん、飼っているんだ」
「そういわずに。懐いたら可愛いものですよ意外と。まぁ、そういうわけです。これからは遠慮なく殺しに行きます。せめて五秒は耐えてくださいよ?」
「――――ゴアァッッ!!」
蹴られたと気づくまでしばらくかかった。
体は跳ねて地面を転がる。とっさに後ろに飛んで衝撃を逃がしたが、ほとんど効果はないようだった。
消えたと思ったその次には目の前に現れていたという光景を思い出しぞっとする。
すぐに顔を上げてどこにいるのか確かめようとしたが、それすらも許してくれず脇腹を蹴られて空中に躍り出る。視界が朦朧になっていく中、蛇が自分を食おうと近づいてくるのが見えた。
「――――――」
走馬灯が流れ、意識が飛ぶ――――寸前、ポーチから注射器を取り出し脇腹のあたりに打ち込む。
すると吹き飛びかけた意識は鎖によって繋がれ、痛みもなにもなかったように消えた。
体をひねり、向かってくる蛇の顎を蹴りあげその反動で地面に戻る。背中から着地すると転がりながら跳ねて体を立たせる。
「はっ……っつぅっ……」
「五秒、耐えましたね。お見事です」
レナードは感嘆したようで笑いながら拍手をする。
その間にも、ヴィルヘルムは崩れ落ちそうだった。
自分のステータスを覗いてみると、もうすでに瀕死の領域に達しているのがわかる。
ポーチから回復薬を取り出して飲むが、もはや気休めにもならない。
「もういいじゃないですか」
「何が、だよ」
「そんなに傷だらけになって、なんになるんです? 正直私だったら倒れてます」
「……ハッ、お前と一緒にするな」
ヴィルヘルムは少々馬鹿にされたような気分になり、無理をして背を伸ばす。背骨が軋みを上げるがそれすらもう耳には届かない。
「僕は背中に守るものを背負っている。僕が倒れるということは、背負ったものを壊すということだ。背負っているんだから、『疲れた』なんて言い訳して倒れるわけにはいかないんだ。……僕が倒れるのは死ぬときだ!」
「素晴らしい心構えです。もしこんな形で出会わなければ、友人になっていたかもしれません」
「やめろよ、虫唾が走る」
口の中で溜まった血液を吐き捨てて、意識を失いそうになってもなお握っていたガンブレードを構え直す。
深呼吸をして呼吸を整え、意識を集中。
「…………」
「……行きなさい、フェール!」
飼い主の要望に応え、高速で白の大蛇が迫ってくる。
それをヴィルヘルムは見ない。カウンターを狙うため、限界まで集中力を高めるために。
大蛇が目の前にまで迫る。
――――開眼。
「ツァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
肘で大蛇の顎を殴り上げる。それだけで意識を失いかけた大蛇は再度突撃を図ろうとするも、その前に胴体へとガンブレードの刃が襲い掛かる。
しかしホワイトイータースネークの鱗の強度はかなりのもので、浅く肉を裂くだけだった。
「想定済みだぁぁぁぁぁ!!」
ガンブレードの銃口をその傷に突き付ける。
装填されているのはヴィルヘルムの『特製弾』。本当ならばレナードにぶち込むため込めた物だったが、それでもヴィルヘルムは笑う。
「見ておけ吸血鬼、この弾丸の威力を」
引き金を引く。
弾丸は進み、大蛇の体内へと潜る。
刹那――――
「…………これは」
撃ち込まれた個所から、巨大な棘が肉を食い破ったように出ていた。それも全方位から。
『凶棘弾』。特殊な記憶形状合金を使用した凶悪極まりない弾丸である。
体から金属の棘を生やした大蛇は力尽きたように倒れる。
「上出来な結果だ。大した威力だよ」
「……いい趣味してますね」
「それほどでも」
レナードは大蛇を引っ張って回収すると、大蛇の息を確かめる。
「まだ生きているようですね。さすがの生命力です……休んでいなさいフェール」
「カ、ガァ……」
