第九十四話・『二者は手を握る』
最近どうも筆が進まないです。
「嘘だろ…………なんだ、こりゃ?」
記憶が確かならば――――昨日まで獣人達の集まり住む大集落は見渡せば砂漠の広がる、少なくとも防衛処置が一切施されていない街であったはずだ。なのになんだこの光景は。
砂漠は見渡す限り見えはせず、代わりに五メートルほどの高さの防壁が見える。材質は見る限り、鋼に硬度向上と魔法耐性を付与させた一品。成程いい選択だ。これならば強度も申し分ないし、多少魔法を撃たれても大丈夫だろう。
しかし問題は、誰が何時、どうやって鋼を確保して、こんな物を造ったかだ。
俺が寝込んでまだ一日程度しか経過していないはずなのに一体どうやったらこんな速度で――――?
「ようやく起きたか、リース」
「……ソフィか?」
振り返ると、相変わらず生意気な顔のソフィが馬鹿を見るような目で見ていた。
普段ならイラッと来ていただろうが、ざんねんながら馬鹿と思われても仕方ないぐらいの事を行員に行ってしまったので反論はできない。
「この防壁は一体……」
「俺が作った。材料はたんまりあったからな、そこまで苦労もしなかったよ」
「何処にそんな――――ってまさか、砂鉄か!?」
「ご名答」
確かに個々は砂漠地帯。元々豊かな土地が風化した南極大陸ならば砂鉄など腐るほどあるだろう。ソレコソ、巨大な街一つを囲むほどの防壁を作れるぐらいには。
しかしどんな魔法を使えばこんな無茶苦茶な芸当を可能にしたんだ。
「俺の魔法なら磁力操作程度どうってことない。加工技術自体は獣人達も持っていたからな。炭素なら枯草が大量にあったから、不完全燃焼させて大量に作ったから問題なかった。ウィンクレイに頭下げたのは癪だが、まぁ結果的には万々歳だ。大量の鋼鉄が作れたよ」
「ソフィ、お前」
「勘違いするなよ。予め言っておくがツンデレとかじゃないからな。俺が単純にここの人たちと触れ合って、その思想を受け入れて、俺個人が判断して行った行動だ。お前を助けたいなんて馬鹿な考えで動いたわけじゃないからな」
そこら辺は理解している。こいつが俺のために行動するなど死んでもあり得ないだろう。勿論俺も同様だ。協力関係こそ結んでいるが、気に入らない場合即刻破棄できる関係。一方的な好意で動かれたなんて言われたら気持ち悪くて仕方がない。
「……そんな知識があるって事は、前聞いた質問には答えてくれるのか? それともその上で黙秘か?」
「そうだよ。……俺は前世の知識を持っている。だがそれだけだ。俺とお前の関係は、依然変わりはしないだろ。違うか?」
「大正解だ。じゃあとっとと対策始めるぞ。今からする発言はこの集落に居る数千人以上の命を背負っての言葉だ。私怨は慎んでほしい」
「知ってるよ」
それでもソフィは渋々と言った様子である。どんだけ俺のこと嫌いなんだか。……ぶっちゃけ俺も同じぐらい大嫌いだが。メリットがあるなら今すぐ蹴り殺してもいいぐらい。恐らく相手方も同じような考えだろうということは想像に難くない。
まず防壁が完成したとなると予定通りに計画が進みそうだ。ならば俺がソフィに頼むのはその膨大な魔力を生かした作業。
俺は『封物の書』から大量の蒼い結晶を取り出し、地面に積み重ねた。
ソフィは「なんだこれ」と呟きながらそれを手に取る。
「RMクリスタルの劣化品だ」
「RM……前に聞いたことあったな。確か、有機物を魔力に還元する結晶だったか」
「そうだ。そのクリスタルを大幅に劣化させて、魔力の吸収と放出だけに用度を限定したものだ。勿論エーテルも吸うぞ。内部で魔力変換して魔力を貯蔵している」
「貯蔵できる魔力は」
「ざっと一億。そこに転がっているもの全て同じ規格だから、二十個用意して二十億MP分溜められる。だが、このあたりはエーテルが薄すぎるんでな。自然供給は無理だと判断した。それで」
