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第九十六話・『英雄二人』

学生生活が忙しくてまともに書く時間がねぇ・・・

 獣人と竜種の混成部隊が肉の津波の上空を高速で飛んでゆく。

 集落を容易く飲み込むであろうその気色の悪い敵性生物は現在、八割近くその体を消し飛ばされており活動が停止している。普通ならば追撃をかけてそのまま殲滅と行きたかったが、残念ながらそれはできない。

 理由としては潰しても後が来るという事だ。これが魔法によって作られたのならば幾らでも補充が効くため、ここで一回消したとしても再度同じことを繰り返す羽目になってしまう。消耗戦に持ち込ませれば戦力補充が無限に出来るあちらの方が断然有利。故に短期決戦に持ち込まざるを得ないのだ。

 このまま最奥部まで接近し、魔力を供給している本命を。

 名もなき竜、ネームレスを叩く。

 それがこの戦いの終結の条件である。

 俺は肉の津波が機能停止になったのを見て、即座に接近を選んだのは英断だった。もし警戒して少しでも選択が遅れていた場合、貴重なチャンスを自分から潰す羽目になったというのだから。

 そう――――今現在肉の津波は少しずつ活動を再開してきている。今こそ少し蠢くだけだが、いずれ進行を再開するであろう。そう考えれば恐らく残された時間はあまりない。進行が再開されても魔導大砲エーテルカノンの存在により少しは大丈夫だろうが、流れ弾がこちらに向かってくるという可能性も否定できないため可能な限り早く決着を付けねばならない。

 背中から炎の翼を生やして飛行し、部隊の一番前を先行している俺は少しだけ後ろを見る。

 雰囲気は悪い。何せ飛べない獣人が竜の背中に乗って移動しているからだ。かなりに在っているとは思うが、残念ながら本人たちにとってはそうではないだろう。

 やれやれと首を振りながら飛び続ける。

 一応飛べないアウローラやエレシア、スカーフェイス、ジルヴェ、ソフィなども竜形態になっているナハトの背中に乗って移動しているが、険悪な雰囲気は皆無である。あちらが可笑しいのだろうが。

 しかしいちいち気にしていてはだめだ。一応今は戦闘中、余計なことに気を使っていればその首が真っ先に落ちる。気を取り直して前を向き、少しだけペースを上げる。

 時速二百キロで十分近く移動しているため、かなりの距離を進んだはず。そろそろそれらしき影が見えてきてもおかしくないはず。

 目を凝らして周囲を探る。

 ――――見えた。


「敵将発見! 戦闘準備を――――」


 全て言い切る前に、強烈なフラッシュが見える。

 直感的に生存本能を撫でられ、憎々し気に全員へと叫ぶ。


「回避ィィィィッ!!!」


 幾条もの光線がこちらに放たれる。精度は乱雑であったが数が異常。

 その数は数百。拡散レーザーとでもいうべきか。狙いこそ大雑把であれ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとでも言いたげに大凡五百あった部隊の一割が墜落した。


「クソッ、やりたい放題かよッ!!」


 竜種を一撃で撃沈させる威力の光線を数百発規模で撃つなど一流魔導士でも不可能だろう。それを実現させられる力。『神竜ナーガ』の力。見くびっていたわけでは無いがあまりにも土台が違いすぎる。


「ソフィィィィイイイイイイイイッッ!!」

「五月蠅い叫ぶな! もうやってるよ!! ――――《原初の権能アウクストラタス・オブ・オリジン》ッッ!!」


 ナハトの背中に乗ったソフィは前方に魔法陣を展開し、そこから極大ビームを放つ。

 理想では本体へとダメージ、最低でも弾除けの牽制ぐらいにはなってほしいのだが――――現実は非情である。

 ビームは真っ直ぐネームレスの居るであろう方角に伸びていき、



 その遥か手前で障壁に軽々と弾かれる。


「なっ…………」


 ソフィの口からそんな言葉が漏れ出る。放った術者自身が絶句しているのだ、その威力を知っているものからすれば言葉も出ない光景だ。例え詠唱を省いて放ったとしても一級品の威力。街一つ余裕で滅ぼせるであろうそれをいとも簡単に弾いたのだ。何も言えまい。