体から生えた棘を素手で取り除くと、レナードは優しく介抱しながら大蛇をシルクハットの中に仕舞った。
そしてそれを被り直し、やれやれと言った感じな顔をする。
「はぁ~……あのままやられていれば良かったものの」
「死ぬつもりはさらさらないんでね」
「そうですか。正直もう飽きてきました……せめてもの情けです、殺しはしないであげましょう」
地面が爆発する。
気付く暇さえ作れなかった。
腕が腹に深く減り込んでいる。
「がッ…………あ……」
後から生じた衝撃で吹き飛ばされる。
高速で吹っ飛んだヴィルヘルムは壁を何枚も貫き、五枚ほどで止まる。
血を体中から流しながら気を失い、頭を垂れた。
「相性で勝負が覆るなど、所詮実力がある程度拮抗していなければ駄目なんですよ。このように、あまりにも差があると力技で捻じ伏せられる。一本の樹木が洪水で流されるように……大きすぎる力には抗えない。何だろうとね」
「…………」
「君は強かった。だが私の方が強かった……それだけですよ、貴方の敗因は」
意識が、途切れる。
――――――
夢を、見た。
少し昔、俺が武器商人になると父に言ったときだった。
「ヴィル、本当にいいのか?」
「……うん」
目の前に立っていたのは、俺よりもずっと大きくて筋肉がついた男。俺の父だった。
名前はアーダルベルト・カルトヘルツィヒ。武器商人なら知るぞ知る、武器商人協会のエースにして最強の武器商人。どんな仕事も受け、成し遂げる。協会に属する商人にとっては国にとっての英雄的存在のようなものだった。カルト的人気を誇り、不可能なことなんてないように思えさせてくれる。
俺の一番の憧れでもあった。
「別にお前まで無理してなることはないぞ。もともと俺の趣味でやっているんだ、お前にはお前の自由がある」
「その僕の自由とやらで決めたんだ。別にお父さんの跡を継ごうとか、そんなんじゃない」
「素直じゃねぇなー、俺の息子ながら……」
父はそれでも笑っていた。
面白いものでも見るような目をしていたので、少しだけイラッと来た。
「何笑ってんだよ」
「いや、親ってのはな、自分の子供に目標にされるのを一番喜ぶんだよ」
「目標にしているなんて一言も言ってない!」
「昔から俺を真似るところなんざそれだ。ははっ、昔俺の鉄アレイを持とうとして逆に潰された時なんて爆笑もんだったぜ」
「あ、あの時は……」
言い訳するも言葉が出てこず、その様子を見て父はまた笑う。
子供のころから、父を真似ていろいろやんちゃをして怪我をしたものだ。その度に父から笑われて、悔しくなってまたやんちゃして……今思い出すと自分でも呆れる行動だった。
「ヴィル」
「……なんだよ」
「俺の影を追いかけろ。お前が最強の武器商人を目指すなら」
「だから目指してなんて……!」
「少しは素直になれよ。あんまり自分を隠していると、心によくないぞ~? ……まったく、要らないとこばかり俺に似やがって」
「え?」
「なんでもねぇよ。んじゃ、武器商人の心構えを教えて……って、なに隠れているんだリル」
父が声をかけると、後ろの家具の影から少しだけ茶色の髪が見える。
彼女はリル・オールド・アンバーハート。父の友人から預かった子だそうだが、どうも人見知りが強いようで、この時はヴィルヘルムでさえ顔をあまり見たことがなかった。
彼女は言われて恥ずかしそうに父のもとにやってくる。
「お前も、少しは顔を出せ。せっかうの美人が台無しだぞ」
「で、でも……お外の人、顔が怖いもん……ヴィルも」
「ほら、お前のせいでリルが引きこもりになるぞ。少しは顔を緩ませろ」
「嫌だね。どうして僕がこいつなんかのためにそんなことしなくちゃならないのさ」
「頑固なのはあいつ似か……めんどくせぇな~!」
心底面倒臭そうに父は顔をゆがめる。