「俺にやれ、と」
「俺の心眼スキルが間違っていなければ、お前じゃなくてお前の持つ魔導書。アレ、三千億MP保有していたぞ。なら余裕だ」
ソフィ自身のMPは未だ『スゴイ』程度だ。いずれ化け物と呼んでも差し支えないほどになるだろうが、所詮は卵から生まれたばかりのヒヨコ。しかしそのヒヨコが持つタンクが洒落にならない。魔力がそのヒヨコにしか運用できないのなら本人に頼むしかないだろう。
まぁ、幾らアホみたいにデカいダムを持っていようが、蛇口が貧相じゃ時間がかかるだろうが。
「明日まで全部満タンにしろ。そいつで新兵器を作成する」
「できるのか?」
「するんだよ。明日までだからな。忘れるなよ」
「わかったよ。……それより隣の女、誰だ? 見たことも無いが」
「あ? …………ああ、こいつね」
先程から言葉を喋らず、ソフィをほーっと見つめているナハト。
その目は微かながら殺意がこもっており、しかし俺たち二人から視線を向けられると直ぐにその感情は霧散した。
「あ、ナハトです。よろしくー」
「よ、よろしく…………お願いします?」
偽装とはいえかなり無理しているような口調であった。慣れないなら普段通りにやればいいものを。
「で、こいつ、誰だ?」
「俺の愛人」
「………………………」
「冗談だ」
ソフィが俺を見る目が尋常じゃなく冷たくなった。なぜこうも俺の冗談は滑りまくっているのだろう。もう少し空気を読んで発言すべきだろうか。
まぁ、こいつ相手なら別にどうだっていいのだが。
「俺の中に入れていた悪竜の魂が入った器だ。見た目はこいつの趣味らしいから俺に聞くな」
「へぇー、いい趣味してるな」
「…………ちっ」
なんでだろうか。こいつと好みが一致するとか非常に腹立たしいのだが。
「……じゃあ、本当にやる気なんだな。後悔しないんだよな」
「とっくにしてるよ、数えきれないぐらい。今更一回後悔しても、もう百回後悔しているからそう変わんねぇだろ」
「減らず口だけは達者だな、糞め」
「罵倒だけは一級品だよ、餓鬼め」
いつも通りの罵り合いを経て、俺たちはその場で別れた。ナハトには集落周囲の散策を頼み、動揺に別行動をとる。因みにこの散策は竜種の動きを確かめる物では無く――――周囲に生息するモンスターを調べてもらうためにだ。
とにかく俺は早々に前までRMクリスタルの生産を取り行っていた施設に向かう。そこならばディザもいる可能性が高いし、何よりやってもらいたい物がある。今のところ製鉄技術はあそこでしか取り扱っていないからな。
施設に足を踏み入れると、花火に飛び散る光景や甲高い衝撃音が聞こえる。付近には大量の鉄板が積み重ねられており、恐らく防壁の補強にでも使うのだろう。これは好都合だ。
「ディザさん、居るか!」
『――――ドウシタ、リース』
「っと、後ろに居たか」
予想外にも施設の外に居た。片手には金属臭のする巨大な麻袋がいくつもあり、恐らく砂鉄を運び込んでいたのだろう。
『ヨウヤク目覚メタカ。待チ草臥レタゾ』
「すまん、遅くなった。けど急いでやってもらいたいことがある」
『フム……了解シタ』
ディザの号令で一度作業をしていた獣人達の手を止めてもらい、一か所に集めさせる。
俺はかなり大きめの羊皮紙を取り出し、魔力でこの場で設計図を浮かびださせていく。すでに脳内で設計図自体は完成させているので、その図を写すだけ。特に苦労はしなかった。
そして出来上がった設計図を地面に広げ、獣人達にそれを囲ませて全員が見れるようにした。
「な、何だこれ?」
「見たことない装置だな……」
「魔法の杖でも作るのか…………?」
それぞれからはやはり疑問が多かった。
