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第十五話・『ハイジャック』

誤字修正

 現在、図書館にいる。当然情報収集のためだ。

 あらかじめ持ってきた茶を飲みながら、義手で持っている本のページをめくる。

 義手の調子は概ね良好だ。メンテナンスが可能な者が居ないことを想定して作られているのか、プロフェッサーと呼ばれる女性の腕には脱帽の他なかった。

 唯一欠点があるとすれば、周りの目を引くというところだがこれはどうにもならないだろう。こちらの世界では『科学』というテクノロジーは発展途上中なのだ。『魔法』という代替品でありオーバーテクノロジーがあるのだから発展速度が遅くても仕方ないが。

 それでもあるだけで感謝するべきか。もし『科学』という概念がなかったら、俺の腕はシンプルなものではなくもっと複雑なものとなっていたのだから。構造が全くわからないものはあまり信用したくない。

 茶を啜り、本に目を通す。

 この本はごく普通の、どこにでもありそうな職業紹介の本だった。

 今俺が開いているページは『騎士団』。俺が今やろうとしていることは、聖杯騎士団という存在についての情報収集だった。リーシャの長話を聞くより、流し読みで大方内容がつかめそうな本のほうがいい

と判断したから図書館に足を運んだ。

 相変わらず、真面目に考えていたら意味不明に思えるほどのわけの変わらない単語の羅列だったが、自然と理解できた。気持ち悪いったらありゃしないが、今は有効活用しておこう。

 ……騎士団。

 それ自体は何ら変哲もない、王や貴族が作りし団体。国中の手練れや志願兵を集め、国力増強のために創立するものである。基本的に国の防衛に回ることが多く、本部も国の中にあることが大半である。

 構成員は基本的に国民であり、試験を通過したり王や貴族に認められない限り入ることは叶わない。端的に言えば、選りすぐられたガチガチのエリート軍事集団である。

 はっきり言ってしまえば、やれ騎士道だやれ正々堂々だと銘打っておきながらしっかり暗部まで用意する綺麗な皮をかぶった軍事組織だ。

 そんな騎士団は世界中にあり、一つの国に一つの騎士団がある。そりゃ国だから自衛目的の軍事力は必須であろう。それでも貧しい国ならその質はたかが知れているが。

 世界で最も強力と呼ばれる騎士団は全部で三つだ。

 一つ目は『紅血こうけつ騎士団』、世界で二番目に広大な領土を持つ帝国『フェーゲフォイヤー』の主力騎士団だ。その国は数十個の騎士団を持っているが、一番存在が大きいのは『紅血騎士団』だという話だ。着ることを約束された制服は血を浴びたように赤く、騎士団長であるスカーレット・オルカ・エヘクシオンは世界有数の、最高に最悪な超好戦的狂人と知られる女性・・だ。見た目は絶世の美女と呼んでも差し支えないほどでまだ二十代ほどの外見らしいが、その身の約四倍近い大剣を片手で振るう怪力もさながらその殺気はもはや化け物や人外と称されるほど強大で凶悪。殺した生き物は数知れずという正真正銘の狂人である。できれば関わりたくないものだ。

 二つ目は『銀狼騎士団』、それほど強大ではないが小国ながら周囲に存在する大国からの波状攻撃に耐えきったとされる超鋼籠城が有名である国『ハイリヒトゥーム』の、唯一の騎士団。たった一つに過ぎない騎士団で、人数も少ないと一見すれば弱小勢力に感じられるが実は違う。隙あれば突風のように突撃し、喉元に噛みついて肉を食いちぎる、と言われるほどの電光石火の行動力と隠密力を持つ、ゲリラ戦術専門の騎士団なのだ。纏った外套は雪国のオオカミのように白く、不純物が見られない純白の制服。騎士団長はリスティ・ユーティラス・フェンリスヴォルフ。その姿は一国の姫君のように麗しく、心も聖母のように心優しいと言った、なんだか胡散臭そうなことが書いてある者だ。騎士団長どんだけ女性多いんだよっていうツッコミを飛ばしたい。

 話を戻そう。彼女は純白のサーベルを二つ同時に扱う二刀流使いであり、身のこなしは達人以上、そしてなにより人とは思えない速度で獲物を翻弄し苦しまないように一撃で殺めるという、おい聖母設定どこ行ったと思えるスタイルを取る。しかし戦闘は極力避けているらしいので非好戦的のようだ。だが関わり合いたくない。狂狼フェンリスヴォルフっていう名前だけでもう嫌な予感しかしねぇよ。

 そして最後、三つ目――――『聖杯騎士団』。中央大陸最大最高の領土を持ち、かつ治安もいい税も程よく機人族エクスマキナ以外の全ての種族が共存し、世界貿易の中心ともなっている王都。数千どころか数十万年の歴史を持つ超大国家、中央大陸でも有数の貿易首都『ヴァルハラ』を所持している王国『アースガルズ』。貿易首都『ヴァルハラ』の中央部に本部が創立された『聖杯騎士団』はその圧倒的武力をもって総ての脅威から国を守る盾になっている。最大国家なら武力も最大級。他の追随を許さぬ量と質、その二つを持って、王宮の正面門を拝めた反逆者は一人も存在しない。盾にして最硬、剣にして最強。纏う制服は青を基準とした白、『正義』と『純潔』を代表する色を取り作り上げられたその服は誰もが憧れるほど美しく、素晴らしいと皆口をそろえて言う。

