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第九十三話・『目覚めの朝は厄介事』

 視界が揺れる。意識が随分とはっきりしない。

 何がどうなっているんだと首を動かし、周囲を軽く見まわす。簡単に状況を確かめると、どうやら天幕らしき場所の中で横になっていたらしい。布を切り取って作られた小窓から爽やかな日差しが入り込んでいるのを見ると、どうやら今は早朝のようだった。

 少しだけ冷静になって、状況分析をする頃には記憶や意識もはっきりしてきた。

 確か、そう。獣王、レオニードと決闘をして、どうにか勝利をつかみ取って、いやつかみ取らされて――――そのまま寝たんだっけな。半死半生のありざまで、ほぼ死にたい同然になってしまった反動で野疲労からそのままぐっすり眠ってしまったらしい。

 体力が一割を切っていたので、当然の帰結といえばそうと言えなくもないが。ここで時間を大量消費してしまったのはキツイ。何せ朝という事は最低でも一日もの時間が経過しているという事なのだから。


「急いで、行動しないと――――」


 無理に体を立ち上がらせようとすると――――全身に激痛が走り抜ける。


「ガァァァァァァッ…………!!?」


 見れば全身が包帯でグルグル巻きにされている。大量の血の斑点がそこかしこに浮かび上がっており、自分が重体であると嫌でも思い知らされる。どういうことだ、現身の再生力が機能していないのか? ――――ああ、失念していた。現身の再生力は保有者の精神状態に左右される。精神的にも疲労状態であれば才勢力はガタ落ちするのだ。ルキナの再生補助もあのクソ悪魔の気まぐれか働いていない。最初から期待などしていないが。


「クソッ……時間が、無いっていうのにっ――――!」


 もう時間は二日程度しか残っていない。時間はギリギリなのだ。ディザに開発させている試作兵器の生産と配備や迎撃の前準備を考えればもう今からでも支持を開始するしかない。

 だから急がねば――――必死で形相でもがくが、体は動いてくれない。筋繊維がズタズタになっているのだ、動ける方が可笑しい。だがそれでもと俺は足掻き、傷を開かせてでも立ち上がろうとする。回復魔法は既に行使している。しかし治らないのを見ると確実に誰かが制限をかけている。

