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第十七話・『激闘の前兆』

修正完了。

 飛行からおよそ二日と二十二時間。

 たったそれだけの時間で、飛行船は大きく様変わりしていた。

 豪華な装飾は干からびた肉と腐った体液で汚染され、高級素材であろう木材は切り刻まれ折られ破壊され、清潔だった廊下は醜く薄汚い死体で敷き詰められている。唯一原形をとどめているのは飛行船の外装だけだ。

 考えるうえで最悪に近い事態になっていた。

 乗客の大半はゾンビと化し、それを防ごうとする自分たちも数に押されて疲労をためていく始末。

 目の前に現れたゾンビの頭を蹴りで粉砕し、後ろから襲い掛かろうとする奴はイリュジオンで首を撥ね飛ばす。

 キリがなかった。

 こんなことをし始めてから十分以上たったが、一向に船長室への道は見えてこない。

 ここは飛行船内三階フロア。船長室まではあと階段を三回ほど登らなければいけなかった

「弾切れ……! くそっ!」

「――――アル!」


 軽機関銃からは空撃ちする音しか聞こえなくなる。弾丸が切れたのだ。節約して使っていたとはいえ、銃というのは弾丸が不足している場合長期戦には不向きな武器。

 アルはもはや頼みの機関銃が役に立たないと知り、バレル部分を持って鈍器のように扱う。それなりの重量はあるのか、ゾンビの頭はバレーボールのように吹き飛ぶ。


「こっちは大丈夫だ! お前は前を見ろ!」

「くっ……!」


 気を取られている間いつの間にか接近してきていたゾンビが俺の首をつかむ。その手を切断し、蹴り飛ばして壁に叩きつけた後、間に入ってきたヴィルヘルムが腰からリボルバー拳銃を取り出し頭に一発弾丸を撃ち込む。

 脳が破壊されたことによりゾンビは活動を停止させる。だがその奥からまた新しいゾンビが湧いてきた。一体倒したら五体が来る。全然いらない大出血サービスだ。

 このままでは埒が明かないと勝手に判断し、イリュジオンを収納。代わりに空いた両手に魔力をありったけ込めてやる。


「《火は塊となりて燃える》! 《集まりし火は弾け焼き尽くす》!」


 右手に圧縮された火の爆弾が、左手には回転し奔流する火球が。


「《ファイアボム》! 《フレアバースト》!」


 それを同時に放ち、大規模な爆発を巻き起こす。

 衝撃で壁や床がはじけ飛んでしまったが、死ぬよりは断然安い。出来れば使いたくなかった一手だが、もう手段を選んでいてはいられない。


「《その風は撫でるように凍らせる》――――《フローズンエア》!」


 かといって火が燃え移れば確実に後戻りできない状況まで追い込まれるので、ここで消化を開始する。余波で凍るゾンビも居たので一石二鳥。

 ゾンビは大半を吹き飛ばして残りは燃えていたり凍っていたりで苦しんでいるので及第点だ。あとは無視して強行突破が確実な手だろう。


「お前魔法使えたのかよ!」

「リスクがあるからできれば使いたくなったんだ!」


 不満そうなアルに言い訳しながらも足を止めない。これで一時的だが道は開いた。あとは全速力で階段を上り看板に出るだけだ。

 とにかく走る。止まっていてはまたあいつらに邪魔をされてしまう。


「っ!?」


 突然足を誰かに掴まれ、重心を崩して転ぶ。

 振り返ると、地面にうつぶせになっていたゾンビが俺の足をつかんでいた。ゾンビは俺の体を這い上がってきて、新鮮な肉を食おうと臭い涎を垂らしながら襲い掛かってくる。

 それに食われるものかとあらがうが、想像以上の力で押される。こちらも十分な筋力があるのでさして問題はないが、何分焦っていて上手く押し返せなかった。

 俺があたふたしていると、ゾンビの頭は急に消滅する。ヴィルヘルムの持っていたガンブレードのショットシェルによって吹き飛んだのだ。


「ありがとう、助かった!」

「礼は後で言え! 走れ! 早く!」

「なっ……くっそぉっ!!」


 後ろを見ると大量のゾンビが群れを成して津波のように押し寄せてきた。一体全体何人犠牲にしたというのだ。歯噛みしながら全力で駆ける。息は緊張のあまり上がっており、足は日々の疲労によってもつれそうだ。それを気合で覆して走る。