 最も大事なのはその頂点であり数百年前の創立・・当初から騎士団長の座を誰にも譲っていないだけでなく、人類最強の名を冠する史上最強の人間。個人的な別称としては人間核兵器と呼びたくなるほどの傑物。エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン。その男が持つ唯一無二の最強の聖剣『デュランダル・パラダイスロスト』は二メートル半超の大剣だが、彼はそれを鶏の羽でも持っているかのように振るうという。一騎打ちを挑んだスカーレットを剣の一振りで膝をつかせたとか、素手で飛竜の身体を爆発四散させたとか、地団駄を踏めば地震が起きたとか、目線で幻獣を殺したとか、しまいには自分で割った大陸を気合で元に戻したとか。

 ……ラノベの主人公真っ青どころか神話にでも登場してんじゃないのかというほどのチートの塊だった。現実味がなさすぎるが、ちゃんと現存しているのだから絶句しざるを得ない。

 苦笑どころでは済まされないその数々の英雄伝を読み、こう思った。


「うわぁ、関わりたくねぇ……」


 できれば一生。できなくても一生。ありえないだろ、存在許されるのかよこんなリアルチート。イチ○ーでもさすがに自重するレベルだぞ。神様何やってんだよ、バグが生じたならちゃんと直しておけ。

 これから聖杯騎士団に殴り込みに行きたい意気込みを作ってはいたが、こいつの存在で一気に崩れ落ちた。嘘だとしてもここまで露骨に嘘を書き込む必要背はいない。つまり真実である可能性が高い。真実ならば絶対勝てない。

 武力による交渉が不可能になったことにより、項垂れる。空想談などと白を切ったらそこでおしまいだ。この世界はレベル制――――つまり、上げれば上げるほど強くなれるのだ。もしエヴァンという者がレベル三桁四桁突入していればこんなことぐらいはできるだろう。

 制限がない。

 それはつまり、差が無限に広がるということ。

 どう見ても、話し合い以外に解決の糸口が見つからなかった。

 俺が同格に立てれば話は別だが、数日でレベルを三桁にしろだなんて重度のゲーマーでも無理がある。無茶苦茶だ。


「……拳でやるのも、面倒なんだがな」


 元々実力行使は最後の手段のつもりだ。可能な限り、話し合いで行こう。うん、そうしよう。

 本を閉じてそう自分に言い聞かせながら紅茶を一口。冷めた紅茶は不味いな。

 その時、服の袖が引っ張られる。


「ん~」

「……んだよ、お菓子ならさっき食べたろ」


 俺の服を引っ張っていたのは、なぜか俺の一緒に図書館についてきたアウローラだ。長く一緒にいたせいか懐いた……のか、基本的に俺についてくる。それは特に問題ではないのだが、先ほどからお菓子をねだっている。あげるのは構わないがあげ過ぎは、栄養バランスを崩すからね。


「お、菓子~」

「言葉喋れるようになったからって、あげられないものはあげられません」


 体を揺すぶられながら適当に対応をする。

 そういえば説明し忘れていた。図書館ここに来てから、アウローラには教科書を読ませていたのだ。つまりは、最低限のコミュニケーションをとれるように学習させていたのである。

 その結果、一時間満たずこいつは少しだけ喋れるようになった。とんでもない速度で知識を吸収し、もう少しで日常生活を問題なく過ごせるほどになっている。

 脳が空っぽだから知識も入りやすいのか。この調子でどんどん覚えてもらって構わないが、執拗にお菓子をねだるのはやめてほしいものだ。


「ちょう、だい」

「だめだ。ていうかもう無いんだよ。夕食前にあれだけ食っていたら飯食えなくなるぞ」

「む~~~~」

「耳を引っ張るな」


 ないものはあげられないんだ、と言い聞かせるも聞く様子が全くない。前からクラッカーや飴などを上げたが、どれも非常食の一つだ。前々から持っていたものだが、もちろんその数は少なく――――と言ってもカロリーが高いので少ないのは当然だが――――すぐに菓子類は尽きた。

 高カロリーの食物を少しばかり多めにとったアウローラはこれ以上食べたら肥満気味になるかもしれない。そう危惧して今は与えていないのだが、反感を買って今や体を好き放題いじられていた。

 しょうがないじゃないか、彼女を思ってのことなのだから。


「これ以上食ったら太るぞ?」

「動けば、いい」

「そういう問題じゃないっての……あいつここまで大食いだったっけな」


 過去の記憶を掘り返してみるが、思い当たる節はなかった。

 美味いものを食べたい気持ちはわからんでもないが、限度っていうものがあるだろう。

 時計を確認すると、もう六時を過ぎていた。ここに来たのは大体四時だから、もう二時間も本を読んでいたことになる。もう少し本を読みたかったが、もうすぐ夕食時だ。リーシャやリルたちとの待ち合わせもしている。もう少ししたら片づけて出よう。

 隣に積み重なった本をもって、元の場所に戻そうと本棚のある場所に移動しようとするが――――アウローラは相変わらず俺の服を引っ張り続けていた。


「もういい加減、放さないか?」

「お菓子、くれなきゃ、嫌」

「……はぁぁ……わかったよ、あとで売店にでも行って、適当なもの買ってあげるから、放してくれ」

「本当?」

「本当だ」


 アウローラも願いを叶えてくれることに満足したらしく、やっと服を手放してくれた。

 予算自体は十分にあるものの、いいのかなぁ……その分働かせるか。


(ルージュ、起きてるか?)