 即座にソフィの阿保かと吐き捨てる。

 回復魔法も万能では無くちゃんと反動や負担があるのだ。今の状態でそんなことをすれば傷が中途半端に治されて酷い後遺症を残すだけだとはわかっている。


「あぁぁぁぁぁああああああぁっ………………!」


 怨嗟の様に喚く。どうしてこんな肝心な時に俺の身体は動かない。

 そうしていつもいつも後手に回って――――とにかく動けと体に命じる。だが反応は在る訳が無く、奥歯を噛みしめながら身体に居れていた力を抜く。


「糞がッ…………んだよ俺、大見得張って置きながらこの様かっ……!」


 泣きそうな声だった。自分の声だとはとても信じられないほど枯れていた。

 半分あきらめたように、俺はすねる様に惰眠を貪ることを決定する。そうだ寝よう。もう知るか。



「――――随分自虐的になっているなぁ、小童よ。何時ぞやの覇気がまるで感じられぬ。これでは牙の抜かれた犬ではないか」

「――――!?」


 しかしそれを許さない者が居た。

 いつの間にか自分の隣に黒髪赤眼の女性が――――裸で寄り添っていた。

 一瞬で思考が真っ白になる。


「ぎっ――――むぅもぉぉぉぉ―――――――――!?!?!?」

「黙ってろ馬鹿め。近所迷惑という言葉を知らんのか」

「むがもごごごもご!?!?!」


 普通は立場逆だろと突っ込みたいのだが口と鼻をとんでもない怪力で塞がれているためそれもできない。と言うか傷が開く痛い痛い痛い、ていうか息できない。


「あ、すまぬ。お前は口か鼻でないと呼吸ができないのだったな」

「――――ぷはっ! ゲボゲボゴホッ!! 殺す気か!?」

「息が止まったぐらいで死ぬほど軟では無かろうに」

「いや、そうだがなぁ……」


 流石に窒息は苦しいのだ。痛覚を刺激しない痛みと言うのは中々に恐怖を刺激する。わかりやすいたとえならばおぼれて空気を吸いたいのに全く水面に上がれないようなものだ。


「つか誰だよお前!? まさか夜這いか? 淫魔の類じゃないだろうな」

「馬鹿者め。この気高き魔竜――――ニーズヘッグの事をまさか忘れたりしていないだろうな」

「誰そいつ」

「――――殺す」

「わ――――っ!!待て待て待て冗談だ冗談! ジョークの一つも通じねぇ奴だなっ……!」


 身動きの取れない状態でしかも再生力も格段に落ちている今、顔面に貫手は流石にヤバい。死ぬ。いや、空気読まないでセンスの無い冗談を言った俺にも非はあるけど。

 とりあえず素直に謝罪しながらそのニーズヘッグがどうして此処に、というかいつの間に目覚めたのか聞いてみる。ついでになんで女の姿をしているのかも。


「何時目覚めた、と言われても記憶が定かでないので存ぜぬ。強いて言うなれば、昨日の夜おぬしの隣で目覚めたことは確かであろうな」

「じゃあ今まで目覚めなかったのは、なんでだ?」

「単純におぬしのガードが堅いだけであろう? 幾ら巨大な水源があろうが、ポンプとそれを使う者が居なければ単なる飾り。それは至極当然の結果。要するにおぬしに我の力を使う意思が無かっただけじゃよ。ま、ド力と言うと使い方を全く知らない、と言った方がよいか。人間に竜の力を使えという方が無理があるがな」


 ……つまり全部俺のせいらしい。なんか無理やり感があるような気がしなくもないが、下手にプライドの高い奴を刺激すると碌なことにはならない。ここは素直に非を受け入れておこう。


「……で、なんでそんな姿になっている」

「ん? 別に竜の姿でもよかったのだが、それだとどうも目立つらしいからな。面倒なのでおぬしが一番好む姿を使わせてもらった。ふむ、なかなかいいセンスをしておるわ」

「マジかよ…………」


 黒髪ロングヘアーハーフアップ赤眼貧乳美女――――好きなのは否定しない。むしろ大好きだ。それは否定しないし下品だと言われても甘んじて受け入れよう。確かに微かながら欲は湧いた。ただしこいつの性格のせいで俺の理想である大和撫子とは月と鼈ほど差が出来たようだが。


「襲っても、よいのだぞ?」

「…………」

「真顔はやめい。こっちが恥ずかしいわっ」

「……うわ」

「その『うわ』とはどういう意味なのか詳しく聞かせてもらえないか……?」


 やだよ言ったら殴られるし。


「それで、お前はこれからどうするんだ? 出て行くのか?」

「それもアリだろうな。だが、しない。我がおぬしに一生ついて行くと決めたのでな」

「いや、女体化した竜を連れまわす趣味は無いんだが」

「一応、これでも元々は雌だぞ? ほれほれ、子を成すもよし弄ぶもよし舐めるもよし。好きにするがよい」

「お断りします。出てけ。つか雌だったのかよ!?」

「……ふむ、チェリー脱却はしたがヘタレは依然治らずか」

「誰がヘタレだッ――――いだだだだだだだだだだっ!?」

「無理をするからそうなるのだぞ、馬鹿め」


 反射的に頭をはたこうとして体に力を入れた瞬間激痛で撃沈する。

 激痛で撃沈――――上手いな。


「今絶対零度の冷気を感じたのだが、気のせいか?」

「気のせいだ」


 出したギャグが大滑りしたのを無視して、ニーズヘッグに背を向けるようにして改めて横になる。

 それをいいことにニーズヘッグは俺の全身を撫でまわす。今ハーフパンツしか履いていないので、当然素肌。感覚はダイレクトに伝わってくる。

 背中に柔らかい物を押し付けるという表現しがたき感覚が。


「……何やってんのお前」

「いや、襲ってこないのならばこちらから襲ってやろうとな」

「やめろ。逆レはもう嫌なんだ」

「やめろと言われて素直にやめる奴がおるか? ほーれ、この細い指で体を撫でてやろう」


 腕を胴に回し、ニーズヘッグがその弓で俺の胸から腹までの道をそっと撫でる。

 鳥肌が立つ。美人からのスキンシップと言う美味いポジションなんだろうが、流石に一度殺し合いをした得体のしれないナニカに身体を撫でられていると思うと悪感しか感じない。


