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第十一話・『辿り着いた結末』

いろいろ修正&追加。追記、さらに修正。ぶっちゃけまだいらないよね、必殺技。

追記、スキル表示にミスが発覚。修正。

再度修正。

またまた修正。

最後の微修正。

 一つ雨の下、銃声と剣劇が交わる。

 連続して木霊する剣同士が衝突する音。銃声と同時に起こる銃弾が切られる音。

 俺は『超過思考加速オーバーアクセル』をフルに使いながら次々と肉を食いちぎらんと襲い掛かる銃弾をかいくぐる。体のどこかに掠ろうが足を止めることはない。


「チッ……装填・スピードバレッタ」

「ふっ――――」

三連速射クイックサードォッ!」

「オオオオオオアアアッッ!!」


 高速の三連射。一つの銃声しか聞こえなかったのに三つの弾丸が飛んできた。

 だが無駄だ。今の俺にとって弾丸など止まって見える。それほどに俺の脳は加速を続けているのだ。一秒がまるで一分のように、十分のように。切り刻まれた一秒は数百個を超える。今や俺の脳に入ってくる光景はハイスピードカメラのような映像として処理されている。

 止まっている物体を切るなど素人にもできる。

 両手の双頭剣を高速で振り三つの銃弾を弾き、斬る。


「こいつも持って行けや。スピードシューター/幻影弾丸ファントムバレット!!」

「……!」

「追加オーダー……パニッシュレーザー/次元連撃ミリオンディメンション!!」


 左の拳銃からは幻影のように透明な弾丸が数百個も、右の拳銃からは青色のレーザーが放たれ、それと連動するように背後から百個ほどのレーザーが出現。全てが急所含め俺の全身の隅々まで射線に入れている。


「おせぇよ」


 遅い、遅すぎる。

 透明な弾丸? レーザー? まだまだ遅い。コマ送りのようだ。

 透明で見えない? 偽物が混じっている? 防御不能のレーザー? それが数百個? はっ、と笑って吐く。

 足を挫いている。全身は傷だらけ。失血すんでんの体で勝てる見込みは少ない。

 それがどうした。

 こっちは――――死んでも構わないんだよ。


「俺を倒すなら――――数百倍は持ってこいやァアアアアッ!!」


 すべてを切り裂いた。

 ロートスにとっては一瞬で、俺にとっては数十秒で。弾丸は全て叩き斬った。偽物だの関係ない。全てだ。レーザーは剣の表面で反射、反射したレーザーで飛来してくるレーザーを相殺して弾き、また弾いたレーザーでレーザーを――――そんな循環法ですべての攻撃を残らず殲滅する。

 彼はそのあまりの光景に目を見開き驚愕する。


「んのっ……サウザンドバレット――――」

「先っから離れながらちょこちょこと――――」

「――――必殺射撃ウィークポイントシュートォォォッ!!」

「――――舐めてんじゃねぇぞォォォォォッ!!」


 身体のバネを最大限に利用し、ロートスの技に対抗する。

 姿勢を限界まで低くし疾走。正面からくるすべてが急所狙いの千個の弾丸に突っ込む。千もの弾丸が互いを互いに弾ぎ合い、俺を前後左右上下あらゆる逃げ場所を埋め尽くすように迫りくる。もはや人間業ではなく、比喩無しの『魔弾』と評すべきその技に少なからず感嘆する。

 それは死を告げる壁の様だった。視界全てが埋め尽くされまともに景色が見えないほどの綿密な射撃、かつすべてが繊細に制御された芸術的な一撃一撃。

 敵ながら天晴だとしか言えない。

 しかし――――俺のほうが一枚上手だったようだ。


「!?」


 目の前から忽然と消滅した。直後には発射された弾丸全てが塵と化している。破片が地面を叩き、地面をボロ屑と変えるがそれにもう意味は無い。俺はもうそこにはいないのだから。

 ロートスは何が起こったのかもわからず戸惑う。

 隙だらけだった。

 次の瞬間、俺はロートスの懐に出現した。

 小細工などしていない。ただ、全力疾走してこいつの懐の前で急ブレーキをかけただけだった。

 ただ速過ぎるだけだ。


「オオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「クソガァアアアアアアアアアアァアッ!!!!」


 加速した世界で自分でも霞んで見えるほどの超高速の六連撃が放たれる。

 それらすべてはロートスの腹と胸をほぼ同時に切り裂く。

 ところがそれは深い傷にはなりえなかった。ロートスは攻撃を受ける直前、後ろに飛んでいた。そのせいで刃は深く食い込まずに、彼の肉を深さ二十センチ切り裂いただけで済んだ。それでも太い血管は傷つけいくつかの内臓にダメージを与えている。手足の筋肉も切れてほぼ動かない。

 それでも意地による反撃が行われる。

 ロートスは二つの拳銃を狂気で持ち上げると、撃てるだけの全ての弾丸を放ってきた。

 回避可能だ。横に回避しようとする。


「――――――ッ!?」


 脳に電撃のようなものが走り、左目と両足がスパークする。

 そんな感覚に陥る。視界は突如色を取り戻し、弾丸は徐々に早まっていく。


(まさか……スキルが強制解除されて!?)


 脳に負担がかかりすぎたのだ。普段の数百倍もの速度で何分も回転を続けられるわけがない。

 体自体に負担はあまりかからなかったが、脳は違う。鍛えようがない。

 おかげで左目の視界がショートし、両足の感覚が消える。

 弾丸がこちらに向かってくる。

 回避はほぼ不可能だった。


「――――ッつぁあああああああああッッ!!」


 倒れるようにして横に飛ぶ。

 両足が使えなかったのでほぼ倒れこむ形になったが、それでも弾丸による死は免れた。

 死の代わりに、体の所々に十数発もらってしまったが。

 それでもなお、立ち上がる。


【『自己防衛オートガード』、持続時間を超過しました。解除します】


(寄りにもよって、このタイミング。……ふざけんなよ糞がァッ……!)