 階段までたどり着き、折り返し地点で一旦止まる。


「リース、階段を切断しろ!」

「おい、それじゃあリーシャたちは――――」

「今あいつらに構っている暇はない! 大丈夫だ、リルも俺に付き合ってきてたんだ。簡単に折れるような奴じゃない! だから急げ!」

「クソがッ!!」


 イリュジオンを使い、鋏のようにして階段を切断。轟音を立てて階段の残骸は落ち、修理しない限り二度と交通不可能な状態になる。これで向こうに行くにはあの海のようなゾンビたちと相手をすることになる。よほどの実力者でなければ、生きて帰ることは不可能に近いだろう。


「来い! あいつらを助けたければ、早くこの事態を止めるんだ!」

「……わかってる!」


 後悔が残るが、今はこの事態を解決するのが先決だ。リーシャも十分強い、武器が多対一には向いていないとはいえ、魔法に長けている分俺よりは中距離戦に向いている。

 自分に言い聞かせるようにして、階段を飛ぶように登っていく。道中で来るゾンビたちはすべて突き落としてやる。地の利がある分こちらの方が戦いやすかった。

 『自己防衛オートガード』さえ発動すれば天井ぶっ壊して出れるっていうのに。


「うっ…………!」

「んだよ、この数は……!?」


 先ほどより密度が濃く、数も倍近いほどあるゾンビたちが四階フロアに到着した俺たちを出迎えてくれた。あまりの数に脂汗がにじみ出てくる。

 幸いこのフロアは階段がすぐ近くにある。そこまで走り抜ければ大丈夫だが……邪魔をされるのは確実だった。到着できるのはせいぜい二人ぐらいだろう。


「……二人とも、先に行ってくれ。ここは僕が引き受ける」

「アル、お前何言って」


 アルが突然俺たちの前に出てくる。

 彼はバレルの曲がった軽機関銃と野戦用ナイフを握り、大群に対し殺気を向けている。

 肌身で分かる。完全にここを引かないつもりのようだった。


「なぁに、年長者からの贈り物だ。安心しろ、そう簡単にはくたばらん」

「でもお前そんな武器で……持つわけ、ないだろ」

「食い止めるぐらいはできる。さぁ、早く行け! 早く走れ!」


 彼の覚悟は本物だった。ここで死んでも活路を開く、不意にすることは俺にはできなかった。


「これを」


 行く前にヴィルヘルムが懐から、バレルを切り詰めたショットガンとサブマシンガン、そしてそれに対応する弾薬をアルに手渡す。アルはそれを無言で受け取ると、ナイフを口に加えてサブマシンガンを腰に吊り下げてショットガンを構えた。


