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第十四話・『復讐鬼の誕生日』

「……さすがに、言いすぎちゃったかなぁ」


 寝室区画四階402号室――――自分の部屋で私、リーシャル・オヴェロニアは膝を抱えて座っていた。

 リースフェルト(たぶん偽名)、リースという少年が、密かに少しだけ思いを寄せている少年が、幼女をシャワー室に連れ込んでいたのである。その焦りぶりと対応から大体不可抗力だということはわかったが、さすがにやりすぎということで少しだけ不機嫌そうな態度をとったが、少々裏目に出たのか彼は拗ねてどこかに行ってしまった。

 確かに反省はしている、後悔もしている。

 それでも彼が幼女と風呂に入っていたという事実に揺らぎはない。それに関しては少し怒っている。

 実はなぜ私も仲間に入れてくれなかったのか、という謎の感情も混じってはいるが気にしない。


「……帰ってきたら、一言謝ろう」


 さすがにこのままではいけないとは思う。

 彼がいなければ、なんとなくだが先に進めるような気がしないのだ。自分を動かすほどの面白いことが起きない。あちらにしてみれば傍迷惑ここに極まれりだろうが、私がいることで戦力は大幅上昇なのだからそれでチャラにしてほしい。

 ちらっと、自分が連れ込んだ少女を見る。

 アウローラ・デーフェクトゥス。リースがそばに置いている謎の少女である。彼の話では記憶を失い、その責任は自分にあるということで身柄を引き取っているらしいが……。

 私は彼女をアウちゃんと呼んでいる。そのほうが親近感あるかな、と思い呼び始めた。しかし言葉が通じないので効果があるのかどうかは怪しいところだ。


「ねぇねぇ、アウちゃん」

「…………?」

「リースのこと、好き?」

「…………」


 意図はなぜか伝わったのか、アウローラは首をうなずかせる。


「そっかー」


 妹ができたような気分になり、衝動的にアウローラの頭をなでる。

 彼女がいる『好き』が恋愛的なものなのか、それとも家族の思う『好き』なのかはわからないが、少しだけは共感できた。

 私はリースに会うまで、仲間というものが存在しなかった。

 別に作ろうとしなかったわけではない。周りが自分に比べて脆弱過ぎたのだ。

 ならず者にそんなことを求めること自体が間違いだが、平均的な強さがレベル5というのはあまりにもだめだった。レベルが二十台に達しているのは大体はA級以上の探索者か騎士団の部隊長クラスなのだから猛者がそこら辺にいるほうが可笑しいのだが。

 しかし、今考えてみると自分より弱い者とコンビを組むとは思わなかった。今となっては自分とあまり大差はないだろうが。なんというか、師匠というものになったような気がして高揚感があったものだ。現在は対等な立場だが。

 ルージュ・オビュレ・バレンタインとの戦いでパーティー効果により大量の経験値をいただいた。おかげで今レベルは47。そこら辺の人間なら軽く捻り潰せるほどだ。 

 まさか自分がここまで強くなったとは。子供の頃なら夢のまた夢と思っていた。

 私は、十二という年ですでにレベルが二十以上になっていた。いや、そうならざるを得なかった。

 とある理由で命を狙われやすい状況であったため、親という存在が知人達に頼み短期間で劇的に――――とはい必要最低限ラインギリギリだが――――強くなたのだ。無論、小さい私は何もしなかった。何もできなったというのが正しいか、とにかく私は、今まで自分の強さを『借り物』と思っていた。それは今もだ。

 実戦の経験が足りないというものがどれだけの実力の差を生むかわかるだろうか。騎士家業をしている自分よりいくつもレベルがしたの友人に模擬戦を頼んでみたところ、見事に負けた。あの当時は剣さえまともに振ったこともないので当然だ。