「……というのは軽い嫌がらせだ。自分の宿主が苦しがっているのは若干癪でな、歩ける程度までには回復してあげようかと思っている。どうだ?」

「できるのか?」

「竜の再生力を一時的に付与すれば、多少の負担はあろうが杖を突けば歩けるだろう」

「……じゃあ頼む。対価は――――」

「要らんわ。こちらも魔力供給で魂を現界させてもらっている身、既に報酬は貰っておるのでな」

「そうなのか。じゃあ早めにやってくれ」

「承諾した。では」


 そう言ってニーズヘッグは俺に馬乗りになる。

 ――――おい、待て。まさか。

 と言う前に、唇を噛み切って血を滴らせるニーズヘッグは抵抗する暇も与えずそれを口移しした。口に流れてくる血の味に若干の抵抗を覚えながらも、送られてくる体液を仕方なく飲み干す。

 五秒ほどそれを行うと、ニーズヘッグは満足そうに口を離す。


「ふぅぅ……やはり関節供給では無く直接供給の方がいい味している」

「何の話だ」

「こっちの話だ。それより、既に回復はしているぞ。立てる程度にはなっているはずだ」


 試しに、腕を目の前まで持ってきてみる。

 痛みは若干残っているが、動く。そして手を開いたり閉じたりして感覚の有無をチェック。足の方も指を動かしたり足首をひねってみたりして動きを確認し、地面に手を付けて身体を起こした。

 無茶はできそうにないが、身体を動かせる程度までには回復している様だ。

 せめてものお礼として、ニーズヘッグの頭を軽く撫でる。


「……なんじゃ、子ども扱いするのか?」

「ちげぇよ。ただのお礼代わりだ。愛情表現とでも取ればいい」

「そうか。ではおぬし、我の名付け親となってくれまいか」

「…………………え? なんて?」

「名付け親になってくれまいか」


 一瞬真顔になって「何を言っているんだお前は」と真剣に問い質しそうになった。

 しかし改めて考えてみると『ニーズヘッグ』と言うのは称号みたいなものかもしれない。要するに二つ名か。もしくは自称か。どちらにせよ名前を欲しがっているなら付けてやるのもいいだろう。その程度のことをわざわざ断る理由もないし。


