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第十二話・『遊覧飛行船での短い休憩』

少々ミスがあったので修正。

またまた修正。すいません。

誤植などを修正。他表現追加。

※2015年3月10日から、第2章の大幅修正を開始します。更新が少々スローペースになってしまいます。誠にご勝手を働き、申し訳ございません。

「ごほっ、げほっげほっ……ヒューッ、ヒューッ」


 気付け薬を直接口から流し込まれたことにより、脳が思考を取り戻す。

 強烈な薬品が何の前触れもなしに口から流し込まれたことにより、その男――――ロートス・エリヤヒーリッヒは薬品を吐きながらむせる。

 彼の傍に立っていた医療班は仕事が終わったことにより早々と病室から立ち去る。

 代わりにに、赤髪の女性。

 そんな特徴的な髪を持つのは少なくともロートスの記憶では数えるぐらいしかいない。

 ロートスはその人物が誰だかすぐに分かった。

 聖杯騎士団副団長・・・。レヴィ・オーラリア・ヘンシュヴァルド。大鎌『四騎士の大鎌』を扱う騎士団指折りの実力者であり、別称『死神リーパー』という不名誉なあだ名を持つ。今ロートスが最も会いたい人物だった。


「ク、ッソがァアアアア!!」

「…………」


 ベットから跳ね、レヴィに殴りかかろう、少なくとも腕に噛みつこうするが、体は鎖に繋がれているせいでベットから離れられない。

 完全に暴れることを予想しての処置だった。


「起床早々女性に殴りかかろうとするのは、さすがにないわよ」

「よくもッ、やってくれたなこの糞尼ァッ!! なに邪魔してくれてんだコラァァアアアア!!」

「うるっさいわねぇ……あなたに死なれたら色々と困るのよ。確かに好きにしろと言ったのは私だけど、さすがに死ぬまでやれとは言ってないわよ? 後始末する身にもなってほしい物だわ」

「そういう問題じゃねんだよこのババァッ!」


 口を大きく開き意地でも噛みつこうとするが、ロートスの顔にレヴィの拳が入ったことにより撃沈。数回跳ねて彼の体からは力が失われる。

 さらに枷が外れたようにレヴィは跳ねたロートスの頭部を鷲掴みにし何度もベッドの緩衝材に叩き付ける。衝撃が軽減されている分痛みはないが、それでも高速で脳を揺らされるという気分は良くない。

 というかすでに脳挫傷寸前の状態であった。

 流石に死なれるのは困るのかレヴィもその手を止めて、掴んでいた軽く泡を吹くロートスの頭を離す。


「ババァババァと煩いわよ。いい加減ぶっ殺してやろうかしら」

「ごっ、が……」

「――――二人とも、そこまでだ」


 レヴィが音もなく緋色の筒、『四騎士の大鎌』を取り出そうとしたところで、突然二人の間に出現した第三者によりそれは遮られる。

 黒みががった自然体のショートヘア、顎から生えた無精髭が何とも落ち着かせた印象を与える男性。見た目は大体三十代後半、四十代前半といった中年男性であるが、疲労ゆえか顔が更けているので五十代にも見えそうな顔は、困り果てたような表情でレヴィを見ていた。

 彼の出現を認識した直後、レヴィは膝をついて頭を下げる。


「ご挨拶申し上げます、エヴァン騎士団長。本国到着後すぐにご挨拶に上がれず、申し訳ありませんでした」

「いや、それはいい。この死にかけの問題児を即座に病院に連れ込んだのは正解だ。だがな、公共の場で喧嘩をするな。修理費と慰謝料はともかく始末書は誰が書くと思ってる」

「誠に申し訳ございません。ロートスの阿保が暴れだそうとしたので、その首を刈り取ろうと」

「するな。……はぁぁ、別に仲が悪いのは結構だがな」


 呆れたように手を顔に当てたエヴァンは、レヴィにもう下がっていいと言いつけ、レヴィもそれを何の文句もなくここから立ち去った。

 ロートスは相変わらず泡を吹きながらも額に血管を浮かべて獣のように唸っているが。


「……んの用だよ、テメェ」

「お前ぐらいだろうな俺に溜口を平気で出来るのは」

「答えになってねェよ。いいからさっさとこの鎖解けや」

「と、言われてもな、だめだ。お前は一週間ぐらい入院していろ」

「ハァッ!? ざッけんなこの野郎ッ! 俺はあいつに背中斬られた借り返しに行かなきゃなんねんだよゴラッ!!」

「……お前がそこまで重症負うとは、相当厄介な奴だったのか?」

「そうだよ! せっかく面白い相手が見つかったっていうのにコリャねぇだろ畜生がッ! ぶっ殺すぞ!」

「やれるもんならやってみろよ。……しかし、書類上の報告では領地内の共和国に目標が発見されたって書いていたよな。そんなところにそこまでの実力者は集まるのか? フリーにしても限度があるだろうし……」