 そしてそれを弾いた障壁は触れたことにより隠蔽効果が解除されたのか、その全容を見せる。

 直径十キロ以上はあるであろうドーム状の障壁が見えた。


「……マジかよ」


 そんな言葉しか言えなかった。

 前面にだけ張っているならともかく、全方位、隙も無く、あんな強力な障壁を張る? どういう魔力量すればそんなものが創れるのだろうか。しかもそれを容易く維持するなど人知を超えている。

 こんなもの見れば、普通なら絶望している凄まじさだ。

 ……普通なら。


「イリュジオン」


 左腕を軽く撫でる。今だけはこいつを全力で信頼するしかない。

 俺の意思に応え、イリュジオンが大剣状態で俺の左手から生えてきた。その黒い大剣の切っ先を、あの超級威力の魔法を弾いた障壁へと向ける。

 瞬間、刀身が展開。そこから禍々しい黒い光が漏れてくる。


「ぶち抜け――――『断罪事象・観測イベントホライズン・オー不能の終焉境界バーロードコンヴィクション』!!」


 空間を乱重力により捻じ切り、万物を原子分解するワーム・スフィアが二つに割れた刀身の間から放射状に放たれる。名状するならば黒色のビーム。しかしその性質は全く別物。触れるだけで空間ごと捻じ切られる防御力無視の攻撃だ。

 放たれた黒いビームは障壁を容易く貫通し、大穴を空ける。


「よし――――総員、突撃!!」

『ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


 絶望から希望を盛り返して士気を上げる。基本中の基本だ。

 ソフィがなんだか恨めしそうな目で見ているが無視無視。一々構っていられるか。

 俺が中に入り込み、それに続き後続部隊も穴から障壁内へと侵入する。中は、赤い大地が広がっていた。肉の津波ではなく、地面だ。よく見れば肉の津波は障壁に弾かれて仲間で入り込んできていない。

 しかし、直感が危険は去ってないとばかりに警鐘を鳴らす。

 わかっている。右目できっちり見えている。


 ――――この大地全てがあの肉の津波と同質の物だと。


 地面に擬態させているだけだと理解し、俺は即座に指示を出す。


「気を抜くな! この大地全てが『敵』だぞ!!」


 その言葉に反応し、大地が動き出す。

 不自然なまでに盛り上がり、変形して『それ』を生み出す。

 真っ赤な、血に染まったような竜を。

 流が地面の中から大量に這い出てきている様は、見ていて全身に鳥肌が立った。言うなれば、地面から一斉に数千を超える蟻が出てきたような。そんな感覚だ。しかしその蟻が雑種竜だというのが問題なのだが。

 一体が弱いとはいえ、それを数万いれば話は違う。

 肉の波では無く、竜の波。

 実に悪趣味だ。


「最悪だよ、くそ、ホント最悪――――」


 今引いたとしても、肉の津波が活動を再開する。そうなれば確実にこちらを襲ってくるだろう。生き残れる確率? 言わなくてもわかることを言う趣味は無いんだ俺は。

 退路は無い。進路は茨どころか地雷だらけの悪地。

 実に、苦難の道である。


「引くな、媚びるな、省みるな――――――――ッ!!」


 もう引けない。進むしかない。

 なら、この身が朽ち果てるまで――――自分のするべきことを果たすだけだ。


「我々に『逃走』の二文字は無く――――振り返らずに進み続けろッッ!! 今からの『死』は決して屈辱では無くッッッ!!!!!」


 そう、この先での死は恥じる物ではない。

 誇れ。ここで果てることを。

 それがせめてもの気休めなのだから。


「ただ一つ――――『大義』であるッ!!」


 イリュジオンを振りかぶる。その刀身は二つに割れており、障壁を打ち破った黒い光は先程とは比べ物にならないほどの規模へと膨らんでいた。

 保有するMPの半分以上をつぎ込んだ過去最大規模の切り札。

 その光は黒く汚れていた。全てに絶望を叩き付ける邪道の一撃だ。だが忘れてはならない。

 希望とは――――絶望の中で生まれるということを。

 右腕が膨張し、黒い巨腕――――『月蝕の右腕エクリプス・アーム』へと変化する。左腕を切り離し、二振りのイリュジオンを一つにしてその本来の性能を取り戻させ、『月蝕の右腕エクリプス・アーム』で握り直した。