「じゃあ、ナハト・シャルラハロート」

「ナハト、シャルラハロート…………名の方は古語で『夜』、と言う意味だったか?」

「そうだよ。黒髪だし、いいんじゃないか? それと姓のほうはお前の言う古語という奴で『緋色』って意味だ。覚えておけ」

「ふっ……では、これからは有り難く頂戴した名であるナハト・シャルラハロートと名乗ろう、我が主よ」


【魔竜ニーズヘッグへと命名『ナハト・シャルラハロート』。これにより支配権を獲得しました】


 どうやらマジで名前が無かったらしい。

 そうすると俺が名付け親かぁ……。自分の子供の顔も見ずにいきなり名付け親になるとは複雑な気持ちになる。悪い気ではないだろうが。


「じゃあナハト、まず服を着ろ」

「ん? ああ、服か。そうだな、ではこの毛布を代用するか」


 ナハトはかぶっていた毛布で自分の体を包む。それだけかよとツッコミを入れようとしたが――――瞬きした瞬間、ボロボロの毛布は黒いワンピースへと変化していた。


「…………いや、は?」

「これでも我は多才でな。錬金術程度ならばすでに習得済だ」

「無茶苦茶だなお前……」


 これはどういう反応をするべきか。

 そんなことはともかく、俺はナハトの助けを借りながら立ち上がる。多少ふらつきを感じるが、まだ許容範囲内だと断じてゆっくりと歩き出した。

 そして天幕の外に出ると――――信じがたい光景が広がっていた。


「…………………嘘だろ」



――――――



【ステータス】

 名前 ナハト・シャルラハロート HP38720000/38720000 MP28170000/28170000

 レベル 1682

 クラス 世界樹を蝕む暴竜ユグドラシル・イーター

 筋力1401.80 敏捷1211.76 技量1396.93 生命力1520.85 知力1704.99 精神力1108.71 魔力1926.16 運2.80 素質47.00

 状態 能力制限・八重封印術式エイトシール・マジックスペル??.??

 経験値 62974011/12971000000

 装備 黒のワンピース

 習得済魔法【測定不能】

 スキル 格闘術308.11 剣術227.09 四種魔法適正フォースマジック・プロパティ561.02 対極魔法適正エクストラマジック・プロパティ309.18 古代魔法適正エンシェントマジック・プロパティ124.98 飛行821.26 第六感??.?? 竜の息吹ドラゴンブレス291.44 人化の術??.?? 竜化の術??.?? 精密魔力制御190.28 千里眼102.71 錬成術89.18 錬金術71.90 道具作成99.99 料理99.99 薬物作成99.99 調合術99.99 鑑定眼63.29 栽培術34.01 加工術54.83解体術39.17 狩猟99.99 極地??.?? 畏怖の魔眼??.?? 威圧の魔眼??.?? 博識??.?? 心理分析31.28 未開言語理解??.?? 転生竜??.?? 猛毒の鱗粉12.81 進化の可能性??.?? 悪食99.99 自由意志10.00 形状変化10.00 魅了12.34 眷属作成??.?? 魔竜の末裔??.?? 隷属者??.??



――――――



「どういうことだッ!!!」


 王国『アリア』の中央部に建設された仮設の作戦司令部にある一室、目を血走らせたトカゲ頭の亜人――――人型形態の竜種であるのだが――――の姿のままのネームレスは円卓を拳で叩き付け粉々にするほどの怒りを表していた。

 予定していた増強戦力が未だ来ていないのだ。進軍予定時間からは既に五時間が経過している故に、彼の激怒は無理もない。しかもそれに対しての謝罪どころか、事情お説明する奴一人さえ来訪しない。挙句の果てには王国首都全域から非戦闘希望者避難という名の『全市民退避』。当然徴兵された者も含めてだ。

 ふざけている。ネームレスもそうとしか言えなかった。

 しかし彼が眠りから目覚めた時点で全てが終わっていたのだ。今更喚いたところで何も変わるわけがない。ネームレスは息を荒げながら、作戦司令部の壁を破壊して外へと飛び出す。普段なら絶対に行わないであろう蛮行だが、既にそんなことを考える余裕はネームレスには無かった。

 獣人の集まる『大集落』が存在する方向に、増産した知能の低い雑種竜五千体・・・が現在待機している。その戦力は獣人の百人や二百人程度ならば軽く蹴散らせるであろう戦力だが、かの『獣王』や『二賢人』を退けるにはあまりにも頼りない戦力。運が良ければ勝利できるだろうが、残念ながら戦略で『運』などと言う不確定要素に頼るなど阿保過ぎる行いだ。

 ならばとれる手段は二つ。

 攻撃をやめる。しかしネームレスにとってそれはあり得ないの一言に尽きる。今決めねばならない。契約の期限が迫っている以上呑気することはできない。一刻も早くことを進めねば――――自分が殺される。

 ならば必然的にネームレスは二つ目の選択を取ることになる。

 足りないならば、足せばいい。


「ふ、ふははははははははははっ!!!! そうか、足せばよかったのだ! 単純な事を失念していた、五千で足りないのならば五万、それでも足りんのならば五十万用意すればいい!! ぐははははははははっ! 何と簡単なことを見逃していたのだ私はッ! そうと決まれば早速――――」