 基本的にこの世界では実力者というものはどこかに所属していなければおかしい。

 企業、協会、国、傭兵団、自分の強さを最大限に発揮するには戦場に行きたがるのが最もやりやすい方法だ。強者であればもっと強い奴に出会いたい、金を稼ぎたい、支配したい、そんな思考に囚われるのが常識的だ。

 そもそも実力者のフリーランスなどという存在は国が許さない。

 自分の敵になるかもしれない者をみすみす見逃すほどの馬鹿でもなければ、即座に勧誘している。ロートスもその例だ。昔、孤児の集団の中でも突出していた彼を、孤児たちを保護した際にエヴァンが抜き取って騎士団に入団させたのだ。

 それを考慮してもなお騎士団の軍団長を圧倒する実力を持っているという可能性としては、自分の強さを隠しているか、それともある日突発的に強くなったか。

 過程はどうだっていいが、一番の問題はその者が生きているかどうかだ。

 戦ったということは対立したということ。ロートスは彼を倒しに行きたがっている。報告書では死傷者はある傭兵団のグループのみとなっている。

 十中八九、生きている。


「……まずいな」


 二人は何かをやらかしてその者から恨みを買ったとすれば――――近いうちに襲撃がある可能性が高い。もちろん端国で起こったのだから、最短でも一週間程度の猶予があるのだが。

 騎士団のトラブルメーカーがまたやらかした、とエヴァンはつぶやいた。


「いつものことだとは分かっているが、始末書を一体何枚書く羽目になるやら……」


 この男、これでも聖杯騎士団、世界最大規模の騎士団の総長である。

 名はエヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン。

 紛れもなく、人類最強という肩書を所有する騎士団一番の苦労人である。



――――――



 ここは飛行船内。

 この飛行船は俺たちのいた『エルフェン共和国』を傘下に置いている中央王国『アースガルズ』の首都『ヴァルハラ』へと向かう、大型旅客船である。

 全長五百メートル超、総重量三十万トン。しかし最大船速百五十ノットという速さを誇る高速船であり、しかも揺れもほとんど感じられないという徹底ぶり。船名は『スカイヴェッセル』世界中を行き来する飛行船の中でも特に安定性が高い『ラインズアンティーク社』製らしい。

 まさしくそれは事実で、こうして食事をしているのにもかかわらずグラスに注がれた果汁ジュースはほとんど揺れていない。船酔いもなく、まさに快適な旅を楽しませるための船だった。

 飛行船のお値段なんと金貨一千万枚(銅貨一千億枚分)。一人の人間が一生働かず豪遊しながら暮らせてまだ有り余るほどの大金であり、プライベートにこれを持つ人間はよほどの富豪でなければいないそうだ。いるにはいるらしいが、大抵大型企業と契約を結んでいる飛行船らしい。

 そんなどうでもいいことを、向かいにいるリーシャがご丁寧に長々と説明してくれた。正直どうでもいいがステーキ美味い。美味し。最高級、ではなくエコノミーはエコノミーらしく一般の家庭で最も普及している北東地方で育てられている食用牛を使ったミディアムレアステーキだ。ソースは玉ねぎのような野菜などを使ったオニオン風味。やべぇ、今までまともな食事ほとんどしてないから超美味い。

 高純度宝石を十個ほど消費した甲斐があった。


「まったくお前のおかげで飛んだ災難に……こほん、何でもない」

「やっぱりファーストクラスにしたほうがよかったかな。食事も寝所も段違いだし」

「何倍近く金がかかると思っているんだ」


 ファーストクラスはエコノミーの約四倍である。有り金からして払えなくもないが、常識的に考えてそこまで余裕はない。

 最後のステーキを口に入れ、噛む。いい歯ごたえ、溢れる肉汁、文句なしの美味……美味い。

 久しぶりの肉料理を堪能し終えると、横目でアウローラを見る。

 彼女は、まるで初めて固形食の食事をとるような赤ん坊のように汁を零しまくっている。嫌な予感がしたのでナプキンを着せたのは正解だった。とうせ下は患者服のままなので惜しくもなんともないが。ていうか無料で持ち帰りOKなんだよな患者服。

