第九十九話・『厄災の終息』
精神的にきつくなってきた。冗談抜きでスランプがとんでもないことになっています。次回投稿が遅れるかもしれません。
黒に染まった砂漠。白い煙がそこかしこから空へと上がり、触れるだけで汗が滲み出るほど熱い外気が俺の肺に入り込む。その感覚がどうしても気持ち悪くて、吐き出した。けど、その感覚は拭えない。
体が震える。寒くはない。むしろ熱い。だけど、必死に自分を抑え込まなければ――――殺してしまう。
【ア、ァガ、ァアッ…………】
喋るたびに焼けるような痛みが喉を刺す。
血の滲むほど喉を掻き毟れば、黒い血が流れ出る。直視したくなくて、空を仰げば黒い雨が頬を伝う。
狂っている。
俺も、この世界も。
どうしてこうなったのかは理解できないし、したくない。しても意味が無い。無意味無意味無意味全てにおいて価値は無い。今重要なのは――――救い出したセリアを逃がす術がないという事だ。
俺ではもう、触れられない。
撫でてしまえば壊れてしまう。だがこうして時間が経てば経つほど自分の中から底なしに溢れる、汚泥の様な真っ黒の魔力がセリアを蝕み、衰弱死させてしまう。
外からの助けも期待できない。
どうすれば。どうすればいいんだ。
【ゴ、ァギ、ガァァァアアアアッッ…………!!】
頭が痛い。まるで肉食の虫を頭に詰め込まれたように、何かに『食われる』感覚だった。
それが理性の崩壊の開始だと、直ぐに理解する。
【ヤ、メロォッ……!】
ここで、ここで理性を失えば確実にセリアは死ぬ。
俺が手に掛けると言う最悪の形で。
それだけは駄目だ。何としても阻止しなければならない。だが、その術はない。
こんなにも圧倒的な力を手に入れたのに――――それを手に入れてしまったからこそ誰かの手を取ることができない。救うことができない。
何たる皮肉。何たる愚かさ。
己の赤色の爪で喉笛を掻っ切ろうとするが、何かがその動きを止めてしまう。肌に触れる寸前で肉体が硬直してしまう。まるで自死行動など許さないと言っているがごとく。
視界に亀裂が走る。
【オォオオオアアァァアアアアアアッ!!】
絶叫しながら頭を地面に叩き付けるが、もう痛みすら感じられない。
五感が消えていく。いや、俺が感じ取ることのできた感覚が奪われていくのだ。
俺でもない誰かに。
【クソッ、クソガァァアアアアッ!! アアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!】
手を何度も地面に打ち付ける。その度に砂が舞い上がり、全身に被る。
だがそれすらももう認識できなかった。
元々狂っていた五感全てが、徐々に消えていく。まるで深海に沈む小石のように。少しずつ、光が失われていく。
【ナゼダッ、ナゼ、ナゼッ!! 俺ハ、間違ッテイタノカッ……!!】
黒い涙を流しながら、誰かも知らない、いや誰でもない誰かにそう訴える。
だが聞き届けられるものはおらず。
ただ空しく、己の願望は宙に消えていく。
やがて手足も動かなくなった。
どうして、こんなことになった。
どうして――――ッ!
【…………最初カら、間違っテ、いたノカもナ】
ああ、それなら――――
仕方ないな、って。思ってしまった。
「予想外だな。まさか傷一つ付けていなかったとは」
「前回と違って、随分頑丈な精神だ」
自分のでもなく、セリアのでもない声が微かに聞こえる。
だけど視線すら動かせない。動かせるのは、僅かに動く口だけだった。
【頼、ム……アノ、子を――――セリア、を】
もう助かる見込みのない自分など見捨てて、助かる命を救ってくれと。
俺は必死に懇願した。
お願いだから。アイツを連れて逃げてくれ。
じゃないと――――殺してしまう。
「最後の最後まで他人の心配か。変わらず馬鹿だな」
「変わらなくていい所だろ、そこは。そこがあの馬鹿の強みなんだから」
「それもそうだな。では頑張った報酬だ。セリアに関しては、安全な場所に移そうか」
小さく、指を鳴らす音が聞こえる。
それだけで先程まで存在していたセリアの気配が消えた。
何かの魔法の類だろうか。
「空間転移だ。今頃獣人の集落のテントでぐっすり眠ってるだろう」
それを聞いて、一気に気が緩む。
だがまだ駄目だ。誰かは知らないが、自分を助けてくれた者達が逃げるまでどうにか気を保たねば。
【早ク、逃げロ……! 間ニ合わ、ナくなる…………ッ!!】
「問題無しだ。私たちはお前の治療に来たんだ。遠慮なく寝てていいぞ」
【何、ヲ……馬鹿ナ……!?】
「……安心しろよ。――――もう、休め」
その言葉に不思議な力を感じた。
どこかで、出会ったような。家族のような、そんな雰囲気を纏った声だったのだ。
だからだろうか。言われた通り、安心感を抱いて眠りに入ろうとしたのは。
【……ゴメン、ナサイ。オレ、ハ】
「ああ、頑張ったよ。お前は」
「だから今だけは、休んでいなさい」
【…………………ぁ】
五感全てに『亀裂』が走る。
そして俺は――――幾多の欠片へ割れ散った。
――――――
ゼロ、アインは目の前に居る者を見つめる。
対峙している、と言った方が正しいだろうか。――――二人は倒れた結城から吹き荒れる黒い魔力の嵐に耐えながら、それを見た。
新生するその様を。
その肉体は一瞬にして完全に魔力へと変換され、エーテルと同化し――――あり得ないことにエーテルから肉体を構成し始める。歴代でも類を見ない超高濃度エーテルの存在する空間だからこそ可能な芸当だろう。