 一心同体、なのかどうかはさておき、俺の体に同居している人格、ルージュに話しかける。かなり前から全然声を発していないが、何かあったのだろうかと心配してしまう。

 どうせ寝ているだけだろうけど。


 ――――何か用?

(いや、全然しゃべらないから何事かと思ってな)

 ――――なら話しかけないでよ……こっちも楽じゃないってのに。

(お前なんもしてないだろうが)

 ――――全然動けないってのも、なかなか苦痛よ? 味わってみる?

(いや……遠慮しておく)


 そりゃ自由を奪われたら疲れもたまる、と納得する。

 彼女はよく知らないが、魂だけの状態なのだ。俺の体は動かせないし、移動もできない。そして外にいる人間とも話すことができない。やれることは俺と会話するか俺の視界と同調して俺の見ているものを見るぐらいなのだ。暇過ぎるというのも酷、か。


(それで、お前の言う『臭い』の正体は掴めたか?)

 ――――いえ、まだね。

(だろうな。まぁ、そんなに気に留める必要もないだろ)

 ――――それが二つになったことは確認したけど。

(……!?)


 衝撃の事実に、本棚に戻していた本を取り落としてしまう。

 音がして、周りの人間に変な目で見られた。落した本を拾い直し、ルージュに問い詰める。


(どういうことだ。一つじゃなかったっていうのか?)

 ――――最初は一つだった。でも途中から二つになったの。ありえないわ。

(理由は、分からないよな)

 ――――わかったら苦労しないわよ。


 だろうな、と苦笑。

 さてどうしたものか。それが危険因子ではないというのなら別に構いやしないが、ルージュの様子からその可能性は低いだろう。例えるなら積み荷にある爆発物か。


(正体は掴めているのか)

 ――――複数ある。一つは、リビングデッド。あなたの世界でいうゾンビね。アレは人の肉を食べているから、血が混ざっていてもおかしくない。二つ目は……できれば考えたくないわね。

(……言ってくれ)

 ――――吸血鬼ヴァンパイア。家畜と罵る人間の血を吸う薄汚い化け物どもよ。あいつらは血液型もなにも関係なく吸って自分の血に変えるから、可能性としては大有りね。

(お前としてはどっちの方が可能性が高い。自分の意見を交えても構わないが楽観視だけは絶対にするな)

 ――――後者。そもそもリビングデッド程度ならそこらの奴でも機関銃ぶち込めば簡単に倒せるからあまり騒ぎにはならないわ。それ以前に発生原因は死霊術師ネクロマンサーが意図的にやったかゾンビパウダーを間違えて吸ったぐらいだし、そんなものを警備の堅い豪華客船に持ち込むやつなんてまず存在しないわ。死霊術師にしても魔法発動の痕跡程度は残るはず。なのに無い。……吸血鬼しか考えられないわね。


 妙にルージュが暗い。苛立っているのもあるが、何より不安が混じっている。

 それほどにヤバい存在なのか。この世界の吸血鬼というものは。

 確かに吸血鬼は創作・伝承でもかなり強大な存在として例えられている。かのヴァン・ヘルシングは「怪力無双、変幻自在、神出鬼没」とまで評していた。少なくとも侮れる相手ではないだろう。


(強さはどの位だ。俺でも勝てるか?)

 ――――無理ね。雑魚ならよかったけど、ここまで臭いがこいとなると十中八九真祖級よ。今の貴方じゃ勝ち目ないわ。

(やってみなきゃ……なんて言わないが、そいつが敵対心を持っている可能性は)

 ――――五分五分。ああ、でもプライドが高いとなると、友好的1、敵対的9かしら。あいつらが人の多い場所に来る時は必ず吸血目的か拉致目的だし。

(……まさか嫌でも戦う羽目になるとか言わないよな)

 ――――……そうなったら脱出艇で逃げなさい。それでも助かる可能性が少し上がるだけだけど。あいつら空も飛べるし。


 頭が痛くなる。これで何度目だ。

 今の心情を例えるなら、何度も本意ではないのに戦いに巻き込まれる奴だ。

 不本意なのだから嫌になるし、逃げたくなる。

 だが逃げられないのだから一方通行。

 楽な道が殆ど塞がれた。


(……いや、逃げないさ。どうで逃げられないし)

 ――――逃げられるなら逃げていたってことね。ま、貴方は仲間を見捨てるタイプじゃなさそうだし、アウローラ置いて逃げ出す心配もないわね。

(見捨てないさ。絶対に……)