 戦闘開始からたった三分――――双方満身創痍の状態だった。


「はっ……おッ、ごぼっ!」

「けほっ……っつぁ……ぃっ」


 服は元々焼けた跡だらけだったのが、今度は銃創だらけになっている。

 これで倒れないのが可笑しい。普通なら人体を容易に破裂させるほどの弾丸を十発近くもらっている。それでもなお立ち続けている。血反吐を吐き、骨が砕かれようとも。


「マジかよ……どうして立ってられんだ? 普通じゃねぇよお前」

「は……ッ、ははっ……! 自分でも驚きだよ……たかが理解者一人のために……死んでもいいなんて思ってな……いや、前にも思ったことはあるな。一度だけ」

「……いずれ失血多量で死ぬぞ手前」

「手前も、だろうが……糞野郎」


 折れた右手でイリュジオンを持ち続ける。

 肉が吹き飛んだ両足で立ち続ける。


「……止めだ」

「……そうなるかな?」


 ロートスは筋肉がズタズタになっているはずなのに、そんな事知るかと右腕を上げ、銃口をこちらに向ける。

 戦況を対等まで持ち込めたことは自負していい。実質こちらは多大なハンデを負いながらも有利な状態だったロートスを同じ土俵に引き摺り下ろしている。それができた理由は『自己防衛オートガード』の存在あったからだ。だがもう『自己防衛オートガード』は切れている。アレを喰らえばもう肉は弾け飛ぶ。

 がら空きの左手に、懐からあるものをつかみ取る。これが、恐らく最後の手だ。


「死ね」

「お前がな」


 左腕を振りかぶってロートスの銃に向けて投擲。それは高速で衝突し、見事車線をずらすことに成功。弾丸が発射されたが、体をずらして回避。頭の皮膚を少々削り取られる程度で済む。


「猪口才な手を使ってんじゃねェよ」

「…………」


 体が崩れかける。イリュジオンを杖代わりにして姿勢を保つが、あと一分持たない。

 再度銃口が向けられる。

 それに対し、ニヤッと不敵な笑いを浮かべる。


「楽しかったぜ、じゃあな」

「ああ、そーだな」


 銃声が鳴る。

 弾丸が放たれる。

 しかしそれは空を切る。


「!?」


 ロートスは驚いているだろう。いきなり俺が目の前から消えた事態に。

 そしてなにより――――後方に、自分の背中に出現した事実に。


「まさか――――!?」



「さっきのセリフ……そのままお前に返してやるよ」



 先ほど投げたのは転移魔法装置だ。『塔』突入前にリーシャからもらった座標交換型。それがここで役に立つとは微塵も思わなかったが、後でリーシャには感謝の言葉を贈ろう。

 ロートスが振り返る前にその背中を斬る。手加減しているので深い傷にはしていない。

 それが仇となった。

 深い傷ではなかったためにすぐに気絶しなかったのだ。銃口がこちらに向けられ発射される。とっさに体を捻るも、間に合わなかった。

 何かが破裂する音とともに左腕が吹き飛ぶ。そして、引っ張られるような形で地面に倒れた。


「がはっ!」

「…………!」


 もう言葉を紡ぐ気力さえ残っていなかった。

 このままでは出血多量で死に至る。一応、『ブラットストップ』はかけてはいるが些細な延命処置にすぎない。いずれは死ぬ。

 しばらくすると、アウローラが涙ぐんだ表情で俺を覗きこんでくる。


「馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿……! 何やってるのっ……!」

「……俺に、聞くな」

「どうして……私なんか、放っておけばよかったのに!」

「できるか……馬鹿はお前の方だ。…………慰めて、くれただろ? その恩返しだ」

「だからってこんなになるまで戦うことないじゃない……!」

「…………いや、その必要は、あった」


 視界がおぼろげになり始める。

 ここで気を失うわけにはいかない。早くここから離れればならない。

 だけど体に力が入らない。口を動かすだけで全身に激痛が走っている。


「ロートス、慢心しているからこうなるのよ」

「俺、はァッ……まだ、戦える……ッッ! 邪魔すんなゴラァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「アンタを生かして帰すのも命令の一つよ。大人しくしてなさい」

「てめッ、糞ババァァァアアアッ!! 麻酔撃ち込んでんじゃ、ね……ェ……」


 あちらも終わったようだ。

 やはりか、と小さくつぶやく。

 自分の不幸ゆえに、彼女は連れ去られてしまうのだろう。

 無意識に、涙が流れる。


「ねぇ、ユウキ。私のステータス、見てみて」

「……」


 何も言わずに、彼女に言われるがままに覗き込む。


【ステータス】

 名前 アウローラ・デーフェクトゥス

 レベル1

 クラス 不定

 筋力4.00 敏捷5.50 技量6.00 生命力4.50 知力3.30 魔力6.10 運5.00 素質13.00

 状態 焔縛呪81.07

 経験値0/50

 装備 【読み取ることができません】

 習得済魔法 不明

 スキル  剣術98.01 魔剣適正69.00 未来眼32.72 気配遮断24.00 肉体改造??.?? 情報隠蔽??.?? 【ERROR】


 薄々気づいてはいた。

 彼女から出ていた威厳が、消えていたことには。

 原因は不明だが、ここではもう過程は意味をなさない。結果だけだ。

 彼女は――――無力と化した。

 スキルはそのままだが、基本的なステータスが低ければそれは真価を発揮しない。彼女は技術だけが突出している赤子同然の存在へと堕ちてしまったのだ。わかりやすく言えば百発百中のスナイパーでも、武器が持てなければ宝の持ち腐れというものだろう。意味が無い。

