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第九十八話・『零と無』

数話分を圧縮しました。予定では百話で終わらせるつもりです。

そのせいで話の展開も掻い摘んだ物になっちゃった。(∀`*ゞ)テヘッ

……いや、学校生活が忙しくて時間が無かったんすよォォォおおおおおおおお!

 爆風が連鎖するように起こり、大量の砂が舞い散る。

 血の様に赤い爪が灰色の竜に触れようとし、その寸前のところで黄金色の障壁がそれを防ぐたびにそれは起こる。まるで高性能爆薬の絶え間ない連続炸裂。常人が放り込まれれば一秒と立たずに塵と化すであろう圧倒的な破壊空間を生み出してもなお決着の様子は見えない。

 今にも消えそうな、風前の灯火の如き精神状態でどうにか自我を保ちながら俺は両腕を振り、邪魔な障壁を取り除こうとするが目の前にいる怨敵ネームレスがそれを許さない。


【《混沌ヲ払ウカオス・イレイザー》】


 その手から放たれる常識の範疇に収まらない熱量。

 まるでその体は一個の恒星。そこに居るだけで絶えないエネルギーを放つ星その物だと錯覚せざるを得ない圧力と存在感。

 ――――これが神竜ナーガの力。星一個に相当する圧倒的なエネルギーを保有する全ての竜の頂点。

 こんな物を倒すならばそれこそ星を丸ごとぶつけると言う馬鹿げた行いでもしようとしなければ話にならないだろう。

 だが、こちらももう人間をやめているのだ。

 全部捧げた。全部無くした。

 矜持も誇りも怒りも忍耐も魂も肉体も全部全部全部全部――――ッ!!


【今更ッ――――星一ツ程度ガドウシタァッ!!!】


 胸の底から溢れ出てくる魔力を両手に集中させることで赤色の爪の攻撃力を大幅に上昇させ、全力で爪先を障壁へと叩き込む。今まで罅一つ生まれなかった障壁が軋みを上げ、一瞬にしてその全体に亀裂を走らせた。

 当時に脳に焼かれるような凄まじい痛みが生じる。

 奥歯を欠けるほど食いしばり、唇を噛み千切り、下を食い千切ることでそれを耐え、瞬時に超絶の一撃を決壊寸前の障壁に叩き込み――――隕石の雨をも無傷で防ぎきるであろう障壁は容易く砕け散る。


【な――――結局は自動防御の愚物かッ! いいだろう、私の、神の威光を受けるが――――】

【クタバレェェェエエエエエエエエエエエエエッッ!!!!】


 ネームレスが小うるさく何かをごちゃごちゃと喚こうとしたが、そんな糞など耳にも入れず俺はネームレスの懐へと急接近し即座に爪を振るう。

 本来ならば最上級の竜でさえも傷つかないであろう神竜ナーガの鱗を赤色の爪はいとも簡単に両断し、憎きネームレスの右腕を空へと斬り飛ばした。

 何をされたのか理解できないのか、馬鹿ネームレス目を丸くして自分の腕のあった場所をぽかんと見つめていた。


【きっ、貴様ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!】

【喚クナヨ屑ガァァアアッ!!】


 片腕がなくなって程度で何をごちゃごちゃと。

 こっちは人間捨てているんだ。そんな生半可な覚悟で――――俺の大切な物を奪っただと?

 ふざけるなよ。

 これで、この程度で――――


【コノ程度デ貴様ハ…………俺ヲ、セリアヲ、皆ヲ――――フザケルノモ大概ニシロヨ……ッ!!】


 今まで抱いていた憎悪がさらに倍増する。

 こいつは、生きていちゃいけない。誰が何と言おうがこいつは此処で殺す。

 それが俺が最後にできる事なのだから。


【死ネェェェッ、ネェェェェムレェェェェェエス!!!】

【死んでたまるものかァッ! 私はまだ、まだ何もしていないのだッ! こんな場所で死ぬなど、何百年物羨望が無に帰すなど私が認めんぞォォォッ!!】


 知るかよ。そんなもの。

 お前に取っちゃそれが大切かもしれないがな。

 俺に取っちゃそれはどうでもいいんだ。

 だから――――殺す。

 こいつの望みとやらを、粉々にしてやる。


【オォォォォォォォオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!】

【ぐぅぅぅぅうぅぅううううううおおおおおおおおッッ!?!?】


 目にも留まらないラッシュを繰り出す。魔法を使う余裕などない。ひたすら両手の爪を相手に叩き付ける。だが届かない。ネームレスも油断を拭い消したのか体の表面に強靭な障壁を張っていたのだ。

 しかし、そんな物知ったことではない。

 死ぬまで殴り続ければいい話だろうそんな物。


【シネェェェエエエエエエエエエエエエエエッ!!】

【舐めるなァアアアアアアアアアッッ!!】


 ネームレスの拳と俺の爪先が衝突する。

 轟音と爆発が起こり、空間が抉れるようにして広がり真空空間が生じ、収縮してからの再度爆発。

 そんな現象が起こってもなお、両者共に不動。

 互いに殺意全快の眼光を交わし――――最速の連撃を交じり合わせた。


 飛び散る花火。舞い散る血しぶき。空踊る肉片。


 たった数秒の間だけで数千撃を撃ちあった両者の猛攻はついに終わりを告げる。

 俺の爪がネームレスの鳩尾へと叩き込まれる。障壁のせいで刺さる事こそ無かったが、代わりに強烈な衝撃を発生させネームレスを遥か彼方へと超音速を軽く超える勢いで吹き飛ばす。

 しかし小賢しくもネームレスはそれを利用して異端離脱するつもりか、翼を広げて空へ舞うようにして逃走する。その速さは一瞬にして高度五千メートルを優に突破するほどのもの。衝撃波で雲に風穴が出来上がる。

 ――――だが、その程度で俺が逃がすわけもない。


【逃ガスカァァァアァァァァァアアアアアッッ!!!】


 鎧の無い背から、真っ黒な光が溢れ出す。

 幾条もの光が束なったような翼。俺は色こそ違えど、これを一度見たことがあった。


 天使の翼。


 かつてアウローラが一度見せてくれたそれが俺の背中から生じている。

 触れただけで万物を破壊する暴力の塊。美しくも破壊の象徴たる光が黒く染まり、この身を容易く包み込めるほどに肥大化して俺の背中に顕現している。

 何故それがあるのはか知らない。

 興味も無い。

 故に――――何も思わず俺は飛び上がる。

 自分でも信じられないような速度で飛翔し、一秒も使わず雲を突破してネームレスの逃げ先である対流圏に突入し、その数秒後に大気圏へ到達。

 忌々し気な視線を向けてくるネームレスと無事対峙する。


【しつこい奴め……それだけ素早いのならば女の尻でも追いかける方が良いだろうに】

【ホザケヨトカゲ野郎ガ。俺ハ死ヌマデ、オ前ヲ追イカケ続ケル。オ前ヲコノ手デ葬ルマデナ】

【抜かせ悪魔憑きめ。貴様如きに私が倒せるか!!】

【ホザイテロ爬虫類。此処ガ手前ノ死ニ場所ダ!!】


 体外にほぼ同時に翼を大きく広げ、飛翔。

 残像すら残さない超速での空中戦を繰り広げ始める。何もない場所で飛び散る火花と黒と白の残光。跡しか残さない光が何十回も何百回もぶつかり合い、空の気流をこれでもかと言うほど滅茶苦茶にかき回していく。