 もう二度と、な。



――――――



 図書館を出た俺は、その事実を素早くヴィルヘルムに伝えた。

 当初ヴィルヘルムは変なものを見るような目だったが、話を聞く度に顔は真面目なものに変わっていった。ここに来るとき警備員数名が行方不明だということを聞いたので、それも伝えておく。


「……マジか?」

「嘘なら言わない。お前に嘘を言って意味があるのか?」

「あると言えばあるが……さすがにそんな嘘はつかないな。もう少し信憑性のある嘘をつく」

「あっそ……。信じてはもらえないだろうが、心には留めておけという警告だよ。俺の推測の域を出ないからな」


 実際『可能性』というだけだ。その吸血鬼が襲って来るとも限らない。出来れば来ないでほしい。

 因みに今リーシャとアウローラがこの部屋来ている。危険だからという理由で俺が連れてきただけだが、当然というかリーシャは早速銃火器に触ろうとしたのでヴィルヘルムが速攻で片づけた。はっきり言って申し訳なくなった。当のリーシャはブーブーとブーイングを鳴らしていたが。

 しかし今はリルと一緒にガールズトークをしている。アウローラも混ざって言葉を学ぼうとしている。あちらは放っておいて構わないだろう。


「所で、僕のとこからネコババしていったリボルバー。壊してないよな」

「え」

「気付いていないとでも?」


 一日もたたず速攻でバレた。

 苦しい顔で、大人しく四発使用済みのリボルバーを返す。


「……壊れては、いないな」

「当然だ。返すつもりだったからな」

「まー今回は許す。弾代も結構。無傷ならそれでいい」

「あー、す、すまん……」


 ヴィルヘルムの心の広さに感謝しながら、溜息を吐く。

 これからどう動けば最善の結果が手繰り寄せられるのか、全然わからなかった。

 此方から仕掛けるか。それとも待機か。


「お前はどうするんだ? 僕は確証を得るまで特に動くつもりはないが」

「……わからない」

「はぁ?」

「十分な情報を得ずに、敵の存在が不確定なまま警戒態勢を続ける……そんな状況になったことは殆どないからな。どうすれば安全に対処できるのかよくわからない。何せ吸血鬼相手取るのは初めてだからな」

「此方から行くか、それとも待つか――――それだけだろうが」

「取り返しがつかなくなるなら、そんな安直な選択は許されないんだ」


 ある意味不幸の申し子の俺は、どうしても願った結果の逆を手繰り寄せる。

 それはある程度対策は可能だ。例えば運に左右されないように情報を『確定』させること。あとは――――俺が全く逆のことを思うことだ。

 後者は基本的に不可能だ。本心から思ったことが反映される、つまり周りが嘘でも教えない限りそれはできない。そして情報確定、これも不可能に近い。

 その吸血鬼が敵対しないという事実を確定させれば良いわけだが、それをどうやるのかが問題だ。こちらから近づいて対話するしかない。だが万が一敵対心を持っていれば即座にその場で戦闘開始だ。

 どちらもあまりいい選択とは言えなかった。


「……そうだな、少し外で考えるよ」

「そうしたいならそうしろ。二人はどうする」

「すぐ戻るからここに居ろと言っておいてくれ」


 何とも言えない気持ちを胸に、部屋の外へと出る。

 あとはもう何も考えずに、壁に背を預けて脱力した。


(……どうする。俺一人が動いてどうこうなる問題じゃないぞ)

 ――――確かに安易な選択は好ましくないわ。でもここでジッとしているのもあまりいい案ではないわね。


 わかっている、けれど。


 ――――怖いの? またあんな状況になるのが?

(……悪いかよ)


 もう何度も味わってきた屈辱感。

 力が手にあるはずなのに、それさえ容易に飛び越して不幸はやってくる。

 怖いさ。失うのが。

 誰だってそうだ。


(ルージュ、追跡はできるか)

 ――――決心した……わけじゃあ、なさそうね。

(様子見だ。出来れば戦いたくない)

 ――――追跡は、出来ないわね。気配が二つとも消えた。もしかしたら感づかれたかも。

(ウソだろおい……っ!)


 まさかと身構えて、左右を確認。

 特に何もなかったが、ルージュの発言からして視覚や嗅覚は頼りにならない。相手は気配や匂いを消せる能力を持っている可能性が高い。

 心臓が大きく鳴る。

 緊張のあまり汗が流れ、頬を伝りながら下のカーペットを汚していく。


 ――――焦らないで。気付いているかも、っていう話よ。

(楽観視は大嫌いなものでね。俺は常に最悪の状況を想定しているんだよ。俺の予想なら、もし俺の不幸がちゃんと働いているなら――――)