……否、どのみち肉体が分解される際に莫大な魔力がまき散らされ、瞬間的に濃度が底上げされるのだ。
例えエーテルか皆無な場所であろうがこれは可能だろう。
肉体還元。そしてそこからの肉体再構成。
最高レベルの錬金術師であろうとも不可能である現象が目の前で起きてもゼロとアインは顔色一つ変えなかった。
もう見慣れているという風に。
「悪神の仕込み、やはり転移の際に行われた物か。道理でいくら手を加えても修正できないわけだ」
「修正など最初から期待していない。むしろ、彼が絶えたおかげで幾分可能性が出てきた。後は、私たちが彼を止めるだけだ」
ゼロはそう言い捨て、己の身を包んでいたマントを脱ぎ捨てる。
その奥には、両腕が人間の物とは思えないほど異形の肉体とかしていた両腕と、真っ黒なドレスと鎧に身を包んだ『女体』があった。完璧なS字を描いている以上、これを男性と言うのはあまりにも馬鹿らしい。
「そうだな。初めて耐えてくれたんだ。この機会を逃すつもりはない」
アインも己の両手に凶悪な造形の大型拳銃を握り、戦闘態勢へと移る。
世界を滅ぼせる化物が二人、たった一人にのみ、その殺意を向けた。
それに応える様に、再構成されていく肉体が黒い魔力粒子の奔流の中から少しずつ姿を見せていく。
「…………♪」
小鳥の様な歌声。それと共に魔力の奔流は一瞬にして霧散し、その中から『それ』は現れた。
黒くつやのある、妖艶さすら感じ取ることのできる黒髪は地面につくまで伸びている。そしてそれと調和するように、まるでこれまで一度も陽の光を浴びたことのないような白い雪の様な肌。異形の鎧で隠されてはいるものの、微かに見える一部だけで『美しい』と認めてしまうほど綺麗な肌であった。
顔や身体は『理想』を押し固めた様な、無駄の一切ない造形。神が創りだしたと言っても過言ではないその体の初々しさと艶美さ。少女の様に幼げで、しかし熟れた果実の様な甘い匂いが漂う様な美貌。
そして――――背から生えた、真っ黒い十二枚の翼。美しい―――しかし、汚らわしい。そんな矛盾する気持ちを抱かずにはいられないほど異端な物であった。
閉じていた目を開ければ、深海から見る海面のような。揺らいでいる蒼。見つめるだけで海の底に引き込まれるほどの魅力を無差別に放っている。
そんな少女は、目の前の二人に無邪気な笑顔を見せる。
――――だがその二人はただの一瞬もその顔に惑わされず、ピクリともその場を動いていなかった。
「まるでこの世のすべての男性の欲望を受けるために産まれた様な存在だな。見た目は、シエル・アルカディアをベースにしているのか。道理で見覚えがある筈だ」
「前はただの少年の姿だったが……触媒を変えたか。己の欠片では無くシエルの欠片を」
「…………あ~?」
不思議そうに少女は首を傾げる。
自分の『魅了』が通用していないことに、少しだけ動揺したのだろうか。
「『自壊細胞』風情が。敵を魅了しなきゃ戦う事もできないのか?」
「…………んひ♪」
明らかに挑発されたのにもかかわらず、少女は笑顔を崩さない。
そして―――一瞬でその姿が掻き消えた。
「……は?」
「しま――――」
世界最高峰の実力者であるはずのゼロとアインが反応できないほどの速度で移動。
しかもただの移動では無い。
素で光速に至るという、超人的な観点でも目を白くせざるを得ない芸当。魔法でもなんでもなく、本当にただの『身体能力』だけで光速移動をするという出鱈目を実現し、少女は一秒どころかゼロ秒で二人の背後に回る。
「ラァ~♪」
「ッ――――前より早い!!」
アインは少女の繰り出す超速の回し蹴りを間一髪で左腕で防ぐ。その際の衝撃で周囲の空間が歪み、強烈な連鎖爆発を起こすが、どちらも怯まない。アインは自然な動作で少女のこめかみに大型拳銃の銃口を突きつけ、間隔など開けずに即座に発砲。装填されていた弾丸が対物ライフルどころか高射砲以上の轟音を放ち、アインの目の前の少女の脳髄をぶちまけさせる。
そこでアインは油断などしない。念入りに――――いや、死んでないと判断しているのか、その体に右手で持つ拳銃で亜光速で放たれる弾丸を何発も撃とうとする。
が、その手が突然蹴り上げられた。
少女では無く、ゼロが蹴り上げたのだった。
「何を!?」
「よく見ろ間抜け」
よく見ればアインの右手があった場所に真っ黒な顎が存在していた。ゼロがアインの手を蹴り上げなければ、恐らく彼の右手は空間ごと消滅していただろう。
「追撃をするのは構わないが、相手の動き程度は見ておけ。格下ばかりを相手にし続けたせいで腕が鈍ったか? それとも慢心したか」
「……すまない。気が立っていた」
「なら構わん。私も同じだ。――――最短で決着させるぞ」
「了解……!」
頭を吹き飛ばされた少女は高速再生により頭部を一瞬で修復。そして不気味なほど綺麗な笑顔のまま両手両足から打撃技が繰り出される。アインは接近戦は不利と判断したのか即座に攻撃範囲から離脱。
一撃一撃が空間を抉り取るほどの絶技。受ければ致命傷は避けられないそれを一人残されたゼロは巧みに回避しながら、僅かな隙が生じたところ狙って右手の爪で軽く引っ掻く。
「……あ、ぁあ?」
少女からそんな声が漏れる。
攻撃が軽すぎて拍子抜けした――――などではない。逆だ。