 しかしそれは愚行と言わざるを得なかった。

 何せ五千体の竜種を生み出すだけで、現在媒介として使用しているセリアの肉体は限界を通り越して崩壊寸前の状態にまで追い詰められている。魂が疲弊しているため下手に回復魔法など使うものなら即座に死亡は確定。当然、これ以上の酷使も同じ結末をたどることは間違いなしであった。

 そしてネームレスが王宮のある方向へと振り返り――――蒼の巨竜を見た。


「……………な、なぁっ!?」



『――――ネェェェェェェェムレェェェエェェエエエエエエエエエエエエエエエエスッッッ!!!!!』



 そして発せられる竜の咆哮。

 憤怒の感情を含むそれは周囲の建築物を一つ残らず瓦解させ吹き飛ばす。

 至近距離に居たネームレスなど言わなくともどうなったかは想像できるだろう。抵抗する間もなく強烈な衝撃波に全身を叩き付けられたネームレスは目や鼻から血を噴き出しながら遥か向こうにまで吹き飛ばされ、十数の住宅を貫通して首都を護る防壁にクレーターを作ることでようやく停止する。


「ぐ、う、嘘、だ…………!? 何故、何故生きている! ファルス、貴様ッ!!!」

『愚問を飛ばす出ないわ逆賊めが…………。貴様はどうやら自分以外の竜種を駒としか見ておらず、信頼の一欠けらすら寄越さなかったようだな』

「そ、それが、なんの、関係……」

『貴様の送り込んだ部下である竜は自分から貴様を見限った。それだけの事よ』


 蒼き鱗で日光を反射してきらめかせながら、巨竜はゆっくりと防壁に埋まったネームレスへと近づいて行く。

 ――――静かに眠るセリアの身体をその手の中で守りながら。


『皆の者――――今日を持って我らは『アリア』へと反逆しよう。凱旋の咆哮を上げよ!!!』


 ファルスが右腕を振り上げる。

 それを合図に――――遥か上空に無かったはずの、数百、否、数千もの竜種が姿を現した。

 かつての大戦争以来の光景。大陸を一晩で跡形もなく焼き尽くせる戦力。

 その全ては『蒼い双竜』『臥竜の民』『夜の紫炎』『蒼炎の賢者』の戦士たち。南大陸に生息する竜種の最大戦力にして総戦力が其処に揃っていた。


『貴様は自分の送り込んだ者が、自分の監視者であったことに何の疑いも持たなかったようだな』

「こ、のっ、愚か者共がぁっ…………!!」

『愚か者は貴様の方だ咎人め! 我らが眠りから解放してやった恩を忘却し、あまつさえ王族を利用しあんな非道を行った罪!! その身を百度焦がしてもまだ足りぬと思え!!』


 ネームレスは怒りに身を任せて身体を竜化させる。灰色の濁ったような汚い鱗。全身に見える拷問の後は痛々しいと感じる物さえあったが、残念ながらここに居る竜種で彼を哀れと思う者はいない。皆残らず彼への殺意を抱いている。


『アァァァァァアアアアアアアア!!! 愚か愚か愚かァァァアアアアアッ!!! 何故わからない!! 何故知ろうとしない!! 我らが至高の種であることォッ!! 全てを支配してこそ竜であるとッ!! 頭に蛆でも湧いているのか貴様等ァァアアアアアアアアア!!!!!』

『…………貴様のそれは単なる支配欲。それを我々に無理に当てはめているだけの話。――――前にも言ったはずだがな小僧。己惚れるな、と』

『ファルゥゥゥゥゥスッ!!!! 貴様がァッ!! 貴様が邪魔ナノダッァァァァアアアアア!! ニクイニクイニクイニクイニクイィィィィィッ!!! 雑魚どもォォォォッ! 空に浮かんでいる阿保どもを撃ち落せェエッ!! 今すぐにぃぃィィィィイイイイイ!!!!!』