 壁から背を離し、廊下の中央に立つ。

 背中の守りが無くなったのは致命的だ。しかし敵をおびき寄せるには、リスクに見合う結果を叩き出せる。

 目を閉じて神経を研ぎ澄ます。

 空気の流れをつかみ、不安定な個所を探し出す。



「―――――――ァッッ!!!」



 ただ一瞬の違和感に気付き、速攻で振り向く。

 振り向いた先には、何もなかった。

 何もなかったのだ。人も、その気配も。

 違和感がないのを・・・・・・・・違和感に感じた・・・・・・・


「――――良い感をしている」

「な…………」


 反射的に声がした背中側に振り向こうとした。

 それは、背中に鋭いものが当てられたことで制止される。

 振り返ったら殺す――――何も言わなくてもその警告だけは伝わった。


「あの小僧が始末に手間取っていると聞いて来てみれば……確かに並大抵の奴では無理だ。感が良すぎる」

「……子、供?」


 よく聞いてみれば、それは女児の声だった。

 幼く、初々しい声。

 だがその声には形容しがたい濃密な威圧と殺気が混じっている。


「お前が、吸血鬼ヴァンパイアか……?」


 不死性を持つ種族なら外見が子供でも不自然ではない。

 むしろ相手を騙すタイプなら子供の姿の方が好都合である。


「気付いていたのか。まあいい、私としては姿を見に来ただけだ」

「この船で、何をするつもりだ」

「吸血鬼と結論付けられているなら、決まっているだろう。言わねばわからないか?」


 普通の考えならこの船にいるすべての客人からの吸血。

 また俺の最悪を想定した予想なら、拉致および隷属化。永久的な吸血奴隷を作り上げる。

 秋程から酷くにじみ出ている汗がさらにひどくなる。


「そうだな、大方予想通りとは言って置こう。それでも、一々一人ずつ吸っていくなどという愚行を実行するつもりは噛むだが。そんなことをするのは能無しの低能かそれしか能の無い雑魚ぐらいだ」

「そういうお前は雑魚ではないと?」

「そうなるな。しかしこの状況で挑発とは、なかなかいい度胸だ」


 こうでもしないと自尊心が折れるからだよ。とは言い出せまい。

 とにかく絶体絶命なのは間違いなかった。仲間を呼ぶべきかそれとも――――


「安心しろ。私は本当にただ顔を見に来ただけだ」

「……ウソじゃないよな」

「ハハハッ――――相手にもならない雑魚に嘘をついて何になる」

「……」


 背中に当てられていた鋭利な物体が離れる。

 刹那俺は回し蹴りを繰り出し後方へと攻撃するが、手ごたえは終始感じられなかった。

 証拠に、俺の後ろには誰も居なかった。

 まるで霧になって消えたかのように。


「まぁ、楽になりたければ、諦めることを推奨するぞ。餓鬼め」


 後ろに回って肩に手を置いた吸血鬼は、そのまま気配を断った。

 すさまじい屈辱を、植えつけられた。

 思わず手足が無意識に震える。余りの口惜しさが、頭を埋め尽くした。


 ――――これは、完敗……ね。

「畜生がッ…………!!」


 すぐに俺は部屋に戻った。




――――――



 夜、八時。

 俺は部屋に戻った後、すぐにヴィルヘルムたちに外で起こったことを話した。おそらく最悪の展開は避けられないだろうということだけは強調して喋ったおかげか、全員ピリピリとした空気を出している。

 ほぼ最大限の警戒心を潜め、周囲に気を配りながらさらに盛り付けた食物を口に運ぶ。

 今日の夕食はバイキングで俺が選んだのは比較的カロリーが高いであろう揚げ物、そして肉類は主だ。正直自分でも気が引けるぐらいの油っぽさだったが、今のうちに栄養補給をしておかなければならない。あまり食べ過ぎても問題なのだが。

 共に行動をするであろうリルとヴィルヘルムも一緒のテーブルを囲んでいる。アウローラもリーシャもいる。それぞれが周りを警戒し、何が起こっても問題ないように備えている。

 全員の体を見ると、武器を身に着けていることがわかる。リーシャは細剣を、ヴィルヘルムはガンブレードを、リルは先端に宝石を埋め込んだステッキを、アウローラは今回戦力外なのでリルに作ってもらった防御用のマナシールドシェル発生装置を両腕に。

 そして俺は、腰に二振りの黒剣を。


「そういえばお前、顔や腕の火傷は……」

「え? あ、そういえば言ってなかったな」


 思い出したように、右腕で自分の右頬あたりをさする。少しガサガサしていて気持ちの悪い感触だ。自分の肌とはとても思えない。右腕も同様。爪はあるものの、皮膚のほとんどが融解し、その後無理やり再生治療を受けたものの回復しきっていない。

 過去に何かあったのは誰が見てもわかることだろう。自分でも正直思い出したくない事件だった。

 ルージュが少しだけ、息を詰まらせたような音を出した。


「……少し前に、ちょっと強敵とぶち当たってな。その時、どうにか倒せたけど負った傷がこれだ。半分以上俺の魔法の暴発だけど」


 『炎の現身』としての力が無意識に暴走し、炎の耐性が無いまま炎魔法らしきものを発動してしまった。右腕からとてつもない勢いで爆炎が上がり、腕を焼いたのだ。炭化しなかったのが幸いだったものの、大火傷の状態で時間が経ち過ぎてしまい痕が残ることになった。