 それ自体は父の友人の手により少々改善されたが、この力はあくまで自衛目的で託されたものだ。動物とさえまともに戦ったためしがないのに、人間に勝てるわけがない。

 それに気づき、つい数か月前家出をし冒険に出たのだが……もう過去の話である。


「……ふぁ~……眠い……リース、早く帰ってこないかな」


 私は、リースの帰りを待つ。

 初めて外で作れた友人に、謝罪の言葉を届けるため。



――――――



 目覚まし時計のベルが脳を刺激する。

 まとまりがまだつかない思考を無理やり一本に絞り、四つん這いになりながら目覚まし時計の頭を叩く。必然的にベルは止まったが、おかげで頭には頭痛が残った。


「あぁ、くそっ……寝たの何時だよ……!」


 呻きながら過去の記憶を探る。

 確か、二人の作業お手助けして、終わったのが夜の二時。後片付けが終わったのが四時前で、今は朝の八時。睡眠時間は四時間ほど。あと四、五時間ほど寝たりない。かといって飯を食わずに寝過すのも不本意だ。

 仕方なく、目元にたまった疲れを指でほぐしながら壁を使って立ち上がった。

 二人は、リルとヴィルヘルムはまだ起きていない。ベルが鳴ってまだ数秒たっていなかったのか。

 起こすのも悪いと思い、勝手に部屋を出ていくことにした。鍵は開いたままだろうがヴィルヘルムの事だ、悪意のあるやつが来たら跳ね起きて銃口を突きつけるだろう。アラームを三十分後に設定し、部屋を出るべく足を運ぶ。

 すると足元に何か黒い物体が当たった。銀色で装弾数六発の大き目のリボルバーだ。そういえばこれが最後に整備したものだったなと思い出す。拾い、弾倉を確認してみるとキッチリ六発入っている。軽く構えると、ずっしりと重い感覚が伝わってくる。モデル的にはコルト・パイソン似だろうか。


「……手伝ったんだから、一つぐらいもらっても構わないよな……なんてな」


 少し気に入り、悪心が働いて拳銃をズボンと腰の間に刺す。怒られたら代金を後で払えば済むことだ。

 正直なところは、遠距離攻撃手段が心もとないので少しでも安心したいがために持ちたいだけなのだが。

 そうして、部屋を出る。

 軽く背伸びをして背骨をゴキゴキ鳴らし、あくびをしながら食堂に向かう。


「……リーシャのやつ、機嫌直してるといいんだが」


 さすがにやりすぎた対応をしたと後悔している。

 だってしょうがないじゃないか。ロリコンじゃないのにロリコン扱いされるってかなり堪えるんだから。確かに不可抗力とはいえ、彼女が機嫌を悪くすることがわからないわけではないがな。

 人間関係ってこんな些細なことで崩れるんだな。

 最初からほぼ崩れている俺にはよくわからないな、真面目に。


「……女ってやつは何でこうも度し難いんだ」


 愚痴りながらエレベーターに入る。

 一階ボタンを押し、腕を組んで壁に背を預ける。扉が閉まりかけた時に、突然に扉の間から手が出てきた。何時物反応してエレベーターのドアが開けられる。


「ん?」


 入ってきたのはフードを目深にかぶった男性だった。体つきや方が男っぽいから男性と判断したまでで、別に知り合いではない。特に気にはせず、目を瞑る。

 互いに沈黙する。

 ……無意識に警戒心が動き出す。

 本当に小さい音だが、金属同士が擦り合う音がした。


「――――ッ」


 考えるよりも先に体が動いた。

 床を凹ませながら、腕に回転を加えさせて掌底を放つ。

 フードの男は最初から想定済みと考えていたようで、俺の奇襲を難なくかわす。足で勢いを殺し、かつ殺しきれなかったものを利用する形で後ろ踵回し蹴り。男は仰け反ることで回避し、体を元に戻す動きに合わせて両手に生やした細い剣で反撃。それが暗器だということはすぐに理解した。友人がやっていたゲームで似たような武器は見ているのだ。


「かあっ!」

「らぁっ!」


 足を着地させた直後に隙を見せないように男の顎を蹴りあげようとする。それは男の顎を掠っただけに終わる。だがその勢いをまた利用し空中に飛び上り回転、足が後ろの壁を向いたとところで壁を思いっきり蹴る。するとベクトルが修正され俺の体は男の背中側に飛ぶ。