「死ぬなよ」

「可能な限りは善処する」


 俺とヴィルヘルムは全力で走る。それに応えてゾンビの群れが襲い掛かって来るが、アルの援護で襲い掛かろうとしたゾンビの頭部が木っ端みじんに砕け散る。

 心置きなく走れた。邪魔をされる心配はない。頼もしい見方が守ってくれているのだから。

 非常階段に飛び込み、扉を閉める。

 一見非情に見えるが、最善の対処だ。アルもそれをわかっている。


「……すまない」


 心の底から謝罪し、その場でへたり込むのをぐっと我慢する。

 緩みそうな腰に力を入れると、非常階段を駆け上がる。

 犠牲は一つも無駄にできない状況。一秒でも早く進みたいという気持ちをおしこめながら、階段を無事登り切った。

 このフロアには、ゾンビたちはいなかった。

 周囲に腐った死体が積もっているので――――事前に掃除された、のほうが正しいだろうが。

 広い広間の中心に、シルクハットをかぶった青年が立っていた。

 その服にも見覚えがあり、記憶の中ですぐに掘り出せた。

 だけど、髪の色が違った。

 前に見た黒ではなく、白く変わっていた。過労での色素損失ではなく、染めたように美しい白色に。


「久しぶりでしょうか? あの時、図書館出会いましたよね。互いに名前は知りませんが」

「…………」

「だんまりですか、そうですか……結構傷つくなぁ無視されるのって。まぁいいでしょう、特に気にはしません。しかし意外でしたよ、まさかあなたがここまで来るとは。これも何かの縁ですかね」

「……まさかお前が、そうなのか」

「ええ。『帝国残滓エンパイアリービング』の一部隊隊長、レナード・ローエングリーン。以後、お見知りおきを」


 シルクハットの男、レナードと名乗ったものはご丁寧にお辞儀までして自己紹介をした。

 ここで名乗らないのもあるが、変なあだ名で呼ばれるのも癪なのでこちらも名乗ることにした。どうせ偽名だしな。


「リースフェルト、だ。いきなりだが死にたくなければ退け」

「はっ、ははは! 偽名を名乗っておいて、いきなり『退け』と申しますか。いささかマナーが身についていないようですね」

「お前が言うな……」


 偽名というのが一目で看破された。それ自体は別にどうでもいい。名前など単なる通称に過ぎないし、本名を名乗ったところで変わらない。強いて言うなら珍しい名前だと言われるぐらいだ。


「ああ、追加注文だ。リーダーなら、ゾンビ……死体をリビングデッドにしている奴を止めることができるよな。今すぐ止めろ」

「それは命令ですか?」

「決まってるだろ。早くしろ」

「いいですよ」

「何?」


 レナードが手袋をはずしてパチンと指を鳴らす。

 すると身を包んでいた悪寒が消える。ブラフ、かもしれないが今は解かれたと悲願するしかない。


「別に死体たちをリビングデッドにすることが目的ではないですし。これは単なる余興です、反逆者を皆殺しにするためにね。捨て駒を少々生産したにすぎません。それに、生産を止めただけで、もう作られたリビングデッドたちが動きを止めることはないですが」

「……こんなことをして、お前らは何をしでかすつもりだ」

「ヴァルハラへの宣戦布告。および、占拠への第一歩です。そのためには、これを邪魔されるわけにはいかないんですよ。一歩目で躓くと碌なことがありませんから」


 静かにイリュジオンを構える。

 相手が殺気を出してきたのでこちらもそれに応じただけだ。相手は今は非武装。一気に勝負を決めるには速度が重要――――!

 床が爆発、それは単なる脚力により起こされたものだ。

 『超過思考加速オーバーアクセル』により、脳の制限が解除され身体能力が一時的に上昇したのだ。常人には反応できない速度。確実に決まった。

 そんな確信はすぐに叩き折られる。


「まぁまぁ、話ぐらい聞いてくれてもいいじゃないですか」

「な……ぁ!?」


 首まであと数センチというところで、二つの刃は両手により止められていた。


「馬鹿な!」

「確かに普通の人なら、反応は不可能だったでしょうね。普通・・なら」


 レナードは笑顔の中で、ゆっくりと口を開いた。

 そこに見えるのは、吸血鬼特有の鋭い犬歯。血管が張り巡らされた鋭い牙だった。


「てめぇまさか――――」

「ええ、私は使徒。吸血鬼です」


 レナードは掴んでいた刃を離すと、俺の頭部を鷲掴みにする。

 そして掴んだ頭を地面に叩きつけて、跳ねたところを音速の蹴りで追撃。どれも並の力ではなく、初撃目で意識を失いかけだ。だがギリギリ意識を掴み取り、蹴りを目の前で腕を交差させることで防御。