 アドレナリンにより痛覚が少々麻痺していたから痛みは感じなかったが、あそこで痛覚が遮断されていなかったらと思うとぞっとする。


「左腕は、大口径弾丸で吹き飛ばされた。細胞がズタズタだったんで、再生もできずにこの様だ」


 自分を嗤うような口調で言い放つ。

 今更だがあの事を思い出すと、自分にもっと力があったならなどという後悔をしてしまうのだ。

 ヴィルヘルムは何かを察したのか話を切った。その方が俺にとっても助かった。


 ――――……ごめんなさい。

(お前が誤ることじゃねーよ。腕はロートスの野郎が吹っ飛ばしたんだからな)


 右腕は、ルージュがアウローラを守ろうと表側に出てこようとした結果だ。

 彼女はそれを負い目に感じているのだろう。

 被害者の俺は気にしてないのだが。


「そういや、ヴィルヘルム。お前どうして武器商人なんてやってんだ? 見る限り俺たちと大して年齢は変わらなさそうなんだが」

「別に、特別な理由でもない。親父が武器商人をしていて、引退したから跡を継いだだけだ」

「ふ~ん。リルは?」

「わっ、私は、趣味でやっていたら、お父さんから勧められて……」

「趣味からの派生、か。いろいろあるんだな」


 更に乗った最後の揚げ物を口に入れ、ガリガリと硬いものをかみ砕きながら水ですべてを流す。

 食事は済んだ。あとは待つだけだ。


「そろそろ言いたいんだが」

「なんだ?」

「お前らなんで一緒に行動していたんだ?」

「あ、それ私も気になる」


 武器商人と宝石鑑定人、どう見ても交錯しないであろう二人の職人はなぜか一緒に行動していた。

 部屋が偶々一緒になったということなら納得はできるが、この二人はどう見ても付き合いが長いように感じられた。最初会った時、わざわざリルのことを探しに来ていたことからヴィルヘルムはリルのことを心配するほどの仲であるとわかった。とても赤の他人とは思えない。かといって恋人同士にも見えないが。


「それ、昨日今日知り合ったお前に話すことか?」

「それに関してはお前に同意するよ。知り合ったばかりのやつにわざわざ自分のプライベートさらけ出すやつ、阿呆としか言いようのな――――」


 そこまで言ってハッと気づく。

 ゆっくりアウローラの方を向くと、彼女はジュースを口に運んで相変わらずボーっとしていた。問題はそこではない。


(…………俺、あいつに自分のプライベート洗いざらい吐き出したよな)

 ――――仕方ないんじゃない? 少なくとも自分の本音をまともにぶつけたことないみたいだし、それぐらいは。


 つまり俺は、自分のことを自分で阿呆と言っているということだ。

 静かに額の汗を拭き、話をそらす。


「……それで、結局話してくれないのか?」

「なんか露骨に話そらそうとしてないかお前。まあいい、話すつもりはない。話しても特に問題はないが、変な勘繰りされても困るしな」

「あっそう」

「えー、ケチー」


 不愛想なこった。

 頬杖を突きながら、自分の状況を思い出す。

 船で知り合ったやつらと、仲間と一緒に食事、団欒、雑談。……日常と、呼べるのだろうか。

 あまり経験したことがないので、自分では何とも言えない。

 日常とは、俺にとって守るべきものなのだろうか。

 心から笑ったこともない、感情の壊れた傀儡では判らなかった。


「なぁ、お前らに一つ、聞きたい」

「どうしたの、リース?」

「僕でよければ」

「な、なんです?」

「…………」



「お前らは俺を、どんな存在だと思――――」



 うなじがチリッと痛む。

 刹那、途方もない轟音が天井から伝わってきた。ほこりが天井から降りかかってくる。


「んな!?」


 乗客が驚く暇も与えてくれず、ハイジャック犯たちは動き出した。


「全員動くな!!」


 食堂の正面扉と非常避難経路の扉を蹴破り、大勢の武装集団が突入してきた。全員が軽機関銃以上の武装で武装し、強固そうな黒いボディーアーマーやヘルメット、プロデクターを着込んだ者たちだ。


「手を上げろ! 上げないやつは撃ち殺すぞ!」

「キャアアアアアアアアア!!」

「騒ぐな!」


 一人が天井に向かって発砲したことにより、悲鳴を上げた乗客たちは全員黙ってしまう。

 そして時が経つと、全員が手を上げて動かなくなっていた。もちろん、俺たちもだ。


「よし……全員地面に膝をつけ。挙げた手は頭の後ろに。変なまねしようとしたら手足の一つや二つは覚悟してもらう」


 椅子から降りて、近くで膝をついて手を後ろに置く。

 言葉がわかりにくいであろうアウローラの方を心配したが、近くにいたリルがアウローラに同じ体勢を取らせていた。あとで礼を言っておこう。


「――――リーダー、制圧終了しました」


 男の一人が、長方形型の黒い板を取り出すとそう言い放つ。

 あれはどうやら、通信機の一種のようだ。一般に普及していないことを見ると、軍事用か。


「ええ、はい。このまま続行、抵抗の意思を見せたら牽制、止まらなかったら射殺ですね。了解です」

「ちっ……」


 相手側は、こちらが死のうがお構いなしのようだ。

 少し時間が経っただろうか、突然音楽を流すために用意されたスピーカーから音楽が鳴りやみ、ノイズが少し混じった声が発せられる。


『――――どうも皆様今晩は。紳士淑女の皆さま、私たちのご無礼を許してください……とは言いません。まぁ、巻き込んで申し訳ないという気持ちはありますが、運が悪かったということで』