出された攻撃が軽かったのに受けたダメージが甚大過ぎて、茫然としていたのだ。
軽く引っ掻いただけで体の四割が消滅したのだから、驚くのも無理はないだろう。
「どうだ、暴食を司る七大魔王の右腕の味は」
ゼロがそう言う間にも少女の体は高速で再生されていく。
しかし致命的な隙はまだ生じたまま。ゼロはすかさず治ったばかりの腹部に蹴りを叩き込み、少女を数百メートルをきりもみ回転させながら吹き飛ばせる。砂漠ゆえに障害物が無いのでよく吹っ飛ぶ。
魔力を流され活性化状態になったのか、彼女の右腕に血管が浮いてくる。そしてその黒い肌からは、無数の小さな虫が汗の様に体の穴から這い出てきた。蠅、蝗、蟻、蚊、等々無数の害虫が出て来るが、全てが普通の虫とは異なり凶悪な外見の外骨格を身に纏っている。ただの虫では無く、一匹一匹が歴戦の猛者と同等の強さ。それが数千、数万、数十万と際限なく増えていくのだから外見的にも性質的にも凶悪極まりない。
それを可能としているのは彼女の右腕。
蠅の魔王と知られる、七つの大罪の内暴食を司るとされる大悪魔を殺してその心臓を移植した右腕があるからこそだった。
そして彼女は、今度は左腕に自身の魔力を流し込む。
「――――目を覚ませ、荒野の悪魔」
その一言で彼女の左腕の表面に赤い光の線が走る。
活性化した左腕から黒い瘴気が溢れ、それは風に乗りここら一帯に分散した。そして、分散した黒い瘴気が雷撃を散し、何もない空間から黒い剣、槍、斧――――幾つもの多種多様な武器が作り出される。
これこそ彼女の左腕の持つ能力。人に智慧を齎したとされる堕天使アザゼルの右腕をそのまま移植したことにより発言した武具生成能力。当然ながら、作り出された武器一本一本が最高級の質を持つ一品。半端な物であれば手応えもなく両断できる代物だ。
それが巨大な壁の様に存在しているのだから、見ている物からすれば絶望その物だろう。
「らぁ~♪」
いつの間にか体勢を立て直し、それへと飛び上がっていた十二枚の翼を持つ少女は興味深げにそれを見て嬉しそうな声を出す。
――――面白そうな玩具を見つけた子供の様な顔で。
「行け――――ッ!!」
ゼロが広げた腕を閉じる様に振ると、それを合図に数百万の武具と数億の虫たちが進軍を始める。
国程度ならば一日どころか三分経てば消滅しかねないほどの攻撃。もはや一人の生命体に対する破壊力では無く、もはや大陸そのものを消滅させかねないその行動は――――あっさりと『模倣』された。
「らぁ~、ら♪」
少女が指を一本立て、それを軽く振る。
瞬間、虚空から無数の魔法陣が出現した。その数、数千――――などと言う甘い数では無い。
数千兆。一個一個が大型ビル程度ならば軽く粉みじんに出来る魔力濃縮弾を放つ魔法陣がいくつも壁の様に出現した。それに伴い、一京以上の魔力が一瞬にして消費されるはずだ。が、少女の表情は崩れない。
当り前だ。
彼女は自身の魔力の一万分の一程度も使っていないのだから堪えるはずもない。
「ら!」
無邪気な声と共に――――閃光が場を包む。
荷電粒子砲とでも例えられる幾条もの光線の一斉掃射。迫りくる武具と虫を一つ残らず塵へと返し、ゼロに圧倒的な暴力を体現する光の壁が押し寄せる。
「……やはり悪神の寵愛は厄介だな。エヴァンが居れば多少楽になっただろうが」
愚痴を吐きながらゼロは右腕を突き出す。そして、突き出した右腕がぐにゃりと溶かしたゴムの様に変形し、巨大な竜の様な姿と化した。
七つの頭に王冠を被り、頭には十の角を生やし、巨大な体躯に血に濡れた鉤爪を持つ竜は、静かな動作で息を吸い――――
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』
空間が物理的に揺れるほどの咆哮を上げた。それだけでゼロに迫っていた光の壁が壁にでもぶつかった様に止められ弾かれる。
これが何なのかを知る者は恐らくこの世界ではもう数人程度しかいないだろう。
世界を食い尽くすと言われた竜。
黙示録の獣。天使の軍勢さえも敵わなった、世界が生んだ災厄の獣。
「放て、黙示録の獣。《七つの王冠》」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』
頭にのせされた七つの王冠が輝き、同時に七つの極大規模の多重魔法陣が展開される。
そして展開された魔法陣に超規模の魔力が濃縮され、一斉に放たれる。
触れれば消える破壊の光。
それは光の壁を容易くぶち破り、未だに余裕そうな笑顔を浮かべていた少女の表情を一瞬だけ歪めさせながらその体を包み込む。
それでも光の勢いは止まらず、当たり前の様に大気圏を突破し遥か彼方の空へと延びていく。
『AAAAAAAAAAAAAAA…………!』
「よくやった。がんばったな。もう休んでいいぞ」
『……AAAAAAAA』
役目を果たし、黙示録の獣は光の粒子となって霧散する。
「……やはり力任せの時空超越召喚術じゃ持って十五秒程度か。まだまだ改良の余地有りだな。――――そして、黙示録の獣の放つ《七つの王冠》を受けて未だ健在。前回はこれで決まったが……予想通り前より強くなっているな」
「ラ、ァァアアア、ア」
「まぁ…………その余裕ぶった顔を崩せただけでも儲けものと考えれば、多少釣り合いは取れるな」
「アァァァアアアアアアアアアアアアアア―――――――ッッ!!」