「ッラァアァ!!」


 男は以外にも反応が素早かった。さすがに両手で反撃は無理だと悟ったのか、片手だけを無理やり曲げ、間接でも外れたかのように片腕は奇異な方向を向く。第一第二関節をすべて外し、蛇のように柔らかくなった腕は予測不可能な軌道で襲ってきた。

 狙うは首か心臓。だが心臓までは肉の壁という障害物がある、ここは首を狙う。

 そう予想した俺は義手の左腕を首の前に出す。予想通り、男の腕から生えた剣は義手に深々と突き刺さった。だが痛みはない。

 器用に回転して向かいの壁に叩きつけられた際の衝撃を四肢のバネで吸収。重力の赴くままに地面に着地する。


「誰だよアンタ」

「……あれ、依頼人から聞いてたよりも強くないっすかお前。あれでとどめさせないって、どんだけだっつー話っすよ」

「質問には答えないのか?」

「ああ、誘導尋問は勘弁す。僕ちんそーゆー小細工苦手なんで」

「小細工を使うくせによく言う……依頼人ってのは誰だ」

「言ってもしょうがないっしょ~。ま、喋る気はさらさらないんで、いい加減くたばってくれると助かるんだが」

「お前は何なんだ」

「ただの暗殺者っすよ。雇われのね……アンタを倒せば報酬がもらえるって聞いたんで、さっさと死んでください、マジ」

「……っ」


 これ以上話しても埒が明かなかった。

 戦闘は避けられないと確信し、両手を構える。今は近接武器がないのでかなり不利な状況だ。拳銃があるがこんな密室でぶっ放せば跳弾で自滅する恐れがある。こんなことならイリュジオンを肌身離さず持っておけばよかった。


「ハッ!」

「ぐっ……」


 暗殺者は間接が外れた腕を鞭のように使い、不規則な攻撃を仕掛けてくる。それを紙一重で防ぎながら暗殺者へと肉薄。鳩尾に向かい拳を食らわせようとするが、壁を走って後ろに回られる。

 後方に向かって蹴りを入れると掴まれる。舌打ちをしながら体をひねり残った足で暗殺者の顔を蹴る。手から着地しそのままバランスを取り倒立の態勢になる。そのまま体をスピンさせて連続的な蹴りを繰り出すがすべて防御または回避された。

 さすがに体勢の維持が限界に近付いてきたので、両脚を真っ直ぐ立てて鉄棒でもするかのように両腕の間に足を通してアクロバットな蹴りをかます。さすがにこの攻撃は予想できなかったのか、暗殺者は口元を驚きの表情にしながら顎に蹴りを食らった。


「がぁ!?」


 低空で回転し両足でしっかり着地。同時に折りたたんだ足で一気に地面を蹴り、空中で身動きが取れない暗殺者へと急接近。義手を限界まで後ろに引き絞り、全力のボディーブローを放った。

 しかし暗殺者はしぶとくも、よくわからない柔術で衝撃を受け流し耐えきる。

 エレベーターからチン、という音がして扉が開く。すると暗殺者は即座に体を跳ねさせて外に脱出。

 逃がすものかと足を手で掴み地面へと叩きつけ、馬乗りになろうと襲い掛かるが、首はね跳びにより両脚でのドロップキックを腹に受けて天井にたたきつけられるが、即座に体勢を立て直して地面に着地。