そりゃ現在どの国も開発できていない新兵器だ。例え中央の奴らに見せても似たような反応が返ってくるだろう。
『リース、コレハ一体……』
「……大型の魔導銃。名付けるなら――――魔導大砲、かな」
『エーテル、カノン』
感慨深そうにディザが呟く。
しかし獣人達からしてみれば未知の兵器。役に立つかもわからない物を時間をかけてまで作って良い物か、と思っているだろう。なので推定だが、スペックをとりあえず伝えておく。
「そいつは一発につき五億MPを二十秒間持続照射する兵器だ。破壊力は丘程度なら綺麗サッパリ吹っ飛ばせるステキ仕様。原理は単純で、魔力を粒子として放出させて相手にぶつけるだけ。魔法じゃないから純粋な物理耐性じゃないと防げないため、相手の防御手段を限定させているからまぁまぁ効果的。パーツもぶっちゃけ魔力加速器と魔力貯蔵器があれば事足りるから、砲身は精度向上用のものだと思えばいい。後のパーツは武器自体の強度確保。一個作るのにかかる時間はここにいる全員でやって三時間程度だから、頑張れば一日で七個作れる。何か質問は?」
そうやってペラペラと言葉を並べてみるが、獣人たちはあまり理解できなかったらしい。しかし凄まじいということだけは伝わったのか、若干のどよめきは広がっていた。
俺が最後に何か疑問点はないかと聞いてみると、案の定一人の男が手を挙げる。
「ほ、本当に作れるのか? 俺たちなんかに?」
妥当な質問だろう。
人間であろうとこれを作れるやつはいない。加工に関しては完全に手探り状態になってしまうだろう。そこを補佐するのが俺の役目なのだが。
当然、そんなもの自分たちで作れるのかどうか不安になるはずだ。
要するに怖いのだ、失敗が。それは当然のことだし攻めるつもりも毛頭ない。
それについての対抗策はただ一つ。
とりあえず励ませ。
「大丈夫だ、お前たちならできる」
「そ、そんな無責任な」
「無責任なんかじゃないさ」
えーと、いろいろあるがとりあえず適当でいいか。言いくるめなぞ、元の世界でさんざんやってきた。詐欺師相手で言いくるめを成功させた俺なのだ、こいつら程度ならばたぶん、たぶん問題ない。
「何せ俺が認めた技術者たちだ。できない道理はない」
何適当言っているんだか。まるで詐欺師だ。俺のことだがな。
「で、でも」
「失敗を恐れているのか? 失敗して、予定が破たんして、獣人たちが大勢死ぬのが」
「うっ……………」
そこで発動する図星突き。相手を動揺させるならこれ以上のものはない。
さぁこれで心の隙はぽっかりできた。
後は厳しく優しい言葉のヴェールで包み込むだけで万事OK。
「だがな、失敗を恐れていちゃ前には進めない。何もできない。確かに今俺たちはすべての獣人の命を背負っているといっても過言ではない。何せ今から俺たちが手にかけるのが作戦の中核だからな。責任は重大だ。……だからこそ、俺たちは引くわけにはいかない! 俺たちしかやれないことだ! やらないで死ぬならやって死ね! 違うか!?」
獣人たちが息をのむ。俺の熱演を見て何かが刺激されたのだろうか。
「立ち上がれ、足を動かせ、腕を振れ! お前たちの体は飾りか! お前たちの魂が本物ならば、職人魂見せてみろ!! 口にしろ、俺たちはできると! さぁっ!」
もうどうにでもなれといった感じで言葉巧みに感情を扇動していく。
うん、悪徳商人の才能があるな、俺。
「で、できる。俺たちはできる……」
「そうだ、俺たちがやるんだ。やらなければいけない!」
「ええ、やりましょう皆! 未来を創るのよ!」
ああ、本当に成功しちゃったよ。兵隊の士気が上がるようなものだし、悪い気はしないけどさ。
しかしちょっぴり罪悪感が芽生えてくる。これで失敗したら目も当てられないような精神状態に叩き落されるな。