 それは、どこかで聞いたことがあるような声だった。


『さて自己紹介です。私たちはとある亡国の残党が集まり組織された団体……ああ、回りくどいことはなしにしましょうか。私たちはテロリストです。はい。名は『帝国残滓エンパイアリービング』といいます』

「テ、テロリストがこの客船に何の用だ!?」

「黙ってろジジイ! ぶっ殺されてぇのか!」

「ひぃっ!」


 相手が蛮族の輩だということがわかり、食堂にいた貴族らしきたちが騒ぎ出す。

 その内容は、至極単純で、汚いものだった。


「こ、この私を誰だと思っている! 南国商人組合管理者、そして貴族であり当主の――――」

「私めは西国大手企業の令嬢――――」

「俺は――――」

「我は――――」

「うるっせぇんだよこの糞どもがぁあああああ!!!!」


 男の中で誰から天井に向かって銃を乱射する。

 それだけで調子に乗ろうとした数百人が黙ってしまった。


「いいか? いつもいつもデカい顔しかできないお前らは、その顔面に銃口突き付けられても同じこと言えるのか? あぁ? 状況が察せない豚は前に出ろ。直々にぶっ殺してやるからよ。本音を言ってしまえばこの場で全員殺したいがなぁ……お前らが死んでも困るやつは居ないだろう?」


 かなり威圧的な言葉とともに、近くにあった花瓶が拳銃で破壊される。威嚇目的であろうそれは圧倒的効果を以て乗客全員を黙らせる。

 ごもっともだった。

 全員がそうであるわけではないが、ここにいるやつらは基本的に人を見下すのが大好きな奴らばかりだった。貧乏そうな身なりで前を歩いていたからわかる。

 こいつらは自分より微分が下だとわかると途端に豚を見るような目になる。

 正直に言って、死んだ方が世界のためと思えるような奴らだった。


『ごほん。話を戻しますよ……私たちはヴァルハラへの宣戦布告のため、この船を首都中央へと突撃、爆破させることにしました』

「……!」

『ははは、もちろん皆さんは死にますが、私たちにとってはどうでもいいです。身分? 金? 権力? どれも塵です。あなたたちの命のようにね。心底どうでもいい。あなたたちが死のうが生きようがね。いや、死んでください。その方が国のためにもなる』

「ふ、ふざけっ……」

『ぷっはははははははっ!! いいでしょう、別に。どうせあなたたち、身分の低い者から搾取するしか目のない屑ばかりなのだから、死んだ方がよくないですか? いやもう死ね。死んでくれ。ああ、あと先ほど口答えしようとした者、命令違反なのでとりあえず両脚撃っといてください』


 スピーカーの奥にいるやつの皮が剥がれた。真っ黒い本性を現した。

 口答えをしようとした誰かの悲鳴が上がるのを無視し、じっくり記憶を探る。

 この声、どこかで聞いたような気がしてならないのだ。


『あ~、というわけで……まずは抵抗する気をなくすため、エンジンを一つ二つ爆破しましょう』

「……は?」


 意味不明なことを言ったスピーカーから、カチッと二回音がする。

 それと同時に、どこから爆発音が聞こえた。連動するように船全体が揺れる。悲鳴が聞こえる。

 幸い他のエンジン駆動により墜落こそしなかったが、それでも一瞬だけ大きく傾くのが分かった。すぐに修正されて傾きは修正されていく。が、このテロリストどもが本気で俺たちをぶち殺すつもりなのを知らしめるためには十分すぎるほどの効果を生んだことにより空気が一気に凍り付く。


『……ま、この通りです。私たちはエンジン八つすべてに爆弾を仕掛けている。その気になれば、今すぐこの船を落とすこともできる。意味はまだありませんが、いずれそうなりますね』

「ウソだろっ……」

『ん? どこかで聞いた声が……いえ、気のせいですね。特に嫌な内容でもなかったので特別に今のは、見逃しましょう。くくっ、というわけで、抵抗はお勧めしませんよ? 出来ればエンジンはヴァルハラに着くまで無事にしたい。僕からはこれで以上です。せいぜい、残りの生をじっくり味わってください』


 そこで声は切れた。

 残るのは、観客の不安と武装集団、テロリストたちの不気味な薄笑いだけ。

 徐々に状況は傾き始めた。



――――――



「さて、注意も終わったことだし、あとは楽しい遊覧を楽しみましょうか」

「き、貴様っ……!」


 船長室でレナードはスピーカーへの緊急連絡ようのマイクを握り潰し、巨大な椅子にゆったりと座っていた。

 そして後ろにはこの船の船長が、縄に縛られてもがいていた。

 ある特殊な結び方をしているので、刃物で切らなければ解けないことを教えたほうがいいのか、とレナードは頬をかぎながら頬杖を突いた。


「どうしてこんなことをする! 貴様の親はこんなことを」

「両親は殺されました。友人もいません。それが何か?」

「っ……こんなことをして何の意味がある! 意味のない犠牲を生むだけだぞ!」

「意味? 意味ぃぃぃぃぃいいいいいいい???? 人の死に意味なんて最初からあるわけないでしょうに。どんな戯言が出て来るかと思えば下らなさの極限極まって呆れたくなりますね」