 口もかなり汚れているので、嫌がる彼女を制して近くのティッシュで彼女の口を拭ってやる。


「ん……んん」

「ほら、嫌がるな。お前がそんな食べ方するのが悪いんだからな……やっぱりステーキじゃなくて食べやすいスープのほうが……いや、同じか」


 子供の世話をする父親のような感覚だ。

 ……って、ちょっと待てよ。まさかこいつの体洗うのも拭くのも俺がやるのか? それはそれで役得だが記憶戻った時に八つ裂きにされかねないんだが。リーシャに任せるか。面倒だとか言わなければいいが。


「リースってさ、世話好き?」

「かもな。仕方なくやっているっというものあるが……」


 とりあえずステーキを細かく切り分けてサイコロステーキ状にすると、少しずつ彼女の口の中に入れてやる。少なくともこれで汚れることはないだろう。リーシャの視線が少し痛々しかったが我慢だ。俺だって好きでやってるわけじゃない。

 食べ終えた皿をウェイターに渡し、今度の事についてリーシャと話し合う。

 だがその前に聞くことがある。


「リーシャ、出発してからずっと気になることがあったんだが」

「なぁに?」

「どうして俺についてきたんだ?」

「面白そうだから」

「……」


 案の定、と言っていいやら。

 そんな予感はしていたのだ。彼女のことだからそういうとかすかに予想はしていた。

 だがまんまというのはないだろ。と心底自分の感の当たりの良さを恨む。


「お前は、ヴァルハラに行ってどうするんだ?」

「探索者ギルドに入団、かな。まずは」

「なんだ、それ?」

「常識なんだけどな……まあいいや。教えてあげる」


 また長ったらしい説明が始まった。これでも世界常識についての本は読んだつもりだが……どうやら歴史に偏り過ぎたらしい。単語自体は何度も目にしているがそれがどういったものなのかはわからなかった。

 本を読んだからって全部を知っていることではないということか。

 探索者ギルドとは、圧縮してみれば簡単なものだった。

 とレジャーハンター、傭兵、冒険者、その他もろもろが集まりできたのが探索者ギルド。傭兵は少し違う気がするが、面倒だから一括りにしたらしい。とりあえず色々な職業が混ざりに混ざり、団結し、ギルドを作って、人々の依頼や危険となりうるモンスターの討伐、ほかには未踏地域や未踏遺跡の探索、情報の取引など様々なことをしており、今や世界にとってなくてはならない存在へとなりつつある。

 一応『騎士団』というものもあるが、残念ながら国の所有物なのでめったに動かない。その代わりに造られたのが探索者ギルドらしいが、ここら辺の情報は曖昧なものだ。

 ギルド自体は数個の団体の集まりであり、ほぼすべてが無所属。報酬さえあれば迷子のイヌ探しから野良化した雑種ドラゴンなどの大型モンスターの討伐まで。

 端的に言えば、世界一規模がデカい何でも屋、と言って構わないだろう。

 もちろん、一つの大きな組織というものは足場が崩れれば連鎖的にすべて崩れていくものだ。

 それを防ぐためにいくつかの支部に分けられて各地に建設され、それぞれの場所にギルドマスターなる統括者を作り、成り立っているらしい。

 リーシャはその中心部たる探索者ギルド本部に行くつもりらしい。


「というわけで、リースも一緒に行こうよ!」

「断っておくわ」

「なんで!?」

「いや……俺って誰かの下に就くっていうのが嫌なんだよな」


 もちろんこれはただの言い訳だ。心の中でははっきり言おう、面倒だからだ。

 まず行動が制限される。これは俺が自由行動万歳主義&アウローラの記憶のありかが遠方にあったとしたらいつでも好きな時に動けなくなるのが困るからだ。それがなくなったら適当に考えていただろうが、どちらにしろギルドに入る可能性は少ないだろう。