初めて少女は怒りの形相で、一瞬で再生した身体を弾かせ光速移動を開始。
時間を進ませずにゼロの目の前に現れ、その腕を振り上げる。
「――――アイン、出番だぞ」「わかってる」
そしてその時間の止まった空間で、二人は平然と言葉を交わす。
それに呆気にとられ、少女はその手を硬直させ――――次の瞬間にはその全身を空間ごと円状に抉り取られて吹き飛んでいた。
空から巨大な薬莢が降る。
遥か上空――――障壁の天井付近で前進翼の付いたジェットパックを使って滞空状態になり、その手に五メートル以上の狙撃銃のような巨砲を構えたアインが、穴だらけの少女を見下ろしながら薄ら笑みを浮かべていた。少女がその存在を認識する間にも引き金を引く指は止まらず、次々と少女の肉体が吹き飛んでいく。
何故、と思っただろう。光の速さで動く以上付いてこれるわけがないのに、と。
だが――――生憎彼らも世界から認められた『化物』だ。
「私たちが光速移動できないとでも思っていたのなら、それは単にお前の慢心だ」
「自分と同程度の奴と戦うのは初めてか? ならよかったな。貴重な体験ができるぞ『自壊細胞』――――死という体験がな」
「ア、ァア――――ラァア、ラ、ァアアア!!」
憎悪が溢れる叫びと共に少女の体が弾ける。アインの攻撃によるものでは無く、単純に少女が空へと跳んだのだ。片腕を叩き付け、自分を空へと飛ばした。そして一瞬にして修復した身体を使い、アインの狙撃を躱しながら高速で彼に迫っていく。
「命令・量子物質転送『ガトリングレールキャノン』」
アインは狙撃を中断し、宙に浮かぶ透明なパネルを操作。
虚空から発行する大量の粒子が溢れ、物質を形成。異空間に収納されていた兵器を現実へと造り出すことで、自分の周囲に瞬時に迎撃用装備である自立迎撃型ガトリングレールキャノンを大量召喚させる。
「一斉掃射――――撃て!」
号令を出す。そして空に浮かんだ数百丁の巨大な電磁加速式質量砲は装填された弾丸を雷電と共に打ち出し、地表に光の雨をぶつける。絶え間なく打ち出される弾丸はまるでレーザーのようでもあった。
凄まじい弾幕に向かって少女は突っ込む。しかしそれを、超音速の弾丸の雨を背中の翼で弾きながらその威光老いを止めずにアインへと突貫。
「ラァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ちぃっ――――!!」
弾幕を潜り終え、少女は自身の翼から幾つもの羽を毟り取り剣と変える。
そこらの名剣程度ならば豆腐の様に両断できるであろうそれを、少女はアインに向かって振った。
アインは重々しく舌打ちをしながら邪魔な巨砲を放り捨て、腰からナイフを抜いて自信を襲う剣を防御する。普通のナイフならばそのまま共々斬られていただろうが、ただのナイフ二しか見えないそれはあっさりと羽の剣を防いだ。
「ッ、アダマンチウム製のナイフが欠けるとは……!」
「ラァァァアアアアアアアッ……!」
しかし筋力差により徐々に押し負けていくアイン。アインが貧弱なのではなく、少女の筋力が異常なのだ。大型ビルをジャブで粉微塵に出来る筋力と言えばその非常識さが理解できるだろうか。
それでもどうにかジェットの推進力と持前の馬力を持って拮抗するが、それでも押されていくのが現状。
カチカチとアインのナイフが震えてくる。さらに欠けた部分から少しずつ罅が広がり始め、耐久限界を所持者に訴えていた。
「ラァァアアアアアアアアアァァアアア!!」
「ッ……魔法!」
鍔迫り合いを続けていると、少女の背後から幾つも魔法陣が出現する。当然、少女が展開した物だ。記された文様は複雑難解にして理解不能なほどの幾何学模様。一瞬にして行使するための魔力が供給されると――――魔力を濃縮した数千もの光線が一斉に放たれる。
放たれた光線はアインの装着した鉄の翼を撃ち落し、彼の全身を叩く。彼が死ななかったのはひとえに彼の耐久力が凄まじかったからだろう。普通ならば粉々になっていてもおかしくない威力と弾幕だ。
被った仮面に罅が入り、目がある部分が欠ける。そこから見えるのは、深淵の闇のように暗い黒色の眼。
推進力を失ったアインはそのまま地面へと落下していく。
だが、ただ落下するだけでは無かった。
いつの間にか手に持った巨大な拳銃で少女を照準し、落ちている最中でも攻撃の手は止めない。
今までの攻撃とはケタが違うのか、拳銃から放たれる銃弾は易々と少女の肢体と翼の付け根を何度も吹き飛ばす。直ぐに再生するとはいえ、痛覚が存在する以上集中力は乱される。結果、魔法の行使が難しくなる。故に少女は痛みに耐えながら、アインに止めを刺すため真下へと弾ける様に加速する。
「ラァァァラララララララァッ!!!!」
「猪突猛進。勇ましいのは褒めてやるがな――――」
駆けた仮面の隙間から、アインは嘲笑うような視線を少女へ向ける。
少女は黒い羽の剣が突き出し、その切っ先をアインの胸部に触れさせ――――急激に失速する。
別に少女が殺人をためらったわけでも、ましてや怖くなったわけでもない。そんなことは天地が引っ繰り返ってもあり得ない。悪を司る神が直々に植え込んだ悪意の種が開花した存在なのだから万一にもそんな馬鹿なことはあり得ない。
足を引っ張られた。
それだけだ。失速するには十分な理由だろう。
問題はそれを誰が行ったか、だが。
「――――俺に夢中になり過ぎだ馬鹿が。それと、遅ぇよゼロ」