 足と腕がぶつかる腕の骨に皹が入るような衝撃が走ると周りの景色が高速で過ぎ去る。

 何が起こったのかもわからず、気付けばとてつもない衝撃が何回も背中に衝突し何回も回転するような感覚に見舞われる。肺からは空気が叩き出され呼吸もままならない状態になった。


「ごっ……はぁっ……!」


 状況を確認すると、どうやら俺は地面を水切りのように跳ね最後に壁に突っ込んだらしい。

 肺に無理やり空気を入れると、軋み悲鳴を上げる体を使い立ち上がる。


「防御しても……これかよっ」

「ナイス。これで生きているとは、さぞかし名の売れた者ですかね」

「売れて、ねぇよ! ヴィルヘルム!」

「了解!」


 合図を出して、ヴィルヘルムは動く。

 懐に隠し持っていた水平二連式ソードオフ・ショットガンと三点バースト式自動拳銃を抜き、全弾発射。一つでも当たるように面のように発射する。弾丸は粗悪品だが当たれば十分。一秒でも動きを止めたら俺がその首を落とすまでだ。

 その時、俺たちはまだ吸血鬼の能力を見誤っていた。

 偶々勘を取り戻したスキル『心眼(偽)』が、レナードの強さをはっきりと俺の目に移したのだ。


【ステータス】

 名前 レナード・ローエングリーン HP13000/13000 MP1500/1500

 クラス 吸血鬼(眷属)

 レベル13・・

 筋力76.11 敏捷97.00 技量34.91 生命力78.76――――


 鈍っていたのか必要最低限の情報しか読み取れなかったが、その異常性は一目でわかった。


「ヴィルヘルム! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!」

「なんだと!?」


 弾は当然全部外れる。逆に攻撃直後の隙を狙って近づかれてしまった。

 そのあまりの速度にヴィルヘルムは反応できず棒立ちの状態で近づかれる。弾切れの状態の銃は邪魔者にしかならず、瞬時に攻撃は不可能。

 レナードの腕が振り上げられる。


「オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 絶叫交じりに叫びながら、『超過思考加速オーバーアクセル』を発動。

 極限まで高めた敏捷力を持って時速二百キロまで到達。稲妻が走り視界が軽くショートしながらも、両手に持ったイリュジオンを全力で振る。


「っ……!」


 偶然か、レナードは油断していたため反応が遅れた。

 潜在的に引き出された火事場の馬鹿力により切断力も向上しており、受けたらまず無事では済まされない一撃がレナードを襲う。

 手応え有り。だが致命的な一撃にな至っていない。

 俺の渾身の不意打ちは、レナードの腕一本を切断するだけに留まった。

 切断された腕は空中に跳ね上がり、レナードは高速でそれを回収。俺たちから軽く距離を取る。


「へぇ……なかなかの上玉だ。まさか今Sランククラスの敵と相見えるとは、夢にも思わなかったですよ」

「くそがっ、この化け物……!」


 まさか自分から他人に『化け物』と呼ぶとは、昔なら信じられない。

 イリュジオンを威嚇するように器用に振り回し体勢を立て直す。

 幸いヴィルヘルムはノーダメージ。俺にはかなりのダメージが入っているが、やせ我慢できるレベルの範疇だ。問題は多分ない。


「さて、話の続きをしましょうか」


 さわやかな笑顔とともに、まるで何事もなかったかのように腕を繋ぎ直すレナード。

 傷は何もなかったかのように綺麗にに消え、付着しているはずの血液は肌に浸透するように消える。

 改めて吸血鬼が化け物だと確信した。


「これから話すことは只の余談なのですが、私たちはこの船の全乗客から血を回収するつもりでいます」

「自分自身のためか?」

「いえ。我が主のため。主のご注文だったので、私はそれに従ったまでです」

「主? そいつはこの船にいるのか?」

「ええ、甲板で風に当たっていますよ」

「余裕たっぷりなこった」


 実際余裕があるのだから引き攣った笑みしか出てこない。

 相手がこんな常識の論理外にいるような連中だったとは……いよいよ死ぬかもしれない。


「では、主のご注文です。一人だけ、ここを通せと命じられています」

「……なぜだ」

「新しく手に入れた力を、一度試してみたいと。そして、私の見込んだ者を一人だけ通せという命ですよ。どうします? ここで二人で私を倒すもよし。一人だけ通るもよし……ゆっくり、考えていてください」