「でも~、欲しい情報は集まりやすいかもよ?」

「情報屋とパイプを繋げれば済む話だ。大体、話からして絶対ランク制だろ? 面倒くさいんだよそういうの、時間も限られているし」

「えぇ~!、つまんなぁ~い」

「……ま、必要になった時は入るけど。今は『聖杯騎士団』っていうやつを探し出す必要があるからな」

「聖杯騎士団? 知ってるけど」

「だからもう少し待っ……今なんつった」

「一番有名な騎士団だよ? 知らない人なんてほとんどいないと思ったけど」


 じゃあ情報収集の必要性皆無? おいちょっと待てこんなにあっさりしていいものなの? 普通ならもっとこう、町で逃げ回る情報屋を探して苦労して聞き出すとかそういう展開じゃないの? ……不幸故か? よく考えれば幸運だが。


「じゃあまた説明を――――」

「あ、いや、いい。この巨大さなら小型の図書館ぐらいあってもおかしくないだろ。暇があったら調べてみる」

「そう? 残念」


 またあの長ったらしい説明を聞かされるのかと思うと鳥肌が立ってくる。さすがに学校での校長先生の話並に眠気が襲ってくるのでもうラストオーダーだ。


「さて、収穫の確認をしようか」

「確認って……宝石の?」

「そうだよ」

「ここでやっていいのか……?」


 ここは言わずもがな食堂だ。更に食事のために今は沢山の者たちがここに集まっている。

 さて問題だ。金を欲しがっている奴らの中心に豪華な宝石が出現したらどうなるのだろう。


「ほいっと」


 正解は当然、視線が一転に集中した。

 大量の宝石がテーブルの上にぶちまけられたことにより周囲の老若男女全員がその大量の宝石に視線を向けた。こいつ馬鹿なのかわざとやってるのか。


「えっと、純度三級以上の高純度の宝石が大半だね。質の悪い宝石はあとで材料にして――――」

「お前馬鹿だろ……」

「えっ、どうして?」

「あのな、それって魚に最高級の餌をばらまいてやってるもんだぞ? 早く仕舞わないと凶暴な魚が――――」

「おいお前ら、ちょっと俺の話聞いてくんない?」

「……釣れたよ」


 言った途端にこれだよクソ。

 もはやお約束なのか、チンピラのような態度の割には身なりのいい男三人組が突っかかってきた。手をワキワキさせておりどう見ても目の前の宝石を独占したい気持ちがとって見える。

 面倒事が嫌いなのにどうしてこうも簡単に転がってくるのだろうか。不幸故に、か。……この言葉この先何回使う羽目になるのやら。


「まあまあまあまあ」

「あん? んだテメェ」

「まあまあまあまあまあまあ」

「おい、ちょ、てめ……」

「まままままままままままま」


 抵抗するチンピラどもを無理やり連行する。

 もはや話し合いで解決しないことは目に見えているので三人組を無理やり押して食堂の外へと案内した。

 静かに義手を握りしめて。



 五分後。無事清掃用ロッカーに顔を大きく腫らせた三人組を詰め込み終えて食堂に戻った。


「あー、ったく……」


 服の所々に血の滲みを作り変えてきた俺は、静かに元居た席に座る。

 周りの視線は今や全部避けられており、宝石になど目にくれもしない。いや、いい運動をしたなという顔をした俺は備え付きのティッシュで顔や義手に就いた血を拭いた。


「何してきたの?」

「大人の話し合いってやつだ。つかわかってて言ってんだろお前」


 気密性と防水性はプロフェッサー折り紙付きだ。血の一滴中に入り込まなかったのが外から見てもわかる。しかも表面が特殊加工されているのか一回拭くだけで付着した血は綺麗さっぱり落ちた。快感だ。