「阿呆が。こちらにも準備と言う物があるんだ。無茶を言うな」
「ラ、ァ」
背中に巨大な悪魔の翼を広げたゼロが、少女の足首をその右手で掴んでいた。ついでに、アインを虫に掴ませて救出までしている。
掴んだ個所から少女の雪のように白い肌が虫たちに少しずつ食われていく。流石は暴食を司る魔王の右手か。生きたまま虫に体を食われていく感覚は――――言う必要は無いだろう。
「ァ、アァァアアアアアアアアアアアア!!?」
「ああ、すまんな。ではお望み通り放してやる。――――喜んで地面に接吻してろ」
「ァ――――――――――」
ゼロは少女の足首を掴んだ右腕を振りかぶり――――最大筋力で地面へとぶん投げた。
音速を一瞬で突破し、限りなく光速に近い速度で少女の華奢な体は真っ黒に染まった砂漠へと叩き付けられた。瞬間、この世の物とは思えない小惑星が衝突したような轟音と衝撃が空間全体に轟く。
「おまけだ、持っていけ――――命令・量子物質転送『サテライトレーザー・ゾディアック』」
更にアインが命令し巨大な人工衛星を十二個、この場に転送する。
対地殲滅用大型衛星光学兵器『サテライトレーザー・ゾディアック』。十二もの巨大なレーザー砲とでも思えばいい。その威力は当然常識外れの熱量。島程度ならば掠っただけで消滅するほどの超威力レーザーが十二本斉射されると言えば簡単にイメージできる。
そして問答無用で放たれる超火力。触れるだけで溶けるだろう膨大な熱線が砂漠にできたクレーターの中心に叩き込まれる。
後に起こる極大爆発。核爆弾を数十個単位で一斉に爆発させてもまだ足りないであろう様が砂漠のまだ残っていた正常な部分を跡形もなく吹き飛ばす。クレーターに上書きされるように作り出されたマグマオーシャン。もはや元の形に戻すには数千年単位の時間が必要とされるであろう惨状になってしまった。
役目を終えた衛星が溶岩の中に落ちていく。アインは険しい顔でそれを血別氏、大穴の開いたマグマオーシャンを眺めた。
「…………死んだか?」
「まさか」
だがゼロとアインはこれだけやってもまだ相手の『死』を認めなかった。これだけやってまだ生き残っている生物が居るならば、それはもう生物では無く――――単なる災害だろう。
マグマオーシャンと成り果てた砂漠だった物が放つ熱風に二人の肌が撫でられる。数だけで肺が火傷しそうなほど気温が高まる。
「―――――――」
溶岩の海の中から現れ出る巨大な腕。大量の溶岩を飛び散らせながら、死の海の中からそれは出る。
『ラァァァアアァアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
背から十二枚の翼を生やした漆黒の巨人が赤い海から現れた。
外見こそ先ほどの少女を『天使の像』の様にしたような見た目だ。だが色も、溢れ出る魔力も、全てが『醜い』と思えてしまうほどの瘴気。
グジュグジュと音を立て、巨人はこちらに視線を変える。
先程『天使の像』と例えたが、訂正しよう。
「悪魔像だな、まるで」
「同感だ」
肌から垂れる赤い溶岩。漆黒にぞまった全身。美しくも『醜い』と思わせてしまう気質。
天使では無く悪魔。この世の悪意全てを濃縮したようだった。
『ァァァアア………』
物理的な力では無く不可思議な斥力により、その悪魔像は溶岩の海の上に浮く。
その様は、魔王とでも言えばいいか。
神話に登場する、地中より現れし異形。
この世の地獄の中から誕生したそれは、巨体とは思えぬ挙動で二人へと向かう。
今まで散々コケにした者達を捻り殺すために。
「さて、どうする? あともう一つ、形態変化を越えさせなきゃならんが」
「耐えろ」
「…………それしかないか」
黒い巨人の腕が振り上げられ、空気抵抗を無視して目にも留まらない速度で手が二人へと叩き付けられようとする。――――だがその寸前でゼロがアインを突き飛ばすことで、その被害を被ったのはアイン一人だけに限定された。
だからと言って、ゼロが無事で済むわけもなく。
まるで蚊を叩き落とすような仕草で、ゼロは超高速で吹っ飛び――――そのまま障壁を貫通して、遥か彼方へと消え去った。
「……本当に前より強くなっているな、これは」
『ラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「――――なら、俺も出し渋ってるわけにはいかないか」
ゼロのおかげでどうにか巨人の攻撃を凌いだアインはその目付きを変え、今まで本気で無かったとでもいうようにその眼光をより鋭い物へと変える。
別に本気を出していないわけでは無かった。それでも苦戦を強いられたのは『自壊細胞』の脅威故にだ。それに単純な身体能力だけならばアインはゼロに大きく劣る。当然耐久力も。だからこそ、耐えきれる可能性が少ないアインをゼロは吹き飛ばした。そういう意味ではゼロの行動は正しかった。恐らくアインが受ければただでは済まなかっただろうから。
「来い――――『アルマトーラ』!!!」
幾何学模様がアインを囲むように展開される。そこから溢れる光の粒子。先程アインが武装を召喚、いや転移させたのと技類していた。
粒子が集まり、物体を異空間から転移させ構成していく。
現れたのは鋼色の装甲。機械の手足。そしてバイザー越しに赤い光を灯す目を持つ頭。