 実質彼女はもう、あのレヴィという女相手では戦えない。


「だから、ね。私はもう無価値なんだよ」

「違、う」

「違わないよ。もういいよ……もうユウキが傷つく姿は見たくない」

「行く、な……っ」


 そこに、レヴィという女性が割り込んでくる。


「……私の任務は彼女の外部記憶装置デバイスを入手することよ。彼女に身柄自体は必要ないわ」

「な、に……?」

「意味は分かるでしょアウローラ・デーフェクトゥス。貴女の記憶デバイスを渡してくれれば、彼を治療してあげる」

「……逃げろ、アウローラ……!」

「本当に?」

「約束する。私とて、一般人を殺めるのはいささか癪だからね」

「いうことを聞くなッ!」

「……わかった」


 アウローラはなんということに、相手の言うことに従った。

 自分の首の項を辺りを触ったかと思いきや、プシュッという謎の音がする。

 出てきたのは、細長い棒状の何かだった。それをレヴィという女性に手渡す。

 直後に、力を失ったように、地面に崩れ落ちた。


「ユウ、キ……ごめ…………」

「馬鹿、やろ……う……ッ!」


 そしてアウローラは、静かに目を閉じた。

 息をしているのはスキルでわかったが、それでも油断できない状態なのは間違いない。


「任務完了。要求通り、治療を開始する」


 レヴィは俺に手をかざすと早口で何かの呪文を唱える。

 すると彼女の手から緑色の光が出現し、俺の傷を撫でるように癒す。光が触れた場所は出血が止まった。

 ただし、出血が止まっただけで、傷は塞がらなかった。

 あとは自分でやれ、ということだろう。


「一命はとりとめた。これなら街に行けば何とかなると思う。さようならリースフェルト・アンデルセン。もう会うことが無いよう祈るわ」

「待てっ……」


 右腕が疼く。

 いつの間にかできていた紋様が赤く光り始める。


「なんだ、これ……」


 熱い。体が、異様に熱い。

 脳に意識が、逆流して――――。


「『私の、友達・・……にィィィィィイイイイイイイ!! 手を出したなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』」


 自分の口から自分の声ではない声が出てくる。

 しかも聞き覚えのある声だった。

 悲痛な叫びとともに体は勝手に動き出し、限界を超えた筋肉は軋みながら動き、体を立ちあがらせる。

 力んだ右腕は炎に包まれ、焼け焦げ、そこからレヴィへと焔の大蛇が放たれる。


「何!?」


 流石に直撃はまずいと判断したのか、レヴィは何らかの方法で姿を消す。

 そして同時に離れた場所に出現した。空間転移の一種かなにかとは一目でわかった。


「くっ、まだ奥の手を……」

「『それを返せ!』」

「丁重に断るわ。これも任務なの、恨まないでちょうだい。あとは――――顔を見た貴方たち二人を始末すれば終わりよ。抵抗しないのなら見逃すけど」

「『ハッ……! 工房の犬がやりそうなことだな!』」

「貴方……工房を知っているの? なら見逃す理由がなくなったわね。死になさい」


 彼女は懐から緋色の筒を取り出す。

 目を閉じるとそれを強く握り、キーワードを唱えた。


「展開――――『四騎士の大鎌』」


 筒からどす黒い炎が噴き出し、大鎌の形を取っていく。

 レヴィは生成された黒色の大鎌を素振りでもするように振り回すと、その切っ先を向けてきた。


「時間がないからこれで決着をつけさせてもらうわ。刈り取れ嘆きよ……『冥界神のハデス・オブ――――」

「――――させない! セリア、竜の息吹ドラゴンブレス!」

「グオォォオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 大空から黄金の息吹が吹き荒れる。

 竜巻にも似た攻撃は地面ごと相手を抉り取ろうとぶつかり、レヴィは技の発生を止めて空間転移。即座に向こう側にいるロートスを回収して大空に飛び上り、羽織っていたロングコートを跳ねのように変形させて滞空する。

 空から落下してきた金色の竜はぬかるんだ地面に着地。泥を散らしながら俺を守るように前に立つ。

 その背中から、見知った顔が三つほどあった。


「リース! 無事か!」

「お前、ら……」

「幻想種……さすがに分が悪いわね。いいわ、リースフェルト・アンデルセン。忠告よ……私たちのことは追わない方がいい。工房の存在も忘れた方がいいわ。その方が身のためよ」

「待てぇッ!!」

「さようなら」


 ロングコートを翻し、赤黒い炎とともにレヴィとロートスは消え去ってしまう。

 その後に訪れた倦怠感と静寂は、俺の心をひどく抉った。


「俺が……守りたいと思ったからか」


 守りたいと思ったから、守れなかったのか。

 世界は、そんな些細な願いさえ叶えてはくれないのか。

 自分の不幸はこんなにも、結果を残酷なものへと、理不尽なものへと変えるのか。

 ふざけるな――――ふざけんな……!!



「ッッッゥゥゥッ…………クッソォォォオオォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」



 俺は、仲間が止めてくれるまで、一心不乱に残った片腕だけを地面に叩きつけていた。

 何度も何度も、叫びながら。



――――――



 一週間後。


 前の一連の事件が終わった後、私は真っ先に共和国の一番大きな病院へと向かった。

 その病院はかなり大きく、まるで城のような規模だ。小さな国程度ならこれ一つで補えるであろう。

 しかも医師の腕もよく、回復魔法のエキスパートも数は揃っていたので殆どの者は一週間以内で退院できた。肋骨をたった一時間で繋ぎ直すのだから、なんとも笑える話である。私の受けた脇腹の傷もすっかり塞がり、後はもう残っていなかった。

 だが、一人だけは話が違った。

 回復魔法のエキスパートが全員完治に対して首を振りかけるほどの重傷だったのである。院長などは「三十分もどうして生きて居られたのかが一番不可解だ」という言葉を残していた。更に最低限の応急処置がされていたからどうにか助かった、とも言っていた。