「それじゃ続きだよ。リース、質の悪い宝石を全部選び出してくれないかな」

「なんでだよ?」

「宝石ってね、実は中に魔力が詰まっていることがあるんだ」

「魔力か。それがどうしてそれと繋がる?」

「食べるの」

「は?」

「二度は言わないよ」


 俺の聞き間違いでなければ、彼女は宝石を「食べる」と言った。

 宝石というものは豪華だ。それをみすみす食べて消化しようというのか? いや、石だから消化はおそらくされないだろうが、ウンk……いや、何でもない。


「なんで食べるんだよ」

「宝石に魔力が詰まっているって言ったでしょ? その性質を使って、何らかの効果を得る」

「効果?」

「宝石の中にある魔力は変質して珍しい効果があるものが多いんだ。暗視効果とか、風の盾を身にまとうとか、一定時間火が熱いと感じられないとか、色々」

「なるほど。じゃあ中に入っている魔力の性質とかは調べられるんだよな」

「一応ね」


 例えばこれ、とリーシャは宝石の山から一個だけ宝石を取り出す。

 赤く光る宝石で、まるでガーネットのようだった。名称は違うだろうが、形質自体はほとんど同じものだろうと考えられる。


「これは食べると、一時的にだけど身体強化の効果を得ることができるの。あと、魔力の流れを加速させて破裂させると他の人たちにも効果が得られる」

「へぇ……じゃあその性質を使って戦力強化か?」

「あと、薬にも転用できるね。作って薬屋に売れば結構値が張るんだ。普通に売るより高値でね」


 色々と納得したところで、俺は背中に背負っていた大き目の革袋から傷ついていたり妙に黒みがかった宝石だけを取り出してリーシャに渡す。正直こういうのは専門外なので彼女に全部任せることにした。やろうと思えばできなくもないが、俺ができたところで状況はあまり変わることはない。余計なことは覚えないほうがいいだろう。

 しばらくして、俺にある疑問ができる。

 ルージュを撃破したときに手に入れた宝石――――鑑定してみると特一級宝石らしいが、その効果を調べることはできるのだろうか。

 やれる時にやっておくほうがいいと考え、俺は早速リーシャに真っ赤に輝きかつ透き通った宝石を見せる。


「それの効果、調べられるか?」

「えーと、こんなに純度が高いとあまり見えないんだよね……私鑑定のスキルもあまり高くないし」


 結果、判らなかったらしい。

 純度が高いと中に入っている魔力が宝石の性質とやらとほぼ同化しているらしく、判別がつかないとか。前代未聞の純度ならばなおさらだ。彼女曰く素人程度の数値しかないスキルらしく、達人でもギリギリ判別できるものをどうにかできる術はなかったようだった。


「……すごい」

「え?」


 俺でもない、リーシャでもない声が聞こえた。

 無視だ。こういう場合絶対に面倒事になる。

 無視……したいのだが、先ほどから視線が折れない。俺やリーシャに向いているのではなく、リーシャのもつ宝石に目一杯注がれていた。

 溜息をつき、その視線の原をたどる。

 かなり離れた場所だが、ブラウン色の髪を生やし、かなり小柄の見た目十五ほどの少女が食べかけのパンを両手に興味津々な子供のような顔で宝石を見ている。

 モチのロンで知り合いでも何でもない。初対面だ。


「……よかったら、見る?」


 リーシャが可笑しなことを言い始めた。


「え、ええと……いいん、ですか?」

「いいよー。私のじゃないし」

「おいそれ俺の!?」


 自分の物でなければいいのかリーシャは呼ばれて近づいた見知らぬ人物に宝石を渡してしまう。それ金貨何枚分だと思ってんだ。

 渡された宝石をポケットから取り出した単眼鏡と万年筆に付いている小型ライトでまじまじと観察する謎の少女。どうして俺の周りには謎の多い奴が現れるのだろうか。ラノベの主人公じゃねぇんだぞ。