「そうだ――――『族長』の言う通り、俺たちにしかできないんならやるしかない!」
「……………は?」
「それじゃあ今すぐ作業に取り掛かりましょう! 気合入れなさいよ男共!」
「ちょ」
今なんつった。
困惑の視線でディザを見るが、顔を抑えて小さく笑っているだけだ。
おいまさか、いやまさか――――
「……なぁ、『族長』って俺の事か?」
「え? そりゃ当然だろ」
「いつ決まった……?」
「そりゃレオニードさんを倒したんだろ? 集落の掟で『族長を倒したものは次の族長になる』って決まりがあるんだけど……まさか知らないのか?」
顎を落とす。
知らない。何だそれは、聞いていないぞ。
「少年」
「……メルシーさん」
犬耳合法ロリっ子、犬人でありこの施設の責任者であるメルシー・バーグさんは優しく俺の肩を叩き、少しだけ励ましてくれた。
「後悔先に立たずっていうだろ? 受け入れちゃいなよ」
「できたら苦労しませんよっ………!」
うなだれる様に俺はその場で四つん這いになり、嘆きの言葉を呟いた。
――――――
そんなこんなあって、技術指導に一時間ほど使用して俺は施設から出た。
たった一時間で大体の事は伝えたつもりだ。飲み込みも良いし、あれならば一日で十丁作れてもおかしくないだろう。実に良い。獣人の技術を舐めていたが、これならば中央で修練すればかなり上達するだろう。
そう考えれば俺がパスになって中央と話を付けることもアリだろうか。一応S級探索者という立場なので、それなりの権限はある筈だろう。駄目ならエヴァンに取り持ってみるだけだ。
何せこの南極大陸、地下資源にかなり恵まれている。精錬技術も硝子の加工技術があるからだろうか、かなり良い。あれならば高純度の硝子を量産することも可能だろう。
そう考えると、南極大陸の復興も案外できるのではないかと思えてくる。こんな砂漠しかないような土地だが、大量の遺跡や資源が存在する場所。石油が使われていないこの世界ならば、そう言った燃料も大量に眠っているだろう。つまり化石燃料を利用する代物を普及させれば、本当に開拓や復興が――――
「うわっ!」
「あ、ごめん」
そんな長いことを考えながら歩いていたせいか、獣人の子供とぶつかってしまう。
幸い頃ではいなかったので傷は無いが、こちらの不手際だ。素直に謝ろう――――とした直前に子供たちが騒ぎ出してしまった。
「おお! 新しい族長だ!」
「ホント!? すごーい! 本当に人間さんなんだぁ」
「人間て弱いって思ってたけど、族長みたいにつよいやつもいるんだなー! 憧れるなぁ~」
「あ、あははは…………」
こういわれると何とも言えない気分になる。
いや、羨望の眼差しが嫌ってわけでは無いよ。単に子供たちの笑顔がまぶしいだけです。
自分の手違いでこの子たちが死んでしまうかもしれないと考えると一気に気分が悪くなる。やっぱりさっさとトンズラしたほうがよかったんじゃないかな。なんてバカなことが脳裏を過った。
すぐにその考えを振り払い、気を間際らせるためにじゃれついてくる子供たちの頭をグシャグシャと撫でまわした。
「うわぁ! 目が回る~!」
「えへへ……あったかいなー」
「えっと……ほら、俺は忙しいから、あっちで遊んできなさい。あとで遊んであげるから」
「本当に? じゃあ後で遊ぼうぜー! またなー!」
……ああ、胃が痛い。帰りたい。
「人気者だな、リース」
何てことしていると、隣に蒼い鱗が肌についている大男が来た。ベルジェだ。
子供たちに夢中で気がづかなかったらしい。
「ベルジェ、他の皆は」
「エレシアとアウローラは配給所で配膳の手伝いを、ルージュとソフィとウィンクレイは防壁周辺に結界を張りに、リザは魔法で獣人達に給水を、ジルヴェは周辺警戒を。…………私は、このように出来ることが無くてな。いや、どちらかというと厄介者扱いされているが故」