 体にできた傷はすぐに魔法により塞がり、緊急手術により体に深く潜っていた弾丸も無事摘出された。

 しかしながら、無くなった左腕ばかりは戻ることはなかった。

 一応拾ってきた腕を見せたはいいが、医師曰く、細胞が傷つきすぎて接合はほぼ不可能で、運良く繋がったとしても指を動かすのも無理と語っていた。

 そして今日、私はその少年の見舞いに来た。髪を軽く整えながら病院内に入り、受付に案内される形で病室前までたどり着く。

 緊張しながらノックをすると、「どうぞ」という妙に落ち着いた声が聞こえた。

 ドアを開けて入ると、磨き上げられた石材を使った白い壁と床、シルク製のカーテン、簡易的ながらも書いて着そうなベット、そして――――顔の右半分に火傷の跡を残した少年が出迎えてくれる。


「リーシャ……一週間ぶりか?」

「絶対安静って言われて、面会もできなかったからね。どう? 体の調子は」

「……そこそこ。強いて言えば、左腕の重量がないせいで違和感を覚える。鈍痛もあるし……な」


 そう言って少年、リースフェルトは無くなった左腕の断面をさする。

 傷口があまりにも酷かったので、医者たちが綺麗にしたそうだが……あまり意味は無いようだ。


「ったく、日単位で寝るとか、久しぶりだよ。おかげで頭が凄く痛い」

「へぇ、そうなんだ。あっ、ファールたち、もうこの街を出発しちゃったんだ」

「そうなのか?」

「うん。探索者ギルドへの定期報告をしにいったみたい。皆『見舞いに行けなくて済まない』って言ってたよ」

「そうか……皆無事なら、それでいいさ」


 会話をしながら、見舞い品が入っている籠を差し出す。

 リースはそれを見て受け取り、布を取って中身を見る。


「果物か。こりゃまた定番だな」

「早く治るようにって、四人から」

「お前は?」

「欲しかったの?」

「ははっ、そんな柄じゃないしなお前」

「はい」

「……あんのかよ」


 大きめの革袋を差し出す。

 その中身は、『塔』内部で取った宝石・金銀類とそのボス『ルージュ・オビュレ・バレンタイン』が落した過去最高純度の宝石だった。


「……随分多いが」

「リースが今回のVIPだからね、四割ぐらいかな」

「マジかよ……いいのか、貰って。要らないって言ったのに」

「いいよ。私はボスと戦って満足だし。ま、美味しい所は待っていかれちゃったけど」

「……はは」


 薄笑いで彼は返してくる。愛想笑いというものだろうか。

 リースはため息を吐くと、ゆっくりとベットに寝る。やはりまだ身体的なダメージは残っているのだろうか。

 そんなことを思っていると、彼の布団から――――藍色の髪を持った少女が出てきた。


「え?」


 驚いている私には見向きもせずに、その少女はリースの腕に抱き付く。

 それをリースは横目で見て、すぐに何事も起らなかったように視線を私に戻してきた。


「リース……そ、その子は?」

「俺の戦利品だ。もとい救出対象……助けることはできなかったがな」


 一瞬何かに対して怒ろうとしたが、彼の表情がかなり深刻そうで、その気持ちは一瞬にして霧散した。

 あの時一体彼に何があったというのだろうか。

 リースは籠の中から白林檎を掴むと一口だけかじる。


「……こいつの名前はアウローラ・デーフェクトゥス。ま、自己紹介は互いにしたから名前は知ってると思う」

「うん。それで、どうしてここに?」

「記憶喪失。……いや、最初から存在しなかったって言うのが正しいのかな、この場合は」

「は?」


 白林檎を半分ほど食べ終えると、彼は残りをアウローラへと上げてこちらを向く。


「こいつの脳、最初から使用された形跡が殆ど無いらしい。まるで生まれたての赤ん坊のようにな」

「どういうこと?」

「俺もよくは知らないけど、レヴィとかっていうやつがアウローラから外部記憶装置デバイスってのを抜き取っていったんだ。……俺の推測だが、こいつは元々脳を使って記憶を保持していたわけじゃなかったんだ」

「??」

「……つまりな、体の外に情報を記憶する何かを取り付けられて、それを使って物事を記憶していたんだ。この世界にはコンピューターとかなさそうだから外付けハードディスクとか意味不明な単語にしか聞こえないだろうな……っと、要するにそいつを抜き取られて、今度は脳が記憶を開始したんだ。勿論中身きおくはないから今は言葉さえまともに喋れないけどな」


 彼の言っていることのおよそ半分が理解できなかったが、取りあえず記憶がないという事実だけは理解できた。


「それで、誰にも預けようがないから俺のところに来ている。こいつのことを知っている奴は、身近なところでは俺しかいなかったからな」

「そ、それで、どうするの?」

「どうするって、何が」

「身柄とか……ずっとそばに置いておくつもりなの?」

「……場合によっては、考えなきゃならないかもな」


 さらっととんでもないことを口に出す。

 それでも仕方ないという一言で済ませられるほどの前科があるのだから、この男の異常性は計り知れないと思った。


「今失礼なこと思わなかったか?」

「うん、ロリコンだなって」

「おい! はっきりというな!」


 それでも、彼なりの考えがあるのだろうと思い、笑った。



――――――



 リーシャは少し話をすると、意外に早く立ち去った。

 俺の体を心配してのことだろうが、実を言うと体の傷自体はもう全部塞がっていた。走ることも剣を振ることも可能なほど快復している。

 左腕がないのはきついが。


「……アウローラ」

「ん……?」

「お前はもう寝ろ」

「……ん」


 俺の言いたいことをなんとなく察したのか、アウローラは俺の横で眠りについてしまう。

 もっとも、もうこいつをアウローラと言っていいのかすら俺には分からないが。

 右手を見ると、羽と剣を模した紋様がある。少し意識を集中するとその紋様は赤く光り、同時に脳内から声が聞こえる。

 

 ――――……何?