「すっ、すごい……不純物がないなんて、初めて見ました」

「もしかして、宝石鑑定業者かなにか?」

「は、はい! リル・オールド・アンバーハートと申します!」

「……心の琥珀アンバーハート、ね」


 珍しい名前だ。

 宝石の名前を借りた名前自体はかなりあると思うが、本当に持っている人物を見るのは初めてだった。


「それで、俺たちに何か用か? 少なくとも初対面だと思うが」

「私も、初対面です。す、すいません。きれいな宝石だったのでつい……あ、お返しします」


 無礼を働いたと思ったのか、妙に緊張した敬語だ。

 両手で差し出された俺が宝石を受け取ると、とりあえず座るようにリーシャは言った。

 俺の隣にはアウローラがいる。しかもいつの間にか寝ている。先ほどから何もしゃべらなかったのはそのせいか。

 動かせないのでリーシャの隣に座ってもらった。


「えーと、リルさんだよね。私はリーシャル。リーシャでいいよ」

「……リースフェルト。リースで。早速だけど、この宝石の効果、わかったか?」

「え、あ、えっと……はい」

「じゃ、聞かせてもらっていいかな?」


 聞けるなら聞いたほうが得だ。幸い相手は報酬を求めるようなタイプではなさそうだし。

 この子犬のような女の子がそんな腹黒いこと考えているなら、俺は女性という生き物に対する見方を少し変えなければいけないのだが。


「お、お恥ずかしいのですが……効果が複数ありまして」

「複数? 一つじゃないのか?」

「たまに二つか三つあらわれることがあるんだよ。本当にたまにだけど」

「早く言えよ」

「それでですね、一つ目は火に対して絶大的な耐性を得る、です。この効果自体はさほど珍しいものではありませんが……その、時間が異常でして」

「時間?」

「はっ、はい。ほ、ほぼ永久、です。測定不能、といったほうがいいのでしょうか。ほ、ほかのも同様です」

「……続けてくれ」


 リーシャの表情が苦いものになる。

 半永久的に効果を得られるのなら、その価値は格段に上昇した。

 このことを聞けば狙ってくるものも出現する。相手がかなり小声だったのでよほど近くにいない限り聞き取るのはほぼ不可能だが。


「二つ目は、火の吸収です。かなり珍しく、取り込んだ『火』という概念を生命力や魔力に転換する。つまり、火を食べれて回復もできる効果ですね。火竜しか持つことのできない効果のはずですが……」

「へぇ、ちなみに、売ったらどれぐらいの価値になる?」

「す、推測ですけど……金貨五百万は、軽く行くかと」

「……」

「だ、だって理論上は、特定の生物しか持てない効果をどんな生物でも得られるんですよ? もし水竜族などに売れば自分の弱点を克服できるわけですから、全財産を叩いても喉から手が出るほどの代物でしょう」