 ブースト全開。

 出し惜しみ無しの全力が、今放たれた。


「――――『七つの死は熾天の籠へセブンズフォール・セラフィムゲージ』」


 黒い光が振り抜かれる。

 光は何処までも伸び、視界を埋め尽くしていた竜を抵抗を許さず絶望に飲み込む。だが止まらない。その光は空間さえ切り裂き、どんな存在をも許さない虚数空間への扉を開く。

 無数の雑種竜が吸い込まれていく。悲鳴すら上げられず、全てを無に還す空間へと飲み込まれていく。

 その一連の現象で――――数百万の雑種竜が消え去る。

 それだけではない。攻撃の余波・・に巻き込まれた雑種竜たちが徐々に苦しみ出し、その体色を真っ黒な物へと変えていく。ルキナの侵食能力だ。それにより数十万の雑種竜が支配下に加わる。

 その光景に圧倒され、味方が一切声を出さなくなる。

 だが何が起こったかをようやく理解し――――大歓声を上げる。

 新必殺技、『七つの死は熾天の籠へセブンズフォール・セラフィムゲージ』。はっきり言ってしまえばイリュジオンの出す光にルキナの能力を付与しただけの代物。しかしその威力は桁違いになっており、副産物として攻撃の余波に巻き込まれただけでその身を侵食するという凶悪な絶技。満タン状態のMPの約六割を消費するという大食いだが、その対価に見合う結果を叩き出した。

 部隊の士気はこの状況の中でならば最高クラス。

 味方は数千から数十万へ。

 上出来だ。

 しかし敵の方が圧倒的に数が多い。おおよそ数千万だろうか。本気で物量で潰しにかかってきているらしい。少しは頭を使ってほしい物だが、無理な相談か。

 ここまで単純な物量戦ではもう作戦もクソも無い。ぶつかってぶつかって勝つしかないのだ。一番苦手な戦法だ。だが、もうそれしかない。

 ならば、実行あるのみ。


「全軍…………突撃ィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」


 喉が張り裂けそうになるほど叫びながら突撃する。

 数千万と数十万が激突した。



―――――――



 フェーアはこの惨状を直視する。

 集落周辺に大量の負傷兵が助けを乞う様を。それを飲み込まんとする肉の津波を。その進行を阻もうと奮戦する獣人と竜たちを。

 死屍累々。などという言葉が甘く見える光景だった。

 肉の津波は現在、獣人たちによる格闘攻撃、竜たちの竜の息吹ドラゴンブレスによる攻撃でその進行を停滞させている。何故獣人たちがリスクの高い近接戦をしているかというと、フェーアが早々に肉の津波の性質を見抜いたからだった。

 アレは無機物相手には絶大なほどの侵食効果を発揮するが、逆に有機物、生物相手にはほとんど効果を発揮しない。いや、その中に取り込まないと消化ができないと言えばいいか。要するに触れることはできるのだ。

 しかし危険なことには変わりなく、既に手足を飲み込まれた負傷兵が大量に積み上がっている。犠牲になった者たちも少なくはない。これで最低限に抑えた結果なのだからあの肉の津波の脅威が分かるだろう。

 犠牲が少ないのは、フェーアの指揮による結果。

 彼女は二人一組による攻防一体の陣形で生存率を格段に上げていた。それも獣人と竜を組ませて、だ。獣人が格闘を仕掛け、それを迎撃しようとする肉の津波の行動を竜の援護により阻害する。それは実に効果的であり、もし獣人だけでペアを組み挑んでいたら間違いなく犠牲は倍以上に膨らんでいただろう。即座にそれを理解して指示を下したフェーアの手腕は見事と言っても過言では無かった。