 拳銃を取り出したものの、手首をひねられて取り落とす。だが足をかけて転ばせ、暗殺者を両手を使って分投げた。暗殺者は床を転がりながら体を起こし、こちらと対面した。


「しぶっといなテメェ……いい加減諦めたらどうだ。こっちだって寝起きで疲れてんだよ」

「いってて……お前さん何もんっすか……? 今のはかなり痛かったっすよ」

「ただの放浪者だ」

「真面目に答えろっす。いや、俺の言うことじゃないっすけど」


 拳銃を拾って構える。二十メートル、この距離ならば素人でも当てられる。

 相手が弾丸をよけられるほどの化け物でなければの話だが。


「俺の質問に答える気にはなったか?」

「断るっす。こっちが狙われるっすからね。命は大事に、っていう言葉を知ってるっすか?」

「ああ知ってるとも。どっちにしろ、ここでくたばるか後でくたばるかの違いだ。警告だ、十秒以内に答えろ。依頼人の名前は」

「知らないっすねぇ~」


 引き金を引く。

 そうすると鉛の弾丸は発射され、暗殺者のフードの一部分を持って行った。

 即座に第二第三射。今度は両腕の籠手を撃ちぬく。さすがに硬かったのか弾かれてしまったが、仕込み刃は使えなくなっているだろう。


「……これ、意外に高いものなんすけど?」

「知らねーよ。さあ、あと五秒だ。答えるか?」


 撃鉄を上げる。

 さすがにもう次はないと感じたのか、暗殺者は足を少しだが動かした。


「3、2、1、アウト。死ね」


 逃走の意思が丸見えだった。

 情報を漏らしてくれる様子もなかったので、もうこいつに情報的な価値は消滅した。

 電撃の速さで頭に照準を直し発射ファイア

 その直前に暗殺者は足を動かし照準を定めさせないように不規則な動きをしていた。そのせいか、弾丸は暗殺者の左腕の肉を抉るだけにとどまった。


「……くそっ」


 追いかけ角を曲がると、すでに姿は消えていた。

 追撃に失敗したことを悔やみ、壁に拳を叩きつける。

 すぐに発砲音を聞きつけた警備員が駆け付けた。事情聴取も面倒なので適当に身を隠し、回り道しながら食堂に向かう。


「……面倒なことになりそうだ」


 誰かに狙われている。恨みを買た覚えは……あるにはあるがほとんどが雑魚だ。申しや聖杯騎士団からの差し金か。

 俺が狙われているとなると仲間にも火の粉が掛かるかもしれない。一応に警戒をするように言いつけたほうがいいのか。

 一人で俯き、悩みながら歩く。

 溜息を吐き顔を上げる。


「……あ」

「あ」


 すると、見知った顔が二つ、目の前に現れた。


「リ……」

「あ、え……っと」


 互いにうまく言葉が出せず、出かけた言葉さえ霧散する。

 やがて無言になり、空気が重くなる。

 二人とも、こんな時に何を言えばいいのかわからないのだろう。

 それでも仲直りしようと、無理やり口を開いてただ単純な言葉を出す。


「「昨日は」」


 同時に言葉だ出てしまい、再度無言になる。

 この状況が何か可笑しくて、つい吹き出してしまった。


「ぷっ……」

「ふ、ふふふっ」


 釣られて笑ったのか、リーシャも笑顔を見せた。


「頭は冷えたか?」

「おかげさまで」

「……ふぁ~」


 最後はアウローラのあくびにより、俺たちは無事仲直り……したのであった。

 人間は複雑だが単純だ。

 それを今日、知れたような気がする。



――――――



「~♪、~~~~♪」


 鼻歌を歌いながら、軽機関銃を担ぎながら俺は機関室の警備をしている。

 この俺、ニコル・レンダはこの船の警備員を務めている。今年で三十になり、この仕事についてから約十年ほど経った。つまりは、成人してからこの仕事に付き始めたことになるが、今は関係ない話だ。

 俺の仕事は簡単。怪しい奴がいたら話しかけ、敵だったら支給されている機関銃で撃つ。出来れば捕獲、無理だったら殺傷をも許可。かなりバイオレンスな仕事だが、この方一度も敵と会ったことはない。不審な奴なら腐るほど見たが。

 だが今回の仕事は豪華客船の警備だ。不審者は、今まで警備をした一般客船の比ではないだろう。


「しっかし、寝室エリアで銃声鳴ったって噂してたよな。これ確実にいるよなぁ……」


 できれば関わりたくないな、と警備員のくせに面倒な気持ちがあった。

 人間そんなものだ。やりたくないことはやりたくない。

 この仕事は嫌々就くことになったが、結果的にはオーライだ。お金はそこそこもらえるし、今のところ戦闘回数はゼロだ。幸運と言ってもいい。

 そのツケが今回ってこなければベストなのだが。


「……右良し、左良し! ……なんつって」


 しかしあまりにも何も起こらないので、軽機関銃を右や左に向けて遊んだりしてみる。もちろん引き金に指はかけていない。ここは機関室だ。万が一暴発して跳弾でもしてみれば、エンジンは最悪イカれる。その賠償金は当然俺に降りかかってくるわけで、考えるだけでも身震いする。