子供は大体そうなのだが、俺の場合は母親譲りのようでそれが特に強かった。昔から父をよく困らせていたものだ。別に悪いとは全然思っていないが。
「いいか、いつか俺がいなくなったら、お前たち二人で協力して生きなきゃならない。その時のために、今からでも協力する姿勢を見せやがれこの阿呆」
「……どうしてお父さんがいなくなるの?」
「そりゃ……あー、遠くに行ったりするときがあるかもしれないんだ。それに武器商人になりたいんなら親離れもするときだろ。……ヴィル、お前もわかっているだろ。一人で生きるなんて真似はするな」
「わかってる。けど……他人が信じられないんだ。いつ裏切るかわからない」
「それなら俺もいつ裏切るかわからないと聞こえるんだが?」
「お父さんは裏切らない。長年付き合ってきたからよくわかる」
「それだよ」
父は頑なに他人との交流を拒否しようとする俺の肩に手を当てる。
そして話した。人と関係を作るのがどれだけ重要か。
「他人とだって、長く時間を一緒にすれば大体わかってくる。確かに裏切るやつもいるかもしれない。でもその時はその時だ。そんなことを恐れていちゃいつまでたっても俺の横には立てないぞ」
「む……」
「それに、人と関係を作ったから今の俺がいる。依頼を受けて、そのたびに強くなって……商人にとっては関係は一番重要なんだ。それに失敗して堕落したとき、助けてくれる人がいるかもしれない。生きるためには、他人と接しなきゃならないんだ。言ってること、判るよな?」
「……わかったよ」
渋々承諾すると、父は輝くような笑顔で頭を撫で回してくれた。
「さぁ、そろそろ夕飯だ。出来たら呼ぶから部屋で遊んでろ」
その時の父は、いつもより優しい顔をしていた。
いつもは厳しく、しかし優しく接してくれる父が、今は優しさに満ち溢れた顔をしているのだ。
まるでもうこのような生活はできないとわかり、今この瞬間一秒でも長く子供に優しくしようとしているかのように。
俺たちは言われた通り一緒の部屋で遊んだ。俺は本を読み、リルは宝石の鑑定をしながら。
他人と接することが大事だと説かれた俺は、初めて自分からリルに話しかけた。
「お前、それやってて楽しいのか?」
「……うん」
「どの辺が?」
「き、きらきらしてるところを見ると、安心するんだ……」
「……そうか」
たったそれだけの会話だったが、俺にとっては最初の一歩となった。
ここでもしリルに話しかけていなかったなら、俺の性格はひん曲がっていたかもしれない。
一時間過ぎて父からの声が来なかったことで少し不思議に思った。少し気になり、ドアを開けると――――
「……え?」
父の胸に深く剣を刺している黒ずくめの男が見えた。
黒ずくめの男は俺に見られたことに気付くと、剣を抜いて素早く窓を割って出ていった。
父は支えを失い、その場で倒れてしまう。
「お、お父さん!!」
嫌がる体を無理やり動かし父のもとに駆け付け、服を千切って傷をふさごうとする。
だが父にそれを止められた。
「もう、手遅れだ。心臓に傷がついている……長く持たない」
「な、なんで、どうしてっ……」
「こんな黒い職業やってりゃデカい恨みの一つや二つ買うもんさ。……ははっ、実はな、俺がこの時がいつ来るかビクビクして今まで生きていたんだ。最強の武器商人の名が廃るよ……こんな俺を嗤ってくれ」
「しゃ、喋らないで! 今医者を……」
「だから、間に合わねぇっつってんだろバカ息子。長く見積もって十分、医者を呼んで病院まで運ぶにゃ時間がなさすぎるよ」
父はもう諦めたようにそう言った。
期待を裏切られた俺の胸から出てくるのは、悲しみではなく怒りだった。
「なんで、なんで諦めるんだよ……生きようと抗わないのかよ!? それでも僕の父か!」
「だから嗤えって言ってんだ……いいか、お前の父は体は強くても心が弱かった。それが本当に最強と言えるのか? 俺は違うと思うぜ」
「なんだよ、それ……ッ!」