 ……それでも、犠牲は生じていく。

 たった二十分耐えるだけで総戦力の二割が戦闘不能へと陥れられている。実質、後一時間耐えられればいい所だろう。


「どうすれば…………ああ、これでは」


 全滅する。

 奮戦はしている、だが勝てる要素がどこにも見当たらない。

 アレはもはや意思を持たぬ天災の類か何かなのだ。人の手で津波を食い止められるだろうか、人の手で地震を収められるだろうか、人の手で台風を掻き消せるだろうか――――無理だ。

 片手間気分で天災を引き起こす理不尽の塊でもなければアレはもはや手におえない。


「くっ――――まるで底なしの軍隊と戦っているような気分だなッ!!」

「キャキャキャッ、たまにはこういうのも悪くないのではないかのレオニードや。……まぁ、流石に儂とて、この数を護りながら戦うのはきつくてきつくてしょうがないわい」

『軽口ヲ叩クナ馬鹿ドモメ!! ――――グゥッ!!』


 獣人の英雄と謳われたレオニードさえも食い止めるので精いっぱいなのだ。負傷兵に襲い掛かる肉の津波はケールドが柔法で全てはじき返してはいる者の、それが後何十分続くかもわからない。ディザの虚無への吸い込みも既に勢いが落ち始めている。

 集落の三大戦力が全力で、ようやくこの様だ。


「放てっ! 攻撃を絶やすなァッ!!」

「クソッ、何という物量……攻撃が効いているのかすらわからんではないか!!」

「くっ、魔力が――――グアアァァアアアッ!!」

「ソルダス!! なんという、なんという事を…………!!」


 竜たちが竜の息吹ドラゴンブレスを放っているが、すでに焼け石に水。ギルティナがどうにか指揮を執り、強力な漆黒の竜の息吹ドラゴンブレスで健闘はしているが、もう絶望的な戦況。魔力が切れて脱落する物さえ現れ始めている。