「なるほどな」
何を言おうが、今ベルジェは竜人。敵になる者たちの血を持つ者。名目上の捕虜的な立場だ。会話が出来ても友好関係を結ぶのはかなりの至難だろう。それがストレスの原因になるかはわからないが、ベルジェとしてはかなり心苦しいだろう。
何とかしてはやりたいものだが、はっきり言って無理だ。竜種との戦争間近なのにいきなり敵国の奴らに対して友好的に接しろなど言えるわけがない。余計な混乱を招くだけだ。
状況が状況だが、申し訳ない気持ちになる。
「……ここを出て行く方がいいんじゃないか?」
しかしここを出て別の場所に行くというのも解決策の一つだ。
そもそも彼は竜人であり、明確にはこの戦争には無関係な立場にある。行ってしまえばこちらが無理やり付き合わせているような物なのだ実質被害者。無理に戦争に突っ込むわけにもいくまい。
「いや、竜人と言えど厳密には我らの家族の失態。少しでも助力させてもらいたいのだよ」
「そうか。お前がいいならいいが、辛いならちゃんと言えよ。無理をさせているのはこっちなんだから」
「その心遣い、感謝する」
様子を見るに、まだまだ余裕はありそうだ。
そうやって適当に談笑していると――――微かに異質な気配を感じた。
それはベルジェも同様らしく、顔が少しだけ強張っている。
【――――結果、出ました。集落付近に竜種の群集が接近中】
「数は」
【約二千です】
「…………竜種の部隊? いや早すぎる。おい、そいつらの状態は」
【ほとんどの者が手負いの様子。戦争のための部隊としては過度な疲弊状態です。恐らく――――】
「逃げてきた奴らか」
サポートシステムと考察し、最も確実な結論に到達。
どうやら竜種の先制攻撃ではないようだと、とりあえず一安心する。しかし気は抜けない。どうしてそいつらがここにきたのか、それを知らなければ何も始まらない。
ベルジェと共に竜種たちが近づいてくる方角の防壁に行き、その頂上部分にある巡回用の道に跳躍して昇る。周辺を警戒していた獣人たちも竜種たちの存在に気付いており、かなり動揺した様子であった。
「ぞ、族長! これは一体」
「手負いの竜種たちだ。敵対する様子はない、と思う。とりあえず、俺が話をしてくる。万が一のために迎撃準備はしておけ。それとレオニード、ケールド、ディザにこのことを至急連絡。いいな」
「しかし――――」
近くの獣人にそう伝え、抗議は無視して防壁を乗り越える。
警戒心は解かずに竜種たちの近くまでゆっくり近づいて行く。一応自衛のために左手にイリュジオンを片手剣状態にして待機。
やがてその距離が二十メートルほどになると、先頭に居た紫の鱗を纏っている人型形態の竜種が背負っていた蒼い人型形態の竜種を近くの者に預けて出て来る。
「……何故、人間がここに居る」
まぁ、妥当な質問だ。普通こんな場所に居ないからな。
「俺はリースフェルトという。この集落の、族長になってしまった者だ」
不本意ながらね。
そう告げると紫の竜種は目を丸くし、不穏な気配を漂わせる。
信じられない、といった様子だ。
当り前か。
「……ならばその族長に頼みごとがある」
「できる範囲でならば聞こうか」
「ここにいる負傷兵の治療を依頼したい。できれば安静に出来る場所の手配も」
「……………ふむ」
流石にこれは俺一人で決めるべき案件ではない。
こいつ等は要するに治療と安静に出来る場所を求めているのだ。要するに集落に入れてくれと言っているような物だ。当然簡単に聞き入れるわけにはいかない。中で騒ぎなど起こされた日には即刻集落は落とされる。かと言って断ればこいつ等は死に物狂いで攻撃してくるだろう。どちらにせよリスクは半端な者ではない。