 連続発生する爆発。放たれる赤い斬撃。

 人知を軽く凌駕した、世界の法則さえも置き去りにするその戦いを止める者はおらず。ただ空しい憎しみのぶつけ合いだけが激化するばかり。

 赤色の爪が振るわれれば雲は裂け、空は悲鳴を散らし、空間は捻じ曲がる。

 神竜の言葉が放たれれば幾つもの大魔法が絶えずに生じ、空を焼き尽くしていく。

 それでも戦いは止まらない。

 互いに全てをかけた死闘。もはやそんな小細工程度では止まれるわけがない。


 ――――そして、もう何千回目かの衝突でついに両者の動きが止まる。


 正面から突貫し合い、互いに互いの攻撃を食い止めたのだ。

 その反動で、両者同時に大きな隙が生じてしまう。

 それを見逃すなど在る訳もなく――――俺とネームレスは互いに決着のために手札を切る。

 俺は両手に回していた魔力を完全遮断することで魔法使用のための魔力リソースを確保する。その影響で両手から赤色の爪が消失してしまうがこの際もう関係ない。

 自分の中で最高――――否、最狂ともいえる、現存する魔法を超越した魔法を使う事を断行。

 その名も、消失魔法ロスト・マギティック

 現代においてその存在が全て知られなくなってしまった魔法。



【灰塵と化せ――――神竜魔法ドラゴニック・マギカ・《陽ハ照ラスソル・カリドゥス》!!!!】

【虚無ハ望ム――――消失魔法ロスト・マギティック・《虚栄ノ空亡ノクス・カエルム》!!!!】



 膨大な熱量がネームレスの全身から放たれる。その余波だけで周囲一帯の砂は硝子と化し、空気は急激な加熱により水蒸気爆発を引き起こす。竜の国である『アリア』を跡形もなく溶かし尽した魔技が異形溶かした俺の身体を包む。

 その直前、こちらもまた魔法を発動していた。

 俺の掌の上に真っ黒な球体が生まれ、周囲の物を何もかも吸い込んでいく。触れれば容赦なく引きずり込まれ、虚無空間にて素粒子レベルまで分解される絶対空間。遥か太古の時代に手失われたはずの神代魔法は現代にで猛威を振るう。

 底なしに湧き上がる熱量さえも吸収する球体を、俺はネームレスへと投げつけた。

 直感か、その危険性を察知したネームレスは素早く後退しようとするがもう遅い対応だ。


【虚構ハ広ガル】


 そう、小さく呟く。


 ――――黒い球体は爆発するようにその体積を増大させる。


 全てを飲み込むがごとく。


【くっ……小癪なァッ!】


 ネームレスはその身に最高強度の障壁を展開することでどうにか虚無の球体に触れてもその存在を維持しているが――――当然、そこには大きな隙が生まれる。

 ニタリ、と異様なほど口角がつり上がる。


速攻転移クイック・テレポート


 一言いうだけで俺はネームレスの頭上へと転移する。

 即座に両手に魔力を送り、両手に再度赤色の爪を展開した。


【墜ォォォォォォチロォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!】


 背中から噴出する黒い光が、俺の意思に比例するかのごとくその勢いを大幅に増していく。

 俺は真下へと・・・・加速した。勿論その先にはネームレスの五メートルを超える巨体が存在する。

 だから俺は――――その胴体に赤色の爪を突き立て、そのまま強引に真下へと落としていく。


【な、なんとぉぉォォォオオオオオオッ!?!?】


 一瞬で成層圏まで到達することのできる推力。

 そんな力で落下を始めれば一体どうなるかは想像に難くないだろう。故にネームレスじゃその翼を全力で羽ばたかせ、無理にでも上昇しようとする。

 だが無駄だ。

 今現在、ネームレスは俺の赤色の爪を止めるために胴体部分へと大量に魔力を回している。翼を強化するための魔力は限られている。此処で胴体に送っている魔力を少なくすれば、この凶刃は問答無用で腹を抉り臓物をぶちまけさせるだろう。

 飛ぼうとしても駄目。守ろうとしても駄目。


 詰みだ。


【クソガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!】

【ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! アハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!】


 亜光速で、大気を灼熱させながら俺たちは二人仲良く砂漠へと叩き込まれた。

 舞い上がる大量の砂。まるで巨大隕石にでも衝突したように生じた一本の砂の巨柱は空高く上がり、大量の砂塵を作り上げる。

 衝突した際に熱で赤熱し溶解し始めている砂の上で、俺はネームレスの胴体に馬乗りになっていた。

 その両手の爪を胴体に突き立てて。

 衝突のダメージと聖剣をも両断しかねない刃を体に突き立てられた影響か、ネームレスは痙攣して動けなくなっている。

 元々戦闘に慣れないド素人なのだ。

 たかが全身を打ちつけて腹に刃物が突き刺さったくらいで動けなくなるのも仕方あるまい。


【セリアハ……返シテモラウゾ】

【やめろぉぉぉぉおおおおおおおお!!! この力は――――竜種を、反映させる、ために――――!!!】


 今更御託を並べるネームレスを、軽く鼻で笑い飛ばす。

 そうか。そんな理由か。

 ああ、わかったよ。今わかった。


【ドウデモイイ】


 心底、どうでもいいんだよ。

 竜種? 知るか、勝手に滅んでろ。

 今重要なのは――――お前がセリアを食ったという事だけだ。



【侵セ、抉レ、啼ケ――――――――《万物は女神に抱かれ、オムニス・マテリア・ウェ真実の中で終わり往くルス・ディア・フィーニス》】



 地が、空が、全てが。

 黒に染まっていく。



――――――



「ミィィンナァァア、ドォコニィィイイ、イィィルノォォオオ? オニゴッコシヨォォォオヨォォ!!」


 苛立ちの籠った無機質な声で、銀色の肌を持つ男が腕を振るう。

 その動作を行った瞬間、男の腕から鎌の様な物が生え近くに生えていた金色の結晶柱両断する。あっさりと二つに分かれた結晶柱は斬られた断面をなぞる様にずり落ち、地面に落下して細かな結晶片をまき散らす。