 溜息をつきながら、船の速度をレバーでどんどん上昇させていく。燃料は気にしない。もともと往復をする前提で燃料が積まれていたのだ。もしこの船が爆発するとしたら、さそかし派手な花火が見れるだろう。


「くそっ。やめる気はないのか、お前も死んでしまうんだぞ!」

「あ~……この船が着地する前に救急艇で脱出すればいい話でしょう。幸いここは大型客船。救急艇など腐るほどあります」


 そう、テロリストたちは生き、客は死ぬ。

 それが彼の計画で出される結果だった。飛行船の救急艇は飛ぶことが可能だ。つまりヴァルハラが見えたらあとは着弾地点を計算し、方向調整をして速度を最大にしてからすぐさま脱出。そして離脱。

 死ぬのは敵だけ、なんと素晴らしき作戦だ。

 問題点があるとすれば、イレギュラーな事象に非常に弱いという事だが。


「なぜだ、なぜだ! 私たちに何の恨みがある!」

「貴方たちに恨みはないですよ。あの国に恨みがあって、貴方たちが偶々この船に乗っていただけ……つまり、不幸だっただけですよ。恨みと言っても、ぶっちゃけ嘘の恨みですけど。しかし組織を納得させるにはこれぐらいしなければならないので、悪しからず?」


 椅子を回転させて、レナードは後ろにいた船長に顔を近づける。

 目と鼻の先まで顔を近づけると、レナードは船長の頭を鷲掴みにしてシルクハットの中から取り出した極消音散弾銃を口の穴に突っ込む。


「……!」

「そうそう、話の続きですが、貴方たちが巻き込まれたのは本当に不幸だっただけです。嗚呼、なんて世界は理不尽なのでしょう。親が事故で死んだ、偶々強盗に狙われたのが自分だった、他人を助ける代わりに自分が死んだ。……これらは全部『不幸だった』で片が付きます。そこに理由は必要ない。なぜ? 意味がないからですよ! 死んだら元も子もありません、言葉通り、死は結果がすべてなんです! どうしてこうなった、ああしたからこうなった、そんな細かい理由はあっても意味をなさない! 改善できないのだから、そこで終わりなのだから。終わったことを変えられるわけがない! 結果は何をしても変わらない。つまり死に対して考えることは意味がないんですよ……それが心理です。だから、ここで貴方が私に撃ち殺されるのも」

「や、やめ――――!!」

「『不幸だった』。それだけです」


 音もなく船長の頭は消え去る。

 自分の顔に飛び散った血を下で舐めながら、レナードは光悦に浸かっていた。


「はぁ~。なんででしょうか、人を殺すことがこんなにも快楽を伴うものだったとは。あはっ、吸血鬼というものはこうもいいんですね」

「――――それは、貴様の性格ゆえになのだがな」


 レナードの隣に白髪の吸血鬼、リィが現れる。

 ゆっくりとした動作でリィは唇をレナードの喉元につけ、スムーズに齧る。


「ああ……キモイと思われるかもしれませんが、ゾクゾクしますね」

「当然だ。我が幾多の人間を吸ってきたと思っている? 相手に情けをかける方法も心得ておる」

「快楽を感じらせて死なせる……ずいぶんと優しいものですね」

「情けをかけられた強敵の表情は、見ていると愉しいからなぁ?」


 嗜虐的な笑みを浮かべた二人は、まるで息の合ったパートナーのようだった。

 その心は同じ。見ている先も同じだった。

 吸血鬼は高位の存在。

 人間は餌。家畜。

 傲慢と呼ぶべき心は、上に立つ者だけが許される。


「《――――死は数多の生に降りかかる災い。それを避けることは、つまり汝、人を辞め、生を我が物としない未開の領域へと進むこと》」

「《――――血は命。記憶のように親から刻まれる刻印のろいは、きっと貴方を蝕むだろう。私は貴方を助けにここへと来た。私は救済する高貴なる存在》」

「《汝、人を捨てる覚悟はあるか? 汝、人を捨て生を根絶する意識はあるか?》」

「《その汚れた血を私に渡せ。その血は浄化され、私の一部となり、永劫生き続ける》」

「《汝――――この世を不死者の楽園とする願望はあるか?》」

「《血は輪廻のごとく永劫廻り続ける――――さぁ、寄越せ》」


「《汚物溜まりの不死世界アンデッド・オブ・ザ・ディスティワールド》」

「《汝の血、我が心にありユアブラッド・イン・ザ・ノーブルウィル》」


 二つもの巨大魔法陣が重なり合う。

 紫と赤の共演――――美しくも汚れているそれは、醜くも輝き続ける。


「さぁ――――凱旋ですよ」




大幅修正しました。

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