面倒だな、全く。
此処で全員纏めて消滅させるという手もあるが――――残念ながらそれは勧められない。
何せ情報が全く出てきていない。
何故こいつ等がこんなことになっているのか。竜種の大部隊をここまで追い詰めるなど、半端な脅威ではない。せめてその情報が得られれば良いのだが。
治療は、どうするか。ポーションは少ない。かと言って魔法は大掛かりな回復魔法が使える奴が少ない。だから戦争までに取っておきたいが……その前に壊滅すれば意味はない。ソフィに頼むか? しかし時間の浪費を考えると難しい問題だ。一瞬で回復できるならともかく、まだ未確定な以上下手にあいつを動かすわけにはいかない。
しかし………それでも情報は欲しい。
なら場所はどうする。集落内に受け入れるなど論外だ。確実に獣人達が反発する。手当てだけでも妥協しまくっているっていうのにそんな大問題簡単に片が付くわけがない。じゃあここで治療するか? だが不満ができる以上後から謀反されても困る。確実に恩を売っておきたい。
ああ本当に面倒くさい。仕方ない、妥協に妥協を重ねてやるしかない。
「リース」
「……ベルジェ?」
颯爽と現れたベルジェが深々と頭を下げてきた。
……成程、知り合いか。
「私からも頼む。彼らに安寧の場を」
「わかってるよ。見捨てないし、やってはみる。――――というわけだ、用意はする」
「感謝する」
紫の竜種は同じく頭を下げた。
そしてその視線が、ベルジェの方へと行くのが見える。やっぱり顔見知りらしい。
「……ベルジェ殿、まさかここに居たとは」
「久しぶりと言えば宜しいだろうか、ギルティナ。……積もる話はあるだろうが、後にしよう」
「わかっている」
ベルジェとギルティナと呼ばれた者はそこで会話を切り、俺に視線を向ける。
わかってる。わかってますよやりゃいいんでしょやれば。
とりあえず俺はソフィの呼出と大勢の獣人達に簡易テントを大量に持ってくるように呼びかけた。
――――――
疲れた。割と本当に。
何せ夜まで獣人達の説得や試製魔導大砲の試運転、並びに大量の簡易テントの設立と重体の竜種たちの治療までやる羽目になったのだ。おかげで回復していた体はもうボロボロだ。身体的には既に包帯を取っても構わないみたいだが、そんな暇ない。
今もまた紫の竜種、ギルティナと呼ばれた者への事情聴取に取り掛かるのだが。
もう休みたい気は満々だが、そういうわけにはいかない。智謀であるケールドとディザはそれぞれの作業で忙しい。レオニードが事情聴取などできるはずもなく、こうして俺が動いているわけだ。因みにケールドは対竜種戦術を獣人の戦闘部隊に仕込む作業、ディザは俺の依頼で魔力加速器の生成作業だ。どちらも欠かせない以上手を抜かせるわけにはいかないだろう。
そんなこんなで俺はギルティナが待機している簡易テントの中に入る。
寝ている竜種の世話をしていたギルティナは俺が現れたことでかなり驚いている様子であったが、直ぐに俺の目的を察すると近くにある椅子を自分の前に置いてくれる。中々察しの良い奴だ。
「さて、俺が来た目的は言わなくてもわかるな」
「当然だ。しかし、随分腰の軽い族長だな。配下の者を動かそうとはしないのか?」
「生憎、昨日族長になったばかりでね。それと自分で見聞きした方が確実だ。変に情報がこじれなくて済む」
「成程、了解した。ならば話そう。どうして我らがこんなことになってしまったかを」
割と素直に話してくれた。要求を聞きいれたことで口を軽くさせることに成功したらしい。
こちらとしてもかなり助かった。変に心理戦繰り広げるわけにはいかないからな。
「……我らは『アリア』に反逆し、女王でるセリアレジスタール様の奪還を試みた」
「そして失敗したと。……前振りはいい、結論を言ってくれ」