 ……ここでついにこの宝石の稀有さを理解した。

 うん、これはやばい。売るにしても情報漏洩したらその前に盗まれるか流血沙汰になることは目に見えている。


「み、三つ目ですが……解析、不能です」

「で、出来なかった?」

「み、見たこともない性質だったんですよ。逆算もほぼ不可能で、ご、ごごごっ、ごめんなさい!」


 なぜ謝罪する。

 彼女は何度も頭を下げる。こっちに罪悪感来るからやめてくれないかな? と言ったら確実にまた謝られるのでそっとしておく。女って、本当に面倒くさいな。


「これはどうするほうがいい、リーシャ。ここで飲んだほうがいいか?」

「売る……って言っても、そんな大金商店に置くわけないし……銀行に行くにしろ、お金はもう有り余るほどあるからあんまりいい策とは思えないな」

「でも、いざという時の保険金にはなるだろうし。まいったな……」


 莫大な価値があるものというものは扱いに非常に困る。選択を間違えるとあとあととんでもないことが待ち受けているのだ。

 三分ほど考えても結論には至らなかった。

 二人で、とりあえずはこの件は保留にすることにした。時間はまだある。ゆっくり考えていけばいい、と。


「――――失礼」

「またか」


 またもや聞きなれない声が聞こえる。何? どんだけなの俺の不運。絶対面倒くさそうなやつだろ。

 声の聞こえた後ろの方向に首を回すと、意外と普通の身なりの少年が俺を見ていた。

 紺色の髪、茶色いコート、白いTシャツ、青いジーンズ。今まであったやつと比べればかなり普通だった。

 だが、人間外見だけではない。絶対何かがある。

 予想通り彼は両脇に拳銃らしきものを指していた。腰のベルトにも手榴弾に似た何かを吊っており、極め付けに後ろ腰に大型のナイフまで。嫌な予感が確実なものとなる。


「また、とはなんだ?」

「いやなんでもない。こっちの話だ……それで、何の用だ」

「ここにリル・オールド・アンバーハートという女性が来ていないか。外見は大体十五、六ほどの」

「いるよ」


 指さして彼女のいる方向を指さすと、少年はそれにつられて視線を変更。リーシャの隣にいるリルに向く。そして顔は呆れたような表情になり、自然とため息が吐き出される。


「リル。外を勝手にうろつくなと何度言ったら……」

「だ、だって……せっかく豪華客船に乗ったんだし、探検しようって」

「迷子になったらどうするんだ、まったく。……帰るぞ」

「ま、待って! 折角知り合いになれたんだから、この人たちに部屋の番号教えてあげようよ」


 少年はリルの腕を引っ張りながら俺たち三人を見る。

 そして「仕方ない」とつぶやき、名刺らしきものに白色のペンで何かを書いてを差し出す。


「私の名前と、部屋の番号。そこに書いてあります。気が向いたら来てください」

「あ、ああ……」

「よ、夜に、お話ししましょう!」

「…………」


 引きずられながらリルは退場する。

 なんだったんだ……。その一心で、なんとなく名刺を見る。

 どうせ王都に着くまであと三日四日ある。やることもなく、どうせ暇なのだから雑談相手ぐらいにはするか。

 よく見たら、その名刺は、黒かった。

 黒い名刺に白い文字で、彼の名前が書かれている。


『武器商人協会・№3022

 火器専門商人支部商売兼戦闘部隊員・偵察部門

 ヴィルヘルム・カルトヘルツィヒ


 夜の九時、寝室区画二階267号室まで』


 ……嫌な名前だ。



――――――



「まったく……相手が悪人の類だったらどうするつもりだったんだ」

「だ、だって、見たこともない宝石があったから……」

「お前の探求心にはつくづく呆れるよ。身の危険というものを少しはわかれ」


 先ほどまで離れ離れだった二人は、独りが手を引っ張る形で自室へと帰還しようとしている。

 男の名前はヴィルヘルム・カルトヘルツィヒ。

 体格的には特に言うこともない、普通の少年である。

 強いて言えば、武器商人という野蛮で危険な職に就いているぐらいか。


「でも、悪い人たちには見えなかったよ?」

「人を見た目で判断するな。というか、義手で右半身大やけどって、どう見ても過去にデカい事件起こしてそうな極悪人面じゃないか。顔自体は普通のやつだが、傷が多い」


 そう、リースフェルトこと結城の身体には、短期間で彼自身でも把握しきれないほどの傷が生まれていた。それをヴィルヘルムは長年の観察眼と生まれつきの空間感知能力で把握し、見抜いていたのである。

 しかも並外れた身体能力、戦闘経験、筋肉の付き方、意識のよりどころ、身に着けているものの希少度、そして――――腰につけている二振りの魔剣。

 相手は無警戒に見えてまるで獲物を見ているような夜の猛獣のように静かにこちらを見ていた。一瞬でも敵意を見せたら容赦なく襲い掛かってくるような臆病さと獰猛さ、少しでも地形を理解しようとし、かつそれを利用して倒れてもすぐさま反撃に出ようとする戦闘に特化した知能、そして相手の強さを見抜く眼。

 これらの要素を見て、警戒するな、敵として見るなというほうが可笑しい。

 過去に何かがあって今こうなっているのかもしれないが、あちらの都合などヴィルヘルムには知ったことではなかった。


「まるで喉元に刃物を突き付けられたような気分だった。敵に回したらまず勝てない、情けもかけてくれない。あいつは自分のためなら何でもする。一番的に回したくない奴だ。リル、一歩間違えたらお前最悪殺されていたぞ」

「え、え!? で、でも……いい人に、見えたんだけどな」

「何?」

「えっと……大切なものを守るために命を懸けている、そんな人に思えたんだ」


 二人の考えは、どちらも結城の本質を突いていた。

 唯一違うのは見ている方が表か裏かそれだけだった。表は一見何の躊躇もせずに人を殺せる凶悪な奴に見えるが、裏は逆に誰よりも自分の守りたいものを守るためにという心が存在している。

 結局、結城は善でも悪でもない。

 自然の世界で生きるために餌となる動物を殺すように、生きるために脅威となる天敵を殺すように、そこには善も悪もなく、ただ護りたい。それを善ととらえるか悪ととらえるかは人それぞれだ。

 だがこれだけは言える。

 結城という人間は、何が正しいのか何か間違いなのか――――そんなことを全く気にしない人間なのだと。

 要するに、子を守る母の様な男だった。


「……お前の見ているものは、俺には分からないな」

「……それ、私も言っていいのかなぁ……」


 互いに逆の視点を持った二人。

 性格も対極に近い位置にあり、本来ならば相容れないもの同士だろう。

 しかし対極だからこそ理解しやすい。自分と逆の考え方をするとわかれば、理解することは簡単なのだ。

 故に二人は一緒にいる。

 表と裏を、互いに見るため。

 一緒にいる理由はそれだけではないのだが。




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