 慢心の表れにもほどがあった。

 こいつの主だというなら、確実にこいつ以上の化け物だ。相手が務まるのは――――現状、俺しかいなかった。

 だがこいつも十分危険すぎる。ヴィルヘルム一人に任せていけるような雑魚ではないのだ。


「リース、行け」

「おい、冗談をするならもっと笑えるものをしろ」

「あんなコウモリ野郎、俺の特製弾でド頭ぶち抜いてやるから、お前はさっさと先に進めよ。僕が簡単に死ぬような奴に見えるか?」

「……ナイスジョーク、と言っていいのやら」


 ヴィルヘルムはショットガンと自動拳銃を投げ捨て、本来の獲物であろうガンブレードを抜刀。

 完全にやる気だった。リルがよほど心配なのだろう。一分一秒でも早期に事態を収拾したいと思っている証拠だった。

 俺も正直、おいてきた女性陣が心底心配であった。

 軽くヴィルヘルムの背中を叩き、気合を入れてやると笑顔で見返してきた。

 俺は、レナードの横を素通りする。宣言通り彼は手出しをしなかった。嘘という可能性があったら、その時は俺も全力で迎撃するつもりだったが杞憂に終わったらしい。


「幸運を」

「お前もな。……さぁ、やろうか吸血蝙蝠。ここがお前の墓場になると思え」

「期待はしておきますよ」


 階段を上り始めると、背後から発砲音が何度も聞こえる。

 振り向かない。

 あいつが先に進めといったのだから、俺はそれに従うまでだ。



――――――



「ぷっ、ぷはっ……し、死ぬかと思った」


 瓦礫の山から銀色の髪を持った少女、リーシャが出てくる。

 ここは食堂――――だった場所。天井が完全に崩落し、もはや原型さえとどめていない状態だが。かろうじて明かりはついているものの、頼りないとしか言えない。

 まるで台風が通ったような惨状だった。

 その原因は一番最初に目覚めたリーシャの放った古代魔法『破壊する感情カタストロフィ・パーテマ』による完全破壊。リビングデッドの群れだけを仕留めるつもりだったが、力の加減を間違えて食堂だけでなく上の空間まで破壊してしまったのだ。

 『赤』の属性。『破壊』の魔力。

 その力の一端だというのに、リーシャ自身自分でもこの破壊力に感嘆する。


「できれば、使いたくなかったんだけどな~」


 制御できない力を使うことは、自殺行為とほぼ同じだ。

 一歩間違えれば力が逆流し、自滅していたであろうこの禁術。使用することはほぼ賭けだった。あえて収束せずに最低限だけ生成した魔力を流したことでリスクを軽減したが、最低限でこれだ。

 やはり制御しきれていないのだろう。リーシャは溜息を吐きながら、仲間の身体を探す。近くにいたので、特に探しもせず見つけられた。リルとアウローラ。二人とも引っ張り出して瓦礫から出す。


「……もういないよね」


 さすがに暴走一歩手前の力を二度も使うのは遠慮したい。

 周囲を確認し、自分たち以外に誰もいないことを確信すると尻もちをついて座る。

 服の左腕部分を千切る。すると、壊死寸前の左腕が煙を上げていた。傍から見れば激痛が容易に想像できる状態だが、幸か不幸か神経はもうすでに壊死しているので痛みはない。


「相変わらず気持ち悪いなぁ……自分の腕ながら。――――『青は希望の感情・また心は冷徹に・時は正常な時まで遡る』」


 異常がない右手で左腕をつかむと、そっと静かに詠唱をする。


「《再生させる慈悲アナパラゴギー・エレオス》」


 瞬間、青色の光が発せられ今にも死んでいく左腕を光が包んでいく。すると見る見る左腕は壊死した細胞が消えてゆき、やがては正常な状態へと戻った。

 まるで時間が戻ったように。

 『赤』とは正反対を成す『青』の力。その力は『破壊』の対になる『再生』の力であった。どちらかというと時の『逆行』のほうが近いが、似たようなものなら『修復』や『再現』でもいい。名前はあくまで呼ぶ時の方法に過ぎないのだから。