 それを、近くの結晶柱の陰に隠れていたルージュは目撃し、顔を真っ青にする。

 この百年単位で育ったような大樹の幹の様に太い結晶柱の数々を生み出したのは、今現在癇癪を起した子供の様に怒りに任せて破壊行為をしている銀色の男。

 その名も『空白造りヴォイド・メイカー』。『工房』が生み出した空間無条件制圧用人型金属兵器生命体。身体を他の物質を取り込むことで即座に性質変換をして自身と同じ物質に造りかえる特殊金属ナノマシンに置き換えることで、『振れるだけで』全てを自身と同じ金属へと造りかえる人間兵器だ。

 幸い体から分離した金属結晶自体に脅威は無いが、繋がっている状態ならばそこから即座に侵食される。

 当然だが侵食されれば死ぬ。生きたまま自分の臓器を見かけだけの機能皆無な人工臓器に置き換えられると例えれば簡単か。

 動力源である心臓を壊せばその動きは停止するが、残念ながらその心臓部の強度は凄まじいものであるし、何よりその周囲にある肉体が触れるだけで攻撃を無効化する代物だ。

 単純な物理攻撃はまず通用しないだろう。

 通じるのは、それこそ実体のない魔法攻撃程度だ。


「…………制御できないから、狂犬を野に放ったわけね。悪趣味ここに極まれりよ、クソッ」


 そんな最恐の兵器たる『空白造りヴォイド・メイカー』には一つ、問題点があった。

 攻撃力も防御力も稼働時間も殆ど問題なくクリアしたそんな化物兵器は――――制御が不可能であった。

 思考制御をするブレイン・マシン・インターフェースはナノマシンにより即座に侵食分解され機能が使えなくなり、拘束具の類も同じ顛末をたどる。誘導するにも思考パターンがあまりにも不規則すぎるあまり、実験中に『工房』の機能を四割も麻痺させたこともあるほどだ。

 唯一、強力な磁力発生装置でその流体制動を完全制御することで沈黙状態を保たせることはできるが、それができるのは『保管』だけだ。誘導はできない。

 だから兵器としては致命的な欠陥品として烙印を押され、そのまま計画はお蔵入りになった。

 それでも処分が容易でない以上、倉庫には何体もの『空白造りヴォイド・メイカー』が保管されたままであった。その数は少なくとも二十体弱。全て送り込めば大陸すら滅ぼせるだろう。

 何せ一体だけでその場所の生態系を確実に破壊しつくすのだから。

 制御できないからこそ、ただ送った。

 送り、野放しにした。

 それだけで全てを滅茶苦茶にするのだから。

 手綱で制することができないならば、いっそ放してしまえ。

 中々洒落ている逆転の発想である。

 悪趣味過ぎる判断をした『工房』の連中に、ルージュは静かにファックと心の中で呟きながらその手にアヴァールを顕現させる。


「……これで、最期になるかもね。これを握るのも」


 ルージュは感慨深げにアヴァールの柄を両手で握りしめ――――そのまま背後に向かって横一文字に剣を薙ぐ。

 剣から溢れる超高温の炎が波となって結晶柱を溶かして掻き消し、その向こうに居る『空白造りヴォイド・メイカー』へと向かう。放たれたのは物理攻撃では無く熱量攻撃。数少ない『空白造りヴォイド・メイカー』への有効打の一つが放たれる。


「――――ミィィィィツケタァァアアアア!」


 しかし熱波は『空白造りヴォイド・メイカー』に掠りすらしなかった。

 直前で超絶的な速度で反応した『空白造りヴォイド・メイカー』が跳躍し、効果範囲外に離脱したのだ。彼はすぐにルージュを発見し、口角を歪めて近くの結晶柱に張り付く。

 体と同材質であり生み出した張本人だ。体の一部との同化程度は可能だろう。想定範囲内と切り捨て、ルージュはその手から絶え間なく火炎を作り出して己の周囲を囲む。

 タングステンさえも修二に溶かすであろう高温の壁。それがルージュと『空白造りヴォイド・メイカー』の間に隔たりを作る。

 流石にその対応にはむかついたのか、『空白造りヴォイド・メイカー』は歪ませていた口角を不機嫌そうに下げていく。


「ナンダヨォオ、ツマンナァァァイ! オマエツマンナァァァアアアイ!!」

「知らないわよ欠陥品。アンタは此処で、殺す」

「アァモウ、シカタナイナァア。イイヨォ、アソンデアゲルヨォォオオ!」


 不気味に笑いを浮かべた『空白造りヴォイド・メイカー』はその両手を結晶柱に叩き付ける。瞬間、大量の結晶の棘が高速で広がり、凄まじい速度でルージュへと向かって行く。

 だが届かない。炎の壁がある以上、ルージュにその程度の攻撃は届かない。

 故に、『空白造りヴォイド・メイカー』は超大型の結晶柱を生成し、ルージュへと倒していく。

 そこに産まれる質量による波状攻撃。絶え間なく放たれる大質量の豪雨。いくらルージュが強力な炎を生み出せると言っても、あれだけの質を維持し続けるには相当な集中力が必要になる。大して『空白造りヴォイド・メイカー』は欠伸をするようにそれらを無限に生み出し続けられる。

 決まった。と『空白造りヴォイド・メイカー』は笑う。


 ――――しかし世の中物事が思い通りに進むなど、そんなに甘くできてはいないのが常識だ。



「――――――――――――《覚醒する憤怒の獄焔アウェイクン・バーガトリーイラプション》」



 莫大な光と熱が四方八方に四散する。

 大量の結晶柱の山の中から発生した強烈な火柱。無限に積み上がっていく結晶柱を一瞬にして溶かし尽し、ルージュは冷えた視線を唖然としている『空白造りヴォイド・メイカー』に投げつける。

 それが何かの琴線に触れたのか、初めて『空白造りヴォイド・メイカー』が怒りをあらわにする。


「ムカツク、ムカツクムカツクムカツクヨォォォオマエェェエエエエエエエエエ!! ボクニソンナメヲムケヤガッテェェェエエッッ!! モウアソバナイ、ブッコロスッッ!!」

「あら? まだ『お遊び』だったの? 道理で『弱すぎる』と思った」

「――――グチャグチャニシテヤルゥゥゥゥウゥウウウウッ……!!!」

「いかにも小物が言いそうな事ね!」

「コノガキガァァァアアァァァァァァアアアアアアッッ!!!」


 煽りに煽りを重ね、ルージュは『空白造りヴォイド・メイカー』を挑発することでその注意をこちらに引かせる。理性では無く本能で動く『空白造りヴォイド・メイカー』にその効果は絶大。素材となった奴がいかほどに気の短い奴だったのかがわかる。