アインの目の前にある悪魔像と同等の大きさの鉄の巨人が降臨した。当然、こんな物を開発する技術はこんなファンタジー染みた世界に有る道理はなく――――もないが、異色を放つ鉄の巨人は両拳をぶつけ合わせ、花火を散らせる。
胸部のコクピット内には、呼び出した張本人であるアインがシートに座り、両手で操縦桿を握っていた。そしてその握り心地を確かめるように握ったり放したりし、動きを確かめていく。
『数十年ぶりの操縦……鈍ってないといいがな。――――文句は後で垂れるか。行くぞアルマトーラ!!』
アインが操縦桿を強く握りこむ。それに応えて鉄の巨人はその眼光を強め、拳を振り抜き――――『自壊細胞』の顔面にその鋼鉄の拳を叩き込んだ。
『ラッ、ァアァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?』
大きくバランスを崩した『自壊細胞』。だがアインは追撃を止めない。
『オオオォォォォオオオオォォォォッ!!!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッッ!!!』
繰り出されるは神速のラッシュ。両手だけでなく両足さえ酷使する地獄の打撃乱舞は容赦なく『自壊細胞』の全身に叩き込まれる。機械であると言うのにその挙動はまるで生身の人間だ。
『オォォォォォオオオオオオオオッ!! オラァァァアアアアアァァアアッッ!!!』
ラッシュ締めの全力全開右ストレートが『自壊細胞』の頬を穿つ。全身の原形を大きく崩しながら「ヤッタバァァァアアアアアアアアア」という謎の悲鳴を上げながら『自壊細胞』はマグマの海に叩き込まれた。
『ふん、ごみ処理車が無いのが残念だ。……あ、これ無駄無駄の方だっけ』
などと言いながら、アインはゼロが吹き飛ばされた際に空いた穴を見る。
狙って吹き飛んだ彼女の行動を無駄にしないためにも、アインはただひたすら時間稼ぎに徹する。そもそも殺せない相手を殺そうとしたところでどうしようもないだろうし――――何より、中身がまだいるのだ。殺すことはできない。
ならばこそ、手加減が容易な自分がここに居る。
アインは顔を歪めながら、もう一度操縦桿を握り直した。
――――――
苦しい。
そう感じたのは目覚めた時であった。だけど不思議か、その苦しみは『痛くなかった』。
痛みによる苦痛は今まで死ぬほど感じてきた。無理やり体中に自分のもので無い魔力を散々流され、肉体的にも精神的にもボロボロにされた。今更手足を千切られる痛み程度では悲鳴すら上げないだろう。苦しいとも感じないだろう。
だけど、今は傷ついていないにも関わらず『苦しい』と感じた。
――――目覚めたセリアは光を目にした。
天幕の中なのだろう。質素な布で覆われた天井。そして自分の手を握り、大粒の涙を流している紫の竜。
名は思い出せずとも、セリアは自分の知り合いなのだろうと理解する。
「ああ、セリア様っ……! よかった、本当に……お目覚めになられて……!!」
それだけ心配したのだろう。
だけどセリアは指一本自分で動かすことができない。ある程度の手当てはされたのだろうが、それでも今までの負債が一瞬で消えるわけでは無いのだから。
それでも口だけはどうにか動かすことができた。
「私、なん、で」
「助けられたのです。ネームレスを討ち、取り込まれた貴方を友人と名乗る者達が」
「……そ、っか。それ、じゃあ…………お礼、言わない、と」
「ッ……いけません。まだ無理を成されては――――」
「まだ、終わってない、から。……戦いは、まだ」
「!? いえしかし、ネームレスは……」
「御使いが、降りてきた」
「一体、何を」
言っているのですか――――ギルティナがそう言おうとした瞬間、外で何やら言い合いになっているのか、複数の者の大声が聞こえる。
「だからここから先は駄目だって言ってるでしょ!」
「黙れ。ことの重要性を理解していない奴は引っ込んでいろ」
「ッ、待ちなさ」
制する声も聞かずに――――天幕の中に一人の女性が入って来た。
色の抜けた様な白髪。そして、悪魔の類にでも取りつかれたような黒い両腕。
どう見ても味方だとは思えなかった。
普通ならギルティナが応戦体勢に入っているだろう。だが、彼は直感で理解した。
これは化物だ。手を出してはいけない者だ。
そう感じたが故に、本能的に道を開けてしまう。
「このっ……人の話を聞きなさい!」
次に入ってきたのは赤髪の少女。ルージュだった。顔面を蒼白にしながらも、せめてもの抵抗として道をふさごうとしたのだ。得体のしれない人物を身内に合わせるわけにはいかない。だが猫が恐竜に勝てるだろうか。
答えは当然否。
しかしルージュは他の者とは違い、反抗した。
理性でも本能でも『敵わない』とわかっていながら。
それを無視して、白髪の女性――――あの一撃で大集落周辺まで吹き飛ばされた、事態解決のためにセリアの元に来たゼロは、セリアに顔を近づけ今の状態を見る。
「……魔力の過剰供給による肉体の壊死か。神竜の生命力でどうにか耐え忍んでいるようだが、いずれ限界が来るぞ」
「何だと!?」
「……その口ぶりだと、治す方法があるようね」
「当然だ」
ゼロはルージュからの問いかけに簡潔に堪えると、無造作にいつの間にか取り出した緑色の液体の入った小瓶の蓋を開け、中身を口に流し込む。余りにも抵抗の無いその行動に、ギルティナとルージュは茫然としてしまう。