(ルージュ、って呼べばいいのか? 俺は……あ~、結城)

 ――――そのユウキさんが私に何の用? こちとら死にたかったのに死にきれなかったせいでムードガタ落ちだってのに。

(いい加減、事を説明してもらいたいんだよ)


 脳内に女性の声が聞こえ、その声の持ち主と会話をする。

 その主は言わずもがなルージュ・オビュレ・バレンタイン。一週間前に倒したばかりの少女兼『焔火の塔』ボスモンスターの『守護者ガーディアン』だった。

 彼女を倒して、更にロートス&レヴィとの連続戦闘の最中この刻印は急に光はじめ、最終的には俺の意識を軽く乗っ取った。それを悪く思っているわけではないが、なぜか彼女はこの刻印の中に封じ込まれている状態らしい。専門外なのでこういうのは大体勘で察するしかないのがつらい。十中八九彼女が俺に憑りついたのは間違いないが。

 それにしても最初会った時とは随分と雰囲気が異なっている。前は大分高揚して脳内麻薬が常時分泌している気違いのような言動だったが、今は随分と落ち着いたのかタバコが切れたヘビースモーカーのような感じだ。悪く言えば不貞腐れている面倒くさい女の様な雰囲気だ。


 ――――説明って、何?

(……工房、天使、聞きたいことは山ほどあるが、まずはアウローラとお前の関係だ)

 ――――それだけ? ……単純よ。知り合い……いや、『元』友人かしら。

(……何があった?)

 ――――あいつは認められて、私は認められなかった。ただの嫉妬よ。……しかも、知り合いが死んだ責任も擦り付けて……今とっても死にたい気分。

(色々あったみたいだな……じゃあ、工房って何だ?)

 ――――天使の研究をしている施設を、その中にいる研究員はそう呼んでる。正式な名称は知らないわ。

(天使……いや、もういい)


 さすがに彼女の声だんだん暗くなってきたと感じ、質問をやめる。

 彼女にとっては、掘り返したくない過去なのだろう。他人のトラウマを穿り返すのは趣味ではない。


(……なあ、宝珠って、なんだ?)

 ――――何よそれ。

(俺が聞きたいよ。確か……塔の最上階にあるとかなんたら)

 ――――ああ、あれね。私が食べた。

(食べたのか。……ってはぁ!?)


 宝珠を、食べた? いやいやいや、なんだそれ。つまりなんだ、ガリッといったのか。ガリガ○君? いや冗談はそこまでにして。食べたとはどういうことか。それが真実なら彼女は真顔で石を食ったといっているようなものなのだが。


 ――――簡単に、口に含んだだけよ。するとどうでしょうか、口の中に溶けるように消えていきました。それで、『炎の現身』としての力が手に入ったとさ。

(じゃあなんだ。お前がモンスターになったのって……)

 ――――大体あなたの想像通り。そこら辺のモンスターじゃなくて固有名所持敵ネームドエネミーってやつだけどね。私はこの力が手に入って、酷く高揚感を覚えて雑魚相手に無双祭り……それを二百年近く続けたんだから笑いたくなるわよね。今に思えば、『現身の力』の副作用だったのかしら。

(そんなことはどうでもいいが、宝珠ってやつが気になる。……それを取り込んだお前を俺が取り込んだんだから、俺にもその力が?)

 ――――……かもしれないわね。でも、この力が手に入ったからって期待はしないほうがいいわよ。効果なんて炎を操ったり超高温低温下でも平然としていられるぐらいしかないんだから。……私でも扱いきれなかったし、真価を引き出し切れなかった。

(あれは、十分だと思うんだが)


 自身が火へと変われるなら汎用性が高い。まず物理攻撃を透過できるし炎系の魔法は全部潰したも同然だ。欠点は水をかけられたら終了といったところだが、当たらなければどうということはない。

 ま、俺がその能力をつかえるかはどうかはまだ疑問が残るが、少なくとも炎を起こすのは前回実行している。おかげで右半身に大やけどを負ったが。だが高温にさらされても大丈夫なはずだが、まだ完全に能力を扱えていないということか。


(宝珠を八個そろえると何でも願いが――――)

 ――――叶うわけないでしょ、そんなご都合。ノーリスクで何でも手に入るってんなら一度見てみたいわね。

「……だよなぁ……」


 これで望みも断たれた。

 元の世界に帰るための方法はもう手がかりゼロで探さなければならない。

 道の果てがすごく遠ざかったような気がした。


 ――――それで、貴方これからどうするの?

(……わからない。これからどうすればいいのか)

 ――――なら、責任取りなさいよ。

(?)

 ――――この子の記憶を取り戻す旅でもしろっての。

「いやいやいやいや、なんで!?」


 唐突過ぎて口に出てしまう。

 そして部屋に入ってきた看護師さんが変なものを見るような視線を向けられた。


「あの……やはりカウンセリングを」

「い、いえ、お気になさらず」

(お前のせいで変な目で見られただろうが!)

 ――――知らないわよアンタのことなんて。……この際はっきり言うわ。この子が記憶を失ったのはアンタのせいよ。

(それお前が言う?)