 だから――――自分の頭上から襲い掛かってくる攻撃に気付かない。

 無数の水の槍と風の刃が『空白造りヴォイド・メイカー』に襲い掛かる。完全に注意がルージュだけに向いていた『空白造りヴォイド・メイカー』は成す術もなくそれらを受けてしまい、全身がずたずたに引き裂かれた。


「ゴ、ハァアアッ!?」

「――――あらあら、随分気の短い殿方ですね」

「――――ま、三下らしい性格だがな」


 上空で滞空している二人――――リザとウィンクレイが不敵な笑みを浮かべながら、撃ち落した『空白造りヴォイド・メイカー』に追撃を仕掛ける。

 だがここで沈むようでは最悪の大量破壊兵器と評した甲斐が無い。

 怒りの形相で『空白造りヴォイド・メイカー』は身体を高速で修復し、背中に金属結晶を生やし高速振動させることで空中で姿勢を立て直し、高速で攻撃範囲外へと離脱。そして間髪入れずに金属の杭の雨を自信を攻撃してきた二人へと放つ。


「させないわよ」


 しかしそれはあっけなくルージュの放った炎によりまとめて蒸発する。

 それを見て『空白造りヴォイド・メイカー』は重々しく舌打ちをして、分が悪いと判断し闘争を量ろうとする。理性が消えていようが生存本能が生きている以上、数の利が劣っている以上死ぬ戦いは避けたいのだろう。


 ――――途中下車にげることは許さない。


 そう言わんばかりに周囲を半透明の魔力が高速でドーム状に囲んでいく。逃走経路を断つつもりだと直感した『空白造りヴォイド・メイカー』は高速で脱出を試みるが――――


草薙退魔流くさなぎたいまりゅう――――」


 斜めに生えた結晶柱の上を駆け、一直線に青い竜人ドラゴニュートが飛行中の『空白造りヴォイド・メイカー』へと向かってくる。そして絶妙なタイミングでの跳躍。その背にある翼を広げて、腰の刀に手を掛けるのは紛れもなくベルジェ。

 何物をも怯ませる歴戦の戦士の眼光を飛ばしながら、空中で彼は『空白造りヴォイド・メイカー』と対峙する。

 交錯は一瞬。

 既に、彼は抜刀を終えていた。


千影一刀せんえいいっとう常世断とこよだち


 ベルジェが刀を鞘に収めれば、彼の背にいる『空白造りヴォイド・メイカー』が急に体勢を崩し――――その体に千の傷が浮かび上がる。

 本来ならば千もの破片になり、その魂を常世へと送る魔技であるが、予想外に『空白造りヴォイド・メイカー』がしぶとかったのだろう。仕留めそこなったとベルジェは己の未熟さを嘆くが、身体を八割失っても即座に再生する奴が相手では致し方あるまい。


「ウザインダヨォォォオオ……! ウザッタインダヨォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! キエロクソドモガァァアアアッ!!」


 地面に落下し、忌々し気に『空白造りヴォイド・メイカー』が絶叫する。

 ダメージは直ぐに回復する以上、ある一つの方法でしか彼は倒せない。だが、そんな泥仕合を強要される身としては今の状況は溜まったものではない。

 自分から襲っておいて何を言っているとほとんどの者が思うが、そんな物は『空白造りヴォイド・メイカー』の眼中にはない。理性のない化物に何を言っても無駄だろうという事は言わなくてもわかるだろう。


「シネシネシネシネ!! シンジマエヨォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 叫ぶ『空白造りヴォイド・メイカー』は両腕を地面に突き刺し、首位一体を銀色へと変貌させる。

 次々と生えてくる巨大な金属結晶。絶え間なく、限り無く成長するそれは空中に居る者達を刺し貫こうと襲い掛かるが、そんな小細工に当たるほど彼(彼女)らは脆弱では無い。


「――――隙、見せたわねェ!」

「ナ――――」


 不意に『空白造りヴォイド・メイカー』の正面に位置していた結晶柱が赤熱し破裂。

 その奥からアヴァールを構えたルージュが高速で突貫してくる。


「クソアマガァァァ――――ッ!!!!」

「くたばれ金属野郎――――ッ!!!!」


 炎を纏った魔剣が神速で突き出され『空白造りヴォイド・メイカー』の胸部に真っ直ぐ向かう。

 それを『空白造りヴォイド・メイカー』は素手のまま白刃取りの様に刀身を横から挟み、その進行を押しとどめた。それにより両手が溶解を始めるが、無限に再生を繰り返すために火に弱いはずの『空白造りヴォイド・メイカー』はどうにか拮抗していた。

 強烈な悪臭と熱気が放たれる中、ルージュと『空白造りヴォイド・メイカー』は互いに目を見つめ合う。


「…………クソナマイキソウナヤツダ」

「性根がねじ曲がっていそうな目ね」

「イッテクレルジャアナイカァッ!!!」

「ッ――――!」


 手が溶けるのを無視して刀身を片手で鷲掴みにした『空白造りヴォイド・メイカー』は空いた片手をアヴァールから放し、ルージュへと伸ばされる。

 ルージュは咄嗟に回避しようとするが、唐突に体が引っ張られてしまう。

 ――――『空白造りヴォイド・メイカー』が自分の体に引き込むようにアヴァールの切っ先を自身の胸に突き刺したのだ。

 自殺行為にも等しいそれを見てしまい、ルージュは戦闘中にもかかわらず茫然としてしまう。

 それが命取りであると理解しているのに。


「クタバレ」

「しまっ――――――――」


 金属の様に冷たい『空白造りヴォイド・メイカー』の手が、ルージュの左腕を掴んだ。

 瞬間、ルージュの腕に大量の金属結晶が鮮血を散らせながら生える。


「あ、っぁ――――あぁぁぁあぁぁあああああ!?」


 血管に砂鉄を流し込まれたような痛みに絶叫しながら、ルージュは抵抗しようと『空白造りヴォイド・メイカー』に蹴りを入れる。

 あまりに焦ってしまったせいで、気が動転していたのだろうか。

 自分の言った言葉すら忘れてしまうとは。

 『空白造り(ヴォイド・メイカー)』に触れた脚は、直ぐに金属結晶と変わっていく。痛みを脳に伝えながら。


「ぐっ、ぁぁぁああああぁぁぁあっっ…………!!」


 抵抗することもできなければ触れることさえできない。炎を出して迎撃するべきだが、激痛に晒され集中もままならない状態でそんな余裕はない。

 そして金属結晶はルージュの首を伝って頬にまで到達し、そのまま脳を侵食する――――寸前、黒い影が上空から降り、刹那の間に『空白造りヴォイド・メイカー』の腕を両断する。