 もはや前線維持さえ困難なこの状況。一個人がどうにかできるレベルの範疇は既に通り越していた。


「一体どうすれば……っ。誰か、教えてよ…………」


 フェーアはその手に握る銀の指輪を強く握りしめ、涙目で嗚咽を漏らす。

 野戦病院も真っ青の負傷兵の山。それに襲い掛かる敵はもうすぐ守りを突破してくる。

 集落の守りを貫かれれば、中に避難している治療中の者達の命はなく、戦線復帰はとうぜん、戦線維持も不可能になる。

 つまり、負ける。

 全員が必死になっていた。大切な物を護るために。

 だが目の前の理不尽はそれを容赦なく刈り取りに迫ってくる。

 その事実をどうすればいいのか。

 抗うか。

 受け入れるか。

 どちらもできない。選べない。

 しかし時間はそれを許さない。フェーアに選べと叫んでくる。


「お姉ちゃん…………っ、助けて――――」


 防壁に肉の津波の一部がたどり着く。

 それは短時間で頂上まで這い上がり、上に残っていた者たちを食らおうとその口を、目を、開いた。

 誰も一言も発せない。

 それほど短い時間で――――全てが飲み込まれるような、そう錯覚する。



「私の娘に――――手を出すなァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」



 そう絶叫しながら、レオニードが渾身の蹴りをフィーア達に迫る肉の津波を叩きいれる。

 衝撃により粉々になる肉の津波だったが――――その動きは止まらない。本体が無い以上、その末端部分を排除した所で何も変わりはしない。


「お父さん!!?」

「離れろフィーア!! ――――グォォオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???!」


 空中で身動きが取れないまま、レオニードの右腕が肉の津波から出てきた触手によって拘束される。

 同時に、侵食され始めた。生きたまま己の肉体が変質していくなど、並の痛覚ではないだろう。『獣王』と呼ばれた存在が悲鳴を上げるほどに。


「お父さん、今――――ッ!!?」


 活動を再開した肉の津波が再度フィーアを飲み込もうとする。

 フィーアは己の肉体を活性化させ、拳で風圧を放つことでどうにか食い止めるが他の獣人達はそうともいかない。数秒後には飲み込まれて消えてしまうだろう。

 それに恐怖し、フィーアは他者を庇おうとしてその手を一時でも止めてしまう。

 その判断が愚かだと知っていても。

 肉の津波はその一瞬をついてフィーアを取り込もうとする。


「――――ハァッ!!」


 顔に脂汗を滲ませながら、レオニードは己の右腕を左手で作った手刀で――――断った。

 微塵の迷いもなく、戦士にとっての命を捨てたのだ。


「剛技――――烈刃飛脚れつじんひひゃく!!!」


 想像を絶する威力の踵落としが炸裂する。

 レオニードが起こした衝撃波が周囲の肉の津波を跡形も吹き飛ばし、どうにか周りの者の命は救えた。

 ……だが、結局は一時的な物に過ぎなかった。

 戦力の要たるレオニードは右腕を失い、先程の技の反動で右足が折れている。戦線復帰は既に不可能。彼の存在で維持できていた前線も、崩壊の一途をたどるだろう。

 動きが鈍くなっていた肉の津波が開いた箇所から一気に突き進んでくる。

 防ぐ手立てもなく、全員がそれを見て絶望する。


 無駄だった。


 その事実を突きつけられて戦意を喪失する者が現れる。

 もう終わったのだ。我々は負けた。

 震えるフェーアが、膝を付いて倒れている己の父を抱きしめる。既にレオニードの意識は薄れ、倒れてもおかしくない状態であった。

 せめて最後は肉親と共に――――フェーアは確かにそう思っていた。

 だが、それでも、『生きたい』という意思はまだ捨てていなかった。

 私では、私たちではもう何もできない――――

 だから―――― 



「…………誰か、助けてっ…………………みんなを、守ってよぉ…………!!!」



 惨めにも、彼女は涙を流しながら他者に救いを求めた。

 その願望を聞き届ける者が居るはずもなく、そしてそんな願いを意思を持たない天災が聞き入れるはずもなく、肉の津波が防壁を覆い尽くす。

 全員が、死ぬ。




 そうなるだろう。

 何もなければ。

 全てを根本から覆す理不尽と不条理を体現した化け物が現れなければ。



 ――――肉の津波が一瞬で粉々へ変わった。



 轟音。そんな言葉が生易しいほどの衝撃波と爆音と共に、一条の光がフェーア達を襲おうとした肉の津波をまとめて吹き飛ばす。

 全員が茫然とし、言葉を発さなかった。


 ――――そんな暴力の極みを行い、砂漠に突き刺さった得物は一本の槍であった。


 血の様に赤く、そこかしこに鏃が生えている異形の槍。

 存在するだけで全ての生命を貫きそうな禍々しい覇気を放つ魔槍の上に、一つの影が乗っていた。

 猛獣の毛が一部分に生えている獣人特有の腕と足。

 細いはずなのにその四肢は鍛え抜かれたような気質を放ち、恐らくレオニードでも敵わないだろうという結論が全ての者に叩き付けられる。

 見た目は、十七程度の少年であった。手入れがあまり行き届いていないであろうボサボサの黒く長い髪に狼の耳を生やした獣人。その程度であるのに、その姿は見るもの全てが圧倒される。



「……おーお。久しぶりに故郷に戻って見りゃ大波乱だ。全く、何処の馬鹿がやらかしたんだか」



 少年は軽い口調でいうと乗っていた槍から降りて、その槍を砂から引き抜く。

 その隙だらけの少年に、肉の津波が容赦なく襲い掛かる。

 ――――だが少年はそれを見ることなく、裏拳だけ・・・・でそれを木っ端みじんにする。

 本人にしてみれば飛んできた羽虫を叩いた程度だろう。

 しかしその破壊力は常識の範疇に治まる者では無い。

 例えるならば、あの少年は、向かってくる津波に裏拳一発で果てない風穴を作り出したのだ。

 誰がその光景を素直に受け入れるだろうか。


「おいおいおい。折角帰ったのに祝いの言葉もなしかテメェら?