 ――――うっさいわね、折角背中を押してあげているのに反論するなこの馬鹿。どうせ何もやることないんでしょ? ならそれぐらいしなさいよ。……力ぐらい貸してあげるからさ。


 今のはデレたのか? いや正直こいつのデレなんてどうだっていいが、確かにアウローラが記憶を失ったのは俺の責任だ。俺が弱かったからあいつらを返り討ちにできなかった。

 そう考えると必然的に罪悪感が圧し掛かってくる。

 看護師さんが差し出してくれた流動食を口に含みながら、ルージュとの会話を再開する。


(そう言われてもどこ行けばいいのかわからねぇよ)

 ――――情報収集という言葉をアンタは知らないのかしら。聖杯騎士団、って名乗っていたでしょ? それをたどっていけばいいんじゃないかしら。

(なるほど、そういう手もあるか。――――って、敵対したばっかりだから嗅ぎまわっているって気づかれたら面倒事間違いなしなんだが……)

 ――――男は度胸よ。それぐらいしないとアウローラは返ってこないわよ。

(……わかったよ)


 流動食を食べ終え、看護師さんに食器を渡す。

 ついでに、意思への伝言を伝えておいた。


「すいません。担当医師に退院届の発行を」

「え? しかし……」

「でないと、勝手に出ていきますよ? とも伝えておいてください」


 肩をすくめて、冗談気味にそういうと看護師はとても困ったような顔をする。

 どうせ、この世界からの脱出の手がかりさえつかめていないんだ。なら、その位の事はしておこう。

 なにより――――アウローラをこのままにしておくことはできない。

 両頬を叩いて……いや、片頬を叩いて気合を入れ直す。

 今度こそ守って見せる。



――――――



 半分以上が燃えてボロボロな外套を羽織り、近くにある双頭剣ツインブレードを二つに割り腰にさす。これらの動作だけでも片腕だけでやるのはかなりの難度だ。それでもいつかは日常的にやらなければならない日が来るだろう。

 退院届は意外とすんなり発行され、意思からの許可も相まって今日中に病院を退院できた。代金は勿論即払い。銀貨が数枚残っていたのでそれが使えた。おかげで今は無一文だが、リーシャが呉れたものを売れば即座に取り戻せるだろう。

 これからの行動の算段を立て始めるために、病院着のままのアウローラと手をつなぎながらある目的地に向かいながら自分のステータスを見る。


【ステータス】

 名前 椎奈結城 HP2800/5200 MP2400/2400

 レベル45

 クラス 最適者オプティマイザー

 筋力68.61 敏捷67.11 技量51.86 生命力70.37 知力58.18 精神力38.41 魔力55.49 運0.15 素質15.00

 状態 身体欠損20.00

 経験値38900/1500000

 装備 イリュジオン 騎士帝王の漆黒外套 シルク製Tシャツ レザーパンツ レザーブーツ

 習得済魔法 【ファイアボム】【フレアバースト】 水魔法【フローズンエア】 風魔法【ウィンドトラップ】 回復魔法【ブラットストップ】

 スキル 剣術14.02 格闘術9.23 八属魔法3.80 消失魔法0.01 危機感知11.10 行動感知13.74 直感先読16.20 記憶透見メモリークリア14.02 空間索敵6.91 読心術5.91 武器解析ウェポンサーチ11.39 炯眼3.67 乗馬2.01 超過思考加速オーバーアクセル99.99 自己防衛オートガード99.99


 手の骨を鳴らしながらこれをぼやっと眺める。

 ロケット方式で一週間前より格段に強くなった。のはわかるが、実感がない。

 理由はやはりルージュというモンスターを倒したからか。ボスを倒せばそりゃ経験値はたっぷりもらえるだろうが……上がり過ぎだろ。レベル1だったの何時だよ。

 いや、もしかしてだが、俺がロートスと互角に戦えたのってこのおかげじゃ。だとするとあいつも四十越え? ……なるほど、リーシャが自分を過大評価しない理由が分かったような気がする。


「この際何でもいい……とりあえずあの女は一発どつく」

 ――――その心意義よ。……でも、心なしか経験値が少ない気がするわね。

(お前がそれだけの存在だったって事だろ)

 ――――殺すわよ。


 とにかく、情報となればこんな端国に集まるわけがない。

 そのため俺は飛行船を利用することにした。行先はここ中央大陸にある世界最大規模の王国『アースガルズ』の貿易首都『ヴァルハラ』。そこへ行けば揃わないものはない。情報だろうがなんだろうがすべてが集まる場所なのだから。

 そんなことを考えていると、ついに目的地へ着いた。

 本来ならば海を渡る筈の船が空を飛んでいる。だが空を飛んでいるにしても発着場が無ければならない。

 そう、此処は飛行船発着場。十数隻の飛行船が空を飛び交う場所。

 チケットを買うためチケット売り場に行く。店員からはこの身なりから嫌そうな顔をされたが、宝石を数個ほど取り出すとすぐに顔色を変えやがった。やっぱり世の中金だなクソ。


「さて、と。発進まで一時間……何をすればいいのやら」


「――――おや、奇遇ですね。リースさん、でしたか?」


「? え、ロウさん?」


 後ろから声をかけられ、振り向いてみるとそこには元イリュジオンの持ち主、ロウ・パトリエージェが立っていた。

 ハッと気づいて左腕を隠そうとしたが、もう遅かった。


「ずいぶんと無茶をしたみたいですね」

「……いえ、大丈夫ですよ」


 気遣いは無用と返し、彼の後ろを覗く。

 ロウの後ろには大きさがバラバラな木箱が積み重なっており、作業員がそれを飛行船の貨物室に運んでいるようだった。どうやら彼もこの地を旅立つらしい。

 彼はちらっと俺と手をつないでいるアウローラに視線を送ったが、何かを察したようで何も言わずに視線を俺に戻す。さすがに病院着のままでは怪しまれただろうか。


「その様子だと、イリュジオンは使えたみたいですね」

「ま、まぁ……肝心な時に頑固になる困ったやつでしたけど」

「それはあなたがまだ認められていないということですよ。心配ない、一度でも認めてもらえたなら、いずれはその剣はあなたの味方になります」


 そんな会話を交わすと、不意にロウは外套の左腕部分を触ってくる。

 特に害もないので放っておいたが、彼は突然ニヤッと笑う。


「義手、欲しいですか?」

「でも、お高いんでしょう?」

「それがなんと今なら銀貨五十枚で提供できま~す! もちろん接続も無料。品質も強度も保証、買って損はないと思いますよ?」


 確かに、体の重心を保つには義手は必要不可欠と言っていい。ぶっちゃけて言うとここに来るまで何度もバランスを崩しそうになった。体の重りをいきなり外されて何もなかったように歩ける奴のほうが可笑しい。それでもすぐに慣れたんだが。