 藍色の長髪を月光で煌めかせながら、鋭い眼光で振って来た影――――アウローラは『空白造りヴォイド・メイカー』を睨みつける。


「《月神の剣クラディウス・ディアーナ》」


 アウローラはそのまま自然な動作で『空白造りヴォイド・メイカー』へと手を突き出し、触れるか否かの距離で魔法を発動。『空白造りヴォイド・メイカー』の胸元に添えられた手から巨大な透明な結晶が突き出し、胸を穿つ。


「アグォォォアアアアガァァアアアア!!?」


 楔の様に巨大な結晶は金属の結晶柱へと突き刺さり、身体を貫通させた『空白造りヴォイド・メイカー』の動きを止めている。

 痛みに悶えながら『空白造りヴォイド・メイカー』は結晶を侵食しようとするが――――できない。

 なにせ、彼の体を貫いている結晶もまた彼を侵食しようとしているのだから。

 喰い、喰い返される。永遠に終わらない鼬ごっこ状態だ。


「アウローラ、貴女…………?」

「――――あまり集中を乱さない方がいいよ。漏れ出てる」

「ッ……!」


 ひび割れた彼女の肌から、赤い光が漏れ出ている。

 彼女の体に残留する『天使の力』。赤色の天使カマエルの業焔を作り出す力の残滓だ。残り滓とはいえ、外に出れば無視できない状態を作り出すだろう。

 そして、アウローラの右腕からも同様の現象が現れていた。右腕の肌が全体的にひび割れ、そこから銀色の光が流出している。だが――――それは肉体が力を溜めすぎた影響でそうなったのであり、ルージュの様に予想外の深刻な肉体的ダメージによりそうなったのではない。

 しかしアウローラから出ている力は不思議と彼女の体に纏わりついて風に流れようとしない。

 完全制御しているのだ。


「まさ、か…………記憶が?」

自動防御機能オートブロック・システム。……私に何かあった場合の予備プログラムの人格。残念だけど、世間話をするために用意されたんじゃないの、ルージュ。ごめんなさい」

「……そう。でも、いいわよ。アンタが元気そうで」

「元気も元気。さて、アレを倒す方法は……空間歪曲障壁を貫通しての心臓部完全破壊でしたっけ?」

「ええ。たぶん……わたしたちにしかできない」

「なら、答えは」

「わかってるわよ」


 アウローラは軽くルージュのおでこを突く。しかしふざけているわけでは無い。

 その行為後、金属結晶が全て崩壊し正常な肌が露わになる。結局のところ侵食を専門とする月魔法のスペシャリストにかかれば、『空白造りヴォイド・メイカー』の小細工などこの程度、とでも言いたいのだろう。

 達観した表情で、アウローラはルージュの手を引っ張り立たせる。

 手は離さない。

 いや、離したくない、か。

 一人だけの親友と手を離す理由が何処にあるのと言うのだろうか。



「《月は食わ(Luna mandi)れ、夜は( noctuque )漆黒にな(jet fit ni)り、(grum,)この星に(qui habita)住むであ(bant in ha)ろう生け(c stella d)る者たち(e dormitio)は眠り(ne somni d)だす(iceret)》」

「《炎は原初の(Flamma pri)理、世界は(mordiales )炎に包ま(sensu mund)|れ、それ以

《us flammi》外の存在(s nullus a)を許さな(lius non p)かった(atitur.)》」



 一句一句が鮮烈な炎の様に詠まれていく。

 二つの巨大魔法陣が二人の足元に重なり、強く輝いていく。同時に突風と大量の魔力粒子が舞い上がり、一種の幻想的な風景すら思わせる。


「オ、マェラァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「おっと、邪魔は野暮だぞ金属男」

「槍投げは苦手なんだがな!」

「KYな男は大人しくしてろよ!」

「動かないでッ!」


 ライルとジルヴェの投げた純白の槍が『空白造り(ヴォイド・メイカー)』の頭部を貫き、ソフィの放った光の剣が追撃として全身を串刺しにし、エレシアの妖術により動きを束縛することで一時的に『空白造りヴォイド・メイカー』は沈黙。これで仕留めきれないのだから、しぶとさだけは一級品と言わざるを得ない。



「《月光は(Lunam ev)消える、(anescit, )常夜は(normalis n)広がる(octe sparg)、希望と(itur cryst)呼べる(allum solu)だろう(m quod lux)光源は( potest di)暗闇に(ci princip)静かに(ium et spe)生まれ(ro enim me)てくる( futurum q)であろ(uiete cres)う結晶(cit in ten)のみ(ebris)ああ、視な(Quis non )いで、聞か(videt, no)ないで。(n audivi.)私の光(Omnis lu)は全てを(x mea es)惑わす。(t fallere.)見えざる(Invisibil)狂気は今(ia exundav)ここに溢(it in amen)れんばか(tiam et nu)りに動き(nc incipit)出す。( moveri.)だからお願(Quin potiu)い、どうか背(s quomodo )を向けて。(conversi.)光は私で(Quia lux)はないの( non es)だから(t in me.)》」

「《原点は(Origine)炎に始( incipit)まる。( flamma.)炎は全て(Flamma co)を焼き尽(nsumeret)くす。( omnia.)希望の光で(Per lucem )あるとともに(adferre lu)、その光はまた(men aequal)絶望に等し(is despera)く、何もかも(tione omne)を焼き尽く( consump)した。(serat.)人も、家畜(Homines an)も、植物も(imantium,)、命の生ま(plantarum,)れ故郷の( patria po)海までも(ntus vitae)(.)私の炎は、(Meus ignis)万物を干( eorum et )からびさせ(arescent o)、潤いを奪(mnia defra)い、血液(udatione h)を蒸発さ(umore sang)せ、あり(uis vanesc)とあらゆ(unt, coram)る生命の( omni gene)存在を許(re vitae n)容しない(on patitur)》」



 重なった魔法陣から光が漏れ出て、それは二人の体に纏わりつく様に。

 すると二人の肌が少しずつはがれていく。その奥には、銀色と紅色の肉体が見えていた。



「《天使はここ(Angelus hi)に降り立つ(c appuliss)、可愛そう(e iuvare s)な子羊を助(olet justo)けに、迷え( agnum pro)る魂を救う( salute an)ために。私(imae errat)は天使では(icam deger)ないけれど(ent. Verum)、それでもあ( quidem ap)なたを救(ud angelos)いたい。(, sed volo)それが私( vos liber)に許された(em. Licet )、唯一の(mihi, quia)償いなの( non talis)だから( piaculo)》」