「――――結果、敵対者であるネームレスがセリア様を取り込み、『神竜』の力を使われ大部隊が重傷を負ってしまった。女王の奪還は失敗。ネームレスも逃し……いや、こちらが見逃される形で終わった」
「……………………おい、待て、取り込まれた? セリアが?」
感情を制しきれず、思わず身を乗り出してギルティナの肩を掴む。
そして自分の行いにハッと気づ生き、俺は気まずそうに自分の椅子に戻った。
今は落ち着こう。落ち着いて事情おきくべきだと自分に言い聞かせながら、話を進める。
「私は四つある竜種の部族の長であった。戦闘能力は自分で言うのも気が引けるが、高いと言えるだろう。しかし四つある部族の中では最弱と言って良い。……そう、私より優れた族長三体が一瞬にして蹴散らされた」
「今はそれぞれどんな状態だ」
「『蒼い双竜』の長であるベリエスと『臥竜の民』の長であるレームは全身の大火傷を負ってしまい、回復した今でも意識不明の状態。『蒼炎の賢者』の長出るファルスはヒュドラの毒を受け、死こそ避けられているが」
「ヒュドラの毒……?」
「そう、不治の毒と呼ばれる猛毒だ。故にファルスには眠ってもらっている。解毒の魔法を定期的に使用することでどうにかしてはいるのだが……」
「根本的な解決にはならない、か…………。回復した竜でこちらの戦力に回せるのは」
「戦力に、回す? 一体何を――――」
「話を聞く限り、恐らくネームレスはお前たちごと俺たちを潰しにかかる。……言わなくてもわかるだろ」
俺がギルティナに言ったのは此処で同盟を組もうという算段だ。
彼らが回復した所でネームレスに撃退させるのは目に見えているし、逃亡の手助けをするつもりもさせるつもりもない。そしてこちらも戦力が怪しいところだ。少しでも戦力を増強できるならばそれに越したことはない。
そして竜種でその決定権を持っているのは今はギルティナのみ。他の長が全員意識不明の状態ならば彼しか決める者はいなくなる。つまり責任重大。それを理解しギルティナの表情が重くなる。
よしよし上手く誘導できた。
後は甘言で誘うだけだ。
「もし同盟を受け入れてくれるならば今後の身の安全の保障と食糧の提供を約束しよう。当然負傷時にはしっかり治療もする」
「いや、しかし」
「今は手を組むべきだ。共通の敵が居る以上、確実に始末するためにな」
「わ、私一人が決めるべきことでは――――」
粘ってくる。しかし想定済みだ。
むしろ獣人達がチョロ過ぎるのだ。味気が無い。
「ならば治療は此処で打ち止め。場所も即座に撤去して今すぐここを離れてもらう。当然敵対種族同士だから背中を刺されても文句は言えないよなぁ?」
挑発気味に脅す。
硬貨は抜群の様で、ギルティナが口ごもる。回復しているといえど精神的に疲弊している以上獣人達との戦闘は甘い物ではないだろう。むしろレオニードやケールド、ディザが居る以上こっちが優位と言っても過言ではない。
ならどうするか。
誇りを取るか。
安全を取るか。
「今すぐ決めてもらうぞギルティナさん。こっちも余裕があるわけじゃないんだ。妥協に妥協して今の要求をしたんだ。そっちは戦力と労働力として働いてもらう、こっちは食料と水と場所を提供する。ウィンウィンな関係だ。遠慮することはない。大丈夫だ。だから、組もうじゃないか。同盟を」
「う、ううっ………………」
さぁ、決めろ。ハリー、ハリーハリーハリーハリー! ハァァァリィィィィィイイイイイイ!!
「わ、わかった。同盟を、受け入れよう」
「さっすがギルティナさん話が分かる」
我ながら中々ゲスいなと思う。
しかしこれで竜種との関係改善への道が出来た。
後は決定的な勝ちを掴むだけだ。
そうして、俺はギルティナと硬く手を握ることとなった。