 『青』の力は『赤』の力が左腕をあのように変貌させてしまったような副作用はない。とはいうものの、リーシャ自身この魔法については詳しくは知らない。とにかく、身に変化が起きていないので『青』の力は比較的安全なのだ。ただ、時間を戻し過ぎて幼児化なんてこともあり得るかもしれないが。

 治った左腕の状態を確かめるように手を握ったり開いたりしていると、後ろから呻き声がする。


「リ、リーシャ、さん?」

「リルちゃん、やっと起きた? あっはは、大丈夫。もう敵はいないから」


 起きてからすぐに身震いしているリルの肩に手をやって落ち着かせてやる。

 そりゃ誰だってあんなゾンビ映画のような光景が現実になったら堪える。体験したことのない恐怖というのは、不安を誘うものだ。初めてバンジージャンプをやるようなものだろう。


「ア、アウローラさんは?」

「無事だよ。隣で寝ているでしょ」

「あ、ああ、よかった。みんな無事で……」

「食堂にいた観客は、全滅だけどね」


 そう。リーシャ達以外にこの食堂で生きているものは一人もいなかった。

 リーシャにとっては死のうとどうでもいい存在なのだが。逆に下手に動き回れて相手の駒になり下がるなど迷惑千万にもほどがあった。

 いい人は何人かいたようだが、それでも今は亡き者。考えていても仕方ない。


「……ッぅ!!」

「……アウちゃん?」


 アウローラが目を覚ますや否や、手足を地面に叩きつけて跳ね起きる。

 空中で一回転して体勢を整えるや否や、瓦礫の中から手ごろな大きさの角材を手に取る。それを見てリーシャは、まだ敵が残っていると勘違いしているのかと思った。

 その予想が大きく外れていた。

 リビングデッドは確かにいない。リーシャの魔法で綺麗に消え去った。

 それ以外・・・・の脅威は?

 あの時、自分たちの敵がリビングデッドだけだったとは限らない。アウローラは本能的にだが、そのかすかな気配を感じ取れた。しかし構っている余裕はなかったので放置するしかなかったが、今は違う。

 天井に残った残骸が崩れる。

 煙を上げながら、それは落ちてきた。


「…………ははっ」


 薄笑いを浮かべながら、黒いフードを目深にかぶった青年がそこに立っていた。

 普通に見えて、実はそうでもない。

 体中に凶器を仕込んでいたのが体の凸凹で判断できた。手ぶらに見えて実は小さな武器庫ほどの武器を隠し持っている。そんなことを得意とするのは言うまでもない。暗殺者アサシンである。


「いや~、なんすかこの船。化け物揃いっすか? 気配を見抜かれるのはこれで二度目っすよ。あの黒髪の少年と、そこの藍色髪のちびっ子。暗殺者としてあるまじきことなんですがねぇ」

「貴方誰?」

「判ってて言ってんすかそれ。今回はわざと暗器を大量に身に着けたんすよ。これだけ持ってりゃそこらのアホでも簡単に気付けますよ?」

暗殺者アサシン……狙われる理由に心当たりはなくはないんだけど……」

「依頼っすよ。まぁ、ぶっちゃけて言うと、障害を一人でも多く殺しておけってのがオーダーなんですがね。最初は『会話をしたやつを排除しろ』なんていうから落胆しかけましたけど、ようやくまともな仕事が入ってきたもんすよ」