「《私は神に(Fidelitate)絶対の忠( erga Deum)義を誓い( ipsum tes)、神に反(tor, non p)逆する者(ermisit ho)は許さな(minem Deo )かった。(rebellis.)皆等し(Omnis oppr)く断罪(essus exut)した。(oque aeque)それが例え間違いであ(Etsi error)ったとしても、私が正( puta si i)しいと信じたならばそ(n rem vera)れは正しいことである(m crederem)(.)それは神( Quia vol)の意志(untas Dei )であるの(est in lat)だから(itudine)》」



 二人の双眸が輝き始め、背から極大なる光の奔流が溢れ出す。

 珍値を超えた奇跡の権限。器に落とされるのは最高級の光のワイン。その香りと味は、この世界では許容でき程に美しい。

 故に、世界が震える。

 此処に最高の希望が現れるから。



「《罪を犯したのならば(Si reus es)、それを償うまで私( compesce )は貴方たちを閉じ込(et nos exp)める。(iare.)だけど(Sed pecc)罪は決し(atum, qu)て消え(od non p)ない。(eribit.)故に永(Ergo etiam)劫、檻( aeterna e)の中で(t poeniten)懺悔す(tia in cav)る。(ea.)立つな(Non stabit)、逃げ( et non su)るな、(m turbatus)私を見(, non resp)るな。(icis me.)私の手か(Quod etiam)らは何も( non effug)逃れられ(ies de ma)ない。(nu mea.)例え魔王で(Et si Sata)あろうとも(nas, et no)、私は熾天(n in luce,)使と共に光( et ignis,)で焼き( cum Se)尽す。(raphim.)》」

「《さあ立ち(Veniunt an)上がれ破(geli stabu)壊の天使(nt perdit)たち、(ionis, )赤い(red pardus)豹が( utinam vo)お前(s ad bella)たち(ndum cun)を導こ(eos præpa)う。(rabit.)その先暗(Sicut scri)黒だとし(ptum est s)ても、我ら(upra teneb)恐れずして(ris Uchiho)その先に(robosu hos)いる敵を(tes priore)討ち滅ぼ(s non vere)す。(mur.)我は戦(Ego sum De)の神、(us belli o)今こそ(rtum est m)立ち上が(odo quod i)り敵を蹴(n calce Ch)散らそ(iraso host)う。(em.)憎悪のま(Relinquite)まに、悪( odio seca)者をこの(t in malum)手で切 (guys in m)り裂く(anu ista.)》」



 人の手では起こせぬ神聖なる力の奔流。全うな聖職者が見れば確実に卒倒するであろう神の加護の嵐は二人を包み、その衣服を粉へと変え、白き法衣を纏わせる。

 その姿は、まるで人々の願望が形となった様に。

 童話に出て来る『天使』のその物であった。



「《顕現せ(Manifestat)よ、月(io casu fa)の加護(ctum ben)を奪い(edictioni)、今こ(bus men)こに現(sem hic )れん(nunc.)》」

「《天獄(Caelum et )の門番(Infernum )、地獄(ianitor in)の悪(ferni dia)魔。(boli.)顕現(Manifesta)せよ(tio case.)》」



 ――――光が常夜を照らす。



「《罪人の(Peccator A)管理者(dministrat)、永劫な(orem const)る歌い(ituit Eon )手、地上(cantor exp)に降り(ositis in )立ち、(terram est)世をそ( gratius o)の後光(rbis lux v)で魅せる(ocatur sub)がいい(sequens)熾天使(I Seraph )よ、今こ(mecum nunc)そ私と( tempus ut)共に魔( dissolvat)王を滅ぼ( opera di)そう。(aboli.)》」

「《神の子よ(Filius Dei)、私の事(, ostende )を見るが(mihi omnia)いい。( bona.)赤く(Rubrum )醜い(intantum d)私の体(eformes c)を。(orpore.)赤く腐(Corrupti M)敗した(ortifera S)死の星(tella mari)を。(s Rubri.)今の私は破滅し(Sed non )かもたらすこ(possum )とができない。(non est.)ならばこそ(Si velis a)自分の役(d munus su)目を遂行(um debite )しよう。(implendum.)神の姿を目(Si vis ad )に入れた(imaginem D)いのならば(ei oculos )、行く手を(respuistis)阻む私を退( prohibere)けてみろ( ausus est)》」



 魔法陣から透明な人影が現れ、それぞれが二人の背に立つ。

 その影は聖母のように、斧が子を筒も母親の様に――――天上の加護を器に与えた。



「《――――憑依(posses)せよ(sionem)、【堕天せし(Fallen)疑似天使( Angel)永遠なる天使の断罪者(Sandalphon)】》!!」

「《――――憑依(posses)せよ(sionem)、【堕天せし(Fallen)疑似天使( Angel)永久に神を見る者(Chamael)】》!!」



 魔法陣と溢れ出ていた光が、天使の顕現と同時に起こる莫大なエネルギーに吹き飛ばされ空へと散る。

 光のシャワーを後ろに、それは現れた。

 六枚の白き翼を持つ、白髪の少女と。

 四枚の炎の翼を持つ、赤神の少女が。

 常識外れの神々しさを持ちながら、宙に浮いている。


「引きなさい」


 アウローラが途轍もないほど妖艶な声音で言い放つと、周りに居る者たちは息をのみながら『母』に言われた子供の様に何も言わずに場を引く。

 高次元生命体からの命令だ。低次元に存在する物程度が逆らえるわけがない。


「ルージュ、遠慮は無しで」

「了解。言われなくとも重々承知してるわよ」


 互いに打ち合わせもしていないにもかかわらず、まるで事前から察知していたかのように二人は背中合わせになり、互いに握った腕を突き出す。

 もはや圧倒的過ぎる力を前に、抵抗する気も無いのかただ茫然としている『空白造りヴォイド・メイカー』が悔しげに自分の胸を貫く結晶を叩く。


「クソッ、クソォォッ、クソォォォォオオオオオオオオオオオオッッ!! イヴノオトシゴノクローンフゼイガァァアアアアアア!!!」


 断末魔代わりに『空白造りヴォイド・メイカー』は絶叫し――――それに一瞥もくれずに二人は斧が最終奥義を無慈悲に放つ。



「《神霊終義・第五階エロヒム・ギボール七罪解放・嫉セプテム・リベラテ妬する大蛇海魔ィオ・リヴァイアサン》!!!!」

「《神霊終義・第十階アドナイ・メレク断罪・天降ダムナティオ・プりし劫火の雨ルガトリウム・イレ》!!!!」



 空間が割れ、その奥から世界を敵に回せる最強の海竜がその顔を覗く。

 そして空には億を超える光の槍が一瞬にして降臨する。

 大陸すら滅ぼせるであろう力は――――今、たった一個人だけに向かって放たれる。


「「去ね」」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォオォオオオオオオォォオォオオォォォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォオオ!!!!』