 俺はロウに案内されて、馬車の一室に入る。アウローラには外でジッとしていろと言っておく。

 馬車の中は天井の部分に電球ならぬ魔力光球があったので中は比較的明るい。壁などには大量の金属部品は転がっており、まるで精密機械でも作っていそうな空間だ。

 そして奥には、ぼさぼさの焦げ茶色の髪を生やしている、女性なのか男性なのかいまいち判断ができない白衣の人物がタバコのようなものを吸いながら机にある義手をいじっていた。胸は少し出ているのでおそらくは女性だろう。体格で性別を判断するとは自分を殴りたくなってきた。


「……あ? ロウ? 荷物の点検は終わったのかい」

「いえ、プロフェッサー。あと一時間ほどで」

「じゃあなんでここに来たんだい。暇つぶしのつもりだったらそのケツにドライバーぶち込んで追い出すよ」

「残念ながら違いますよ。依頼です」

「依頼?」


 プロフェッサーと呼ばれた人物は懸念そうな顔で俺を見つめてくる。

 そして全身くまなくジロジロと見られ、その視線は俺の左腕があった部分に留まった。


「なるほど、お客さんね。注文は? 武器仕込み? それとも腕を射出するやつ? 熱線を飛ばすやつもあるけど」

「レパートリー広いなおい」


 手を顎に置き、しばらく考え込む。

 今はロマンなど糞くらえだ。とにかく腕が欲しい。どんな激しい運動にも耐えられて可動範囲も広く、反応速度も十分欲しいしやっぱり流曲線のあるデザインが好ましい。ついでに上から人工皮膚でもファウンデーションでも何でもいいから他人に見られても違和感を居感じさせないようなものも。

 端的に言えば安定性重視、普通の生活も問題なく行えて高速戦闘でも音を上げないような一品を注文したい。

 その軽く無茶な注文をプロフェッサーに突き付けてみると、彼女は意外というほど快く引き受けた。というか逆に「お安い御用」と言った。さすがに人工皮膚というものには「?」という反応をされたが。

 俺が驚いている隙にプロフェッサーは机に置いている義手を吹き飛ばし、鉄で作られた骨のような芯棒を取り出す。精密機械を吹き飛ばしていいものなのだろうか。

 プロフェッサーは開始三十秒でフレームの仮組を完了。次に中身に移り、内部にコードを入れ接続、その後鋼糸のようなものを入れるや否や筋線維を模したように形を作っていく。それらの工程はすべて風のように早く行われている。上腕深部筋肉、上腕表面付近筋肉、前腕筋肉。すべてが糸で作り終えられる。

 締めにプロフェッサーはフレームを調整、美しい曲線を描く近未来的な形に仕上げ、その表面にミュオエール商会の文字をナイフで掘り終えた。

 ――――全部、約三分で行われたものである。


「今回は大出血サービスだよ。……ふ~、あんたの腕の大きさに合わせた、少し重いだろうがそこは仕方ないから我慢してくれ。注文通り、これはドラゴンが乗らない限り壊れやしないし反応速度もばっちり、可動性もきっちり確保しているからま……邪魔にはならないと保証するよ」


 タバコのようなものを吸い、プロフェッサーは淡々とそう語る。

 これほど機械面で頼もしいと呼べる人物は初めて会った。

 刹那、プロフェッサーは俺の肩に手をかけると自分に膝の上に引っ張る。何をと叫ぼうとしたが、外套の左腕部分を脱がされ、さらにはTシャツも剥がされて露わになった傷の断面に――――義手の接続部分を突っ込まれた。包帯はすでに取り除いているのであまり問題はなかったが、いきなり過ぎて何が起こったのが理解できないまま事象は過ぎていく。

 パシュッ、と音がした。直後義手内部に仕込まれていたであろう神経接続装置が作動。傷口を掘り返すようにドリルのような装置が肉を掘り進む。


「ッッッッ~~~~~~!?」


 理解がまだできていない脳に激痛が襲い掛かり混乱を激化させる。

 更に義手の固定装置が作動。釘のようなものが肩と脇付近に突き刺さり義手を固定する。

 義手がスパークを起こす。

 するとなんということだろうか、左腕の感覚が突如戻ってくる。

 さすがに痛覚は戻らなかったが感覚で分かった。

 激痛に見舞われながら、義手を開いたり握ったりする。思い通りに動く。


「ちょっと痛いからね、説明したら嫌がるやつがたくさんいるのさ。だから無理やり繋がらせてもらったよ」

「……すごい」


 傷から流れる血は知ったこっちゃないと言わんばかりに俺の思考は義手に向いていた。その隙にプロフェッサーは魔法で傷をふさぐ。

 これは、礼を言っても言い切れなかった。どんな言葉を送ればいいのかわからない。


「ありがとう、ございます。……本当に」

「仕事だからね。ま、礼を言われるのは嫌いじゃないよ。これで文句を言っていたら義手を無理やり引っこ抜いていたところだ」

「怖っ……」


 神経が機械で無理やり接続されている状態でそれを引っこ抜く。……想像に耐えがたい光景だった。ADVのバットエンド選択肢並の橋渡だったようだ。背筋が一瞬凍りつきそうになる。


「代金は銀貨一千枚」

「ちょっ!?」

「嘘だよ、五十枚だ。……あんた、意外と人に騙されやすい性格かい?」

「いや……そんなことはないと思いますけど」


 いきなりぼったぐられたと思うとからかわれただけだった。しかも思いっきり図星を突かれているので反論もできやしない。俺はとある理由があって他人とのコミュニケーション回数は少ないのだ。インドア派の宿命と言っていい。……軽々しい理由でもないのだが。