「アンタ何やって――――ッ!!?!」
「霊薬エリクシルだ。万病を直し、どんな怪我でも一瞬で治る世界最高の回復薬。文句はあるか」
「え、エリクシル、って……失われた古代遺産よ!?」
「五月蠅い黙っていろ時間が無いんだ。セリアの力が必要だ。このままだと霊脈ごとこの極南大陸が消滅するぞ」
「…………一体何が起こってるの?」
「霊脈の暴走。魔力逆流による大地の拒否反応でこの星の地殻が丸ごと『消える』。だから早く正常に戻さなければならないが……残念ながら『特異点』が暴走している今、霊的干渉は不可能。だから霊脈の管理者である神竜を使って直接霊脈の流れを正常に戻す。じゃないと冗談抜きで全員死ぬぞ」
淡々と述べるゼロであるが、その内容は事情を知らない物に到底理解はできない物だ。
だけど非常事態であるのはゼロの声音から推測できる。
つまり――――今から動かねば折角救った命が全て無駄になる。犠牲になった者の犠牲が無意味となる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「……結城は」
「霊脈の中心点で絶賛大暴れ中だ。だからアインが引き剥がそうとしているが……上手く行くかは五分五分だ。だから早くしないといけない」
「暴れてるって……結城は今どうなってるの」
「悪神の戯れで肉体の自由を奪われている。元に戻すにはいろいろ手順を踏まなければならない。説明はこれで十分か? 一分一秒無駄に出来ないんだ。足手まといになりたいなら、さっさと出て行け」
「っ……バカにしないで! 待っていればいいんでしょうがッ……! 悔しいけど、自分が無力ってことぐらい、理解できてるわよ……」
イラついた様にルージュは怒気の籠った声を返しながら天幕を去る。
エリクシルによって十分回復したであろうセリアの身体を持ち上げ、ゼロは天幕を出て行こうとするが不意に彼女の肩にギルティナの手がかけられた。
「待て。セリア様をどこに連れていく」
「……………話す義理は無い」
「利用、するのか。貴様も」
「違う」
ゼロは初めて感情の乗った声をこの場で放つ。
怒っていた。『利用』という言葉に。
「この世で自分の家族を者として利用する馬鹿が何処に居る。私はそこまで堕ちてはいないぞ」
「……家族?」
「……昔の話だ。安心しろ、手荒には扱わんし、負担は私が背負う。セリアがやるのはあくまで干渉のための介在だ」
「そう、か。……だが、万が一」
「危害は加えない。命をかけて約束する」
口先だけならどうとでも言えるだろう。だが、反論を許さないほどゼロの声は真剣身を帯びていた。
本当に命をかけてもいいと言うように。
「……わかった。幸運を祈る」
「…………ああ」
話が終わると、セリアを抱えたゼロは消えてしまう。
ギルティナはその背中を見送り、天幕の中、一人で手を合わせて祈るしかできなかった。
「……神よ、どうか」
その祈りは、誰に届くのだろうか。
――――――
爆炎が舞う。火花は散る。轟音は轟く。
硝煙の臭いが満ちに満ちる砂漠の上。鉄の巨人は巨砲を片手に這いずりながら進む黒い泥人形に銃弾を遠慮なく叩きこんでいく。肩に乗せた多連装多弾頭ミサイルランチャーをこれでもかと言うほど撃ちまくり、砂漠を溶岩の海と変えていく。
それでも、黒い泥人形はその歩みを止めない。
ズルズルと爛れた身体を、少しずつでも前に進めていく。まるで飢えた者が腹を満たす何かを求めているかのように。
『クソッ、どんだけしぶといんだよ此奴……! ここら一帯を焦土にしても止まらないつもりか!?』
鉄の巨人、アルマトーラのコクピット内でアインは憎々しげにつぶやく。
確かに時間稼ぎが目的ではあるが、巨大国家の首都一つを一瞬で丸ごと焼け野原に変えられる火力を叩き込んでも止まらないとなると流石に『排除』も考慮に入れなければならなくなるからだ。だがそれをすれば間違いなく大陸は数千年は再起不能なダメージを負うし、生態系は根本から捻じれ狂うだろう。そうなってしまえば本末転倒もいい所だ。
『――――命令・量子物質転送『ロングバレル・レールキャノン』、二十八番から三千四百四十番まで解放。即時完全充電――――! 悪く思うなよ!!! 撃ェェエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!』
約三千丁もの巨大な超電磁砲が宙に現れ、その銃口全てが黒い泥人形へと向かう。
即座に起こる一斉掃射。強烈な電撃と閃光が場を包み、超音速まで加速された弾丸が黒い泥人形に叩き込まれる。
周囲に展開されていた障壁を叩き壊して弾丸は泥を吹き飛ばしていく。
だがすぐに砂を取り込み、泥人形は破損個所を修復してしまう。これがアインはまともに足止めできていない理由である。
壊れても直ぐに元通りになるのだ。目立ったダメージを与えられない以上、止める足も無い。何せ消しても幾らでも生え直してくるのだから。
『チィッ……! 命令・量子物質転送『レゾナンス・イジェクションシューター』。制限解除・出力最大!!!』
今度は四つの人工衛星が空に出現する。その下部には傷一つない綺麗な円盤が釣りつけられており、それは静かに黒い泥人形へと向きを変える。
そして――――凄まじい振動が円盤から放たれる。
空気伝達による超高速振動。それに当てられた黒い泥人形は苦し気にその動きを止める。