 海魔の咆哮が世界を揺らし、隕石さえ粉みじんにする衝撃波となって放たれる。

 同時に空に存在する全ての光の槍が一転に向かって降り注ぐ。


 ――――着弾。同時に凄まじい轟音と爆風が吹き荒れる。


「アアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 最後の絶叫。本来ならば爆音に消されて何一つ聞こえないだろうが、金切り声に近いそれは彼の交戦していた全ての者に不思議と聞こえた。

 だが、それも直ぐに掻き消される。

 名前も顔も知らない者が改造され、失敗作の破壊兵器となった『空白造りヴォイド・メイカー』。その出生に同情はしよう。それでも彼の使用とした行いは、決して許されない物であった。

 天罰。と言えるのだろうか。

 その問いに答える者は誰もいない。




 後に残ったのは、『空白造りヴォイド・メイカー』が残した大量の金属結晶と首位一体が硝子か炭化してしまった砂漠だけであった。

 そして、未だに残留する黒い障壁。

 結城が残した最後の一枚ファイヤーウォール。天使の力でも突破は容易ではないだろうということは、アウローラとルージュは直感的に理解する。

 神殺しさえ可能とする者がその血からの大半を使い作った最強の障壁だ。恒星が衝突しても罅一つで済むだろう規格外さ。触れれば確実に塵と化す自動反撃機構オートカウンターシステム。それ一つとっても凶悪な障壁だ。突破するにはそれこそ十体以上の天使が一転に全力攻撃しなければならないであろうレベル。

 すぐにでも助けに行きたい。

 だがそれは無理だ。

 何せその障壁はドーム状となっている。三百六十度どこに行っても隙間などありはしない。地中も同様だろう。そんな抜け穴があれば即座に感知できている。

 故に、残ったのは強い焦燥感。

 何もできない自身の無力感のみであった。


「ぐっ……も、もう時間切れとか、速過ぎでしょっ……」

「……流石に定期調整を受けていない素体では持って三分か。ルージュ、今すぐ『天使化』を――――」


 天使。一言で言ってしまうなら住む次元の違う生命体。

 それを特殊な調整を施されたとはいえ、人間の体、いやこの次元に住む生命体で受け止めるにはいささか無理がある。言い例えるならばこれは砂で出来た杯に水銀を注ぐようなものだ。当然、直ぐに崩れるだろう。だが少しだけならその形を維持できる。

 その維持できる時間を利用し、戦略兵器として運用しようという構想の下に彼女らの扱う『天使化』は実現した。ただし、数千では収まらない失敗を重ねて、ようやく成功例が一つと言った所だが。

 成功例であるアウローラでも、調整して持って十五分。代償として支払う経験値も代替案として『寿命』を使っている状態だ。元々寿命が異常に長い彼女らだからこそできる芸当であり、たった一分保持しているだけでもう彼女らの寿命は三十年ほど消えてしまった。これ以上の維持は死活問題になりうるし、そもそも苦肉の策として使った以上二度と使えまい。

 当然ながら、正しい方法では無く強引に天使を顕現させているルージュの負担は半端な物ではない。

 これ以上身体を酷使すればいずれ構成原子の崩壊が始まるだろう。

 それを知っているアウローラは直ぐに『天使化』の解除を進言しようとするが――――それは唐突に阻まれる。

 彼女の後頭部に突き付けられた、一つの銃口によって。


『――――――ッ!?』


 一か所に集まりつつあった一行が、その目を白黒させ驚愕の嗚咽を漏らす。

 誰も気づけなかった・・・・・・・・。一番の実力者であるベルジェでさえその気配には気づくことができずにいたのだ。

 漆黒の髪を夜風で揺らしながら、真っ黒なコートと白い仮面を身に付けた青年とも淑女とも取れる中性的な人間が、背から翼を垂らしているアウローラの後頭部を睨みつける。


「『塩の柱ネツィヴ・メラー』の欠片を弾頭にした対高次元生命体用特殊弾だ。火薬も高純度聖水と蒼炎火薬、賢者の凝血を調合した特注品。亜光速で弾丸を発射する以上、回避は無理だと思え」

「……あなたは、一体?」


 白い仮面の者は手にした黒い巨大な拳銃を降ろさないまま、何処か達観したような雰囲気で名乗る。


「……『アイン』。今はそう名乗っている」

「本名、じゃないの?」

「とうの昔に捨てているし、もう自分の真名に意味はない。とりあえず、こちらにも時間が無い。さっさと話を進めようか『幽閉する予言者サンダルフォン』アウローラ・デーフェクトゥス」