 おちゃらけに暗殺者は腰から抜いた数本の投げナイフで器用にジャグリングする。

 殺気は微々たるものだが、密度が尋常なものではなかった。

 ふざけているように見えて行動の一つ一つに無駄がなく研磨されている。業物の刀剣のようなキレがあった。高確率で強敵とわかる。


「提案なんですが、無抵抗にやられちゃってくれませんかね? 痛みはないっすよ?」

「断っておく。ここで死にたくはないし」

「わ、私も……死にたくありません!」

「同感。拒否、する」


 瓦礫に埋もれていたフローティを引きずり出す。

 少々埃被ってはいるが、純銀で出来た刃は輝きを失わず、かすかな光源の光を反射して輝いている。


「そっすかぁ~~、あークソ面倒だなぁ……暗殺者が正面から突っ込むって冗談でも笑えないぞ、おい」


 口調が急変した暗殺者は空中に投げていた投げナイフをすべて掴むと、暗殺者はそれを投擲。

 かなりの腕前であったようで、まるで吸い込まれるように三人の頭に向かっていく。しかし、リーシャはリルを抱えて避け、アウローラは直感で首を少しだけずらして回避。

 暗殺者はそれで相手の力量を図り終えたようで、装着した籠手から薄く短いブレードを展開。


暗殺者アサシン教団、第四等級暗殺者カール・ナーハフォルガー。手加減無しで行かせてもらう」


 蒼く光る眼を暗闇に紛れさせながら、暗殺者は三対一、しかも正面からという異常な戦いに身を投じる。

 だが忘れてもらっては困る。

 暗闇とは、隠れる者に味方をするということを。



――――――



 ギシッ、と看板に足を乗せると気が撓る音が聞こえる。

 風は剃刀のように鋭く頬を叩き、本当に顔の産毛が切れているかのような錯覚が感じられる。

 当然だ。今この船は船速百五十ノット、時速三百キロで空を突き進んでいるのである。更にそのサイズは超弩級、受ける風は乗用車などとは比べ物にならない。

 現在高度約五万メートル。対流圏中間の場所、気圧も地上よりかなり低くなっている状態である。更に、温度はマイナス五度。なかなかの環境だ。

 『ストラトスオルカ・ザ・スカイヴェッセル』の甲板はかなり広かった。まるで舞踏会でも開くつもりで作っているように思える。

 この飛行船は高高度を飛行している為、周りに雲が一切ない。そのため、夜景はいつでもどこでも観賞することができる。今日は満月の夜。月は太陽の光を反射してこれ以上ないほど輝いていた。

 その月の光に照らされている甲板の上に、まるで良質の絵の具でも塗ったようなきれいな白色の髪と肌を持った白いワンピースを着た少女が背中を向けて立っている。綺麗、という言葉よりもまず先に不気味という言葉が出てきた。白ずくめすぎて少々引いたのか、それとも彼女の出す妖艶な気に反応したのかはわからないが、とにかく気持ち悪い。


「……今宵は満月の夜」

「…………」


 見た目と合う、少女そのものの若々しい声が聞こえる。

 言葉に応えず、両手に握るイリュジオンを垂れ下げたまま一歩一歩先に進んでいく。


「血を吸うには最適な日和だ。久しぶりに、少々興奮する」

「……ルージュ」


 自分の体に住み着いている人格を呼び覚まし、殺気を段階的に出していく。

 それにつれ、体が熱くなっていっている。


 ――――やっと本命のお出ましね……油断は禁物よ、初手から抜からないで。

(了解)


 白の少女がこちらを振り向く。

 一目で可愛いとも美しいとも呼べる整った顔立ち。男としての本能を擽る赤い唇。

 最後に――――血のように紅い瞳。


「さぁ、少しは楽しませろ人間。夜はまだ始まったばかりだ……飽きさせるなよ?」

「はっ、誘うならもうちょい大人になってからやりなチビコウモリ。……道を退いてもらうぞ」


 そうして――――夜の激闘は始まった。




次回は都合で少々遅れるかもしれません。

追記・遅れます。予定は一月二十八日(水)。個人の都合で更新が遅れてしまい、申し訳ございません。

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