「まぁ聞け……俺からお前に三つの頼みがある。聞いてくれるか?」
俺は黙ってうなずいた。
ここで断ると、一生このことを引きずると確信したのだ。
それに父からの遺言だ。断ったら死よりも辛いことが待っている。
「一つ目だ。俺より、強くなれ。……本当の最強の武器商人を、目指せ」
「そ、そんなこと」
「できる。最強の息子なんだ、子は親を超えるもんだぜ。いいからやりやがれ」
無茶苦茶言ってることが子供の俺でもわかった。
だが父は確信していた。自分の息子は自分を超えると。ただの感のようだったが、父はそれでも確信していた。
「二つ目。お前の、母さんを探せ」
「母、さん? 昔、死んだって……」
「生きてるよ。たぶんピンピンしてやがる。名前を変えているだろうから教えても意味がねぇな……昔よぉ、離婚したんだよ。お前には隠していたかったが、大喧嘩して、町一つなくなるんじゃねぇかとひやひやしたぜ、ホント。……理想が違って、いれば……生き方を否定したら、人はあれだけ怒るもんなんだな」
懐かしい思い出を思い出すように、安らいだ顔をする。
それから父は、まっすぐ強い瞳で俺を見てきた。これから話すのが一番大事だと言わんばかりに。
「三つ目……これが最後だ。聞き逃すなよ」
「うん……!」
「あいつを……リルを、守れ。死んでも、な」
「な……」
納得できなかった。
それは、遺言にしてまですることかと、理解できなかったのだ。
ただ預かった子供を、息子に死んでも守れと言うほうが可笑しい。
しかし俺は、おとなしく聞いた。それが遺言だからだ。
「なんであいつを……?」
「それが俺にできる償いなんだよ……。あいつの両親を殺してしまったから、俺はあいつを預かった。人間つーもんは残酷だ。ただ宝石をだまし取っている奴に対して死刑宣告するんだからな……引き受けた俺もどうかしていた。でも、子供がいるなんて、聞いてなかったんだ。ははっ……くそっ、今でも後悔してるよ……」
最強が、泣いた。
絶対に鳴くことがないと思っていた父が初めて涙した。それがあまりにも悲しくて、俺も泣いてしまった。
父は静かに両手を胸の上に載せる。
もうこれでお終いだ、と言うように。
「強くなれ、ヴィル……! 俺が守れなかったものを、守れるように……俺の自慢の息子は、絶対にできると、信じているぞ……ッ!!」
「おどう、ざん……!」
いつの間にか鼻水まで垂れて、言葉をうまく言えない。
もっと話がしたかった、もっと一緒にいたかった。言いたいことは沢山あるはずなのに、それが喉から出ようとしない。父に心残りを作らせたくない、と無意識に思っていたからだろうか。
後ろから足音が聞こえる。予想通りそれはリルのものだった。
彼女は父の容体に気付き、すぐに駆け寄り体を揺すぶる。
「お、お義父さん!!」
「リル……いや~、お前の成長した姿が見れなくて心底残念だ。ぜってー美人なんだろうな~……ヴィル、お前もだよ。父さんに負けず劣らずのダンディなイケメンになっていたら……いいなぁ」
「い、いったい何が、起こって……」
「お前が気にすることじゃない。ああ、目も見えなくなってきたぜ、畜生……じゃあ、な……二人、とも……生きろ…………よ…………」
父は静かに目を閉じた。
胸が上下しなくなる。
その事実が、何を意味するのか理解すると、涙が滝のように流れる。
「ぐっ、ぞぉぉぉぉおおおっ…………!!」
「あ、あぁぁぁああああああああああっっ!」
俺たちは泣いた。
ただ悲しくて、悔しくて、心の中がぐちゃぐちゃになるようで。
拳を血が出るほど強く握り、八つ当たりするように地面にぶつける。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
狼のように吠えた。
そうだ、俺は、倒れているわけにはいかない。
やることが残っているんだ。