が、足止めが成功したにもかかわらずアインの顔色は優れない。
『最大出力でコレか……ふざけるなと言いたくなるなッ!』
そう。普通の生物ならば二割程度の出力程度でもベヘモス程度ならば動きを止められる。最大出力ならば振動で内部から肉体を破壊することも容易だ。
それが『足止め』程度に抑えられたのだ。あり得ないとしか言えまい。
『ラ、ラ、ラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
そしてたった三十秒でその拘束は跳ね除けられる。それ以上の振動を以て叩き返されたのだ。動けなくなるのは今度はアインであった。
あの咆哮による衝撃で度重なる過負荷により限界であった関節駆動系が完全にいかれる。ついで衝撃に過敏な動力炉も今のでオーバーロード寸前だ。
『ったく、旧型とはいえ長年の相棒をここまで痛めつけてくれるとはな……! せめてものお礼だ、潔く受け取れよ!!』
アインがコクピットシート下部にあるレバーを引くと、衝撃吸収用のエアーバックが飛び出しコクピットに仕込まれた緊急脱出用炸薬が爆発。同時にコクピット天井に穴が開き、その空圧によりシートが高速で機体外部へと弾き出される。
動力炉が暴走し、内部から焼かれたアルマトーラは身体から蒸気を発しながら、最期の役目を果たすため落下する。残された全ての推進剤を使い、高速で黒い泥人形へと突貫。
泥人形から伸びてくる黒い触手を強引に掻い潜り、狙いすましたようなタイミングで動力炉の暴走が臨界点に到達。
「……吹っ飛べ」
アインの呟きに重なる様に、動力炉は内包したエネルギーを大爆発させる。
広がる緑の熱光。半球状に広がる異色の爆炎は問答無用で黒い泥人形を包み込む。
――――直後、それは吸い込まれるようにして中心点へと収束していく。
いや、本当に吸い込まれているのか。
空間ごと取り込まれた爆炎はやがてその姿を消す。
その中心に一人の少年を残して。
それは紛れもなく、志乃七結城その人であった。
姿は。
「……悪あがきの第三形態。散々手こずらせてようやく突入か。全く、手を焼かせてくれるよ」
「……………」
アインはシートベルトを強引に引きちぎり、シートを蹴って跳躍。
そのまま狙ったように、爆心地の中心へと着地する。
「起きてるか? 意識は。理性は消えていないだろうな」
「…………誰だ、アンタ」
「喋れるならいい。さっさとやるぞ。――――時間、無いんだろ」
その言葉に押されたように、志乃七結城の姿を模した『ナニカ』はその化物染みた脚力を以てアインへと急接近。自身の拳を叩き込まんと光速の一撃を頭部へ叩き込もうとする。
それにアインは直感的に反応し、腕を蹴り上げて軌道を変更。カウンターの肘鉄が結城の顔面へとぶち込まれる。だが、傷は無い。顔に歪みすら生じていない。
「早いな、アンタ」
「それはもうも。で、生まれて早速で申し訳ないが、死んでくれ。お前は邪魔だ」
「……そうか。アンタ、敵なのか」
「敵かどうかもわからない奴を殺そうとしたのか、お前?」
「――――アンタ、邪魔だよ」
「それさっきお前に言った」
お互いに距離を取る――――と思いきや即座に詰めての超高速攻防。神速の拳と足が飛び交い、衝撃波で辺りの物を無差別に破壊していく。腕を振れば空間が弾け、足を上げれば地面が抉れる。触れれば全てが引きちぎられる死の一撃一撃が飛び交う弱者にとっての死の溜まり。
だが強者にとってはただのパンチとキック。住む次元が違うとこうも自然環境に対して厳しくなれるのだろうか。
「うざいよお前ッ!!」
「だまっれろ餓鬼。延長者のいう事は聞くもんだぞ」
「嫌だね」
「なら教育だ。死ね悪神の種子」
そんな超常の攻防の末アインが結城の顔面を鷲掴みにする。
下手を擦れば頭蓋骨に罅が入るほどの握力で掴んだまま――――アインは結城は投げた。
ベイパーコーンを作りながら結城の体は遥か向こうのクレーターの壁に激突する。壁は凹み、強烈な振動が地面を揺らす。
「がァッ――――!?」
「大人しくしてろって言ったろ? ――――まずは脳幹に弾丸のプレゼントだ」
自分が投げた結城に一瞬で追いついたアインは壁にめり込んだ結城をさらに深くめり込ませ、頭部を掴んで口に大型拳銃の銃口を突っ込む。そしてすかさず引き金を連続で引く。
「アアガガアガガアアアッガガガアアアアアアアアアアッ!!?!?!」
「黙ってろ」
悲鳴を上げる結城にアインは冷たく吐き捨て、頭部に強烈な打撃を与えることで意識を奪う。
当然その後も油断せず鈍重な連撃を容赦なく全身に叩き込んだ。
全身から力を奪われ、うなだれる結城。
「が、おっ、おぉご…………」
「苦しいか。苦しいだろうな。だがそれ以上の苦しみを味わった奴が居る。甘んじて受けるんだな」
アインは吐き捨てるように台詞を言い終え――――台詞の終わりと同時に結城の体が崩れ出す。
ボロボロと。乾いた粘度が剥がれ落ちる様に。
「……対人戦闘はお手の物だが。はぁ、ったく。疲れた」
表面が全て剥がれ落ちると、やがて真っ新な肉体が顔を出す。
憑き物が落ちた――――本当の結城の肉体だった。
それを見てアインはようやく安心したような、そんな素振りを見せた。
「ゼロの出番、奪っちまったな。……ま、いいや」
微笑するアインは、横たわった結城の肉体を担いで空へと飛翔する。
最後の大仕事を終えるために。