 血眼でネームレスは地上で待機している雑種竜達にそう言い放つ。すると今まで無反応であった雑種竜五千体は一斉に空を見上げ――――同時に竜の息吹ドラゴンブレスを放つ。その様はまるで炎の壁が空へと舞い上がるようであった。


『アッハハハハヒャヒャヒャヒャハハハハハハハハハハッ!!!!! これだ、これが見たかったのだよ私はァッ!! 最高だ!! アッギャギャギャギャギャギャギャ!!!!』

『気狂いめが…………。全部隊に告げる、『アリア』を消せ!! 一片たりとも負の産物を残すな!』


 ファルスの指示が下されると、空を飛んでいた竜たちもまた一斉に竜の息吹ドラゴンブレスを放つ。そして起こる爆風の奔流。強大な熱量同士がぶつかったことによる未知の化学反応。辺り一帯が砂が融解するほどの熱に包まれ、一気に過熱された空気中の水分が爆発を起こしていく。幸い乾燥地帯なのでその規模は芳しくはないが、それでも被害を拡大させるには十分であった。


『アヒャヒャギャギャギャハハハハハハハハハハハッ!!! 消えろォ、ファルス・E・エンシュヴァーツ・V・R・ヴァーミリオォォォォオオオオン!! 貴様は数百年前に一目見た時から気に入らなかったのだァッ!! 下らん正義とやらをかざして何も行動に移さぬ腰抜けめがッ―――――旧世代の世界と共に、消えされェェェェッ!!!!』

『下らんのはお互い様だネームレス。否、ゼンバイド・ヴォイド・シュヴァルツァ!!』

『その名で私を呼ぶなァァァッ!! 先代女王の懐刀風情がァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 互いの竜の息吹ドラゴンブレスが衝突する。蒼炎と灰色の炎が拮抗し――――最後に勝ったのはファルスだった。ネームレスの数倍生きている彼からすれば、今の攻撃など小手調べ程度に過ぎない。

 それに全力で挑み正面から負けたネームレスは己の不利を感じ、逃亡しようとする。

 だがそれを許すはずもない。


『逃がさんぞ、この鼠が…………!!』


 背を見せたネームレスの背中に空から舞い降りた『臥竜の民』族長、レームはその剛腕を遠慮なく叩き付ける。その結果ネームレスの鱗は割れて吹き飛び、地面を何度もバウンドすることになる。しかしそれすらも利用して乗られようとし、何かにぶつかる。

 紫色の竜、『夜の紫炎』族長ギルティナ。彼の巨体にぶつかり、ネームレスは自分の死を悟る。

 しかしギルティナは満面の笑顔、というより凶悪な笑顔で告げる。


『安心しなさい。簡単には殺しません』


 そう言ってギルティナは鋭い鉤爪でネームレスの身体を万遍なく刻む。全てが絶妙な力加減で行われ、傷の深さや失血量も考えられての拷問に近い攻撃。宣言した通り、ギルティナは散々自分たちをコケにした阿保を簡単に死なせるつもりなど皆無であった。

 その攻撃から見苦しくも抜け出したネームレス。しかし彼の背中に何かがぶつかる。――――真っ赤な炎の球であった。その炎はまるで寄生虫の様に傷口に入り込み、内部から傷を焼いて行く。その痛みはまるで小さな虫に体の中から食われていっているようであった。

 ネームレスの背後の上空には、まるて神の使者の様に降り立つ『蒼い双翼』の族長ベリエスが居た。


『グァァァァアアアアアアアッ!! キ、サマラァアアアア!! コンナァァァアアアッ!!!』


 背中を焼かれていくネームレスは呪いの怨嗟しか吐いていなかった。

 なぜ自分がこんな目に。竜種のためを思ってこうどうした自分が――――などと思いながら、ネームレスは全力で抗う。その往生際に悪さに四人の族長も流石に斬らりを通り越して呆れたのか、無視を見るような目でネームレスを見下していく。