父から自分を超えろと言われたんだ。
リルを守らなきゃならないんだ。
「こんなところで……倒れているわけには、いかないんだよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!」
現実世界に戻った俺は、ボロクズになりそうな体を激痛を走らせながら跳ね起こし、両脚を踏ん張らせ、ポーチから残り四本の注射器をすべて太ももの打ち込む。
とてつもない激痛が体中を襲う。常人ならまず立っていることさえ可笑しい痛みが。
叫んだ。
無我夢中に。
「アアア゛ア゛アァアアアア゛アアアア゛アア゛ァァアアアア゛ア゛ア゛アアアァァァアアアアアアアアアアアァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
喉がつぶれるのも構わず、悲しみの雄叫びを上げる。
血液が沸騰している、肌が爛れ落ちている、脳が掻き混ぜられている、体の端から端を削られている、上下が何度も逆転して内臓をシェイクされている、体中ミンチになっている。
そんな不快感を覚える錯覚を何度も味わい、血眼で前方を見据える。
歪んだ視界だったが、はっきりと見えた。
ありえないものを見ているような、シルクハットの男を。
「レェェェェナァァァァァアアアアドォォォォォオオオオオオオオオオオ!!」
「貴方は、一体……本当に、人、なのか……?」
「お返しだァァァアアオラアアアアアァァァアアアアア!!!!」
「これが……人なのか!?」
爆発的な脚力を持ってレナードの速度を上回るほどの速さを持って接近する。
さすが吸血鬼か、人外の反応速度を以て銃で拳を受け止める。ミシッ、と軋み、いつの間にか存在していた皹が大きくなる。
「オオォォォァアアァァァアアアアアア!!」
「う、動きが、格段に……ッ!?」
一瞬でガンブレードを霞ませるほどの速度で振り、レナードの胸をX字に切り裂く。
次に切り裂いた傷の交差している個所に銃口を当て素早くガンブレードをブレイクオープン。あの弾薬を装填し、間髪入れず撃ち込む。
吹き飛びながらレナードは体中から棘を生やす。生えた棘は床に食い込み、ブレーキの役割を果たしてレナードの体を固定。まるで十字架に張り付けられたような格好になりながらも、必死に抵抗を試みる。
だが、今回は俺の方が、早かった。
TNT爆薬を足元で炸裂させたような爆発を起こす脚力で猪突猛進。身軽になるためガンブレードおよび隠し持っている物を全て捨て去りながら、レナードへと拳を振りかぶりながら突撃した。
「見ておけ吸血鬼……!」
「なるほど……これが」
「これが俺の全力ッッ………――――――ッだぁぁァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
繰り出されるはすべてが完璧に噛み合った至高の一撃。
亜音速に達するその拳は、ベイパーコーンとソニックウェーブを発生させながらレナードの顔に向かう。
「僕が目を逸らし続けていた……人の可能性、か」
それだけを言い残し、レナードは俺の拳を受けた。
拳は頬に突き刺さり、回転し、骨を砕き、肉を千切りながら進む。更にもう一歩前に踏み込まれ、拳が加速される。
「―――――――――」
叫びにならない絶叫を発しながら、拳は振りぬかれる。
吹き飛ばされたレナードは音速を超える速度で壁に突っ込み――――障害物を根こそぎ貫いて、弾丸のような速度で船外へ弾き飛ばされた。
五階フロアに残った俺は、完全に意識が吹き飛びかけるのを気合で食い止め、倒れそうになる体を支える。
だが体はもう歩ける状態ではなかったのか、すぐに力は入らなくなり、倒れた。
「ぁあ……父、さん……やっと、近づ……け」
やり遂げたような表情をしながら、ヴィルヘルムは意識を手放した。
父に一歩近づいたような気分のまま。