「あ~あ。マジで何も起こんねぇぞこれ。運が良すぎるのも悩みものか……」


 それにしても、今回の支給品は豪華だ。

 普段なら旧式の猟銃か拳銃と警棒ぐらいしか支給されないのだが、なんと今回は軽機関銃にボディーアーマー付きだ。精進した甲斐があったというものか。逆に考えればこれを使わないとヤバいぐらいのやつと相対するかもしれないということだが、この様子ならノー問題。

 つーか大体、ここ落とせば飛行船も落ちるのに狙うやつなんて自殺志願者しかいねーよ。という言葉を上司に言ってやりたい。騒音がすごくて耳が痛くなりそうだ。ヘルメットがあるので少しはマシなほうだが、頭が痛くなりそうだ。至近距離で銃声が常時鳴っているような感覚だ。


「……?」


 視界の端で、脳が何かをとらえる。

 ネズミより大きかったので、小動物という線はない。そもそもこの爆音じゃ近づきさえしないだろう。


「誰かいるのか?」


 どうせ聞こえないとわかってはいても、癖でそんなことを言う。

 緊張しながら軽機関銃を構え、何かが見えた場所の角に辿り着く。

 唾を飲み込み、顔を少しだけ出して覗き見る。


「……誰もいない?」


 そこには誰もいなかった。

 あったのは何も変わらない光景だけ。気のせいかと一言残して元の位置に戻ろうとする。


「……」


 が、またまた何かが見えて立ち止まる。

 その何かに近付き、しゃがんで注視する。

 茶色の、粘土質の固形物だった。少し指に付け、臭いを嗅いでみる。


「……アーモンド? アーモンドバターか、これ?」


 誰がこんな所にアーモンドバターぶちまけやがったんだ。

 豪華客船なのだからアーモンドバターの一つや二つあってもおかしくはないが、こんな油臭い場所で落すなど考えられなかった。

 念のため味見もしたかったが、さすがに床に落ちていたものを味見するほど飢えてはいないのでやめた。


「……結局気のせいか」


 とりあえずこれは回収しよう、と懐からティッシュを取り出し包もうとする。

 その時、後頭部に何か固いものが当たったような気がした。


「!」


 とっさの判断で転がり、後方に向かって銃口を向ける。

 直後、自分がいた場所が高速の何かにぶつかり抉られる。それにより敵だと確信した俺は、軽機関銃を発砲。あまり気は進まなかったが銃弾の進行方向にはエンジンはない。あるのは壁だけだ。身長に狙いを定めて撃つ。

 しかし敵はもう姿を消していた。


「誰だ!」


 周りに視線を配りながら、叫ぶ。

 当然のごとく、帰ってくる返事はなかった。


「くそっ……こっちはむやみに撃てないっていうのに!」


 壁に背を預け、軽機関銃を腰に置く。

 息を荒げながら敵がどこにいるのか探る。

 右、左、前、後ろ、どこにもいない。

 残ったのは――――


「――――上かッ!」


 上を見上げ、軽機関銃の銃口を上に向けて引き金を引く。

 同時に、銃口が目の前に突き付けられ、オレンジ色の花火が見えた。

 銃身の中にある、巨大な弾丸はゆっくりと進んでくる。

 その後、齢三十の短い人生が走馬灯として流れる。

 俺には家で待っている妻がいる。

 決して裕福とは言えない家庭だが、幸せだったのは断言できる。

 あと少しで、自分の子の顔を拝めたっていうのにな……。


(……だが、一矢報いたぞ)