 アインと名乗る者がそう告げると、空から一つの影が降ってくる。

 今度は長い白髪の、分厚いマントを纏った白い仮面を付けた小柄な者。

 そしてこの場の全員が感じ取る。


 ――――不味い。


 本能が疼くのだ。

 こいつは危険すぎる、と。


「ようやく到着したか。遅いぞ」

「……すまなかった。障壁の『孔』を探すのに手間取った」

「見つけられただけ幸いだ。無かったら無理に突破する羽目になったからな。……で、入れ物は」

「ある。心配するな。もう三度目だ」


 理解できない会話を、急に出てきた二人は交わし終え改めて二人の天使を見やる。

 その視線に得体のしれない『懐かしさ』を覚えた二人は、疑問しか持つことができない。


「早速だが、自己紹介させてもらおう。私は……ゼロと、周りからは呼ばれている。まぁ、二つ名の様な物か」

「ゼロ……? それに二つ名、って――――まさかっ!?」


 島にも死にそうな顔色でルージュは顔を引き攣らせる。最悪の可能性に思い至ったのだ。


「ああ、そうだ。――――ゼロ・ルジストロル。巷では十人目のEXランカーと呼ばれている」

「EX……真性の化物ってこと」


 EXランカー。世界が認める『世界を滅ぼせる』化け物どもの総称。

 単身で大陸すらをも落とせるであろう超級の実力者。その中で一番得体のしれない者、ゼロが居る。

 見た目こそ人間であるが、天使二人は肌で感じる。

 人間ではない。もっと別の何かだ、と。


「そしてこっちは、アイン。自称だがな。一応二日前にEXランクとして登録された、最新の世界級化物だ」

「なっ……さっ、最新の……」


 最後にEXランカーが登録されたのはざっと二百五十年前。それまでは千年間隔で登場していたのが今回は四分の一近くまで短縮されていた。

 いや――――もしかすると、単純に表に出てこなかっただけで、遥か昔から存在していたのかもしれない。


「……余談はそれくらいにしろ、ゼロ。もう時間が無いんだ」

「そうか。なら率直に言おう。天使の力をこちらに貸せ」

「な、っにを」

「……目的は?」


 ルージュはあまりに馬鹿なことを聞いたような顔で狼狽しているが、アウローラだけは敵意の籠った視線で己の背後に居るアインを睨みつけながら、こう呟く。

 数秒後、ため息をついたアインが無言で銃を降ろして、静かに言い放つ。


「リースフェルト・アンデルセン……それとも椎奈、いや、志乃七結城と言えばいいか」

「っ――――!?」


 思いもよらなかった人物の名前が出てきて、流石のアウローラも顔を強張らせる。

 しかし、彼ら二人の声には不思議と、自分たちは味方だと思わせる声音が含まれていた。

 だからこそ、余計に警戒せざるを得ないのだが。


「こんなにも事態をややこしくした馬鹿を、少し教育するためにな。そのために後二柱、天使の力が必要だ」

「……まさか、セフィラの浄化術式を?」

「察しがいいな。流石あの馬鹿アダムの愛娘……の複製クローンといったところか。……で、こちらを信用するか? しなくてもいいが――――その場合はあいつを殺さなきゃならなくなるぞ」


 冗談では無く、真実であるとアインは脅すような思い声で言う。

 しばらく考えた後に――――アウローラは諦めたように両手を上げた。

 降参、と言いたいのだろう。


「わかった。好きにして」

「アウローラ!!」

「ルージュ、わかっているでしょう? 抵抗しても意味が無い。むしろここで時間をかければ、取り返しのつかないことになる」

「でも……それじゃあなたは」

「消えるってわけじゃない。奥に引っ込むだけだよ。大丈夫、また会える。今度は私みたいな残滓じゃなくて、本物にね」


 癇癪を起した子供をなだめる様にアウローラはゆっくりと、顔を歪めたルージュを抱きとめる。

 悔し気にルージュは涙を流しながら、静かに首を縦に振った。


「というわけで、さっさとやることやって。時間、無いんでしょ?」

「ああ。呑み込みが早くて助かった」


 ゼロがマントの中から手を出す。

 真っ黒に染まった、紫炎を漂わせる手を。

 どう見ても、人の手では無かった。


「……ベルゼブブの右腕? 冗談でしょう。なぜあなたが……」

「……………説明する時間は無い。手早く行くぞ」

「――――わかった」


 凶悪な右手の爪先が、アウローラの首筋に触れる。

 それだけでこの世の全ての悪寒が一瞬にして凝縮されたような感覚が、アウローラの全身を駆け巡る。しかし悲鳴も抵抗もできない。触れた時点ですでに『奪われた』のだから。

 一瞬で『天使化』が解除されたアウローラはその場で崩れる。体中に玉のような汗を滲ませてはいたが、命に別状はない。


「……ルージュ、また、ね?」

「……うん」


 別れを告げて、アウローラは深い眠りへと落ちてしまう。

 恐らく、次目覚めた時には、もう今回の事は覚えていないだろう。


「すまなかったな」

「何がよ」

「折角の再会を台無しにしてしまった」


 ゼロは自身の右手の爪先を、ルージュに触れるかどうかの場所で留まらせながら、唐突に謝罪の言葉を述べた。

 その行動にそんな意味があるのかはわからない。 

 単なる自己満足か、それとも普通に申し訳ないと思ったからの発言か。

 ルージュはそれを聞いて数秒固まった後――――自分から爪に触れる。

 瞬間、彼女から生えていた炎の翼は消える。


「――――謝るなら最初からやるんじゃないわよ」

「……ごもっともだ」

「だからせめて――――台無しにした分は、返してもらうわよ」


 苦笑を浮かべたまま、ルージュは崩れ落ちた。

 用事が済んだゼロとアインは直ぐに踵を返し、黒い障壁へと向かおうとする。

 だが鋭い怒号がそれを止めた。


「待てよッ!!」


 ソフィであった。

 無謀にも、彼女は鼠の身でありながら竜の尻尾に齧りついたのだ。自分の結末を理解したうえで。


「……善神の触覚が、我々に何の用だ」

「っ……何なんだよお前ら。いきなり現れて意味不明な事ばかりしやがって! せめて説明くらいするのが普通だろ!」

「言っても無駄だ」

「それは――――」

「自分たちが決めること、か? 知らんよそんな事。こちらは急いでいるんだ。お前は赤の他人がトイレに行きたがっているのをわざわざ妨害するか? 随分悪趣味なんだな」


 きっぱりと、二人は嫌悪感を露わにしながらソフィの話を叩き切る。


「――――与えよ、さらば与えられん」

「……え?」

「他者に答えを求める馬鹿ほど滑稽な奴はいないと言う話だ。知りたければ自分で探せ馬鹿が」

「なっ――――」


 最後に二人は言葉でソフィを突っぱね、改めてこの場の全員へと視線を巡らせる。

 そして仕方なさげにため息をつく。


「……獣人の集落については安心しろ。ユリウスとグローリアが向かって行った以上、落とされるという事は無いだろう」

「ユリウス……グローリア……? まさか、太古の獣人のことだろうか?」

「そうだ。面識程度はあるだろう、朱蒼竜ヴァーミリオンの末裔。だから胸を張って帰るといい。犠牲は多少出ているだろうが、大体は無事なはずだ」

「……そうか」


 その言葉に全員が胸をなでおろす。 

 自分たちだけが生きていて、守護対象である集落が落とされたのでは話にならない。

 ゼロとアインの言葉には不思議と真実味があり、だからこそ異様な安心感を持てている。

 まるで見てきたかのように・・・・・・・・・・言うのだから。


「……最後に聞かせろ」

「なんだ」


 ソフィが顔を渋めて口を開く。


「お前は、お前らは――――リースの、何なんだ」


 それを聞かれて、帰ってくるのは――――静寂。

 答えられない。という沈黙の返事。


「――――それにはもう意味が無い」

「――――我々だけが彼を知っているから」


 それだけを言い残し、ゼロとアインはその姿を消す。

 後に残された者たちは、あまりの急激な状況の変化に対応しながら自分たちの傷を確かめ合い、自分たちの帰るべき巣に向かって、ゆっくりと歩き出すのだった。

 自分の無知さと無力に、静かに打ちのめされながら。




さて今まで散々出し渋っていたEXランカーが一瞬で四人も出てきたよ。今までの切り札的なアレはなんだったのか・・・。

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