 ――――その油断がこの戦場で最悪の判断であった。


『馬鹿がァァァッ!! だから貴様らは無能ナノダぁアァァァあ!!!! グヒャハハハハハ!!!』

『な――――!?』

『これは――――ッ』

『しまっ……!』

『目暗ましかッ――――!!!』


 咄嗟に起こった視界を覆う発光に反応できず、族長たちは立ちすくむ。許容外の強烈な光を脳に伝えるという事はそういう事だ。

 しかし戦場で『仕方ない』などという言葉は通じない。

 ファルスは鋭い痛みを腹部に感じ、全身に一瞬で毒が回ってしまった事で崩れ落ちる。

 あろうことか、一番有用な保護対象であるセリアを手放して。

 光が晴れた頃には、全てが終わっていた。


『ああ、やはり貴様らは愚かで馬鹿で無能だァ。大切な女王様をこぉぉぉんな私にかすめ取られるんだからなァァァァアアアアア!!!?? アァァァア!! 聞いているのかファルゥゥゥス!!!』

『ぐ、ぉおっ…………き、さまァッ!!』

『ファルス! くそっ、ネームレス貴様一体何をした!!』

『何も、発光魔法を使用して目暗ましをし、その阿呆にヒュドラの毒を縫った爪で腹を突き刺した。それだけのことよ? 馬鹿でも理解出来るわ!』

『ヒュドラだとっ……不治レベルの猛毒ではないかッ!! 貴様よくもファルス殿に…………!!』

『貴様等がどんくさかっただけの話だ。実に笑い者だ! ク、クヒヒヒヒャヒャヒャヒャ!!!』


 完全に戦況が逆転してしまった。

 護るべき女王は相手の手に、しかもこちらの戦力の四分の一が無力化されている状況。

 逆転は厳しい、と族長三名は苦渋の顔になってしまう。

 誰も動けなかった。

 故に――――最悪の展開を許してしまう。



 ――――――――ネームレスが、その手に持ったセリアを――――――――






 食った。






『貴様アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

『よくもセリア様をォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

『貴様ら、落ち着――――クソッ、止まれ!!』


 ベリエスとレームが怒りに我を忘れて突撃していく。

 対処方法を知っているギルティナは比較的冷静であり、二人を止めようとするが空しく声は届かない。


『死ねェェェェェエエエッ!!!!』

『地獄の底でッ、這い蹲れぇぇぇええええ!!!!』

『――――ぐひっ』


 急接近したレームの剛腕がネームレスの腹部に叩き込まれ、直後その体は真紅の炎に包まれる。

 幾ら竜種であろうとも致命傷。数分と立たずに死亡するダメージを負う――――普通の竜種ならば、そうなっていただろう。

 普通の竜種だった・・・ネームレスは――――無傷。

 その事実を受け入れられず、ベリエスとレームは動きを止めてしまう。

 そんな致命的な隙を見逃すネームレスではなく――――



『《陽ハ照ラスソル・カリドゥス》』



 ネームレスの全身から眩い光が放たれる。

 今度は単なる目暗ましではなく――――超高温の光線として『アリア』を焼き払った。

 全てが吹き飛び赤熱し、意図せずネームレスは自軍ごと敵軍を一瞬で蹴散らして見せた。

 唯一無事だったのは、危険を察知しすぐさま族長を回収して障壁を張ったギルティナのみ。他は死亡こそ避けられたが重傷の者ばかりが目に見えた。


『ハァァァァァァ…………素晴らしい、神竜ナーガの力ッ!! これぞ私が求めた、最高の力! 全てを支配できる力ァッ!! アッハハハハハハハハハ!! ああ、早く、早く準備をせねば――――』


 そう言ってネームレスは自分が撃退した者達に目もくれず、止めも刺さず、かつて『アリア』と呼ばれていた町の中央にあった穴の奥へと去っていった。

 それを止められるものはここに無く、唯一意識が確かに在ったギルティナはただ己の無力を噛みしめ見送ることしか、許されなかったのであった。




もう疲れたよパト○ッシュ。・・・このネタ前にもやらなかったか?

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