 始祖獣人セリアンスロープ、ユリウス・アルシリャファミリア様の御帰りだぞ? ――――もっと喜んで裸踊りくらいはしろよな?」




 この世の理不尽の象徴。

 世界の理を凌駕せし化け物。

 EXランクという最高の名誉であり、怪物という烙印を押された十一人の化物の一人がここに参上した。

 希望と言う役目を背負って。

 しかしそれは一人だけが背負っていた物では無かった。

 ユリウスの背後に白い狐の耳と尻尾を持つ中性的な男子が現れる。空間移動の類なのだろうか、何もない場所から急に現れたのだ。


「ユリウス、少々早いですよ」

「黙れグローリア。久しぶりに暴れられるんだ、テメェに止めてもらう筋合いなんざねぇよ」

「そうですか。まぁ、私も好きにさせてもらいますが」


 グローリアと呼ばれた者が軽く手を振る。

 それを合図に――――砂の中から無数の半透明の獣たちが現れる。数千、数万、否、数億以上であろう獣たちは目の前にある血肉を貪り食わんと津波に用に襲い掛かる。

 敵ではない獣人や竜たちをすり抜けて・・・・・、獣の津波は肉の津波とぶつかる。


「アァッ!? テメェ、グローリアッ! 俺の得物に手ェ出しやがったな!!」

「さっさと済ませますよユリウス。遊んでいる暇は無いと思いなさい」

「ちっ、わーったよ。さっさと終わらしゃいいんだろ?」


 悪態をついたユリウスは、手に握った赤い槍を握り、振りかぶる。

 そんな単調な動作だけで全ての者に生命の危機を伝える彼は、いわば歩く天災。自由奔放に現れては気ままに気に入らない全てを狩り尽くす本物の『災い』。

 全てをひっくり返す理不尽が放つ一撃は、何もかもを殺戮する。


「貫けェッ、殺せェッ、貪り食えェェェエッ…………!! 『穿つはゲイ――――――――」


 破壊を体現する赤き魔槍が、自らの獲物を食らいつくさんと震え木霊する。

 意思を持たないはずの肉の津波が、本能のまま引いて行こうとするほどの威圧と畏怖。

 放たれる恐怖の根源は全てを破壊する超絶の魔技。



「――――――魔獣の牙槍ボルグ』ゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウッッッッ!!!!!!!!!」



 初速で超音速を越え、僅か一秒で亜光速に達した魔槍は触れた物を原子分解する兵器へと変貌する。

 全てを貫き全てを滅ぼし全てを食らいつくす、神さえも殺せるであろう槍は突き進む。

 その道の先にある物すべてを消し去りながら。

 大量の砂が硝子へと代わり、余波で大量の砂塵が巻き起こり、空間が回転だけで捻じ切られ、その衝撃波で周囲にあった全てを巻き込んでいく。

 天変地異。

 その言葉が良く似合う一撃であった。

 しかしそんな物の近くに居た者たちが平気なはずが無い。普通ならば巻き込まれて数百人単位で死人が出ている。――――だが死んだ者はいなかった。

 むしろ負傷兵たちや戦っている者たちの傷が一瞬で癒え、その周囲を半透明の障壁が守っているほどであった。

 グローリアの仕業なのだろう。彼は屈託のない笑顔で彼らを見やり、破壊の限りを尽くされた砂漠だったものを見渡して呟く。


ゼロ・・アイン・・・は上手くやっているでしょうか」

「俺らと一緒のEXランカーだ。こんなちんけな騒動の主犯なんかに殺されはせんだろうよ」

「そうですね。私たち向かいましょうか?」

「要らん世話だろ。俺はまだまだ暴れるぜ。お前は怪我人の治療でもしておけ。……あー、堕天使共との死闘が恋しい」

「変わりませんねあなたは」


 獣人の集落を襲う危機は去ったと言っても良い。

 理不尽なことに、世界最強クラスが二人も颯爽と見参したのだ。相手にしてみれば、無双していたのにいきなりバグの塊のような奴が二人もやってきて一方的に殺されたような物だろう。

 だが、味方にとっては幸運という他なかった。

 救えないはずの全てを救い、覆せないはずの全てを覆したのだ。

 まさしく『英雄』としか言えないだろう。

 数秒後に、歓声が巻き起こった。生き残ったことを素直に喜び、その喜びを分かち合う。

 まだ決着はついていないが、それでも彼らは涙を流して歓喜した。

 生きていることに。

 ――――敵にとっての・・・・・・理不尽はまだまだ・・・・・・・・やってくるが・・・・・・


「さぁて、久々に暴れてみるとしましょうかぁ?」


 ユリウスが軽く地を蹴って跳ねると、一瞬で数百メートルの距離が無かったかのように縮まる。

 辛うじて息の追っていた肉の津波の残骸は悲鳴を上げる様に逃げ出そうとして――――何時の間にか彼の手に戻ってきていた魔槍が振るわれた衝撃の『余波』で粉みじんと化した。