「なら気をつけな。外の世界は汚れきっている。騙し騙されの世界だ、道を踏み外したら命はないと思えよ。……要するに、他人はあまり信じるな。たとえ百戦錬磨を共に戦い抜いた戦友だとしてもな」

「経験談ですか?」

「そんなものだよ。……イリュジオンはじゃじゃ馬だ、あまり頼りにするんじゃないぞ?」

「え? なぜそれを」

「私が復元者だからに決まっているだろう。我ながら大した欠陥品を直して世に出してしまったものだよ。そいつは一級品の魔剣でも、性格の悪さも一級品だからな。肝心な時に頼りになるのは自分の体だと思えよ若造。そいつはあくまで手段の一つであって、切り札にはなりえない最強カード。せいぜい長生きするために、選択を誤らないことだね」


 さらっととんでもないことを聞かされてしまった。

 この人がこのじゃじゃ馬の復元者? しかも本人の折り紙付き欠陥品? ……もしかしたら買うものを間違ったのかもしれない。その場のノリで買った自分が憐れに思えてきた。

 銀貨を五十枚きっちり差し出すと、ロウはそれを笑顔で受け取る。プロフェッサーは不機嫌そうな顔で「用が済んだらさっさと出て行け」と目線でメッセージを送ってきた。そのあまりの目力に気圧され、腰を低くしながら馬車から出た。


「プロフェッサーは変わり者でして、他人を毛嫌いしているんですよ」

「まぁ、そうでしょうね」


 雰囲気からして普段から誰かと接しているようには見えなかった。常時機械とにらみ合いをしているような人と思えたのが第一印象だったのだから。

 ロウは肩をすくめながら、向こうで体育座りで海を無言で眺め続けているアウローラを見る。


「……彼女、まるで抜け殻のようですね」

「ある意味間違ってはいません。色々ありまして、短時間で説明できるものでもありませんから」

「記憶喪失、ですか」

「……似たようなものです」


 最初から記憶が存在しない状態になっているので、それを記憶喪失と言っていいのか。

 アウローラは何もしゃべらない。別人にでも成り変わったように。

 それがまるで、俺への宛てつけのように――――彼女というものを守れなかった俺へのメッセージのように感じた。こうなったのはお前のせいなんだ、と。


「彼女は、なんですか? あなたの仲間のようにも見えますが」

「……腹違いの、妹です」


 ふと、あいつが俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれたことを思い出す。

 俺にはちゃんとした妹がいる。だが、こう呼ばれるのは悪い気はしなかった。わざわざ悪態をついていたのは、軽い照れ隠しだった。今になって思うと、もう少し素直になっておくべきだったと後悔する。

 あいつは単なる若作りとしか思っていないのかもしれなかったが、俺にとっては癒しでもあった。もう呼ばれないであろう単語を聞くことができたのだから、感謝の一言ぐらい述べたいものだった。

 もしかしたら、あいつを助けたかったのも、妹と姿が重なったからかもしれない。

 そんな思いが、『腹違いの妹』などという世迷言を無意識に出していた。だが、なぜか羞恥心は全くなかった。むしろ清々しい。

 ……いや、今はちょっと後悔してる。


「腹違い。道理で姿が似てないわけですね」

「家族にもいろいろあったんですよ……それより、荷物の点検とやら、終わっていないんじゃないんですか?」

「ははは、そうですね。そろそろお別れです。それでは、『ミュオエール商会』を今度ともご贔屓に」


 お辞儀をすると、ロウは向こう側へと去ってしまった。

 こうして残ったのは、無言で海を眺めるアウローラと、それを眺める俺。

 特にすることもなかった。一時間ほど待って、定期船に乗るだけ。

 空しい。

 そんな感情が胸いっぱいに広がる。

 こんな時、リーシャがいてくれれば空気も変わったかもしれない。

 そういえば、あいつに別れを言うのを忘れた。今更探しても、どこにいるのかも見当つかない。


「……別れの挨拶ぐらい、しておきたかったな」

「誰に?」

「リーシャっていう根性一直線の馬鹿に――――って、え!?」


 肩を叩かれ、誘導尋問のように素直にべらべらとしゃべると、すぐに声の持ち主がそのリーシャ――――リーシャル・オヴェロニアだということに気付く。

 そして自分が彼女を率直に『馬鹿』と言ってしまったことに顔を無意識に引き攣らせてしまう。

 だがその気まずさは彼女が笑顔で片手でひらひらと動かしている飛行船のチケットを見たことで驚愕へと変わってしまう。

 そのチケットは、俺たちの持っているチケットにそっくりだったからだ。


「私も、ご一緒させてもらっていいかな?」

「いや、おま……はっ、ははは」


 神出鬼没、とはまさにこの事だ。いや、まさかと思うがこいつ俺が病院を出てからずっと後をつけていたんじゃ……気のせいか。気のせいだよな。

 なぜここにいるかはわからない。単なる偶然か、それとも彼女が気を使ってくれているのか。

 一緒にいればなんか起きそう、などというふざけたものではないと信じたいな。


「おおお、かっこいい義手だね~。メーカーは? 製作者は? 『ミュオエール商会』? あそこ義手も扱ってるの?」

「……質問は一つにしてくれよ」


 落ち込みかけていた俺の心は、リーシャの手により浮き戻る。

 俺はため息つきながらも、微笑で子供のように騒いでいるリーシャの相手をするのだった。

 椎奈しいな結城ゆうきの異世界旅は、まだまだ終わりそうにない。


「ちなみに、リースは私を馬鹿と思っているのかな? かな?」

「ノーコメントでお願いします」


 これからも苦労しそうだ。



これで、一章終了といった感じです。

次回の更新は少し遅れます。

予定:一月七日十八時

※都合によりずれることがあるかもしれません。

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