 一発の弾丸で、俺の幸せに終止符が打たれた。

 妻に別れの挨拶が言えなかったというかなり大きい未練が残ったが、今更だ。心の中で言っておこう


「シャーロット――――」


 ――――お前を愛している。


 ゆっくりな世界で、独り静かに目を閉じた。



――――――



「…………」


 一つの死体とその血だまりの上で、極消音散弾銃サイレントショットガンの機関部に食い込みそうになった数発の弾丸を手作業で抜く。

 まさか爆弾を仕掛けている所を見つかりかけるとは思わなかった。結果的にはどうにか処理できたが、一歩間違えれば、作戦はずべて水の泡になるところだった。と危惧した。

 額に浮かんだ汗をスーツの袖で拭きながら、シルクハットの男は獲物をシルクハットの中にしまう。


「はぁ……さすが警備員。それに油断大敵ですね、計画性のある犯罪ってどうも気が抜けない」

「…………」

「どうしましたリィ。腹が減ったのならその血でも吸えばいい。それとも、僕のを」

「貴様の血は濁りすぎだ。気味が悪い。貴様のを吸うぐらいなら、この者の血を啜ったほうがいい。出来れば生血が良かったのだがな」


 リィは軽く地面を踵で蹴る。

 すると魔方陣が現れ、陣の中にあった血が浮き、リィの体に纏わりつく。


「牙は使わないのですね」

「……私に頭を下げろと言ったか、下種が」

「別に。というか、やろうと思えば僕を今すぐにでも八つ裂きにできるでしょう?しかし貴女はやらない。理由は聞くまでもないですよね」

「ちっ………」


 吸血鬼にとって、血は命である。

 そして血は人為的に強くすることが可能である。方法はごく簡単。大量の血を我が身に取り込めばいいのだ。勿論生まれつき血の質がよければそんな面倒なことをする必要はあまりないのだが。それでも、質が良くても生物は長時間自分を優位に立てられないものだ。

 リィは、吸血鬼の平均的な血の質を上回っている。今までに獲得した血の量も並ではない。後、人間数百体分の血を吸えばで真祖並みの力を発揮できるほど。彼女の目的はただ『大量の血の獲得』である。

 回りくどい言い方はやめにしよう。

 彼女はこの客船全ての客人から血を奪おうとしているのだ。ある大掛かりな魔法がそれを可能とする。

 だがそれは一人でやれば軽く一週間はかかってしまう。故に、短期間で発動するためテロリスト――――つまりシルクハットの青年と一時的に協力関係を結んでいるのだ。

 今宵、その準備は終わる。だがシルクハットの男が『やめろ』と言ってしまえば作業を中断し、さらし仕掛けたものを壊される可能性がある。

 彼女が、圧倒的に強いはずのリィが彼に手出しできない理由はそこにある。


「その気になれば、僕はあなたに命令を下すこともできる」

「……下郎が、事が終わったら殺される覚悟でそれを言っているのか……!!」

「そうですね。僕としてもあなたに殺されるのは悪くない。しかし、まだやるべきことが残っている。……それまで、殺される気はないです。吸血鬼だろうと、生きているのですから殺せるはずですよ? 炎、銀、十字架……人間より優れた存在など豪語していても、致命的な弱点はむしろそちらのほうが多いのでは?」

「肝が据わっているな……それ以上言ってみろ、私でも抑えられなくなるぞ」

「ははっ。わかりましたよ。先ほども申した通り、私はここで死ぬ気はありません」


 手をパンパンと叩き、シルクハットの男は死体の頭をつかみ――――シルクハットの中に放り込んだ。

 不思議なことに、シルクハットはその口の大きさを変えず死体を飲み込んだ。


「血はそちらで片づけておいてください。どうせ人間の食物は口に合わないとか言って、今の今まで何も食べなかったでしょう。気休めですが血は摂取しておいてください」

「そう、血は飲んでおくべきだ」

「おや、私の言うことを素直に聞くなんて、あなたにしては珍し――――」

「ただし貴様の血だがな」


 リィはそういうと、むき出しの男の首にかじりつく。


「ッ!?」


 牙から高速で血は吸われていく。

 吸血鬼の吸血は快楽を伴うというが、これの場合は激痛のほうが上回っていた。

 血流を無理やり加速させられ、心臓のポンプ機能のバランスが崩れてゆき、失血の兆候として眩暈と頭痛が発現する。


「リィ……貴、女ッ!!」


 慣れた手つきで、音を殺しながらシルクアットの内部から極消音散弾銃を抜き撃ち。

 放たれた弾丸はブレもなくリィの頭蓋骨を貫き、肉と脳を吹き飛ばす。

 だが吸血鬼にとってはそんなもの致命傷にもなりえなかった。吸血鬼は銀や炎でないと、傷をつけても速攻で再生されるのだ。たとえ頭部が木っ端みじんになろうとも、心臓が無事な限り彼らは不死。心臓もまた、弱点となるもので攻撃せねばすぐに再生する。