 だがいくら叩いても湧いて出て来る。

 幾らでも暴れられるとユリウスは心の底から歓喜する。


「ハッハーッ!! 逃げろ逃げろ! 逃げ場は何処にもないけどなぁ!? ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」


 狂ったように暴れるその様は一言で言うなれば狂戦士バーサーカー。これではまるで蟻の大軍を蹴散らす竜のような一方的な戦い。そこに一切の慈悲などない。ユリウスはただ殺す。ただ潰す。ただ蹴散らす。彼に『手加減』という文字は存在しない。

 その雄姿を目に入れた獣人や竜種たちの眼に消えた光が戻ってくる。

 勝てる――――一方的に蹂躙され、負け戦だと断じていた戦いに勝機の二文字が見えたのだ。

 もう戦える状態にまで回復した者達は一気に押していく。

 今までのツケを返すがごとく。


「押せ! 押し返せ!!」

「今まで散々コケにしやがってくれたな! 借りはきっちり返してやるよ!」

「あっははははははは! 死ね死ね死ね死ね! 死ねぇぇぇえええええッッ!!!」


 その光景を、フェーアは未だに我を失ったまま眺めている。

 こんな都合のよい展開、在る訳がない。

 しかし現実であってほしい。

 その二つの感情が混ざり合い、自分でも訳が分からなくなっているのかもしれない。


『……マルデ童話ダナ』

「ディザ、さん」

「そうじゃな。まさか数百年前に出て行った獣人の大英雄が、今帰って来たのだから。まるでよくできた英雄譚じゃな」

「ケールドさんも」


 全身をボロボロにした獣人の賢者二人が、フェーアの近くに座り込んで苦笑気味に呟く。

 それをきっかけに、膝を付いていたレオニードもついに倒れてしまう。


「お、お父さん……!?」

「安心せい。過労で気絶しただけじゃ。……しかしまぁ、娘のために片腕を差し出すとは、剛毅な奴じゃな」

「私の、ために? どうして、私は――――」


 自分は混血であり、忌み嫌われるべき存在。

 今こそその思想は結城たちの努力で払拭されていってはいるが、それでもフェーアは父が自分のために己の大事な物を差し出したなどと言う話はとても信じられなかったのだ。


「愛しておるよ。汝も、その姉も」

「嘘……嘘よ、ならどうして」

「…………幻の存在として、一国をも滅ぼせる化け物になる可能性を秘めた獣人が居った。

 …………混血と忌み嫌われながらも、その身に卓越した能力を持ち、妬まれた者が居った。

 父親としても、集落の長としても――――この馬鹿は大層不器用でな。

 必死で考えて、必死で悩み続け、出した答えが『自分を憎ませる』という馬鹿な答えじゃよ。

 運が悪いの、不器用な親を持った者は」


 その事実に、フェーアは絶句する。

 何だそれは。ふざけているのか。もしフェーアに理性という歯止めが無かったのならば、きっとそう叫んでいただろう。


「…………私は、どうすればいいのでしょうか」

『ソレハ、自分デ考エル事ダ』

「何をしたいのか、何を成したいのか――――それは儂らが教えることではないぞ、フェーアよ」


 憔悴しきったフェーアは、まだ日に昇らない夜空を見上げる。

 代わらない夜空を見て、思わず微笑してしまったフェーアは、自分の体に一気に疲れがたまっていくのを感じる。あまりの興奮状態で、我が身の疲れも忘れ去ってしまったのだろう。

 そして――――そのまま横に倒れた。

 深い眠りに入るため。




余りに都合の良い展開だと自分でも思うんだけど、こうでもしないと事態が変えられないと言う相手の物量の方がよっぽど理不尽だよねといった考えでEXランクの二人をぶち込んだ結果、この様だよ。(´・ω・`)



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