 現に吹き飛ばされた頭部は一瞬で再生した。

 まさに化け物と評するのが正しい種族。夜の帝王の名は、伊達ではない。


「い、今すぐ離れなさいッッ……! さもないと……!」

「――――ご馳走様」


 男の首にかじりついたリィは、予想外にあっさり離れてしまう。

 あまりの事態にシルクハットの男は目を白黒させ、リィを見つめている。


「言っただろう、血の摂取だと。別にあのまま使徒にしてしまっても構わなかったのだが、血の味ですぐに心が変わった。濁り過ぎだ、貴様の血は」

「くっ……高速吸血、冗談じゃない。何のつもりですか」

「地面についている血を吸うなんて死んでも断る。貴様の血を吸ったほうがまだマシ……って思ったが、とんだ勘違いだったな」

「は、ははっ……。血の味に関しては別にどうこう言いませんが……次からは言ってからやってください。そしてできればゆっくりと」

「嗜虐されるのが好きなのか? 一応快楽は最低限に抑えたつもりなのだが」

「計画の成功のためです。……いや、別に成功しようがしまいが、どうでもいいんですけどね」

「貴様、何言って……?」


 シルクハットの男は壁伝いに立ち上がり、よろける足を懸命に動かしてこの場から去ろうとする。


「復讐、ですよ」


 かすれた声で、男はそう言った。


「家族を、国を、すべてを奪ったあの男に……復讐したい。僕と、同じ目に……合わせるんです。死んでもやって見せる、あの男がどれだけ強かろうと!!」

「貴様……なるほど、私の予想が大きく外れていたな」

「碌でもない予想ですか? くくっ、いくらでも罵って構わないですよ」

「濁っていても、混ざっていたのは小者の精神ではなく復讐の憎悪だったらしい――――だがそれは虚偽の精神。貴様、まさか自分の心さえ騙すとはな。迫真の演技は見事だったと言っていいだろう」

「……あら、バレちゃいました?」


 邪悪な笑みを作ったリィは、シルクハットの男の後頭部を空間越しで鷲掴みにした。

 頭を引っ張り自分の元に引き寄せると、顔を自分の方に向ける。

 その際、シルクハットが脱げて男の顔がはっきりと見える。青白く、生気があまり感じられない。だが憎悪の炎が瞳の奥底で燃えている。

 それを見てリィは再度笑う。


「貴様は覚悟があるか? 人を辞めても、目的を成し遂げる覚悟が。偽りであろうが貴様の心は実に淀み切っている。素晴らしい。人間とはそうでなくてはこちらとしても退屈で困る」

「ははははははははっ! いやはや、まさかこんなふざけたきっかけで僕は人間卒業ですか。人生何があるかわかったもんじゃないとはよく言っていますが――――ああ、最高に最悪の気分ですよ、糞が」

「喜べ下等生物。いや―――――レナード・ローエングリーン。貴様は今この時から人を捨て、吸血鬼という種族に昇華する。正確には使徒だが、何も変わらん」


 白色の少女は、雪のように白く、細い腕を見せつける。

 その腕の皮膚を撫でるように切り、血を垂らす。


「今こそ問おう。レナード・ローエングリーン。リィ・カーミラ・エリタージュの眷属となるか?」

「くはははっ……その言葉、喜んで承諾しよう。我が主よ――――言ってて虫唾が走りますね、全く」

「くくっ、今宵は晩餐だ。血を啜れよ同胞よ。いや――――自分さえ道化ピエロにする無秩序者トリックスターめが」


 レナードはその細い腕に、噛みついた。



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